第5話 ヴァルキリー2号機・下
戦力は同程度、だが正規の軍人とそうでないのと差は小さくない。
そして正確な情報の下、戦力分析が詳細に行われた上で準備が整えられている状況で数が同じであれば戦況を決めるのは練度だけだ。
『エインワース艦隊所属機動部隊は左右から回り込め!!正面に立つと砲撃に巻き込まれるぞ!!』
戦艦から放たれたビームが敵の双腕肢乗機を蒸発させた。狙って当てた訳ではなく―相手に取って―運悪く射線に入ってしまった為だ。
敵の動きは良くない。敵からしたら想定上に戦力が用意されていたのを見て動揺する星間連合軍を返り討ちにする筈だった。だが蓋を開けてみたら動揺する隙の一つも見せずに攻撃を開始してきた。陣形も全く崩れる事無く、むしろこの事態を想定していた様な布陣にテロ組織は逆に困惑させられた。
まさか裏をかいた筈の戦力が完璧に分析されていたとは思いもしないだろう。予想とは違う星間連合軍の動きにテロ組織は後手に回った。
更に致命的だったのは拡大した戦力も所詮は烏合の衆であったと言う点だ。
指揮系統の統一が出来ておらず、勝手に前に出る者や逆に下がる者、布陣を立て直そうと隣の艦に伝達をしても返ってくるのは反対意見。そんな中で双腕肢乗機を出すとどうなるか。本来は艦の護衛役と敵艦の攻撃役を担う筈なのだがそれも滅茶苦茶になりそして各々で勝手に動き回るので各個撃破は用意である。
「そらよ!!」
フィオのヴァルキリーが放った電磁投射砲が敵の双腕肢乗機の装甲を砕き撃墜する。
それを見た敵機がフィオへの警戒度を上げ、機銃を構える。
だがそれは悪手だ。今日のフィオの役割はアシスト、つまりアタッカーの補佐でこうして敵機の注意を引くのもその役割だった。
敵機の直上より振り下ろされる二つの光刃。敵機を縦に裂き、返す刃で2機、3機と撃墜していく。近接格闘戦を得意とするライアンに合わせて調整されたと言うヴァルキリー2号機は次々とビームブレードによって敵の双腕乗肢機を切り裂いていく。
ともすればその腕前はエースのロイよりも上、あの<黒翼>にも負けないだろう。
そして遂にヴァルキリー2号機の<ペネトレイトユニット>の出番だ。
左右から襲い掛かって来た敵機をビームブレードで払い除ける。正面に対するガードが下がったと勇み足で駆ける敵機が光刃を腰だめに突撃してくる。だがライアンは決して警戒を緩めていた訳ではない。敵の刃が届くよりも先に右足を振り上げる。
斬れ味は折り紙済み。そう聞かされてはいたがスラスターの勢いと合わせて跳ね上げられた刃はビームブレードに劣らない威力を見せ敵機を真っ二つにした。
「すげぇなおい。何であれで折れないんだ?」
『マックナー中尉の技量もあるけど最適な角度と最適な速度で振るえば達人の技を再現できるって訳よ』
敵は完全にライアンを警戒し接近戦を仕掛けるのを躊躇った。距離を取って銃撃で仕留めようとするがフィオがそれをさせない。
放つ直前の敵に電磁投射砲で機関銃ごと腕を砕き、構えた敵機には短銃身拳銃型光学砲で牽制を行う。4つの銃身を同時に使い分けるフィオの技量にライアンも舌を巻く。
話には聞いていた、いや実際に訓練で見てきたが相変わらず驚かされる。
優れた動体視力と反射神経は敵機の動きを読み取っている。引き金を引く直前の敵機には直接攻撃を与える為に威力の高い電磁投射砲で。まだ構えを取った段階の敵機には飛距離と威力は短いものの速度の速いビームで牽制を行う。その瞬時の判断力も大したものだが見極めるその眼自体がまた恐ろしい。
フィオの牽制によって身を引いた敵機をライアンは斬り伏せ、もう1機もフィオのヴァルキリーが光刃にて倒した。
「これでノルマは達成、と」
『引き続き警戒を行いながら白兵戦部隊のシャトルを援護しよう』
敵艦に直接乗り込むために白兵戦部隊がシャトルで向かうのを他の双腕乗肢機が護衛している。フィオ達の役割はその梅雨払いだ。
『敵旗艦を制圧後、降伏勧告を行います。イリオス・ラカン少佐、現場での指揮はお任せします』
『了解しました。けど私がやる事は少ないんですけどね』
シルバー・ファング号の白兵戦部隊を預かる部隊長はそう言って苦笑した。軍人としての力と技も、そして指揮官としての能力も彼には申し分ない。だがそれ以上に超越した部下がいるので出番が少ないのだ。
『いつも通り、キーストン曹長に切り込みは任せるよ。私らは打ち漏らしの処理だ』
『あー…その、決して部隊長の仕事を奪う訳じゃなくてですね。その』
『言わんでも分かっているよ。君らの有能さは私が一番分かっている。現場指揮官の役割と言うのはね、部下のスペックを最大限に発揮できるように整える事さ』
気まずげにベンは頭を下げると自分の班員と目配せをして準備を進める。
階級の都合でイリオスはベン達の上官ではあるが本当はもっとベンに権限を与えてもいいのではないかと考えている。何せあの特殊白兵戦隊の出なのだ。一体どうやってケインズが彼らをこの艦に引っ張って来たのか不思議なのだが長い付き合いだからとしかケインズも答えてはくれない。
ベンが尉官の昇進試験を受けてあともう一階級上がってくれたら最低限の体裁は整うので白兵戦部隊の副隊長職のポストを用意して、出来る事ならそのまま部隊長の座も譲り渡してしまいたい。イリオスとしてはそれ位までベン達の事を買っている。
自分が役者不足で仕方ないと何時も嘆くイリオスの欠点はその自己評価の低い点だ。彼には十分な能力がありケインズもそれを認めているからこそ白兵戦部隊の全権を彼に預けている。マイカはいつも通りなイリアスの自虐的な雰囲気を見て後でまたケインズから色々と言って貰わねばと嘆息した。
ともあれ作戦は順調に進んでいる。残る問題は一つだ。
「しかしこいつは…あー、アレです。アレ、あの…」
ケインズからの作戦の説明が終えた後、言葉が出て来ないのかロイがあれあれと口走る。
見かねてケインズが口を出す。
「もしかしてデジャヴかい?」
「それですそれ。で、どうなんですか艦長?」
「んー色々、気にある点はあるけど間違いはないだろうね」
ケインズは顎のあたりを撫でながら答える。
「反社会的勢力を寄せ集めて巨大化させる…何時ぞやの海賊騒ぎの時と同じ手だ。黒幕は同じだろうね」
白兵戦部隊が敵の旗艦に乗り込み30分後には艦橋の制圧に成功した。降伏勧告を出すと半数の敵艦がそれに従い投降してきたが逃走を図る艦、尚も攻撃を続ける艦もいて戦闘はまだ終わっていなかった。それでも戦力的には優位なのは星間連合軍の方だ。油断なく事を進める為に双腕乗肢機小隊は交代で休息を取る。フィオもライアンと共にシルバー・ファング号に下がりヘルメットを外していた。開放していた操縦席に飲み物が差し出される。
「どうぞフィオさん」
「サンキュ、エルム」
飲み物と一緒にピンク色の可愛らしい小袋を渡された。中身を振ってみるとクッキーの様だ。
「お腹が空いている様でしたら食べてください。リリアさんとのお茶会の残り物で悪いんですけど」
「手作り?」
「そうですよ」
それがどうかしたのだろうかとエルムは首を傾げる。フィオは口元がにやけそうになるのを我慢しながらエルムにお礼を言う。
惚れた相手の手作りの菓子を喜ばない男はいない。フィオは袋を開けクッキーをつまむ。ココアとチョコチップのクッキーだ。甘さが控えめでフィオの好物。
「うめぇ」
気力はもう十分、フィオは出撃に備え機体のチェックに入った。
アーモンドの香ばしさが最初に口に広がりそれから紅茶の葉の香りがそれを包み込む。
自分好みの味にライアンは残りを食べるのが惜しくなる。これはちゃんとした紅茶のお供として味わいたい。
「それにしても彼女の気遣いには参るね…」
フッとライアンは口元を綻ばせ呟いた。
お茶会の余り物と言っていたが簡易とは言え綺麗にラッピングされしかも自分の好みの味のクッキーが選ばれている偶然などあるだろうか。
柔らかに微笑むエルムにライアンは心を和ませる。聞けばエルムは記憶喪失で縁あってこのシルバー・ファング号で働くようになったとの事だ。詳しい経緯はライアンも聞いていないがあのケインズ・マクシミリアンの事だから何か裏事情があるのだろう。
しかし肝心のエルムと言えば本当に記憶喪失なのか疑いたくなる位に穏やかなのだ。
「私に記憶がないのは本当ですしそれを不幸に思っても記憶が戻る訳ではありません。だから今は、私に出来る事をしようとそう決めているんです」
思うに彼女は心が強いのだろう。強くそして懐が大きい。記憶は忘れていても心の在り方は忘れる事は無い。だからあんな穏やかな笑みを浮かべて誰にでも優しく接する事が出来る。
「彼女となら…いや、まさかな」
ライアンはふと思い浮かんだ考えを苦笑と共に捨て去りクッキーの入った袋を大切にしまった。
このフランケン野郎という耳に馴染んだ罵倒を聞き流し、ベンは捕縛した敵の首魁を連れて行く様に部下に命じた。
「班長」
敵艦のコンピュータにハッキングして情報を洗っていたリグがベンを呼ぶ。電子機器の扱いに長ける部下は険しい表情をしていた。首魁が隠していた何某かの情報を見つけ出したようだ。
「これは自分の手に余ります」
そう言ってベンに見せて来た端末の画面に目を走らせると、
「確かに。これは艦長の領分だな」
ケインズの領分とはつまり謀略のあれこれである。
テロ組織から押収した情報を見てケインズは顔を顰めた。
「この情報、あと誰が知っていますか?」
「既に箝口令を敷いている。発見した貴官の部下以外にこの情報に目を通したのは私とそこのハヤカワ中佐だけだ」
ケインズが確認する様にマイカへ視線を向けると彼女は無言で頷いた。情報の統制はしっかりと取れているらしい。
「マクシミリアン大佐。貴官はこの情報をどう読み解く?」
「…残念ながら小官の口からはお話しできませんね」
そうケインズが言うとロナルドは眉をピクリと動かした。察しの良い人だとケインズは思った。なので口を滑らせる事にした、
「実はですね。近々、遠征が行われます。その遠征に本艦も参加する事が今日決まりまして」
「成程な。ではこの情報は貴官に一任した方がよさそうだ」
「助かります。責任を持って解明に当たらせて頂きます」
そう言うとロナルドは頷き席を立つ。
「因みにその遠征とやらは上は承知しているのか?」
「えぇ。お確かめになりたいのでしたら是非、ヴァレンシュタイン大将へお伺いして下さい」
ケインズが笑みを浮かべてそう言うとロナルドは目を見開いて驚きそして額を押さえた。
「藪蛇を突いたな。それ程の大事か」
今日の戦いで得た情報をロナルドはケインズに一任して自分は外部に漏らさない事を決めた。しかし組織の一員として上官から情報の掲示を求められればロナルドも口を開かない訳にもいかない。問題はどの程度、上の人間にかだ。
ロナルドはこの情報とケインズの言う遠征に関わりがある事を見抜き、その遠征を知るのは軍のどの位置にいる将官なのか言外に問うた。それに対してケインズの口から出てきたのは星間連合軍の最高司令官の名前だった。最早、確認する事もない。件の最高司令官から呼び出しでも受けない限りロナルドは情報を開示しない事を心に誓った。
ロナルドが艦長室から出て行くのを見計らってマイカが尋ねた。
「艦長、遠征と言うのは本当なのですか」
「あぁ。実はハヤカワ中将の所で話を受けてね。正式な通達はまだ先だ。何せ事が大きい」
ケインズが父のオフィスに行っていたのは知っていた。先月の惑星パルムでの事件で確認しなければならないとケインズは出掛ける前に話していた。
ケインズの言う遠征もその事と関係があるのだろうか。
「すまないがこれに関しては正式な通達を待ってからしか君にも教えられない。何せ人命が掛かっているからね」
「了解しました。準備に取り掛かれるように時間の空きを作っておきます」
遠征の規模も日時も分からない今、出来る事と言えば時間の余裕を作っておく事くらいだろう。何時如何なる状況になろうとも行動できるように。
「すまないね。さて今日のこの戦果だが…いや如何したものか」
ケインズはほとほと扱いに困るそれを見て溜息をついた。
「十字星教の教主が高位銀河系と通信を行い何某かの技術提供を受けたと思われる。その開発の為にコール・クリスタルの輸出制限が秘密裏に行われている、かぁ」
カイトに伝えたら今度こそ本当に卒倒するかもしれない。ケインズの目下の悩みはそれだった。
「情報の裏は今、キーストン曹長たちがテロリストたちの尋問を行い調査している最中です。何か分かれば直ぐに連絡をする様に言ってあるのですが」
「まだ何も連絡は無いのだね。まぁホイホイと口を割るような連中でもないだろうしな」
「いえ、その急を要する案件ですので自白剤の使用を許可しているのですが…どうも芳しくないようです」
「と言うと?」
「確認が取れたのはそこに書かれた情報だけで、具体的な情報の入手経路が全く分からないのです。ただ話によるとここ最近で他の組織にも同じ情報が出回っていると言うのです」
そうマイカが言うとケインズは顎に手を当てて考える。
何か引っ掛かる。今はバルバス星系のテロ組織を一掃する為にほぼ総出で作戦に当たっている状況だ。なのにこんな重要な情報が今まで他の誰も入手できていないのだろうか。
既にカイトは知っていて裏付けが取れていないからケインズに話さなかった可能性もある。しかし猫の手ならぬ蛇の智慧でも借りたいだろう今のカイトが情報の出し惜しみをするだろうか。
「疑い出したらキリがないな。マイカ君、取り敢えずベンには情報の偽装の可能性も考慮して尋問する様に言っておいて」
「正直言いまして、情報の偽装である方が良いのですが」
マイカは物憂げに溜息をつく。ケインズも同意見だ。宗教惑星系の思惑がどうあれ敵になる可能性など考えたくないだろう。
「…ん?そうかその可能性もあって、いやだが誰だ?」
「艦長どうかなされましたか?」
「いやぁ一つ思い付きが浮かんだのだけどね。これはちょっと…」
突拍子もないと言えばどの口でそんな事言うんだとマイカに呆れた眼を向けられた。
「だが確かめない訳にもいかないだろうからな。マイカ君」
「はい。何でしょうか」
マイカが姿勢を正す。
「この後、暇かい?」
「業務は完了しております。ご指示があれば何なりと」
生真面目なマイカの返答を予期していたケインズはニヤリと意地悪く笑って見せて、
「そうか。じゃあ―ちょっとマイカ君の家にお邪魔させて貰えるかい?」
大事な用があるんだとケインズが言うとマイカはその意味を測りかね、
「こ、困りますっ!!」
と自分でも良く分からない返答をした。
因みにそんなマイカの困惑も計算の上で敢えて誤解される様な事を言ったケインズは只の確信犯である。
言わずもがな用があるのはマイカの父であるカイトにである。