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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第5章 もう一人のヴァルキリー
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第3話 とある中将と大佐、あるいは元上官と元部下の密談

 事前にアポイントメントを取り付けずにケインズはやって来た。普段だったら当然、断られるのだが件の特化型艦について新しい情報が出たと言えば向こうも断ってこないだろうと踏んだ。事実、ケインズはすぐに部屋へ通された。

「マクシミリアン、報告にあった特化型艦の情報とは…」

「嘘です。可及的速やかにお話ししたい事があったので。あとお願いがあります」

 しれっとそう言うと情報部部長であるカイト・ハヤカワ中将はしかめっ面をした。付き合いは長い方なのでこう言った事も稀にあったので今更だ。

 しかしもう少し礼儀を学んでほしいと思うがケインズなので無理だろう。

「ダーナ帝国のカノータス中佐に関してなら新しい情報はないぞ」

「いえそちらではなく」

「じゃあ何だ」

 カイトはこれでも忙しい身だ。特に先月の<ポラリス>による放送、あれが星間連合内に大きな衝撃を生んだ。隠されたクロス・ディメンジョン、その存在を一介のテロ組織が暴いたのだ。それに触発されてかマス・メディアでも連日報道が繰り返され様々な意見が飛び交ている。中でも大きな動きを見せるのが銀河放送局だ。当時、テロの舞台にいたアンジェリカ・スプーニーを取り立てて話を大きくしている。

 放送の内容は事実なのかと連日、情報部には真偽を求める声が絶えない。隠されたクロス・ディメンジョンなどカイトも都市伝説程度の認識しかなかったがここに来て真実味を帯びて来た。

「実はその放送の件でお話が」

「…何?」

 カイトの眼が険しくなる。あぁこれは大分追い詰められているなとケインズは思った。前置きが長くなると怒られるかもしれない。そう思ってさっさと言ってしまう事にした。

「その隠されたクロス・ディメンジョンですが恐らくダーナ帝国による情報のリークがあったと推測されます」

「………」

「ここの所のダーナ帝国による突然の侵攻もその隠されたクロス・ディメンジョンによるものでそれをあのオストーと言う男を使ってこちらに揺さぶりをかける為にテロ組織の放送に見立てて行ったのでしょう」

「…揺さぶり?」

「えぇ。世間に隠されたクロス・ディメンジョンが暴露されれば王家や技術連合も黙ってはいられないでしょう」

「何故、ここで王家が出て来る」

 非常に嫌な予感を覚えながらもカイトは訊かない訳にはいかなかった。

「その隠されたクロス・ディメンジョンですが<王家の路>と言う名前が既にあります」

 名称にお困りの様でしたそれを使われてはとつい口が過ぎてしまった。

 カイトの表情に絶望的な物が浮かぶ。

「つまりなんだ…既にその事を王家は把握していると。お前がそれを知っているのは」

「3か月前にシルバー・ファング号が近衛艦隊に取っ捕まった件ありましたよね?」

「あぁそう言う事か」

 娘が近衛艦隊に拘束されたと聞いた時には何事かと思ったが漸く理由が分かった。

「おい確かその時、第1級機密事項と言う事でマイカは書類を書かされていたが」

「はいそうですが?」

 だったらここで言うなとカイトは手で顔を覆った。これがあの王女殿下の耳に入ったらどんな交渉事に使われるか分かった物じゃない。正直もうここで出ていけと言いたい所だがまだ聞かなければならない事がある。非常に胃が痛いがカイトは尋ねた。

「技術連合が関わってくる理由は?」

「彼らもそれに関して既に把握しているからです。先月の惑星パルムでの報告書は御読みになりましたか?」

「あの秘密の研究施設の事か」

「はい。それを作る際にも件の<王家の路>が使われたのでしょう。でなければ最前線でそんな施設を作るのは困難かと。それも最前線に出てはいけない決まりになっている技術連合の人間が」

「そう言う事か…」

 つまり隠されたこのクロス・ディメンジョン―<王家の路>はアースガルド王国の最上階級と技術連合のみが今まで知り得た情報で長い間、市民には秘匿されてきた。クロス・ディメンジョンの有用性は言うまでもない。一つ見付けるだけでも多額の金銭が動く。それを隠してきてその上、今回のダーナ帝国の侵攻に使われていたとなると世論がどう動くなど考えるまでもない。

「まさにアンジェリカ・スプーニーの思惑通りか」

「おや、そこは気付いていたんですね」

「当たり前だ。あんな堂々と技術連合への介入を訴えていれば嫌でも分かる」

 前々から情報部ではアンジェリカが技術連合の併合を訴えているのは把握していた。

「そんな上手くいく訳なかろうに」

「そうでもないかもしれません」

 カイトの言葉をケインズは否定した。

「もしも世論が技術連合の併合に傾いたら当然、星間連合と技術連合による内乱になります」

「そうだな。簡単に併合してくれるような相手ではあるまい」

「えぇ。ではその際矢面に立つのは?」

「そんなの星間連合軍に決まっているだろう」

「もっと細かく言うとどちらの星間連合軍かですよ」

 どっちとは何だとカイトは眉を顰める。ケインズは空間ウィンドウを呼び出しバルバス星系と技術連合があるアルテイル星系の見取り図を出した。

「バルバス星系とアルテイル星系を結んでいるのは一つのクロス・ディメンジョンだけです。まぁ<王家の路>がどっかにある可能性もありますがそれは一度置いておくとしてですね。問題はそのクロス・ディメンジョンがどの惑星の近くにあるかですよ」

「確か一条公爵領の近くだ…った、な」

 それに気付きカイトは呆然とした。

 バルバス星系はアースガルド王国が単独で支配する星系ではなく15ある惑星の内、9つをアースガルド王国が統治し残りの6つを銀河連邦が治めている。そして技術連合に繋がるクロス・ディメンジョンはアースガルド王国の三大貴族である一条公爵が支配する惑星の近くだ。技術連合が無敵艦隊を展開するとしたらクロス・ディメンジョンの近く、つまりアースガルド王国と密接する宙域でだ。そうなればいの一番に艦隊が向かうのはアースガルド王国に駐留する星間連合軍となる。

「内戦に遅参しても銀河連邦は自分たちの支配宙域ではなかったと主張するんじゃないですかね」

 加えて王家がこれまで隠し続けてきたと言う弱みもある。全ての責任を技術連合に押し付けてしまおうと考える王族もいるのではないか。もしそんな王族が積極的に介入を支持したら、

「スプーニーと言う女はそこまで考えて行動しているというのか」

「その辺りは微妙ですね。個人的には入れ知恵されていると思いますが」

「…その場合、カノータス中佐にか」

「実はそこがさっぱりなんです」

 ケインズは全く分からないと首を横に振る。

 仮にこれがダーナ帝国による策略だとする。そう考えるとこの侵攻作戦を含めて道筋は通る。長期に渡ってアンジェリカと接触を行い、内戦を勃発させる。そのどさくさに紛れて最前線の均衡を崩すつもりなのだろう。しかし果たしてダーナ帝国だけでここまでの情報を調べる事が出来たのだろうか。ダーナ帝国が<王家の路>を発見しそれをアースガルド王国の王家や技術連合が使っている事を知ったとしてもどの様にして証拠を掴んだというのか。特に気になるのはヴァーナンド・ランスターの存在をどうして知ったかだ。もしも惑星間渡航の記録を調べたとしたらそれは十字星教との繋がりを意味する。

「しかしそれも考えにくい」

 もしも十字星教がダーナ帝国と手を組む事を考えているとしたら何の為だ。ダーナ帝国だけでは宗教惑星系の食糧供給を賄えるとは思えない。中立の立場を表明しながら一国に与する動きを見せれば容易に噛み砕かれる。切り札があるとは言え十字星教もそこは分かっている筈だ。

 もしかすると十字星教の一派、旧派と呼ばれる集団が独自でダーナ帝国に近付いたのかもしれない。しかし捕らえたオストーを尋問しているが未だにダーナ帝国との背後関係は掴めていない。ただこれに関してはオストーも洗脳されていた可能性がある。

「<ポラリス>とダーナ帝国が何処で結びついているのか全く分からないんですよねぇ」

 ケインズは首を傾げる。しかし、

「…あのハヤカワ中将?顔色が大変よくないですが?」

「今の話を聞かされてどう喜べばいいんだ?」

 全くその通りなのだが土色になった顔を見ると申し訳なくなる。

 カイトは深い溜息をついて、

「情報部の見解を言おう。ダーナ帝国と十字星教の繋がりは薄いと考える」

「それは何故ですか?信者の数で言えばダーナ帝国が一番多い筈ですが」

「十字星教、いや宗教惑星系では今、全く訳の分からない事態になっているというのが本音だ」

 カイトは<王家の路>以前より送られてきているダーナ帝国に関する機密情報を空間ウィンドウに出した。

「これは2か月前にダーナ帝国で起きた事件だ。事が大き過ぎてまだ大将クラスの方々にしか話していない」

「………冗談でしょう。ダーナ帝国の皇太子と皇女が2か月前に4名も暗殺されているなんて」

 ケインズは笑って誤魔化そうとして失敗した。

 もしこれが事実ならダーナ帝国は今、大いに荒れているに違いない。考えようによっては攻め入るチャンスかもしれないがカイトが言う様に事が大き過ぎる。

「その暗殺の首謀者がしかも十字星教による物と推測される?どうなっているんですか」

「俺が聞きたいんだそれは」

 カイトはそう言って煙草に火を点けた。

「兎に角、今言える事はダーナ帝国と十字星教の関係は極度の緊張状態にあるという事だ。宗教惑星系に向けてダーナ帝国が艦隊を動かしているという情報もある。確認が取れていないが艦隊を率いているのは<紅翼>と<灰翼>という話もある」

「最悪、本当に宗教惑星系はダーナ帝国に落とされる危険性がありますね」

 帝国最強の部隊と策略家が行動を共にしているというのだ。ダーナ帝国の本気で宗教惑星系に攻め入る気なのだ。

「そんな状況でダーナ帝国と十字星教…この際、旧派だけと考えても良いがそれでも手を結ぶとは考えられるか?」

「いや、それは…」

 ケインズは暫く顎に手を当てて考え、

「…旧派がダーナ帝国と手を組み、宗教惑星系を掌握しようとしているとしたら?」

「む…」

 そう言われカイトはない話ではないなと判断した。元々、旧派は古い教えを尊びそれを全ての国の基準にしようとしている一派だ。

「それにダーナ帝国が承諾し手を結んだ…そして何らかの理由で十字星教の残りの派閥が暗殺に乗り出した」

 筋書きとしては納得いく。しかし、

「すいません、自分で言っておいてなんですが教主派も新派もそんな事しなさそうですよね」

「あぁそうだな」

 十字星教には3つの派閥がある。まずは先ほどから話に上がっている旧派。そして現行の教えを説き広める教主派。最後に教主派と教義の解釈上から分かれた新派と言う派閥だ。分かれたと言っても敵対している訳ではなく、教義の解釈で対立している以外は両派とも敬虔な信徒たちだ。争いや暗殺など企てる様な派閥ではない。

「益々分からなくなってきました」

「あぁだから俺も頭を悩ませているんだ」

 そう言ってカイトは紫煙と共に溜息をついた。それから暫く考えてから口を開いた。

「マクシミリアン。お前、自分の目で確かめに行ってみないか」

「宗教惑星系にですか?ですが…」

 単独で行くにも行動に制限はあるし、だからと言って軍人としてシルバー・ファング号で乗り込んでいくのも問題がある。あの宗教惑星系は中立地帯なのだ。

 星間連合軍による介入は認められないだろう。

「それはダーナ帝国が約定を守っている限りだ。艦隊を差し向けている以上、こちらも見過ごせない」

「宗教惑星系へ艦隊を送るのですか?」

 まさか宗教惑星系で戦争を起こすつもりではと訊ねるとカイトは首を横に振った。

「現状ではまだダーナ帝国が宗教惑星系へ艦隊を差し向けているだけでその目的までは分からない。だが仮に宗教惑星系への侵攻が目的なら現地にいる星間連合の民間人が危険に晒される可能性がある。大将たちの決議の下、宗教惑星系に滞在している星間連合の民間人を保護しに行く事になった。輸送艦20隻と護衛艦としてグラン提督の大隊を付けてな。正式な発表は1週間後、同日には艦隊が宗教惑星系に到着する手はずだ」

 カイトが今言った編成だと宗教惑星系までは2日ほどだ。あと5日位しか時間は残されていないがカイトはその護衛艦にシルバー・ファング号を加える事を提案してきた。

「到着して直ぐに収容、はい出発とはいかないだろう。滞在は1週間を予定している」

「それよりも前にダーナ帝国が動く可能性は?」

「ダーナ帝国の艦隊の出発はまだだ。だが向こうは2個大隊以上の大所帯、動きは遅い。最短で20日だな」

「いやギリギリじゃないですか」

 鉢合わせする可能性が大いにある。それを伝えると、

「これでも急ピッチで進めたんだ。何せ情報公開はまだ出来ない。下手に艦隊を動かせばダーナ帝国に勘付かれそれこそ宗教惑星系で戦争をする羽目になりかねない」

「カノータス中佐あたりには勘付かれていそうですが」

「言わんでくれ。胃に穴が開く」

 何度も辛酸を舐めさせられているせいかカイトは沈痛な表情を浮かべる。

「仮に宗教惑星系への侵攻が目的だとすればこちらは我々星間連合の民間人を保護しに来た名目で撤退すればいい。帝国も宗教惑星系と同時にこちらを相手取ろうとはしないだろう」

「まぁそうでしょうけど」

 流石に民間人を問答無用で吹き飛ばす真似はしない筈だ。しかしカイトの言い分はもしも宗教惑星系へダーナ帝国が攻め入っても手を出さないという事か。

「今はな」

「宗教惑星系との約定は?」

「ダーナ帝国がそれを破ったのだ。こちらが律儀に守る必要もあるまい」

「それで世論が納得するとは思えないのですが」

 これ以上こじれるのは良くない。

「分かっている。ダーナ帝国が宗教惑星系へ侵攻を行うのが確実になったらカルロス大将が先鋒を務め艦隊を動かす手筈だ」

「アルテイル星系の司令官ですか?」

「最前線から離れた星系で一番余力があるのはアルテイル星系だからな。特に技術連合の無敵艦隊がある。既に一部の艦隊がバルバス星系に向かい、バルバス星系から宗教惑星系へのクロス・ディメンジョン近くに駐留する予定だ」

「そうなると技術連合への監視の目が薄くなりますね」

「お前の話を聞く前の事なんだ。技術連合が絡んでくるなんて誰も考えてなかったからな」

 カイトは頭を抱える。だが無視する事も出来ない、まだ確証の無い情報だから何かうまい言い訳を考えるか今から情報の精査を進めるか。

「同時進行で進めては?」

「他人事だと思って…その通りにするしかないんだがな」

 そう言ってカイトは煙草をもみ消した。もう一本吸おうかと考えて、一日に摂取する本数に達してしまったのを思い出した。この前の健康診断結果から妻とマイカからそう決められてしまった。

「取り敢えずマクシミリアン。宗教惑星系行きだが」

「承りますよ。私も気になりますので」

 それともう一つとケインズは言い、

「少しダーナ帝国の足を鈍らせる方法があるのですが」

 ケインズは一つの策をカイトに献上した。これ程までに心労を与えてしまって申し訳ないと思い、少しでも力になろうとしたのだ。

 あくまで良かれと思っての事だ。

 だからその策が悪魔の所業だとしても、それによってカイトの胃に大きな穴が開きそうになっていたとしてもだ。

「一日、いや半日くれ」

「3時間以内に決めないと間に合わないかと」

 結果、カイトがケインズの策を受け入れたのは2時間48分後だった。


「それでお願いとは何なんだ?」

「あぁそうでした。忘れていました」

「…おい」

「いや。重要な事だったんですけど中将から出た話の方が衝撃的だったので」

 そう言いながらケインズは頭を掻き、

「調べて頂きたい人物がいます。名前はヴァーナンド・ランスター。もしかしたらトンデモナイ人物かもしれないです」


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