第2話 王の騎士
ライアン・マックナー中尉を一言で言えば完璧超人だ。
容姿端麗で士官学校を首席で卒業。その後は双腕肢乗機操縦者として数々の戦果を挙げて20歳で中尉になった。テスト・パイロットとしてヴァルキリーの操縦者に選ばれたことからもその腕の良さは分かる。
「正直、驚きよ。既存の操縦者の中でヴァルキリーに対応できる人間は少ない上にあそこまでの数値を出せるのはマックナー中尉だけね」
フランはそう言って素直に褒めた。フィオとは大違いである。
180センチを超す身長に少しウェーブの入った金髪、優しさを感じさせる風貌でそれに違わず男女問わず気配りを怠らない人格者。更には敬虔な十字星教の信者でもある。
「率先してこっちの仕事を手伝ってくれる。助かる」
日頃から大量のデータを処理しているリリアはそう言った。暇そうなフィオを無理やり艦橋の座席に着かせて手伝わせながらそう言った。
目元は切れ目でブラウンの瞳は見つめられると異性でも同姓でも動揺してしまう。
「仕事もきっちりしていますね。提出期限は勿論ですが、文面や添付のデータも十分な物です」
と言ってマイカはフィオに添削した提出書類を返した。
兎に角、好青年で仕事も出来て人格者で兎に角、イケメン。
いや別に顔がいいからみんなの評価が良い訳では―
「…あとイケメンですよね」
「皆、結局それかよ!!」
マイカがぼそりと呟いた一言にフィオは返された書類をその場で床に叩きつけた。
当然、怒られた。
フィオがライアンの事を聞いて回っているのは別に本来のヴァルキリーの操縦者がやってきて慌てている訳でない。既にケインズからも直接、今後もヴァルキリーのテスト・パイロットを任せる旨は伝えられている。
「君を採用したのはヴァルキリーの操縦者としての素質だけじゃないからね」
それはフィオも分かっていた。なのでその点も全く気に掛けてはいない。
「じゃあ、あれか。自分より強い奴が出てきて嫉妬しているとか?」
「いや、全然。と言うか逆にすげぇと思っている。シミュレータとか見ていると勉強になるし色々、操縦に関して教わってる」
そこは本当にフィオも尊敬している。ヴァルキリー特有の動きや癖を把握しその対処法まで完璧だった。
フレデリックは胡乱な目をフィオに向け、
「だったら何を気にしているんだよ」
「そ、それはだな」
フィオは目を泳がせる。かなり言い難い。特にここは食堂だ。口が裂けても言えない。
その様子を見てフレデリックは、
「……リュンネか」
「なななななななななな、何をいいいいいいいいい?」
「動揺しすぎだろおい」
これで本人はエルムへの恋心を隠しているつもりなのだ。
気付かない訳ない、と思っていたのだがどうもその相手当人は気付いていない様でフレデリックは世の男女の仲の珍妙さに呆れている。
「リュンネは何て言っているんだよ。やっぱ気になるって?」
「いや、良い人だっては言っているけど」
食堂で話しているのを見た事がある。和やかでエルムも楽しそうだった。
元々、人当たりの良いエルムは何時も楽しそうに歓談している。けれどそれはエルムの人柄に当てられてそうした雰囲気になる事が多い。その時は逆でエルムがライアンの雰囲気に包み込まれている様に見えた。それがちょっと、心の中でざわついた。
フィオの分かりやすい嫉妬にフレデリックは馬鹿馬鹿しいと思いながら苦笑した。
「こう言っちゃあアレだけどマックナー中尉はいい大人だぜ?リュンネみたいな子供に懸想するとは思えないな」
フィオはちょっとムッとした顔をした。そんなエルムに懸想している自分も子供だと言われているみたいで拗ねたのだ。
「それよかこの前のデートはどうだったんだよ」
「あー…うん」
フレデリックに聞かれフィオは目を逸らした。
「いや、何があった」
「ナンデモナイヨ」
「嘘つけ」
「ホントニナンデモナイヨ…イツモドオリ、オヒメサマガイタダケデ」
「あー…」
フレデリックは遠い目をした。
余談だがアースガルド王国の王城で誰かがくしゃみをした。
それが末の姫で第一継承権を持つ人物だとはフィオもフレデリックも知らなかった。
その日―エルムとのデートの日、最初はとても良かった。待ち合わせ場所に30分くらい早く着いて待っていたが全く苦ではなかった。服も新しいのを選んだ。少し値段はしたが品の良いジャケットは意外な事にフレデリックの見立てだ。デートに行くときの服を悩んでいる時に選んでもらった。
「あとこっちのジャケットに合わせるんだったこの色のチノパンが良いな」
「フレディ、意外と詳しいんだな」
「意外とは余計だ。服飾は母親が昔、そう言った仕事をしていてちょっと教えて貰っただけだ」
デートのプランもしっかり立てた。まずは今、話題の美術展があるのでそこに行く事にした。エルムに事前にそれとなく―デートのプランだとは知られない様に―聞いてみたら興味がありそうだった。それから昼食はパスタが有名なカフェに行く事にした。これはアリアに聞いた。この人選は意外でも何でもない。
「リリアと言ったけど美味しかった。量が少ないのが不満だけど」
「明らかに大盛りとかやっている店じゃないだろう」
「デートにはいいんじゃない?私は良く分からないけど」
この前、エルムとデート(本人談)に行った奴が何を言うか。
そんな事を考えているとアリアの眠たげな眼が一瞬。細くそして鋭くなる。
「…一つ、言っておく」
「なんだよ」
「変な所、行こうとしたら承知しないよ?」
ガチャンとライフルの弾丸を装填した。狙撃訓練中に訊くんじゃなかった。次に撃ったアリアの弾丸は人型の的の股間を正確に撃ち抜いていた。
珍しくアリアが外しているなーとベンの声が聞こえてきたがフィオには分かる。これは警告だと。何処とは言わないがちょっと縮んだ。
そしてデート当日だ。待ち合わせの10分前にやって来たエルムは、
「お待たせしましたか?フィオさん」
目を奪われた。半袖の白いブラウスにはワンポイントの刺繍が施されている。何かの花の模様の様で後で聞いたらカンパニュラと言う花らしい。ミニスカートから覗く細い脚に目を奪われる。何時もは軍服のスカートとは短さもだが普段タイツに隠れている素足が年頃のフィオには刺激が強い。長い髪は太めの三つ編みにしていてフリルのついたリボンで纏められている。
何時もとは全く違う装いに可愛い、綺麗だ、幾らでもエルムを誉めたてる言葉が出て来るが口には出せない。それ位、見惚れていたからだ。
「い、いや大丈夫だ」
「良かったです。フィオさん、今日はいつもと服装が違いますね。カッコいいですよ」
「あ、ありがとな。あー、その…うん、エルムもさ、綺麗だ、ぞ」
最後は尻すぼみになった。でもフィオの気持ちは伝わったようでエルムは微笑んでくれた。それだけでフィオは嬉しかった。
「じゃあ、行こうぜ」
「はい」
手を繋ぐ?腕を組んで歩く?無理だ、そんな度胸あったらとっくに告白している。
だから今のフィオには精々が隣で、いつもより近くで一緒に歩く位が精一杯なのだ。
「待てよ。殿下は何処にいるんだよ」
「そん時はまだ居なかったんだけどな」
予定通り美術展に向かい暫く鑑賞をした。自分たちの祖先がまだ地球と言う惑星で暮らしていた時代を再現した絵画―本物の殆どは残されていない。あるとしたらここから数千光年は離れている太陽系の地球にいかないと存在しない―その多くがフィオには良く分からなかったがエルムには違った様だ。
「素敵な絵ですね。私、あの雪の積もった街並みが好きです」
「うん、綺麗だな。俺、雪って見た事ないんだよな」
工場惑星はその気候上、雪が降る事はない。聞くところによると惑星バルバスでも雪が降る事はないらしい。
「でもバルバス星系の惑星イザヨイでは雪が降るらしいですよ」
「へぇ」
「一緒に見に行けると良いですね」
「そ、そうだな。見に、行ってみたいな」
そんな話をしながらアリアも勧めるカフェへと向かった。評判通り、パスタの味は素晴しかった。
「美味しいですね」
「あぁ。これ、ミートソースじゃなくて…ま、いっか。このひき肉のソースもうん、味だけじゃなくて香りも良いや」
「こっちのホワイトソースも凄く味が繊細なんです」
美味しいパスタを食べながら午後の予定をエルムと話した。街を散策しながらこの前、エルムが差し入れてくれたケーキがあるお店に行く事にした。
「だから殿下は?あとそれってボロネーゼの事か?」
「この後なんだ」
街で色んな店を見回りながらカフェに向かった。しかし残念な事にその日は定休日で店は閉まっていた。事前に調べておけばよかったとフィオは渋い顔をした。だがそんな顔もしていられない。
何せこれはデートなのだ。果たしてエルムが正しい意味でデートと言う言葉を理解しているかは別として彼女の認識の中ではデートである。勿論、フィオの中でもだ。
お互い楽しく過ごしたいし、いい思い出にしたい。出来れば次のデートもしたい。特に他のエルムのデート相手であるアリアやシャルロットよりも印象を良くしたいのは男の見栄かはたまた惚れた弱みか。
「なぁ通りの向こうにシナモンパイが美味い店があるらしいんだ。行ってみないか?」
近くの喫茶店を検索してみるとブログで紹介されている店を見付けた。ブログの匿名性を考えると情報の信憑性は如何なのだと言う話が出て来るが、少なくともこのブログの主はアクセスをみると誠実な内容を書いている人物の様だ。
「シナモンパイですか?まだ食べた事ないですけど、美味しそうですね」
そう言ってエルムは賛同してくれた。お目当てだった喫茶店を背に二人は通りの反対側へ渡った。
「ん?その辺って確か…」
フレデリックが首を傾げた。
青信号を渡り、路地裏を抜けるとそこは、
「…げ」
「?」
昼間だと言うのにネオンがケバケバしいまぁ所謂、大人向けの休憩施せ―
「てめぇこの野郎!!まさか!!」
「待て!?違う!!本当に偶々、通り抜けるのにそこを横切っただけ!!」
フレデリックに首を掴まれながら弁明する。誓って通り道の一つに過ぎない。
何かあったらアリアに何をされるか分かったものじゃない。
変に挙動不審な態度を取れば何処からかアリアに狙撃されるかもしれない。あり得ないと分かっていて惑星パルムでのあの長距離狙撃を思い出してしまう。
何とか気まずい場所を通り過ぎて目的地の喫茶店を探す。
「えーっと」
慣れない場所で初めて行く店を探すのは一苦労だ。辺りを見回していると、
「フィオさん、あのお店じゃないですか?」
そう言ってエルムはフィオの手を取り指さす。
突然、繋がられた手の感触にフィオはどきりとする。
けれどその喜びも直ぐに消え去った。
「あのお店知ってます、この前シャルロットさんと一緒に来ました」
既に知っている店だった。それも前にデート(本人談)で来たらしい。
「よく来るそうですよ」
「へぇー…」
という事はだ。あのテラスにいる金髪の女は見間違いではないらしい。
「あ!シャルロットさん!!」
「ん?」
口一杯にケーキを頬張るシャルロットを見てフィオは顔を覆った。
楽しいデートの時間は終わりフィオとエルムはシャルロットと同じテーブルに着いた。いや着かされた。
「成程、成程なぁ。フィオがな。くくくく」
「はい!楽しくデートしてます!!」
シャルロットはお腹を抱えて笑い出した。
フィオは顔を赤くして俯いた。そして改めて自分の恋心は周囲にバレていたのだと知った。
「うむ、目出度い事だ。おい、メニューの端から端まで持ってきてくれ」
「もうシャルロットさん、私たちだけじゃあそんなに食べられないですよ」
「案ずるな。残ったら全てシルバー・ファング号に持って帰ればいい。人手ならいる」
そう言ってシャルロットが親指を向けたのは一般人に扮装した護衛の兵士たちだ。とても疲れ切っていて嫌そうな顔をしている。
普段からどんだけ振り回されているんだとフィオは哀れに思った。
エルムはちょっとお手洗いに行ってきますと言い席を離れた。フィオは率直に気まずいと思った。折角、意中の相手とデートに来ていたのに途中で別の女性と相席する。何となく気まずいと思ったのだ。
「初めて会った時と比べて随分と変わったなお主は」
「何だよ突然」
神妙な声音でシャルロットが言うとフィオは怪訝な顔をした。
シャルロットは眼を瞑り次に眼を開いた時には、
「お主が戦乙女の操縦者を務め半年になる。これまでの戦闘データは全て貴重な物で国王陛下も星間連合軍次期主力兵器の進展に満足している。改めてその事に対し礼を述べる。お主のその働きによりアースガルド王国と星間連合は更なる発展を遂げるであろう」
その眼の威光にフィオは息を呑む。突然、雰囲気の変わったシャルロットにフィオは緊張を隠せない。何時ぞや感じた逆らえない気迫、それに近い物を感じていた。
「俺は…自分のやれる事をやっただけだ。でも感謝されるのは…そのやっぱり嬉しい」
こう言う時にどう受け答えすればいいかは分からない。生憎、フィオは貴族では無く平民だ。王族と直接言葉を交わす機会など本当は無いのが普通だ。
そんなフィオの様子にシャルロットは微笑み、
「よい。気にするな。お主から何か気のきいた言葉が返って来るとは思っていない。それに今のお主を見ていれば妾の言葉が伝わっているのも良く分かる」
嬉しさで恥ずかしがっているのも見透かれている様でフィオは顔を赤くする。
「お主の戦闘データが役に立っているのは事実だ。これまでの蓄積から操縦の簡略化や問題点、そして量産への目処が立った」
「…量産?まさかもう始まっているのか?」
「3年後には近衛艦隊全てに配属される予定でいる。お主の懸念は操縦者の教育だろう?」
「初めはよく言われたけど、ヴァルキリーって操縦系統が特殊だろ?数を揃えてもそれを使える人間がいなくちゃ…」
「実は既に一部の士官学校でヴァルキリーの操縦者の為の教育を行っている」
「え!?」
「極一部の人間にのみだがな。それに主に近衛艦隊からだが現存の双腕肢乗機操縦者の中でも腕の立つ者を数名、次期主力兵器の操縦者として教育を進めている」
まだまだ試作段階だと思っていたヴァルキリーがまさか既にここまで大きく動いていたとは思わなかった。呆気にとられるフィオにシャルロットは苦笑し、
「まぁまだ先の話だ。重騎士槍級の配備も進めなければならないしな」
「あ、あぁそうか。今までの戦艦とか空母じゃあヴァルキリーの規格に合わないもんな」
話は進んでいるがシャルロットの言う通り今すぐ何かが大きく変わる訳でもなさそうだ。
「だがフィオ、お主にはその未来を考えて貰って欲しい」
「どういう意味だ?」
「…3年後、近衛艦隊に配備が完了した時の事だ」
シャルロットは少し目を閉じフィオに気取られる事無く呼吸を落ち着ける。これから提案する事は実はまだ誰にも打ち明けていない。だがやるつもりでいる。
その程度には、いやそれ程までにシャルロットは―
「…ふふ」
「何だよ急に笑い出して」
「いやな、妾も人間なのだなと。そう思ってな」
「…訳分からんぞ。人間じゃなきゃ何だって言うんだよ」
「王族と見られる事はあっても1人の人間として見られる事は少なくてな」
シャルロットはそう言って笑いその目を開いた。
「3年後だ。フィオ、3年後にお主には近衛艦隊の双腕肢乗機小隊の隊長を務めて貰おうと考えている」
「は、はぁぁ!?」
急に何を言いだすのだろうか。3年後にフィオが双腕肢乗機小隊を率いる地位につまりはロイの様になっているかと聞かれればフィオ自身、首を傾げざるをえない。
その上、近衛艦隊と来た。近衛艦隊は星間連合軍の中でも特殊な地位にある。バルバス星系第1師団の栄えある第1部隊、艦隊と称しているが実際の戦力は艦隊の1つ上の大隊規模だ。その主な任務は王族の護衛であり王族が恒星間移動を行う際には必ず近衛艦隊からの付き添いが出る。
そしてもう一つ、近衛艦隊には大きな役割がある。それは遊撃部隊としての役割だ。
師団が保有する連隊や大隊には役割がある。防衛部隊、治安維持部隊、補給部隊、そしてダーナ帝国への侵攻を目的とした部隊。様々な役割を持つ中で近衛艦隊の遊撃部隊と言う役割は臨機応変に各部隊の援護や支援を行うと言う事だ。防衛の手が足りなければ盾を持ち、補給線が立たれそうになった時にはその確保に向かい、そして攻める数が足りなければ槍となって向かう。それが近衛艦隊の役割であった。
必然的にその錬度は非常に高い物となっている。フィオも一度、実際に見ているがとてもではないが足元にも及ばないと実感している。
「それに近衛艦隊って貴族しかなれないんだろ?」
「貴族出身の物が多いのは事実だ。単に錬度や個々人の資質のだけでなく忠義の高さも求められるからな。必然的に貴族の方がそう言った意識の高い者たちが多いから集まり易いのだ。近衛艦隊にも平民や銀河連邦の市民からの出身者もいるぞ。もしそう言った不安があるのなら騎士の地位くらいなら用意しよう」
その言葉に護衛の一人が目を見開いたがフィオは気付かなかった。
「どうだ?騎士だぞ。騎士。いっそ白馬にでも跨ってエルムの前に立って見せれば腕の中に飛び込んでくるのではないか。ん?」
「仮装パーティーでもあるまいし誰がそんな真似するか。それに騎士って聞くとどうしても黒とか青とか思い出すからなぁ」
そう言ってフィオは苦い顔をした。フィオにとって騎士と称する者はこれまで殆どが敵でしかなかった。
「貴様の言う通り、騎士と言う名称はあまり星間連合では覚えは良くないからな。どうしてもダーナ帝国を連想する。だが騎士の称号が無い訳ではないぞ」
「へぇ」
「まぁ今は頭の片隅にでも入れておけ。時期が来ればいずれな」
そんな未来、絶対に訪れないとフィオは思ったが口には出さなかった。
丁度話の区切りがついた所でエルムが戻ってきてテーブルの上には沢山の菓子が並べられる。
「俺、初めて見たよ。メニューの端から端まで並んでいる光景なんて」
「目移りしちゃいますね」
流石のエルムも実際にテーブルの上に菓子が所狭しと並べられると好奇心が勝った様だ。
「うむ。では今日のデートとやらを最初から聞かせてみよ」
「ちょ!!おまっ!?」
「はい、まずはですね…」
そう言ってエルムが嬉々と話し出すのをシャルロットはイイ顔で頷きながら聞きフィオは顔を真っ赤に染める。
あの日の夕飯について来たデザートの真相を知ってまさかそれが殿下からの下賜だとは思いもせずフレデリックは胃が痛くなった。
「それが…2時間にも及んだんだ」
「何で…」
「事細かく聞いてきてなぁ…その絵を一緒に見てどう思ったとかその時、どんな表情をしていたとか」
訊かれる度にエルムはニコニコとその質問に答える。その表情と声は本当にフィオとのデートが楽しくて喋っているのだと分かった。
捉え方によっては惚気話、だが肝心の女の方にはその気は全く無し。
そんな嬉し恥ずかしい地獄が2時間も続いた。
フレデリックは何も言わず只、優しくフィオの肩を叩いた。
この時、フィオはフレデリックに騎士の叙任に関しては口にしなかった。本人はただ話を省いただけのつもりで故意に話さなかった訳ではない。大したことではないと思っていたからだ。
けれどあの日、シャルロットと別れる際に一人の護衛が呟いた言葉をフィオは聞き逃していた。
「アイツ…殿下の騎士って話、分かっているのか?」
アースガルド王国に於いて騎士と言う称号は二つある。一つは名誉としての呼び名。星間連合軍一の守将として知られるウィルソン・テスタロッサ大将が<サー・ルーク>と呼ばれるのと同じ様に敬意ある相手に送られる名だ。
もう一つは地位としての騎士。これは極限られている。何故ならそれは王族に直接仕える者の中で常にその傍にいる事が許される存在。つまりは本物の近衛騎士。近衛艦隊の誰もが羨むその名誉は一人の王族に対してたった一人しか選ばれない。
ましてやシャルロットは次期国王とほぼ決められた存在。その横に立つ事が許される名誉をフィオはこの時まだ知らなかったのだ。