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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第4章 騎士の帝国
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第17話 <レイヴン>・上

 使い捨ての殺し屋集団がやられたのを聞いてガルムは、

「そうか」

 とだけ呟いた。元より期待はしていなかった。この帝都ではそれなりに名を馳せていた様だが戦場を知るガルムからしてみれば児戯に等しい。

「では計画通り、躑躅の館の警備は強化されたな?」

「あぁ。だがいいのか?」

 エドモンドが不安げに尋ねる。アイリーンから依頼されたのは暗殺。後宮の警備が強化されると言うのは良い事ではない。

「問題ない。警備が上がればその分、行動は分かりやすい」

 警備の仕方など大きな違いはない。人手を多くは位置して要人は一番、安全な場所に隠す。その安全な場所と言うのも幾つかパターンがあるだけで特定の仕方もある。

「館の見取り図からして警備の配置が強化されているのはこことここだ」

 そう言ってガルムは図に記しをつける。

 正確な躑躅の館の見取り図はアイリーンから提供された。それなりの価格であの館の見取り図は売られていると言っていた。その理由と売主の裏に隠れる人物に想像がつきガルムは辟易した。だが今はそれも利用させて貰う。

「相手にはもうこちらの狙いはバレている。下手な陽動は必要ない。最初から本命の切り札を使う」

「ハルパーをか?あの近くまで運ぶのは難しいぞ」

「大丈夫だ。作業乗機に擬態させてある」

「帝国騎士団に検問されたらすぐにバレるのでは?」

 そう尋ねるとガルムは首を横に振り、

「安心しろ。何か尋ねられたら空港の後処理の為だと言え」

「空港の?」

「そうだ。第2皇太子の暗殺があった空港の隠蔽処理の為に作業乗機を運んでいると言うんだ。詳しい事を聞かれても極秘事項だと言えばいい。空港での暗殺がまだ報道されていないのを見るに帝国騎士団は情報を統制しているのだろう」

 ならば隠蔽工作の為に極秘に作業乗機が運ばれる事もある。詳しい事を聞かれても情報統制されている案件だ。極秘任務と言えば通る可能性がある。

「偽造書類も渡しておくが保険程度に考えておけ」

「分かった。それとガルム、もう一つ確認したい事がある」

 エドモンドはガルムに尋ねる。

「第2皇太子の暗殺から双腕肢乗機による襲撃は向こうも警戒しているだろう。後宮の警備に双腕肢乗機が回されている可能性も考えるべきでは?」

 もしも相手が中隊規模の双腕肢乗機を警備に回していたらエドモンドたちでは手に負えない。戦闘経験はあるとは言え素人に毛が生えた程度の腕前と旧式の機体なのだ。正面から戦うのは得策ではない。

「その可能性も考えた。だが多くても1個小隊いるかどうかだ」

「根拠は?」

「情報統制している最中にそんな明らかに厳重警備していますと見せる事はしないだろう」

 成程とエドモンドは頷いた。確かに帝都の上空をデュランダルが飛んでいれば当然目立つし何事かと騒ぎだす。それでは情報統制をして暗殺事件を隠している意味はない。

「では最後に聞かせてくれ。この作戦は躑躅の館を襲撃出来た時点で完了だと思って良いのだな」

「……」

 エドモンドのその言葉はつまり撤退の事は考えなくて良いのだなと言う念押しだった。

 ここに残っているのはガルムと数名、そして双腕肢乗機を操縦できる者たちだけだ。ここに居るメンバー以外はアイリーンの手引きにより脱出した。

「…そうだ」

 多くを語る必要はない。ここに居るのは決死隊なのだ。エドモンド達は皆、ガルムの事を信頼しており命なんて、とうの昔にガルムに預けている。その使い場所を彼は示してくれたのだ。

 ガルムの言葉にエドモンド達は頷き行動を開始する。

 ガルムはふぅと溜息をつき隣に立つイシュに、

「…なんだったら逃げても良いぞ」

「何処へ?」

「お前の元の雇い主の所だ」

 イシュは首を傾げた。

 元々、イシュは<ポラリス>のメンバーではなかった。アイリーンがガルムと接触をしてきた際に紹介された人物だった。<ポラリス>の信念に惹かれてという事は無くただ純粋に用心棒としてガルムに従っていた。アイリーンからの監視の意味合いもあるのだろうとガルムは当初考えていた。だが注意深く観察していたがアイリーンと特に連絡を取ることもなく、ガルムに言われるがまま酒場の仕事を手伝い揉め事が起きれば見た目からは想像できない腕力で酔っ払いどもを追い払ってきた。

 一応、体裁として彼女に賃金を払っていたが多くもないそれを彼女はコツコツと溜めて水槽で金魚を飼っていた。酒場が休みの日は一日中、水槽の前で金魚の様子を観察していた。面白いのかと一度尋ねた時に僅かに頷いた。それだけだった。けれどその頃にはガルムもイシュがアイリーンと繋がりはあっても自分たちに害を及ぼす人間だとは思ってなかった。

 その程度には信用をする様にはなった。<ポラリス>を除いては数少ない仲間だと思うようになった。

 だから今ここで彼女に自分たちの都合に付き合わせる気はガルムにはなかった。

「別に、あの人は雇い主でも何でもない」

「そうか。だが俺たちに付き合う必要ももう無いんじゃないのか」

 そうガルムが言うとイシュは小さく首を横に振った。

「まだ私には務めがある」

「務め?」

 イシュは何も語らない。ただじっとガルムを見つめるだけだ。長くもなければ短いと言う程でもない付き合いの中でガルムは彼女がこれ以上語るつもりがない事を察した。

「…まだ暫く付き合ってくれるなら精々、頼らせて貰う」

「そう」

 ガルムは立ち上がり壁に掛けていたアサルトライフルを手に取った。

「さぁ最後の仕事だ」


 エミリアは去り際に不安げな表情を見せた。

「ここ最近は本当に視る事は少なくなったの。本当に久方ぶりにハルト殿下がお生まれになる未来を視て―それから視える回数が増えたわ」

 小さな事が殆どだ。けれど幼少の頃でさえ視る事が少なかった大きな出来事、それが立て続けにエミリアの瞳に映った。

 何か不吉な前触れではないか。より大きな事を見落としてしまう前兆ではないかとエミリアは恐れていた。

 だからカラスはエミリアを安心させる為に頭を垂れて、

「ご安心ください。私は貴方の言う所の帝国を救う騎士なのでしょう?今、その務めを果たして見せます」

 そうカラスが言うとエミリアは困った笑みを見せ、

「覚えてくれていたのね」

「当然ですエミリア皇妃様」

「分かったわ。貴方を信頼しますカラス」

 この身命を賭して誓いますとカラスは言う。

 秘密の通路を通り勿忘草の館へ戻ったエミリアは俯き、

「でも帝国を救うその時はまだ先なのよカラス」

 そう呟いた。


 カラスは考える。<ポラリス>はハルトとレアを狙ってくる、だが警備を固めるだけで本当に大丈夫なのだろうか。相手はあのガルムだ。何か策を講じているに違いない。

 対抗策を立てなければとカラスはディーンの言葉を思い出した。

 昔、同じ部隊にいた時に言われた言葉だ。

「相手の動きを読むにはまず周囲の状況を分析する…」

 その言葉を思い出しカラスは顎に手を当てた。

 この躑躅の館はアーデル・フリューゲル城内にある後宮の一つだ。もし暗殺に直接乗り込むとしたら入念な準備が必要になる。

 しかしガルムにその時間はない筈だ。内部からのリークでその身を追われているガルムが皇太子たちの暗殺に拘り時間を費やすだろうか。

「いやしないな。それなら体制を整えて再度、動けばいい」

 だがそれをする事が出来ない、ならば如何にして準備に時間を掛けずに実行に移すか。

「…奇策の類だがまさか」

 カラスは一つの考えに至った。そもそも相手には双腕肢乗機と言う強力な兵器があるのだ。それを使わない筈がない。

 テオドア9世のときと同じく双腕肢乗機を使っての強襲、夜間に行えば前よりも簡単だろう。問題はそれをどうやって防ぐかだが。

「奇を衒う必要はあるまい」

 正面から押しとどめる。

 その為には―


 アーデル・フリューゲル城周囲の警備は予想通り強化された。大型車両の検問もあったが空港の件を引き合いに出せば現場責任者が無言でゴーサインを出してきた。やはりこの件は騎士団内でも内密にされていて一定の階級以上でないと開示されていないらしい。

 だがそう何度も使える手ではないし時間が経てばすぐ気付かれる。

 ガルムは全車両が予定の位置に着いたのを確認するとエドモンドに双腕肢乗機の指揮を任せた。

「双腕肢乗機に関してはお前の方が良くやれる。こっちはこっちで仕事を片づける」

『分かった。ガルム』

「あぁ」

『お前と出会えてよかった。この縁を与えくれた星の意志に感謝を。そしてお前に星の加護が在らん事を』

「エドモンド、お前に星の加護が在らん事を」

 通信はそれで終わった。彼の背後で大型車両のハッチが開き、夜間迷彩が施されたハルパーが姿を現した。俄かに周囲が騒がしくなる。だが双腕肢乗機を相手に只人が如何にか出来る筈がない。

「行け」

 通信を繋げていた訳ではない。だがガルムの言葉が届いたのか帝都の夜を引き裂く様に8機のハルパーがアーデル・フリューゲル城を目指して飛び立っていった。

 その嵐の様な音に人々が注視している間にガルムは身を翻した。

 彼にもまた、向かわなければならない所があった。


 エドモンドは以前<ポラリス>のメンバーではなかった。

 他の旧派の過激派メンバーだったが星間連合軍に壊滅され彷徨っていたところをガルムに助けられた。商売敵だった筈のエドモンドをガルムは全く差別する事無く迎え入れてくれた。危険を承知でエドモンドの仲間を助けるべくオストーは潜入工作を行い仲間を開放してくれた。

 そして真の教義とは何かを教えてくれた。

 大いなる恩義がある<ポラリス>に今こそ報いるべき。その覚悟を持ってエドモンドは機体を奔らせる。どの様に警備を強化しようとも8機もあれば後宮の一つ位、1機で特攻も出来る。

「見えたぞっ!!」

 目標となる躑躅の館が見えエドモンド達は気を引き締める。

 ガルムは双腕肢乗機による警備はないだろうと言っていた。

 あるとしても小隊未満。ガルムを疑いはしないが作戦に絶対はないのも戦いの鉄則。

『エドモンド!!あれは!!』

「あぁ見えている。あれは」

 躑躅の館のその前に着陸姿勢で佇む双腕肢乗機が1機。傍にはエドモンド達が使ったのと同型の大型車両がある。

 今回は全てガルムの予想通りだったか。エドモンドはそう思った。

 しかし問題はこの次だった。

 こればかしは流石のガルムもましてやエドモンドも予想はしていなかった。

 スコープを拡大して見えたのは機体の上で腕を組み仁王立ちする人物。

 髪も身に纏うパイロット・スーツも全て黒い。

 闇夜に紛れるその人物は―


『聞けっ!!狼藉者ども!!』

 拡声器を使ってエドモンド達に叫んできた。


 騒ぎを聞きつけディーンがアーデル・フリューゲル城の後宮近くへと駆け付けると聞こえて来たのは耳にも入れたくない声だった。

 だが入れるのは無理という物。

 どんな拡声器を使っているか知らないがアーデル・フリューゲル城どころか帝都全土に聞こえ渡るのではないかと言う音量だった。

『ここは偉大なる皇帝陛下が御座します皇城なるぞ。その安寧の夜を無粋な羽で汚す大罪、許すまじ!!』

「あ、あの男は何をしているのだ」

 流石のディーンも頬を引き攣らせるしかなかった。

 しかし、

「ぶわははは。成程、考えたなぁカラスも」

 隣にいたゼクスは違った様だ。愉快気に大笑いをすると、

「囮になるつもりだな」


 当然だがその声はアーデル・フリューゲル城にいるジェガス17世の耳に届いている。

 そしてジェガス17世は彼が何をしようとしているのかを察し苦い顔をする。

「…」

「陛下!!早くお逃げを!!」

 近衛兵にそう促されジェガス17世は避難をする。

 もしこの場にこの兵が居なかったらジェガス17世は呑み込んだ言葉を吐露していただろう。

 即ち、遣り過ぎだと。


 ラウルは顔を青褪めていた。上官の命令だったとはいえこんなものを後宮の近くに待機させておいてその上、使う羽目になるとは。

 いやそれは構わない。だが問題はそれが上官の独断でしかも現在も続いているこの名乗りが非常に問題であるという事。

『これ以上、一歩でもその場から動けば私は帝国騎士団の名の下、貴様らを断罪する』

「マズくないっすかこれ…こんな大事にしたら皇太子暗殺の件が明るみに出るんじゃあ」

「それはないだろう。隊長はその件には一切、口にしていない」

 ドーラはそう言うが何故、こんな名乗り上げみたいな事をしているのか分からなかった。

「恐らくだがこれは…」


「囮ですか」

 ディーンは眉を顰めそれから舌打ちをした。

「自分に注意を向けさせるつもりですか」

「そうだなぁ」

 工作員が目立ってどうすると言いたい。だが言っても無駄だろう。

 敵の意識を自分に向けさせる事で時間を稼いでいるのだ。

 <ポラリス>たちの眼の届かない隠し通路を使ってだ。レア達だけではない。第1皇妃や他の皇妃たちもカラスが時間を稼いでいる間に避難を行っている。

 特に示し合わせた訳ではない。だが夜を裂いて飛んでくる双腕肢乗機を見れば誰だって逃げ出す。カラスはその時間稼ぎをしているのだ。

「時代錯誤な名乗り上げとは言え、突然目の前であんな事をされれば気になって足を止めてしまう」

「で、皇妃様たちが逃げ出した後は好き放題って訳だ」

 多くの時間を稼ぐ必要はない。現にエドモンド達はもう動き出している。

「よーしっ。俺も愛機を持ってきて―」

「帝都を灰にするつもりですか」

 あの男が帝都で双腕肢乗機を持ち出すこと自体、非常識だと言うのにここで火に油を注ぐ訳にはいかない。冷静にディーンはゼクスを押しとどめ踵を返す。

「お?何処行くんだ?」

「所詮は急作りの浅い策です。完璧とは言い難い」

 渋々ながらもディーンはカラスの後始末をしなければならなくなった。

 敵が双腕肢乗機による奇襲だけで事を済ませようと考えているとは思えない。むしろ次善の策として伏兵がいるに違いない。

「対処してきます。大佐はこのままルーツィエ様たちの警備を」

「はいよ。あぁそうだディーン」

 ゼクスは立ち去るディーンの背中へ向けて、

「遣り過ぎるなよ?」

 そう言葉を投げかけた。


『構うな!!やれ!!』

 エドモンドは仲間にそう叫ぶと操縦桿を前に倒した。

 時間稼ぎはここまでか。カラスは愛機の操縦席に入り込む。機体は既に温まっている。

 以前の作戦では使えなかった自分の相棒―カラス・ザーノス専用にカスタマイズされたデュランダル、通称<レイヴン>の単眼が光る。

 レイヴンは異質な機体だった。デュランダルと比べて肩の装甲は少なく腕も細い。肘からは何かが突き出ている。武器か何かか。一目見ただけでは分からなかった。

 メイン・スラスターを兼ねた下半身には盾は無い。

 全体的に軽量化されており関節各部に至るまで静音仕様が施されている。

「さぁ行くぞレイヴン」

 カラスは相棒にそう語りかける。敵機は既にこちらを仕留める為にビームブレードと左腕の鎌を構えている。1機がカラスの機体を押さえ、もう1機が止めを刺すつもりだ。その間に他の機体が後宮を襲う。

 順当な手段だ。レイヴン以外には。

 カラスはその細い機体の腕から光刃を展開する。間合いはまだ遠い。互いのビームブレードの攻撃範囲ではない。そうエドモンド達は考え、そしてその距離も5秒と待たずに光刃を交える事になる筈が―

「特殊機構―展開っ」

 ―それよりも先にレイヴンの光刃が2機のハルパーを貫いたのだ。


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