第7話 偽装工作…?
感想も頂き、これからはもう少し執筆速度が上がるといいか…な?
ケインズ・マクシミリアン
39歳。「部下が優秀で仕事が助かる」と言っては仕事を押し付ける不真面目人間。でも実は……?
意識を取り戻して最初に見たのは今度は知らない天井だった。
「知らない天井」、古来より使われているこの表現は旧世紀の地球圏で生み出された言い回しだと聞いた事がある。
当時はどうだったか知らないが、最近はもう慣用句並みの扱いだ。そんな事を考えていると、不意に手首が重い事に気付く。
何だろうと手首を持ち上げてみて、軽く絶句した。
「何故に……」
金属製の輪っかが二つ、太い紐で繋がれている。
何処からどう見ても手錠だった。
「……以上で報告を終えます」
そう言ってフランは着席した。
工場惑星内で起きたテロ。その被害状況と試作機に乗り合わせた民間人。ケインズはフランの提示した報告書を斜め読みしながら、頬杖をつき、
「ありがと、大体事情は分かった……さて、と。どうしようかね?」
「機密保護、以外にあり得ないのでは?」
マイカは苦虫を噛みつぶしたような表情で提言する。
軍規にのっとればその通りだろう。軍事機密である軍用機に乗って戦ってしまった民間人、この場合軍規に基づくとすれば口止めを要求するのが正しい。
もしくは軍規を無視して口を塞ぐか。どの道、手間のかかる事だ。
「まぁそうなんだけど……うーん……」
ケインズは腕を組み考え込む。そのまま1分くらい経っただろうか。ケインズの頭が前後に傾ぎだし……
「…艦長、まさか」
「おっと、寝ていないよ。うん」
マイカはジト目でケインズを睨みつける。ケインズは軽く手を振り、
「ま、冗談はさておき」
「艦長」
「だから冗談だって。それよりもえっと……フィオ・ランスター君だっけ?彼の事もう少し詳しく教えてくれない?」
「はぁ……」
マイカは納得しないと言った顔で頷く。一方報告を終えたフランは煙草を口にしたい気持ちを抑えて頬をかく。マイカがいなければケインズは許可してくれそうだが仕方ない。
「フィオ・ランスター。年齢は15歳、4年前に養父であるヴァーナント・ランスターと共に工場惑星に移民してから義務教育機関に通わずにフリーの技術者として働いている様です」
「義務教育機関に通っていないって……理由は?」
フランが尋ねる。
「家庭の事情、だそうです。尤も工場経営者などが多いこの惑星では親が自分の子供に工場の手伝いをさせるのは珍しくない話なので役所の方も特には気にかけなかったそうです」
話を続けますとマイカは断りを入れてから資料を提示する。
「フィオ・ランスターにはこれと言って話は出てきませんでしたが、彼の養父であるヴァーナント・ランスター氏は少し特殊です」
「と言うと?」
「……技術連合の出身だそうです」
その言葉にフランがピクリと眉を動かす。やはり同じ技術者としてその名称は聞き逃す事は出来なかったのだろう。
技術連合。
それは星間連合の中で最も小さな惑星国家群であり同時に最も発達した科学技術を擁する国だ。
「ご存じの通り技術連合の住民は滅多なことでは自国を出る事はしません。何せ自分たちの国ほど整った施設を持つ惑星はありませんし……住民の7割が技術者または研究者なのですしね」
「まさに理想郷なわけだ」
ケインズはうんうんと頷く。
「で?その理想郷を飛び出した件のヴァーナント氏は今?」
「一昨年の秋に亡くなったそうです。残念ながら何故、彼が技術連合を抜けたか等は一切周囲に話さなかったらしく不明なままです」
「ふむ……つまりフィオ・ランスター君には残す家族はいないという事か……」
「艦長……?」
唐突に呟いたケインズをマイカは怪訝な目で見る。そんなマイカの視線を全く気にせずケインズは前髪をくしゃりとかき上げる。その仕草にフランはピクリと眉を動かす。先程のヴァーナントの話に引かれた時とは違い今度は困った時の表情でだ。
「ちょっと……」
フランが何か言う前にケインズはおもむろに立ち上がり、
「ま、これ以上議論しても時間が勿体無いしね。今日の報告はこれでお終いっ!」
「ま、待って下さい!まだフィオ・ランスターの処遇について何も……っ!」
「あはは。大丈夫だって。私に良い考えがあるんだ」
そう言ってケインズはマイカに笑いかける。しかしその笑顔は一言でいえば胡散臭く、より詳しく描写するのなら、眦を下げた目は何処となくいたずらを楽しむ少年のような瞳の輝きをしていたし、口端からのぞかせる白い歯は健全なイメージよりもむしろ魂の契約を持ちかける悪魔の歯の様に見えた。
総じて言えば信用できない。それを視線に込めてマイカはケインズを見返すが、ケインズはあははと笑ったまま部屋から退出する。マイカは怪訝な目で閉まる扉を見つめ、
「一体何を……」
「覚悟しておいた方がいいわよ中佐」
フランが懐から煙草のケースを取り出しながら言う。もう会議も終わった事だし喫煙を制止される謂れはない。火をつけて深く紫煙を吸い込むと身体の中に溜まった不純物が消えていくような感じを覚える。実際には不純物が消えるどころか不純物を取り入れているのだが。
マイカは煙から離れた位置に立ち直し尋ねる。
「何がです?」
「ケイ…艦長がね、前髪をかき上げる時は大概何か思い付いた時なの」
「はぁ」
マイカも何か思い付いたのだろうと言う事は分かっていた。しかしどうやらただ何か思い付いただけではなさそうだ。
「それは5分5分でトンデモナイ事かろくでもない事よ。前者の場合、それで悪い方向に進む事は……まぁ概ね無いわ。後者だったら巻き込まれない限り一歩外から離れて見ていれば楽しめるし。でもね」
そう言ってフランは携帯灰皿に煙草の灰を落とし、マイカに憐みの視線を送る。
「どの道、誰かが後始末やら何やらしなくちゃいけなくなるのよ……今、この艦でそれをする羽目になるのは誰になると思う?私は多分、艦長の次に偉い人だと思うのだけど」
そう言われて副艦長のマイカは眉を跳ね上げ、
「艦長っ!?」
部屋を飛び出しケインズの後を追いかけた。
最近の手錠はとても便利らしい。手錠に使われている太い紐は伸縮ケーブルの一種で、遠隔操作で伸び縮みさせる事が出来るとの事だ。
例えば脱走しそうな時は遠隔操作でケーブルを縮めて両手がほとんどくっ付くまで縮む。
「その他にも今みたいに食事のときは態々手錠を外すことなく少し伸ばしてやれば食べられるしな」
「ふーん」
そう言って目の前の青年はフィオに教えてくれるがフィオとして食べるのに忙しい。聞くところによるとどうやらほぼ丸1日眠っていたようだ。当然、その間何も食べていない訳で腹もすく。フィオはベッドの上で胡坐をかき、スプーンを動かし続ける。拘束されている割には食事の方は悪くなかった。リゾットにはチーズが掛かっていて濃厚だ。付け合わせのサラダはリゾットの味が濃厚な分、シンプルに塩コショウだけの味付け。その他にも薄切りのハムが2枚、デザートにはキウイの輪切りが1つ付いている。
捕虜とかもっと粗末な食事が出されると思ったとフィオは呟く。すると青年は苦笑し、
「正確には君は捕虜じゃないしね。あくまでこっちの事情で一時的に拘束しているだけ……これ、後で処遇をミスると色々うるさいんだよ」
「ふーん……」
デザートのキウイを口に放り込むとちょうど良い酸味が口に広がる。
最近はあの機体の組み立てでアンナが作る簡単な手料理以外、粗末な食事ばかりが続く日が多かったので久しぶりにまともな食事を口にした気がする。
「……で、この後俺は尋問とかにかけられるわけ?」
「さぁ…?それは上官たちが決めることだしね」
青年は肩をすくめる。取りえず直にどうこうなる訳ではないようだ。ならば先に聞きたい事を聞いておこうと思いフィオは青年に尋ねる。
「質問」
「答えられる範囲内でね」
「連合軍……?」
「そうだよ」
青年は上着の腕に縫い付けられた階級章を指でさす。
連合軍の階級章は星間連合軍の印の上にその人の階級を示すマークが付けられている。生憎、フィオには青年の階級は分からなかったが巨大な樹のマークがあるのを見て一先ず胸をなでおろす。何故かは分からないがデュランダルに撃たれた後、どうやら連合軍の助けが入ったようだ。でなければ今、自分が生きているはずがない。
「ここ何処?」
次にフィオが尋ねたのは医務室とか病院と言った答えではない。こちらの方は何となく壁の機材やら何やらで想像はついているのだ。
「艦の中、としか答えられないかなぁ」
青年の言葉にやっぱりと今度は肩を落とす。機材の反応などを見る限りどうやら絶賛、航海中の様だ。
「最後に一つ……俺と一緒に居た女の子は?」
真剣な瞳で青年を見つめ返す。気を失う最後まで一緒に居たはずの少女、エルムは無事なのだろうか。医務室にはフィオと青年しかいない。どこか別の場所で治療を受けているのかもしかしたらもう、と嫌な想像がかきたてられてしまう。
そんなフィオの様子に気がついたのか青年は柔らかく微笑み、
「大丈夫だよ。君と一緒に居た女の子は別の部屋で拘束させてもらっている」
「そっか…怪我とかは……?」
「それも大丈夫。君が医務室に居るのはあの機体を操縦した事による肉体疲労を考慮してだからね」
戦闘機動、回避。どれを取っても普通に双腕肢乗機を操縦するよりも何倍も操縦者に疲労を押しつけてくる。しかもそれを全くの素人、民間人が行ったのだ。何らかの障害が出ていても不思議ではない。
最も、軍医の話によると大した怪我もしていないし障害も無いとの事だ。特殊な訓練を受けたわけでもないのに頑丈な事だと軍医も呆れたように呟いていた。
「質問はそれでお終いかい?」
フィオが何か答える前に扉のブザーが鳴る。青年は立ち上がり扉を開く。
「アレ…?もう決まったんですか?」
「あぁ……私の独断に決まっているだろ?」
相変わらずですねと青年は苦笑し、扉の外に居た人物を招き入れる。
青年よりも一回りくらい年上、茶系の髪色に青い瞳の男だ。つぶらな瞳は何処となく悪戯っぽい目つきをしている。
「やぁ目を覚ましたかい?フィオ・ランスター君」
「お陰さまで……で、誰?」
そう言えば青年の名前も聞いていなかった。とりあえずこの妙になれなれしく話しかけてきた男の名前から聞くことにしたフィオは尋ねる。
「ケインズ・マクシミリアン。艦長だよ」
そう短く告げると男、ケインズは青年に目配せをする。青年は心得たと言わんばかりに首肯すると医務室から出る。そのまま医務室の鍵はロックされてしまう。
「さて、これで内緒話をする環境は整えられたわけだ」
「内緒話?」
「そうだよ。話の如何によってはフィオ君、君の今後にも影響してくる話だ」
そう言ってケインズは椅子に座り脚を組む。胡坐をかいていたフィオもケインズの方へと体ごと向き直りベッドの縁に腰掛ける。
「さて、と。まず君が置かれている状況だけど……さっきの彼から何か聞いているかい?」
「一時的な措置として拘束されているだけだって」
「うん。それで概ね正しいかな。じゃあ何故拘束されているかは分かっているかい?」
「……あの軍用機に乗り込んだからだろ」
フィオはばつが悪そうな顔で答える。それに対しケインズは肩をすくめ、
「ただの軍用機じゃないんだよ。アレはね、最新鋭の試作機なんだ」
組み立てに関わっていたのだから当然知っているよねと尋ねるケインズにフィオは首肯する。
「君が作業に関わったよりももっと多くの機密をあの機体を操縦した事で君は知り得てしまった訳だ。なにせあの機体には星間連合軍の最新鋭技術が満載でね。あの機体が普通でない事は操縦した事で更によく分かったんじゃないかな?」
「まぁ何となくは……」
「よろしい……で、だ。重大な軍事機密を知ってしまった場合、どうなるか。そしてどうするか。予備知識は何かあるかい?」
「予備知識って……」
軍事機密、言葉自体は聞いたことあるがまさか自分に降りかかってくるとは思わなかった。こんな時どうなるかなんて知らない。分からないまま黙りこくっているとケインズはニッコリと笑い、
「あとくされなくその場で銃殺」
「ちょっ!」
「ってことには滅多にならないから安心してくれ」
「脅かすなよっ!」
「脅かす?心外だなぁ……」
ケインズはよよと目頭を押さえる。一々演技臭く鬱陶しい。フィオが半眼になってケインズを睨むと、ケインズはあっさりと笑みを返し、
「脅すのはこれからだよ」
「するなぁっ!」
思わず全力で突っ込みを入れてしまう。ニヤニヤ笑いを辞めないケインズを見てフィオは経験則からこの手の人間は突っ込みが入ると増長する癖がある事を思い出した。
グッと我慢して話を聞く姿勢に戻る。
「ではまず軍事機密を知ってしまった君だが……道は二つに一つだ。口封じか、もしくは口止めか。前者の確率は先ほど言った通り滅多に起こらない。口止めが主だね。最もその場合、本国に連行されて最低でも3ヶ月は拘束されることになる。その上何枚もの誓約書にサインしてこの先ずっと君は軍の諜報部員に監視されることになる。場合によっては発信機を体に埋め込んだり、脳にちょっと細工をするかもしれない」
「………」
「それでも外部に情報を漏らそうものなら十中八九、口封じに行くだろうね」
フィオはだらだろと脂汗をかきながら視線を泳がす。相変わらずニヤニヤ笑いを辞めないケインズだが、その目だけは真剣で嘘をついているようには思えない。
「次に軍事機密が漏えいする羽目になってしまった現場責任者としての責任なんだが……これが非常にまずくてねぇ」
ケインズは遠くを見るように天井へと視線をやる。
「銃殺刑でほぼ間違いないかな」
「………」
「今度は冗談じゃないよ?」
だったらそのニヤニヤ笑いを辞めろとフィオは思うが緊張のあまり声が出せない。
目の前の男がどうなろうとフィオの知った事じゃないがそれが自分のせいではと思うと動揺してしまう。思わず手を強く握る。その仕草に感づいたケインズは相貌を崩し、
「そこで、だ。君に一つ頼みがある」
「…え?」
「うまくいけば君も私もこの世からおさらばしなくて済むようになる。それには是非も無く、君の協力が必要なのだよ」
「ど、どうすればっ!」
フィオはケインズの言葉に食いつく。先程まで胡散臭く感じていた笑みが途端、フィオには救いの手を差し伸べる聖者に見えた。
無論、そう簡単に人の性根が変わるはずも無く、むしろフィオの食いつきを見てケインズの口端は邪悪に弧を描く。しかしその邪悪さをすぐに隠しフィオにケインズ本人にしてみればごく普通の笑み―他の人から見れば十分怪しい笑みなのだが―を向ける。
「今、一番問題なのは民間人に軍事機密が漏れてしまった……この点にあるのは理解しているね?」
「あ、あぁ…うん」
フィオは曖昧に頷く。それが一体どうしたというのだと言わんばかりに視線をやる。
「なに……簡単な話だよ。機密を知ってしまったのが同じ軍人ならば緘口令を簡単に敷ける。同じプロジェクトに参加する者同士なら尚の事、そもそも機密もへったくりも無い」
「……?」
「フィオ・ランスター君」
ケインズは小首を傾げる。その様があまりにも似合わないものだからフィオは反射的に引いてしまう。そんなフィオの様子に構う事無くケインズは言葉を続ける。
それはフィオにとって予想外な言葉だった。
否、誰がこんな事を予想できたと言うのか。ケインズが発した提案、それは、
「君、軍人になりなさい」
「……………は?」
フィオは訳が分からず、目を見開いたまま固まる。
「軍人だよ、ぐ・ん・じ・ん」
「ちょ……」
「同じプロジェクトに関わる者同士なら機密を共有しても問題はない」
「へ……」
「筋書きはこうだ……『工場惑星内で敵に襲われ已む無く搬送中だった試作機に補欠パイロットを搭乗させ応戦。敵機を撃破するもこれ以上惑星圏内に居るのは危険と判断し、試作機と補欠パイロットを艦に乗せ本国へ帰還』…ま、こんなところかな」
ケインズはひとり納得したようにウンウンと頷く。一方フィオは漸く硬直状態から抜け出しケインズに食ってかかる。
「無理があるのだろっ!それ!経歴とかどうするのさ!」
「大丈夫、偽証するから」
「全然、大丈夫じゃない!」
ケインズはまぁまぁと手の平を振り、フィオをなだめる。変に余裕たっぷりのケインズの様子にフィオはわなわなと肩を震わせる。
「いいかい?さっきも言ったけどこのままじゃ2人ともお先真っ暗なんだよ。素直に報告なんかするよりちょっと小芝居を打つだけで皆、助かるんだから……本当にそれだけの事なんだよ」
「で、でも……」
「それに安心したまえ。今言っただろ?補欠パイロットだと」
「…?本命のパイロットがいるのか?」
うむとケインズは頷く。
「諸事情でまだここにはいないけど本国……バルバスまで行けば合流できる手筈になっている。君の役目はそこまでで良いんだよ」
ケインズはそこで一端言葉を切り、脚を組み直す。
「あの試作機に乗った人間……それさえ居てくれれば良いんだ。あの戦闘時、白兵戦隊の誰かが乗った事にしてもいいんだけど……そうは出来ない事情があってね」
分かるだろうと肩をすくめてみせるケインズにフィオは首を横に傾けながら一応肯定しておく。事情はよく分からないが何かまずいらしいと言う事は分かったからだ。
「何か反応が薄いけど…まぁいいや。君がどうしても嫌だと言うのなら仕方がない……素直に事態を報告して上層部に処遇を決めてもらおう………」
そう言ってケインズは立ち上がる。フィオは慌てて引きとめ、
「ま、待った!」
「ん?どうかしたかい?」
白々しく尋ねるケインズにフィオはイラッとしながら、
「い、今言った方法しか本当に手立てが無いんだな」
「そうだねぇ……」
ケインズは視線を遠くにやりながら答える。真意が見えないその態度にフィオは思わず掴みかかりたくなったがその場合、手錠の伸縮ケーブルが作動して動けなくなしてそのまま拳銃でズドンもあり得る。
「……バルバスまで行けば解放してくれるんだよな」
「安心したまえ、そこまでいけば何が何でも試作機に民間人が乗ったなんて事実は揉み消しているから。補欠パイロットも何人だって誤魔化して立てておけるし」
あまりに非合法な話にフィオは頭を抱えて悩む。
しかしこれと言って他にどうしようもなく、ここで下手に逆らっても艦が航行中という事はどこにも逃げ場はないという事だ。
ややあってからフィオは苦渋の決断を下す。
「わ、分かった……協力する」
ケインズは途端に満面の笑みを浮かべ、
「そうか、そうか…ありがとうフィオ・ランスター君。君の協力に大変感謝するよ」
「あと…エルムの事なんだが……」
「エルム……?あぁ君と一緒にいたという少女の事か?」
ケインズの言葉にフィオは首を縦に振る。
「あいつの身の安全も約束してほしい……双腕肢乗機に俺が無理やり乗せたようなものだから」
「ま、乗っちゃった経緯は後で説明してくれればいいよ。それとそのエルムという少女についても勿論、安全は保障するよ……と、言う訳で」
ケインズはポケットから小型のリモコンのようなものを取りだす。そのスイッチを押すとフィオにかけられていた手錠が音を立てて外れる。
「行こうか」
「は?え、何処に?」
まぁまぁと言いながらフィオの腕を取り立ちあがらせるとそのまま背中を押して外に出る。外では先程の青年が立っていてケインズと一緒に出てきたフィオの事を怪訝そうに見つめ、次にケインズの方を見ると、
「……あぁ。これは……」
と呟き次いでフィオを気の毒そうに見つめる。その顔に何となく嫌な予感を感じてケインズの方を振り返ろうとしたが、ケインズはそのままフィオの背中を押し移動する。
「ちょっ!何処に行くんだよ!」
「まぁまぁ」
通路を進むケインズの後ろを青年は苦笑しながらついていく。
幾つか角を曲がりついた先は食堂だった。
「?俺、さっき食事済ませたばかりなんだけど」
「いや、ここで待機しているようにお願いしてたから」
「は?待機?」
フィオが疑問を投げかける前に食堂の扉が開く。簡易テーブルが並ぶ食堂の一角で食事をしていた1人の男がケインズに気が付き声をかける。
「お。来ましたね、艦長」
「やぁ。お待たせ」
そう言ってケインズは相変わらずフィオの背中を押してその男の居るテーブルに向かう。
テーブルにはその男以外に2人の男女がいた。
「紹介しようフィオ君。そこの大男が我が艦の軍用機小隊のリーダー、ロイ・スタッグ大尉だ」
「よろしく頼むぜぇ少年っ!ってか小せぇなあお前っ!」
がははと笑いながらフィオの背中を叩く。微妙に人の気にしている事をずけずけと言う。やたら陽気な男だと思ったら僅かにアルコールの匂いがする。「いいのかよ、おい」と思ったがこの場で一番偉いはずのケインズが何も言わないのを見て、どうやらこの艦では良いようだと無理やり自分を納得させる事にした。
「次にその右隣にいるのが同じく小隊のフレデリック・アイザー少尉だ」
「ふん……」
紹介された小太りの青年―フィオより幾つか年上に見えるが先程の医務室であった青年よりは年下に見える―は機嫌が悪そうに鼻を鳴らす。その態度にフィオは少しムッとする。
「最後にアリア・チューリップ少尉。この艦では最年少の1人だね」
「むぐむぐ……」
返事どころか見向きもしない。ひたすら目の前にある大盛りのカレーライスを食べている。その横には空の大皿が3枚重なっている。
ケインズが言うにはこの3人が双腕肢乗機小隊のメンバーのようだが部外者のフィオにも分かるくらい一癖も二癖もありそうな面子だった。
「この艦に居る間は君にはこの小隊の一員、ということで通させてもらうから」
「そう言う事だ。今日から俺がお前の上官ってわけだな」
ロイは何が嬉しいのか笑いながら酒を一気飲みする。
「あの……艦長、やっぱ無理があるんじゃあ……」
フレデリックが渋い顔のままケインズに提言する。ケインズは気にするなと言わんばかりに手を振る。フレデリックは納得のいかない表情で更に何か言おうとすると、隣に居たアリアが顔を上げ、
「上官の命令は絶対。軍人の基本すら忘れたの?」
「そうじゃねぇよ。だけど……」
「何かあったら実行した人の責任。バレたら艦長の責任だし、戦場でアイザーがヘマしてアイザーが死ぬのはアイザーの責任」
「不吉な事言うんじゃねぇよ、おい!」
「実際、模擬戦じゃあ私にだけでも8回も殺されたくせに」
アリアがそう言うとフレデリックはうっと押し黙る。その様子をロイがまた笑う。
その光景を見てこれが軍人なのかとフィオは思わぬギャップに戸惑う。そんな中ケインズは1人空いていた椅子に座ると、
「では、遅くなったが……ようこそ”重騎士槍”(ヘヴィー・ランス)級宇宙戦艦――シルバー・ファング号へ。歓迎するよ、フィオ・ランスター少尉」
「し、少尉?俺が?」
困惑するフィオをよそにケインズは頷く。
「そ。軍用機パイロットの階級は最低でも少尉だからね……というのもパイロット候補生は皆、士官学校に通わなければならないって言う決まりがあってね。その都合上、君にも少尉の地位を一時的に与えることにしたんだよ」
勿論、ただのお飾りだけどとケインズは加える。
「いいかい?もし誰かに所属とか聞かれたら名前と階級を言うだけでいいから。あとは『軍事機密なんで』で通して、ロイに連絡しちゃいなさい。まぁ艦に居る人間にはもう言い含めているから平気だけど何時本国からの監査が入るか分からないからねぇ」
「はぁ……」
トントン拍子に話が進む。フィオはついていく事が出来ず曖昧な返事をするばかりだ。まるで最初からこうなる事が決まっていたかのようだ。ロイはフィオの方をバンバンと叩き、
「ま、安心しろよ。軍用機小隊の所属って言っても戦闘にぶち込むような真似はしねぇ……と思うからよ」
「え、何で『思う』なの?推測形なの?『しない』って断言してよ、そこは」
戦闘なんてとんでもない。あの時は無我夢中だっただけで凡そ戦闘と言えるような代物ではない。
そんなフィオとロイのやり取りを見ながらケインズは手の平を振り、
「大丈夫だよ。試作機を戦闘に出すなんてそんな無謀な手は打たないから。それに壊れたら大変だしね」
「そりゃ…そうか」
フィオはホッと胸を撫で下ろす。唐突な展開ばかりが続く中、ようやく少し安心が生まれた。
しかし緊張がゆるみ、隙を覗かせたその時、ガシッと襟首を掴まれた。
「は?」
突然の事でフィオにも呆気にとられる。フィオ以外のテーブルに座る4人は苦笑が2人とあからさまに引いているのが1人、あとやはり無表情なのが1人といった状況だ。フィオは首だけで振り返るとそこには1人の女性が佇んでいた。
赤い髪を後頭部で纏めた女性の顔を見てフィオは思わず背筋を震わせた。
目が爛々と輝いており、気味悪く上がった口の端からは「くくく……」という不気味な笑い声が漏れている。その女性は周りの軍人たちと違い白衣を着ていた。
「やぁノーランド技術中尉……えらくご機嫌だね?」
ケインズが片手を上げて挨拶をする。赤毛の女性、フラン・ノーランドはケインズの方へ顔を向けると、満面の笑顔を浮かべ、
「えぇ。それはそうですよ……話を全部聞きましたよ、艦長?パイロットがいるんですね?」
「あーあ……」
アリアが気の毒そうな視線をフィオに向ける。無表情な彼女が見せた初めての反応だ。しかし見ればフレデリックや他のテーブルに居る人たちまで同じような視線を向けている。
例外は事態を明らかに楽しんでいるケインズとロイだけだ。
「ランスター少尉、紹介しておこう。彼女はフラン・ノーランド技術中尉。試作機の設計者だ…と言ってももう知っているよね?確かこの前の受け渡しの時にも一緒に居たと言うし。彼女の声も通信越しに聞いていると思うよ?」
「え?待って、なんかこの前会った時と雰囲気が違う気が……」
「お黙り。あの時のフラン・ノーランドはもういないのよ……特に深い意味ではなく猫被っていただけだから」
「自分で猫被ってたとか言ってるし!!」
フィオの抗議の声を無視してフランはフィオの襟首を掴んで無理やり立たせる。慌ててフィオはフランの手を振り払おうとしたが、如何せんやたら握力が強い。否、小柄とは言え座っている人間を力づくで持ち上げるその腕力も相当なものだ。
フランは相変わらず不気味な笑みを浮かべたまま、
「さぁ行くわよ……くくく…っ!」
「ど、何処へだぁ!」
フィオを引きずるようにして食堂を出る。
フランの事を知る者は皆、フィオがこの後どうなるか分かっており、静かに手を合わせた。