第10話 それぞれの動き
後宮はアーデル・フリューゲル城の裏手にある。
ジェガス17世から呼び出されカラスは急いでアーデル・フリューゲル城へと向かった。だがそれなりに距離があるので普通であれば1時間は掛かる。
それなりの距離を移動したので汗をかく。だがそれ以外にも緊張で背が汗で濡れていた。
呼び出されはしたがまさか1対1での対面だとは思わなかった。
「入れ」
ジェガス17世から入室の許可を与えられカラスは息を一つ吐いてから扉を受けた。
「失礼いたします。カラス・ザーノス、お呼びにより参上致しました」
「堅苦しい挨拶は良い。座れザーノス卿」
ジェガス17世に言われカラスはソファーに座った。直ぐに侍女が二人の前に紅茶を置きその場を去る。完全に二人きりされカラスは悟った。
何か内密の話をされるのだと。
「ザーノス卿」
「はっ…」
ジェガス17世は紅茶に口をつけ一瞬、目を彷徨わせた。
何かを隠そうとしている。カラスはそれに気付いたが口には出さなかった。
「先の処分の沙汰を下す」
「…は?」
予想外の話題にカラスは呆けた。
「シミッター卿より後宮での警護を命じられたと聞いた。その任を全力にて果たせ。その功績によって処分を免責とする」
ジェガス17世は真剣な眼差しでそう言った。敢えてジェガス17世から言われなくてもカラスは無論そのつもりでいる。
カラスはそう答えようとした。
だがジェガス17世は首を横に振り、
「いや正確に言おう。カラス・ザーノス、第6皇太子ハルトを害する者より守り切れ」
「それは…まさか」
ある予感がカラスの胸を過る。
態々、ハルトの名前を出したという事は何か狙われる理由があるという事だ。だがそれをジェガス17世は口に出さなかった。確証が無いからか若しくは名前を出せない相手なのか。
そして先ほど得た情報。
一気に現実味を帯びて来た。本当に内部に犯人がいると言う話がだ。
ジェガス17世もその情報を持っていてそれでも口に出せないのだ。
「…」
カラスは考える。迂闊に言葉を口にすれば状況が危うくなる。何処にその敵の目や耳が潜んでいるか分からないからだ。
そして第6皇太子には狙われる理由、それは一体なんだ。まだ生まれたばかりの赤子で継承権の順位も低い。
考えれば考える程、分からなくなる。
こう言った時どうするべきか。手段は一つだ。
「ハルト殿下は帝国を導く皇族の新芽であります。その芽を摘み取らされぬよう力を尽くす事を誓います」
「…うむ」
ジェガス17世は鷹揚に頷く。話の取っ掛かりは作った。カラスは話を続ける。
「陛下がハルト殿下をお気に掛けるのも無理はございません。男子の御子がお生まれになられたのも久方でしょう」
「あぁ。リーンハルトが生まれて以来だな」
「おや…?今気づいたのですがリーンハルト殿下と名が近いですね」
今すべき事は兎に角、情報を得る事だ。どんな些細な情報でも構わない。情報の積み重ねで事実を見据えればそれでいいのだ。まずは一番、情報を持っているだろうこの御仁からだとカラスは決めた。小さな話から始めてジェガス17世の口を開かせようとした。
しかしその目論見は不機嫌な顔になったジェガス17世によって失敗に終わった。
「…ハルトとは我が祖父の名に由来する。リーンハルトが生まれた時にはまだ存命でな。最後の孫になるであろう子に自分の名前を入れたいと申された。故にリーンハルトと名付けた。第6皇太子にはその名前を頂き、そのまま名付けただけだ」
「左様で御座いましたか」
アレ?なんか地雷を踏んだかなとカラスは冷や汗を垂らした。そしてこちらの意図を把握しているだろうジェガス17世は他に何か言う事はあるかと目で訴えて来る。しかしこれ以上は何が踏み込んでいいのか分からないのでカラスは引く事にした。
「ザーノス卿」
退出しようとしたカラスをジェガス17世は呼び止めた。それから目を暫く伏せて、
「テオドアもハルトも全て我が子だ。子に注ぐ愛情に嘘偽りは決してない」
カラスは嘘を見抜くのが上手い。それは仕事柄でもあるし生まれも関係していた。
ジェガス17世の今の言葉にカラスは嘘を言っていないのは確かに分かった。どうしてそれを今自分に行ったのかは分からなかったかが、
「陛下、改めて誓わせて頂きます。我が<黒翼>の名に懸けて皇族の方々を仇なす者から守ると」
「…期待しているぞ、<黒翼>」
カラスは一礼をして部屋から去った。ジェガス17世は一人部屋の中で、
「子への愛情に嘘偽りはない、か」
そう呟いて自嘲した。カラスが見抜いた通り嘘は全くない。
ただあるのは悔恨だけなのだ。
「お断りしろ」
マリーベアはしかめっ面でそう言った。ただそれが出来ない事はマリーベアも分かっていた。
「シミッター少将、我々の口からは無理だ」
<紫翼>は困り切った顔でそう言った。隣に立つ<橙翼>も似たような顔をしている。
「これは第1皇女ルーツィエ様からの申し出だけでなくその夫のアルカシア公爵様からの申し出でもある。一介の中佐では口出しできぬよ」
「その公爵様とてルーツィエ様の言いなりではないのか」
「口が裂けてもご本人の前では言えませんぞ」
<橙翼>はそう言って溜息をついた。<紫翼>と<橙翼>の二人もこの申し出が今回の護衛任務に当たって非常に迷惑な事であるのは分かっていた。
しかし断る事は非常に難しい。
「我々が駄目だと言ってもあの方は行うだろうしその時はアルカシア公爵家の私兵団が銃を取るだろう。シミッター少将は殿下たちが私兵を動かしになられるのを防ぐ為に我ら精鋭騎士に護衛の任を与えたのだろう?」
「なんだバレていたのか」
シミッター少将は腕を組んでそう言った。
無論、これ以上の被害が及ばない様に精鋭騎士を皇太子及び皇女殿下たちに護衛を付けたと言うのもある。だが裏の目的としてテオドア9世の敵討ちと称して私兵を動かすのを防ぐのもあった。
「帝都で勝手に動かれ首謀者たちを警戒させるのも問題だが最悪、私兵同士で揉め事を起こされては敵わないからな」
「テオドア9世様はこの帝都で第1皇太子派の要でもあられた。その要が亡くられたのを機に第4皇太子派が権勢を広めようと動けば…」
「武力を持ち出す可能性もある、と」
こんな時くらい政争は勘弁してもらいたいと3人は思った。
「いやこの申し出とやらもそれが目的なのではないか」
「どう言う事で?」
「内々に行ってテオドア9世が亡くなられた動揺を利用して第4皇太子派に引き込もうと言う事では?」
「あぁ…」
<紫翼>は遠い目をした。その可能性は非常にある。むしろ第4皇太子派の支配者ともいえるルーツィエからテオドア9世の追悼の場を設けたいと言う申し出事態がおかしい事だったのだ。
「テオドア9世様の訃報を伏せたのを逆手に取られましたな。近しい者たちだけで追悼だけでもしたいと言われれば断るのも酷と言う物」
「流石によく頭が回られるな第1皇女様は」
シミッター少将はそう言い舌打ちをすると仕方なしにその申し出を許諾する事にした。
「場所と時間は?」
「明後日、アルカシア公爵家の邸宅で行われるとの事で」
「急だな。こちらに余計な事をさせない為か」
ますますマリーベアの顔は不満げになる。
「邸宅内の警備に食い込むのは無理だろう。邸宅の周囲に騎士団を置く事を条件にしろ。参加者のリストはあるか?」
「ここに」
そう言って<紫翼>は空間ウィンドウを開きリストを提示した。その名前の一覧をざっと見てマリーベアは眉を顰めた。
「なんだこれは?何故、第5皇妃様の名前が載っている?」
「確か…リーディア様は昨年にテオドア9世様と何かの公式行事に出られたのではなかったか?」
「あぁそう言えばあったな。リーディア様のお生まれになられた惑星が開拓50周年とかで式典を開いたのであったな」
その誼かとマリーベアは思った。
「ふむ…流石に第5皇女と第6皇太子の名前は無いか」
もしあればカラスも紛れ込ませる事が出来たのだが仕方がない。
その代わりになる名前を見付けた。
「リストにはコルネリア様の名前もある。そうなればディーンをパートナーとして邸宅に潜り込ませる事が出来るだろう。二人はディーンと協力し邸宅内で問題が起きない様に尽力してくれ」
「了解しました」
二人はそう言って敬礼をした。
薄暗い地下道の中でガルムはじっと焚火を見ていた。周りにも帝都に潜伏していた仲間がいて緊張した顔でガルムからの指示を待っている。
ここに居るのは<ポラリス>のメンバーの中でもガルムの考えに賛同した者たちだ。
暫くして他の拠点を見に行っていたガルムの部下の一人であるエドモンドが戻ってきた。
「駄目だ。他の拠点も抑えられている」
そう言ってエドモンドは苦い顔をした。ガルムはそうかとだけ言って腕を組み考えに浸った。
「ガルム、どうするんだ。このままじゃあダーナ帝国騎士団の奴らに捕まって殺されるぞ」
「そもそもどうして俺たちの居場所がばれたんだ」
他の仲間たちからも不安な声が上がるがガルムはただ頷くか黙っているかだけだ。
段々と苛ら立ちが募る中、ガルムは顔を上げて溜息をついた。
「嵌められたな」
「何?」
「オストーにだよ」
「……あいつの裏切りなのか!!」
エドモンドは声を荒げた。ガルムとオストーが組織の方針で揉めているのは分かっていたがまさかこんな最悪な手段に出るとは思ってもいなかった。
「支援者の誰かから焚き付けられたんだろう。強引な手で来たが俺たちを排除して組織の実権を握るつもりなんだろうな」
もしもオストー自身がガルムに手を出して組織の実権を握れば禍根が残る。だがガルムが憎き相手であるダーナ帝国騎士団の手によって討たれたとなればそれを理由に組織をまとめ上げ実権を握る事も出来るだろう。それがオストー自身の考えなのかそれとも誰かから唆されたのかは分からない。ガルムは後者の方が可能性は高いだろうとは思っていた。
「しかしどうする。ダーナ帝国騎士団に追われているとなるとこの帝都を出なければならなくなるぞ」
ガルム達が帝都に潜伏していたのは理由があった。それはテロだとかオスカーが喜びそうな事ではなく、<ポラリス>が信ずる教義に関わる事だった。それを調べる為に2年もの間、帝都でダーナ帝国騎士団の眼から逃れつつ潜入を続けた。残念ながら真偽のほどはまだ確定していない。しかしここで欲を出して縋りつけば待っているのは破滅だけだ。
「…撤退する。ノイマンとイドニアは先に宇宙に上がってくれ。撤退の準備と並行しつつオストーの行方を追ってくれ」
「まだ帝都、いやこの惑星の何処かにいる可能性は?」
「下手をすれば自分自身も捕まる。もう既に逃げ出しているさ」
その辺りはオストーも抜かりはない。潜入や変装に関しては<ポラリス>でも随一の男だ。仲間を引き連れ逃げ出しているに違いない。
「エドモンド、悪いんだが俺に最後まで付き合ってくれ。他の拠点の情報を消さなきゃいけないのもあるが例の機体も回収しておきたい」
「…その事なんだがガルム。良くない知らせがある」
そう言ってエドモンドは苦々しく口を開いた。
「1機足りないんだ」
「…オストーが持ち出したか。仕方ない、その1機は諦めるしかないだろう」
「分かった。残りの機体は全て回収して運ぶ手筈を整える」
頼んだとガルムが言いかけた所で何処かと連絡を取っていたイシュがガルムに耳打ちをした。怪訝な顔をしていたガルムだがその内容を聞くにつれ目は驚愕に開かれ、そして、
「くそっ!!」
滅多に出さない大声を上げた。その声にエドモンド達は驚いた。だがガルムは気にも留めない。それ処ではないからだ。
「どうしたんだ、何か問題が発生したのか?」
「大問題だ。エドモンド、機体の回収には最大の注意を払え。あれだけはダーナ帝国に知られてはならない」
「…何があったんだ」
エドモンドがそう尋ねるとガルムは苛立たし気に髪を掻き毟り、
「……ハルパーを使ってオストーが事を起こした。俺たちが今、ダーナ帝国騎士団に追われているのもその為だ」
「余程、とんでもない事をやらかしたか」
あぁとガルムは言い、
「俺たちはもう、ダーナ帝国その物を敵に回してしまった」
それは2年の潜伏が全て無駄になった瞬間だった。