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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第4章 騎士の帝国
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第9話 情報

 ゼクスが率いる<紅翼>騎兵大隊は双腕肢乗機乗りで構成された機動兵器部隊だ。しかしそれは双腕肢乗機以外に能がないと言う訳ではない。むしろゼクスの奨励もあり隊員全員が白兵戦のプロと互角に戦えるだけの力量を持っている。ディーンが言うに「双腕肢乗機で敵基地を突破した後、そのまま双腕肢乗機から降りて制圧まで行えるレベルで使い勝手がいい」との事だ。

 マリーベアもその辺りを加味してゼクスに遊撃の任を与え、こうして市街の一角で突入の準備を行っている訳だが。

「何時になった突入をするのだ」

 ゼクスは面倒臭そうに振り返るとそこには金髪の美丈夫が不機嫌そうな顔で立っていた。

「お前、マルコ3世の護衛だろ。何でここに居るんだよ」

「殿下は今、邸宅に籠っていられる。とても繊細な方だからな。暫く人に会いたくないらしい」

 部下に邸宅の周辺を警護に当たらせているとレグルスは言った。

 第3皇太子のマルコ3世は皇太子たちの中ではかなり風変わりな人物だ。政争には興味がなく、芸術家を自称して絵画や彫刻を作っている。皇族の名前を除いてもそれなりの腕前らしく評判はいい。線が細く肌も日に焼けた事が無い位に白い。

「だからってここに来る必要はないだろ」

 マルコ3世の邸宅で待っていろよとゼクスが言うとレグルスは不機嫌な顔を更に顰め、

「殿下から直接言われたのだ。必要ないと。正確には…」

 レグルスは視線を逸らし、

「……カラス・ザーノスの方が好みだったと」

「…………あー」

 何とも言えない顔をゼクスはする。マルコ3世は今年で28歳になるが婚約者の影もない。その理由に噂ではあるが、同性愛者だと言う―

「アレだ…前々から第4皇太子と仲が良いってのも、それが関係しているって」

「不敬だぞ。バーバロイ」

「第4皇太子のガルバニア殿下の手癖の悪さは陸軍では有名だろ」

「……不敬だぞ」

 レグルスは言い淀んだ。ゼクスもそれ以上突っ込んだ話はしなかった。

 そうこうしている内に準備が整った。

「バーバロイ大佐。周辺の封鎖は完了した。突入部隊の準備は?」

「何時でも大丈夫だよ。俺の部下は」

「…待て。私の事は棚に上げておいてそいつは何だ」

 レグルスが冷ややかな目を向けたのはディーンだった。コルネリアと一緒にいる筈の男が何故かこんな場末の酒場に来ているのか。

「コルネリア殿下の周りには必要な護衛を用意しました。私が直接指揮を執らなくても大丈夫な様にマニュアルも作っておきました」

「そう言う事を聞いているのではない。コルネリア殿下からは許可は得ているのか」

 そう訊かれてディーンは目を逸らした。しかしレグルスも人の事は言えないのでそれ以上は追及しなかった。

「それで?情報は確かのか?」

「情報部の要監視者のリストとも照らし合わせています。この酒場の登録者の情報によるとグレン・オータムと言う名前らしいですが偽名です」

「何故そんな事が分かる?」

「本人の筆跡を確認しました。名前のGは普通なのにファミリーネームのOが明らかに書き慣れていない。不自然なのです」

 酒場の営業には公共機関での手続きがいる。ディーンは様々な伝手を使い店主がサインをした書面などを取り寄せ確認した。

「筆跡鑑定も出来るとは知らなかったな」

「多少の心得があるだけです」

「そういや昔にカラスから教わったんだよなお前」

 ゼクスは思い出したと指を鳴らした。あからさまにディーンは不機嫌な顔をする。

「…話を戻しましょう」

 ディーンは情報部から取り寄せた情報と独自のネットワークで手に入れた情報を照らし合わせる。結果、導かれた答えは、

「間違いないでしょう。ここにいるのは<ポラリス>のリーダー格、通称ガルムです」

「あの地獄の番犬がこの帝都に潜んでいたとは…何たる失態だ」

 レグルスは舌打ちをした。ガルムは<ポラリス>のリーダーとされている男で数多くのテロを計画し実行した。知略に長けまた自身はその尾を掴ませない。まさかそんな重要人物がこの帝都に潜んでいたとはディーンも思わなかった。

「その上、その情報をリークしてくる奴がいるとは、ね」

「<ポラリス>にも色々、ありそうかと」

 ゼクスはフーンとつまらなそうに言い、

「ところでどう思う?」

「大佐と同じ考えかと」

 レグルスは呆れた顔でゼクスに視線を向ける。

「分かっているなら何故、こんな所で突っ立っているのだ貴様は」

「いやー俺一人なら別にいいんだがこいつが待てっていうからな」

「周辺への被害も考慮して頂きたい。それに封鎖を行えばあるいは尾を踏めるかもしれないかと」

「犬の尻尾なんざ踏むと碌な事が無いぞ。俺がガキの頃にだな…」

「バーバロイ卿」

 レグルスは苛立たし気に眉を吊り上げ、

「茶番を何時まで続けるつもりだ。分かっているならさっさと撤収すればいいだろう」

 と言った。ゼクスはガシガシと頭をかくとディーンに視線を向ける。ディーンは肩を竦めて首を縦に振った。

「じゃ、これでお開きにするか」

 そう言うとゼクスは手榴弾を取り出すと安全ピンを抜きそれを、

「そーれっと」

 酒場の中へと放り投げた。無造作に投げられたそれはガラス窓を突き破った次の瞬間に爆発し酒場は大きく揺らいだ。店内にあった物が吹き飛び、外へと散乱する。高そうな酒瓶が転がって来たのを見てゼクスは、

「うわぁ。勿体ねぇな。突入をかましてりゃ良かったかな」

「誰もいない敵の拠点に乗り込んでも仕方がないでしょう」

 ディーンはそう言った。

 ゼクス達がこの場に着いた時点で既に店内に人の気配は無かった。最初にそれに気付いたのは武人たるゼクスだった。カラスほどでないにせよゼクスも気配を探る技術は持っている。

 一目見て逃げられたのを察した。それをディーンに伝えたが、ディーンは確たる証拠もなくそうとは判断できないと言った。だがディーンもゼクスの武人としての勘を信じていない訳ではない。既に逃げられている前提で店内の確認を行い不用意な突入に待ったをかけた。

「やはり手榴弾一つの爆発の仕方としてはおかしいですね。店内には相当なトラップが仕込まれていたのでしょう」

「フン。それ込みでの周囲の封鎖か」

 あのガルムが逃げるのに置き土産一つ置いていかない訳がないとディーンは考えていた。余計な被害を出さない為に周囲を封鎖し安全を確認できるまでゼクスには待って貰った。

 本来ならトラップに対応できる専門家を呼んで突入を行う手はずだったのだが、

「どーせこんだけ盛大に罠を仕掛けていったって事は何も情報は残していないだろ?若しくは偽情報、それに釣られたらまた即座にドカンとなるに決まっている」

「同意見ですがね」

 だから面倒ごと吹き飛ばしたとゼクスはせせら笑った。

 本人としては豪快なつもりかもしれないがやり方が大雑把だ。

「だがこれで決まりだろ。この事件の犯人はあの番犬だ」

「……可能性は高いかと」

 ディーンはそう言って言葉を濁した。その物言いに不満があったのかレグルスは眉を顰めて、

「何か含みのある言い方だなカノータス中佐。隠し事があるのなら早急に言え」

「…」

 ディーンは答えない。確証に至れない事を口に出すつもりが無かったからだ。

「おいおいロンハウトさんよぉ。俺の元部下をあんま苛めんなよ」

「…ちっ。まぁいい」

 レグルスはそう言い背を向けた。

「お?マルコ3世のとこに戻るのか?」

「戯け。追い出されたばかりで戻れるわけが無かろう。だが折角、殿下から時間を頂いたのだ。地獄の番犬、その首は私自らが跳ね飛ばしてやる」

 そう言ってレグルスは危険な光を瞳に宿して立ち去って行った。

「あいつの忠誠心も相当なもんだよなぁ」

「ロンハウト伯爵家は代々、ダーナ帝国騎士団で武勲を立てて来た軍人の家系ですから。今回の件にさぞ心を痛めておいでなのでしょう」

「微塵もそんな事思っていない癖に庇う様なこと言うなよ」

 そう言ってゼクスは笑った。ディーンもレグルスのあれが忠誠心から来る物なのかそれとも他の何かなのかは判別できなかった。そもそも興味もないのだが。

「忠誠心といやぁカラスも嫌なとこに回されたな」

 ダーナ帝国で忌み嫌われる黒髪。だがあの男以上に帝国と皇帝に忠誠を誓っている騎士はそうはいない。長い事、カラスと関わってきたゼクスには黒髪への偏見さえなければダーナ帝国一の騎士はカラスだったかもしれないとさえ思う。

 だがディーンはゼクスと違い帝国貴族の思想に凝り固まっており、

「あれは適材適所という物でしょう」

 そう冷たく言い放った。ゼクスは声に潜む棘に苦笑し、

「何だよお前らまだ仲が悪いのか?」

「友誼を結ぶ理由が無いので」

「一時とは言えお前らは<紅翼>騎兵隊の同僚だっただろ。で、俺はその隊長で部下たちの不仲を見過ごすのが気に咎めてだなぁ」

 お決まりの台詞にディーンは溜息をつき、

「一体、何時の話をしているんですか」

 過去にディーンはゼクスの部下として働いていた事がある。<紅翼>の圧倒的な戦力をディーンが戦術で飛躍的に高める、その試みは大成功を収めてディーンは若くして<灰翼>の名を冠する事になった。

 丁度その頃である。ある戦場で潜入任務を行っていたカラスと出会ったのは。忌々しい事にあの時の事は今でも覚えている。自分とそう年齢の変わらない黒髪の男が見せたあの異常に濁った瞳。何かの為に自分の全てを捨てて任務に当たっていたカラスを見てディーンは少なからず恐怖した。

「私はあの時、ザーノス少佐は近い将来、ダーナ帝国に害を成す毒になると思いました」

「そうか。俺はあの時、あのガキを泥沼から引き摺り出さなきゃいけねぇなって思った」

 もしあの時ゼクスがカラスを引き摺り出していなかったらきっと毒なっていただろうとディーンは思った。

「ま、仲直りパーティーは近い内に開いてやるとしてだ」

「結構です」

「さっき言い淀んだ理由はなんだ?」

 話をがらりと変えてゼクスは尋ねた。ディーンは悩んだ。この不確かな考えを口にするかどうかをだ。そして、

「…タイミングが良すぎると感じます」

 ディーンは最初、マリーベアの下へ情報が届けられたと言う話を聞いてから感じていた不安を口にした。

「テオドア9世殿下の暗殺、その惨劇がリーンハルト殿下の眼前で行われたという事もその犯人の情報がリークされてきたタイミングも全てが良すぎるのです」

 あまりに都合よく展開が進んでいる。情報のリークまでが誰かが引いたレールの上だとしたら、

「ガルムは餌にされたと考えるべきでしょう」

「つまり大逆を犯した奴は別にいると?」

「えぇ。それも最悪な事に…身内にいると考えるべきでしょうね」


 侍女長に後宮の中を案内して貰った後、カラスとフローラは一室を借りて情報を纏めていた。

「後宮は5つの館に分かれている。第1皇妃様のいる薔薇の館、第2皇妃様の牡丹の館、第3皇妃様の睡蓮の館。この3つは渡り廊下で繋がっている」

「何故でしょうね?」

「帝室規範では元々、皇妃までは3人と決められていたそうだ。故に後宮での皇妃様方の住まわれる場所も3つあり、前々皇帝の頃はそれなりに皇妃様方の交流もあって仲は良かったそうだ」

 帝室規範とはあくまで皇帝とその親族である皇族の間での決まり事みたいなものだ。法の様な強制力は実の処ない。しかし伝統を重んじるダーナ帝国では皇族と言えど帝室規範に反するのは周囲の目もあり不可能と言っていい。

ジェガス17世がその帝室規範を払い除けられたのは偏にそれまでの功績があったからだ。前皇帝が軍神と呼ばれダーナ帝国の領地を拡大していく中、ジェガス17世はその右腕とされ剛腕を振るった。特にデ・クラマナン星系における戦いの中で星系の司令官を討ち果たした功績は大きい。これにより星間連合は7年もの間、デ・クラマナン星系における勢力を縮小させる事になり、ダーナ帝国はその間に数多くの惑星を手に入れた。

「その惑星も今では採掘量の殆どない貧困惑星なんだがな…」

「隊長?」

「何でもないよ。要するにだ、ジェガス17世陛下の御世で第4皇妃は迎えられた。だから他の館とは離れた場所にあり、第5皇妃の館も他の3つの館とも離れているのさ」

「えっと確か、第4皇妃様の館が勿忘草の館で第5皇妃様の館が躑躅(つつじ)の館でしたっけ」

 両方ともちょっと変わった名前だなとフローラは思った。言葉にするのは難しいが他の皇妃たちの館と比べて華やかなイメージがない。

「どの館も一通り見せてもらったが、やっぱり重要な部屋ほど見せて貰えなかったな」

 館内に入れて貰えただけ良かったと考えるべきか。侍女長の案内とは言え、女性警護官からの視線が非常に痛かった。

「何とか協力体制を築きたいのだが…難しいか」

 そう言ってカラスは自分の黒髪を弄った。

「隊長、その辺りの情報連絡は私がやりますよ」

 フローラはそう言った。彼女とて<黒翼>小隊の一員であり、潜入工作を旨とする隊員なのだ。必要に応じて対象者へ近づく手管は持っている。

「これでも伯爵令嬢なので話位は聞いてくれると思うんですよね」

「そうだな。俺がやるよりかはずっと良さそうだ」

 頼むよとカラスは言った。カラスに頼られてご満悦なフローラは胸を張って頷いて見せた。そんな部下の仕草に苦笑しながらカラスは机の上に置いてあった携帯端末の着信に気付いた。送られてきたのは1通のメール、中身は暗号化されていて専用の解読ソフトにかける。その内容も実は暗号化されていて読み解くには一つ一つ頭の中で変換していかなければならない。相変わらず暗号のかけ方が厳重だなと思いながらも内容を把握するとカラスは眉を顰めた。

 内容を要約すればテオドア9世暗殺の犯人はダーナ帝国でも地位が高い事物が関わっている可能性があるという物だ。それはダーナ帝国騎士団かもしれないし議会かもしれない。いずれにせよ注意する必要がある。そう相手は告げていた。

「副隊長からですか?」

「いや馴染みの情報屋だよ」

「……それってあのジュリエッタさんとかですか」

 あの後、ドーラからカラスとジュリエッタの話を掻い摘んで聞いた。その中で彼女がこの帝都におけるカラスの情報源の一つであるという事も聞かされた。

「いや今回の件は内密にされているからな。彼女にも話せないから今回は違うよ」

「えっとじゃあ……情報部、の誰かですか」

 と自分で言っておいてなんだがカラスが他の部署に伝手があるとは考えにくかった。何分、このダーナ帝国における黒髪の蔑視は相当な物だ。中々にカラスの味方と言うのは少ない。

「情報部はカノータス中佐の飼い犬だからな。俺には絶対に情報をくれないよ」

「すいません。情報部がカノータス中佐に牛耳られているとか初めて聞かされたんですけど」

「公の秘密って奴だな。ある程度は皆気付いているけど言わないでいるだけ。そっちの方が上手く回っているから」

 フローラは顔を引き攣らせた。記憶が正しければ情報部の長は准将とかだった気がするがその准将さえも押さえつけているとでも言うのだろうか。改めて<灰翼>の恐ろしさを知った気がする。

「じゃあ誰なんですか?だってこの件の情報は伏せられているって隊長は言いますし…」

「伏せた上でそれでも尚、探り当てる腕利きとだけ言っておこう。お前たちが関わるにはまだ早すぎる人物だからな」

 そう言ってカラスはフローラの頭をぽんぽんと叩いた。未熟或いは子ども扱いされてやや不機嫌になるがカラスがそう言う以上、引き下がるしかない。

「だけど情報に関しては知っていた方がいいだろうな。フローラ、これをドーラの所まで持って行ってくれ。この暗号文ならドーラも解読できる」

 そう言ってカラスは別の暗号文で書き直した文章を紙に書き起こすとフローラに渡した。重要な文章ほど紙での受け渡しに徹する、それは後で証拠を消しやすいからだ。

 それを察してフローラは深く頷きカラスから受け取ると外で待つドーラ達の下へ向かった。カラスは件の情報屋からもう少し話を引っ張るかと携帯端末を操作しようとし、

「…どうぞお入りください、侍女長」

 扉の向こうで息を呑むのが分かった。だがこれ位の距離で気付かない訳がないし侍女長からは何か切迫した雰囲気を感じた。何かが起きたのかとカラスは考えた。

「失礼しますザーノス様。その、今アーデル・フリューゲル城から使者の方が見えられていて」

「アーデル・フリューゲル城からですか?」

 はいと侍女長は頷き、

「皇帝陛下からザーノス様に至急、登城する様にとのご命令ですわ」

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