第8話 護衛任務
マリーベアが語った内容にカラスは内心の動揺を隠し切れなかった。
第2皇太子テオドア9世の暗殺。それも白昼堂々、双腕肢乗機を使ってだ。その上、使われた双腕肢乗機にも問題があった。
「目撃証言によると<ハルパー>だったらしい」
「…前世代の主力機、<ハルパー>ですか?あれはもう稼働している機体は無かった筈では?」
「詳細は一切不明だ。だが目撃者が言うにはその機体は<ハルパー>に間違いないと」
そう断言したとマリーベアは言った。となればその目撃者が見たのは恐らく、
「左腕の鉤爪ですか」
「あぁ。そうだ」
デュランダルより前に作られたダーナ帝国の軍用機、<ハルパー>。その機体の最大の特徴は左腕に付けられた合金の湾曲した刀身だ。技術力と資源で劣る分、操縦者の技量でその差を埋めていたダーナ帝国騎士団。それでもその昔は技量に乏しい者も多く、また星間連合軍にも精鋭騎士に匹敵する業の持ち主たちも頭角を現し始めていた。そんな中、作られたのがハルパーだった。作られたとは言っても実際は当時の主力機の左腕を改造しただけだ。
そのコンセプトは唯一つ。相手を捕らえる事だ。湾曲した刀身を敵の機体に食い込ませる。それによって相手の動きを止めて、僚機が敵機を撃墜する。撃墜するのが僚機でなければならないのは単に捕らえた機体が高確率で反撃にあい、破壊されるからだ。
1人の兵士を殺すのに1人の騎士の命を犠牲にする。だが敵のエース級を生かしたままにしておけば10、20と散らされる命は増える。故に星間連合軍のエースと言う怪物を殺す為に作られた剣―その湾曲した刀身からハルパーと名付けられた。
だがそれも次第に星間連合軍の軍用機が高速戦闘を主流に進化していくと捕らえる事が困難になりハルパーは次世代機のデュランダルへと移行していった。
「シミッター少将。ハルパーはダーナ帝国騎士団では全て廃棄処分になっている筈だ。考えられるのは地方領主の私設兵団―」
「その様な事は情報部にでもやらせればいい!!問題は皇族に牙を剥いた愚か者どもを如何にして処断するかだ!!」
「ロンバウト大佐―」
その端正な顔つきを怒りに染めてレグルスは机を叩いた。忠誠心に溢れるこの騎士は暗殺を行った犯人の目星はついているのかと叫ぶ。
「それも情報部待ちだ。現状では星間連合軍ともテロリストの仕業とも判明していない。前兆も無かったのだからな」
「役立たずだな。ネズミ共は」
そう言ってレグルスは舌打ちをした。情報部の裏の設立者であるディーンはその言葉に顔を一瞬顰めた。だがレグルスの言う通り、暗殺の前兆を見抜けなかった不手際はある。
「情報部に確認を急がせよう。だが事が事だ。慎重に対応をしなければ第2第3の事件を生みかねない」
「シミッター少将はまだ凶行が行われるとお考えか?」
黒色の肌の精鋭騎士が尋ねる。それに対しマリーベアは曖昧に首を振り、
「断言はできない。何せ我々は相手の正体も理由も知らないのだ。出来る事と言えば警戒を強化する事くらいだろう」
「少将、情報規制の提案を進言します。第2皇太子が御隠れになったのは暫く控えるべきかと」
「どういう事だカノータス卿」
レグルスはディーンを睨む。
「一つとしてはこちらから動きを見せるのではなく相手の動きを観察するべきかと。闇雲に動けば隙も生じます。まずは相手が何者なのか知る所から始めるべきでしょう。皇族の命を奪ったその大罪は後で幾らでも清算させればいい。それともう一つ…この事を星間連合軍に知られる訳にはいかない」
「何故だ。奴らの仕業かもしれないだろう」
<橙翼>が尋ねる。しかしそれにディーンは首を横に振った。
「それならば態々、ハルパーの様な旧式を用意する筈がない。そもそも星間連合軍がこの暗殺の首謀者なら別の手段を使う筈だ」
星間連合軍が誇る最強の歩兵―特殊白兵戦部隊か要人暗殺部隊を使ってくる筈だ。どちらも静かに行われる。今回のこの事件はアピール面が大き過ぎる。
「自分たちの力を誇示するかの様な―そんな意図がある、星間連合軍がそんな事をする必要性は無い。ならば他の誰か」
「<鵜飼家私兵団>、<ポラリス>、<回帰派>…いづれにしても厄介だな」
そう言って<橙翼>は顔を顰めた。ディーンは敢えてその名前の候補に第4皇太子派の名前を付け足さなかった。その可能性を考えるのは最後にしたいからだった。
「<灰翼>殿の提案は尤もだ。私からこの後の将校による会議の場で話そう」
マリーベアはそう言うと話を次に進めた。
「今後の我々の動きだが」
「大逆者の処罰以外に何がある」
「落ち着け<緑翼>殿。貴官の怒りは私にも理解できる。親愛なる我らに殿下がその命を下郎の手によって刈り取られたのだ。私とて下手人どもを纏めて41インチ対艦ビーム砲で消滅させてやりたいよ。だが私たちにはより重要な任務がある―残された皇族を守り抜く事だ」
そう言ってマリーベアは目を細めた。
「先程も言った様にこれ以上の事件を起こさせる訳にはいかない。偶然にも今ここに8名の精鋭騎士がいる。各員、分担し皇太子及び皇女様方の護衛に就く。現在のこの帝都には第1皇太子と第2皇太子以外の方々がいらっしゃる」
「振り分けは如何なさるのですか」
カラスが尋ねる。
「勝手ではあるが第5皇太子リーンハルト様は私が既に護衛に就かせてもらった。今は私の艦で恐縮だが待って頂いている」
これに関しては誰も文句は無かった。リーンハルトは事件の目撃者でもあり護衛対象としての優先度は高い。そこへ帝国屈指の守りのエキスパートが護衛に就くというのだ。異論など出る筈がない。
「第3皇太子マルコ3世殿下の護衛には<緑翼>殿、第2皇女グレーテル殿下の護衛には<橙翼>殿が当たってくれ。両殿下と各々、顔見知りであった筈だな?」
マリーベアの問いに二人は頷いた。第3皇女のイザベルには黒肌の騎士が就く事になり、第4皇女コルネリアにはディーンが護衛に就く事になった。
「そんじゃあ俺は第1皇女様か?」
「いや<紅翼>殿には遊撃の任をお願いしたい。帝国最強の剣は盾でなく攻めに使うべきだろう」
これも誰も文句は無かった。<不死鳥>たる自分の双腕肢乗機の中が一番安全とか言い出して押し込むに決まっている。マリーベアも直接は言わなかったが眼がそう語っていた。
「<紫翼>殿には第1皇女様をお任せする」
「この命に賭けまして」
「…あのシミッター少将、私は…?」
カラスがおずおずと手を上げる。まさかゼクス同様に除け者にされたのか。やはりこの黒髪がいけないのだろうか。などと考えていると、
「<黒翼>殿にも少し難しい任に当たってもらう」
「それはどう言う事でしょうか?」
マリーベアはうんと首を縦に振り、
「<黒翼>殿、貴官には第5皇女レア様と第6皇太子ハルト様の護衛に就いて貰いたい」
2人の護衛を任されたカラスはこの時、この言葉の意味を正確には理解していなかった。
気付いたのはこの後、護衛対象者が住まう場所について気付いてからだった。
カラスは冷や汗をかいていた。
視線が痛い。物凄く痛いのだ。今、自分は360度全方位から視線を向けられているのではないかと錯覚してしまう程だ。
「いや正確には14人で…」
「隊長。何で視線を向けている数をそんなに正確に割り出せるんですか」
おかしいですとフローラは言った。普段、カラスを慕ってやまない彼女もこの場所の雰囲気に圧されてか気が張り詰めている。
「何か仰りましてザーノス様?」
「いえ。お気になさらずに侍女長殿」
そう言ってカラスは曖昧に笑って見せた。カラスたちを案内するこの人物―侍女長は一際、鋭い視線を向けてから「そうですか」と呟き歩き出した。
全く歓迎されていないのは明白である。だがそれも仕方がないだろう。場所が場所なのだから。
カラスたちが今いるその場所は―後宮なのだ。
精鋭騎士たちの会談の後、ドーラ達を呼び皇太子たちの護衛の任を伝えた。ドーラは眉を顰めて「という事は後宮に暫く詰めると言う事でしょうか」と言われ直ぐにマリーベアの所へ走った。
全く気付かなかった。本当に。
幸いにもマリーベアは直ぐに見つかった。
「シミッター少将!!」
「ふむ。その様子だと気付いたようだな<黒翼>殿」
確信犯かこの野郎と思ったが口には出さない。
「シミッター少将、どうか護衛対象の変更をお願いできませんでしょうか!!流石に私では問題があります!!」
「ほう?どう言った問題がある?」
「私は男です!!後宮に入るのは帝室規範にも反するかと!!」
「ふむ。確かに。では<黒翼>殿」
分かってくれたかとカラスは安堵した。
が、
「今日から女性になり給え」
「何か貴方の恨みを買う様な真似を私はしたでしょうかシミッター少将!!」
冗談だとマリーベアは笑った。
「今の言葉は冗談だが、第5皇女と第6皇太子の護衛の任。これは私の熟慮の結果だと分かった欲しい」
「…出来ればそのお考えをお聞かせ願えますでしょうか」
「うむ。ここではなんだ。私の執務室へ行こう。そう遠くはない」
マリーベアに言われカラスは彼女の執務室へと向かった。
少将に宛がわれる部屋にしては質素であったが元より部屋の主は自分の艦にいる方が長いので拘りはないのだろう。
「さて。今回、貴官に第5皇女と第6皇太子の護衛を任せたのは、両殿下は勿論であるが何より貴官には後宮を護って貰いたいのだ」
「そうであろうという事は分かります。ですがそれが何故、私かなのです」
第5皇女レアは4歳、第6皇太子のハルトに至ってはまだ生まれたばかりだ。この両名はまだ母君である第5皇妃リーディアと共に生活をしている。そして皇妃の居場所となればそこは後宮である。本来であれば現皇帝ジェガス17世以外、男性は入る事の許されない場所。
「敢えてそこへ貴官を送り込むのはその索敵力だよ」
カラスは非常に気配や視線に鋭敏だ。それは彼が帝国一の工作員として名を馳せる能力である。自分でも何故、こんな能力があるのか分からないがそれを活かしてカラスはこれまで戦場を生き延びて来た。
「後宮が難しい場所なのは言わずとも分かるだろう。あそこは派閥争いの裏舞台の様な物だ」
第1皇太子の母は正妃である第1皇妃、第4皇太子の母は第2皇妃だ。当然ながら二人は反発しあっているし第4皇太子を支持する第3皇妃も第1皇妃とは仲が悪い。また第5皇妃は第2皇妃の元侍女だ。ジェガス17世の寵愛を掠め取った女と第2皇妃は毛嫌いしているらしい。そんな第5皇妃を第2皇妃への当てつけ代わりに第1皇妃が庇ったり庇わなかったりで…
女社会の坩堝なのである。正直、進んでいきたいとはカラスは思わない。
「殊に難しいのが皇妃様方に肩入れしすぎてはいけないと言う点だ」
「はぁ…」
必要以上に第1皇妃の護衛を行えば第1皇太子派と見なされ第4皇太子派から敵視される。その逆も然りだ。中立の人間と言うのは実に難しい。本人にその気が無くても相手が自分の政敵を贔屓にしていると捉えられたらその時点で中立が崩れるのだ。
「その点で言えば<黒翼>殿なら問題はないと言える」
「お言葉ですがそれは皇妃様方がそう思われるかで…」
「いや。こう言っては何だが貴官の黒髪は絶対に皇妃様方に気に入られる事は無い。私の<白翼>の名に誓って断言しよう」
嫌な断言だ。しかし事実だからどうしようもない。日頃から髪を染めるか鬘を被った方が良いのではないかとマリーベアは言っていたが、まさかここに来て黒髪である事が役に立つとは彼女自身、思いも寄らなかった。
「しかしそうなると逆に私が後宮に入る事が難しくなるのではないのでしょうか」
「そこは私が話をつける。探られたくない腹が無いのら何も問題はないだろうとね」
あまり無理な事はしてほしくなかった。マリーベアはダーナ帝国の守りの要とも言える存在だ。無用な政治の争いでその力が削がれる事があれば問題だ。
「護衛の件は心配しなくていい。貴官はその役割を十分に果たせばいいだけだ。もうこれ以上、被害を出さない為にもね」
そしてその2時間後にはカラスの護衛任務は了承され、後宮への立ち入りも許可された。但し立ち入る事を許されたのはカラスと他一名、しかも女性でなければならないと言う物だった。幸いにも<黒翼>小隊にはフローラと言う頼りになる女性騎士がいる。ドーラとラウルには後宮周辺の警備を任せた。また緊急事態に備え、ある物を直ぐに使えるように準備をさせている。使う事が無い事を祈るがそれもこの先の展開次第だ。
「ではザーノス様。この先に第5皇妃様とその御子であらせますレア様、ハルト様がお待ちで御座います」
「分かりました。お願いします」
侍女長は頷くと扉をノックし入室の許可を求める。程無くして内側からロックが解除された。
室内では部屋の主がやや疲れた顔をしながらも微笑を浮かべ出迎えてくれた。亜麻色の髪に真珠の様な肌、美しさよりも優しさがその全身から醸し出されている。
彼女が第5皇妃のリーディア、まだ22歳の若さで二人の子を持つ皇妃だった。
「お初御目に掛ります。第5皇妃リーディア様。私はカラス・ザーノス。皇帝陛下より<黒翼>の称号と子爵位を賜っております。こちらにいるは私の部下であるフローラ・ラブレス少尉であります」
そう言ってカラスとフローラはリーディアの前で膝をついた。
「第5皇妃のリーディアです。ザーノス卿のご武勲は私も耳にしております。さぁどうぞお立ち上がり下さい」
「はっ。失礼します」
リーディアから許可を貰いカラスは立ち上がった。そんなカラスを興味深そうな目で見る視線に気づく。
リーディアの膝にくっ付いている幼い女の子―母親と同じ髪色をする彼女が第5皇女レアだろう。その横のベビーベッドで穏やかな眠りについている赤ん坊が第6皇太子のハルト、こちらはまだ産毛だがやや蒼銀の髪色が見える。
「お話は既に伺っております…テオドア9世様の事も」
「ご心中をお察し致しますリーディア様。ですが我ら精鋭騎士がこの一命に賭けましてもダーナ帝国を脅かす悪しき牙より御身たちを守り抜く事を誓います」
「お任せします。ザーノス卿」
その言葉にカラスは敬礼を以て答えると再び膝をついてレアと視線を合わせた。
大きな瞳がカラスをずっと見ている。恐らく年相応以上に好奇心が旺盛なのだろう。カラスは微笑みを浮かべながら、
「レア様。私はカラス・ザーノスと申します。今より暫くの間、皆様方の護衛に当たらせて頂きます」
「ねぇ。貴方の髪は何で黒いの?私、初めて見たわ」
「レアっ」
率直な物言いにカラスは苦笑する。リーディアは諫めようとするがカラスはそれに首を振って見せ、
「私の母が東洋人の血を引いておりました。このダーナ帝国ではあまり見ないでしょう。ですがどうか信じて頂きたい。私は誰よりもこのダーナ帝国と皇帝陛下に忠誠を誓っています。どの様な脅威が迫ろうとも必ずや使命を果たして見せます」
レアは首を横に傾けた。まだ幼い彼女には難しい話だったかもしれない。そう諦めてカラスは立ち上がると、
「ではリーディア様。ご入室を許して頂き早々で申し訳ございませんが、他の皇妃様方にもご挨拶を述べに参らなければなりませんので」
「分かりました。ザーノス卿自らのご挨拶、また今後の働きに期待をしております」
有難う御座いますとカラスは述べ部屋を退出した。
「次はどちらの皇妃様の下へ挨拶に向かえばいいでしょうか」
そう侍女長に尋ねると、
「いえ。第1皇妃様、第2皇妃様、第3皇妃様もお会いにならないそうです。代わりにその役目を全うする様にとのお言葉を頂いております」
「…はっ。非才の身でありますが必ずや」
まぁ予想通りだ。むしろリーディアと顔合わせ出来ただけマシなのかもしれない。実際に会ってみて第5皇妃リーディアはあまり皇妃には向いていない人物だろうと分かった。政争や権力争いからは無縁な性格であり、むしろ家庭を大事にするタイプと見た。
カラスの黒髪を見ても何も言ってこなかったのもそれなりに寛容な人物なのだろうと分かる。少なくとも護衛対象の全てから一方的に嫌われる事態は避けられたようだ。
「では後宮の中を少し見させて…」
「え?隊長、第4皇妃様はいいんですか?」
フローラの言葉に顔を引き攣らせた。敢えて触れなかったのにどうして突っ込んでくるんだと言いたい。だが迂闊にそんな事を言うと皇妃の一人を蔑ろにしたとも思われかねないがこちらから会いたい等と言うのも勘繰られそうだったので言わなかったのだ。
「…第4皇妃エミリア様は今、皇帝陛下と共に居られます。陛下もその、大変お心を痛められていて」
「…思慮の足りない発言を御許し頂きたい。陛下の御心の痛み、私たちの知り得ぬ程でしょう」
そう言ってカラスは頭を下げた。フローラもしくじったと慌てて頭を下げた。
そんなカラスの様子に侍女長は少し目元を緩ませ、
「いえ。私も先に説明しておくべきでしたザーノス様。ではこの後は後宮の中を案内するという事で宜しいでしょうか」
「はい。お願い致します」
カラスたちが後宮を訪れているのと同じ頃、マリーベアの下にある情報が届けられていた。
マリーベアはその情報に目を鋭く細め部下に命じた。
「…情報の真偽を即刻、確認せよ。もしもこの情報が正しいとしたらこの事件、今日中に片が付くやもしれん」