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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第1章 Boy and Girl engage Valkyrie
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第6話 後ろから来る奴らと後ろに座る人

微妙に長くなりそうだったので一端区切って投稿してみました。

 アクティブ・スラスターを全力に開放した機体は身体を水平―人で言えばうつ伏せの形で飛翔する。身体を水平にする事で前面を小さくし、最適な飛行状態を作り出しているようだ。

 尤もフィオにはそんな事を気にしている余裕はない。

 先程まであった「もしかしたらなんとかなるかもしれない」という前向きな気持ちは既に霧散し「生き残るには逃げるしかない」とそんな強迫観念に駆られてフィオは機体を突き動かす。そのフィオを追ってデュランダル達が動きを変える。

 後ろから追いかけるだけではない。左右から囲むようにして接近してくる。

 しかし必死に逃げるフィオにはそんな事に気付く余裕はない。考える余裕も無くスラスターを制御する中、唐突に警告音が鳴り響く。

 その音に気付かされフィオは慌てて機体を上昇させる。直後、ビームが先程までフィオがいた位置を通り過ぎる。警告音はそれだけでは収まらない。ビームは第2射、第3射と続く。乱暴に機体を左右に動かし、直撃を避ける。

「はぁ、はぁ……っ!」

 息が上がる。迫りくる死への恐怖で如何にかなってしまいそうだ。

 けれど、それが逆に良かった。

 極限までに追いつめられたフィオの精神はここにきて徹底的に研ぎ澄まされるまでに至った。

 自分は警告音に反応する機械だ。死の足音を告げる警告音を誰よりも早く聞き付けて行動を起こす。アクティブ・スラスターの出力は最大のまま、鈍重なデュランダルは徐々に距離を離されていく。

「フ、フィオさん……っ!」

 苦しそうなエルムの声にハッと後ろを振り向きたくなる衝動に駆られる。けれど鳴り響く警告音がそれを許さない。

 失念していた。普段、双腕肢乗機に乗る機会の多いフィオだってこんな無茶な機動をしない。左右に強く揺さぶられる衝撃にエルムは必死に耐えようとしていた。

「悪いっ!動きを止めるわけにはいかないんだっ!」

「だ、大丈夫ですっ!それよりあの、さっきからそこのパネルが光っているんですがっ!」

 通信じゃあないですかと言うエルムの声は震えている。口では大丈夫と言っていたがフィオもそれが口先の事だと分かっていた。しかしエルムに言った通りここで動きを止めるわけにはいかない。止めたら最後、2人揃ってお陀仏だ。

 フィオはエルムが指さしたパネルを見る。エルムの指摘通り、パネルのサインは通信の知らせだった。

 機体を動かすのに手いっぱいなフィオはそれが何処から送られてきた通信なのか考えもせず通信を繋げる。

『なんて乱暴な操縦しているのよぉぉぉぉぉぉっ!』

「うわっ!」

 繋がった途端にコクピット内に響き渡る罵声にフィオは思わず首をすくめてしまう。その拍子に操縦桿を前に倒しすぎ機体は空中で錐揉みになる。

『ちょっ!何やっているのよ!』

「き、急に大声で話しかけてくるから……っ!ってか、誰だ、よアンタ…?」

 と言いかけた所でどこかで聞いた事あるゾこの人とフィオは内心首を傾げた。だが実際に首を傾げている余裕はない。後方からは相変わらずビームがバンバン飛んできているのだ。

『アンタ何に乗っているのか分かっているの?その機体がどういう期待でどれだけ重要性を秘めているか分かっているの?!』

 底冷えするような声にフィオはギクリと体を強張らせる。普段だったら「そんなに重要なら民間企業なんかに委託するなよ」と言い返しているかもしれないがそんな上げ足取りみたいな会話をしている場合ではないのは15歳のフィオにだって分かる事だ。

「いや、あの……その…」

 尤も勝手に乗り込んだ事については弁明の仕様も無い。それにそれを待ってくれるほど敵も甘くない。再び警告音が鳴り響く。

 慌てて操縦桿を動かしビームをかわす。ギリギリの所だった。デュランダルの放ったビームは脚の一部を掠った程度に留まり、装甲の一部が飛んだだけだった。

 フィオがホッとため息をつくのも無理はなかった。

 なのに、

『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』

「な、何なんだよ一体っ!」

 通信越しに聞こえる叫び声にまた機体の制御を誤りそうになりながらもフィオは接近するデュランダルを振り切るために全速力でその場から逃げだす。

『だ、ダメよ!脚に直撃なんてダメに決まっているでしょっ!』

「知らないよっ!」

『あぁぁあぁぁぁ!もうっ!』

 通信越しの相手はなにやら振り切れたような唸り声をあげる。

『いい!良く聞きなさい!その双腕肢乗機は……』

 と言いかけた所で通信にノイズが走る。どうしたかと言えば単純な話だ。

 デュランダルのビームが頭部のM・I・Sを掠め、通信用の装置を故障させたのだ。

「うぉっ!」

 フィオは機体を左右に小刻みに振る。少しでも相手の照準をかく乱させようと思っての行動だがどこまで通用するか分からない。正直、通信に気を取られている場合ではない。折よく通信も途切れたので再び操縦と回避に専念しようとする。

 しかし何時まで逃げ切れるか。今のところ機体の馬力で何とか距離を開け逃げ切れているだけだが、何時追いつかれるか分からない。

 何か手を打たなければ最後には追い付かれる。フィオは必死に考える。

「フィオさん、前っ!」

「え、あっ!」

 考えごとに一瞬気を取られ目の前の送電線に気付くのに遅れた。フィオは慌ててそれを飛び越える様に進路を変える。

 後に続くデュランダルたちも送電線を回避し詰め寄る。

「アレ……?」

「どうしたっ!」

 今度は何が起きたとフィオは身構える。エルムは首を傾げ、

「送電線、壊したりしないんですね」

 こんな時に何を言っているんだとフィオは思ったが、確かに道路やらビルやらいろいろなものを壊して回っていたデュランダルが目の前の障害物―送電線を壊すことなく避けた。ビームブレードなんかで切り裂くと思ったのにとエルムは呟いた。一方、普段から双腕肢乗機に乗りなれているフィオはとんでもない事言うなと逆に思った。

「…記憶喪失だから知らないのかもしれないけど、双腕肢乗機は……」

 と言いかけた所でフィオはふと気付いた。

 もしかしたらあの騎士の(ヘルム)たちを如何にかする事が出来るかもしれない。

 フィオは素早く機体の全体図と周囲の地形のデータを呼び出す。

 伸るか反るかの一発勝負。ここまで来たらとにかくやってみるしかない。

 フィオは腹をくくり進路を変更した。


 ヘリから身を乗り出す様にしてフランは望遠鏡を覗き込む。その視線の先には乱暴な操縦で無様な飛行を続ける双腕肢乗機の姿があった。

「ちょ…っ!壁にあったたらどうするのよっ!あ、バカ!」

 あまりにずさんな操縦に思わず悪態をつく。本当は本人に直接言ってやりたいのだが通信装置が壊れたらしく途中で通信は切れてしまった。

「姉さん、あんまりヘリから身を乗り出さないでくれ。落ちたら困る」

「その時はアンタが身を呈して助けに来なさい。弟なのだから姉を守る義務が存在するわ」

「無茶苦茶だ……」

 ベンの情けない声を無視して危なっかしい操縦を続ける双腕肢乗機を見つめるフランの目が細めまる。その瞳は物事を冷静に分析しようとする科学者の眼だ。

「それに……誰が乗っているかのほうが今は重大よ」

「……確かに、ね。機密的な意味以外にもアレを乗りこなせるってのが重大な問題だよね」

 ベンの言葉にフランは頷く。

 そう、重大な問題なのだ。あの機体は普通の双腕肢乗機ではない。操縦方法は一般的な双腕肢乗機と変わらないが、どのテスト・パイロットも口を揃えてこう言う。

「違和感がある」

 違和感。脚と言う存在がベテランのテスト・パイロットたちにとって意外な枷となっているのだ。慣れない脚の動きと言うものが操縦者の堪と判断を鈍らせ動きにくくしている。故にフランは計画の初期段階から専任パイロットの教育を並行して行っていた。操縦理論を新たに確立し、専用シミュレータを用意して半年以上の時間をかけてテスト・パイロットを仕立て上げた。

 そうでもしなければ使いこなせない代物なのだ。計画の途中で何度も「無意味なのではないか」とか「不必要だ」と言われ計画の中止を迫られたこともあった。

 しかしフランはこの計画―Vプロジェクトの必要性を誰よりも信じている。

 だからこそ、今ここで高価な試作機を破壊される訳にはいかないのだ。

「これ以上傷でもつけてみなさい……っ!戦艦の砲身に詰めて吹き飛ばしてやる…っ!」

「……とりあえず、少し落ち着いてよ姉さん」

 ベンは嘆息すると双眼鏡を構え戦闘の様子に目を向ける。2機のデュランダルを引き連れ逃げまどうその姿は先程とどこか違う様に見えた。何だろうと考えていると横から悲鳴が聞こえる。

 悲鳴の主は勿論、姉である。

「ちょっとぉぉおぉぉっ!」

「今度は何だよ……」

 ついぞんざいな口ぶりになってしまう。普段なら頭の一つでもはたかれる所なのだが、それどころではないらしい。

「そ、速度が落ちてるわよっ!」

 フランの言うとおりだった。2本脚のあの機体の速度は先ほどよりも速度を落としている。目に見えるほどだ。デュランダルのパイロットたちが気付かないはずがない。ベンは視線を動かす。双眼鏡で確認し「あぁ成程」とベンは納得した。再び視線を徐々にデュランダルとの距離が縮まっていく例の機体に向けてベンはひっそりと呟く。

「……終わりかなぁ」

 尤もどちらがとは言わなかった。


 ビルとビルの間をすり抜け機体を走らせる感覚は意外と心地よかった。

 崖でコーナリングを競い合う感覚はこんな感じなのだろうとフィオは勝手に思っていた。自分の技量をどこまで出し切れるか。ギリギリの駆け引きと自分の命をベットしたギャンブル。普通だったら味わえないようなスリルは退屈な日常を過ごしていたフィオには何よりも興奮させる体験だ。

 無論、それも追手が無ければの話だが。

 容赦なく迫りくる2機のデュランダルはこちらの速度が下がったのを見るや否や追撃の手をさらに激しくしてきた。

 ビームの光が放たれるたびにフィオは機体を縦横無尽に走らせ、時には崩壊したビルを盾にしてかわし続ける。反れたビームが電光掲示板を吹き飛ばし、クルクルとフィオの眼の間に躍り出る。

 本当はクルクルなんてポップな飛び方ではなく、脱輪したタイヤの様に勢いよく飛んできた。フィオはそれを片手で受け止める。

 <目の前にある物を掴む>、双腕肢乗機に元々組み込まれていた<行動規定(アクト)>の一つだ。行動規定とは<ある一連の動作>を操縦桿のワン・アクションで実行させる事が出来るよう予め機体のOSに組み込まれたプログラムだ。デブリの撤去などにも使われるこの行動規定はタイミングよく使えば今の様に飛んできた物を掴む事が出来る。

 フィオは試しに掴んだ電子掲示板のなれの果てを後ろ目掛けて放り投げてみた。案の定、当たることなくデュランダル達は気にも留めず突き進んでくる。やけになった様に見えるその行動に敵は余裕を感じているのだろう。

 僥倖だ。このまま突き進む。フィオはグッと操縦桿を握る手を強める。直後、押し殺した呻き声が聞こえる。座席の後ろからだが、振り返る事はしない。振り返らずとも今も座席の後ろではエルムがギュッと背もたれにしがみ付いて激しい動きに耐えているのは分かっている。

 エルムにはこれから何をするかは簡単にだが伝えた。エルムは何も言わず、ただ一つ深く頷いた。信用されているのだろう、フィオはそう思った。勝手な思い込みなのかもしれない。けれど今、彼女が頼れるのは多分自分だけなのだ。プレッシャーや恐怖を横にのけてフィオは覚悟を決める。チャンスは一度きり、一度手を見せてしまえば次は警戒され絶対に成功はない。

 ビルの横を通り過ぎ、急カーブ。吹き飛ばされそうな遠心力に耐え、高度を落とす。その先には一般道をまたがるように作られた一本のハイウェイが通っている。フィオは高度を落とし一気に加速する。橋の下を潜り抜けて逃げ切ろうというのか、デュランダルのパイロットたちは速度を一気に上げたフィオを追って自分たちも加速する。

「ぐぅぅ…っ!」

 地面のスレスレを飛ぶように体勢を維持し直し、速度そのまま橋の下を通過しようとする。それを追うデュランダルたち。フィオはあくまでも加速を止めない。それは全速力のデュランダルたちが追い付けるくらいの速度でだ。

 橋の下に差し掛かる。ここでフィオは機体をうつ伏せの状態から仰向けへと体勢を変える。上を向いていた背中が下になり、背面の推進装置が地面を擦りそうになる。フィオは気にせず、ここで更に加速を強める。加えて、武器を選択しビームブレードを展開する。拳を握った機体の手首が人では不可能な角度で上向きに反れる。その手首の付け根からビームブレードの発生装置を展開、一瞬のうちに光の刃が形成される。

 この時、帝国のパイロットたちはここで自分たちを迎え撃つきかと考えた。迎え撃つ気であるのなら勝機はある。しかし多勢に無勢、腕に覚えがない限りそんな暴挙に相手が出るをは考えにくい。とすればこんな場所で相手がビームブレードを展開したのは他に理由があっての事。

 まさかとパイロットたちは顔を青くした。そして誰かが叫ぶ。

「ビームブレードで橋を落とす気かっ!」

 建築物などを盾にしたり投擲したりしてきたのは既に見てきた。相手は徹底的に市街地と言う地の利点を利用する気なのだ。戦闘で壊れかけた橋を落とす事でこちらの戦力を一気に削る作戦できたかとパイロットたちは考え、させじと自分たちも光の刃を形成してフィオへと攻め寄る。

 橋を落として戦力を削がれる前に自分たちの剣で敵を切り裂く。帝国のパイロットたちは剣技に絶対の自信を持っていた。故にそこにも慢心が、そして隙があった。

 フィオはビームブレードを展開したまま橋の下へと入り、そして―そのまま通り抜けた。

 デュランダルのパイロットたちは一瞬呆気にとられる。

 橋を落とす気ではなかったのかと。

 フィオは橋の下を潜り抜け、橋の下から出終わったその瞬間に腕を振るった。橋の下を通過中だったパイロットたちはフィオの動きが空振りをしたように見えた。実際、橋には傷一つ付かなかった。

 しかし橋の下を通過し終わったその時、ゆらりと揺れるロープに気付いた。

 僅かに放電するそれは、フィオが切り裂いた送電線だ。

 1本だけではない。纏めて何本も切られている。

 パイロットたちが気付いた時にはすでに手遅れで、切り裂かれた送電線がデュランダルに接触する。

 次の瞬間、数多くの工場を機能させる数千億と言う電流がデュランダルの体に流れる。機体の精密機械だけでなく、関節の伸縮ケーブルが異常な電流に反応し痙攣する。

 機体の制御を失ったデュランダルは次々と地面に落下し動かなくなる。

 送電線を断ち切ったフィオ自身、この結果については少し驚いていた。

 双腕肢乗機が外部からの強い電流に弱い。それは関節を動かす伸縮ケーブルが微弱な電流によって伸び縮みする事により人で言う筋肉の役割を果たしており、故に外部から強い電流を受けると伸縮ケーブルは過剰な反応を起こし動作不良に陥る。

 これを狙っての事だったが予想以上に効果を発揮し、デュランダルの機能を完全に停止させてしまったようだ。

「えっと…勝ったんですか?」

「多分……」

 フィオは呆然と頷く。自分でもまさかここまで上手くいくとは思っていなかったのでフィオは驚いてどう反応したらいいのか分からなかった。

 そこに僅かばかりの隙が生じた。

 地に伏したデュランダルのその下――覆いかぶさるようにして隠されていた、まだ活動可能なデュランダルが辛うじて動く右腕のビーム砲をフィオに向ける。

 センサーなどを一切使用しない自動照準なので警告装置は作動しない。

 フィオがそれに気付いたのは偶然だった。

 視界に光る何かを見つけ、何だろうと光学カメラを拡大して見ると、

「―っ!」

 緊張が体を走る。動かなくてはそう思った時にはもう手遅れだった。

 自壊も厭わないデュランダルの砲撃が、光の粒子を放ち襲いかかる。

 機体とビームとの距離が0になった次の瞬間、フィオの意識はブラック・アウトした。


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