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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第4章 騎士の帝国
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第5話 とある侯爵家にて

 晩餐会まで時間はあったものの後始末の都合で時間が掛かってしまった。

 時間の短縮のために今後シャワーは一緒に浴びた方が良いのではないかと提案したのだが、すげなく断られた。

「すっぴんを見られたくないのよ」

「いや、今更だろ」

 今までも閨を共にしてきたことがあるのだから彼女の化粧を落とした顔なんて見慣れている。

 カラスがそう言うとジュリエッタは呆れ顔で溜息をついた。

「女心が分からない男よね。潜入任務の目的で女性に近付いたりしないの?」

「するけど…」

 その成功率は些か低い。残念ながらドーラも異性関係では疎く、<黒翼>小隊の問題点ではないかと何度か話し合った事がある。

 そんな話をするとジュリエッタは、

「だから駄目なのよ」

「…具体的に今度教えてくれると助かるかな」

 はいはいとジュリエッタは肩を竦めた。受付で署名をすますとパーティールームへと通される。伝統ある侯爵の家系であるバーバロイ家の豪邸は惚れ惚れする程に立派だった。

 領地経営に難があり資産がかつかつである自身の家と比べるまでもない。

 多分あそこに飾られている絵画だけで領地からとれる税収の半年分くらいにはなりそうだ。

「絶対、バーバロイ大佐の趣味じゃないだろうけど」

「そうね。私も数えるほどしか会った事ないけどそういった趣味がある人じゃないわね」

 絵画やら調度品やらパーティーに出されている料理やら全ては侯爵夫人の手による者だ。

 カラスとはまた別方向で貴族らしくないゼクスの代わりにバーバロイ侯爵家を回しているのは全て侯爵夫人である事はゼクスと親しい者なら誰でも知っている。

 その侯爵夫人だがゼクスといると殊更よく目立つ。

「バーバロイ卿、それにバーバロイ侯爵夫人。今晩は御招き頂き有難う御座います。改めて戦場からの無事の帰還を祝福させてください」

「んな堅苦しい挨拶はいらねぇよ。ほれ、いいから呑めって」

 そう言ってゼクスはシャンパングラスを押し付けて来るが横で腕に手を回していた侯爵夫人が回した腕に力を込め、

「…旦那様。ここは貴族の晩餐会である事を忘れないで下さいまし。帝国最強の騎士が貴族の示しを付けずにどうしますの?」

「カラス相手にそんな堅苦しい真似…」

「旦那様?」

 ジロリと睨みつける侯爵夫人の目線の位置はゼクスと変わらない。

 180センチを超えるゼクスの身長と殆ど変わらない長身。侯爵夫人がゼクスと並んで立つと目立つのはその為だ。

 東洋人の血なのか、小柄な方であるカラスにしてみれば羨ましい話である。

「あー…ザーノス卿、本日ハ来テイタダキアリガトウ。タノシンデイッテクレタマエ」

 心底つまらなそうに片言で喋るゼクスにカラスは苦笑する。

 侯爵夫人は額に手を当てて頭を振る。しかしすぐにカラスを見据え、

「ザーノス卿」

 侯爵夫人はゼクスの妻だけあってカラスの黒髪にとやかく言う様な御仁ではなかった。しかし如何せん、見下ろしてくる視線の力強さにカラスは思わず姿勢を正してしまった。

「はい侯爵夫人」

「主人と積もる話もありますでしょうけど、貴方様は少し挨拶周りをされてきた方が宜しいと思いますわ」

「はぁ…?」

 侯爵夫人から言われた言葉にカラスはピンと来なかった。黒髪の自分から声を掛けに行っても碌に相手にされないと思うのだが、

「どちらかと言えばそちらのジュリエッタさんの為ですわよ。しっかりと婚約者がいる事をアピールしてきた方が宜しいですわ」

「侯爵夫人、御心遣いは有難いですけど私は…」

「ラハブ男爵家の四男は些か趣味が悪いと有名ですわ。その上、現当主が警察省のトップであるのをいい事に色々と問題がお有りの様でして?」

 侯爵夫人の言葉にジュリエッタは驚いた顔をする。その様子にカラスは漠然とだが察した。

「…ジュリエッタ?」

 カラスが尋ねるとジュリエッタは気まずそうに視線を逸らした。

 そう言えば前に聞いた恋人たちの中にそんな家名の人がいた。恐らくこの一年の間で恋人から外れた内の一人なのだろう。別れる時は後腐れなく、禍根を残さずに恋人との縁を切る彼女だがどうやら件のラハブ家の四男とはそうはいかなかったらしい。

「ジュリエッタさんのお遊びに私が口を出すのは不躾ですが徒に危険を放置しておくのはよした方が良いですわよ」

「不躾だと思うのなら今この場で言わないで欲しかったのですけど」

「貴方の口からザーノス卿に相談するのであれば私も何も言うつもりは無かったですわ」

 侯爵夫人にそう言われてジュリエッタは益々、視線を泳がせた。あのボンボンとのいざこざは兎も角、どうしてそれをカラスに黙っていることまでバレたのだろうか。ジュリエッタは戦々恐々としていた。

 カラスは溜息をつきジュリエッタの腕を引いた。

「バーバロイ卿、積もる話もありますが今はこれで」

「おう。精々、ダーナ帝国騎士団が誇る<黒翼>の名前を売り込んで来い」

 ゼクスにそう言われて苦笑すると侯爵夫人に頭を下げジュリエッタと共に二人の前から去った。

「ちょっと」

「ほら、今日は精鋭騎士のカラス・ザーノスの婚約者として振舞ってくれ」

「…隠すつもりじゃなかったのよ。自分で蒔いた種だから自分で片づけようと」

「ジュリエッタ」

 カラスはジュリエッタの手を掴むと真剣な眼差しで彼女の瞳を見つめた。

「俺たちの婚約は家の都合、それもザーノス家の一方的な問題で決められたものだ。君には交わした約束を守って貰えれば好きにしてくれて構わない。それこそ家名に傷がつかない限りザーノス子爵家の名を使うのも精鋭騎士、<黒翼>の名前を出すのもだ」

「…」

「君が君の身を守る事に俺を巻き込むことを躊躇わないでくれ」

 正面から見据えられジュリエッタは真摯なその瞳に頬を赤く染めて、

「…訂正するわ。女心が分からないんじゃなくて自覚がないだけね」

 この女誑しと小さく呟いたがカラスには伝わらなかった様だ。


 ディーンは会場の隅で静かに酒を口に運んでいた。敢えてこんな場所を選んだのは会場の全体を見渡す事が出来るからだ。

 このパーティーはゼクスの帰還祝いと言う事もあり侯爵家と繋がりがある貴族だけでなくダーナ騎士団の高官たちも数多く出席している。

 出席者がこの手のパーティーに参加する目的は基本的に人脈作りの為だ。自分の益となる人物との繋がりを作る為に人々は酒を飲みかわし談義する。

 ディーンも例に漏れず人脈作りの為に会場全体を見渡していた。その中で見知った黒髪を見付けたが敢えて無視した。アレとは別に縁を作りたくないし残念ながら既に十分な位に縁がある。

 過去のカラスとの出来事を思い出しかけてげんなりとしたディーンはシャンパングラスに残った酒を飲み干して次のグラスへと手を伸ばそうとした。

 不意に隣にいた貴族が息を呑んでディーンの隣から退いた。こちらに来る人物に道を譲る様にだ。誰もがその人物に見惚れていた。母親譲りのハニーブロンドの髪は豊かで軽くウェーブが掛かっている。未だ女性と少女の間を行きかう様な風貌はともすれば幼く思えるかもしれない。だが剥き出しになった細い肩や首筋の艶めかしい白さ。男のみならず誰もが目を奪われるその艶やかな雰囲気に皆が息を呑んでいた。

 ディーンは酒を飲んでいた事もあってその接近に気付くのが遅れた。

 気付いた時にはその女性と目が合い、そして、

「あらあら相変わらず不健康そうな顔だこと!!もう少し肉付きを良くしたらどうですの!?」

 出会い頭に貶された。

 重ねて言うが大変な美人である。だがその口はその美貌とは関係が無いようだった。誰もが目を奪われ道を譲ったのも下手に怒らせたくなかったからに過ぎない。

 それはディーンもだったのだが最早、逃げ道はない。

要所に金糸で豪華な刺繍が施されたドレスはそれだけで庶民の年給10年分を軽く超える。更に身に纏う宝石の数々。ダイヤは勿論、ルビーにエメラルド、他にもディーンが知らない様な名前の宝石を身に着けている。

 あれ一つで屋敷が買えそうだとディーンは思った。

「ふん!私が話しかけて差し上げているのに返事もしないなんて失礼ではありませんの?」

「失礼いたしました。コルネリア皇女殿下」

 そう言ってディーンは深々と頭を下げて見せた。

 相手はただの派手好きな女性ではない。その名の通り皇族に名前を連ねる人物だ。

 第3皇妃の末子、第4皇女のコルネリアだ。母親譲りのハニーブロンドの髪を優雅にかき上げて見せる。ちらりと目に映ったのは以前に会った時には身に着けていなかったサファイアのイヤリングだ。

「第4皇女殿下直々の御声掛け、臣下として感無類の喜びにございます。殿下に於かれましてはそのご尊顔のお美しに更なる磨きがかかられたかと。特にその水晶の輝きは殿下の輝きを余す事無く引き立てていられますかと」

 わざわざイヤリングを見せつけてきたのはそれを褒めろという事だ。その推測は当たっていたらしくコルネリアは上機嫌に顎を上にあげ、

「えぇ見事なものでしょう?テールネロー侯爵家のアーヴァイン様から頂きましたの」

「成程、殿下の婚約者候補の御一人ですね。流石でございます。アーヴァイン様は殿下の御美しさをよくご理解されておられます」

 そう言って婚約者候補に上がっている宮廷でも美男子として有名なアーヴァインを褒め称える。大概の女性はパートナーも褒める事で自分のステータスの高さを更に感じるものでディーンもそのつもりで称賛の言葉を並べた。

 だがそれがコルネリアには気に入らなかったらしく、

「ふん!!ありきたりな褒め言葉です事!!」

「…は。申し訳ありません。何分、武骨な軍人でして」

「貴方の取柄はその頭でしょう?もっと貴婦人を喜ばす言葉を学んではいかがかしら?」

「……は」

 言われる通り、自分の取柄はこの頭ではあるがそれはあくまで軍事的な知識であり決して女性の喜ばせ方を覚える為にあるのではない。

 まぁそこを反論して見せても相手を怒らせるだけなので黙って頭を下げておく。

「そもそも何ですのその不健康な顔つきは。相変わらず目の下に隈を作ってそんな物を見せられる側の気持ちも考えてはどうなの!?」

「は…その、殿下。それほど色濃く出ていますでしょうか」

 これでも気に掛けて隈を簡単な化粧で隠してきたのだが、

「当たり前でしょう。そんな不健康な顔を見せられては誰だって気付きますわ」

 いやこれでも部下に何度も確認してもらったのだが。

 大丈夫だとお墨付きを貰っていたのだがどうやら皇女殿下の目は誤魔化せなかったらしい。

「軍部が今、多忙なのは耳にしていますが少しは休んではどうなの?」

「御心遣い痛み入ります」

「そ、そうね。貴方がどうしてもと言うのなら私から貴方に休みを取らせるように取り合っても構わなくてよ」

「…いえ、お心だけで十分です殿下」

 どこに取り合うつもりだろうかこのお姫様は。まさか父親―皇帝陛下とか言わないだろうな。

 畏れ多すぎて、と言うよりも何を言われるか分かったものではないので丁寧に断る。

 その態度も気に入らないのかコルネリアはその美しい眉を吊り上げて、

「あらそう!!私の気遣いを無碍にするのね!!」

「皇女殿下。臣下の身には殿下の心遣いは喜び以上に畏れ多くあります。殿下の御心を我が身一つにお受けするには私程度では勿体無い事です」

 フンと鼻を鳴らしてコルネリアは顔を背けた。盛大に機嫌を損ねてしまったらしい。社交界でも有名な美女の機嫌を損ねたとあって周りからの視線が痛い。そもそもこの方はどうして自分にこうも話しかけてくるのだろうか。

 コルネリアがこうした催しでディーンに声をかけてくるのは実はこれが初めてではない。これまでも何度かありディーンはその度に無難に穏便に美麗秀句を並び立てて来たのだがどうしても相手の機嫌を損ねてしまう。

 何がいけないのだろうかとディーンは考えるが取柄の頭ではその答えは出なかった。


 呼んだ覚えのない皇女殿下がいたのでゼクスは隣にいた妻の脇腹を肘でそっと突く。

「なぁ何でコルネリア様がいるんだ?」

 先ほど、挨拶に来た時は取り敢えず聞かないでおいたが気になった。下手な事を言って機嫌を損なわれると後で面倒だからだ。社交界で有名な美女が来てくれるのは構わないが同時に大変な我儘娘だとゼクスは聞き及んでいる。

「知りませんわ。どなたからか招待状を譲って頂いた様ですが」

「参ったなぁ。流石に皇女様を無視は出来んからなぁ」

「良いのではないでしょうか?カノータス侯爵がお相手を務めてくださるでしょ」

「えぇ?何でディーンが?」

 ゼクスは良く分からないと言った表情で首を傾げた。あの<灰翼>のディーンが進んで面倒な女性と関わろうとするとは思えないのだが。そう言うとゼクスの妻は嘆息し、

「貴方たちって…本当に女心の分からないのよね」

「んん?」

 具体的に誰がとは言わなかったが自分の夫然り、その周囲にいる同胞も何故か女心に疎いのだ。給仕の少女と何故か仲良く話していて隣のジュリエッタの表情が見えていないあの子爵様もその一人だ。

 まぁ不器用すぎるあの皇女様にも問題はあるがと思ったが口には出さなかった。そうこうしている内にコルネリアが何かディーンに捲し立て始めた。彼女は顔を真っ赤に染めてディーンは只々低頭するばかりだ。

「何だ怒らせたのかアイツ」

「素直にエスコートをお願いする事も出来ないのでしょう。立場上、それが難しいのは分かりますけど皇族の命令だと要求するのはどうなのでしょうね」

「お前、すげぇな。ここからだと向こうの会話なんて殆ど喧騒で聞こえないのに分かるのか?」

「いいえ?只、あの皇女様ならそう言いそうだなって思っただけですわ」

 遂にディーンが折れたらしくコルネリアに腕を貸した。それに満足いったのか堂々と胸を張ってその腕をコルネリアは取った。

 年頃の娘がはしたないと少し眉を顰めたが、ここでは彼女はバーバロイ侯爵夫人でなければならない。礼儀作法に口うるさい親戚のオバサン扱いされても場の空気を悪くするだけだ。

「なぁシャンパンなんかじゃなくてガバルディとかないのか」

「ある訳ないでしょう。この晩餐会には不似合いですわ」

「これ、俺の帰還祝いなんだよな。もっと俺にも楽しませてくれよ」

そうため息をつくゼクスだが普通、こう言ったパーティーで招待主が食事を楽しむ事は全くと言ってない。本当はそこのクラッカーの大皿をまとめて手に取りたいのだが間違いなく横から妻の平手打ちが飛んでくるだろう。

「そう言うのは後日、部下の皆様方とやって下さいな」

「いやどうせ直ぐにまた遠征だって」

 そう言ってゼクスは溜息をついた。

「それは分かりませんわ」

「ん?」

「……私には戦の事は良く分かりませんわ。けれど旦那様。この場に帝国の精鋭騎士が三方もいるのはどうお思いで?」

「…言われても見れば妙だな」

 聡い妻に言われゼクスは気付いた。普段であれば数多くの任務を言い渡され戦地を飛び回っている筈のダーナ帝国騎士団の精鋭騎士がこの帝都に3人もいる。

 そうはない事態だ。

「それに旦那様方だけではありませんわ。聞いただけでも他に4名の精鋭騎士がローグ・ハインケルに帰国しているとか」

「やっぱり何かあるな。この前のより規模の大きい遠征か、それともアースガルド王国の本拠地に乗り込む手筈でも見つけたか…何にせよディーンの野郎、知っていて言わなかったな」

 そう言ってゼクスは顔を顰めた。流石にその数の精鋭騎士が帝都に揃っていてディーンが知らない訳がない。異常には気付いていたがゼクスには言うまでもないと判断したか。それかその目的が分からず情報を収集している最中か。

 ディーンがこの晩餐会に出席したのも恐らく軍の高官やらから情報を引き抜こうとしての事だろう。

 残念ながらその目論見はコルネリアによって阻止されてしまったが。

「取り敢えずディーンざまぁ」

 昔の上官に隠し事をするからいけないのだ。貴族にあるまじき発言(スラング)に侯爵夫人は周囲に気付かれぬ様にゼクスの尻を捩じった。


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