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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第4章 騎士の帝国
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第4話 自由奔放なサンドリヨン

 カラスとゼクスが皇帝の間を去った後、その場は騒然となった。まさかこの様な所であの<白蛇>の名前を聞くとは誰もが思いもしなかった。結局、件の新型機に関しては調査を再度行う様に情報部の将官に命じその場は解散と言う流れになった。

 ジェガス17世は護衛と共に自室へと戻る。皇帝の間では見せなかった冷たい汗が額に浮かぶ。気を抜けば今にも倒れかねなかった。護衛達が幾度となく手を差し出したが最後の矜持なのかその手を取る事なく自室まで自分の足で歩いた。

 自室に入るとそのまま寝室へと向かいその身を横たえた。ふぅと息をつくと急に喉が渇いた。傍にいた侍女に冷えた水を持ってくるように言うとジェガス17世は暫しの間、瞼を下した。

 体の不調は最近、更に悪くなっている。たった2時間の間、臣下の前に出ただけでこの様に体力を消耗するのだ。長くないのではないかそう言った不安は何時もなくならない。

 胸を押しつぶされる様な痛みにジェガス17世の額に脂汗が浮かぶ。だが疲れ病んだ身体は呻き声すら上げられない。

 音にならない苦しみの声を上げているとそっと額に柔らかい布が当てられた。

 額に浮かんだ汗を拭ってくれているのだ。侍女が戻って来たのかと思い目を開けるとそこにいたのは心配げにこちらを覗き込む妻の一人の顔があった。

「エミリア、か…」

「はいそうです陛下。ご気分が優れませんか?お薬をお飲みになりますか?」

 原因不明な病に取れる手はただ一つ。対処療法だ。呼吸に異常があれば呼吸を落ち着ける薬を。心臓に痛みを抱えるのならそれを緩和する薬を。

 そうやって幾つもの薬を飲みながらその場しのぎを続けてきた。

 長年の投薬で逆に薬の副作用も出てきてしまっている。

「必要な…いや、貰おう」

 首を横に振ろうとしたが思い直した。この痛みは放っておいても治らないし、薬の副作用に悩まされるほど長生きは出来ないだろう。

 エミリアの手を借りて体を起こすと慣れた手つきでエミリアは薬箱から幾つかの薬を取り出しジェガス17世の口に含ませた。

「陛下、お水を」

 水差しを口元まで持っていくとジェガス17世はこくこくと水を飲み、息をついた。

「…すまん」

 そう短く呟く。エミリアはそっと首を横に振った。

「お気遣いは無用ですよ陛下。私は皇妃として貴方様の傍に仕える身、当然の事をしているまでです」

「そう言って余に献身を尽くしてくれるのは其方だけだエミリア」

 原因不明の病を恐れて他の皇妃はジェガス17世の所に来ようともしない。毎日の様に送られてくる励ましの手紙や贈り物はあっても本人たちが顔を出す事はここ数年、一度もなかった。

 子供たちもそうだった。自分の血を分けた子供たちもジェガスの下へ顔を見せに来ることは無い。

「薄情者、と言ってやれたら良いのだがな」

 病を恐れてというのもあるが子供たちは自分の代理として責務を果たしている者もいる。彼らは次期皇帝になる為にここで不治の病に侵される訳にはいかないのだ。

「エミリア…聞かせてくれ」

 ジェガス17世は皇帝の間で見せた冷徹な表情とは打って変わって弱弱しい顔を見せる。

「余は…あとどれくらい生きられる?」

 皇帝直属医ですら分からぬ病。高名な医師たちが幾度となく血を調べ、細胞組織を調べ、臓器を調べ尽しても判明はしなかった。

 それを医学に明るくない皇妃にジェガス17世は尋ねた。

 エミリアは静かに首を横に振った。

「まだです。まだ先です陛下。どうぞご安心くださいませ」

「…そうか」

 そう言ってジェガス17世は目を閉じて眠りについた。

 穏やかとは言い難いその表情を見つめながらエミリアは自分がついた小さな嘘にそっと胸を苦しませていた。


「旦那様。バーバロイ卿よりご招待されておりますパーティーの件なのですが」

「あぁそうだったな。すまないが礼服を用意しておいてくれるか」

 家へ戻り部下と共に昼食を終えるとカラスたちは応接間で寛いでいた。紅茶や菓子を持ってきたロドフィールが退出する前にカラスへゼクスより招待されているパーティーの話をするとフローラは目の端を輝かせた。

「隊長、パーティーの呼ばれているんですか?いいなぁ私、ここ最近はそう言ったパーティーに行く機会無くて」

「任務が任務だからなぁ。あまり本国にいられないだろ?親御さんとか心配していないか?」

「い、いえ!!仕事は充実していますし両親も何も心配していません!!」

 慌ててフローラは首を横に振った。

「た、ただ!!ほら、パーティーってお呼ばれした時、男女で行く事が殆どじゃないですか」

「まぁそうだな」

「私、何時も兄か弟と行くんですけど偶には違ったパートナーが欲しいなって思う時があるんですよね」

 目をキラキラと輝かせてそう言うフローラをラウルは冷やかな目を向ける。

 彼は知っている。彼女のじゃじゃ馬振りにパートナーに立候補する異性がいない事を。そして毎回、兄と弟がその損な役回りをさせられている事を。弟に恋人ができ、そろそろ一緒に行くのはやめたいと言われている事を。

 この前、二人で呑んだ時に散々と愚痴られた。

 と言うかさっき社交界とかドレスは嫌いですって言っていたじゃないかとラウルは思ったが黙っている事にした。

 お腹も一杯なのでここで無用な乱闘はしたくない。

「た、たたた隊長は、普段どうされているんですか?」

 フローラは顔を紅潮させてそう尋ねた。

 これはチャンスなのだ。憧れの隊長と二人でパーティーに出る。この貴公子様はきっと礼服姿も美しいに違いない。そんな彼にエスコートされて歩く自分の姿を想像して鼻血が出かけた。彼の横を歩く為ならどんな努力も惜しまない。大嫌いではあるがフリフリのドレスに身を包んで普段はしない化粧をしてもいい。取って置きの口紅を差して密かに自信のある背中が見えるドレスもいいかもしれない。

 普段と違う自分をアピールしてあわよくば一夜の過ちを―

 妄想が酷い所まで進んだタイミングを見計らってか知らないが表の呼び鈴が鳴った。

「…?客人ですか?」

 ドーラがそう尋ねるとカラスは首を傾けた。

「いや。そんな約束はないんだけどな」

 と廊下を歩く足音を耳にしてはたと気付いた。

「あれ?何で彼女が―」

「ふぇ?」

 カラスから漏れた彼女と言う言葉にフローラは顔をキョトンとさせた。

 そして応接間の扉がノックも無しに勢いよく開かれる。

 そこにいたのは一言で言えば派手な女性だった。濃い目に引かれた口紅は唇を蠱惑さで膨らませている。アイシャドウは今年の流行色だが全体的なメイクは自分の顔のパーツ一つ一つを際立たせる為の物だ。白いブラウスに丈の短いスカート、貴族の女性がする格好ではない。それにこの距離でも分かるやや甘い香り。煙草の様だ。グラマラスな身体つきから一瞬、夜の仕事に携わる物かと思えた。

 しかし所々の動作に隠し通せない上品さを感じさせる。フローラの予想では貴族ではない物の上流階級の人間。その予想は的を射ていた。

「ちょっと。パーティーがあるんならもっと早くに教えなさいよ。女は準備に時間が掛かるのよ」

「俺も今日聞いたんだよ。それよりどうして知っているんだ?」

「ロドフィールから連絡を貰ったの。それより何か言う事はあるでしょ」

「んー…久しぶり?ジュリエッタ」

 そうカラスが言うと応接間に入って来た女性―ジュリエッタはハァと溜息をついてその栗毛をかき上げた。

「ほ・か・に・は?」

「…」

 困ってドーラの方を見るが視線を逸らされた。

 自分で如何にかしろと言う事らしい。何か彼女の気に障る事でもしただろうかと頭を捻っていると突然現れた女性に呆然としていたフローラがハッとし、

「だ、誰ですか!!貴方は!!」

 カラスの知り合いである様なので一応、丁寧語が出た。危うくもっと汚い言葉で聞くところだった。そんなフローラを横目で見てからジュリエッタは頭から足元までジロジロと眺めて、

「カラス、この小鳥はアンタの部下?」

 と本人は意識をしていないだろうが立派過ぎるその胸を張って尋ねた。

 ラウルは少し開かれたその胸元に思わず目が行ってしまう。間髪入れずにフローラはラウルのボディに拳をめり込ませた。

「ぐぉぉ!お、お前。自分の胸に自信がないからって八つ当たりを…っ」

「それ以上言えば殺す」

 背中には自信があるのだ、背中には。

 そんな小芝居を無視してジュリエッタはキセルを取り出して火を点ける。

「で?」

「いや、本当にごめん。何か気に障るような事したかい?」

 降参だと手を上げて見せるとドーラが溜息をついた。

 どうやら彼には分っていたらしい。だったら教えてくれてもいいものを思ったが、

「帰ってきてから一度も私に挨拶がないんだけど?」

「あぁそれ?悪い悪い、謹慎中で足を運べなかったんだ」

「じゃあ手紙なりメールなり寄越せばいいじゃない」

「検閲されるんだよ。流石に恥ずかしいと思ってな」

 あっそとジュリエッタは言うとカラスの方へ歩いていき、腰をかがめてカラスへ顔を近づけると、

「じゃあ取り敢えずこれで許してあげるわ」

 と言って軽く口付けをした。煙草の味がする。カラスはこの味がどうしても好きになれない。だが彼女からの接吻に嫌な顔をするわけにはいかないのでされるがままにしていた。

 その光景にフローラはカッと目を見開いた。

「ななななな!!」

「部下の前なんだからやめてくれよ」

 カラスはそう言って溜息をついたが彼女は素知らぬ顔だ。

 そう言えばドーラは兎も角、ラウル達には彼女の事を紹介していなかったとカラスは思い出し、

「すまないラウル、フローラ。紹介が遅れたが彼女はジュリエッタ・サンドリヨンだ。ドーラの遠縁でサンドリヨン商会と言う宝石商をしている所の三女で―」

「一番大切な説明が抜けているわよ」

 とジュリエッタは言って口から煙を吐き出した。

 ドーラはフローラをちらりと見て気の毒にと心の中で呟いた。

「カラスの婚約者よ」

 フローラの顔が魂抜けた可哀そうな顔になった。


 気の抜けたフローラをラウルが引き摺っていき、ドーラはカラスに、

「では隊長の私事をこれ以上、邪魔するのは申し訳ありませんので我々はこれでお暇させて頂きます」

「ドーラ、俺と彼女の事情を知っていて言ってるだろ?」

「さぁ何の事だか」

 そう言ってドーラは肩を竦めて帰っていった。彼なりに気を遣ったという事だろうか。いや違う。ジュリエッタに苦手意識を持っているだけだ。

 何かと派手な事が多い彼女をドーラは快く思っていないのは知っている。

 しかしこればかりは仕方ないのだ。

「遅くなったけど久しぶりジュリエッタ。元気だったかい?」

「えぇ帝都に滅多に帰ってこない婚約者様のお陰で羽を伸ばせているわ」

 ジュリエッタはそう言ってフンと鼻を鳴らした。嫌味この上ない言い方だがこれが彼女の素なのだ。上品な口ぶりなど彼女に合っていない。

「それは勘弁して欲しいな。生憎と任務柄、遠出が多いんだ」

「結構よ。その分、私も好きに出来る訳だし。ま、あまり顔を出さな過ぎるとその内に貴方の事なんて忘れちゃいそうになるけど」

「忘れられないように努力するよジュリエッタ」

 そう言ってカラスは苦笑した。

 尤も笑い話ではない。カラスにとって帝国騎士としての任務の次に大切な事なのだから。

 ジュリエッタとの結婚、それはザーノス家の前当主の遺志である。

「面倒な事よね。ザーノス家の血を濃く残す為に好きでもない女を娶らないといけないなんて」

「その点に関しては君もじゃないかい?」

「あら私は大丈夫よ。だって」

 そう言ってジュリエッタは艶やかに笑った。

「体の関係がないだけで恋人なら5人はいるから」

「…この前、会った時は3人じゃなかったっけ?」

「一年以上前の話よ。増えたし入れ替わったの」

 この場にフローラがいなくて本当に良かった。伯爵令嬢である彼女はこう言った貞操関係の話には厳しく育てられているに違いない。きっと意見の食い違いで衝突していただろう。

 と、カラスは考えていたが残念ながら部下の頭の中の妄想までは流石に気付く事は出来なかった。彼女の取り乱し様から分かるだろうにとジュリエッタは思ったが何も言わずキセルを吹かした。

「ま、安心しなさい。何人に増えようがアンタ以外と身体の関係は持っていないから。何なら貞操帯でも付ける?」

「頼むからそんな事を部下の前で言わないでくれよ。変な誤解を持たれたら困る」

 ため息交じりにカラスがそう言うとジュリエッタはつまらない男と言ってキセルの灰を捨てた。

「じゃそろそろ真面目な話をしましょうか」

「…いいよ。ここ最近、帝都で何か変わった動きでも?」

 彼女の雰囲気が変わったことを察してカラスも緊張を改める。

 サンドリヨン商会はこの帝都で店を構える宝石商だ。顧客は富裕層ばかりで中にはカラスでも聞き出す事の出来ない情報が流れている事もある。カラスにとってジュリエッタは婚約者であると同時に有力な情報源でもあるのだ。

 そう言って話があると思って身構えたのだがジュリエッタは半眼になって、

「ないわよ」

「は?」

「それよかもっと重要な話があるでしょ」

「…えっと」

 何だろうと思案する。今夜のバーバロイ家のパーティーの件だろうか。それなら別に付いて来てくれるだけで構わないのだが、

「パーティーの件でもないわよ」

「…ごめん、じゃあ何?」

 そうカラスが尋ねるとジュリエッタは決まっているでしょと言い、

「子作りに関して」

「……」

「ようはセッ…」

「待った。それ以上は本当に言わなくていいから」

 自由奔放すぎるのも時には考え物である。そうカラスが思っている間にジュリエッタはボタンを一つ外していた。

「アンタ、何で私と婚約者やっているか覚えている?」

「前当主の遺志、さ」

 ザーノス家の前当主はエミリアの父親だ。前当主にはエミリア以外に子供はなくエミリアが後宮に上がる時には病でこれ以上、子供を作るのは無理だったのでカラスが当主の座に就く事になった。その時に出された条件がザーノス家の血を濃く残す事だった。

 カラスは前当主の弟が外に作った子供だった。ザーノス家を引き継ぐには相応しくないと昔から言われていたが已む無く前当主はカラスを当主に据えた。代わりにドーラの遠縁でありまたザーノス家の遠縁でもあるサンドリヨン家から適齢の女性を娶る事を条件に出された。カラスはそれを承諾しそして宛がわれたのが彼女、ジュリエッタだった。

「次代のザーノス家を残す。それがアンタと私の約束。それさえ守れば私が何をしようとアンタは何も言わない」

 そう言う約束でしょとジュリエッタはいい、ソファーの上に寝転がった。

「硬っ!!」

「安物だから仕方ないだろ?そう言うと思ってクッションとか用意しておいたんだから」

 実家のソファーとは全く違い、石で作られているんじゃないかと言うソファーにジュリエッタはムッと唇を尖らせる。せっせと背中にクッションを敷いている。

「兎に角、私はアンタの子供を早く生まなきゃいけないの。それなのにアンタときたら」

 ハァとジュリエッタは溜息をついた。

「任務ばっかりで滅多に帰ってこない。婚約者なままなのも結婚式を挙げている暇がないからって理由だし。その上、帰ってきているにも関わらず連絡も寄越さない」

「それに関しては…その、本当に申し訳ない」

 彼是、婚約してからもう5,6年位になるだろうか。未だに結婚に至っていないのは完全にカラスの都合だ。

「だからせめて帰ってきているのなら連絡を寄越しなさい。そうでもしなきゃ」

 ジュリエッタは寝そべったままブラウスのボタンを全て取り払った。左右に分かれたシャツの間から豊満な胸が覗く。

「いくら時間があっても足りないでしょ」

 全く持ってその通りだろう。カラスは彼女のソファーの前まで行き、同じくシャツのボタンを取り払った。


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