エピローグ―惑星パルムより去り―
この章ですが最初の構想よりも2倍くらいの量になってます。結末も全然違う形を考えていました。
話の風呂敷を広げ過ぎたのもありますが…うーん、物語を書くって難しいです。
もうちょっと下がってと言うアリアの言葉を聞きヴァルキリーを動かすと直後に高熱の赤光が眼前を横切った。眼が焼けるかと思った。
「…文字通り目玉焼き?」
「面白くないっ!!」
ちゃっかりと対光グラスを何時の間にかしていたアリアが珍しく冗談を飛ばす。フィオにはその余裕は全くなかったが。
「何だ今の!?」
「シルバー・ファング号の最大兵器。プラズマ収束砲」
「プ、プラズマって。そんなモンまであの艦は積んでいたのかよ!!」
フィオの知る限りプラズマ兵器と呼ばれる物が実用化されているとは聞いた事が無い。古くからその設計思考はあったがそれを束ねる為の磁界の運用やエネルギー効率から実用化に至らなかったと言う。
「ランスターは知らないけどこの前の海賊騒ぎの時にも使った。あれで最初の海賊たちを追っ払った」
だがまだ試作兵器に過ぎずその時は収束が十分でなく威力を落とした。また砲身にも無理がかかりこの遠征までの間、使えずにいた。あの後は本当に大変だった。打つ手がなかったとはいえ、下手をすればシルバー・ファング号自体に致命的な損傷が出かねない状態だった。結果としてシルバー・ファング号は無事だったが海賊騒ぎの時に猛反対していたフランとガルドはシルバー・ファング号のドッグ入り後、工具で武装して艦長室に乗り込んでいった。どの様な話し合い(・・・・)が行われたか知らないが奇跡的に怪我人は出なかった。
余談は兎も角、膨大なエネルギーを持つプラズマ収束砲は既存の兵器の何倍もの威力を持ち、またこれを防ぎ切れる防御装置も装甲も存在しない。
故に、
「これで倒せない相手はいない」
アリアは対光グラスを取りプラズマの行く先を見据えた。
破壊の光を受けた<幽霊船>は―
「…目標に命中。反応消失」
「うーん…」
ケインズは渋い顔をした。全ての行動に支障はなかった。
試作プラズマ収束砲<ラグナロク>も今回は十分な役割を果たし砲身にも艦にも何の障害もない。
しかし、
「<ラグナロク>が命中する前にあのリングで防いだ、かな」
「その様です、ね。<幽霊船>に命中していればもっと大きな爆発になるでしょうから」
敵も一筋縄ではいかない。あの不可視の砲撃を放つリングを盾としてどうやら逃げ切った様だ。防いだと言っても一瞬だろう。プラズマ収束砲はリングをその高エネルギーで破壊し尽くし<幽霊船>その物にも牙を剥いた筈だ。
だが直撃ではなかったらしい。
「光学迷彩を展開して逃げた、いや艦首にあれをぶら下げたまま逃げられるかな?」
「どうでしょうか?急旋回を行えば簡単に外れてしまうかもしれません」
それもそうかとケインズは言った。奇策ではあったがあれで<幽霊船>には光学迷彩を一時的には封じさせた。その隙をついてこちらの最大火力をぶつけた訳だが、
「策としては上々、今後の対<幽霊船>戦略に役立つと良いかな」
目の前の脅威が去った今、あとやるべき事は一つだけだ。
「全力でここから離れるよ。双腕肢乗機小隊に連絡、帰艦せよと伝えて」
シルバー・ファング号からの帰艦命令を受けてロイはベン達を回収に向かったが、
「やっぱり心配する必要はなかったな」
「はい?」
ベンが首を傾げるその後ろには厳重に拘束された<ポラリス>が転がっていた。とは言ってもその数は片手よりも少ない。パルム惑星軍を相手にしていた時とは違う。
手加減をする必要はないのだから当然、死体の山が出来る。
それでもベン達が拘束だけに留めたのはこの騒動の首魁だ。
「オストーなんとかだっけ。そいつ」
「えぇ」
組織のナンバー2とも目されていた人物だ。それにしては随分とお粗末な囚われ方だ。適当な拘束用の縄が無かったのか上着やらズボンなんかで巻き付けられている。この暑苦しい惑星パルムで必要以上に着込むことになりぐったりしている。
しかし実に呆気ない終わりだ。ロイは首を傾げ、
「こんだけの事して警戒とかしていなかったのかねぇ」
「少なくともこのオストーとかいう男、自分だけは助かると思っていたみたいですよ」
約束が違うとか何か叫んでいた。
「約束?この惑星から脱出する計画でも立てていたのか?」
「その様です。だけどその約束して相手の事を一切言わないですよね」
変な話だと思う。ベンはそう感じていた。言葉を交わしたのは僅か数分だがその間で感じた違和感があった。
「猜疑心や思考する力はある。だけど…簡単に受け入れてしまっている」
「ん?」
その言葉にロイが眉を顰める。何かに似ている気がしたからだ。
それはベンの次の言葉で分かった。
「あの怪電波に負の感情を煽られていたパルム惑星軍の人たちに似ていますよね」
双腕肢乗機小隊の帰艦が完了するとシルバー・ファング号はエリア37から離れる。狙う相手がいなくなったパルム惑星軍はその怒りの矛先を失った。それが最悪の飛び火に―仲間同士の撃ち合い、住民への暴行へとならぬ様にグレリオは苦心した。しかしテロリストが設置した負の感情を増幅させると言う装置を破壊したからか鎮静には思った以上には時間が掛からなかった。
「結局はあの装置もそれ程、性能が高い訳でもなく負の感情を増幅させると言っても一時的な物に過ぎないって事だね」
「ですが今回に関しては非常に効果的だったと」
マイカはケインズにコーヒーを差し出しながらそう言った。
確かに今回に関しては効果的だった。
「その効果的だった原因は下地を整えていたからだ。我々、星間連合軍に対して敵意を仕向ける様に普段から色々やっていたのだろう」
「それも例のスパイの仕業でしょうか」
「いや。それは別口かな」
そう言った事をする工作員もダーナ帝国にはいる。だがグレリオが言っていた様にそうした工作員がこの街に紛れ込んでいたら気付かれていた筈。
「普段から街に馴染み込んでいる者がいる―そっちはバハムーシュ司令官に如何にかしてもらうしかないな」
ケインズの分担は今度の戦いに裏で関わっているスパイを探し出す事だ。ある程度の予想は着いているとは言え、
「さてと、どうしたものか」
下手に手を出せない、ケインズは顔を顰めて打つべき手を考え始めた。
軟禁状態にあるスプーニーは一連の出来事について纏めていた。
ダーナ帝国による侵攻に始まり、<ポラリス>によるテロ。そしてその裏で見え隠れする技術連合の存在。市民の多くが真実を求めるに違いない。その時こそ技術連合の悪逆を正し、真の正義を実行する世紀の瞬間になるに違いないとスプーニーは信じている。
「帰ったら特番ね。その為のスポンサーを探さないといけないけど、正義の為だもの。きっと皆、惜しみなく出してくれる筈だわ」
半分嘘だ。何処も最近は不景気とかでスポンサー料を出し渋っている。まぁ表沙汰にされたくない案件の一つ二つを交換条件にすれば向こうも嫌とは言えまい。
「ふふ」
全てはケイのお陰だ。彼女の情報網が無ければここまでの真実に迫れなかっただろう。年齢の衰えと共に自分の支持者が減少してきている。いや数の問題ではないだろう。その影響力だ。自分の為に全ての力を貸してくれる、そんな人物が減ってきているのだ。
若かりし頃はスポンサー予算など直ぐに手に入ったのだがここ最近では中々上手くいかない。そんな時に知り合ったのがケイだった。
元々はスプーニーが接待をするのに使っていたクラブのホステスだった。彼女は客から情報を引き出すのが抜群にうまく、またそれで築いた独自の情報網も持っていた。すぐさまこれは使えると確信したスプーニーは彼女をマネージャーとして雇い入れたいと申し出た。ケイもスプーニーを支持し、力を貸してくれることになった。
そして一緒に仕事をし出して遂に突き止めたのが技術連合と彼らが隠し続けて来た未確認の航路だ。人類に有益な技術を隠し続けて来たそれを明るみに出せば必ず大きな反響が生まれる。そうすれば技術連合と言えど隠れ続ける事は出来ないだろうし表舞台にその顔を出さざるを得なくなる。
その為にも駄目押しが必要だった。そんな時にケイが持ってきたのがあの<ポラリス>との繋ぎだった。<ポラリス>がこの惑星パルムで騒動を起こそうとしているのも好都合だった。ここにはまさに技術連合が隠し持っていた研究施設があるのだから。流石にその研究施設の全貌までは分からなかったがそれは後回しだ。
「さあ忙しくなるわよ」
そういってスプーニーは舌なめずりした。
エリア37から遠のいてすぐさま宇宙に出るのかと言えばそうではない。シルバー・ファング号と言えども単独で地上から宇宙に飛び上がる事は出来ない。
他のエリアにあるマスドライバー施設を借り受けなければならないが如何せん、騒ぎが大きくなり過ぎた。自身の縄張りでの影響を恐れた他のエリアの司令官は許可を出さなかった。
仕方なくケインズは惑星パルムまで護衛を担当してくれたクロスフォードに連絡を取りデ・クラマナン星系の司令官に惑星パルムからの離脱を求めた。既にシルバー・ファング号とエリア37によって惑星パルムに侵攻していたダーナ帝国騎士団は撃退したと伝え、宙域航行の制限の解除とシルバー・ファング号の惑星バルバスへの帰還を依頼した。
事実確認を行うから暫く待つように言われクロスフォードと通信を終えるとケインズはマイカに肩を竦めて見せ、
「何日掛かると思う?」
「通常であれば一日とせずに許可が出ると思うのですが」
「じゃあ3日に賭けた。皆はどう思う?」
そう艦橋のクルーに訊くと各々、指を立てた。一番多くて10日だった。
「ふむ。では当たった人には私から食事でも奢るとするか」
「そんな事で遊ばないで下さい」
マイカが溜息をついた。ケインズはハハと笑い、
「まぁ良いじゃないか。こうでもしないと暇を持て余す事になるよ?」
「お時間があるようでしたら是非とも今回の件に関しての報告書を纏めておくようにお願い致します。恐らく本部に帰還してすぐに状況の説明を求められるでしょう」
それからとマイカは言い、
「私は5日でお願いします」
と付け加えた。
結局、許可が出るまでに1週間を要し、その予想を当てた中にリリアがいた事でケインズの懐に大きな打撃があったのは只の余談である。
エリア37からの撤退から1週間、ようやく宇宙に飛び立つ事が出来たシルバー・ファング号は今、行きと同じく護衛の艦隊を付けながらクロス・ディメンジョンへと向かっていた。
大気圏突破のショックで体がまだフラフラなフィオはそれでも艦の後方にある展望場へと向かった。
ガラスの向こうに浮かぶ惑星パルムが遠のいていく。その光景にフィオは遣る瀬無い気持ちを抑えられなかった。自分はあの惑星で何が出来たのだろう。何もできなかったと言う気持ちが大きい。けれどそれを口に出すときっとロイやフランからはガキが生意気だと言われるに決まっている。
たかが一兵卒に出来る事なんて知れている。そう考えフィオは溜息をついた。
「見つけました」
そう言ってフィオの横に銀髪の少女が並んだ。
「エルム?どうしたんだよ」
「フィオさんを探していたんです。フィオさんは何しているんですか?」
「俺は…あれだ。色々あったなって考えてた」
そうですねとエルムも頷いた。
とても短い間だったが友人もいた。その友人とはもう会えない。ふとこみ上げて来た涙をフィオは誤魔化した。エルムはそれに気付いたのだろうか。分からないが一歩、フィオの横に近付いた。
「これからここは如何なってしまうんでしょうか」
「分からないな…艦長はデ・クラマナン星系の預かりになるって言ってたけど」
ダーナ帝国の侵攻に<ポラリス>のテロ、様々な事が起き過ぎた。今後の事はシルバー・ファング号では対処できる事はない。
「デ・クラマナン星系の艦隊がパルムの防衛とエリア37の監督…あの強面の司令官さんも権限を一時的に剥奪される事になるそうだ」
「実質、エリア37は星間連合軍の統治下になると言う事ですね」
一部とはいえ独立性を保っていた惑星パルムはそれを失う。それが引き金に星間連合軍と惑星軍との間に軋轢が生まれかねない。そんな不安を抱えたまま自分たちはこの惑星を去らなければならないのだ。
しかしフィオは頭を振ってその不安を無理やり横に追いやった。
「ダメダメ、出来る事と出来ない事の区別を付けなきゃな」
「出来る事と出来ない事の、ですか?」
「あぁ。俺なんてちょっとばかし双腕肢乗機の操縦が上手いだけだ。この状況を如何にか出来る程、頭が良い訳でも実行できるだけの力がある訳でもない。そう言った悪巧みは全部、艦長の仕事さ」
「悪巧みとはちょっと違うと思いますよ」
そう言ってエルムは苦笑した。
「そう言えばエルム、なんか俺に用か?」
探していたと言うからには何か用があるのだろう。そう思って尋ねるとエルムは少し視線を逸らした。
その頬はほんの少しだが赤い。
「約束を守ろうかと…いえ、違います。私がしたいんです」
「んん?」
何が言いたいのかさっぱり見当がつかない。フィオが首を傾げる。
そんなフィオの仕草が可笑しかったのかエルムは微笑みを浮かべて告げた。
「フィオさん、デートしましょう」




