第24話 撤退戦・上
ビーム・リフレクターを展開し浮かび上がるシルバー・ファング号にソード・ブレイカーは容赦なく砲弾を浴びせる。ある程度は質量兵器も防げるとは言え状況は厳しい。
「第13通路にて火災が発生。通路を閉鎖。第30通路のライフラインに異常が発生、クルーの避難を確認。通路を閉鎖」
淡々と告げられる被害報告にケインズは本国に戻った際に書く報告書の数が増えると溜息をついた。そんな事を考えながらケインズは指示を矢継ぎ早に出していた。
「負傷者の救出を優先、レベル2までの施設に関しては放棄して構わない」
「了解」
戦闘と生命維持に必要な設備の確保を任せながら、ケインズは状況を確認する。前方には3機のソード・ブレイカーがいる。たった3機だけとは侮れない。大型陸戦兵器に分類されるソード・ブレイカーはS2-27の2倍以上の出力を持つ。
「砲撃を受け続ければ損害がとんでもない事になるな」
「艦長、応戦は?」
リリアが訊ねる。
「対空砲塔なら上手く使えばいける」
リリアは応戦を求めた。それに対してケインズは首を横に振り、
「流れ弾で歩兵に被害が及ぶだろ」
「こっちの被害はいいの?」
「装甲を完全に抜かれない内はね。私の報告書の枚数が増えるだけさ」
そう言って肩を竦めて見せた。お気に召さなかったらしくリリアは唇の端を曲げて前を向いた。
「双腕肢乗機の出撃準備を急がせて」
「既に準備は出来ています」
艦底のハッチが開き2機のS2-27が出撃する。アリアのS2-27は電気系統を破壊された為、その修理が間に合わなかった。
「ヴァルキリーは?」
『いきなり逃げ出すとは思わなかったからまだランド・ユニットなのよ!!あと10分待って!!』
「5分で」
フランから罵声が飛んでくる前にケインズは通信を切った。マイカはフランを気に毒に思いながらも今の状況では仕方がないと諦めてもらう事にした。
「さて取り敢えず距離を取ろう。幸いにもソード・ブレイカーは足が遅い。S2-27で牽制を行っていれば距離を稼ぐのは難しくない」
ケインズは最初に話した通り一度ここから離れる事を考えていた。騒動が収まるまで時間を置き、人々が冷静になるのを待つ。
「ですがまだキーストン曹長たちが<ポラリス>のアジトを強襲している最中では?」
「大丈夫だよ。だってあの特殊白兵戦部隊の出だよ?」
「それは私も知っていますが」
だが相手も実力がそれなりにあるテロ組織だ。殆ど装備も整えないまま突入した。相手の人数も正確に把握していない状況でかなり危険だ。また<ポラリス>が隠れている場所はあの<幽霊船>と同じく電子迷彩で通信などが妨害されている。こちらからの連絡は取れない。
尤もマイカもその程度でベン達が如何こうなるとは思っていない。
問題は事を成した後、ベン達をどうやって回収するかだ。
「このまま撤退したらキーストン曹長たちを回収できないのでは?」
「1週間くらいだったら生き延びそうだけど」
「セベル上等兵たちもいるんですが」
若手と熟練者を一緒くたにしては酷だ。
「ま、頃合いを見てロイに回収してもらうさ」
ケインズはそう言って手をひらひらと振った。砲撃が再び艦橋を揺らす。態勢を崩したマイカをケインズはさりげなく支えた。
「すみません」
「いやいや」
前に断られた立派な臀部に触れられた事にはどうやら気付かれていないらしい。そうこうしている内にシルバー・ファング号は街の城壁を超えて外まで出た。だがまだ距離を取らなければすぐに追いつかれる。
城壁の外では壊れた戦車や、外部カメラを壊され動けなくなったソード・ブレイカー、敵機であるデュランダルの残骸などが散らばっている。
砲撃は尚も続いている。だがその数は減って来た。
「ロイ達が上手く牽制してくれているみたいだ」
「何とか動きそのものを封じてくれると良いんですが」
「難しいだろうね。下手に倒すと周りに被害が出る」
倒すだけならロイだったら出来る。だがあの大きさの双腕肢乗機が下手に倒すと周りの被害が尋常ではない。
『艦長、ヴァルキリーの出撃準備できたわよ!!』
本当に5分で完了させてきた。ケインズはヴァルキリーの出撃を命じようとしたその時、
「前方にノイズを確認」
リリアが何時もより強張った声を出す。そのノイズが例の<幽霊船>が出すあの電波妨害だとはすぐに分かった。
「姿は見えるかい?」
「見えない」
「と言う事はまだ攻撃はしてこないと言う事か」
<幽霊船>が姿を隠している間は攻撃してこないのは過去の戦闘データから分かっている。だが姿が見えなければこちらも攻撃をする事も対応する事も出来ない。無視して逃げると言う手もなくはないが後ろから刺されるのも面白くない。
「それに散々振り回されたからね。何か仕返ししてやらないと」
さぁどうするかとケインズが考えていると、
「艦長、ヴァルキリーからいつ出るんだって」
「今はそれどころじゃあ…」
「…待った。その手があったか」
ケインズは前髪をかき上げた。その仕草にマイカは期待と若干の不安を感じた。
あれをやる時は何か思い付いた時なのだが、
「そんな渋い顔をしなくても大丈夫だよマイカ君。それ程、無茶はしないから」
「それ程と言う事はある程度は無茶をするのですね」
ケインズからの無茶振りにフィオは何で俺は毎回、巻き込まれているんだろうとげんなりとした。それはこの艦にいる限り逃れられないのだが、
『さっさと慣れなさい』
フランからばっさりとそう言われフィオはもう腹をくくる事にした。
ヴァルキリーは<ランド・ユニット>から飛行能力を有する<スラスター・ユニット>へ脚部の兵装を交換していた。しかしその肩には連装ミサイルポッドが装備されたままだった。<ランド・ユニット>では対応できたが<スラスター・ユニット>だと運用するのに出力がギリギリだ。
「撃ち終わったら即パージするしかないな」
「パージするとその衝撃で機体が揺れる。それに落下も気を付けないと」
「下に人がいたら危ないからか」
「高度が低いと落下したミサイルポッドが跳ねたりするとぶつかる」
とても悲惨、と言うよりも無様と言われフィオは首を竦めた。パージする時には気を付けよう。何を言われるか分からない。
「ランスター、短銃身拳銃型光学砲の照準は?」
「自動照準だぞ。連装ミサイルポッドも同じで…」
「切っておいて。邪魔」
「邪魔って…」
フィオは目を平らにして振り返る。そこには後ろのスペースを開けて座った少女はこんな時でもやっぱり、
「出撃前なんだから取り敢えず食べるのやめろよ」
「無理」
アリアはそう言って最後のビスケットを口に放り込んだ。出撃前にエルムが手渡してくれたものだ。お腹が空いている顔していると言っていた。どんな顔だと言いたかったが実際その通りだったので有難くもらった。
「一応、作戦の確認」
「おう」
「<幽霊船>は現在、光学迷彩で隠れている。相手を目視できない以上、こちらから行動するのは危険を伴う。しかし相手もまた隠れている間は攻撃をする事が出来ない」
過去の戦闘データからそこまでは分かっている。
「私たちの目的は隠れた<幽霊船>を炙り出す事」
「文字通りな」
「ランスターは機体の操縦に集中して。見極めは私がする」
「頼んだぜ。アリアの眼だけが頼りなんだ」
任せてとアリアは言った。動体視力だけで言えばフィオに右に並ぶ者はいない。
だが殊に見極める―狙撃に必要な全ての能力を指して言えば総合的な能力はアリアが最も優れている。
自惚れる訳ではないが、
「この銀河で私以上の狙撃手はいない」
「知っているさ―フィオ・ランスター、ヴァルキリー!!」
「アリア・チューリップ」
リニア・カタパルトのグリーンライトが点灯する。リリアより発進のコントロールが委ねられた。操縦桿を握り締めてフィオはヴァルキリーに火を入れた。
「出撃します!!」
電磁加速に乗り操縦席の中でGに耐えながら戦乙女は戦場へと飛び出した。
メルクリウスは長い生の中でこれ程まで人間に驚愕させられた事は初めてだった。
同胞と比べて人間との接点は多い方ではあるがその多くが取るに足らない存在だった。あの<青翼>でさえだ。あの男も結局は策略の駒でしかなかった。役割を果たしたその一点だけは称賛してもいいかもしれないがメルクリウスにとっては大した問題ではなかった。
「ですがこればかりは流石に。えぇ認めざるを得ないですね」
メルクリウスは認めた。
あの謀略家の智謀を。
「恐るべしですね<灰翼>。まさに彼の読み通り、あの白い艦を追い立てる事に成功している」
時間は遡り、アイルがオストーと出会った時に戻る。
アイルは本国との通信を終えその時に授けられた策を説明した。
「作戦の第一段階としてまず貴方がたには広くテロを起こしてもらいたい。これによりこのエリアの戦力があの街に集まらない様にし、且つ他のエリアからの応援も出し難くする状況を作り上げます」
「それは…」
帝国騎士としてそんなテロを起こせ等言っていいのかとオストーは訊きたかったがアイルは構う事なく話を進める。
「そしてその混乱を利用して貴方にはあの街へと侵入してもらう」
「侵入?何の為にだ?」
「暴動を起こしてもらいます」
「…はぁ?」
オストーは怪訝な顔をする。暴動を起こせとは簡単に言う。
テロは自分たちが動けばそれを起こせる。だがそれとは違い、暴動を起こすには住民の流れが必要だ。それは意志の流れだとか感情、そう言った精神的な部分でのことだ。これは仕込んでやろうとするのなら時間が掛かる。
「流れに関してはこちらで整えます。貴方の役割はその暴動を引き起こすのだと覚えておいて下さい」
「…何が目的なんだ」
オストーがそう尋ねる。
「そんなの起こした所でこの惑星を取れるわけじゃないだろ」
「えぇ私たちの目的はそこではありません」
アイルの目的は唯一つ、あの研究施設を消す事だ。その為にはどうしても邪魔な存在がいる。
「暴動の目的は星間連合軍です」
「ははぁ。読めましたよガーランド中佐」
そう言ってメルクリウスはにやりと笑った。
「貴方がたは暴動を起こしてその矛先を星間連合軍に向ける気ですね。より正確に言えばあの街にいる戦艦」
「ま、待て!!戦艦をたかが暴動で落とせるわけないだろ!!」
オストーが慌てる。暴動に紛れ誰それを暗殺しろと言うのならオストーたちにもまだやりようがある。だが戦艦など人の手だけで落とせる訳がない。
「まさか暴動を起こさせる相手はパルム惑星軍か?」
「そうです」
「ますます無理だろ。奴らは軍人だ。そう簡単には動かないぞ」
「それは分かっています。私も軍人なのですから。ですが同時に完璧な人間たるとは思わない」
彼らの感情を揺さぶる方法は考えている。
「例え、パルム惑星軍が星間連合軍に牙を剥いても戦艦を落とせるのか?」
「あの街には陸戦用の大型双腕肢乗機があります。それを持ち出せば可能でしょう」
「相手は飛べるんだ。その前に逃げるだろ」
とオストーが言うとアイルは至極真面目な顔で、
「えぇでしょうね」
「……もう一回聞くぞ。何がしたいんだ」
「もう一度言うつもりはありません。ですから方法だけ言います」
そう言ってアイルはメルクリウスの方を見た。
「貴殿の戦艦なら出来ると言ってました」
「どういう意味で?」
「電子戦に特化しているのでしょ?身を隠すだけでなく相手の電子機器にも影響を与える事が出来るのではないかと言ってましたが」
「……成程。恐れ入りました」
メルクリウスの鉄面皮にひびが入った。力の全てを話したつもりはない。だがその僅かな情報からこちらの力を見抜いていた。本国との通信は傍受していたのだがその様な話は出ていなかった筈。何かしらの符号を用いたのか。
侮っていた。帝国一の謀略家、<灰翼>。
「これは偽っても仕方がないですね。可能ですよ、あれ位の戦艦なら落とせ…るとは言えませんが行動不能には出来ます」
「相手戦艦の電気機器への干渉、そう言った類の兵装があるのですね」
「そんな所です」
結構とアイルは頷いた。ディーンの大よその予測通りだ。動けなくするだけでも十分だ。
「動きさえ止められれば足の遅いあの陸戦双腕肢乗機でも戦艦を潰す事は出来るでしょう」
「つまりあれか。俺らが暴動を起こして、そこの細い野郎が足止めすると」
「大まかに言えばそう言う事になります」
尤もこれで星間連合軍を倒せれば御の字。そうでなくても足止めし、星間連合軍と惑星軍との関係が悪化すれば最前線での敵の協調が崩れる。
「その混乱に乗じて上手く撤退して貰います」
「おや撤退するのですか?」
「…目的を達成したらですが」
そう言いながらもアイル自身は撤退をする気はなかった。いや撤退は出来ないだろう。目的を達成するのは非常に困難だ。残りの戦力も少ない。
帝国騎士の誇りにかけて目的の研究施設の破壊は達成してみせるが、
「その前に非戦闘員は先に撤退をさせます」
「ふふふ…貴方の部隊に非戦闘員などいましたか?」
中隊とは言え少数精鋭を謳う<青翼中隊>は軍医や食事番はいない。誰かしらが兼任している。
「ま、野暮な事は言いませんよ。どうぞ非戦闘員の選定をしておいて下さい」
メルクリウスはそう言って肩を竦めた。
オストーは顔を顰めてアイルに尋ねる。暴動を起こす事を前提にテロを起こす。そんな作戦を本当に行うのだろうか。帝国騎士はそう言った作戦を特に嫌う傾向がある筈だ。
だから最初に聞けなかった事を今一度、尋ねる事にした。
「それは…いいのか?」
メルクリウスは遣り取りを思い出し苦笑した。人間も侮ったものではないなとそう思えた。
「さて。ではそろそろ始めますか」
そう言ってメルクリウスが眼前の敵を見据えると、
「あれは確か新型機…?」
メルクリウスは目を細めた。昨晩は地を駆け、こちらのミサイルを奇妙奇天烈な兵器で防いだ。顎に手を当てて考える。
「ふふ…昔では考えられませんね。人間に対して警戒するなんて」
これがマルスやウェヌスに知られたら何と言われたものか。
しかし、
「念には念を…入れますか」
そう言ってメルクリウスは眼下のその残骸に目を付けて気味の悪い笑みを浮かべた。
「なっ」
マイカは目を見開いた。艦橋もざわついている。
そんな中、緊張を隠しリリアは状況を報告した。
「敵艦、発見。電磁迷彩を解除してる」
姿を現した<幽霊船>。
艦首に青白い光を揺らめかせている。その不気味な姿に息を呑むが、
「緊急回避、例の電波攻撃が来る前に」
「り、了解!!」
シルバー・ファング号が回避運動に入ろうとした瞬間、<幽霊船>に動きがあった。
両脇の3つのリングが青い光を出し、その場で回転を始めた。この前の電波攻撃と違う。
ケインズは警戒心を強める。リリアに分析を命じようとした次の瞬間、
「さぁ私に従いなさい。哀れな鉄塊たち」
電子戦に特化したメルクリウスの持ちうる第二の武器。
それは電子索敵装置からハッキングを行い、双腕肢乗機の操縦を妨害し奪い取る事。
ただ同時に複数の機体を操ろうとすると処理能力の限界から単純な事しか出来なくなる。また操縦者がいる場合、操縦の妨害は出来てもコントロールを奪い取るのは難しくなる。故に一番の理想な状況は単純な命令で済み且つ操縦者がいない双腕肢乗機だ。
今、その条件を満たすのにベストな状態だと言えた。
緊張を隠していた顔にひびが入った。空間ウィンドウに映った光点にリリアは信じられない物を見る目で驚きを隠せないでいた。
「艦長」
「何か分かったかい」
「下方に双腕肢乗機、の反応を確認」
「え?それは昨晩の戦闘で双腕肢乗機が撃墜されていますし、ソード・ブレイカーも動けないとかで」
とマイカが言いかけた言葉をリリアは違うと否定した。
「動いている双腕肢乗機の反応を確認」
「…そう言う事か」
ケインズは唇を噛んだ。まさかここまで万能だとは思わなかった。
地上では暴動の連絡を受けて撤退をしていた星間連合軍の兵士たちが驚きで目を見開いていた。目の前で朽ちていた筈の敵機―デュランダルがその目を光らせて動き出したからだ。ぎちぎちと壊れた音を立てながら砲身を空に浮かぶシルバー・ファング号とヴァルキリーに向けた。
1体だけではない。まだ動けるデュランダル全てがだ。例え片腕だけだろうと、操縦席が破壊されていようとも攻撃手段をまだ有している機体は余さずその砲身を上空に向けていた。そしてその一撃で自身が壊れようとも、躊躇するわけもなく一斉に上空の標的に向けて砲撃を放った。