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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第3章 反骨の星
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第23話 悪意の狼煙・下

『愚かなる惑星パルムの諸君。我々は真の神を崇める信徒である。諸君らは我欲に塗れた連合軍に騙されている』

 テレビに映った男はその瞳に憎悪を滾らせながら叫ぶ。

『星間連合軍はここ惑星パルムに何故、技術連合の秘密研究所を作ったのか?諸君らは考えた事があるだろうか?目の前に積まれた金の魔力に惑わされ考える事を止めていないだろうか?何故か?何故か!?果たして考えた事はあるだろうか!!』

 否であると男は力強く拳を振り上げた。

 その光景にパルム惑星軍の兵士たちは釘付けになっている。

『この地に星間連合軍が手を貸し出したのは諸君らを利用する為である!!諸君らを贄に自分たちの安穏を得る為だ!!この地が彼のダーナ帝国より狙われている事を奴らは知っていたのだ!!故に卑劣なる連合軍は諸君らを金で買い、その命を銃弾の盾にしたのだ!!』

 まずいとベンは感じた。異様な空気に包まれ兵士たちは画面に釘付けになっている。

 明らかな扇動行為に関わらず兵士たちはそれに呑み込まれている。こうした敵の言葉に反応をしない様に訓練を受けている筈なのにまるで紙の上にインクを垂らしたかのようにその意思は黒く黒く染められていく。

「つぅ…」

 ベンの傍にいたクールクイス人の少年が耳を抑えた。鋭敏な感覚を持つクールクイス人が何かを感じ取ったのだ。

「どうした?」

「何か…甲高い音がするッス」

「音?何も聞こえないわよ?」

 少女がそう言うと少年は強く睨んだ。

「聞こえるモンは聞こえるんッスよ…っ」

 それに驚いたのは言われた側と言った側の両方だった。

 普段はお道化ている事が多い、同期が珍しく声を荒げたのだ。

 少年は気まずげに視線を落とした。

「な、なによ?」

「いや、その何だが気が立って。何ッスかこれ…?」

 少年がそう言うとハッと眼鏡をかけた少年が息を呑み、

「聞いた事があります。確か、人の負の感情を揺さぶる音を使った扇動方法があるって」

「それがこれって言うのか?と言う事は…」

 部下の大男が何か言う前にベンはその体を突き飛ばした。同時に3人の若い部下を女兵士が押し倒す。直後、ベン達の頭上を弾丸が幾つも飛び交った。

「危ねぇなおい」

「それよか助けられたことに礼を言えよ」

 ベンがそう言って嘆息した。視線を銃弾が飛んできた方向へ向ければそこには見知った顔がそこにはいた。

「ロビンソン曹長、か」

「この<お星様>共が…!!俺たちを嵌めやがったな!?」

 その目には激しい怒りが宿っていた。彼が率いて来た他の兵士たちにも同様の色が見える。物の見事に敵の策略に乗らされているらしい。

「参ったねこりゃあ」

 

「何故、<ポラリス>が…っ」

「マクシミリアン閣下!!」

 ケインズの後ろからスプーニーが声を上げる。その声にケインズはハッと振り向いた。

 スプーニーは非常に険しい表情をしている。

「閣下!!今の声明はどういう事でしょうか!?アースガルド王国によってクロス・ディメンジョンが隠されてきたとは!?」

「…」

「お答えください!!今、<ポラリス>が話した内容は全て事実なのですか!!貴方がた星間連合軍は秘匿されたクロス・ディメンジョンがある事を知りながらそれを今まで大衆に隠し続けてきたと!?」

 顔を赤くし叫び続けるスプーニーに対してケインズは何も答えない。答えられる筈もない。<王家の路>は誰にも明かしてはならない決まりだ。誓約書を書かされたからだけではない。その性質上、何処にあるかは正確に知る術がないからだ。アースガルド王家が掴んでいる<王家の路>は全て偶然に見つけたもの。

 不確定要素の多い情報など大衆に公開すればどんな混乱が起きるか分からない。マイカはこの場をどう治めるか懸命に頭を働かせる。

 幾つもの避難する言葉をスプーニーはケインズに浴びせかける。

 だが実の所、ケインズはその半分もまともに聞いてはいなかった。

 何故なら全てが分かったからだ。

「…これが貴方の目的だったのですか」

「何を仰って?」

 スプーニーは眉を顰める。その仕草にケインズはハァと溜息をつき、スプーニーをやや乱暴に押しのけると艦橋へと向かう。

「レギン曹長。スプーニー女史をお部屋まで案内するんだ。現状より臨戦態勢に入る」

「っ!了解しました」

 有無を言わせない口調に驚きながらもレギンはスプーニーの腕を掴み、部屋まで連れて行こうとする。

「まだお話は済んでいませんわ!!閣下!!」

「これより本艦は臨戦態勢に移ります。戦闘中の行動の制限は渡航前にお約束している筈ですが?」

 ケインズがそう言うとスプーニーはその目を吊り上げる。だが相手にするつもりはケインズにはもう無かった。そのまま足早に艦橋へと向かって行く。

「か、艦長!!」

 マイカもその後を追っていく。普段とやや違う雰囲気のケインズに怖気づきながらもその後ろを着いていった。

「あの、差支えがなければ先程のお言葉の意味を教えていただけると…」

「意味?」

「あの人、スプーニー女史の目的と言う奴です」

 そうマイカが尋ねるとケインズはあぁと言い、その両目を蛇の様に細めた。

「言ったろ?彼女の目的は<王家の路>を世間に暴露する事だ」

「ですがあれは<ポラリス>が」

「そうだね。あそこまで大々的に犯行声明を出されては隠しようがないね」

「……嘘ですよね?まさかスプーニー女史は、いえスプーニー女史の筋書きが」

「この犯行声明と言う訳さ」

 元々スプーニーと<ポラリス>の間に怪しい所は合った。最初の銀河放送局への犯行声明がそうだ。ピンポイントにどこの番組のどの時間で相談コーナーをやる予定かなんて関係者以外に詳しく知りようもない。

「ですが証拠がありません」

「頭の痛い限りさ。何某かの手段で<ポラリス>と連絡を取り合っていたとしても例の<幽霊船>の存在がある限り立証は難しいだろうね」

 更に<灰翼>がこの件に関わっていれば尚の事だ。

「だが目下の問題はパルム惑星軍だ。彼らの暴走を止めなくては」

「どうしてこんな暴挙に彼らは出たのでしょうか?」

 マイカは不安げな表情を見せる。確かにこれまでの関係は良好だったとは言えない。だが即座に銃を向け合う様な程、関係は悪化していたとも言えない筈だ。

「先程の電波ジャックだよ。雑音に交じって人の悪感情を揺さぶる音が出ていた」

 普通では気付かないだろうがケインズは昔、<アスクレピオス計画>でその音を聞かされた事があった。ダーナ帝国への敵愾心を高める為の措置との事だったがケインズには効果が薄かった。しかしその独特な音調はケインズの耳にしっかりと残っていた。

「互いに銃口を向け合う事にならなかったのは最後の一押しになる物がなかったからだ。だがここに来て街への被害が加わりそこへこの放送だ」

「引き金になってしまったと言う事ですか」

「そうだ。兎も角、今は暴走を抑えるべく取るべき手段は2つだ」

 ケインズが艦橋に入ると既にシルバー・ファング号は動き出せる態勢にまで整っていた。

「この放送の大元を叩く。これ以上、この電波を流させる訳にはいかない。その後でここから急いで脱出だ」

「は?脱出ですか?」

 この状況を放っておいてかとマイカは思った。しかしケインズは首を横に振り、

「悪役である我々が何を言っても耳を傾けてはくれんよ。その役目は同じパルム惑星軍にやってもらった方が良い」

「ですがこの状況で、その素面でいる方がいるのでしょうか?」

「さすがに1人は大丈夫だと思っているよ」

 そう言ってケインズは椅子に座るや否や連絡を取り付けた。

「バハムーシュ司令官、そちらの様子はどうですか?」

『最悪の一言以外に何が聞きたい』

 言葉に棘があるがこれは元から。負の感情を揺さぶる音と言ってもそれ程、大きな効果がある訳ではない。元々の下地が整っている状況で使う事で初めて効果が認められる程度なのだ。そしてその下地を整わせない程度にはケインズとグレリオは互いに信頼関係を築いていた。

「具体的な数が知りたいですね。現状、動かせる人員はどれ位いますか?」

『戦闘要員は全体の3割程度だ』

「7割が暴走を行っていると言う事ですか」

『喜べ。戦闘部隊の2割は負傷をしていて動けない。今、暴れて回っている戦闘要員は5割だ』

「諸手を挙げては喜べないですねぇ」

 大隊の半分の戦闘要員だ。

 何よりグレリオは戦闘要員はと言った。

『予め言っておくぞ。住民の殆ど、いや全てと言っても良い。お前たちに敵対しているぞ』

「バハムーシュ司令官。どんなに甘いと言われても私は今、暴走している人たちを敵と呼ぶつもりはありません」

 ケインズはそう断言した。その言葉にグレリオは押し黙った。彼とて部下と守るべき住民に向けて銃口を向けたくはない。

『だが今の状況ではどう努力しても鉛玉での解決しかない…難しいぞ今の状態は』

「その鉛玉はこの放送を流している者たちに向けるべきです。そうすれば状況は変わります」

『それが難しいと言っているんだ。場所の特定も出来ない、動かせる兵士も少ない。手の打ちようがないんだ』

「前者はもう暫くお待ちを。後者は問題ありません」

 そう言ってケインズは空間ウィンドウをもう一つ開き、別の場所へ通信を繋いだ。

「キーストン曹長、出番だ。頼むよ」


 そう簡単に告げられベンは溜息をついた。

「まさかとは思いますが、この為に自分たちを情報収集の任に就かせたわけではないですよね?」

『この状況は想定外だけどね。だが何か起きた時に遊撃隊は必要だったのは事実だ』

「本当かなぁ…」

 思わず本音が漏れた。そんな自分たちの班長を見てベテラン達は苦笑した。

「苦労人よねホント」

「性根がいい奴だから仕方ねぇさ。それに付き合っている俺たちも相当な貧乏くじだと思うがな」

「あらそう?私は誠実な軍人だから任務に不満なんて持った事ないわよ?」

「けっ。よく言うぜ」

 副班長の大男―人間かどうか偶に疑いたくなる身体つきと腕力を持ち「頭も筋力もゴリラ並み」と呼ばれるレザルド・カウマン軍曹は広い肩を竦めて見せた。

 その仕草に上品な笑みを返すのはベンとレザルドの同期でグラマラスな女性―シャーリー・レイダー伍長だ。

「ほらほら。無駄話は終わりだ。これから電波ジャック犯たちを見付けに行くぞ」

「場所は分かるのかよ」

「そこは今、リリア少尉が調べている最中。大体の見当はついているみたいだから取り敢えずはそこまで行ってみるしかないかな」

「それは作戦行動と呼べるのかしら?それに武器は?」

「その辺にあるのを代用するしかないだろ」

「げ、俺に合う奴なんてあるのか?」

「そこの重機関銃でも持っていけば?」

「無理に決まってるだろうが!ミニガンだって持ち上げるので精一杯だっての!!」

 普通は持ち上がらないのだが誰もそこには突っ込まなかった。何せ準備に忙しい。

「さ、必要な物を揃えて早く行動し…?どうしたお前たち?早く持っていくものを選んだ方が良いぞ」

 何とも奇妙な顔で突っ立っている年若い部下たちにベンは首を傾げながらそう言った。

 だが部下たちは曖昧な笑みを見せた。

「本当にどうした…?何か問題でもあるのか?」

「いえですね…その」

 以前にロビンソンの尻に銃弾をぶち込むと啖呵をきった少女―(ファン)蘭花(ランファン)上等兵はどうしようと言った顔で隣を見た。

「いや、無理ッス。俺の口からは無理ッス」

 そう小声で返すのは耳の後ろから鳥の羽の様な物を生やしたクールクイス人の少年―ゼーラ・セベル上等兵は首を横に振った。

「…では質問させて頂きます。班長」

 最後の一人、眼鏡をかけた少年―リグ・マートン上等兵は眼鏡を押し上げて言った。

「その足元の人は如何するおつもりで?」

「…あぁ忘れてた」

 そう言ってベンは足を退けた。だがピクリとも動かなかった。

 その様子にゼーラはぴくぴくと唇の端を引き攣らせて、

「まさか死んでるんじゃあ…」

「え?いやいやいやいや!!死んでないし殺してないから!!これから暴走をし始めたパルム惑星軍を抑えなきゃいけないって時にこれ以上、ヘイトを高めたりしないよ!?」

「って事は誰も殺さず制圧したって事ですよね。この数を」

 そう言ってリグは周囲を見渡した。

 辺りにはロビンソンと一緒に襲い掛かって来たパルム惑星軍の兵士たちが倒れ伏せている。信じられない事に怪我人はいても死んでいる者は誰もいないと言う。

「嘘でしょ…あの壁に突き刺さっている人も死んで無いわけ?」

 レザルドに放り投げられて壁に突き刺さったままの尻を見て蘭花は乾いた笑みを浮かべた。武器もないまま襲われて一巻の終わりだと思ったのだが年若い自分たちもこの場を制圧したベン達にも傷一つなかった。

「これ位、出来るようになるわよ貴方たちだってね」

 そう言ってシャーリーはウインクを飛ばしてきた。そして優しく年若い部下たちの肩を押すと、

「さ。準備をしてこんな所に長居は無用なんだから」


 グレリオは眉を顰めた。ケインズの口から出た兵士の名前は確か街でスパイ探しなどをしていた白兵戦隊の者の筈だ。

『たった6名の兵士たちでどうにかなると思っているのか』

「残りの白兵戦隊も出撃させます。ですがキーストン曹長の班に先陣を切らせておいた方が確実なので」

『信用か?それとも実力か?』

「どちらもですよ。キーストン曹長を含め、3名が特殊白兵戦部隊の出身なので」

『…は?』

 流石のグレリオも口を半開きにして呆気に取られた。

 ケインズが言う特殊白兵戦部隊と言うのが星間連合軍のあの部隊だとすれば、

『おい。どうやってそんな人材を引き抜けたんだ。試験艦だろうがお前の部隊は』

「えぇですから、シルバー・ファング号級での特殊白兵戦部隊の運用を試験する為ですよ」

『屁理屈を…』

 ケインズは肩を竦めてそっぽを向いた。

 ベンたちを引き抜くのにそれなりに苦労はあったがその甲斐も今回はあった。

 特に強襲・制圧チームにいたベンの存在は大きい。

「こうした任務はお手の物だからね。リリア君、放送の発信元は?」

「もう少し」

 リリアは複数の空間ウィンドウに目を走らせながら言う。

 普通であれば電波を流し続ければ発信元を手繰るのは簡単だ。だが今行われている<ポラリス>の放送はそれが分からない。その原因があの<幽霊船>と同じ電波妨害によるものだと直ぐに分かった。完璧すぎるその電波妨害を破り、特定する手段は残念ながらシルバー・ファング号にもリリアにもない。

 しかし一つだけ放送元を特定する手段があった。

「以前に<幽霊船>が現れた前後で僅かなノイズがあった」

 過去の情報を探ればそのノイズは前の海賊騒ぎの時にも観測されていた。あまりに小さいノイズだったので精査はされていなかったが、

「こちらの索敵から逃れる為、恐らく索敵を遮断された為に起きたもの」

 完璧な電波妨害だとしても存在の質量その物を隠すのは困難だ。微細な振動や反応を誤魔化す手段がある筈。考えられる手段の一つに<問題はない>と言う偽の索敵情報をこちらに押し付けて来る方法が考えられる。偽の情報を割り込ませてくるのだからどうしても無理が生じる。その無理を僅かなノイズに収めている技術にリリアは舌を巻くが逆に言えばそれさえ感知できれば、

「場所の特定も出来る―っ」

 放送の直前で生じた僅かなノイズの位置と周辺の地図から場所を特定する。

 ケインズはそれに頷き、

「キーストン曹長、遠慮はいらない。迅速に潰せ」

 了解と短い返答を返し、ベンは通信を切った。

 制圧にそう時間はかからないだろう、後はこの場からシルバー・ファング号を動かし、事態の鎮静まで距離をおけばとケインズが思ったその時、

「っ!!砲撃、来ます!!」

「なっ」

 マイカが口を開くより先に衝撃が来た。艦体を揺らすその衝撃は艦砲よりも揺れが大きい。まさかとケインズは思ったがその予感は的中した。

「質量弾…今のは戦車砲か…」

「パルム惑星軍の戦車隊ですか!?」

「それよりももっと悪いよ。撃ってきた相手は」

 砲弾が飛んできた方向の映像を映し出せばそこには格納庫から出てきた8本脚のあの機体があった。

「陸戦型双腕肢乗機、ソード・ブレイカーだ」

 


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