第5話 騎士の兜
「…了解しました。迅速なお手続き感謝いたします惑星長官殿。えぇ無論我々も尽力いたしますので。はい、ではこれで」
工場惑星の最高責任者との通信を終えるとケインズはフゥと息をつく。眼前には戦火が煌めいている。吐き出されるビームの光が前方の敵艦に向けて進むが敵艦はそれを回避。
「く―っ!!左舷ビーム砲塔斉射!!惑星駐留艦隊と連携して敵艦を囲みなさい!!」
「了解」
マイカの指揮にメイン・オペレータが返答する。
翡翠の瞳に金髪、その容貌はアリアと瓜二つだった。さも当然、彼女はアリアとは双子の姉妹なのだから。リリア・チューリップ少尉、アリアと同じく13歳にしてその際を認められ軍属になった少女。本来、1人では動かすのも不可能と言われる艦の電子制御を一挙に請け負う情報処理のプロフェッショナルだ。
索敵班が集めた情報をすぐに適正化し砲撃班へと連絡、最適化された情報を基に砲撃班は敵艦に狙いを定めビーム砲を放つが、
「―目標回避」
「何故、こちらの攻撃が当たらないのですか!!」
3度目となるこちらの斉射による攻撃も敵艦に呆気なく回避されてしまった。ケインズたちが乗るこの第1級宇宙戦艦、“重騎士槍”級は星間連合の最新艦だ。全てにおいて高性能を誇る その艦が今だ一撃も入れられていない事にマイカは焦りを感じていた。
「まぁまぁ落ち着きなよマイカ君。焦っても視野が狭まるだけで良い事無いよ?」
「しかし―っ!!」
「落ち着いて良く情報を見直す事だね…私には先程から敵艦が回避行動のみに専念している様に見えるけど?」
「は―?あのそれは―」
「双腕肢乗機の出撃数も気になる。小出しにしていてまるで時間稼ぎをしている様に私は思うが―どうかな?」
「っ!!まさか今目の前に居る敵艦は囮ですか!?リリア少尉!!」
「付近に他の敵艦無し。不審な熱源、漂流物等も検知なし」
「…となると既に惑星内に入り込まれている可能性が高いね」
「惑星統括機構に連絡っ!!至急、陸上戦力の展開を求めて下さい!!!!」
焦らなければマイカは優秀な士官だ。すぐさま的確な指示を出すと他の味方艦とも連絡を取り合う。その間にケインズはだらしなく座った艦長席で考える。
如何にして敵艦はこの工場惑星まで辿り着く事が出来たのかを。事前の情報ではここ最近、この辺りでは帝国の侵攻はなかったはず。工場惑星として多くの物資を生産しているこの惑星は敵の標的になり易い。しかしこの惑星があるストロボーグ星系はダーナ帝国からの直接的なクロス・ディメンションは無いため、最前線からは離れていた。もしもストロボーグ星系に侵攻するとしたら、すぐ隣のルベルス星系から空間転位するしかない。、
「最前線のルベルス星系には3個師団の戦力が常在している。それを突破してきた……いや、無理だな。もし突破してきたとしたら、もっと戦力を用意して奇襲をかけるはずだ。そもそも、そんな情報が入らないはずがない」
ならば何故?疑問は尽きない。その上、工場惑星には既に敵の魔の手が伸びている可能性がある。そうした状況を鑑みるに、
「かなり手の込んだ……年単位の侵入工作がなされている可能性があるな。そこまでして手をかける必要がある物とすると」
ケインズには1つしか思いつかなかった。ケインズはため息をつき、マイカに尋ねる。
「マイカ君、例の新型機だけど……今何処?」
携帯電話を片手にフィオは横目でエルムの様子を見る。戦争がはじまったと伝えた最初は驚いていたが直に静かになり今はじっと座っている。
今のエルムはもしかしたらフィオ以上に冷静でいるのかもしれない。しかしエルムは記憶喪失だ。今だってもしもフィオがいなくてこの非常事態宣言が戦争の始まりだと分からなかったら如何なっていたか分からない。
そう言った意味ではエルムをフィオは守らなければならない。
それに積み荷もだ。新型の軍用機をこの混乱した状況で放置して悪用でもされたら―考えるだけでも恐ろしい。
フィオは背もたれに身を寄せガリガリと頭をかく。
「フィオさん?」
「何でも無い……くそ、通信は駄目だな。回線が混んでいるのか分からないがロンドさんと連絡が付かない」
「そう、ですか……」
エルムは歯切れ悪くそう答えた。
その様子に気付いたフィオはさり気なくエルムに尋ねる。
「お前……何か隠してないか?」
「え…?」
真剣な眼差しでエルムをじっと見るフィオ。
その眼差しにエルムの瞳が一瞬揺らぐ。それを見てフィオは確信をもった。
やはり隠し事をしている。
一瞬の動揺を見逃さなかった自分の目に感謝しながらフィオはフゥとため息をつく。
「なぁ……我慢はよくないぞ。実はここに携帯用トイレがあってな?荷台の奥の方に行けば何も見えないから………」
と言いかけた所でエルムから頭を叩かれた。
「フィオさんフィオさん。若干失礼です」
流石のエルムも眉を顰めこちらを睨んでいる。
違ったかとフィオは見間違えた自分の目を今度は逆に恨んだ。
「じゃあどうしたんだよ。何か気になる事でもあるんじゃないのか?」
「気になる事があるんです……」
そう言ってエルムは前方を指さす。目の前には相も変わらず車が列をなしている。何も変わった様子は無い様にフィオには思えた。
「事故が起きた割には……何も動きが無さ過ぎな気がしませんか?」
「…ん?言われてみれば……」
確かに何も無さ過ぎだ。
警察が動いている気配も無ければ影さえも見えない。交通渋滞は依然改善されないまま時間だけが過ぎている。只でさえ今は非常事態宣言が出されたばかりなのだ。もっと何かアクションがあってもいいはずだ。
「この渋滞で警察とかも身動きとれないとか」
「先程のラジオ、あれから何か続報は流れていますか?」
「いや……そう言えば何も無いな………」
むしろ先程からラジオも音を立てないでいる。砂嵐の様なノイズばかり流れて来ていて不気味だ。
「なんだこれ……」
フィオの背筋がゾッと震える。
得体のしれない何かが蠢いている感覚に苛まれ落ち着かない。
それに対してエルムは普段の明るさが嘘の様に静かだ。
「フィオさん。何か嫌な予感がします。いったんここから離れた方が………」
とエルムが言いかけた言葉は別の音でかき消された。
響く轟音。鼓膜を破らんばかりにかき鳴らすのは爆発音だ。フィオ達の前方、並んでいたトレーラーの1台が爆発したのだ。次の瞬間、周囲はパニックに陥る。
「な、なんだ一体!!」
「事故か!!」
「おい、どうして爆発なんかするんだよ!!」
「まずいぞ火がこっちに!!」
周囲に響き渡る騒音にフィオは本格的にまずいと感じてきた。
エルムの言う通り一度ここから逃げるか。しかし積み荷はどうする。
フィオが葛藤する中、再度の爆音。距離は更に近くなってきていた。内心ではフィオも早くこの場から離れたかった。しかしそうしてしまうには余りにもリスクが高い物を運んでいる。
「ど、どうしたら……」
「……フィオさん。おかしいです。今爆発したトレーラー、さっき爆発したのと同じ会社のです」
「……は?」
「さっきフィオさんも見ていたじゃないですか。何台も同じ会社のトレーラーが並んでいるの。最初に爆発したのも今爆発したのも、同じ社章のトレーラーでした」
「なんだそれ……まさか」
「……あの、トレーラーに何かある。というよりもあのトレーラーってその……」
3度目の爆発。エルムの声はかき消される。しかし例え聞こえなくてもエルムがなにを言おうとしていたのかはフィオにも予想はついていた。
交通機関のトラブル。非常事態宣言。そして爆発。そこからフィオが想い浮かべたのはたった1つの事だ。
―ダーナ帝国(敵)によるテロ攻撃。4度目の爆発が起きる。爆発したのは先程フィオと目があった運転手が乗っていたはずのトレーラーだ。しかし今はその運転席には誰もいない。爆風はフィオの乗るトレーラーのフロントガラスを強く叩き震える。
この時になってフィオはようやくある事に気付いた。トレーラーが次々と爆発しているにも拘らずその火の粉を浴びて他の車両に引火したり2次災害に至っていない事に。
派手な爆発で注目を集めている内に残りのトレーラーは準備を進めていた。運転手に偽装していた彼らは手早く準備を整え機体に乗り込む。トレーラーの荷台がゆっくりと開く。爆発に目が言っているためその様子に気付く物は少ない。
尤も気付いた時にはもう手遅れなのだが。
「―っ!!フィオさん!!!!」
バックミラーに映ったその光景にエルムが叫ぶ。遅れてフィオも後ろを振り返ればそこには――
何年も姉弟をしていると分かってくる事がある。
それは相手が不機嫌な時だ。現に助手席に座る姉は腕を組み、神経質そうに指でトントンと自分の腕を叩く。深刻度で言えば9段階中4くらいだ。試しに話しかけてみる。
「あー…技術中尉。安心して下さい、我々も全力で対処しますので」
仕事中なのであえて階級で呼ぶことにした。それが気に障ったらしく三白眼をこちらに向け睨みつけてくる。
「一体いつからアンタは私に偉そうな口きけるようになったのよ、バカ弟。悔しかったらさっさと階級差をひっくり返してみなさいよ」
「兵卒がどうやって技術畑のエリートを追い抜っけってんだよ……」
藪蛇をつついたみたいだ。深刻度は4から7くらいまでに上がった。
バカ弟ことベン・キーストン曹長はため息をつく。
尤も彼女が苛立つのも無理はないとベンは思う。
何せ我が子の様にあの機体に心血を注いできた姉―フラン・ノーランド技術中尉に知らされた突然の一報。
「多分ね、敵の目的は例の新型機だと思うから。ちょっと行って見て来てくれる?」
地上で受け渡しのために待機していたフランにそれだけ伝えると彼らの上官であるケインズは「じゃ後は任せたからね」と言って通信を切った。
Fから始まる4文字をひたすら喚き立てた後でフランは即座に行動を起こした。
待機していた軍施設からヘリを借り受けるとフランの護衛で付いていたベンが率いる白兵戦小隊と共に現場に急行した。
「…連絡はまだつかないの?」
「非常事態宣言があった後くらいから一定地域で電波妨害が起きている。交通機関のトラブルなんかを見ても……相当規模の大きいやつが動いているのは間違いないね」
「面倒ね……もっとスピードは出ないの!?」
「無茶言わないで下さいよ。これでも全速力なんですから」
操縦桿を握っているのはボルド・ホーナー伍長、先日フィオと仕事をした禿頭の男だ。双腕肢乗機を始め、様々な機械を操縦できることから隊内でも重宝されている。苛々としているフランは煙草を咥えて火を要求してくる。
「禁煙したんじゃないの?結婚するからって」
3年前にはそう聞いた。そのはずだった。
「2日で止めたわ」
いけしゃあしゃあと言いフランは早くしろと言わんばかりにくわえた煙草をつき出してくる。ベンはポケットからライターを取り出すと煙草に火をつけてやる。それでも苛々は収まらないようで組んでいる腕を指で叩いている。
正直、この狭い機内で暴れられたら困る。
何か別の話題で気を紛らわせた方が良いかなとベンは考えた。どうせ後、10分もしないうちに辿り着く。
「ホーナー。何か進展はあったかい?」
「丁度今、新しい情報が入りましたよ」
タイミングが良いとベンが苦笑するとボルドは肩を竦め、
「えぇ本当に…これで吉報だったら尚の事良かったんですけどね」
「………」
ベンの苦笑が止まる。
「軍用機です。新型機を輸送中と思われるポイントに帝国の軍用機が現れました。事態ははっきり言って最悪です」
バックミラーに映ったその異形の姿を見てフィオは恐怖の叫び声を上げる。
「ウソだろ…っ!アレって、デュランダルじゃねぇかっ!」
軍用機、デュランダルはダーナ帝国の主力兵器だ。騎士の兜を模して造られたボディに単一レンズが付いている。星間連合軍の双腕肢乗機よりも情報処理能力に劣るとされているデュランダルはその反面、機体の装甲がとても厚い。更に人で言えば下半身にあたる部分には2枚のシールドが備え付けられている。2枚のシールドは可動部によって接合されており、多方向にシールドを向ける事が出来るようになっている。
そして両手はまるでペンチのような無骨な2本の太い指で閉じられている。一度その太い指を開けばその指の間から、高出力のビームブレードを展開し、戦艦の装甲をも切り裂く事が出来ると言う。
資源と技術面で劣勢を強いられているダーナ帝国がこれまでアースガルド王国をはじめとする星間連合の軍隊と互角に戦えてきたのは精鋭騎士と呼ばれる凄腕のパイロットたちの活躍によるものとこの質実剛健とも言えるデュランダルのおかげだと言われている。
帝国の象徴ともいえる騎士の兜のデュランダルは正に星間連合に所属する者にとって恐怖の象徴だ。
その恐怖の象徴がこちらへゆっくりと腕を伸ばしてくる。
ここまでくれば狙いは明白。荷台の新型機だ。
「マズイ―っ!!」
フィオ達に抗う手段などありはしない。かと言ってこのまま荷台の代物を奪われてもその後で無事に済む保証はどこにもない。
伸ばされた手が荷台に迫りかけたその時、不意に地鳴りがフィオの耳に届いた。次にドォンと言う低い音と共にデュランダルの腕が吹き飛ばされた。
「…今度は何だっ!!」
フィオが音のした方に目を向ければそこには数台の戦車がキャタピラで道路を削り取りながら前進してくる様子が目に映った。砲塔から放たれる榴弾がデュランダルの身体を打ち抜く。その光景を見て人々はワッと歓声を上げる。助けが来たのだと、これで安心だとそう思った。
尤もそれは標的にされているデュランダルから遠く離れた人たちから見た視点でだが。
「うわぁぁ!!危ねぇ!!危険度じゃあ飛んでくる榴弾だって変わらねぇよ!!外れたらどうなるのコレ?!」
「フィオさんフィオさん!!なんかもう沢山鉄の破片がザクザク降ってきています!!」
「刺さったら死ぬ!!」
余裕の無い会話を運転席でフィオ達がしている間にも榴弾はデュランダルへと飛び交う。無論デュランダルもやられてばかりではない。片腕に付けられたビーム砲を戦車隊に向け光の熱戦を放つ。その一撃で戦車はど真ん中を一瞬で溶かされ穿たれる。ビームと榴弾の応戦が行われる中、外れた榴弾がビルへと直撃する。グラリと揺れたビルの一部が崩壊しフィオの乗るトレーラーへと迫りくる。
「やば……っ!!」
気付いた時にはもう遅く、フィオは影を落とすその巨塊に顔を青ざめる。無駄だとは分かっていても思わずエルムの体を引き寄せその上に覆いかぶさる。
グシャリと言う音と共に次の瞬間にはもう巨塊によってトレーラーの姿は見えなくなっていた。
巨大なコンクリートの塊に押しつぶされたにしては思ったよりも痛みは少なかった。精々例えるなら身体の節々が痛むくらいだ。無理な姿勢でエルムを引き寄せたせいかなとフィオはぼんやりと考えていた。案外、この痛みも実は曖昧なものでもう既に自分は死んでいるのかもしれない。けれどそれにしては腕の中のエルムの感触がやけに生々しかったので目を開いてみると
「い、生きてる……?」
フィオがオズオズと外の様子を確認するとどうやら落ちてきたコンクリートの塊は2機のデュランダルを押しつぶしそれを支えにして落下を止めていた。幾つもの偶然がこの空間を作ったようだ。その偶然も何時まで持つか分からない。ちょっとした衝撃でいとも簡単に崩れるだろう。その間にどうにかして逃げ出さなければならない。
「く……!おい、エルム」
腕の中のエルムの肩をゆする。反応が無い。暗くてよく分からないが呼吸音などを聞く限り異常は見られない。身体の何か所を触ってみても怪我をしているようには見えない。どうやら気絶しているだけの様だ。
「けど、どうやってここから出る……っ!」
トレーラーは動かせない。下手に外に出てコンクリートが崩れてきたら今度こそ終わりだ。地雷原のど真ん中に立たされたフィオは苛立ち「くそっ!!」と悪態をつきながらハンドルを拳で叩く。そしてふと気付いた。
「そうだ…双腕肢乗機だ」
トレーラーに積んでいる新型双腕肢乗機。軍用機なのだから少なくともトレーラーよりかは頑丈だろうしいざとなれば腕を使って瓦礫を自分で除去することだって出来るはず。運転席から荷台へは扉を使って直接行き来できるようになっている。フィオは意識の無いエルムを抱え荷台の新型機へと向かう。
「…っ!こうなったらもう守秘義務がどうとか言っている場合じゃないぞ。命が掛かっているんだからな」
命あっての物種、ここでフィオが死んでも守れる物は一つも無く命がある限りは仕事を全うするつもりだしそれにエルムも守れる。
「……って何で俺何時の間にこんなにこいつの事、親身になっているんだろうな」
フィオはそう言って苦笑し操縦席の開閉口を開く。操縦席に乗り込み、計器のスイッチを入れると操縦席の中が明るくなりその光に一瞬フィオは目を眩ませる。
モニターが点滅し、機体を制御するOSが起動する。続いて機体のセルフ・チェックが入る。
『各部伸縮ケーブル異常なし。…M・I・S正常に作動……各種兵装のチェック終了。ハードポイント……該当する兵装なし。推進装置に問題なし。……機体各部、オール・グリーン』
無機質な音声がセルフ・チェックの終了を告げ、同時に操縦桿のロックが外される。計器が一斉に光り出し、周囲のモニターに外の様子が映し出される。
「問題は無いか……動作確認のために腕とか少し動かした事があるが……流石に軍用機。操縦方法は民間機と同じようだけど民間機にはない装置なんかがたくさんあるな」
計器などを弄ってみるがフィオにはよく分からない機能が多かった。
組み立て作業に携わっていると言ってもフィオは下っ端。細かいスペックはよく知らない。ただあちらこちらの作業班に回される物だから必然と機体全体の事に広く浅く知る事になっただけだ。
「特に不明なのはこの脚なんだよな」
フィオはパネルを操作し機体の情報を集めようとする。何時までもここに居るわけにもいかないし、どうにかして生き残る術を見つけなければならない。そうして機体をチェックしていく内にふと気付いた。
「あれ……エネルギー貯蓄率が満タンだ。工房を出る前にチャージしたのか?」
何のためだとフィオは首を傾ける。
一般的に双腕肢乗機に使用されるエネルギーは電力であり機体内部に発電装置を搭載するのではなく全て充電式の蓄電装置だ。
それというのも発電装置では双腕肢乗機の機体には大きすぎるからだ。故に小型化された蓄電装置を双腕肢乗機は機体内部に複数搭載する事で動いているのだが、幾つも搭載できないため戦闘中にエネルギー切れを起こす双腕肢乗機も珍しくないと聞く。
運ぶだけならエネルギーを満タンにしておく必要はないはずだがと訝しむ。そして更に情報を調べていくうちにフィオの眉は更に縦に寄った。
「ん…?んん………?エネルギーの蓄電装置が見当たらないぞ……?」
本来、ボディに備え付けられているはずの蓄電装置。それがどういう訳か見当たらない。よくよく思い出してみるとエネルギーの蓄電装置関係は全部ロンドが1人で作業していたような気がする。
「でもまぁ…エネルギーパイプのラインを辿っていけば何処にあるのかは想像がつくからな」
記憶と目の前に情報を頼りに電力の源を探し行くうちに漸く見つかった。
「脚……まさかこの脚が丸々一本、蓄電装置なのか?」
だとしたら規格外の大きさなのだがとフィオが首をひねっていると腕の中のエルムが身動ぎをする。
「ん……」
「気がついたか?」
フィオはエルムの顔を覗き込む。薄らと開けた瞼の間からエメラルド色の瞳が見え隠れする。
「あれ…?ここは…?」
「双腕肢乗機の中。色々あって危険だからここに退避した」
「……?そうです、か?」
ザックリとフィオが説明するとエルムは不思議そうな眼差しで目を開いたり閉じたりする。ふと気付くと、エルムは完全にこちらに身体を預けるように座っている。腕に抱えたまま乗り込んだのでいつの間にかエルムを膝の上に乗せているような状態になっていた。
気恥ずかしさからフィオはパネルを操作し、席の後ろにスペースをつくる。
「悪いが座席に後ろにいてくれ。座る席はないけど……」
何時までも抱えているわけにもいかない。柔らかい髪やら体が気になって仕方がない。
エルムは言われるがままフィオの膝の上から座席の後ろへと回りこむ。が、もともと操縦席内は広くはない。エルムはバランスを崩し、
「きゃっ!」
「うぉっ!?」
倒れるように座席の後ろへと転がりこむと、その弾みにフィオは蹴とばされる。ガクっと前かがみになり、その拍子にスラスターのアクセルを入れてしまう。
「や、やばっ!」
慌ててアクセルを止めようとしたが既に時遅し――軍用機は遊びが少なくとても敏感だった。崩れかけた天井を壊し、フィオ達が乗った双腕肢乗機は外へと飛び出す。その衝撃にフィオは思わず呻き声を上げる。
耐衝撃構造になっているにもかかわらず、体に感じる衝撃は民間機の物とは比べ物にならない馬力を持っている事を否応に感じさせた。天井になっていた崩れたビルを破壊し外に飛び出た双腕肢乗機はぶつかった勢いで機体は空中で錐揉みになり、バランスを崩す。あわやビルに衝突する寸前でフィオは胸部のサブ・スラスターを制御しバランスを取る。そしてアクティブ・スラスターを全開にして空中で体勢を整える。
「危なぇ……」
突然の出来事にフィオは冷や汗ものだった。ぶつかったエルムに文句の一つでも言おうかと考えたが、それは唐突な警告音と共にその考えは吹き飛んだ。
まさに直感が働いたとしか言いようがないが、フィオは上空へと舞い上がった。次の瞬間には2機のデュランダルが放ったビーム砲がビルに直撃し、穴だらけになる。
ゾッとフィオの背中に寒気が走る。M・I・Sのカメラ越しに見えるデュランダルの一つ目は確かにこちらを向いていた。のみならずビームブレードを展開しフィオの乗る双腕肢乗機に迫りくる。
フィオは分厚い鋼鉄越しに感じる殺気に体が震える。それは15年間生きてきた中で一度も感じた事のない類の恐怖だった。
恐怖に耐えられない人間が次にとる行動は二つに一つだ。
即ち、立ち尽くすか逃げ出すか。意識してそうするのではなく、むしろ無意識のうちにどちらかの行動をしてしまう。前者ならこの場合、なす術なく光の刃によって串刺しにされ高熱量によって蒸発するか機体の爆発に巻き込まれ吹き飛ぶ。後者であれば万に一つの可能性もあれば生き残れるかもしれない。
しかしながら、それは地獄に等しい追いかけっこを逃げ切れたらの話だが。
「う、うわぁぁっ!」
フィオはアクティブ・スラスターを全力に開放しその場から逃げだした。