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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第3章 反骨の星
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第21話 瞳から流れるもの

この章、予定していたプロットと180度くらい方向が変わっていたりします。

取り敢えず、あけおめ。

 一目で良いから会わせてくれ。そう言ってフィオが頭を下げると皺の深い兵士は悲しげな表情をしてフィオを案内した。

 案内されたテントの中は幾人もの生者が流す涙と物言わぬ死体袋で埋め尽くされていた。涙を流す人物には見覚えのある人もいれば見覚えのない人もいる。

 ここにはパルム惑星軍だけでなく星間連合軍の戦死者も集められている。数が多くまだ仕分けられていないからだ。その事実にフィオは胸をグッと詰まらせる。

「…ここだ」

 フィオを案内した兵士は屈んで死体袋のジッパーを掴む。

「見るんだな?」

「あぁ…」

 フィオは頷いた。兵士は何も返さずジッパーを下げた。

 最初見た時、フィオは眠っているようだと思った。泥に塗れた顔は血と交じり合って不思議な色合いをしていたが想像していたよりも傷などは目立っていなかった。閉じられた瞼が今、開いてもフィオは驚かないだろう。

 それ程までに穏やかな死に顔だった。

「打ち所が悪かったとしか言えないな。傷自体は深くねぇんだが見つけた時にはコンクリの塊で頭をぶつけていてなぁ。治療も間に合わなかった」

 兵士は何かを堪える様に目尻に力を入れる。

 それはフィオも同じだった。堪えきれないものが沸き上がってくる。目尻に力を入れるが、

「…っ」

 それでもやっぱりフィオには堪え切れなかった。奥歯を噛み締めても目尻から零れ落ちた涙は元には戻らない。

「アンタ…いい奴だな。涙ぁ流してくれる奴はいい奴だよ」

 あの嬢ちゃんと一緒だ、兵士はそう言ってフィオの肩を叩くとその場から離れた。

 動かなくなった彼とフィオを二人にする為に。

「ケビン…っ」

 初めて会った時に聞いたあの小生意気な言葉はもう彼から一生聞く事は出来なくなってしまった。


 暫くしてフィオはケビンの顔についた泥を拭ってやり、静かに祈りを捧げた。ジッパーを元に戻して簡易テントから出た。

 暗い顔を上げると入口にベンがいるのに気付いた。その表情はフィオと変わらない。ぼんやりと空を見上げながらその口に煙草を咥えていた。フィオが知る限り、ベンが煙草を口にしているのを見るのはこれが初めてだ。

「…あぁ。ランスター君か」

「え、あぁうん」

 覇気のない声だった。フィオの事にも今、気付いた様だ。

「吸うんだ…」

「ん…?あぁこれかい?まぁね。何かあった時にはね」

 そう苦笑してベンは紫煙を吐き出した。ゆらゆらと揺れて煙が昇っていく。

 その煙の行く先を見つめながらベンは、

「……ボルドに会いに来たのかい?」

「……え?」

 唐突に告げられた名前に理解が追いつかなった。けれどその言葉の意味にすぐに気づいた。

「そんな…あの人も、なのか」

「うん…そうなんだ」

 ベンは悲しげな顔で煙草を口から離すと火を消した。

 そして自嘲した。

「駄目だなやっぱり。こういった別れは何度も経験したのにまだ慣れないよ。俺はどうしても立ち止まってしまう」

 例えばケインズは今、報告書と格闘しながら星間連合軍の本部と連絡を取り早急な援軍と物資の補給を交渉している。例えばフランは損傷した機体の整備を行いながら敵機の分析を行っている。部下の中には住民の救出に向かっている者や通信機器の復旧に当たっている者もいる。立ち止まらずに進み続ける事が出来る彼らと違い自分はいつも直ぐに動き出す事がどうしても出来ないでいる。

「駄目じゃない。きっとそれは、アンタが優しいからだよ」

「そっか…そうなのかな」

 フィオの言葉にベンは僅かに微笑んだ。

 暗い顔が少し晴れた。そんなベンの所に背の低い眼鏡をかけた兵士がやって来た。

「キーストン班長、艦長より伝言があります」

「分かった。すぐに向かう…じゃあ行くよランスター君」

「あぁ。なぁ、ホーナーさんは何処に…」

 フィオの申し出にベンは首を横に振った。

「見ないでおいてあげてくれ。あまり、見せられる姿じゃないんだ」

 その言葉にフィオは息を呑んだ。眼鏡をかけた兵士もグッと堪える顔をして目を逸らした。そんな兵士の肩を叩いて促しベンは立ち去って行った。一人取り残されたフィオはやりきれない思いを噛み締めて早足でその場から去った。


 酷い顔ですよと渡された蒸しタオルで顔を拭うと少しだけ眠気が飛んだ。カフェインも良いが一気に目を覚ますには身支度を整えるのが効果的だとフランは考えている。

「ありがと。ちょっと楽になったわ」

「こんな状況でなければ無理をしないで下さいと言えるのですが…」

 マイカは嘆息し顔を引き締める。

「報告を。ノーランド技術中尉」

「…敵の新型機の詳しい仕様に関してはレポートをまとめて提出するからそっちを見て。問題はこっちよ」

 そう言ってフランは空間ウィンドウを開いた。それは<幽霊船>が落とした例のミサイルと<青翼>が乗っていたと思われる敵機の最後の姿、そして抉り取られたコンクリートの建物と鉱山だった。

「結局、これは何だったのですか?あの黒い渦が発生した時にリリア少尉がブラックホールの反応を感知しているのですが…」

「そうね、間違いではない、かしら」

 歯切れの悪い台詞にマイカは眉を顰める。何時もの彼女らしくない。

 だがフランも言い辛そうに口を噤む。

「ノーランド技術中尉」

「…最初のミサイルは映像からの判断だけど、何でもない…まぁ大きさは異常かもしれないけど只のミサイルよ。でも只のミサイルがこんな破壊力を生み出す訳がない。正直、言って…ここから先は私の想像でしかないわ。原理を説明できるわけでもないし同じものを作成できるわけでもない。ただ想像に任せて説明するだけ」

「お願いします。貴方以上に、この場で理解できている人はいないでしょうから」

 そうマイカが言うとフランはガシガシと頭をかき、

「敵機が浮かび上がった直後にベン達の通信装置に異常が出たり悪酔いの様な酩酊感に襲われたと聞いたわ。前者と後者には因果関係がある。私の中でそれは合致したわ」

「それは?」

「…重力よ。異常な重力変動によって通信が阻害され、ベン達は悪酔いに曝された」

「…原因は重力異常と?でも…」

「えぇ。ありえないわよね」

 現在の技術で制御できるのは疑似重力場発生装置から生み出される第3重力子だけだ。その重力子でさえ、人の手で制御できるのは艦内の床に足を付けて歩ける程度の事しか出来ない。それ以外に制御することは不可能で無理に他の事に利用しようとしても重力子が正常に働かず霧散してしまう。

「仮に第3重力子を意のままに操る事が出来ればブラックホールを生み出す兵器が作れるだろうけど…残念ながらそんな技術はないわ。今の星間連合にはね」

「では…」

「えぇ…信じたくはないけど…ダーナ帝国には星間連合以上の科学技術を持っている可能性があるわ」

 フランはそう言った後で悔し気に唇を噛み締めた。


 街にいると住民たちはフィオを、星間連合軍の制服を睨みつけてくる。その居心地の悪さにフィオはシルバー・ファング号へ足早に戻って来た。

 戻ってきた所で今のフィオに出来る事はない。精々が体を休める事くらいだ。それが必要な事だと分かっていても焦燥に駆られジッとしていられない。

 自分に出来る事はないかと聞いてみるが、

「休んで」

 リリアはその一言でフィオを追い返した。艦内では整備班たちが慌ただしく動き回っている。敵機の検証やフィオ達の双腕肢乗機の整備もあり今の時間は誰よりも整備班員たちは忙しい。自分の機体の整備くらい手伝えるつもりでいたが、

「休め。余計な手間かけさせんな」

「休みなさい。ランスター少尉」

 フランとマイカから顔を顰められ、おまけにフランからは蹴飛ばされて格納庫から追い出された。忙しいとは言え扱いが酷い、そんな顔をしていたら珍しく厨房の奥から顔を覗かせたルビア・ハリオンから、

「その顔見たら誰だってそう言うさね。鏡見たかい?」

「いや、持ってないし」

「だったらそこの白いピカピカの皿に顔を映してみな。どんなマズイ料理だってあんたの今の顔よりはマシだよ」

 そう言われて皿に顔を映してみれば、

「……」

「納得いったかい?」

「3徹明けよりひでぇや」

 納得がいった。確かに酷い。思った以上に友人の死と言うのが堪えていたみたいだ。

 戦いなのだから当然の出来事だとアリア辺りは言いそうだが自分には無理そうだ。

「それが当たり前なんだよ。死に対して何も感じない奴なんていないのさ」

「そうかな。あの帝国騎士、最後は自分で爆発したんだぜ」

「その死にそいつは意味を感じたからそうしただけさ。軍人なんてそんな奴らばっかりでね。私は嫌いだよ」

 そう言うルビアはこのシルバー・ファング号で一番、軍歴が長い筈なのだが。

 嫌いなのにどうして続けているのかフィオには不思議だった。

「あんた暇なのかい?」

「暇なら休めって事だろ。分かったよ」

「そうじゃないよ。暇で他に何もする事ないって嘆いているならお使いでも頼もうかね」

 そう言ってルビアはサンドイッチが詰まった籠をフィオに差し出してきた。

 中に詰まっている具はレタスやトマト、ピクルスといった野菜が中心の物ばかりだった。定番とも言えるハムとチーズのサンドイッチが無い。

 それだけで誰宛の届け物なのか分かった。

「あの子の所へ行っておやり」


 医務室にも部屋にも居なかった。探す当ても無く、リリアに尋ねたら艦内のカメラを一瞬で全て確認してくれた。そのお陰で何処にいるのか分かったのだが、この艦内にプライベートは全く存在しないと痛感した瞬間だった。

 彼女が居たのは外にあるデッキだった。宇宙空間で何か作業をしなければならない時に使う場所の一つだ。地上にいる時はそこからが一番、空を眺めるのに向いていた。

 手を組んでその手の間には十字架が握られている。静かに目を瞑って祈るその姿は綺麗なのに何故かフィオには何も感じられなかった。

「エルム…」

 フィオは彼女の名前を呼んだ。静かに振り返ったエルムの頭には包帯が巻かれている。

「フィオさん…今、私…」

「うん。ケビンの為に祈ってくれていたんだろ。ありがとな」

 そう言うとエルムは眦を少し下げた。

「…感謝するのは私の方です」


 あの時。敵機が最後の突撃を行った時、エルムとケビンは建物の近くにいた。エルムより先に敵の姿に気付いたケビンは勢いよくエルムを突き飛ばした。その時、初めてエルムも敵機の事に気付き、次の瞬間には何か大きな力で吸い寄せられるような感覚がした。もしかしたら体が浮かび上がったのかもしれない。それが何故かは分からなかった。何の力に吸い寄せられているのか突然の事で何もわからなかった。だが焦りと驚きに満ちたケビンの顔、その後ろに大きなコンクリートの塊があってぶつかりそうになっているのに気付いた。エルムは無我夢中にケビンを助けようと手を伸ばしたと言う。

 だがそこで意識が途絶えた。そして次に目を覚ました時にはもう医務室だった。

 見つけた人の話によるとエルムはケビンから5メートル程、離れた場所で血を流して倒れていた。銀髪が真っ赤に染まり、危険に思われたが傷は浅かった。ケビンも額から小さく血を流していたがその時には既に息を引き取っていた。

「偶然に助かった…いえ、ケビンさんのお陰で助かったんですね」

「そうだな」

 エルムはずっと空を眺めている。その視線の先にいる、星の向こうに行ってしまったケビンを見ているのかもしれない。

 十字星教では死後は星の神に連れられて夜空に浮かぶ星の一つになると伝えられている。まだ明るい時間ではあるが空を見上げ、星空に浮かぶ亡くなった人を思い浮かべるのはよくある事だ。フィオもヴァーナンドが死んだ時には暫く、そうして時期があった。

 けれど、

「なぁ、エルム」

「はい?」

 戸惑いがちにフィオはエルムに尋ねる。

「何か、あったのか」

「何かって…それは」

「ケビンが、死んだ事以外。何かあったんだろ。だから悩んでいるんじゃないのか」

 エルムの肩が小さく震える。

エルムが怪我をしたと聞き、医務室に走って向かった時には既に夜も明けきっていた。事後処理などの都合でフィオはすぐに駆け付ける事は出来なかった。

幸いにも軽症であったとはアリアから聞いていたが心配しない訳ではない。医務室の扉を開けて中に飛び込んでエルムの姿を探した。

 あまり広くない医務室だ。直ぐに見つかった。だがその時は軍医のメイに何か怒られている最中だった。それだけなら終わった後で声を掛ければよかったのだがその表情が何か思い詰めているようで声を掛けるのに戸惑った。そうこう悩んでいる間にフィオはケビンの死を知らされた。そして呆然としたまま死体安置所まで行き、食堂でルビアからサンドイッチの籠を渡されて漸くエルムの事を思い出した。

「シュウ先生には怒られちゃったんですけど、私目が覚めてケビンさんの事を聞いてすぐに会いに行ったんです」

「…ケビンの所?」

 そう尋ねるとエルムは頷いた。

 助けてくれたケビンにどうしてもお礼を言いたかった。それだけだった。

「身内の方がいたんです。多分、お祖父さんです」

 ケビンの前で全く動こうとしない一人の老人。鋭そうな眼付をしていたがその時だけはがらんと空洞の様な瞳だった。

 その瞳が一度だけエルムの方を向いた。

 だが直ぐにその瞳は下を向いてしまった。そして、言われた。

「何も、言えませんでした」

「…?」

 エルムは俯いた。あの時、言われた言葉が耳を離れない。

 戻ってきてからメイに勝手に抜け出した事を怒られている間もその言葉が離れなかった。

「私、助かった事が嬉しいんです。けどそのせいでケビンさんが死んじゃって…私が、私のせいなんじゃないかって」

 孫が死んでどうしてお前が。静かな声で一度だけ向けられた言葉がエルムの心に傷をつけた。その時の老人の顔をエルムは振り返って見る事が出来なかった。何をどう言えばいいのか分からずエルムはその場から逃げる様に去った。

 顔を伏せるエルムにフィオは一瞬、茫然としハッと気付いた時にはその肩を掴んでいた。

 サンドイッチの入った籠が転げ落ちるが構いはしない。

 フィオは叫んだ。

「違う!!絶対に違う!!」

 とても小さな肩だ。この肩で何を背負おうとしているのか。いや何を背負うと決めてもそれは彼女の自由かもしれない。

 けれど一つだけ譲れないものがある。それだけは違う。例え、星の神様が何て言おうと違うにきまっている。

「アイツはエルムを助けようとしたんだ!!エルムが巻き込んだ訳でもなければエルムのせいでもない!!」

 悪いのはあの帝国騎士だ、と喉まで出かかった言葉を詰まらせた。

 命の遣り取りだ。どっちが悪いだの正しいだの言っていても答えは出ない。ルビアは言っていた。自分の死に意味を感じたからあの帝国騎士も自爆と言う行動に出たのだと。

 只々フィオ達の立場から見るだけならあの帝国騎士が悪いと避難すればいい。だけどフィオにはそれが出来なかった。相手にも譲れないものがあったのはフィオにも分かるから。

 戦いの中で命を奪う事、その事の意味を考え続けるとフランに言った時に言われた。辛いのはお前だと。確かにその通りだ。自分の中の命題が今、大好きな彼女を慰めるのにどうしても妨げになる。

 フィオはゆっくりと息を吐いて考えを落ち着かせる。

 エルムはまだ顔を伏せたままだ。

「…なんか、この前と逆だな」

「え…?」

「この前、俺が落ち込んでた時にエルムが励ましてくれただろ」

 顔を上げたエルムにフィオは恥ずかし気に少し頬を赤く染めた。あの時、エルムがいてくれなかったら自分はどうなっていたか分からない。アリアに言われた通り、次の作戦で本当に死んでいたかもしれない。けれどエルムが支えてくれた。彼女の優しさがあったからフィオは折れる事はなかった。

「我慢するなよ」

 フィオはそう言ってエルムの顔を正面から見つめた。翠の瞳が揺らいでいる。

 その端に零れそうなものをフィオは知っている。

「我慢して堪えるだけじゃなくて、我慢できない分は捨てちゃえよ。エルムだってあの時、そう言ってくれただろ?我慢して堪えるのは俺だけじゃない、エルムだってそうさ。エルムが倒れそうな時には俺も…お前を支えてやる」

 だからさとフィオは優しく微笑んだ。

「今は泣いちゃえよ。それはおかしい事でも何でもないよ」

 エルムは息を呑んだ。それが切っ掛けだった。

 零れ落ちる涙は止まらない。助けてくれたケビンへの感謝は絶えない。生きている事の喜びは収まらない。投げかけられた非難の言葉は耳から離れない。喜びを否定された悲しみは抑えを知らない。

 そして短い間であったがケビンと、もしかしたらもっと仲良くなれたかもしれない彼ともう会えない寂しさは計り知れなかった。

 それが全て涙となって流れていく。エルムはそんな顔を見られたくなくフィオの肩に顔を押し付けていた。フィオは何も言わずエルムの肩を掴んでいた手を彼女の背中に回した。

 その涙が枯れるまでフィオはエルムをずっと抱き締め続けた。



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