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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第3章 反骨の星
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第19話 少年と少女、そして騎士の最後

今までいた部下が異動して新しい部下が来た。

仕事の精度が以前の部下よりも2割増しだ。

仕事の速度は4割減だ。


その4割は全て私の仕事になります(´・ω・`)

いや艦これ改にはまちゃってったのもあるけど。

そんなこんなで19話です。

 狭いダクトの中を進みながらケビンは後ろにいる少女に声をかける。

「フィオの兄ちゃんの恋人って話、本当なのか?」

「はい?」

「いやアンタがフィオの兄ちゃんの恋人って話。ここに来る前にそう聞いたんだけど」

 ぱちぱちとエルムは瞬きして首を傾げる。

「えっと、違うと思います、よ?」

「何で疑問形?」

「だってフィオさんは私の…」

 友達?いやもっと近い存在ではある。工場惑星で手を差し伸べてくれた事は今でも覚えている。

 けれど恋人かどうかと、恋愛感情があるのかどうかと聞かれると。

 分からない。それが本音だ。

「…難しいです。フィオさんの事、どう思っているか聞かれると」

「嫌いなのか?」

「好きですよ。とっても。でも」

 エルムは眦を下げる。フィオへの感情を抑えつけているのは恐らく自分の記憶と記録だ。

 未だ自分が何者なのか思い出す事が出来ず、そしてそれを確かめる記録も見つからない。

 記憶に関しては時間をかけてゆっくりと治療していくしかないと軍医の周・美から言われている。

 だが記録の方に関しては何か事情があって隠されている。エルムも薄々とそれに気付いていた。

 以前にフィオが冗談交じりで言っていた様に本当に極悪人だったのかもしれない。

 自分が何者なのか分からない不安。

「私は記憶がないんです。所謂、記憶喪失というのでそこをフィオさんに助けてもらったんです」

「えぇ?記憶喪失ってお話の中だけの事じゃないのかよ」

「はい。私が何者なのか、それが全然分からなくて…それがきっと怖いんです。私の知らない私、それが良い事なのか悪い事なのかも分からない」

 きっとそれが何なのか分からなければ自分はフィオと本当の意味で向かい合う事は出来ないとエルムは漠然と考えていた。

「それが分かるまで私はきっと…」

「でもそれさぁ」

 ケビンは首を後ろに向けてエルムに問う。

「兄ちゃんの事、好きか嫌いかに関係なくない?」

「…?でも」

「好きになったり嫌いになったりするのに理由なんていらないだろ?」


 浮かび上がった敵機にフィオはどうするか躊躇した。どういう原理で浮かんでいるのか分からないからだ。対処の仕方が判断できない。

「撃っていきなり爆発したりしないだろうな」

 フィオは引き金に手をかけどうするか悩む。

 ふとフランなら何か分かるかもしれない。フィオは通信を繋げようとして、

「…通信不能?妨害電波は…出ていない?」

 どういう事だ。ECMで妨害されている訳ではない。

 どちらかと言うと電波が悪い様なそんな感じだ。

「さっきまでは普通だった。変化した要因は」

 敵機だ。敵機が浮かび上がった途端に通信が悪くなった。

 浮かび上がる事で電波が悪くなる、その因果関係は何だ。

 それが敵機の正体を知る唯一の手掛かりだ、けれどその時間を敵機はフィオに与えなかった。


 ベンもまた驚きのあまり目を離せずにいた。死に体であるはずの敵機が浮かび上がるさまを見て夢でも見ているのかと思った。

「班長?どうしたんですか?」

 まだ照明弾にやられた目が回復しないのかボルドは瞼を抑えたままベンに声をかけた。

 ベンはその声にハッと気付かされるが何と答えたらいいものか返答に迷う。

「俺にも何が何だか…」

 分からないんだと言葉を続けようとして、再び強烈な酔いに襲われた。

 立ってもいられず膝をついてしまう。

 ボルドも崩れ落ちる様にして地面に転がる。

「一体何なんだよこれは…っ!」

 視界が揺れる。そう思った。

「…違う」

 揺れているのは視界ではない。周囲の建物だ。何かの力に押されているかの様に建物が縦に横にと揺れる。やがての揺れは大きくなり建物は歪んで、

「っ!逃げろボルドぉ!!」

 建物が大きく揺れる。その揺れに建物は耐えきれずそして―


 強烈な衝撃が突然起きた。

 計器には何も反応は見えない。だが周りの建物が弾けるように崩れヴァルキリーにもその衝撃波が叩き付けられる。

「何だこれ―っ」

 重量のある陸戦兵装のおかげかヴァルキリーが吹き飛ばされる事はなかった。

 しかし敵機は違ったようだった。

「動き出した!!」

 弾け飛ぶかのように敵機は動き出した。衝撃波は恐らくあの敵機が出していた。あれは飛ぶための物だったのかとフィオは気付いた。

浮かび上がった敵機が踵を返して再び動き出すのを黙って見ている訳にはいかない。向かう先には技術連合の秘密研究施設がある。エルムの脱出報告はまだ届いていない。フィオは悪態をつき操縦桿を握り機体を前進させる。砂埃を上げてヴァルキリーは突き進む。しかし敵機は家屋や建物を飛び越え直線距離で進み距離を離されていく。

「くそ!!通信が繋がらないからシルバー・ファング号にも隊長にも援護を頼めない!!こっちに気付いて動いてくれてればいいんだけど!!」

 だがシルバー・ファング号では艦砲で街ごと破壊しかねない。ロイの機体は先ほどまでの通信によれば兵装の殆どを失っている。援護に来ても戦闘は難しいかもしれない。

 だが空を飛ぶ相手に陸戦兵装のヴァルキリーでは太刀打ち出来ない。

 駄目もとでミサイルを使うかとフィオは考えたが墜落した時に被害がどれだけ出るか分からなかった。

「何か動きを止める方法を考えないと!!」


「難しい事、考えなくてさ。もっと好きか嫌いかだけで考えてもいいじゃないか?」

 他人から見たら理解の出来ない感情でも好きな物は好きなのだから仕方がない。

 ケビンはソード・ブレイカーが好きだ。

 それは技術連合の革新的技術が使われているからでその一つ一つに感動を覚えている。そう言った事を前にジャックに話したら変な虫でも見るような目を向けられた。

 それでもケビンはソード・ブレイカーを、技術連合への憧れを捨て切れずにいる。

 何時か彼の地へ行く事を夢見ている。そんな熱意が彼を突き動かして星間連合内、最年少の整備員になった。祖父であるジャックはあまりいい顔をしなかったが技術を教え込んだのはジャック自身だ。

「好きなら好きって言っちゃえばいいんだよ。言われた側だって嫌な気持ちにはならないさ」

「好きにも色々あるじゃないですか。それが分からない内に伝えちゃっていいのかなって」

「だったらデートでもしてみたら?恋人同士じゃなくてもデート位しても大丈夫だろ?」

「そうですね。私もよくしています」

 ケビンは思わずエルムの顔をまじまじと振り返って見つめた。

 意外と魔性な女なのだろうか。ケビンはその相手が同性である事を知らない。


 フィオの焦りと正反対に敵機は飛んでいく。

 もう目の前にコンクリートの建物が見える。

「このぉぉぉ!!」

 フィオは敵機の側面のギリギリを狙って光弾を放つ。

 威嚇射撃だ。自分のすぐ横に飛んでくる光弾を普通は回避しようとする。

 少しでも動きを止められれば何か対処できるかもしれない。そう考えての一発だった。

 しかし、

「止まらない!?何でだ!?」

 機体を掠めたにも関わらず相手は全く動じない。只、真っ直ぐへと建物へと向かっている。

「止まれ!!止まれ!!止まれぇぇ!!」

 叫ぶ毎に光弾が放たれる。焦りから照準が定まるよりも先に引き金を絞る。ビームは全て逸れて当たらない。そしてフィオの焦りに反比例するかの如く、敵機はその進みを正確に機械的に進めていく。

 その動きにフィオは自動操縦によるものだと気付いた。

 目標へと飛ぶ事だけを設定されて動いている。だから回避するという考えがないのだ。

 帝国の精鋭騎士とあろう者が自動操縦なんかに頼るという事はもう恐らく。

 そこまで考えに至った。しかし全てが遅かった。

「っ!!逃げろぉぉぉエルムぅぅ!!」

 フィオの叫びが操縦席に響く。

 その声は伝えたい人物に届く事はなかった。


 アイルは朦朧とする意識の中で目の前に近づきつつある灰色の壁をぼんやりと眺めていた。

 双腕肢乗機すら失った部下たちはまだ戦っているのに自分がこんな風に気を抜けている場合ではない。普段であれば考えられない事だった。

 それでもアイルは動く事は無い。既に大量に流れ出た血が彼の命を逃れえない死へと誘う。

 最後の力を振り絞って彼はそっと呟く。

「役割、は果たしました…よ。カノータス中…佐」

 目の前を染める灰色の壁を見てアイルは口角を持ち上げた。


 ダクトから出るとエルムは服についた汚れを軽く叩いた。

 外は闇夜に包まれ真っ暗だった。あの研究施設に入ってからかなりの時間が経っていた様だ。あまり気にならなかった。狭い場所に居続けるのに慣れていたから。

「…どうしてでしょう?」

「何が?姉ちゃん」

 エルムは首を傾げて何でもありませんと言った。記憶の蓋が開きかけたが直ぐに閉じてしまった。

「じゃあちゃんとフィオの兄ちゃんをデートに誘ってやってよ」

 ケビンは短い時間の中で躱されたエルムとの会話の中でフィオがエルムの事をどう思っているか悟った。分かりやすい程にエルムの事を気にしている。そしてその好意に当の本人は気付いていない。

 流石に哀れだ。この場に誰か他にいたらこんな子供に同情されるなんて更に哀れだと思っただろう。

「そうですね。フィオさんも苺パフェ、食べたそうでしたし」

「いや、それは…まぁいいか」

 ケビンはため息をついた。

「それよかさっきからポケットの携帯端末がなっているみたいだけど?」

「え?」

 エルムはポケットの中の携帯端末を取り出そうとする。

 視線がポケットの方に向いた瞬間、迫る脅威に気付けなかった。

 迫りくる巨大な圧迫感にケビンが気付いた時には遅かった。

「え…」

 鋼鉄が爆ぜる音がする。

 襲い来る死に体の鋼鉄が最後の牙を突き立てようとしていた。初めて感じる死への恐怖よりも先に体が先に動いていた。

「伏せろっ!!姉ちゃんっ!!」

 エルムがその声に反応して顔を上げる。

 しかし。


 ハティの身体が頭からコンクリートの建物へとぶつかる。その直後、ハティの身体を中心に強大な力が収縮する。

 これまで浮かび上がるのに使っていた重力子を一転して破壊の力に変えたのだ。一点に集中させた重力子は周囲の物を強引に引き寄せる。それは空間すらも捻じ曲げる巨大な力で重力子がねじ切ろうとする力と空間が元に戻ろうとする力の反発が起き、その反発が最大になった時、それは起きた。

 全てを呑み込む黒い穴、その名前は―


 収容したロイとフレデリックの機体の整備が終わり再出撃をしようとしていた矢先だった。フィオやベン達と連絡が取れなくなりシルバー・ファング号では残りの白兵戦部隊も投入する準備をしていた。

 しかしそれらは全て無駄に終わった。

 傷だらけの敵機がコンクリートの建物へ突撃する瞬間にマイカは口元を手で覆い声にならない叫び声をあげた。脳裏に浮かんだのは銀髪の少女。彼女の脱出の報告はまだ届いていなかった。

 格納庫でフランは拳を壁に叩き付けた。空を飛ぶ陸戦機に、その絡繰りに気付きながらも何も対処が出来なかったから。

「…エルム?」

 病室で治療を受けていたアリアが顔を上げた。何か言い様の無い不安感が胸を過ったからだ。

 そして敵機―後に神話に出て来る<月を食らう狼>と言う意味であるハティと言う名を彼らは知った―の最後の攻撃はただの突撃ではなかった。ハティを中心に周りの空間が歪み始めた。その光景を見てグレリオは息を呑んだ。

 あの時の鉱山での襲撃と同じ光景だったからだ。

 全てを一瞬で削り取る一撃。狼が月を食らった後の月蝕を思わせる光景だ。

 その月蝕の一撃をシルバー・ファング号のセンサーは正確に捉えていた。だが地上ではありえない物を検知し警告音を出している。

「…なにこれ」

 リリアは知らず知らずの内に呟いていた。

 それは宇宙空間で稀に観測される重力異常によって引き起こされる現象だった。

 囚われれば最後、逃れる事の出来ない重力の渦。

「ブラックホール…?」

 黒い渦に呑み込まれ灰色の建物が消えていく。

 半秒にも満たない時間だったが後に残されたのは崩れた灰色の建物。

 そして取り返しのつかない被害だけだった。


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