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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第3章 反骨の星
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第18話 <青翼>アイル・ガーランド②

 天井のダクトから飛び降りて来た少年にエルムはちょっと驚いた。フィオよりも幼いだろうその少年が軍服を身に纏っていたからだ。

 しかしよく考えればアリアやリリアだって十分に幼いの分類に入るだろう。

「えっとアンタがエルム・リュンネさん?」

「そうですよ」

「そっか。ま、今こんな所にいるんだからそれもそっか」

 少年はそう言って頷くと自分がフランの言いつけでここまでエルムの事を迎えに来たことを告げた。

「今外じゃあダーナ帝国の奴らが街内にまで入り込んで来たみたいでさ。危ないから避難するようにだって言ってたけど」

「分かりました。すぐに行きましょう」

 天井のダクトから垂らされたローブを昇って途中、少年に腕を引っ張ってもらった時に意外と力強いのに驚いた。その手は小さな子供の手なのにごつごつとしていた。

「そう言えば貴方は何て言うんですか?」

 お名前聞いていないですとエルムは少年に尋ねた。

「ケビン。ケビン・パトリオット。フィオの兄ちゃんの友達だよ」


 壁を乗り越えたと言う情報を聞き整備班の間では動揺が走った。敵機の形状はこれまでの戦闘データから確認している。その情報から判断するに敵機の重量やスペックでは100メートル近い、それも垂直の壁を昇ることなど不可能だ。いや現存するどの陸上機を使っても無理だと言える。

 だが現に敵機はそれをやって見せた。一体どうやって。一方ならぬ技術者としての知識と技を持つ整備班達でもその答えは出せなかった。

 ただ一人、整備班班長のフランを除いて。

「そんな…まさか!!」

 しかしフランもその推測が正しいとしてもどうすればそんな事が可能になるのか全くの想像もつかなかった。

 理論も打ち立てられない。技術の再現も出来ない。

 だがそれ以外にその現象を説明できるものはない。

 背筋が恐怖で震えた。星間連合とダーナ帝国では技術力に格差があると言われている。それはダーナ帝国の主力兵器であるデュランダルとS2-27のスペックに大きな差があるからだ。その差をダーナ帝国はパイロットの技量で補う事で戦線は膠着している。

 だがもしもダーナ帝国が星間連合を上回る技術を持っていたら?

 その一つが今、フランの前で明かされようとしていた。


 一直線に進む事も出来た。しかしそれでは機体にどんな損害が出るか分からない。只でさえ<雀蜂>との戦いでダメージが残る機体を無駄な損害でこれ以上傷つけるつもりは無かった。故にアイルは高速で機体を駆りながらも道無き道をではなく道ある道を行く事にした。

 だがそれははっきり言って人の技とは思えなかった。

 時速200キロ以上の速度とあの巨体でどうして減速せずに曲がれると言うのだ。

「班長‼シルバー・ファング号より入電!!ランスター少尉が敵機の前に回り込めました!!足止めを試みるとの事ですが市街戦につき戦闘は困難と考えられる、歩兵による双腕肢乗機の破壊を求むとの事です!!」

「無茶を言ってくれるな!!大筒の用意は⁉」

「出来ています!!ランスター少尉にも数秒で良いので確実に相手の動きを止めて欲しいと伝えてあります!!」

 ベンは大筒と呼んだバズーカを肩に担ぐと副長に通信担当の兵と一緒に残るように命令する。

「シルバー・ファング号からの連絡をここで送り続けるんだ。適宜、そっちで動いてくれ!!ボルド、お前は俺と一緒に敵機の方へ向かうぞ!!」

「了解しました班長」

 禿頭のボルドもベンと同じ武器を持ち頷いて見せる。

「班長!!私たちは⁉」

「空を警戒!!また見えない戦艦が出てくる可能性がまだある!!ゼーラ、お前の眼が頼りだぞ!!」

 了解ッスと若い部下が応える。

 大きな光が見える。ヴァルキリーのビームブレードだろう。ベンはボルドと共にその光の下へ目指し走り出した。


 双腕肢乗機は市街地での戦闘に向いていない。フィオは改めてそう持った。周囲の建物が邪魔で上手く動けない上に電線もある。高圧電流が誤って触れれば伸縮ケーブルに異常をきたして動けなく可能性もある。しかしそれは相手も同じ、そう思ったが、

「冗談も大概にしてくれよ…!!この距離で弾丸を躱すかっ!?」

 アサルト・ライフルから吐き出される弾丸を敵機は決して広いとは言えない道路で前後に大きく移動しながら、時に小刻みに左右へと機体を振る事で躱し続けている。

 普通では考えられない様な動きをする敵機にフィオは背筋を震わせながらビームブレードを振って横を抜けようとして敵機を牽制する。道路のど真ん中を占領する事でどうにか敵がこれ以上、前に進まない様にしているが気を抜けば何時抜かれるか分からない。

 だがフィオにはここを抜かれる訳にはいかなかった。

 ここを抜かれればあの敵はあの場所へと向かってしまう。

「艦長!!あいつが、ダーナ帝国が狙っているのは本当に技術連合が残したあの研究施設なんだな!!」

『現状それしか帝国が狙う物がない。先ほどの<幽霊船>からの投下もあの施設を狙っていたしね』

「畜生っ!!」

 フィオは再びアサルト・ライフルを放つ。どうあっても進ませるわけにはいかない。

 何故ならまだあの施設には彼女が残っているのだ。

『リュンネ君の避難を急がせている。事情を一部伏せてケビン・パリオット伍長を借り受けて避難の手伝いをしてもらっている。だからランスター君、それまで粘ってくれ』

「言われずともぉ!!」

 アサルト・ライフルの弾丸が尽きる。すかさず短銃身拳銃型光学砲(ガンド)を抜いてビームを放つ。それさえも回避する敵の動きにフィオは奥歯を噛み締める。

 普通ではない。パイロットの技量とかそう言った事の前にあの機体には何か隠された機能がある。そう考えているとフランから通信が入る。

『ランスター!!敵機の動きに絶対注意しなさい!!』

「やっているがそれが何か!!」

『常識を捨てるの!!空間移動、は兎も角だけど空を飛ぶ位は考えて!!』

「陸戦機でそんな無茶な!!」

 何を言い出すんだこの人はとフィオは距離を詰めて来た敵機にビームブレードを振り下ろした。敵機は横にそれを躱してそして、

「……はぁ!?」

 ヴァルキリーの頭上を飛び越えた。

 宙返りするようにしてヴァルキリーの上を飛び越えるとそのまま着地し、再び加速しようとした所で、

「本当に飛びやがったぞ!!」

 フィオは残っていた試作対ミサイル迎撃弾頭のミサイルを放つ。

 これは本来、味方の近くで爆発させてはいけない類のミサイルを爆発させない為の兵器だ。原理は単純である。まずミサイルの先端に双腕肢乗機にも使われる指を備え付ける。試作対ミサイル迎撃弾頭ミサイルは敵のミサイルに反応して<行動規定>に従いそれを捕獲する。その後、そのミサイルを遠くまで運び十分に離れた所で爆発して敵のミサイルを阻止すると言う仕組みだ。

 そこまでして味方の近くで爆発しては困るミサイルって何とフィオは聞いた。フランは「いわゆるBC兵器よ」と答えた。成程、確かに細菌やウィルスは怖い。けれど宇宙空間でそんな物を撒かれてもあまり意味ないんじゃないかそう聞くとフランは「全く意味はない」と答えた。あくまでそう言った兵器を防ぐために試作されたが実際に使った事例は皆無だ。

 <ランド・ユニット>と同じく試験目的で偶々積んで来たとの事だったがここに来てまさかの活躍だった。

 フィオは試作対ミサイル迎撃弾頭の設定を変更し敵機のタイヤを目標にした。

 文字通り足を止める。その為に放たれたミサイルは一発だけ上手くタイヤを抑える事に成功した。

 これには流石の精鋭騎士も目を見開いた。

「まさかこちらの動きに反応して…っ!!」

 アイルは驚きの声を上げた。相手にしてみればこちらの機動は想定外の筈だ。

 それにも拘らず着地の直後を狙ってのこの一撃。動きを押さえられアイルは歯噛みした。

 だが動きを抑えられたと言っても大したことは無い。すぐさま後輪を全力で回せば簡単に動きを阻害している物を弾き飛ばす事が出来る。アイルはそう考え操縦桿を操作しようとした。


「いやその数秒が命取りだ」

 誰に聞かせるわけでもなくベンはそう呟いた。

 僅かな束縛、ほんの少しの間だけ動きさえ抑えられればそれでよかった。

「動き回られなければ当てられるからな!!」

 そう言ってベンはバズーカを構えてトリガーを押した。

 放たれたロケット弾には火薬は積まれていない。代わりに組み込まれているのは蓄電装置だ。弾頭には小型のパイルバンカーが4つ付いてあり衝突と同時に4つの杭が突き刺さる。その杭から溜め込まれた電流が流される。

 ワイヤー・ガンと同じ仕組みだ。大量の電流を流す事で双腕肢乗機の伸縮ケーブルを破壊し電子回路ごと壊す。

 歩兵用に開発された対双腕肢乗機破壊兵器だ。

 難点は高速戦闘を行う相手には狙いを付け難い上に発射できるのは一発限り。

 宇宙空間で使うのは論外で地上でも使う際には注意が必要になる。

 しかしその分、威力は莫大だ。

「ぐぅぅぅ!!」

 操縦席にまで流れ漏れた電流にアイルは目を血走らせる。

 だが、

「ここで倒れる訳にはいかない…っ」

 アイルは再びハティを飛び上がらせる。建物を乗り越えて目的地へと向かおうとするが、

「させるか!!」

 フィオは短銃身拳銃型光学砲を放ち撃ち落とそうとする。それに対してアイルは残った鉤爪を射出して盾にする事で防いだ。最後の武器を失いながらも飛び越えに成功したアイルは再び加速して目的地を目指す。

「この!!待ちやがれ!!」

 未だエルムが無事に避難したという連絡は来ない。フィオは無限履帯を走らせ後を追う。しかし身軽になった分、ハティの方が速い。

 あと2分もあればあのコンクリートの建物に着いてしまう。足止めしようにも原理は分からないが相手は跳躍し建物を乗り越えられる。市街地であまり派手な動きは出来ない。フィオは脳をフル回転させる。

「残っている武器はミサイルが3発と短銃身拳銃型光学砲、ビームブレードだけ…っ!!動きを止めないと当てるのは難しいし、ヴァルキリーじゃあ動き回ると…」

 とフィオはハッと気付いた。

 そうだ。ヴァルキリー以外にも手はある。

「シルバー・ファング号!!支援を頼む!!」

『無理ですよ!?艦砲なんか撃ったら街が余裕で半壊しますからね!?』

「違う!!使うのは照明弾だ!!」

『…成程ね。でもそれだとランスター君も巻き添えだよ?』

「リリア!!角度と方角を電流と電圧で計算してくれ!!」

『…!分かった』

 フィオの言葉にリリアは一瞬驚きの表情を作るが直ぐに頷き計算を行う準備をする。

 フィオは短銃身拳銃型光学砲を一丁、両手持ちで構える。砲身が短く狙いが定まりにくいのを少しでも補う為だ。

ここから先は目には頼れない。フィオは目を瞑り自分の動体視力を封じた。

『照明弾―投下!!』

『計算完了、数値は…』

 ケインズとリリアの声が同時に届く。

 次の瞬間、辺りを強烈な光が照らした。

「っ!!」

 その光にアイルは目を焼かれた。周りが見えず動きが取れなくなる。

 足を止めるのに成功したのだ。

 無論、光に目を焼かれるのはアイルだけではない。歩兵として同伴していたベン達も強烈な光に目を閉じた。フィオもこれを直視する事は出来ない。故に空間ウィンドウも見る事が出来ずに自動照準システムを確認する事が出来ない。

 唯一、この光から逃れられたのは遮光装置があるシルバー・ファング号の艦橋だけだ。そしてシルバー・ファング号から観測したヴァルキリーと敵機の位置からリリアに当てる為の最適な腕の角度を計算してもらったのだ。相手との距離からどの高さで腕を上げれば砲身の狙いが定まるか。読み上げる数値に合わせて伸縮ケーブルに流れる電流を操作する。

 リリアを信じフィオは引き金を引いた。自動照準すらも頼らずの射撃に強烈な光に目を焼かれていた事もありアイルは気付かない。

 はたして光弾はハティの身体を―

「―っ!!」

 

 見事に撃ち抜いた。


 建物の影に咄嗟に隠れたとはいえ照明弾の強烈な光から回復するのは時間が掛かりそうだ。直前のフィオとシルバー・ファング号とのやり取りからベンは何をしようとしているのかは推測できたが、

「確認するのは難しそうだな」

「と言うかこの距離で照明弾を使うのはやめてもらいたいですね」

 ボルドは瞼を手で覆いそう呻いた。そうだなと返事をしながらベンは霞む目を凝らして敵の様子を伺う。ぼんやりと浮かぶのは人の形をした何か―ヴァルキリーだろう。そしてその正面には横に倒れた機体の姿。

「やったようだな」

「ランスター少尉ですか?」

 ボルドはまだ目が回復しないらしい。尋ねてくるボルドにベンは頷きながら建物の影から出る。

「…?」

 とベンは頭を押さえた。何とも言いようがし難い悪寒の様な物、それを感じた。

 戦場の勘とかそう言った物ではない。もっと直接的な物で安い酒で悪酔いした様なそんな感覚だ。

「ボルドっ!!」

「班長、もですか?何ですかねこれ。気持ち悪いこの感じ…有毒ガスとかが漏れているようではないんですが」

 何某かの異常が起きている。ベンは直ぐにそう判断して通信装置を作動させた。

「シルバー・ファング号、応答してください。シルバー…」

 だがシルバー・ファング号は応答を返さない。電波障害かとベンはハッと顔を上空へ向ける。<幽霊船>がいるのではないか、そう考えた。しかしそこには何も無くただ夜空が広がっていた。

「じゃあこの電波障害は一体…」

 ベンは呻く。

 この時のベンにはこれが電波障害だとしか疑っていなかった。

 原因が別にあるとは思いもせずに。


 口から溢れる血の味にアイルは自分の命が残り僅かなのを感じた。

 機体も長くはもたない。火花が散り機体のあちらこちらから火の手が上がっている。コール・クリスタルを貯蔵する蓄電装置に被害が出ている。間もなく動く事も儘ならなくなる。

 武器も全て失って最後に残されたのはただ一つ。

「この身の…全てを…!!」

 アイルは目を見開き、その瞳から血の涙を流す。

 そして最後の力を振り絞った。

「安全装置解除―重力制御機関、完全開放っ!!」

 満身創痍の機体―陸戦用双腕肢乗機ハティはその最後を見せつけるかのようにカメラアイを光らせて。

そして、

「………夢でも見ているのかおい」

 フィオは唇を震わせた。信じられない光景だったからだ。

 既に武器の一つも持たない敵機が、ビームの直撃を受け今にも壊れそうなあの敵が再び起き上がったのだ。

 否、些か語弊がある。

 正確には、

「浮かび上がったぞ、おい…」

 陸戦用双腕肢乗機ハティ。その機体は今、空中に浮かんでいた。


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