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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第3章 反骨の星
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第15話 3人の指揮官

 ベンが敵兵の潜入に関して情報を得たのはその日の夜だった。ケインズがグレリオの下に乗り込んでからすぐに情報が送られてきた。

 行動を共にしていた若い部下は顔を険しくしながら送られてきた情報を読み、

「班長、この情報…」

「マズイな…」

 ベンも情報を確認すると顔を顰めた。

「援軍の戦車隊に紛れ、この街に侵入した可能性があるか。マズイなぁ早く見つけないと面倒な事になる」

 特に気になるのは相手がパルム惑星軍で使っている符丁を知っていたと言う事だ。

 符丁はかなり高度な機密だ。それが知られているとなるとあとどれ位の情報が流れているのか分かったものじゃない。もしかすると自分たち、星間連合軍に関しても情報が流れてしまっているかもしれない。

 ふとベンは浮かび上がった疑問を口にした。

「…ん?そうするとトリメトロアルコールを使っているスパイはどっちと繋がっているんだ?」

 トリメトロアルコールは人を簡単に酩酊させる薬品だ。酔わせて口を軽くさせると言う非常にアナログでしかも成功率も高くはない。何せ基本的に酔っ払いの言っている事なので口から出まかせという事もあり得る。しかしこのトリメトロアルコール、実は良く使われている。どんなに口が堅い人間も正常な判断を失うと途端に口を滑らしてしまう物だ。拷問などの痛みに耐えられても快楽に耐えるのは困難である。

 この薬がクルーに使われたとなり、ベンはスパイの可能性を考えて行動していたのだがここで一つ疑問が出た。

 このスパイはダーナ帝国と<ポラリス>、どちらと繋がりを持つのだろうか。

 両者が繋がっているのはもう前提と捉えていいが、スパイがどちらに属しているかで意味合いは異なってくる。

「前者なら長期的…後者なら短期的と言うよりもここ数日の事で…」

「班長?」

「あぁダメダメ。深読みしすぎるときりがない。こう言ったのは艦長の仕事なんだ」

「あの班長?」

「何でもないよ。街を巡回している班員にはこの情報を伝えて。相手はこちらの情報に精通している可能性があるって付け加えてね」

「了解しました」

 どの道、今の状況ではまだ判断するのには早い。ケインズにも既に同じ情報は行っている。何かあればケインズが絶対に気付く。

 そう言った策略謀略の類はあの人の専門だとベンは割り切って部下と共にスパイ探しを再開した。


 惑星パルムに着いてから3日目の朝を迎えた。この日は朝からミーティングの予定が組み込まれておりフィオ達はまたどんな無茶な作戦をやらされるんだろうなと考えていた。

 その予想に反することはなかったがそれ以上にその日のミーティングは最悪だった。

 ケインズが一通り状況とそれに伴い作戦を説明するとこれまで経験した事が無い位に重い空気に包まれていた。

 スパイの存在に敵兵の潜入、しかもその正体がまだ掴めていないと言うのだ。

 目の前の敵をただ倒せばいいと言う訳ではなく、目の前の敵を気にしつつ後ろから刺されない様に気を付けなければならない。これ程面倒な状況はない。

 あ、でも俺この前、同じ状況を味わったわー。しかもガチの味方から銃口向けられてとフィオは現実逃避をしながら渡された資料に目を通していた。

「あー…皆の気持ちは痛いほど分かる。ただ今はダーナ帝国をさっさと追い出す事を考えよう」

「そうは言いますがね艦長…相当面倒な状況ですよねこれ」

 ロイはそう言って溜息をついた。頭脳労働は専門じゃないと言って憚らないロイは目の前の敵をケインズが立てた作戦通りに完遂するのは得意だ。イレギュラーが起きてもそれをカバーして作戦を成功させる腕もある。

 だがそれも後ろを気にせず戦えるからだ。後ろとは隙の事ではなく、後方支援の事。情報戦や心理戦と言った頭を使うしかない仕事をやらないで済むからだ。

「まぁそう言うなロイ。何も双腕肢乗機小隊にスパイ探しとかは遣ってもらうつもりはないから」

「背中から撃たれるかもしれないってのが嫌なんですよ」

「そうならない様にする事、それ込みでの作戦だから」

 そう言うとロイは苦笑する。

 実のところ、重苦しい空気の9割がスパイと敵兵潜入の話に寄る物なのだが残りの1割は別の所にあった。

「だから何でウチの艦長はこう人の裏をかくような作戦ばかり立てるのが得意なんだよ」

「…流石、<白蛇>」

「いや怖いんだけど。なんでここまで相手の行動を予測して作戦を立てられるんだ?もうあの人がスパイだって言われた方が納得しちゃいそうなんだが」

 ひそひそと3人で話しているとマイカから静かにする様に叱責が飛んできた。

「しかし懸念は潜入している敵兵の動きですね。艦長の考えだと直ぐには行動しないとありますが」

「潜り込んできている人数に関しては既に分かっているからね。所持しているだろう銃や火薬に関しても限界がある。姿をくらませている以上、敵もこちらが感づいている事には気付いているさ」

「こっちが警戒を気にして直接的な攻撃は行わないと?」

「やるとしたら情報を混乱させる方だろうね。どの類の情報操作を行うかはまだ分からないけどこれに関しては情報操作の達人であるリリア君にお願いして不審な情報の発信に関しては全て監視してもらっている」

 どんな些細な情報も見逃さずに行う様に言ってある。

「まぁウチはリリアでどうかなりますがパルム惑星軍の方で何かあったら…」

「大丈夫大丈夫。バハムーシュ司令官に許可貰ってハッキングしているから」

 あ、これ聞かない方がよかったとその場にいた全員が思った。協力体制を取っているとは言え、他軍にハッキングを行う友軍はいない。

 許可をもらったとは言ったがいつも通り舌先三寸の口八丁で丸め込んだのだろう。苦虫を口一杯に噛み締めた相手の表情が目に浮かぶと誰もが嘆息した。


 初めから長い時間騙しておけるとは考えてはいなかった。街に入り込む事さえ出来れば上々だと考えていた。

「しかし対応が早いな。もう追っ手を掛けてきやがったか」

 オストーは血に濡れた軍帽を放り捨てると舌打ちをした。まぁこれも想定内だ。

「まぁいい。取り敢えずは例の機材の設置を急げ」

「おぅ…しかしオストーさんよ。こいつは本当に使い物になるのか?」

 そう言ってオストーの仲間の一人が怪訝な顔で尋ねる。

 それもその筈だ。渡された機材はこれまで見たことがない様な形をしていた。最新式の機材だとは言われていたが渡してきた相手が相手だけに信用が出来ない。

「それに関しては帝国の騎士様にも確認を取っているから大丈夫だ。使い方も今までのとそう変わらないらしいが」

「あの胡散臭い男が関わっている時点で俺は信用できないんだけどな」

「そう言うな。確かにあの細男は信用できないが現状、俺たちは利用されてやるしかねぇんだよ」

 オストーはそう言ってフンと鼻を鳴らした。<ポラリス>の主流派と袂を分かれ命を狙われて所を助けてもらった借りが一応はある。それに今はたとえ相手がどれだけ胡散臭い相手だろうと他に頼れるものはない。

 いずれにせよこの作戦が終わればオストーはダーナ帝国とのパイプを作れると考えている。これでも<ポラリス>の中の一派を率いている身だ。交渉ごとには慣れている。

 その為にもこの作戦を遂行させるのが交渉の第一歩だ。

「そんじゃまぁ…始めるとしますか」

 そう言ってオストーは機材の電源を入れた。

 幾つもの空間ウィンドウが開き青白い光を放つ。

 あの線の細い男から渡されたこの機材は最新鋭の通信装置だと言う。

 秘匿性に優れており敵地のど真ん中で使っても敵の索敵網から逃れるらしい。

「どこまで信用できるか分からねぇがな」

 そもそも星間連合とダーナ帝国では技術力で大きな差がある。完全な秘匿性など期待せず何時でも逃げ出せる準備をしておかなければとオストーは考えた。

 下手をすれば次の瞬間にロケット弾を撃ち込まれかねないのだから。


 通信の監視をしていたリリアは空間ウィンドウに一瞬、ノイズが走ったのに気付いた。それは本当に僅かな出来事で数値として見ても誤差と判断してしまいそうな物だ。しかしその些細な乱れがリリアには何か不安な物に感じた。

 論理的に説明しえないもの、これは勘でしかない。リリアはそう思いながらも自身の勘に従ってノイズの分析を行った。

 だが元々が本当に小さなノイズだった為か分析が出来るほどの材料がなかった。

 結局はサンプルとして保存するのに留め通信の監視に戻る事にした。


 ダンと大きく机を叩く音が会議室に響いた。

「俺は反対だバハムーシュ大佐!!そんな<お星様>が立てた作戦なんかに命かけられるか!!」

「しかもその作戦じゃあ街にだって被害が出るぞ!!」

 予想通り反対の声が上がりグレリオは落ち着けと一声かけてから、

「お前たちの不満も分かる。だが他に何かいい案があるのか?」

「それは…」

「他のエリアに応援を依頼して敵の部隊を見つけるとか…」

「無駄だ。既に援軍は断られているしこちらのエリアで起きている多発テロも知れ渡っている。各エリアの司令官は自分たちのエリアを守るのに手一杯だろう」

 状況が状況なだけに押し黙る部下たち。そんな中、一人の男が呟いた。

「私は…この作戦で構わないと思う」

 それに賛同するように別の男も頷いた。

「ここは城壁で囲まれているし敵が攻めてくるとしたら東の正門か西の裏門からだ。城壁を破壊する程の兵器を持ってくるにしてもその動きはこちらで察知すれば…」

「何を言っているんだ!!これでは!!」

「確かに街へと被害が出るかもしれない。しかしこのまま無策で動くより勝てる可能性が高い手段を取るべきだろう!?」

「お前!!住民がどうなってもいいっていうのか!!」

 そうじゃないと賛成意見を述べた男が叫ぶ。それを切っ掛けにしてか会議実は賛成派と反対派に分かれて意見がぶつかる。元より星間連合軍に不満を抱いている者が多く反対派の数もそうだった。意外にも賛成派がいた事は星間連合軍に対する不満よりも現状を憂う者がそれなりにいると言う事だった。パルム惑星軍の戦力だけではダーナ帝国を打破できずまた<ポラリス>も制圧する事が出来ない。そこに危機感を抱くのは当然だ。

 その為なら遺恨を脇に置いてでも使える手は使うべきと考えている。反対派はそれに対して星間連合軍が立ててきた作戦のリスクを訴える。この作戦では住民に被害が出る可能性がある。その上、与する相手はこちらの事情など関係ないよそ者だ。信用する事は出来ない。

 現状を打破するメリットと遂行する上でのリスクで会議室は真っ二つに割れた。

 口だけでなく手までが出始め騒がしくなる会議室にグレリオはすぅと息を溜め、

「やめんかっ!!」

 窓ガラスが震えるほどの声で叫んだ。

その気迫に皆が呑まれた。

「街への被害を懸念するのは分かる。被害対策は立てるし星間連合軍に対しても最大限の協力をする様に言ってある。何よりこの作戦―成功すればダーナ帝国を一気に片付ける事が出来る」

「しかしそれはこの作戦通りに敵が動く場合だけで…」

 部下の懸念も尤もだ。敵が本当にこの通り動くかどうかは保証がない。戦いとは何時もそうだ。どんな優れた作戦を立てた所で確証はなく上手くいかないときは全く上手くいかない。

「だからと言って手をこまねいている訳にも行くまい」

 それは賛成意見を述べた部下も言っていた事だが無策のまま動いても勝てる見込みはない。またこの街には城壁がある。艦砲にも耐えられる強度なので余程の事が無い限り壁を撃ち抜かれることはないだろう。守る箇所は正門と裏門の二つ、そこに戦力を集中させればいい。

「来るのでしょうか…」

 しかし賛成意見を述べた部下も敵の行動に関して、具体的には攻めてくるタイミングにはやはり不安があるらしい。戦力を二か所に集中させるとは言ってもそれを24時間継続させたままは難しい。

 皆が同じ様な顔をしている。

 こんな時、司令官として何をすべきか。グレリオはふぅと息をつきそして毅然とした表情で断言した。

「来る。敵の目的がこの街にあるのは分かっている。ならば攻撃を仕掛けてくるとしたらそのタイミングはここでしかない」

 作戦の遂行にあたり指揮を執る者が僅かな疑問も懸念も見せてはならない。

 決断は是か否かその二つしか許されないのだ。

「今、俺たちにできるのは備える事。それだけだ」

 グレリオはそう締めくくった。


 アイルは最後の挨拶をしに来たデーヴァを見送った。

彼はアイルに恨み言の一つも言わなかった。

「当然ですね。それでこそ私の部下、<青翼>中隊の一員です」

 アイルはそう呟いた。ダーナ騎士団の騎士として軍人として、なにより精鋭騎士として今この場で立つアイルにはそう言うしかなかった。

「ガーランド隊長、こちらも準備が整いました」

 副官がそう告げるとアイルは頷いた。

 彼の後ろには青く染められた陸戦用双腕肢乗機ハティがその役目が来るのを待っていた。

「エンジン及び全ての整備が完了しています」

「あの装置はどうなっていますか?」

「…そちらも準備できています」

 副官は目を逸らしてそう答えた。出来ればこの人にその準備を使って欲しくないからだ。だがアイルは自分の身に何かあれば迷わずそれを使うつもりだ。

「分かっていますね?私があれを使った後は貴方が残存の隊を率いて本国まで帰還しなさい。入手し得た情報は全て本国の<灰翼>殿に渡すのです」

「了解しました」

 アイルの決意は固い。副官はそう返答するしかなかった。

 アイルは遠く、目的地を睨んだ。

「隊員に通達、これより進軍を開始します。先発のデーヴァ小隊長との準備が整い次第、作戦を実行します」

「仕掛けるタイミングはやはり」

「えぇ。作戦開始のタイミングは…」

太陽が真上を照らす中、アイルは言った。


 S2-27に索敵専用の装備を換装させながらフレデリックとアリアは装備の注意点に関して説明を受けている。使い慣れない装備な上に重力下での使用だ。不安は拭いきれない。

「兎に角、重くなっているんで気を付けてくれ。出来たら戦闘は避けてもらった方が良いな」

「いや戦闘中にそれは無理だろ」

「索敵機としての役割だけ果たす、難しいと思う」

 整備班から言われてフレデリック達は渋い顔をする。とは言った物の機体の重量は確かに重くなっているので普段と同じ感覚で戦うのは無理だ。

「んーチューリップ少尉の方は距離を取れるからいいけど…どうする?アイザー少尉の方も追加武装でよければ遠距離用の武器を加えるか?もっと重くなるけど」

「いやこれ以上、機体が重くなると動かすのも苦労しそうなんだが」

「方法がある」

「なんだよ」

「アイザーが痩せればいい」

「出来たら苦労しねぇよ!!」

 何やらワイワイと騒いでいるが準備は進んでいる様だ。ケインズはその様子を観察しながら頼んでいたものが準備できているかフランに聞いた。

「元々はS2-27の追加装備用だったものを流用しているからなんとか間に合ったけど、その分ヴァルキリーの重量が上がっちゃうのよね」

「ランスター君、問題ありそう?」

「んー」

 フィオは提示されたスペックに目を通しながら考えそして、

「いやこれ位なら大丈夫、だと思う。使う機会が無かったらパージしてもいい?」

「そこの判断は任せるよ。可能性の一つして準備をしておきたいだけだからね」

 グレリオには話していないがこの作戦にケインズは一つ、懸念があった。それはダーナ帝国以外からの横槍だった。

 しかし確たる証拠もない上にその存在も曖昧だ。だからケインズは対策を一つ講じるだけにしておいた。

「打てる手は打った。あとは敵の動きを待つだけだ」

 ケインズはそう呟いた。壁の時計はもうすぐ午後に差し掛かろうとしている。

「敵が動くのはほぼ間違いなく…」


 グレリオは会議室に集まる面々を見渡し最後の確認を行う。

「この一戦でダーナ帝国との問題は片づける。各々、最善を尽くせ。お前らが侮る<お星様>達よりも成果を上げられなかったら他のエリアの奴らに顔を向け出来んぞ」

 そこで一度グレリオは言葉を切った。そして、だがと呟き、

「反対に俺たちが<お星様>よりも格上だと見せつけてやればあいつらは勿論、他のエリアの連中にも胸を張れる。このエリア37の部隊は最優なのだと」

 見せつけ思い知らせてやれ。敵にも味方にも自分たちの力を。

 時計の針は午後を過ぎた。

「作戦の予定開始は…」


 惑星パルムでこの時、3人の指揮官が同じ言葉を口に出した。

 ―夜である、と。


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