第12話 スプーニーの取材・上
普段、双腕肢乗機の操縦者は軍服の下にパイロット・スーツを着込んでいる。戦闘態勢にすぐに移れるようにする為だが、この日フィオは軍服の下に初めてパイロット・スーツではなく白いワイシャツを着ることになった。
「スプーニーの目的?」
ケインズから切り出されたのは思い掛けない話題だった。艦長室に呼ばれいきなりケインズからワイシャツを渡され着替えるように言われた。室内にはマイカやフランがいたのだがここで着替えるのかと目で訴えかけると、
「あ、大丈夫ですよランスター少尉。見えても気にしないので。もしあれでしたら後ろを向いていましょうか?」
「ガキに興味はない」
マイカからは変な気遣いをされてフランからはバッサリと切り捨てられた。マイカ達からしたら見ても恥ずかしくない相手、子供なんだなぁ自分はとちょっと拗ねてフィオは着替え始めた。
「そうさ。その目的が何なのか見当がついたからね。少しランスター君に協力してもらおうと思ってね」
「俺が?」
フィオは首を傾げる。
「まずスプーニー女史の目的を―まあ私の予想だけどはっきりしておこう。彼女はフィオ君からヴァーナンド・ランスター氏がこの惑星パルムに訪れていた、その証拠を引っ張り出そうとしているんだ」
「はぁ?それが目的って…何の意味があるんだそれ?」
フィオがそう言うと3人はあぁやっぱりといった顔をした。
「ランスター君。技術連合の出身者が最前線に来てはならないのは知っているかい?」
「……え?そうなの?」
「うん。シャルロット殿下の顔も知らなかった君だから星間連合条約の中身なんて知っている訳ないよなぁとは思っていたけどね」
それ故にケインズは奇襲作戦を仕掛ける前のミーティングでフィオに頼み事をしたのだ。ヴァーナンド・ランスターについてあまり吹聴しないようにと。
時間がなかったのでその時はしなかったその理由をケインズは行った。
技術連合の出身者が最前線に訪れてはならない事、違反した場合にどうなるかと言う事。
話が進む連れフィオの顔は面白いくらいに青くなっていった。
「最終的には技術連合の併合、その流れに世論を持っていくつもりなのよ」
フランは物憂げにそう言った。
「技術連合の技術者が条約を破り、最前線に訪れていた。情報の流出の危険があるので星間連合による統治が必要だ―そんな所かなぁ。もしかしたら星間連合が銀河連邦って言葉に書き換えられるかもしれないけど」
「あぁ銀河放送局って銀河連邦のテレビ局だっけ」
どうでもいいようにフランは呟き天井を見上げた。正直、もしもスプーニーが目論んでいることが実際に起きたら想像以上に危険なことになる。
「じゃあ世論がその方向に傾いたら技術連合の併合が実現しちまうってこと?」
フィオがそう尋ねると、ケインズは首を横に振り、
「簡単にはいかない、と言うより無理だ」
ケインズは断言した。ケインズは仮にスプーニーの目論みが成功した後の流れについて大よその予測をしていた。
「まずさっき言った通り、技術連合の併合もしくは統治の話が出てくるだろうね。同時に技術連合に与えられている特権の撤廃だ」
星間連合はアースガルド王国と銀河連邦、そして技術連合の3つの惑星国家群によって結成された同盟だ。連合間には様々な取り決めがされている。そのうちの一つに星間連合軍への兵士と戦力の提供義務というのがある。星間連合軍は様々な惑星からの出身者によって成り立っている。最前線の開拓惑星の様な惑星を除けば独立した惑星統治機関がある惑星ではその規模に応じて兵力と戦力の提供は義務である。
しかし技術連合にはその義務がすべて免除されている。技術連合がその目的である科学技術の進歩に集中できるようにと言う措置だ。
そして有事の際には他の惑星と同じく星間連合軍が条約に則り戦力を送る事が決められているが技術連合は最新技術を駆使した艦隊を所持している。その詳細はケインズも詳しくは知らないが無敵艦隊と称されているらしい。
その事が一部の人間から不満を買っている。そのうちの1人がスプーニーだ。
「自分たちの領土を守る戦力はあるくせに他の惑星を守るためにその戦力を使おうとしない。その上、有事の際には星間連合軍を当てにする気である卑怯者だ―と前にスプーニー女史は言っていたね」
「失笑ものね。技術連合の特権が全て無償で渡されているとでも思っているのかしら」
フランは鼻で笑った。
特権を享受する代わりに技術連合には様々な条件が課せられている。
例えば技術提供だ。1つの惑星国家群が総力を挙げて生み出し続けるその最先端技術を他の星間連合の惑星国家は無償で受けることができるのだ。
「特権を剥奪された後は?今言った兵力と戦力の提供義務だっけ、それ以外にも特権ってのはあるんだろうけどそれが全部剥奪されるとどうなるんだ?」
フィオが尋ねる。息苦しさを感じてワイシャツの一番上のボタンを外していると横からマイカは手を伸ばし留めてしまった。ついでに乱れていた襟も正される。不意に近づいてくるものだから普段嗅ぎ慣れない大人の女性の匂いに一瞬ドキリとする。
そんなフィオの様子など気付きもせずにケインズたちは話を進める。
「技術連合は食糧の生産技術も星間連合内で一番だ。食糧自給率は100パーセントを維持しているから特権を奪われすぐに国家として成り立たなくなるとは言えない」
惑星を運営していくうえで最も重要なのは食糧だ。これが確保出来ていないと人は簡単に死んでしまう。星間連合内でも食糧自給率が低い惑星国家はどれだけ経済力を持っていても他の惑星国家から足元を見られてしまう。
「だけど星間連合から離れるのは難しいだろうね」
「何でだ?」
「技術連合がある星系にはクロス・ディメンジョンがバルバス星系としか繋がっているものしかないんです」
とマイカは言った。手櫛でフィオの髪を整え終わるとマイカはフィオから離れた。
やっと落ち着く距離になれたフィオはその言葉に首を傾け考えると、
「それクロス・ディメンジョンを押さえられたら技術連合って何処にも逃げられなくなるよな?」
「食糧も大事だけどそれ以外にも色々あるしね。航路を封鎖されたら技術連合も窮地に立たされるのは確実ね」
「それで大人しくしている様な連中でもないだろう?」
ケインズはため息をついた。ケインズがしたスプーニーの目論み通りになった場合のその予測、その行き着く先は、
「唯一のクロス・ディメンジョンを封鎖されないように件の無敵艦隊を向かわせるだろうね。星間連合軍と鉢合わせば…まぁ十中八九、戦闘になる」
技術連合とはただのインテリ集団の集まりではない。頭脳だけが特化した人間がどうして遥か昔、銀河連邦からの独立を果たせたというのか。技術者とは頭脳がずば抜けた人間のみを指すのではない。むしろ職人気質・現場からの叩き上げ程、その肉体はそこらのスポーツマンよりかは上だ。
「まぁつまりだ。スプーニー女史の目論み通りいくと星間連合は技術連合と内戦をする羽目になる。ダーナ帝国との戦争中にそんな面倒ごとは何がなんでも避けなければならないんだよ」
司令官の仕事がここまで忙しいものとは思わなかった。
普段の業務に加えて対外折衝、地域住民からの不安の声や諸問題にまで司令官のところに上がってくる。司令官と言う立場上、全ての業務の最終的な決定を行うのが最高責任者であるグレリオの仕事だとは分かってはいるがこの非常事態にこの仕事量は酷であった。
そこへさらに追い打ちをかけるようにしてグレリオの下へ送られてきたのは、
「……今、ロビンソンがどうしたと言った?」
額に青筋を浮かべるグレリオは報告を上げてきて副官にもう一度説明するように告げた。
副官は呆れた表情を隠さずもう一度説明を行った。
「はい。8番区画で酔い潰れているのを発見しました」
「酒か」
「かなり高いアルコール指数が息から検知されています。急性アルコール中毒にならなかったのが不思議なくらいです」
「今どこにいる」
「医務室で寝ています。急性アルコール中毒にはならなかったものの体調に異変を生じる可能性はまだあるとの事で」
グレリオは手元の資料を握り潰し、腹の底から低い声を出した。
「水をぶっかけてでも起こせ。只でさえ人手不足なんだ。弾除け代わりにもならないのなら相応の手段を取るぞ」
「了解しました」
グレリオの命令を実行すべく退出した副官を他所にグレリオはため息をついて積まれた書類の整理に勤しんだ。
この時、グレリオは時たま起こりうるただのトラブルだと処理したのが後々に大きな問題に至る事に気付く事はなかった。
「それでその軍人さんから話は聞けたの?」
「はい、スプーニーさん。ヴァーナンド・ランスターと言う人物が5年ほど前までこの惑星にいたそうです」
スプーニーは化粧をしながら静かに頷いた。その後ろでマネージャーのケイリーンがパルム惑星軍の軍人から仕入れてきた情報を報告していた。
「詳しいことまでは分かりませんでしたが、流れの技術者と名乗っていたと」
「やはり技術連合の出身である事は隠していたわけね」
ルージュを引いた唇を歪ませる。隠していたという事は何か疚しい事があるからだ。技術連合の出身者が最前線に来ると言う事だけで十分に問題だがスプーニーのリポーターの嗅覚は更に何か裏があると告げていた。
「ありがとうケイ。貴方が持ってきてくれる情報がなければここまで来れなかったわ」
「そんな事ありません。私はただ、これを使っているだけですから」
そう言ってケイリーンが胸のポケットから取り出したのは特注のライターだった。
一見すると普通のライターだがトリメトロアルコールと言う特殊なアルコールを使って火を点けている。これは火を点けると直ぐに気化して引火しづらい高濃度のアルコールに変化する。気化した高濃度のアルコールを近くで吸い込んだ人間は酒を飲んだ人の様に酩酊し吸い過ぎれば急性アルコール中毒にもなる。
「その酔った人から必要な情報を抜き取ってこられるのは貴方の巧みな話術があるからよ。もっと自信を持ちなさいケイ」
「そういっていただけると私も嬉しいですスプーニーさん。所詮、私のこれは接待技術でしかないと思っていたのに…スプーニーさんがここまで私を重用してくれたからこそ今の私があるんだと思います」
「私は貴方の才能を感じ取ったからよ。さぁ準備はできたわ。行きましょう」
化粧を終えたスプーニーは鏡に向かって強く微笑み、
「私が必ず、この惑星に隠された真実を解き明かして見せるわ。そして暴いて見せるわあの技術連合に隠された謎もね」
作戦を成功へと導いた若きパイロットへの取材、そう題されたフィオ達とスプーニーの会談は白々しい挨拶から始まった。
「では改めてご紹介を。ここにいるのが星間連合軍の誇る最新鋭機であるヴァルキリーのパイロットであるフィオ・ランスター少尉です」
「はじめましてランスター少尉。私はアンジェリカ・スプーニー、銀河放送局のリポーターです。こうしてお会い出来て光栄ですわ」
エルムに近づいたり予めフィオの事を調べ狙いすましていた癖にはじめましてとは中々図太い事でとフィオは呆れた。
満面の笑みで握手を求めてくるスプーニーの眼は笑っているようで実は猛禽類の様に鋭い。握手を求められ断るわけにもいかずフィオも応えるが不意に近づいたときに匂うきつめの香水の香りに顔を顰めた。
そんなフィオの表情に気付いて居ながら素知らぬ振りをする様はそうした態度を取られるのに慣れているからか。
「では早速ですが取材を始めさせて頂きます」
そうスプーニーが口を開くとフィオは背筋を伸ばし緊張を張り巡らせた。事前にケインズに言われた通り、ヴァーナンドがこの惑星に来ていた事は何があっても口を滑らせるわけにはいかない。そう覚悟して臨んだ取材だったが、始めは当たり障りもない話題から入った。フィオの経歴やケインズやフランの事について、作戦に当たりフィオの役割は何だったのか。そしてダーナ帝国の新型機を倒した所まで話が及ぶと、
「申し訳ないが敵の新型機については詳しい話は申し上げられません。何分、調査中ですし軍事機密になります」
「承知しましたわノーランド中尉」
と吹聴されるとまずい事に関してはこうして上官であるケインズやフランから止めが入った。
そうして取材は穏便に進む内に話はヴァルキリーの話題へ移った。
「ヴァルキリーの開発には技術連合の技術提供が大きく影響していると聞きましたが、よくあの技術連合からこれ程の有益な技術を引き出してきたと感服しますわ」
技術連合からの協力があったことを何処から知りえたとフランは怪訝な顔をするがすぐにスプーニーのバックにヴァルキリーの部品を下している企業がいることを思い出した。情報の出所は其処かと内心で嘆息した。そしてスプーニーが言ったようにヴァルキリーの開発には技術連合が大きく関係している。そう要となる小型化に成功したC2機関は確かに技術連合の協力あっての事だ。
「えぇ。今回のヴァルキリー・プロジェクトには技術連合から協力の申し出がなければ、成功しなかったでしょう」
「何でも技術連合のトップから直接、お話があったとか。どうなんでしょうかその辺りは?」
本当に何処から情報を仕入れてきているのだ。フランは背筋に冷たいものが流れる感触に苛まれた。どこから情報を拾ってきたのだろうか。技術連合からの技術提供があったのは既に知れている事だ。ただ具体的な技術提供者の氏名はヴァルキリー・プロジェクトの中でも恐らく片手にも満たない人物しか知らない。フランはケインズにすらその名前を伏せていた。その人物は余りにも影響力が大き過ぎた。知り渡れば何かしらのトラブルが起きかねない。その為に伏せていたのだが、スプーニーの表情を見る限りでは既にどこからか情報が流出しているのは確実そうだ。諦めてその人物の名前をフランは出した。
「はい、技術連合の連合総長であるローラ・ネメシス博士より技術提供を今回受けました」
ケインズは内心で驚いた。スプーニーがトップと言う言葉を使った事からそれなりに高い地位にいる人物を想定していたが遥かに上位の人物だった。
と言うよりもその人物よりも上の人間はいない。連合総長とは技術連合を統括する最高地位の人物であり同時に技術連合で最も優れた技術者に与えられる地位だ。技術連合は惑星国家群と言うよりも惑星研究所群とでも言った方が正しい。優れた技術者や研究者が尊ばれ選ばれる。選挙や貴族制の世襲制でもない。ただ単に実力のある者が高い地位占める。その最高地位が連合総長である。
「それは素晴しい事ですわ。連合総長は歴代の方々も中々、表舞台に立たない人物で顔も知られていません。参考までにどんな方でしたか?」
「私もお会いしたのは一度だけですが、とても聡明な女性でした。同性としてとても尊敬しております」
フランが当たり障りの無い返答をするとスプーニーはにこやかに笑い、
「なんでもネメシス博士は数多くのお弟子さんをお持ちとか。それも専門分野以外にも」
「後進を教育する事も技術者あるいは研究者にとって大切な責務ですので。特にネメシス博士程になると特定の専門分野と言うより全てに精通するジェネラリストの面が大きくなりますから」
「その幅広いジェネラリストの中には双腕肢乗機の設計も入っているのですね」
「そうですね。専門ではありませんが」
フランは嫌な予感がした。スプーニーの話題が急に技術連合、いやローラ・ネメシスの事に食らい付こうとしてきている。何が目的だと訝しんでいるとスプーニーは話の矛先を再びフィオに向けた。
「私はネメシス博士とは直接の面識はないのですがそのお弟子さんとは一人会った事があるのですよ」
「ネメシス博士のですか?」
「えぇ。名前はヴァーナンド・ランスター氏、ご存知でしょう?フィオ・ランスター少尉?」