第11話 渦中の人物
物凄く時間が空いてしまいました……
飯を食った後は有事に備えて一休み、その筈だったがケビンから携帯端末で呼び出され仕方なくパルム惑星軍の基地まで向かった。
しかし着替えるのが面倒だからという理由で軍服のまま言ったのが良くなかった。
基地の正門前に着いた途端にカメラとマイクを向けられた。
フィオは内心のイライラを抑えさながら丁重に断り続ける。
「ですから取材は艦長の許可がなければお受け出来ません」
「そう仰らずに一言で良いのでお願い出来ませんか?」
そう言ってマイクとカメラを向けているのはスプーニーではない。
地元のテレビ局の名前を名乗ったそのレポーターとその仲間は今回の奇襲作戦に関して一言と言って先程から引こうとしない。
どうしようか悩んでいると、ぬっと影が差した。レポーター達がぎょっとした顔するものだから何事だと フィオも振り向くと、そこには大男がいた。
岩石の様な顔つきで視線から殺気を感じる。齢はケインズよりも上、しかしその体格はロイや白兵戦部隊の面々に比類する。腕の太さだけでエルムの腰よりありそうだ。
「何事だ」
短くそう言うとフィオに視線を向ける。
正直、おっかない。しかし着ている軍服を見るにパルム惑星軍の人間の様だ。
肩をぶつけた時の事を思い出す。しかし背に腹は替えられない。
「取材の申込みだそうです」
レポーターは目を泳がした。明らかに動揺している。
この時になってようやくフィオは流石にレポーターの反応がおかしい事に気付いた。必要以上に大男に警戒、と言うよりも怖がっている。
この男に何かあるのかとそんな事をフィオが考えていると、
「何処の放送局の所属だ。素直に喋っておいたほうがいいぞ。今ならスパイ容疑で勾留する事だって出来るぞ」
「あ、いやそのですね」
「牢屋がお好みか?」
「す、すいません!!」
レポーターは顔を真っ青にして走り去っていった。大男はフンと鼻を鳴らした。
フィオはその様子を見て呆気に取られるが直に気を張り詰め直して、
「ご面倒を御掛けしました。申し訳ありません」
そう言って頭を下げた。相手の階級やら立場が分からなかったので下手に出た。
「構わん。マクシミリアンの部下か」
「はい。双腕肢乗機小隊所属、フィオ・ランスター少尉です」
「貴様が?」
大男は怪訝な顔でフィオを見下ろした。逆にフィオは顔を強張らせていた。ケインズを今、呼び捨てにした。アレでも艦長で他の組織と言えど気軽に呼び捨てにする事は無い筈。周囲のパルム惑星軍の人間が遠巻きにこちらを見ている。視線は大男に向けられ、その目には敬意と畏怖が込められている。
間違いないようだ。ケインズを呼び捨てに出来るとなればこの基地では一人だけだろう。
「あの、エリア37担当陸戦大隊の司令官殿で?」
「あぁそうだ。グレリオ・バハムーシユだ」
何かすごい人に助けを求めてしまった。後で問題にならないだろうかと不安になりながら、フィオは敬礼を行った。
「敬礼は不要だ。しかしマクシミリアンから聞いてはいたが、若いな」
まじまじと見下ろされ、呟く。まさかと思うが、ケビンと同い年に見られたのではないのだろうな。フィオは顔を顰めそうになった。
そんなフィオを他所にグレリオはレポーター達が逃げて行った方を睨み、
「先程のレポーターは…確か銀河放送局の下請けだったな」
グレリオは唸る様に呟いた。
フィオも出来る事なら頭を抱えて蹲りたかった。成程、だから星間連合軍の軍服を着ているとは言え、フィオが先の奇襲作戦の関係者だと直ぐに分かったのか。
誰の指図なのか分かりやすい程に分かりやすかった。
「貴様らがあれに手を焼いている事情には同情してやる。だが余計な問題をこれ以上増やすな」
グレリオはジロっとフィオを睨むと足早に去っていった。
別に問題を起こしたくて起こしているのではないとフィオは反論したかったが、階級が相手の方が遥かに上なのと所属している組織が違うので何も言うことが出来なかった。
「あれ兄ちゃんどうかしたか?」
正門前で待ち合わせしていたケビンがやって来て首を傾げる。
不機嫌そうな顔つきに何かあったのかと訪ねてくるが流石にお宅の指揮官さんのせいですとは言えなかった。何でもないと首を振る。
「それよか何だよ。見せたいものって。テロ騒ぎでそっちも忙しいだろ」
「兄ちゃんたちが奇襲に向かっている間に整備は終わっているよ。今から何かあってもすぐに対応できるように整備は出来ている。それよか実はさ、ヴァーナンド・ランスター氏の関係者って知ってからどうしても見てもらいたいものがあってさ」
そう言ってケビンが案内したのは例のコンクリートの建物だった。
入口とは反対側、裏手に回るがそこには換気用のダクトや室外機などがあるだけだ。
「爆発物実験場、てことになっているけど実際は違うんだ」
「は?違う?」
ケビンはダクトの柵を外してその中へするりと潜り込むとフィオを手招きする。誘われるがままその中へ入ると意外に綺麗だった。暫くダクトの中を進むがやはり埃は少なく綺麗だった。
「もっと埃とか溜まっているもんだと思った」
「よく潜り込んでいるからだと思うぞ。そこの窓から中が見えるんだ」
そう言ってケビンが指差した窓を覗きこむとそこには見慣れた人型の機体がはっきり見えた。これでカメラの一つでもあれば立派に敵情視察は出来るだろう。ロイ達が言うには映像資料の一つでもあれば被写体のスペックを分析する専門家もいるのだ。
フィオはケビンの尻をグーで殴った。
「機密事項!」
「いいじゃんかよ!!ちょっと位!!」
フランなんかに知られると後が面倒だとフィオは思い黙っていることにした。
その後も狭い通路を進んでいく。どんどん下に向かっているようだ。一体何処に向かっているのか、いい加減聞こうとフィオが思った時、
「よし着いた。この下だ」
そう言って手製の縄梯子と思われる物をダクトの下に降ろした。
ケビンの後を追い、下に降りるとそこには、
「…なんだこりゃ」
フィオは呆然と呟いた。そこは研究施設だった。コンピューターと思われる物から何に使うかよく分からない機械、巨大なガラスケースなどが至る所に並んでいる。
「1年位前かな?班長の酒瓶割っちまって逃げ回っている時にここを見付けたんだ」
「もう随分と人の手は入っていないな。それにこいつは…」
キーボードの配列や形が普段使っている物と違う。だが極稀にフィオも工場惑星に居た頃に見た事がある。
「気付いた?」
「技術連合の設備か?」
多分ねとケビンは言った。表の爆発物実験場は見せ掛けでどうやらここは秘密の研究室の様だ。フィオは自分の前言を撤回しこれはフランに報告どころかケインズに上げなきゃなと内心で呟いた。
「スゲー貴重な設備でさ。ヴァーナンド・ランスターも何でこんなの持っていたのか知らないけど、これを使えば技術連合の最新技術かわかったりするじゃないかと思ってさ。だけどなんとか使える様に出来ないかやってる全く駄目なんだ。兄ちゃん、何か分からないか?」
フィオは首を傾げた。今何かケビンの言葉に引っかかる物を感じたのだが、それが何か分からなかった為、フィオはとりあえずケビンが指し示す機械に目を向け、
「俺だって詳しくないけどさぁ…これ静脈認証システムじゃね?」
「裏技とか聞いてない?」
「流石に無理だぞ」
そもそももう随分と手入れがされていない様に見える。ちゃんと動くのだろうか。その可能性は低いように思える。
「そもそも使える様にしてお前はどうするんだよ」
「単に興味があるだけだよ」
興味があるだけでこの施設の事を上官にも黙っているのだろうか。バレた時のリスクは非常に高い。そんな眼でケビンを見ているとケビンは勘弁したかのように頭をかき、
「俺、何時かこの惑星を飛び出したいんだ」
そんで技術連合に行くんだとケビンは言った。
技術者の憧れの地、技術連合。
星間連合内で最も進歩した技術を常に生み出し続ける黄金を生む雌鶏。
「ま、技術者なら誰だって憧れるわな」
「そりゃそうさ。世界中の技術があそこから生み出ているんだ。技術連合に行けばもっと凄い物に出会える。もっと色んな事が学べる。そうしたらきっと…」
「きっと?」
言葉を切ったケビンは照れ臭そうに頬を染め、
「きっと…惑星パルムはもっと平和になると思うんだ」
「平和?」
「あぁ。安定して資源とかが採掘できるようになれば住民同士で揉めなくて済むし、今よりもっと凄い防衛設備ができればダーナ帝国の侵攻も防げて平和になるだろ?」
優れた技術には恩恵が付き物だ。
利便性を高め、利益を生みだす。けれどそれは長い年月を掛けて大衆の生活に浸透するまでに時間が掛かる。故に大衆の多くが技術の日進月歩に気付く事が無い。それを感じ取れるのは同じ技術者達だけだ。日々生みだされる技術、それが将来どんな恩恵を生み出すか。その可能性に気付けた時、技術者たちは未来に希望を見るのだ。
そんな事を昔、ヴァーナンドが言っていた事を思い出した。
「ソード・ブレイカーがここの設備を使って生み出されたんじゃないかって思うとさ、いつも考えるんだ。技術連合の力がもっと外に広まれば世界って平和に近付くんじゃないかって」
「かもしれない、な」
養父の言葉を思い出したフィオも頷く。ケビンはフィオの顔をジッと見つめ、
「兄ちゃんは?技術連合に行ってみたいとかもっと自分の技術者としての腕を磨きたいとは思わないのか?」
「…どうかな」
フィオは難しい顔をする。
一端の技術者として自分の腕を高めたいと言う思いはある。いやあったと言うのが正しい気がする。今は星間連合軍の軍人だ。軍人として知ってしまった世の中の事を今さら見て見ぬ振りは出来ない。
「俺も少し前までは銀河連邦の工場惑星に居たんだ。そこで技術屋として日銭を稼ぎながら仕事していたんだけど色々、事情があって軍人やってる。あの頃はそうだな…きっとケビンみたいに技術連合に行ってみたいって気持ちもあった」
でも何よりもあの時、想っていたのは、
「今いる、世界を飛び出してみたい。そんな事を考えてた」
「俺と同じじゃん」
「ちょっと違うかな。お前みたいに明確な目的地なんて無かった。只、今いる場所から飛び出してみたかったんだ」
工場惑星に定住する前はずっとヴァーナンドに連れられて各地を転々とした。それ以外にもヴァーナンドに色んな惑星を旅歩いてきた話を聞かされてきたからだろう。何か明確に目的があるのではなく只、一つの場所に居続ける事に違和感を覚えていただけだ。
そんな自分にヴァーナンドは何と言ってくれたか。ふと思い出してそれを呟いた。
「可能性は…」
「うん?」
「可能性は待っていてもやってこない。そうヴァーナンドに言われた事がある。何時だったかな、それも思い出せないんだけど覚えているんだ。ヴァーナンドが俺に何かをやり遂げたいなら思い切って飛び出してみろって言ったんだ。宇宙は果てしなく広いから何か一つくらい得られる物もあるだろうって」
その言葉はフィオの中で燻ぶっていて、成り行きだがこうして飛び出した先が星間連合軍だった。
「今、俺はこうして軍人としている。宇宙に出て戦っている。技術者としても道に戻れないとしても自分で選んだ可能性を掴む道だから後悔は無いな」
「ふーん。兄ちゃんも色々、考えてはいるんだな」
「考えさせられる事が多いんだよこの職場は」
フィオはそう言って机の上に手を置いて寄りかかった。すると老朽化が進んでいたせいかミシリと嫌な音を立てて慌てて手を離した。
「やば、壊れているのか…ん?」
手を置いていた机の上に紙切れが乗っているのに気付いた。フィオはそれを手に取り裏返すと、
「写真、か?」
「へぇ態々、紙媒体に残すなんて珍しいな」
「そうだな…ってこれ集合写真か?ここに写っているのって」
フィオは写真に写された人々に目を向けた。皆、白衣を着ていた。外見は老若男女様々だ。種族の違う者も多い。その中でフィオは見知った顔を見つけた。
「これ…ヴァーナンドだ」
「え?どれどれ?」
「この右上に居る奴。すげー気難しい顔している奴だ」
「へー…グレリオの旦那と年変わらないのかな。顔も厳ついし」
「職人気質なところあったからなぁ」
顔に出たんだろと言ってフィオはその写真をどうするか悩み、ポケットに仕舞う事にした。
艦長室でマイカが淹れたコーヒーに手を着けながらケインズは言った。
「正直言ってヴァーナンド・ランスター氏に関しては工場惑星の時からおかしいとは考えていたよ」
ケインズはそう切り出した。退出したレギンに代わり報告に来たフランにも意見を求める為に席を求めた。スプーニーの目論み、それを知ったフランは眩暈がするのか席に座り込み天井を仰いでいる。聞かされて気の毒そうな顔をしながらマイカはフランの前にもコーヒーを置くと同意する様に頷き、
「えぇ。技術連合の技術者が自国を離れる事はそう…」
「あぁいや。それもだけど。それ以上に不可解な事がある」
「と言いますと?」
「これまでの遍歴だよ」
記録によるとヴァーナンド・ランスターは4年前に工場惑星に移り住んでいる。そして僅か1年で死亡している。定住してからあまりに早い死にケインズは疑問を感じていた。死亡の原因を確認して見れば宇宙船での事故としか書いていない。
此処に来る前はまだ只の疑問で頭の片隅に追いやっていた。しかしそれがこの惑星パルムについた途端に再び湧き上がり、更に重要案件にまで発展した。
「けれど工場惑星に移り住む1年前までここ惑星パルムにいたんだろ?技術連合の関係者として。ソード・ブレイカーの開発期間はどれくらいか分かるかい?」
「少々お待ち下さい」
マイカが何かを調べるより前にフランが口を挟んだ。流石にこれ以上、惚けてはいられないと思ったのだろう。
「2年よ。確か2年掛かったってここの整備員が話していたわ」
「そうすると実質7年前からここにいた事になるよね?」
「そう言う計算になりますが…」
それがどうかしたのかとマイカもフランも怪訝な顔をする。
「ランスター君が養子になったのは何時?」
「5歳の時なので10年前…あれ?」
マイカは首を傾げた。何か今、違和感を覚えた。
その違和感をケインズは言葉にした。
「ヴァーナンド・ランスター氏は各地を転々とする流浪の技術者、惑星パルムの人間もそうした認識で覚えていた。けれど養子であるフィオ・ランスターに関しては誰も知らない様子である。ランスター君自身も惑星パルムに関してここに来るまで知らなかったようだしね」
「…ランスターだけここに来なかったとか。離れていた期間があるって言ってたわ」
「マイカ君。ランスター君の恒星間移動の履歴を確認できるかい?工場惑星のテロの時に調書の一つとして確認している筈だ」
マイカが素早く空間ウィンドウに指を走らせる。
「ありました。彼は工場惑星に定住するまでの間、長くても半年、短いと1ヶ月刻みで恒星間の移動を行っています」
「ランスターだけ移動…あ、駄目だ」
「はい。恒星間入港許可書は15歳未満が使用する際には特例を除き保護者の同伴が必要になります」
この場合、特例とは公的機関の許可か若しくは軍事に関する事かのどちらかくらいだ。
「恒星間移動の際に付き添ったのはヴァーナンド・ランスター氏だね、全て」
そう言うとマイカは静かに頷いた。
「つまり…どういう事?フィオが言うヴァーナンド・ランスターとこの惑星に訪れたヴァーナンド・ランスターは別人って事?」
「若しくはランスター君が嘘を…いえ、公的機関が残したデータにもはっきりと彼とヴァーナンド・ランスター氏の養子関係やこれまでの渡航記録は残されていますし」
「正直、謎過ぎる。フラン君の別人説もマイカ君の虚偽説も可能性はあるが裏付けは無い」
では一体、何者なのだヴァーナンド・ランスターとは。3人の間に気味の悪い沈黙が訪れる。正直、フィオの事を疑うつもりはない。普段の言動を見ていれば彼が何か裏表ある様な人物でない事くらい分かる。しかし、
「この謎を解くカギはやはり…」
そう呟いてケインズは前髪をかき上げる。
何時もの仕草だ、それに気付いたマイカとフランは肩を強張らせる。何か考えている時のポーズだ。それも周囲にとってあまりよろしくない何かに関して。
巻き込まれるのはどちらか、微妙に2人はケインズから距離を取った。
「うん。そうだな、確認する手段が無くもない」
「それは一体…?」
「ヴァーナンド・ランスターと言う人物がここに訪れていたのは事実だとしよう。目撃証言が惑星パルムの軍人からある訳だし。その上で彼が技術連合の人間だったのも事実だとしよう。そしてそれを証明する手段がフィオ・ランスター君にある」
「でも彼は惑星パルムに来るのが初めてで」
「何かある。そしてそれが何かをスプーニー女史は掴んでいるんだよ」
アンジェリカ・スプーニーの目的がフィオ・ランスターにある。その目的もケインズ達には見当が付いている。
「その証拠があればヴァーナンド・ランスター氏がこの惑星に居た事を証明できる…と言う事はヴァーナンド・ランスター氏が何者かって言うのも分かるって事じゃないかな。だって良く分からない人物がここにいたという証明は難しい、と言うより不可能だ。よく分からないつまりは不明と言う事で、不明な人物がヴァーナンド・ランスター氏だと特定する何かが無ければ此処に居たという証明にはならない」
「鍵はアンジェリカ・スプーニーが握っていると…で?どうするのよ。あの女の事だからスクープのネタを自分で明かすとは思えないわよ」
フランがそう言うとケインズもそうだねと頷き、
「だからスプーニー女史自身に話して貰おう」
「話を聞いてた?質問したところで素直に答える筈は…」
「待って下さい。艦長、まさか」
マイカが口の端を振るわせる。
こちらからネタの存在を尋ねても答えないのは明白。しかしそのネタをモノにしたいのもスプーニーだ。何処かでそのカードを切らなければならない。
だったら、
「マイカ君。スプーニー女史に連絡をして。先程の取材の件、私とフラン君の同席が条件であればお受けしますと」
「は!?何で私が…って艦長、アンタ!!」
「そう言う事だよフラン君」
ケインズはとても良い笑みを見せてこう言った。
「スプーニー女史の取材を受ける形でそのネタが何か確認させてもらおう」