第9話 想定外
これは想定外だ。乱暴に連れて行かれる帝国兵たちや平然と意味の無い暴力を振るうパルム惑星軍の兵士を見て、ここまで酷いとは流石に思わなかった。
ベンは溜息をつきそうになるのを我慢して辛抱強く説得を試みる。
「ロビンソン曹長、我々は共同戦線を結んでいる筈です。ですから…」
「何度も言わせんなよ。捕虜の扱いはこっちで決める」
ロビンソンと呼ばれた青年はベンよりも若い、10代後半ごろの男だ。拘束され帝国兵の頭にライフルの銃口を押し付け地面にうつ伏せにさせている。その背中に脚を乗せて踏みにじる度に帝国兵は苦しげな息を漏らす。口を挟んできたベンに鋭い眼光を浴びせ、その顔つきはまるで獣が牙をむいて威嚇している様だった。
「まだるっこしいんだよ。お前たちのやり方はな。さっさと口を割らせる事に越した事はねぇんだ」
はっきりとは言わなかったが拷問をするつもりなのだろう。そう言った噂や情報はベンの耳にも入ってきていて警戒をしていたらこれだ。
「捕虜に対する非人道的な行為は連合と帝国の間で結ばれた条約に反します」
「プッ!!」
ベンの言葉にロビンソンは馬鹿にしたように噴出した。他のパルム惑星軍の軍人たちも同じように失笑していた。
「おいおい。何処の誰が決めてかしらねぇ口約束に俺たちが従わなきゃいけない理由が何処にあるって言うんだよ」
「…ロビンソン曹長、子供染みた言い訳はしない方が良い。全体の品位に影響を及ぼしますよ」
「…話はそんだけか?これ以上ごちゃごちゃ抜かす様ならさっさと空に帰っちまいな<お星様>野郎が」
そう吐き捨てるとロビンソンはベンの肩を小突き立ち去った。
コレに怒りを見せたのはベンの部下たちだ。
「あ、の野郎っ…!!班長、何で言い返さないんっスか!!」
「明らかにロビンソン曹長の行いは国際条約に違反します。すぐに止めないと」
「班長がやらないて言うなら私がアイツの尻に弾丸ぶち込みます!!」
若い3人の部下にベンは苦笑しながら肩をすくめる。
「いや、俺も最後の方は挑発してしまったからな。強くは言えないが艦長には報告を上げておくよ」
「でもそれだと遅くないかしら?あの様子だと直ぐにでも始めそうな勢いだけど」
頬に指を当て部下の一人が懸念を示す。ベンとは同期である為、軍歴も長いからか若い3人と比べて落ち着いている。
「だけど証拠は無い。強制的に介入するのは越権行為になりかねないし、艦長の迷惑になる」
「はーん色々と面倒だな」
副班長がそう呟く。一応、彼もベンと同期で軍歴は長い筈なのだが、
「カウマン、お前も副班長ならもう少し緊張感を持ってくれよ。あと敵さんの備蓄なんかはどうだった?」
「ここに居た連中が3ヶ月は滞在していても困らない量はあったな。それよかちょっと妙だぞ」
ベンの小言を聞き流し、副班長は眉を顰めた。
「帝国製にしちゃあ、かなり質の良い装備を兵士全員が持っていた。真新しさから見て直近で造られたのは間違いないな」
「…資源不足のダーナ帝国にしては確かに妙だな」
ベンは顎に手を当てて考える。ケインズからも話を聞いてはいたが今回のダーナ帝国の動きには疑問点が多い。
その最大の謎がこの惑星を何故狙っているのかだ。唐突に惑星パルムに現れて、戦争状態になったがその動きにケインズも全く見当がついていないと言う。
「まぁ何が目的でこの惑星に来たのかはパルム惑星軍が調べてくれるんじゃないですか?合法かどうかは別として……あ、それはそうと」
眼鏡をかけた若い部下が何かを思い出したように話しだす。
「装備が真新しいで気付いたんですけど。ここの通信施設…」
白兵戦部隊からの報告を受けてマイカは眉を顰めた。
「衛星式の通信設備…?と言う事は宙に通信用の衛星が打ち上げられていると言う事ですか」
マイカは口元に手を当て考える。もしそんな物が惑星パルムの衛星軌道上にあれば昨日、シルバー・ファング号が降り立った時に気付く筈だ。リリアに視線を向けるとこちらの意図を察してフルフルと首を横に振った。つまり昨日の降下時にはその様な衛星は無かったと言う事だ。
いや本当に無かったのか?
こちらの索敵網に掛からなかっただけではないだろうか?
シルバー・ファング号は最新鋭艦、だが直近でその最新鋭艦でさえ出し抜かれた事があった。
「衛星式とは言いますが通信を繋げる中継機は人工衛星の類で無くても良い筈…まさか」
マイカの頭の中に思い浮かんだ物。それは、
「<幽霊船>…っ」
バラバラになった帝国の新型機を検分する為にフランはトレーラーでその残骸を集め持ち帰る事にした。フィオもヴァルキリー専用のキャリー・トレーラーに愛機を乗せると、基地へと戻る事にした。
車中では早速と言わんばかりにフランが空間ウィンドウでヴァルキリーのカメラ映像やフィオの話を纏めて行く。
「つまりあの全方位ビーム砲球っていう代物も手品の種さえ分かっていれば回避は可能ってわけね」
「<スラスター・ユニット>やS2-27ならな。今の<ランド・ユニット>だとやっぱり重たくて難しいと思う」
兵装の命中率と言うよりも機体のあの速度に合わせるのが並みの機体では難しい。
後ろを取られたら一巻の終わりだ。
「あのアンカーみたいな爪にも驚かされたけど、やっぱり一番は速さだな。うん、アレは怖い」
フィオは顎に手を当てて考える素振りを見せてから、
「自惚れとかじゃなくて…多分、あの速度に反応出来るのは俺くらいだと思う」
「それ位、速いってことね」
フランは顔を顰めた。フィオの反射神経や動体視力に関してはずば抜けているのは分かっている。そのフィオが自分にしか追えないと言うとロイやアリア達、ましてやパルム惑星軍に太刀打ちできる兵士がいるとは思えない。
「最終的な判断は艦長に任せるけど、アンタ暫くは帝国の新型機の相手を優先しなさい。複合防護盾もうまく機能しているし問題ないでしょ」
「いや、複数で来られたら危ないかも」
「対策は考えておく。敵機の速度を削ぐ方向で考えるけど…」
それから2人は色々、アイディアの交換を行い基地へと戻ると早速フランは新型機の残骸を検分し始めた。
フィオも新型機の検分には興味を示したがフランが許さなかった。フィオも技術者の端くれとは言え、兵器関連で言えばフランを始め整備班の面々とフィオでは月とスッポンくらいの差がある。仕方なく何処かで時間を潰そうと考えていると、
「お、いたいた!!探したぞ、兄ちゃん!!」
ケビンはフィオに向かって大きく手を振りながらやって来た。その手には飲料のボトルと揚げ菓子やら何やらが詰め込まれたバスケットが抱えられていた。
「ん?ケビン、だったか?っていうか何だよ兄ちゃんって」
「呼び捨てにしたら怒るだろうと思って。でも敬語使うのも癪だから、まぁこの位が妥当かなって」
「そうか何だったら少尉様でもいいんだぞ」
「絶対ヤダ」
ケビンはそう言って舌を出す。そしてバスケットの中から飲料のボトルを取り出すと、
「ほらよお疲れさん」
「お、ありがとな」
気がきくじゃんと言いながら飲み物を受け取ると、
「ヴァーナント・ランスター氏に関する情報提供の代わりだからな」
「あー…そう言う事」
フィオは苦笑するとポツポツと養父であるヴァーナントに関して語り出した。
「ヴァーナントとは10年くらい前に出会った…らしい。何分、物心つく前の事だから全然覚えていないだけどな。何があったのか詳しい事は教えて貰えなかったけど、俺の生みの親とは知人で事故に巻き込まれて死んだんだ。で、身寄りの無い俺をヴァーナントが引き受けたんだけど」
フィオはハァと溜息をついて、
「はっきり言って、育てて貰ったっていう実感がないんだよな。いっつも機械弄っているとこしか見た事無いし」
会話らしい会話も無かった気がする。思い出せるような事と言えば一般常識や義務教育課程の中で習う様な事、そして技術者としての知識と技を教えて貰った事くらいだ。
「まぁ無口な男だったよ。でも技術者としては尊敬していた。色々教えて貰ったけど、多分俺は半分も理解できていないからな」
その半分の理解でもまだ幼いフィオが工場惑星で一端の技術者として生きていけるには十分だった。
「話には何となく聞いていたけど…やっぱ天才だったのか?」
ケビンが尋ねるとフィオは無言で頷いた。
「間違い無く天才だよ。専門はC2機関の粒子制御関係だって聞いてるけど、それ以外だってそこらの技術者とは比べ物にならない程さ。その上、双腕肢乗機やら大型車両やらの免許も持っていたんだぞ」
今思えば何でそんな事まで出来てしかもフィオに教えたのだろうか。まぁその後の生活にも今の生活にも役立っているので文句はないが。
フィオは知っている限りのヴァーナントの話をした。宇宙船のトラブルに巻き込まれ、その場で修理を行って見せた事。ある惑星で軌道エレベータの建設に携わり、当初の計画よりも建設費を30%も削減して見せた事や逆に凝り過ぎて建設費を80%も増大させてしまって怒られてしまった事もあった。
ケビンからもヴァーナントがソード・ブレイカーを設計した話を聞いた。尤も直接本人にあった事はなく全て人づてに聞いた話らしい。
「専門じゃないのにあのソード・ブレイカーの設計をやっちまったんだよな…やっぱすげぇな。ヴァーナントさんって」
「と言うか本当にヴァーナントがあの双腕肢乗機の設計を1人でやったのか?」
「あぁ。そう聞いているぞ。開発には2年掛かったらしいけど、5年前に配備されてからはソード・ブレイカーがある拠点は負け無しさ」
「へぇ…おっと!!」
話しながら歩いていると前から歩いてきた兵士と肩がぶつかった。フィオは悪いと素直に謝ったが、立ち去る兵士は何も言わない。
それどころか舌打ちをしていた。流石にムッと顔を歪ませ、
「何だアイツ」
と不機嫌な表情を隠さないでいるとケビンが苦笑し、
「悪ぃな兄ちゃん。ここの基地、って言うかパルム惑星軍の中には連合軍を嫌っている連中が多いからさ。あ、外を出歩く時は気を付けた方が良いぞ。肩をぶつけられたり露店でぼったくられたりする位ならまだマシだけど、犯罪にでも巻き込まれたら大変だろ」
「それは…」
到着初日から何となくは察していたがそれ程まで仲が悪いのかとフィオは唖然とした。
「兄ちゃんだから言うけど、惑星パルムでは過去に何度もダーナ帝国から侵略されかけているんだ。その度に星間連合軍が出張ってきているんだけど…指揮系統の統一やら誰が指揮権を持つかとか戦術とかで何時も揉めているんだ」
その恨みやら嫉みやらが積もりに積もり覆せない状態になっている。
「お高くとまっている<お星様>…って皆よく言っているからさ。兄ちゃんも気を付けた方が良いよ」
「あー…そうかい。で?お前はどうなんだよ?」
フィオがそう聞くとケビンはうーんと首を傾げ、
「星間連合軍は…正直言って嫌いだな。俺たちの惑星にずかずか領域を超えて入り込んでくるし。上から目線で嫌な事言う奴も沢山いるからなぁ。あ、でも兄ちゃんはちょっと違う気がする」
「まぁまだ新兵だしな」
どうにもフィオには想像できなかったが星間連合軍の中にはケビンが言うような輩もいるらしい。
「まぁ何時も通り、シルバー・ファング号が変わっているってオチなんだろうな」
上官が上官だしとフィオは何時も通り結論付けた。ふとフィオ達の上を大きな影が通り過ぎた。何事かと思って顔を上げればそこにいたのは、
「…シルバー・ファング号?予定よりも早い帰還だな」
「意外と早く作業が終わったんじゃねぇの?」
ケビンがそう言った。しかしフィオには嫌な予感しかしなかった。
艦橋は騒然としていた。次から次へと送られてくる情報にクルーたちは目を見開いている。マイカは騒然とするクルーたちを宥めながらも的確に指示を繰り出しリリアに情報の整合性の確認と整理を命じていた。
「副艦長、艦長からメッセージが」
「空間ウィンドウへ映して下さい」
マイカの前に空間ウィンドウが現れる。ケインズはグレリオと共に既に帰還を開始している事と自分が帰還するまでに情報を取り纏めておくように送ってきた。
「リリア少尉、現状ある情報を取りまとめるのにどれ位かかりますか」
「1時間もあれば可能」
「では1時間半後に各部門の責任者を集めミーティングを行います。ノーランド中尉にも連絡をしてシルバー・ファング号に帰艦する様に伝えて下さい」
「了解」
矢継ぎ早に指示を出すとマイカは頭を押さえた。
「まさか、こんな事になるなんて…」
一番大きな空間ウィンドウにはこの辺り一帯の地図が映し出されている。そして地図には複数のバツ印が。
「…副艦長。今、また連絡が」
「これで何か所目になりますかリリア少尉?」
「…6か所目」
マイカは拳を握りしめる。多い上に早過ぎる。計画的犯行なのは間違いないがこれ程の規模となると何か大きな力が働いているとしか考えられない。
マイカが考えていると通信が入る。
『ちょっと何があった訳?緊急招集って…』
「ノーランド中尉…予期せぬ事態が起こりました。直ぐに帰艦を」
『具体的に何が起きたのか言ってくれない?ダーナ帝国の艦隊でも攻めてきた?それともまた新兵器でも出てきたの?私としては前者の方が良いわね。もうこれ以上、敵機の解析なんて仕事増やしたくな…』
「テロです」
フランの軽口を無視してマイカは短く言い放った。画面の向こうのフランの顔が瞬時に強張る。
「今から1時間前にエリア37の2つの町で爆破テロが起きました。直後、別の町で軍の施設に向けて発砲する事件が発生し30分後には病院に向けてロケットランチャーが放たれる事件が起きました。事態を収拾する為に他の町に駐留していた分隊が応援に向かう途中で進路上に地雷を設置され分隊は壊滅。そして先程、また別の町で爆破テロが起きました」
『…多い上に早過ぎる。ダーナ帝国の工作部隊とかじゃないの?』
「えぇ多い上に早過ぎるので何かしらの大きな力―帝国が関わっている可能性は高いです。ですが主犯として動いているのはテロ組織である事は判明しています」
フランは眉を顰め、
『犯行声明でもあった?』
「銀河放送局を始め、多くの放送局に一斉に送られてきたそうです。銀河放送局のチャンネルに合わせて見ては?そろそろ特番でも組まれているでしょう」
『情報統制しなかったの!?こうした犯罪やテロを仄めかす情報が入ったら電波に流す前に治安機構なんかに連絡するのがルールでしょ!?』
「連絡する時間も無かったんですよ。何せ生番組の電話相談コーナーに一般回線を使って犯行声明を流してきたんですから」
『…各局のどの時間帯に生番組で電話相談コーナーを設けているか調べてやったって訳?馬鹿馬鹿し過ぎる……』
「でも効果はありました。もう情報統制も無理でしょう。銀河放送局はもう全力でこの事件も追うみたいですよ」
マイカの苛立たしげな声にフランはふと気付いた。
先程からマイカがしきりに口にしている銀河放送局は確か、
『確か…アンジェリカ・スプーニーが所属している局よね』
「えぇ分かるでしょ?何が起きているか」
マイカは額に青筋を浮かべながら呟く。
「銀河放送局はスプーニー女史が惑星パルムに居る事を公表し、現地の直接取材を行う事を宣言しています。情報統制に失敗し、世論の関心も集まっている中で彼女の行動を制限すれば報道の自由を侵害するものだと非常に大きなバッシングを受ける事でしょう。なので如何にスプーニー女史の気が済む様に取材させて且つ、我々の任務の邪魔にならない様にするかそして―如何に早くテロ組織とダーナ帝国の部隊を壊滅させるかの話し合いをしなければなりません」
前者さえなければ突発的なアクシデントがあった只の任務だが、今は更に民衆やマス・メディアの目まで気にしなければならない。この頭の痛い話に特効薬は一つしかない。
つまりは敵をさっさと片付けて事件を鎮静化させる事。
それが一番難しいのでマイカの顔がまるで般若の様に赤くなるのも無理はないと言う訳だ。フランは成るべくもう刺激しないようにしようと心に決めながら尋ねた。
『因みに…犯行声明を出したグループは?』
ちっぽけなテロ組織だったら難易度は下がるのだがとフランは思った。
しかし世の中、そうは上手くいかないのが現実だ。
「…十字星教旧派過激組織<ポラリス>です」
その名前を聞いてフランは思わず天を仰いだ。
よりにもよってテロ組織の中でも最大派閥と言われる連中が出て来てしまったからだ。
この時、マイカ達はこの惑星パルムでの戦いがテロ組織の参入と言う更なる混乱と背景の複雑化を予期させていた。