第8話 パルム惑星軍④
「整備班さんお疲れ様です。コーヒー御持ちしましたよ」
そう言ってエルムがワゴンの上に置いたコーヒーのポッドを見せると疲れ切った顔の整備班の面々から「エルムちゃんマジ天使っ!!」と言う声が一斉に上がった。
ワゴンは上がテーブルでその下は引き戸になった形をしている。その引き戸の中からカップを取り出しコーヒーを注ぐと更にラップを張った器を出し、
「良かったらこれも。マフィンを焼いてきたんです」
「エルムちゃん、嫁にこない?」
「オイコラ。同姓だろお前」
背の高い女性整備員が同僚に頭を叩かれた。
ふとエルムはキョロキョロと周囲を見渡し、
「フィオさんとフランさんがいませんね?」
「あぁランスターなら仮眠を取っているよ。流石にこの後、戦闘があるからね。でも…あれ?そう言えば班長は?」
「何かさっき、艦長の所に行って来るとか言ってたけど…」
4時間後に作戦を控え、艦橋でも慌しい動きを見せる。ケインズはギリギリまでグレリオと作戦行動について話し合いをしていた。どうしても抑えきれない眠気をマイカが淹れてくれたコーヒーで何とか耐えながら、作戦内容をマイカに説明しながら同時にクルーたちへ指示を出す。
誰かが珍しく精力的に動いているな艦長と呟いた。それを聞いた隣のクルーは静かに首を振った。アンジェリカ・スプーニーから作戦前の映像を取らせて欲しいと言う依頼が来ている。何時も通りやって下手な所を写されたくないのだろうと言った。2人同時に嘆息した。
そんな中、艦橋の扉が開き白衣を着た人物が現れた。
「フラン君?」
「艦長、今良いかしら?」
進軍の準備をしていたところへフランは戸惑い気味な表情でケインズ達の所へ訪れた。正直なところ、忙しいので良くは無い。ただフランもフランで<ランド・ユニット>の準備などで忙しいはず。態々、艦橋まで来るということは何かあったのかケインズは顎を撫でて、
「マイカ君、ちょっと席外すんでよろしく」
「了解しました」
そう一言告げてケインズはフランと艦橋から出て行く。
「悪いわね」
「いや余程のことでもあったんだろ。悪い事?」
「事実ならね」
そう言ってフランが渡してきた資料は紙媒体の資料だ。それにケインズはざっと目を通して顔を顰める。
「ヴァーナンド・ランスター氏がこの開拓惑星に来ていた?まさか」
「この基地の整備班の何人かに確認を取ったわ。確かにこの惑星パルムにはヴァーナンド・ランスターを名乗る人物が訪れている。しかもあの陸戦用のアームの開発に携わるためにね」
「事実だとしたら大変な問題だ。星間連合条約に抵触する」
ケインズが渋い顔をする。星間連合では惑星間の秩序と安定を保つために幾つもの条約が締結されている。そのうちの一つに技術連合の技術者は最前線に行ってはならないと言う物がある。理由は至極簡潔、技術の流出を防ぐためだ。技術連合の技術者たちは他の惑星の技術者たちとは一回りも二回りも飛び抜けている。個人の頭脳それ一つが最先端技術の情報の塊と言っても過言ではないくらいなのだ。もしそんな人物たちが帝国に亡命するなり連れ去られでもすれば大きな損失になる。それを恐れての条約だ。
「技術連合は星間連合内でも規模は小さい。アースガルド王国も銀河連邦も併合を望む所はある。それをさせず独立を保てているのは偏にその技術力の高さからだ。その高さを維持する為に技術連合は最前線から最も遠い場所で技術革新にのみ力を注いでいる」
「その環境を守ることも条約の1つだしね。けれど、もし技術連合が条約を破っていたとしたら」
「併合を促す絶好の餌になるね」
ケインズは困ったものだと呟いた。
「目的は何だと思う?」
「目的?」
「ヴァーナンド・ランスターがこの惑星に来ていたとしたらだよ。何が目的だと思う?技術者としてこの惑星に何か惹きつけられるような物でもあるのかい?」
フランは顎に手を当てて考え首を横に振った。
「技術者としてと言うのならこの惑星に求めるようなものは無いわね。資源や設備のレベルでは勿論、情報…例えば最前線での戦闘データが欲しいと言うのなら態々この惑星を選ぶ理由も無いしそれだけで最前線まで出てくる理由も無い」
「では何故、彼はこの惑星に来たのか?」
ケインズは考える。技術連合の技術提供によって作られた陸戦用双腕肢乗機、そして町を囲む城壁。過度とも思われる防御体制。
「何かあるんだろうけど…現状では何かは分からないな」
「事が事なんで情報は先に上げておいた方が良いと思ったんだけど悪いわね。こんなタイミングで」
「いや。情報って言うのは早めに知っておいて損は無いよ。それが特に悪いものならね。ところで何でヴァーナンド・ランスター氏がここに来たのが分かったの?」
「案内役だったケビンって子が言っていたのよ。あのアームを設計したのはヴァーナンド・ランスターだって。それをウチのテスト・パイロットが驚いて色々聞きまわしたら」
「本人の可能性が出てきたって事か」
「ヴァーナンド・ランスターを名乗る人物が来たのは確か。まぁまだ同姓同名の人違いの可能性も無くはないけど」
「ステーションは無いとはいえ、渡航記録の確認くらいは出来るだろう。後でリリア君にお願いしておくよ」
ケインズがそう言うとフランは頷き、
「こっちもランスターが後でケビンってガキとその事について話すみたいだから情報を拾ってくるわ」
「お願いするよ。しかし本人たちは事の深刻さを理解しているのかなぁ?」
「多分していないわよ。流れの技術者ってことになっていて誰も技術連合の人間だとは知らないっぽいわ」
「流れのねぇ…」
ケインズがそう呟くと携帯端末が音を鳴らせた。
マイカからの着信だった。
『艦長、そろそろお時間です』
「了解っと…じゃあフラン君、悪いけど」
「えぇ」
フランが立ち去るのを見送ってからケインズは静かにため息をついた。
「全く…」
それから首を横に振ってから艦橋へと戻っていった。
アンジェリカ・スプーニーには喋らない―外に漏らさないと言う意味で無く口を開くなと言う意味で―と言う約束でロイ達、双腕肢乗機小隊とのミーティングの様子を写す事を許可した。
今回の作戦は惑星パルム陸軍との合同作戦だ。とは言ってもパルム陸軍は主力の戦車隊に大きな損害が出ている。主戦力とはなり難い。よって攻撃の要はロイたち双腕肢乗機小隊が担う。ミーティング・ルームでケインズから作戦案を2つ聞いたフィオたちはケインズの解散の声と共にそれぞれの準備へと戻る。
「あ、フィオ君。ちょっといいかい?」
そんな中、フィオだけがケインズに呼ばれ首を傾げながら傍に向かうと、
「さっき小耳に挟んだんだけど君の養父がここに来たことがあるんだって?」
「らしいけど…それが?」
「そのことでちょっとお願いがある」
双眼鏡を覗いた先には確かにダーナ帝国の兵士の姿があった。全員が自動小銃で武装している。双腕肢乗機の姿も幾つか見えるが、
「例の双腕肢乗機の姿が見えんな」
「デュランダルが4機…1個小隊規模ですね。ですがバハムーシュ司令官、あそこを」
「ん?」
ケインズが指差した方へグレリオは双眼鏡を向ける。そこには一見すると何もないように見えるが、
「地面の色が少し…」
「えぇ恐らくは…」
ケインズは自分の考えを述べる。その考えにグレリオも首を縦に振った。
「ありえるな。小隊規模と見誤ると危なかったな」
「では作戦はA案を破棄してB案で行きましょう。しかし…」
グレリオの隣でケインズが顎に手を当てて考える。
「やはり妙ですね。数が少なすぎます。この惑星の制圧を目的としているのなら大隊が3つでも足りないのでは?」
たった中隊規模で惑星が制圧できるはずがない。しかしダーナ帝国の目撃情報が少ない以上、それ以上の数が惑星に潜伏しているとは思えない。
「他のエリアからも情報はありませんか?」
「無い」
「増援の依頼は?」
「断られた。当然だな、帝国が潜入していることが分かった以上、自分たちの担当区域の自衛に勤めるさ」
俺だってそうするとグレリオは鼻を鳴らした。仕方の無いことだと分かっていてもケインズとしては不安が拭えない。
「情報が必要ですね。他のエリアの司令官と連絡を取ることは…」
「マクシミリアン大佐」
グレリオは強い眼差しでケインズを睨みつける。
「これ以上は他のエリアの司令官たちも動きはしない。所詮は区域外の事なのだ。我々の使命は任された区域の防衛と治安だ」
「対岸の火事では済みませんよ。バハムーシュ司令官」
グレリオの視線にケインズも珍しく険しい目を向けた。しばし視線を交差させ、グレリオは小さく舌打ちをし、
「…他の司令官に打診はしてみる」
「お願いします」
ケインズも深くは踏み込まなかった。共同戦線とはいえ、異なる組織。組織体制に口を出すのは問題だとケインズも分かっていた。
こうして働きかけを考えてもらえるだけでも良いとケインズは内心でため息をついた。
「では手筈通りに」
「あぁ」
ケインズは携帯端末を手に取り、
「あーシルバー・ファング号へ。砲撃の開始と双腕肢乗機小隊の出撃を」
『了解しました。これより長距離砲撃を行います』
通信を受けたマイカは艦長席の横に立ち指示を出す。ケインズより艦を預けられたとは言え、その椅子に座る気は無かった。まだ自分にはこの席は早い。そんな想いと共にマイカはスッと息を吸い、
「リリア少尉、1番から3番までの長距離ミサイル発射管の準備を。照準を事前に連絡があったポイントへ設定」
「了解。長距離ミサイル発射管のハッチを開放、照準設定完了。砲撃班へトリガーを譲渡」
「砲撃班」
『トリガーの譲渡を確認。目標の照準、誤差±3ポイント』
「では…長距離砲撃開始!!同時に艦を浮上させ、双腕肢乗機小隊を出撃させなさい!!」
「了解」
『了解!!ミサイル発射!!』
シルバー・ファング号から3つのミサイルが放たれる。今回、長距離からのミサイルを行った理由は陽動だ。空から迫るミサイルに帝国兵が気を取られている間に最短最速で敵拠点に接近し襲撃する。仮に接近するこちらに気付かれたとしても敵は目前まで迫るミサイルの方を先に処理しなくてはならない。
シルバー・ファング号は浮上し、ロイ率いる双腕肢乗機小隊が出撃した。
その様子をフィオは見上げていた。
『さて今度はこっちの出撃の番よ。ランスター、準備は良いわね』
「了解っと」
今回、ヴァルキリーは<ランド・ユニット>を用いて地上より接近する。これは本部からの意向でもあるが<ランド・ユニット>のバトル・プルーフでもある。ヴァルキリーの足元にある装甲車の中からフランが<ランド・ユニット>の状況を確認する。
異常は無く、例の新兵装も問題なく稼働する筈だ。フィオはグッと操縦桿を握り、
「フィオ・ランスター出撃します!!」
無限履帯が砂塵を巻き上げながら回転する。何時もの飛行と比べたら速度は下がるがそれでも地上を時速100キロ以上でかける巨体は十分に脅威だ。
「さてと、確かこのまま敵陣営に乗り込むんだけど……」
『あーっと。ランスター君?聞こえてる?」
「艦長?」
『A案は中止。B案で行くから。ちなみに目標は地面の中だ』
600メートルくらい先の地面に注意ねとケインズからの通信を受けフィオは目を凝らしてその方向を確認し、
「………あのおっさんはどうしてこうも預言者じみているかな」
と顔を顰めた。フィオはヴァルキリーが手にしたアサルト・ライフルを構える。それから少し考え、
「隊長、地面の中らしいんだがどうすればいい?」
『決まってるだろ?引きずり出してやれ』
了解とフィオは言い、引き金を引いた。途端に巻き散らかされる弾丸は色の変わった地面を叩き、砂煙を上げる。
勘違いだったか。その考えは1秒と経たずに覆される。地面の中で隠れていた例の自動二輪を模した双腕肢乗機が飛び出してきた。
しかしフィオたちが動揺することはなかった。既にそれは想定済みだったからだ。敵の陣営に奇襲をかけるA案という作戦に対し、B案とは敵が奇襲を予測し新型機を罠として隠しているのを逆に潰すという物だ。
敵は先日、1個小隊を失ったばかりだ。当然警戒レベルは上がっている。拠点にも何らかの対策がしてあるはずとケインズは言った。
「その場合、考えられるのはトラップと待ち伏せだ。ただトラップは空を行くS2-27にはあんまり関係ないだろうからスルーできる。次に待ち伏せなのだが敵の主力はあのデュラダンルだ」
ケインズがそう言うとアリアは頷き、
「S2-27と同じで空を飛んでいる」
「その通り」
「陸で隠れて…なんて真似は出来ないですね」
「だから待ち伏せで考えられるのはダーナ帝国の新型機だ」
その言葉をフィオは思い出した。
その予測は物の見事に的中しこうして敵の新型機を引っ張り出すことに成功した。
フィオは構えたアサルト・ライフルのトリガーを引き銃弾を放つ。しかし敵は高速戦闘を主軸にした機体、そう簡単には当たらなかった。
さてどうするかとフィオが考えた矢先に敵の新型機が動きを見せた。
側面の装甲だと思っていた部分が展開した。そして展開した装甲の先端から3本の刀身が伸び出る。フィオの背筋がぞっと震えた。反射的にヴァルキリーの操縦桿を動かしていた。
その驚異的な反応速度がフィオの命を救った。フィオが回避行動を取ったと同時に3本の刀身を備えた装甲が射出される。アンカーだとフィオの脳裏に言葉が奔った。地面に突き刺さった爪を敵機は括り付けられた伸縮ケーブルで巻き戻す。射程距離は短い。これなら回避できる。フィオはそう考えた。
『ランスター、気を付けなさい。さっきのアンカーみたいなのは恐らくその双腕肢乗機の腕よ』
「また変則的な腕が出てきたな。もう」
『ある程度は電流の操作で曲げられるでしょうね。直進するだけと甘く見ると痛い目にあうわよ』
「そんなもん、ウチの隊長だってやっているだろっと!!」
再び襲い掛かるアンカーをかわしてフィオは接近を試みる。フランの予測通り、あれが腕に当たるのならそれ以上の近接兵装は無いと思われる。
フィオはビームブレードを展開した。速度を上げビームブレードの間合いへと飛び込む。振り下ろされた光刃は奇しくも敵機に当たる事無く空振った。距離をとった敵機はその背中の球体のパーツを展開した。事前にケインズから聞いていた全方向ビーム砲球。如何なる体勢からでも放てる光の砲弾がヴァルキリーを捉えた。
事前にコレを知らされていなければ対処できなかった。やはり預言者じみていると思いながらフィオは<ランド・ユニット>の兵装を使用した。
「複合防護盾、機動!!」
膝から伸びる縦の板が2つに分かれる。それは音叉のような形をしていて右膝の音叉は板と板の間にビームの膜を作った。
敵機のパイロットは目を見開く。ビームの膜、それは戦艦などで使用されるリクレクターと言う代物だ。大量のコール・クリスタルの粒子を使用する事から間違っても双腕肢乗機で展開できるものではない。敵機のパイロットはトリガーを引くのを一瞬だが躊躇した。しかし膜の厚さは大した事は無い。十分打ち抜けると判断しトリガーを引いた。放たれた光弾はヴァルキリーを貫くべく直進する。そしてビームの膜と衝突したその瞬間、敵機のパイロットは自分の目を疑った。
衝突し、ビームの膜を貫いた瞬間だ。その瞬間に放った光弾が掻き消えたのだ。驚きの余り思考が停止する。
動きを止めた。それをフィオは見逃さなかった。
アサルト・ライフルのトリガーを引き、放たれた銃弾が車輪に当たる。破裂したりしないところを見ると防弾加工などが施されているようだがその衝撃で機体はバランスを崩した。横転しかけた機体を立て直すべく敵機のパイロットはアンカーを地面に向けて射出した。
機体を固定するのにも使うのかとフィオは心の中で呟いた。そのときにはもう既にヴァルキリーは敵機に接近しその光の刃を振るっていた。胴体部が引き裂かれヴァルキリーが距離を取った次の瞬間には機体は爆散した。
『お、そっちも終わったか』
「何とかな。兜野郎は?」
『全部落とした』
『ミサイルは結局1発落とされただけで後は命中か。生き残りは…あぁ流石に陸軍さんたちの方が慣れているな。あっという間に制圧されていっている』
じゃあもうする事は無いかとフィオは呟いた。
『ランスター君、悪いけどすぐ帰還してくれ。その二輪車のデータをフラン君と一緒に解析して欲しい』
「…昨日からあんま寝てないんだけど」
『安心したまえ。私もだ』
それじゃあ任せたと言ってケインズは通信を切った。ややあってからフィオは通信をフランがいる装甲車へと繋げた。
その途端に響き渡る金切り声。F言語の連発にフィオは顔を顰めて通信を切った。
額から角を出さんばかりに機嫌の悪いフランの所へ行かなければならないかと考えるとフィオを憂鬱で仕方なく、溜息をついた。




