第7話 パルム惑星軍③
星間連合軍本部からの指示を受けた後、ケインズたちはそのまま司令官室で敵情報の交換に移っていた。マイカにはクルーへの伝達や細かい指示を任せて退出させている。
その情報交換の中でグレリオはある事を尋ねた。
「鉱山を一発で崩壊させたミサイルですか?」
俄かには信じられない。ケインズは眉を顰めて聞き返す。
渡された資料には確かに崩壊した鉱山らしきものが添付されていたが、その壊され方はとてもではないが一発のミサイルで如何にかなるものではない。戦艦の主砲を連続で叩きこんだとしか思えない有り様なのだ。
いや戦艦の主砲でもこうはいかないだろう。
「事実だからこうして聞いているのだ。連合でこれ程の破壊力のある兵器は存在するかと」
「無いですね。むしろこちらから聞きたい事があるのですがバハムーシュ司令官」
ケインズは添付された崩壊した鉱山を指さした。写真の中の鉱山は綺麗な弧を描いたように削り取られている。通常、ミサイルなどの兵器で破壊されればその衝撃でバラバラ崩れるものだが、
「この写真を見る限り、爆発や衝撃で鉱山が崩壊したようには見えないですね。無論、焼夷弾の類でもない。これは何ですか?私の目には鉱山が抉り取られているようにしか見えないのですが」
「その通りだ。この目ではっきりと見たからな。たった一発のミサイルが鉱山に直撃したかと思えば……」
グレリオはあの日の事を思い出していた。突如として現れた敵の新型機、そしてあの巨大なミサイル。爆音と衝撃でグレリオは吹き飛ばされ一瞬、気を失っていた。そして次に目を覚ました時には鉱山は見る影もない程に崩壊していた。
「あの時は前任の司令官の死と部隊の即時撤退の為に深く考える暇は無かった。だが今思い返してみると不可思議な事ばかりなのだ」
まず鉱山を破壊し尽くすほどの威力にも関わらず被害は鉱山のみに留まっていると言う事。衝撃で周囲の民家に多少の影響は出たようだが、焼夷弾などと比べると被害の内には入らない。同規模の焼夷弾が落とされたとしたら確実にあの街は灰塵へと返っていただろう。
そしてケインズが言ったようにまるで抉り取られたようにしか見えない破壊の爪痕。確かにその通りだ。
「帝国の新兵器…それも戦術兵器クラスの代物ですか」
「加えて新型の双腕肢乗機の存在もある。尤もこれに関しては私が目撃した情報だけだがな」
「十分かと。むしろこちらの方がその性能や目的は分かり易い」
ケインズは渡された資料にある帝国の陸戦型双腕肢乗機の項目に目を走らせる。
「形状は自動二輪に似通った姿。目撃されたのは2機で内1機に例の巨大なミサイルが積まれていた。もう1機には球状の何かが背中にあったんですね?」
「あぁ。使用しなかったからどう言った武器なのか分からないがな」
「…いえ1つ思い当たるものがあります。何年か前に帝国が開発した全方向ビーム砲球と言う奴だと思いますよ。球体の表面、その一部に電流を流して電磁石にするんです。それを土台の部分と合わせて、電磁石部分を適宜切り替える事で球体を土台の上で滑らせる。そうする事でビームの射出口を自由に向けられるようにしてあるとか」
「無駄に手が込んでいる上にそれを維持しておくだけで電力を使う訳か」
普通に腕に付けた方がコスト面ではいいのではないかとグレリオは呟いた。
確かにその通りだろう。しかし、
「バハムーシュ司令官。その新型機の腕は何処にありましたか?」
「…ん?そう言えば見当たらなかった…いや、あの巨体や形で双腕肢乗機でないと言うのもおかしいがまさか帝国の新型は双腕肢乗機ですらなく…」
「あぁいや。すいません、恐らく双腕肢乗機である事は間違いないでしょう。えぇ全く新しい概念の新型兵器と言う可能性は私も低いと思います。可能性としては腕に当たる部分は折り畳まれているのでしょう」
「折り畳む?」
「伺った限りですとこの新型機はかなりの速度を出せる機体のようです」
グレリオの話だと新型機は突然現れた。しかし双腕肢乗機ほどの巨体が地上で誰にも気付かれずに接近するのは困難だ。
それが突然現れたと言う事は考えられる事は2つ。
接近に気付いても対処できないほどの速度。もう1つは、
「駆動音などの最小限に抑えた消音フレーム。腕に当たる部分が見受けられないのは高速での移動の際に邪魔になるので折り畳まれている可能性が高い。その為に兵装は腕を使わずとも全方向へ攻撃が可能なビーム砲球を使っている…推測するにこの機体は強襲を目的に設計された機体なのでは?」
「成程…一理あるな」
ケインズの考えにグレリオは感心した。同時に恐れをなした。僅かな情報から敵機の分析をここまで的確に行い、また敵型の兵器にまで知識の深い人間にあったのは初めてだった。
ケインズ・マクシミリアン、やはり噂通りに人物かとグレリオは胸中で呟いた。
「強襲…若しくは奇襲ですか」
「マクシミリアン?」
「いえ、懸念が1つありまして」
ケインズが渋い顔をする。これはただの想像だ。何も根拠はありはしない。
しかしここ数カ月の出来事を考えると無視する事も出来なかった。
「ここの最近の帝国による襲撃ですが全てダーナ帝国の精鋭騎士が何らかの形で関与しています」
「まさか…」
「奇襲や電撃戦…それらを得意とする精鋭騎士に1人心当たりがあります」
それはグレリオにも無視できない名前だ。その騎士の名前はむしろ、最前線でこそ名を馳せた男の名前なのだから。
混戦を深める最前線の中でその騎士は幾度となく星間連合軍や惑星軍の目を掻い潜り、雷光の様に激しくそして疾くこちら側を食い破ってきた。
グレリオは直接対峙した事は無い。けれどもその名は聞き及んでいた。
「「<青翼>、アイル・ガーランド」」
ケインズとグレリオの言葉が重なった。2人が想い浮かべた人物の名前は同じだった。同時にグレリオは顔を手で覆った。
「最悪だ。このタイミングでそれは最悪だとしか言いようがない」
「…」
ケインズは顎に手を当てて考える。仮にこの一件に帝国の精鋭騎士が絡んでいるとしてその目的は何か。事前の情報ではこの惑星パルムにはそれ程、資源は無い筈だ。そこに貴重な戦力―精鋭騎士を割くだろうか。
そう考えていると扉を叩く音がし、グレリオが入室を許可する。
「失礼いたします。司令官、偵察隊から情報が来ました」
若い士官がそう言って渡してきた資料にグレリオは目を通し、
「拠点の一つを見つけたのか?」
「はい。岩に囲まれた地点でテントを張っているのを確認しました。双腕肢乗機の姿はまだ確認できていませんがそれらしきコンテナなどがあるとの事です。コンテナの数からみて小隊規模かと思われますが…」
「妙だな」
グレリオは眉を顰めた。先刻、壊滅させたデュランダルの部隊も僅か6機。敵の数があまりにも少な過ぎる。
「どこかに本隊が隠れているかもしくは少数精鋭か…」
「<青翼>直属の中隊があるとは聞いています。ですがいくら精鋭騎士とその直属部隊とは言え惑星一つどころかこのエリア一つ落とすのにも戦力は足りないでしょう」
<青翼>がこの惑星パルムに潜んでいる可能性は高いが敵はそれだけでは無い。ケインズはそう考えた。
しかしそのケインズの予測は外れる事になる。
アイルは副官にゆっくりと確認する。自分の聞き間違いではないかそれを確かめる為にだ。
「もう一度、言いなさい。本国は何と返答してきたのですか?」
「は…後詰めとして来る筈でした3個大隊の派遣は一時取り止め。現存の戦力で作戦を遂行するようにとの事です」
「正気ではありませんね」
アイルは冷たい目で言い切った。副官はそれを自分に言われても困ると嘆息し、
「ガーランド隊長。私もこのままでは作戦の遂行は不可能だとは思います。ここは一度、撤退したように見せて身を潜めてはどうでしょうか?」
「そうして裏工作に回れと?私に<黒翼>と同じ事をしろと言うのですか?」
「いえ、そうではなく…」
アイルは副官を視線で射抜き、言い窄む副官を他所に今後の行動について考える。
アイル達、<青翼>中隊に課せられた作戦は詳細を省けば1つの事を行えば良いだけだ。それはある地点に例の新型ミサイルを撃ち込む事。要はミサイルの射程距離まで最速で運んで打ち込めばそれでいい。
その為に高速陸戦型双腕肢乗機―<ハティ>がアイル達に与えられたのだ。しかしそのハティも隊長機であるアイルの分を含めても5機しかない。また最速で運べば良いとは言え露払いなどはどうしても必要となる。
「それとロジー小隊長の件なのですが8時間を経った今も連絡はつきません」
「……生存の見込みは考えない方が良いでしょう。ここは敵地です、深追いし過ぎた彼の責任だ」
功を焦る様な人間では無かった。ただ目の前に敵がいると視野が狭くなるのが欠点だった。戦場で幾度も指摘してきたが結局はこんな結末になってしまったとアイルは溜息をついた。
「拠点の設置を行っているブルック小隊長に連絡しロジー小隊長の痕跡を探らせなさい。デュランダル6機とは言え開拓惑星の戦車隊程度に壊滅するほど軟な部下たちではありません。パルム惑星軍が事前情報以上に戦力を保有していたと考えるのが一番、楽観的な予測でしょう」
「あの…それのどこが一番楽観的なのですか?事前の戦力情報が間違っているとなると作戦全体の見直しも必要となってきますでしょう。それは最悪の予測では?」
「何を言っているのですか。最悪なのは―この件に星間連合軍が関わっている可能性ですよ」
そう言ってアイルは苛立たしげに机を指で叩いた。そうこの作戦の目的を星間連合に知られる訳にはいかない。こちらの存在に察知されるのは構わない。どの道、隠し通す事は出来ない。しかし作戦目的は別だ。コレを知られてしまった場合、作戦の成否だけでなくダーナ帝国の地位も危うくしかねない。
「作戦目的を知られては星間連合に弱みを握られる事になります。それだけではありません。もし作戦目標のアレが本物だとしたら…今後の最前線での拮抗に問題が生じます」
副官は息を呑んだ。実のところ、作戦目的に関してはアイルと副官しか知らない。ある地点に攻撃を加える事しか中隊全体には伝えられていない。その作戦目標が何かを伝えてしまえばもしかすると中隊全体の士気に影響すると考えたからだ。
「隊長はやはり、あの作戦目標が今後の星間連合軍との戦争全てに影響を及ぼすとお考えですか?」
「当然です。この作戦、例えこの身が如何様になろうとも遂行しなければなりません」
しかし手が足りない状況ではアイル1人の働きでもどうになる訳ではない。
「本国ともう一度、回線を繋ぎなさい。私が直接交渉に当たります」
12時間後に敵拠点の一つに襲撃を掛けます。ヴァルキリーの準備よろしくねという連絡を受けてフランは設置したばかりの精密機器をひっくり返そうとした。
高価な機器なので周囲は全力でフランを抑えにかかった。
「ふ、ざんけんな!!今から12時間後に新兵器使うから準備しろとかどんだけ無茶振りすりゃあ気が済むんだあの野郎!!」
「上官!!一応、上官だろあの狸は!!」
ケインズに暴言を吐くフランをフィオは宥め様とするがその台詞自体、ケインズに向かって上官侮辱罪で引っ張られてもおかしくない内容だった。
尤も今更過ぎて誰もその点についてはツッコミを入れる事は無かった。
「あーもう!!出発準備やら何やらで絶対12時間もないし!!全員、死ぬ気で準備を行うわよ!!あとランスター!!アンタはさっさとパイロット・スーツに着替えてこい!!」
「りょーかい」
これ以上フランを刺激すると矛先は確実に自分たちに向かう。慣れた物でフィオを始め整備班たちは返事をすると各々が自分たちの仕事に移る。
「アンタも大変だな。あんな上司持つと」
「まぁな。所でこんな場所で油売っていていいのかよ」
着替え始めるフィオの隣でケビンは片手を軽く振り、
「あぁ班長のジジィから呼び出し受けたら俺も向かうよ。ま、俺の整備担当はソード・ブレイカーだから今回の任務には関係ないんじゃないのかなぁ」
暢気な事でとフィオが考えているとケビンはフィオのパイロット・スーツの端を引っ張り、
「なぁそれよかアンタの親父さんがソード・ブレイカーの設計者って言うのは本当なのか?」
「え、あぁ…うん。多分、だがな。同姓同名で流れの技術者って言うのも同じだからな」
フィオはそう言って遠い目をする。色々手広く仕事をしていたと聞いてはいたがまさか、双腕肢乗機の設計まで携わっていたとは思わなかった。
「話を聞きたいって言うのなら勘弁してくれ。もう故人だし、俺も養子でな。記憶がおぼろげなんだ」
「そっか…残念だな」
ケビンはそう言って肩を落とした。フィオがヴァーナンド・ランスターの身内だと分かるとケビンの食いつき様は半端じゃなかった。彼はこの地を守るソード・ブレイカーに大きな誇りを抱いていた。キラキラと目を輝かせてヴァーナンドの話を聞こうとするケビンの表情は年相応に見えた。
フィオはそんな瞳に根負けして、
「任務が終わったら俺の知っている限りでよければヴァーナンドについて教えてやるよ」
「本当か!!」
「あぁ。代わりにあのソード・ブレイカーとか言う奴の事を教えてくれよ。技術屋の端くれとして興味があるからさ」
「分かった!!軍事機密がどうとかグレリオのオッサンが難しそうな事言いそうだけど大丈夫だ!!」
そう言ってケビンがサムズ・アップをしてくる。
軍事機密がどうとか大丈夫そうでもないがフィオは苦笑して片手を振った。
「随分、打ち解けているわね。ガキを手なずけるの得意なの?」
「偶々だよ。偶々、そのガキの好奇心をくすぐる物を俺が持っていただけ」
操縦席に乗り込みヴァルキリーのチェックを始めるとフランが話し掛けてきた。無論その間に自身も他の整備員に指示を出したり<ランド・ユニット>の調整を行ったりとしている。
「上手くあの陸戦機の情報を引っ張って来れたら私にも教えなさい…と言うのはまぁ本題のついででアンタに聞きたい事があるんだけど」
「何を?」
「ヴァーナンド・ランスターについて」
フィオは顔を上げてフランを見つめる。その表情にはケビンの様な純粋な好奇心と言う色は無かった。
「実際のところはどうなの?ヴァーナンド・ランスター氏は双腕肢乗機の設計も出来たの?」
「俺も詳しい事は知らないよ。ヴァーナンドとは工場惑星でしか一緒に生活していた時の事しか覚えていないし、そうでなくても仕事とかで結構長い間、離れている時もあったんだ。具体的にどんな仕事しているのか聞いても技術屋として雇われたとしか言わなかったからなぁ」
「…そう」
フランはそうとだけ言うと操縦席から離れて行った。結局何が聞きたかったんだとフィオは首を傾げた。
フランは煙草を咥えた。火を点けて煙を1つ吸うと、ケインズにどう報告するか頭を悩ませた。
「これどういう事……?」
何故、技術連合のヴァーナンド・ランスターはこの惑星に来たのか?それは下手をすると星間連合内での技術連合との関係悪化の要因となりかねない事案だ。
フランは溜息と一緒に紫煙を吐き出した。