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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第3章 反骨の星
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第4話 今と昔、最前線での出来事

「バハムーシュ隊長。聞きましたか例の話」

 童顔の部下が周囲に警戒を張り巡らせながら突然話しかけてきた。

 任務中なので余計な無駄話は諌めるべきなのだがこれ位で集中力が切れるほど自分も部下も未熟では無い。

「何の話だ。それだけでは分からん」

「取材の話ですよ。取材。なんか有名人が来てココの取材をするとか言う話です」

「あぁ…」

 男は嘆息した。それなら知っている。つい先週の事だ。司令官より直々に呼び出され話を聞いた。

 曰く、こちらも無碍には断る事が出来ない相手からの要望での事で渋々引き受けたと言われた。軍歴の長い自分に話したのは諸々のトラブルを起こさない様に見張っていて欲しいと言う事だった。

 正直、乗り気では無い。どんなに面倒な相手だろうと断ればよかったのだ。けれど今、この惑星でそんな悠長な事は言っていられないのは司令官が一番分かっているだろう。それでも引き受けざるえない相手となると相当な人物なのだろうと考えた。仕方なくその話を受け入れはしたが、

「正直、流れ弾にでも当たってとっとと居なくなってくれると助かるんだがな」

「隊長…そんな事、聞かれたらニュースの特番組まれちゃいますよ」

「知った事か。最前線へ来る覚悟があるなら流れ弾の一つや二つ受け入れて貰わなくてはな」

 尤もその覚悟もと言うよりそんな事を想像もしていないだろうからこんな所に来るのだろう。

「それより周囲に異変はないか?」

「今のところは特に。分隊からも情報は上がって来てはいません」

「そうか。杞憂だと良いんだがな…」

「他所者の目撃情報ですか?また何時もの不法移民とかじゃないんでしょうか」

 数日前に付近の住民から見慣れない人物をこの近くで見たと通報が入った。観光地でも何でもないこの鉱山の付近では見慣れない人物を見かけると言う事はほぼないと言っていい。それ故に不審に思った住民が通報してきたのだが、軍内では意見が真っ二つに分かれた。ダーナ帝国のスパイと言う意見と只の不法移民。

「どちらだとしても争乱の種になるようなら刈り取るまでだ」

「隊長ぉ…お願いですからリポーターさんの前でそういう事を本当に言わないで下さいね?隊長の顔って人受け悪いんですから言葉まで悪いと余計、マズイ事になりますよ」

 溜息をつく部下を無視して周囲の警戒を続ける。頭の片隅に後でこいつシメるとメモしておくと携帯端末が鳴った。

「こちらアルファ1。どうぞ」

『あぁ私だ。周囲はどうだね』

「司令官…はい、問題ありません。鉱山内はどうでしょうか?」

『うん。先月導入した新しい機械は問題なく動いているみたいだね。採掘量も先月以前と比べて格段と上がっている』

 このまま採掘量が増えてくれればここも安心だと司令官は笑った。穏やかな人物で慕われている彼の司令官は以前からコール・クリスタルの採掘量が減少してきていると言われていた鉱山の視察に来ていた。問題の鉱山があるのは司令官の家族が住まう街でもあり随分と気に掛けていた。少ない予算で何とか新しい採掘機械を購入し、採掘量を徐々に上げていると聞いてこうして視察に来たのだが、

「司令官、ご満足いただけたのならこのまま帰還をお願いしたいのですが」

『君は相変わらず心配性だね。分かった分かった。直ぐに戻るよ』

 端末越しに苦笑する声が聞こえる。何と言われようとも不穏な噂が流れる間は司令官には安全な場所にいて貰わなければ困る。不慮の事態で軍内の統制が乱れるのは死活問題なのだ。

「護衛のチャーリー分隊の所へブラボー分隊たちを向かわせろ。他の分隊は周囲の警戒を続行。司令官が街を離れるまで警戒を続ける様に伝えておけ」

「了解しました」

 部下にそう指示すると懐から煙草を取り出した。くしゃくしゃになった箱からこれまた萎びれた煙草を取り出すとジッポで火をつける。傷だらけのそのジッポは長い事使いこまれた愛用の代物だった。紫煙を吸いこみ吐きだす。

「こちらはこのまま警戒を続けます。では後ほど基地内で」

『あぁ、頼ん……』

「司令官?」

 不意に携帯端末にノイズが走った。直後、背筋に冷たい物が駆け抜けた。戦場で感じる嫌な空気、それがたった今、彼の背中を吹き抜けたのだ。

 煙草が口から落ちる。同時に叫んだ。

「全分隊に召集をかけろ!!早く!!」

「は―」

 部下がこちらを振り返る。何かを言うよりも前にその言葉は消えてなくなった。

 周囲の家屋を吹き飛ばしながら現れたのは鋼鉄の塊。前後に車輪を持ち一見すると自動二輪(バイク)の様な姿に見える。部下はその車輪の下だ。こびり付いた肉片は車輪が一回りしただけで何処かに飛び散ってしまい血の跡すらもう残っていない。突然現れたその機体がまき散らした家屋の破片で額から血が流れる。

 それを乱暴に拭いさりながら男はハッと目を見開いた。

 鋼鉄の塊は背中に巨大なミサイルを搭載していた。何の冗談だと言いたいくらいの大きさだ。一瞬、場の空気も考えず笑い出しそうになった。しかしそれもすぐに霧散する。ミサイルの噴射口が火を噴き飛び出す。その進行方向にあるのは司令官がいる鉱山だ。男が叫ぶ。だがその声は無情にも鉱山の崩落音にかき消されて聞こえない。

 グレリオ・バハムーシュ、この時まだ中佐だった彼の生涯の中で最も過酷とも言える戦いの始まりはこうして部下と上官を同時に失ってから幕を上げたのだった。


 惑星バルバスを出立したシルバー・ファング号は3日の航海を経てデ・クラマナン星系まで到着した。バルバス星系と直結したクロス・ディメンジョンがあるとは言え、首都惑星から距離は離れている上に幾つかのゲートを通過しなければならない。

 5度の空間転移を繰り返してデ・クラマナン星系に到着すると空間転移した先で星間連合軍の艦隊が待っていた。

 最前線では常に敵艦から襲われる危険性がある。故に最前線で航行する場合は艦隊で向かうか、デ・クラマナン星系に駐留している星間連合軍に護衛を依頼するのが基本的だ。

「到着予定時刻一一〇〇ジャスト。艦長、護衛艦から通信」

 リリアがそう短く告げるとケインズは頷き、通信を繋ぐように言った。

 通信に出たのはケインズと同年代くらいの士官で顎ひげを生やしていた。

「第6試製艦<重騎士槍>級シルバー・ファング号艦長のケインズ・マクシミリアン大佐です。これより惑星パルムまでの護衛をお願い致します」

『デ・クラマナン星系第12朱雀艦隊のウェイ・クロスフォード大佐です。貴艦の護衛を務めさせてもらいます―ようこそ最前線へ』

 最後の一言にこれ以上ない位に嫌味を含めた笑みを浮かべていた。

 まぁ歓迎される訳が無い。乗せているお客さんがお客さんなのだから。何の拍子で戦争の切欠になるか分からない場所で余計な手を出されたくないのだ。それは重々承知ですよとケインズは胸中で呟いた。

『それと―』

「?」

『―カルゴニアの地へようこそ中佐』

 その言葉の意味を正確に理解出来たのはシルバー・ファング号の艦橋で2人だけだった。

 中佐と呼ばれて最初、自分の事かとマイカは思ったがカルゴニアと言う名前でクロスフォードが何を言っているのか数秒遅れて理解した。マイカは空間ディスプレイの先にいるのが自分よりも階級が上だと言う事も忘れてカッと口を開きかけたがそれよりも早く相手は通信を切った。

「マイカ君」

「……」

「君が怒る事じゃないよ。気にしなくていい。ここに来る時点でそう言った事もあるだろうとは考えていたからね」

 ケインズはそう言って苦笑した。

 18年も前になる<カルゴニアの惨劇>。あの惨劇で受けた傷跡は客観的に見れば直ったのかもしれない。けれど失った全てが戻ってきたのかと言えば客観的にも主観的にも戻って来てはおらずまた永久に戻りはしない。受けた恨みの数が多過ぎてケインズにはクロスフォードが一体誰の関係者かは分からない。

 けれどあの憎しみを込めた眼を見ればきっと近しい人だったのだなとは感じられた。

「私は…私はそこまで考えが至りませんでした」

「記録の中ではもう過去の事だけど、彼らからしてみればアレはまだ終わっていない事なんだよ」

 そう静かに語るケインズ。そしてその終わっていない事と言うのはクロスフォード達だけの事では無く当事者である自分もなのだとケインズは深くため息をついた。

 状況が掴めていない艦橋のクルーたちは戸惑った視線をケインズとマイカに向ける。ケインズは首を横に軽く振り、

「第12朱雀艦隊に合流を開始、以降は第12朱雀艦隊の指示に従って航行を進めて」

「了解、しました」

 艦橋のクルーたちはそう答えて各々の仕事に戻る。後でクルーたちのフォローが必要だなとケインズは頭の片隅で考えながら普段通りの表情を造った。クルーたちに余計な不安を煽らせない事も艦長としての務めだ。けれどそれが上手くいったかどうかはこの時ばかりはケインズも自身が無かった。

何とも言えない雰囲気に包まれながらシルバー・ファング号は目的地へと進んでいく。

 こうして波乱に満ちたデ・クラマナン星系での出来事は過去の遺恨から始まる事になった。


 フィオは待機中に珍しくアルコールを摂取していないと驚いて思わず尋ねたら、

「いや、ハリオンのばぁさんから流石に弁えろって怒られてなぁ」

「ばぁさんなんて言ったらまた怒られるんじゃないのか?」

「実際、ばぁさんだろ」

 120歳だぞとロイが言うと厨房から「人の歳、バラしてんじゃないわよ!!ロイの坊主!!」とお叱りの声が聞こえてきた。その声にロイは首を竦めて、

「みろよ。三十路の男に対して坊主だぞ。年上扱いされて何がおかしいんだっての」

「そりゃあ長寿族なんですし。年上なんて普通でしょ」

 フレデリックは呆れた顔で言う。基本的に傍若無人を行くロイも補給班厨房責任者のルビア・ハリオンには頭が上がらない。聞くところによるとロイが新兵の頃からの付き合いで更にはケインズの新兵時代も知っていると言うのだから軍歴の長さは驚かされる。

「あぁそうだ。フレディ、後で訓練に付き合ってくれよ」

「あん?なんだよ急に」

 3人の前にコーヒーが運ばれるとフィオが思い出したようにそう言った。フレデリックは怪訝な顔をする。

「いや重力下での戦闘訓練。今までずっと宇宙空間で戦闘してたし訓練もそうだろ?重力下で双腕肢乗機を動かすのも初めてヴァルキリーに乗った時以来だからさ」

「重力下での戦闘なんて俺もほとんど経験無いぞ。それに今は待機中だからどの道、訓練なんて無理だ」

「アルコールはよくて訓練は駄目なのかよ」

「アルコールの摂取は緊張を和らげる為、訓練だと体力を消費して戦闘時に支障をきたすからだよ」

 フレデリックがそう言うとロイはウンウンと頷き、

「だから今、酒を呑んでも俺は良いと思うんだ」

「建前としてはそうなっていますけど自重して下さいよ隊長」

 どこでスプーニーの目が光っているか分からないのだから。周りを見渡せば何時もの喧騒が嘘の様にみんな大人しい。食堂にも関わらず資料に目を通す者や他の部署の人間と情報を交換し合う者たち、誰しもがゴールデンタイムのネタにはなりたくないのだろう。

 そんな事をフィオが考えるとロイは苦笑し、

「いやいや。流石に最前線だから皆、緊張しているんだぞ」

「…散々、聞かされたからどれくらいヤバいのかは分かっているつもりだけど。やっぱり危険なのかここって」

「<デヴァスター爵の反乱>や<カルゴニア会戦>の時よりもマシだけどやっぱり最前線となるとな。何が起きるか全く分からないからどうしても緊張しちまうんだ」

 ロイが口にしたのはどちらもデ・クラマナン星系で起きた近年の中でも大きな戦いだ。

 するとフレデリックはふと思い出したように、

「<カルゴニア会戦>と言えばアレっすよね。最悪の撤退戦と言われた」

「あぁ…<カルゴニアの惨劇>だな」

 フレデリックの言葉にロイは表情を暗くして答える。急に表情を変えたロイにフレデリックは首を傾げるがロイは何でもないと手を横に振る。けれどすぐに何かを考え込む様な顔を見せて、

「ランスターは知っているか?カルゴニアに関して」

「いや、何だっけ…聞いた事ある様な無い様な……あー」

 思い出せそうで思い出せないと言った顔でフィオは額に手を当てて考える。

「ま、無理もないか。18年も前の戦いだしな。俺も座学の戦史や人から聞いた程度にしか知らない」

 ロイはそう言ってから話を始めた。

「カルゴニアってのはダーナ帝国の支配している惑星でな。その惑星の近くにはダーナ帝国が完全支配しているベクルト星系へ空間転移できるクロス・ディメンジョンがあったんだ。当時の星間連合軍はそのカルゴニアを攻め落とすことには成功したんだが中々に難しい惑星でな」

「難しい惑星?」

 よく分からない表現にフィオは首を傾げる。

「確か、風土病が酷かったって話だ」

 フレデリックも昔、座学で聞いた話を思い出しながら言う。

「土壌の殆んどが鉱物によって汚染されていてそれを口にした惑星住民にかかる病だ。詳しい症状は忘れたけど惑星住民の3割が20歳まで生きられないって話だ」

「3割…」

 フィオはゾッと背筋を震わせた。10人の内3人と聞くと少なく思うかもしれないが、20人いれば6人、100人いれば30人がこれに当たる。

 では惑星規模となればどうなるか。フィオがいた工場惑星で言えばその惑星全体の人口は1200万人程だ。これは惑星人工の規模としては小さい方だ。そしてその3割となると360万人。旧暦のまだ地球と言う惑星でしか地球人が暮らしていなかった頃の小国に匹敵する。

「そんな環境でカルゴニアをダーナ帝国への侵攻拠点する訳にはいかない。かと言って土壌汚染を如何にかしようとしたら最低でも30年は必要だろうって計算だった。当時の上層部も相当揉めたらしいが結局、侵攻拠点と言うメリットは捨てられなかった」

 そして土壌汚染の対策として行われたのは軍事衛星の牽引だった。

「は?牽引?」

「そ。牽引だ。軍事衛星のな」

 軍事衛星とはその名前の通り、戦闘行為もしくは一種の基地として機能を持つ人工衛星だ。重要な惑星の防衛に置かれたり惑星と惑星の中継地点に置かれる事が多い。

 当時、新型の軍事衛星の開発に成功しておりその関係で廃棄される予定の軍事衛星が幾つかあった。それをなんと戦艦を使ってカルゴニアまで牽引してきたのだ。

「牽引された軍事衛星は内部を改装して惑星住民が住める環境にした。で、そこに惑星住民を全員移住させた」

「即席のコロニーってわけ…か?」

 フィオは呆然と呟く。

直ぐ解決できないなら取り敢えずこれ以上、風土病が進行しない様に隔離する。それが当時、行われた対策だった。

とは言えやる事が壮大だ。フィオが呆気にとられるのも無理はない。

「凄い事するな…成功したのかそれって」

「一応な。だがそれが悲劇の切欠でもあった」

 重要な侵攻拠点を奪われてダーナ帝国が大人しくしている訳が無い。ダーナ帝国は大規模な艦隊を編成してカルゴニアを再度奪取すべく向かった。そして奇襲を行い、軍事衛星へ攻撃を開始した。

「え、でも軍事衛星には惑星住民が…」

「あぁ。見た目はそのまんま軍事衛星だからな。それがコロニーだなんて思わなかったんだろう」

 ダーナ帝国が誤って攻撃したと言っても、惑星住民が元帝国人だからと言っても虐殺せれていくのを無視する訳にはいかなかった。星間連合軍は応戦を開始するとともに無事な軍に衛星を再び牽引してカルゴニアから逃れる事にした。

「大筋としてはこんな所だ。この戦いで惑星住民の7割が死んで戦艦が3個連隊ほど沈んだ。乗船していた兵士たちごとな。更に撤退している途中でも問題が起きて多くの将兵が命を落とした」

 ロイはそこで一度言葉を切ると、真剣な顔を見せる。

「この話をしたのはな、この艦に居たらどの道、耳にするだろうからと思ってだ。それを踏まえて、だ。いいか?艦長の前でこの話題を出すんじゃないぞ」

「え?」

 フレデリックが間抜けな声を出す。

「艦長は…<カルゴニアの惨劇>に深く関わっている。今でも恨まれるくらいにな」

 その言葉を聞いてフィオは息を呑んだ。フレデリックも同じだったらしく眼を大きく見開いた。

「まさか…じゃあ艦長って……」

「あんま言うんじゃないぞアイザー。あの人も飄々とはしているが色々、抱えているモンだってあるんだ」

 ロイの言葉にフレデリックは口を噤んだ。そこまで言われると<白蛇>の異名の事やその経歴の噂など口になど出せなくなる。

 フレデリックは頭をガシガシと掻くと、

「何で今、そんな話するんっすか。俺が<カルゴニアの惨劇>を口にしたからですか?」

「ま、いい機会だと思ってな。当時の艦長の事を直接知っている奴なんてこの艦にはいないだろうけど、付き合いの長い連中は大体、知っている」

 それだけお前たちの事を認めてやっているんだぞとロイは笑いながら言う。

「ま、俺が話せるのはここまでだしな」

「どう意味だそれ?」

「いや。艦長が関わっているって言う話な、詳しい事言うと第2級機密事項になるんだ。本来であれば俺じゃあ知る事は出来ないし、お前らに教えるのも実はマズかったりする」

「「ちょっと待て」」

 久しぶりにフィオとフレデリックの声が重なった。何故、今それを言うのだ。聞いてしまった後でそれは無いだろう。

「だから言うんじゃないぞ。あのリポーターさんに知られたら大変だしな」

「言いませんよ流石に……」

 フレデリックは頭を抱える。

 フィオは少し怪訝な顔をしながら尋ねる。

「なぁ。気になっていたんだけどあのスプーニー、さん?ってそんなに危険な人なのか?」

「あん?だって<アンジェリカ・スピーカー>だぞ。知らないのか?」

「……俺、あんまりテレビとか見ないからなぁ」

 特にニュース番組なんて興味無いしとフィオが言うとフレデリックはこれだから最近の若い奴はと溜息をつく。

「お前も十分若いだろうが」

「坊主扱いされている隊長ほどじゃないです。で、何だ?お前、あの人の事知らないのか」

 フィオが素直に頷くとフレデリックは意外そうな顔をして、

「あぁ…でもお前、殿下のお顔も知らなかったしな…なんか納得だわ」

 と頷いた。否定できないフィオはムッと顔を顰める。

「だから何が危険なのか教えてくれませんかね?先任少尉殿?」

「へぇへぇ。あのな、スプーニー女史ってのは銀河放送局のリポーターでな?」

 フレデリックは世間一般的に知られているスプーニーの経歴を語る。要約すればベテランのリポーターで各方面に顔が利き、それ以外にもジャーナリストを語り幾つもの著書やコラムを書いている人物であると言う事。

「同時にかなり過激な事も書く人でな。訴訟沙汰になるなんて日常茶飯事だそうだ」

 それでも世間に真実を伝えるのが自分の使命なのだと多くの著でそう締め括っている。けれどそうまでして求める真実とは一体何なのか。フレデリックにはよく分からなかった。

「内容は確かに過激な物も多いが、まぁ見方を変えれば間違ってもいないってのが艦長の意見だがな」

「隊長はどうなんです?」

「俺?俺はホラ、難しい事とか駄目な人間だから。専らこう言った政治的なナントカや思想的なウンタラかんたらは全部、艦長の受け売り」

 なんか駄目な大人だとフィオとフレデリックは思ったが口には出さなかった。

「そういやそのスプーニーとか言う人の目的がヴァルキリーかもしれないってノーランド中尉から聞かされたんだけど」

 情報は一切漏らすな何処から何がバレるか分かったもんじゃないと口を酸っぱく言うフランの顔を思い出しながらフィオは腕を組む。

「情報を漏らすなって言われても具体的に何を言っちゃったら拙いんだ?」

「いや、そんなの」

「全部に決まっているだろ」

 ロイとフレデリックが呆れ顔で言う。

「あのな。詳細なスペックが分からなくても実際に動いている映像があればある程度の推察は出来るんだよ。そう言ったのを専門的に解析する軍人だっているしな」

 フィオは成程と頷いた。するとそんなフィオの様子を見ていたのかどうか知らないが絶妙なタイミングで食堂の空気が変わる。思わず首を動かし原因を考えようとしたフィオはすぐにそれに気付いた。

 アンジェリカ・スプーニーだ。その周囲にはマネージャーやらカメラマンなど報道関係者が彼女を囲んでおり和やかに談笑している。どうやら単に食事をしに来たようだ。そこまで緊張する事は取り敢えずないかなとフィオがホッと安堵の息をつくと、フレデリックがフィオの肩をちょいちょいと指で突き、

「油断するなよ。襟元、マイクが付いている。ありゃ多分、録音しているぞ」

「……仕事熱心な事で」

 小声で話を交わしながらフィオはげんなりと表情を変えた。護衛の兵士や食堂に居る他の兵士たちも気付いたようでフィオと似たような表情をしている。極力、喋らないでいようと皆が心に決める中、エルムが注文を聞きにスプーニーの所へ向かう。

 艦内の人間が煩わしく感じている客人に対してもエルムの態度は変わらない。何時も通りの笑みを浮かべて注文を聞くとそれを厨房に伝えに向かう。その後ろ姿を見つめながら出立前に食べたケーキを思い出した。素直に美味しかったと伝えるとエルムはじゃあ今度一緒に食べに行きましょうと言った。デートの約束である。心の中でガッツポーズをした。

「ん…?」

 その時の事を思い出しながらまた心の中でガッツポーズを取っていたら携帯端末が音を立てた。見るとフランからの呼び出しであった。

「あー…例の新兵器に関してか」

 スプーニーに聞かれない様に小さな声で呟きフィオはコーヒーを飲み干す。

 最初、仕様書を見た時は随分と面倒な兵器だと思った。しかし今では期待と好奇心が勝っている。食堂を出てスプーニーには絶対に聞こえないだろうと言う場所まで来るとフィオは呟いた。

「ヴァルキリーの陸戦用兵装か…」


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