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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第1章 Boy and Girl engage Valkyrie
4/95

第3話 少年と彼らの日々

 お、お気に入り登録されている……っ?!

 感無量です………っ!!


 そんな感じで第3話始まります。


 エルム・リュンネ 14歳(?)。フィオの前に突然現れた少女。彼女の正体は今回の話で明らかに………ならない?

 工場惑星より1万キロメートル離れた地点、青白い光と共に空間に捻じれが生じる。その光は空間跳躍の前兆であった。

 空間跳躍とは文字通りある地点から別の地点へと、空間を飛び越え移動することのできる技術だ。地球人がカルーサ星人と接触した頃より使われている技術でやはりそのメカニズムはよく分かっていない。

 ただ何処からでも使えるわけでも、何処へでも行けるわけでもない。

 例えばA地点からはB地点には行け逆も然りだが、D地点に行けるのはC地点だけである。同じようにC地点からはA地点にもB地点にも行けない。また一度に空間転位できる数や質量にも制限がある。

 空間転位する地点によって異なるので一概には言えないが、平均すると大体戦艦20隻が限度だと言われている。このように遠く離れた空間と空間を結ぶ地点をクロス・ディメンションと呼ぶ。宇宙にはこのような空間跳躍が可能な地点が幾つか存在し、それが無ければ今の恒星間交流は生まれなかっただろう。

 空間跳躍の光と共にその輪郭を徐々に現してくる。それは1隻の軍艦だった。濃い緑色をした1隻の軍艦、その軍艦の腹に描かれた紋様は槍と騎士の形をしていた。

 それはダーナ帝国の国旗であった。アースガルド王国と銀河連邦の主要国家と敵対関係にある惑星国家群で、星間連合の敵と言って差し支えなかった。

 工場惑星は銀河連邦の惑星国家の一つであり、そこに空間跳躍をしてくるという事は侵攻目的以外の何物でもなかった。普通であれば、これに対し星間連合は常にクロス・ディメンションを監視している人工衛星の報告や駐留艦隊の察知により対処する。

 しかし、この時クロス・ディメンションを監視する衛星もそこに駐留しているはずの艦隊も何も動きを見せなかった。

「艦長、付近に動きありません」

 軍艦、ガウェイン級のブリッジではオペレータが艦長にそう報告する。艦長は顎に手をやり、

「ふむ。どうやら情報は確かだったようだな…そちらの準備は?」

『現時点では問題はありません』

「了解した。さて、後は貴殿たちの働きに掛かっているぞ」

 そう言って空間ディスプレイ越しに向かって尊大な眼を向ける。

 ディスプレイに映し出されているのは1人の青年だった。20代前半、黒髪に金色の目が光る。烏の濡れ羽のような黒髪は彼が東洋系の血を引いている事を示す。

『お任せ下さい、艦長。『黒翼(レイヴン)』の名にかけて必ずや仕留めて見せましょう』

「期待しているぞ、カラス・ザーノス少佐」

 黒髪の青年、カラス・ザーノスは帝国式の敬礼を返すと、通信を切る。途端に艦長は不機嫌な顔つきになりフンと鼻を鳴らす。

「あのような奴が我ら帝国の精鋭騎士(エース)とはな……下級騎士ならともかくあれで爵位持ちの貴族だと言うのだから腹立たしい」

 ダーナ帝国ではアースガルド王国と同じく貴族制が存在する。そして概ねアースガルド王国よりもダーナ帝国では貴族階級の中では血統が重んじられる傾向が強かった。それは俗にいう社交界などだけではなく、こうした軍内部でも変わらず血統を尊重する志向が強い。そもそもダーナ帝国では貴族階級に徴兵制が課せられており、貴族という名は同時に職業軍人を表す言葉でもあった。歩兵や衛生兵など一部の兵を除けばほとんどが貴族である。それ故に貴族の価値観、つまり血統を重んじるという考えは軍内部でも当然に生じていた。

 カラス・ザーノスもやはり貴族であった。それも由緒正しき子爵の家柄で、現皇帝の側室にはザーノス家から召し上げられた皇妃がいる。近年では没落傾向であったが前当主の娘が側室に迎えられてからはザーノス家も持ち直し、今では精鋭騎士として名を轟かすカラスが当主を任されながらザーノス家を支えている。

 しかしこの事をよく思っていない輩も存在する。それは少しばかりの嫉妬とカラスが正室の子ではなく、しかも貧民街の娼婦との間に出来た子であることを軽蔑しているからだ。

 ダーナ帝国には貴族に黄色人種は存在しない。一般市民の中に一部存在するだけで、その数は少ない。故に貴族で黒髪という事はあり得ないのだ。なんらかの遺伝子的理由で貴族にそういった子が生まれても多くの場合、幼少の頃より髪を染めて黒髪を決して晒さない。しかしカラスは己が黒髪を隠すことなく晒し、様々な偏見や蔑視の眼差しを圧倒的な双腕肢乗機の操縦技術で黙らせる事で遂には皇帝から精鋭騎士の称号と二つ名を頂戴した。皇帝なりの皮肉なのかそれともその名が表す鳥がかつて神話や伝承の中で神の使いとも言われていたからなのか、『黒翼』という名と共に3本足の烏のパーソナル・マークを与えた。

 軍内部でカラスに対する評価は2つに分かれる。その腕を認め敬意を表する者、その腕を認めながらも蔑視する者の2つだ。艦長はこの内の後者の方であった。そしてどんなに憎々しく思っていてもその腕だけは認めざるを得なかった。故に作戦の主戦力として迎え入れ期待もしている。

「これより第28次星間連合侵攻作戦を開始する。各員、第2次戦闘態勢を取れっ!」


 工場惑星から1万キロ離れた場所で不穏な影が動き出した頃、ゴルヴァーン工房からわずか200メートルの場所でもある動きがあった。

 1人の青年が思わずこぼれそうになる欠伸を噛みしめる。

 しかし双眼鏡を覗く目は涙で霞んで良く見えない。

「あぁ…畜生……」

 こみ上げる眠気と闘いながら顔を拭くと隣に人の気配を感じた。誰か確認しなくてもすぐ分かる。自分にここまで気配を感じさせないで接近できるのはこの黒髪の男だけだ。

「ご苦労様。どうだい様子は?」

「相変わらずですよ…あぁでもさっきから何か騒いでいる様子があるんですが……どっちかというとバカ騒ぎみたいな感じで」

 青年の報告に黒髪の男は苦笑する。

「ヤレヤレ…思った以上に平和だなここは……まったく、忍びないよ」

 黒髪の男の口調にある種の勘が働いた青年は双眼鏡から目を離し、

「……隊長、動くんですか?」

 青年、ラウル・ガーナッシュはブラウンの瞳を鋭くする。

 すると黒髪の男、カラス・ザーノスは苦笑し、

「そんな怖い目をするな、ラウル。俺たちは一応、一般市民としてここで登録されているんだからな。不用意な態度や言葉は危険を招く」

「分かってますよ。もう何度も聞かされました」

「だがそれも今日で終わりだ」

 カラスはそう断言する。遂に動くのかとラウルは緊張で一瞬、喉を鳴らした。これから行う大きな作戦に柄でもなく緊張しているのだと自分で分かった。

「作戦開始は――」


 双腕肢乗機を運転するのに必要なのは免許だけである。民間機だろうが軍用機だろうが動かし方はほぼ同じ。ただ一つ補足をつける必要があるとしたら、それは軍用機は戦場で生き残る技術が必要になると言う事だ。

「げふっ!」

 専らそれを教え込まれるがために模擬戦をしていた。結果は7戦全敗。フレデリック・アイザー少尉は自身の全敗記録に対し、こんなの当たり前だと思っていた。

 相手は直属の上官であるロイ・スタッグ大尉、連合軍でも名の知れたパイロットだ。数多の戦場を駆け、生き残った男。士官学校時代から噂には聞いていて、上官になると聞いた時は結構期待していた。

 しかし、

『うぉーい、どうするんだアイザー。これでもう1週間分、酒を奢ってもらう事になるんだが』

「ぐぅ…」

 フレデリックは唇を噛みしめる。悔しさよりも先に憎らしく思う。

 両者が使っている機体は星間連合軍の主力機であるS2-27。旧暦の地球で使われていた戦闘機の名残を残しており、胴体から伸びる機首は鋭く、まるで鳥の嘴だ。ただ操縦席は機首にはなく、胴体にある。機首は末端まで複合情報処理システム(M・I・S)なっている。胴体の下にはシールドにもなるメイン・ブースター、人間で言うと下半身にあたる部分が推進装置なっている。この巨大なブースターは『一本足』と呼ばれている。双腕肢乗機の特徴である1対の腕は作業乗機と異なり、3本のマニピュレータと装甲で固められている。

 この2人の模擬戦だが1つ特殊なルールがある。それは模擬戦で1回負ける毎に酒を1回奢ると言う物だ。

一方的に取り交わされたその約束はフレデリックには甚だ迷惑だった。そもそも碌に実戦経験のない自分が勝てるような相手ではないのだから、奢りは確実とも言える。その上、ロイの飲酒量はとんでもない。仕事をしている時以外は酒を飲んでいるところしかフレデリックは見たこと無かった。ウォッカを2瓶も空けておいて翌日にはケロッとした顔で焼酎を1瓶空にする。

 きっとあの人は蓄電装置(バッテリー)ではなくアルコールで双腕肢乗機を飛ばしているんだとフレデリックは思っている。

『まったく、少しはその腹の肉を使って飛んだらどうだ?』

「どう使えってんだよ!」

 思わず叫んでしまう。

 大声を出したせいで腹の肉が少し揺れる。フレデリックは平均体重よりも少々重い腹を憎たらしげに見る。逆に身長は平均よりも低い方なので少々重い腹が目立ってしまう。

『食った分のエネルギーを双腕肢乗機に回せばいいんだよ』

「出来るわけないだろ、そんな事。それとも何か隊長は飲んだアルコールを双腕肢乗機のエネルギーに回しているのか?」

『うん』

 肯定されてしまった。いや、冗談なんだろうけど。

 でも、もしかしたらと思ってしまうくらいこの人は毎日のように酒を飲んでいるわけだし。上官の冗談につき合っているとフレデリックのS2-27が後ろから突かれる。文字通り、細い物で肩の部分を突かれているのだが、フレデリックは表情をしかめる。

「おい、それで突くなって何度も言ってるだろうが」

『長いから便利』

 ロイとは別の通信ウィンドウが開く。ウィンドウに映ったのは幼い少女だった。

 彼女を始めて見た者は一様にこう言う、「眠たそう」と。翡翠の様な瞳はトロンと垂れており猫の様だ。フレデリックはこの少女がこれ以外の表情をしている所を見た事が無い。

 アリア・チューリップ少尉。齢13歳にして連合軍に所属し、確かな狙撃の腕前を見せる天才少女だった。

 連合軍は入隊に関し年齢制限が慣習的に存在しない。「才ある者を取り立てる」というアースガルド王国の伝統に基づき、突出した才能を持つ者に関して連合軍は推薦入隊なる制度を設けている。将官クラスの推薦書を基に中央人事部と現役将官4名による厳重な協議のもとで行われるのだが、滅多なことではこの制度は使われない。

 それほどまでに要求される能力は高く、そしてアリアはそれをクリアした。

 そのアリアのS2-27は本人の適性に合わせ、狙撃仕様になっている。1番の特徴はフレデリックのS¬2-27を突いている狙撃銃だ。右の二の腕より下がそのまま電磁投射式狙撃銃(リニア・ライフル)になっており、使用時以外は銃身を畳んでいる。最もフレデリックを突くためだけに今は銃身を展開しているが。また機首のM・I・Sには戦闘機で言うとキャノピーにあたる部分が開き、高性能光学照準機(ハイ・スコープ)が展開する。

「というか、何だよさっきから」

『暇つぶし』

 しつこく突いてくるアリアに尋ねると単純明快な答えが返ってきた。

『私、訓練する必要無いなら帰還してもいい?』

 尋ねるその間も銃身で突くのをやめない。

『あぁ…悪い悪い。機動陣形の練習したかったんだが思いのほかアイザーの奴が動き悪くて、つい模擬戦に熱中しちまった』

 コツコツと肩の部分を突かれるたびにエルの機体は極僅かに揺れる。苛立たしいことこの上ない。

「……いいからとりあえず突くのを止めろっての!」

 フレデリックは機体の腕を振り、銃身を振り払おうとする。それを見越してかアリアはひらりと身をかわし、フレデリックの腕から逃れる。その動作はスムーズで嫌でも実力の違いを感じてしまう。空振りになってしまったフレデリックの機体の腕は大きく弧を描き、そのまま反動で機体ごと回ってしまう。慌てて制止させようとスラスターを吹かすが今度はスラスターの威力が強すぎて機体が揺らぐ。

 それを見てアリアはため息をつき、

『ホント、動きが悪い』

「くっ…」

 フレデリックは唇を噛み悔しがる。

『な?悪いがもう少し待って……あぁいや、やっぱり参加してもらおう。アイザー』

「なんですか?」

 通信ウィンドウ越しに見えるロイの顔は明らかに意地の悪い笑みで歪んでいる。

『次は回避訓練だ。アリアの弾丸を1発でも避けられたら奢りは無しにしてやる』

「ちょっ……無理無理!」

『1発当たる毎に食堂で奢ってもらうから』

「無理だぁ―!」

 スラスターを全力で吹かして後退するフレデリックのS2-27に容赦なくアリアの電磁投射式狙撃銃が模擬弾を発射する。

 結局フレデリックは8回、アリアに奢る事になった。


 眼が覚めるとここ数カ月で見慣れた職場の天井だったと言うのはどうなのだろうかとフィオは思った。職場の上司からのきつい一撃を貰って朝まで伸びていたようだ。ぼんやりと時計の鐘の音を聞いているとどうやら10時くらいのようだ。痛む顎を抑えながら起き上ると視界の隅に銀色が映った。何だろうと思って振り返るとそこには翡翠色の瞳でフィオの顔を覗き込むあの少女―エルムの姿があった。

「って、うぉっ!!」

「おはようございます。フィオさん」

 驚くフィオを他所にエルムはニッコリと笑い朝の挨拶をする。エルム・リュンネと名乗った少女は昨晩と同じくフィオの作業着を着ていた。事態の飲み込めないフィオは「お、おはよう…?」とどもりながら返事をするので精一杯だ。

「朝ご飯の用意が出来ているので2階に来て下さいって言ってますよ」

「あ、あぁ……分かった………」

 のろのろと起き上がるとエルムと一緒に2階に上がる。

 2階はロンドの生活スペースとなっており、ダイニングではロンドが電子ペーパーを読んでいた。机の上には朝食が並べられておりトーストの匂いがフィオの食欲中枢を刺激する。

「あらようやく眼が覚めたのね」

 キッチンから顔を出したのはロンドの伴侶、アンナだ。

「……とりあえず座れ」

 電子ペーパーを読んでいたロンドが厳かに告げる。言われるがままテーブルに着くとその隣にエルムも座る。正面にはロンドとアンナが座っており傍から見れば家族の食卓にも見えなくはない。

「お前が寝ている間に彼女から大体の事情は聞いた。…が、お前も知っていた方がいいと思ってな」

「なんだよその思わせぶりな台詞は……」

 なには激しく嫌な予感がする。フィオがそう考えているとロンドはエルムに「始めてくれ」と言う。エルムはコクリと頷き、

「はい、実は……」

 エルムは姿勢をただし、じっとフィオを見つめる。その眼差しは真剣そのものでフィオも思わず居住まいを正してしまう。

 そのきれいな緑色の眼にフィオは吸い込まれてしまうような錯覚を覚える。不思議な魅力を兼ね揃えた少女、その少女が今から自分に何か重要な事を告げようとしている。フィオは思わず唾を飲み込む。

「フィオさん……実は……私…」

「う、うん……」

「……記憶喪失みたいなんです」

「………」

 どうしよう、警察ではなく病院に連絡した方がよいのだろうか。白ではなく黄色い方の病院に。不法侵入した上、素っ裸で他人の服を無断で借りて挙句の果てには記憶喪失ときた。バカにされているのだろうかと一瞬思ったが目が真剣で、嘘を言っているように思えない。どうも本人は嘘偽りなく真実を言っているつもりなのだが、第3者からして見れば胡散臭いことこの上ない。

 そんなフィオをよそにエルムは話を続ける。

「名前にしか思い出せなくて…気づいたらここの家の前にいたんです」

「……冷凍睡眠(コールド・スリープ)がどうとか言ってなかったか?」

「ハァ……ごめんなさい、それもよく思い出せないんです」

 キョトンと首を傾げる様子にフィオは悩む。もしかしたら昨晩、エルムが寝落ちする前にもっと問い詰めていた方が良かったのではないだろうか。しかし過ぎてしまった事を後悔しても仕方がない。

「じゃあ記憶喪失だとしてだ……」

「本当に記憶喪失なんですけど」

 不満顔で抗議するエルムの言葉を聞き流して、フィオは話を続ける。

「何か身分を証明できるものとか持っていないのか?それがあれば警察とか行政機関で調べ……」

「フィオさん、フィオさん」

「何だよ」

「私、ここに来る前は裸一貫だったんですよ?持ち物なんてありません」

「………」

 あぁそうだった。記憶喪失以前に不審者である事を忘れていた。

 ついでに昨晩のエルムの後ろ姿が脳裏によみがえり、慌てて頭を振って追い払う。悲しきかな思春期。後ろ姿とは言え、まだ達観するには早すぎるし何より同年代の異性と言う存在になれていない。

「そいつに関してはさっき裏でこいつが転がっているのが見つかった」

 そういってロンドが出したのは1枚のカードだ。差し出されたカードにはエルム・リュンネの名前が刻まれていてエルムの名前以外には何も書いていない。代わりに本人確認のための小型静脈認証装置が付いている。それにエルムは人差し指を乗せると、カードはエルムの静脈を確認する。1秒と経たないうちにカードに刻まれたエルムの名前が点滅し、持ち主本人であることを認証した。

 エルムはそれを見てニッコリと笑い、

「とりあえず、これで私がエルム・リュンネであることは証明されましたよね」

「あぁそうだな」

 例え記憶喪失だとしても、確かに彼女の名前はエルム・リュンネで間違いはないだろう。ロンドが見つけたカードはそれを証明するのに十分な証拠となる。

「ところでこれは何のカードでしょうか?」

恒星間入港許可書(プラネット・パスポート)、通称P.Pなんて言い方もするな」

 旧時代、地球圏では幾つもの国があり、原則として別の国に行く時は政府機関が発行した公的な証明書が無ければ移動することは許されていなかった。今日においては、惑星一つが巨大な国家であると言えるので惑星内での移動に関しては制限されているところは少ない。しかし惑星と惑星、つまり恒星間における移動に関しては許可書が必要となる。許可書の様態は連合に限らず、連合外の惑星国家でも共通の物を使用している。共通規格のものを使用しているのは星間連合が結成されるより以前の時代から恒星間入港許可書は宗教惑星系が管理していたためであるが、宗教惑星系についての詳細はここでは割愛する。

「これで手掛かりが見つかったな」

「そうなんですか?」

「あぁ。恒星間入港許可書には個人情報が組み込まれているからステーションに行って事情を説明すれば情報開示してくれるだろうよ」

 フィオがそう言うとロンドは難しい顔をしながら呟く。

「お前……それでいいのか?」

「は?何が?」

 フィオが首を傾けるとロンドはふぅとため息をつくと電子ペーパーを机の上に置き、これまで見た事のない程に真剣な眼をしてフィオを見る。

「記憶喪失の少女なんだぞ?可哀相だと思わないのか。このままステーションに向かって戸籍が分かったとしてもその後はどうする?記憶が無いまま不自由な思いをさせてしまってお前は何も感じないのか?」

「いや……あの……」

 突然訳の分からない事を言い出すロンドにフィオは困惑する。そんなフィオを無視してロンドは更に話し続ける。

「東洋人の言葉に『情けは人のためにならず』って言葉があるだろう?人を助けるのはその人だけでなくゆくゆくは自分を助けることにもなるって意味でな俺も若いころは……」

「……いや、もういいから。無理になんか回りくどい言い方しなくて良いからいつも通り直球で言えば?俺に何をしろと?」

「彼女の世話を任せる」

「……………ハァっ!!何で?!」

 フィオはテーブルを叩いて立ち上がるが、

「…フィオ君?行儀が悪いわよ」

「…………はい」

 にっこりと笑うアンナに気圧され静々と座り直す。工房主のロンドを筆頭に荒くね者が割と多いこの工房を裏で支えるこの人に逆らえる人は残念ながら存在しない。

「エルムちゃんみたいないい子を放り出すような真似、許しませんからね」

「………なぁ親方」

「………言うな。そう言う事なんだ」

 情けがどうとかそうではなく。ただ奥さんに言われたからなのか。工房の裏番である奥さんが怖いからなのかとフィオは眼で訴えるがロンドは眼を合わせようとしない。事情を察したフィオはため息をつくと隣に座るエルムをチラリと見る。

 エルムは申し訳なそうな顔をしながらも少し嬉しそうに笑いながら、

「よろしくお願いします」

 と頭を下げてきた。

 決して頭が悪い訳ではないらしい。自分が記憶喪失と言う数奇な状況だと言うのを理解したうえでそれでも好意的に手を差し伸べてくれる人がいる。

 迷惑をかけているのが分かってもそれ以上にその行為が嬉しいなのだろう。だから彼女は笑っている。その笑みは本当に魅力的でつい揺らいでしまう。

「…ったく何を考えているんだか」

 フィオはピシャリと自分の頬を叩く。キョトンとした表情でエルムはフィオの行動に首を傾げる。何でも無いとフィオは片手を振る。

 本当にらしくない。

 こんな素敵な笑みを浮かべる彼女に何かしら見返りを求めようとするなんて。具体的に何をしてもらいたいとか思春期なフィオにとっていらない妄想が頭をよぎるがそれも振り払う。

 そんな心の内を悟られない様にそっぽを向きながらフィオはエルムに手を差し出す。

「……で?具体的にはどうしろと?」

 それでも尋ねるフィオの頬は若干赤く染まっていた。


 そして1週間が経った。世話を任されたと言ってもエルムは記憶を失っただけで常識まで無くした訳ではないらしい。意志疎通も出来るし普段は特に問題はない。

「フィオさんフィオさん。これってなんですか?」

「あー……それは……」

 時折、使い方の分からない道具や見た事のない物をフィオが説明する。

 それだけで特に問題の無い1週間だった。

 女気と言えば裏の番長(アンナ)しかいなかった工房に降ってわいた可憐な少女。ロンドの遠縁と言う事で紹介されたエルムはたちまちに工房に慣れしたしんだ。人見知りしない性格もあって工房の男たちからも気に居られ今では軽く工房でのマスコットキャラ扱いだ。

「ったく……どいつもこいつも鼻の下伸ばしやがって」

 仕事になりゃしねぇとロンドはぼやく。尤もそんな事を言っているロンドもアンナに尻を敷かれているからとはいえエルムに普段着を買え与えたりしているので工房の男たちの事をどうこう言えない。

「でもさ…本当にどうするんよ。このままずっと置いておく訳にもいかないんじゃないか?」

「アンナはそれでもいいって思ってる節があるが……記憶喪失ってのも気になるしな。折を見てステーションで身元照会でもしてみようとは話している」

 本当ならすぐにでも行くべきなのだが残念ながら今のゴルヴァーン工房にそんな余裕はない。

 原因は例の機材が運ばれた翌日の事だ。

「こいつを今日から組み立てる訳だが……雇い主はコイツを3週間で組み立てろと言ってきた」

 その言葉に工房に集まった技術者たちはピクリと眉を動かす。

 その様子を見てロンドはニヤリと笑う。

「こっちにすりゃあ2週間もあればと言ったんだが雇い主の方は慎重に事を進めてくれとの事だ……どうにもむこうはこっちの事をよく理解していないらしい……それどころか信頼もしていないらしいな」

 ロンドはそこで一端言葉を切ると、

「簡潔に言うとだ俺たちは完全に舐められている。俺たちの腕じゃあこいつを組み立てるのにそんな3週間も時間がかかると思われている訳だ。お前たちはどうだ?たかがこれしきの事で3週間も時間がかかる様な鈍間か?」

 ロンドの挑発じみた言葉に男たちは否と唱える。自分たちの腕だけを頼りに生きてきた連中ばかりだ。その腕を虚仮にされて何とも思わない者はいない。ロンドだってそうだ。

 だからこそ敢えて挑発じみた言い方をしたのだ。

「いい返事だ……だったらもうやる事は分かっているだろ?さっさと作業に移って俺たちの腕がどれ程のもんか見せつけてやるぞ!!」

「おぉ!!」

 ロンドの言葉に男たちは雄たけびを上げ機敏な動きで作業に移る。

 あちらこちらで各々が図面を片手に作業の割り当てを決めていく。中にはもう既に作業に移っている者までいる。

 その光景を見ながらフィオはロンドへと視線をやり、

「随分と拡大解釈してないか……?」

「は…お前もまだまだだな。あの時のやり取りも分からないようじゃな」

 ロンドは鼻で笑うとフィオの背中を叩く。さっさとお前も作業に移れと言う事なのだろう。

「フィオ!!こっちに来い!!」

 同じ作業班の男からも呼ばれフィオは早足で作業に向かう。

それから1週間。ロンドの誇張された挑発に乗りに乗った男たちはその辣腕をいかんなく発揮した。昼夜問わず、交代で組み立て作業を進め工房内は常に男たちの怒鳴り声に近いやり取りで埋め尽くされていた。

「フィオ!!6番ケーブルと7番ケーブルをつなぎ直せ!!エラーが出ているそ!!」

「分かってる!!今外した!!」

「おい!!複合センサーの調子がおかしいぞ!!そっちで何か弄ったろ?!さっさと直せ!!」

「無理言うな!!情報処理システムに過負荷が掛かっているんだぞ?!このままじゃあセンサーの幾つが潰れちまう!!フィオ、システムを書き直せ!!」

「ハァ?!今からかよ!!」

「いいからやればいいんだよ!!」

「それが終わったらエネルギーバイパスの調整だ!!10分で終わらせるぞ!!」

「っていうか待て!!何でさっきから俺ばっかに仕事振ってんだよおまえら?!」

 いつの間にか自分の担当個所以外にも仕事を回されフィオが叫ぶ。手を止めてんじゃねぇと頭を叩かれながらフィオは渋々言われるがまま作業をこなしていく。

 フィオがあっちこっちに使い回されている間、エルムは大切に扱われながら食事の用意やら掃除などアンナの手伝いをしていた。その様子はまるで親子の様だった。

 案外、アンナがエルムを工房に置こうとしたのはその点にあるのかもしれない。ゴルヴァーン夫妻には長い事子供が出来ずにいて悩んでいる事は工房を出入りしている人間は誰でも知っている事だ。

「まぁ…アンナもこのままじゃ駄目だってのは分かってる。頃合いを見てステーションには連れて行く」

「この作業ペースならあと3日もあれば本当に完成するんじゃね?アレ」

「そのために尻を叩いたんだからな」

「……あのさ。そろそろ聞いておこうかと思うんだが」

「なんだ?………何が言いたいかは察しがつくがな」

 フィオ達が今、組み立てているのは双腕肢乗機だ。1対の腕と多方向に可動するアクティブ・ドライブを持つ機械。

「指が……5本あるのはまぁいいや。整備が大変そうだけど」

「あぁ。やたら細かい動きが出来るが双腕肢乗機を使った作業であそこまで細かく動く必要はないと思うがな」

「アクティブ・スラスターが……もう隠す気ないだろ?アレ、確かS2-27とか言う双腕肢乗機のだろ?」

「正確にはその改良型らしいがな」

「で……俺がどうしても気になっている点が一つあるんだ」

「………」

「アレ……さ」

 フィオは遠慮がちに指さすのは今まさに組み立てられている新型双腕肢乗機の一部。

 恐らく組み立てている男たちも戸惑っているに違いない。

「……脚、か?」

「…脚、にしか見えねぇよなぁ」

2本の腕と2本の足、そして如何やら胴体の上にM・I・S、複合情報処理システムが集中しているようだ。背面には巨大な推進装置、アクティブ・スラスターが備え付けられている。

この双腕肢乗機は――完全な人の形をしている。

 

確かに双腕肢乗機の両腕は人の腕を模して造られた。その理由は腕の汎用性にある。物を掴む、放すと言った動作が出来るだけでもマシンガンの弾倉を交換する事が出来る。他にもデブリの撤去など、腕には多くの利便性がある。

 しかし脚はどうか。無論、人にとって無くてはならない物である。だが双腕肢乗機はどうか。宇宙で活動するものに限らず、陸上機や重力圏航空機も特別2本の足を使って動く必要はない。飛ぶものであれば推進装置があればいいのだし、陸上機も無限履帯があれば行動することが出来る。態々2足歩行にする必要はないのだ。

「まさか直立歩行できるとか言わないよな?」

「安心しろ。どう計算しても立たせた時点で潰れるって言っているから」

「……何に使うんだよアレ?っていうか設計図間違えてるって可能性は無いのか?」

「残念ながら1週間前に機材の受け渡しの時に渡された設計図によるとな……この形で良いみたいなんだよ。あと何に使うかだが……」

 ロンドは一端言葉を切り難しい顔をする。

「……分からん」

「は?」

「あの部分だけはな…ほとんどブラックボックスになっていて俺も良く分からないんだ。最初からある程度組み上がっていたしな。組み上げていく過程で何かしら分かるかもしれないと思ったが……」

 ガシガシと頭をかきながらロンドはため息をつく。

「分からん…何に使うかよく分からんよ」

「大丈夫なのかよそんなもん組み立てて」

「大丈夫だろ。組み立てて問題がある様な物を奴さんも送っては来ないだろうさ」

「だといいけどな……」

 フィオが怪訝な視線をロンドに向けるがすぐに作業していた男から呼びつけられる。どうやら肘の可動部に異常が出たらしい。面倒くせぇと呟きながらフィオは現場に向かった。

 そのフィオの後ろ姿を見送りながらロンドはボソリと呟く。

「……言えねぇよなぁ」

 分からないと言ったのは嘘だ。本当はあれが何なのか見当が付いている。尤もそれは長年の勘と噂話からロンドが組み立てた推測だ。

 あの脚と思われる部位、それがこの新型機の要だ。下手にその秘密を喋り要らぬ疑いを持たれても困る。故にロンドはその推測を全くと言っていいほど口にしていない。

 そしてもしもロンドの推測が正しければ、この機体が完成した時、今の軍事バランスを崩す切欠になりかねない。

 だからロンドは敢えて脚の部分に何も言おうとしない。秘密を口にしない事で身を守るために。

「親方ぁーっ!!」

「どうした?」

 問題が起きた様でエネルギーバイパスを担当している班から声をかけられる。フィオの焦った顔も珍しいので相当梃子摺っているのだろう。やれやれと呟きながらロンドは脚を向ける。

 10分後、不調の原因が判明する。

 フィオの設定ミス、それも極単純なそれも桁を1つ間違えて打つと言う初歩的なミス。班員からボコボコにされながらフィオは結局、班員全員とロンドに昼食を奢る羽目になってしまった。


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