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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第3章 反骨の星
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第2話 <アンジェリカ・スピーカー>

 ケインズは報告書にサっとサインをする。それを持ってきた兵士に返して、

「じゃノーランド中佐に宜しくね。それと2日前のヴァルキリーのOS修正に関してだけど修正データを技術開発局の2課にも送っておくように言っておいて」

「了解しました」

 兵士は敬礼を返すと艦長室を後にした。報告書に関する物は今日一日、マイカの所へ持って行くように通達したのだが、急ぎの案件に関しては仕方がない。

「まぁ新兵器の試験許可が急ぎの案件なのかどうか知らないけど」

 只単にフランが早くやってみたいだけだろうなぁと溜息をつきながらケインズは直前までやっていた作業に戻る。作業とは言ってもカイト・ハヤカワ中将と第9バルバス防衛艦隊のエインワースから送られてきた情報に眼を通しているだけだ。しかし、

「予想以上にこれは後手に回っているな…」

ケインズは難しい顔をして空間ウィンドウを睨む。

 ケインズが今、眼を通している情報は2つ。

 1つは海賊討伐の際に回収された帝国が関与していると考えられる資料。もう1つはカイト中将から送られてきたダーナ帝国の精鋭騎士ディーン・カノータスの情報だ。

「海賊たちに帝国が物資を供給したと認められる証拠は出てきた。カノータス中佐に関しては…流石に難しいか」

 辛うじて現在はダーナ帝国の首都である惑星ローグ・ハインクルにいるとの情報は確認できた。しかしここ半年近くの足取りは掴めていない。

またぞや隠れて何かしていたと言う証左だろう。

「やはりここ数カ月でおきた軍事関連の事件を洗ってみる必要があるか」

 ケインズは溜息をついた。軍事関連で特に解決や解明に至っていない事件。敵艦の目撃情報や突発的な戦闘、それらの中から地道にディーンの痕跡を探るしかない。

 彼は<灰翼(ミネルヴァ)>であって<幽霊(ゴースト)>ではない。その姿を巧妙に隠しても存在そのものが消える訳ではない。歩けば足跡は残るし、呼吸をすれば息を吐く。例え足跡を消してもその消した痕は残り、呼吸を止めても何時までも続く訳ではない。

 彼がどんなに痕跡を上手く消そうとも僅かな痕と言うのは残り、その手法をある程度理解できていれば逆にその痕を探るのは容易い。

「同じ穴の狢って奴だけどね…っと」

 来客を告げる音にケインズは扉の鍵を開けた。

「失礼いたします艦長」

「はいはい何か御用でマイカ君?」

 今日も今日とてきっちりと軍服を着込んだ生真面目な副艦長は敬礼を解くと少し困った顔を見せた。マイカには少し集中したい事があると言っておいた。訝しげな眼をしていたのでダーナ帝国に関する調べ事だと伝えるとマイカは察してくれ、艦長業務の代行を引き受けてくれた。

書類やそのほか、事務的な作業に関してはマイカの方がケインズより上だ。余程大きな問題でも起きない限り支障は出ない筈なのだが、

「その、艦長にお客様が」

 マイカの困惑が眼に見えて分かる。しかしそれはケインズも同じだった。

「私に?」

 ケインズは首を傾げた。今日は誰とも会う約束をしていない筈。まさかまた殿下の襲撃かと思ったがそうではないらしい。マイカは手にした書類をケインズへと差し出す。

「それと星間連合本部からの連絡書です」

「これは…来客と何か関係があるって事で良いのかな?」

 そう尋ねるとマイカは溜息を交えながら頷いた。

「はい。とても面倒なお客様です」

 書面に眼を通してケインズも思わず頷いてしまった。


 10分後、案内役の兵士に率いられ来訪者は艦長室へとやってきた。電子情報でやり取りされた名刺を見てケインズは正面に座る女性に向けて作り笑いを浮かべる。

「銀河放送局のアンジェリカ・スプーニーさんですね。テレビでよくお見かけしますよ」

「光栄ですわ閣下」

 正面に座る女性―アンジェリカ・スプーニーは元より細い眼を更に細めて笑みを浮かべている。

 全体的にシャープな印象を与える女性だ。手足はすらりと伸びていて指先に至るまで長い。ケインズよりも3つは年上なのにも関わらず肌の色つやは良く皺1つない。短く切り揃えられた髪は黒々しているが染めているんだろうなとケインズは思った。

 何と言うか本物の黒髪よりも艶が無い様に見える。

 ちらりとマイカの方を見ると彼女は首を傾げた。さらりとマイカの肩にかかる美しい髪を見てこれが本物だよなと心中で頷いた。

「すでにご紹介に預かっているかと思いますが、私が艦長のケインズ・マクシミリアンです。後ろにいるのは副艦長のマイカ・ハヤカワ」

「始めましてスプーニー女史」

「えぇよろしくお願い致しますわ」

 スプーニーはケインズ、マイカと軽く握手を交わす。早速ですがと前置きしてケインズは本題に入る。

「さて私も先程、連絡書を受け取ったのですが…ふむ。取材、ですか」

「えぇそうなのです。お忙しい所、また急なお願いではある事は重々承知です。ですがどうかご協力頂けないでしょうか」

 そう言ってスプーニーは頭を下げる。

「連合軍本部からの連絡もありますので私たちも協力させて頂くのは吝かではないのですが…」

 本音を言えば乗り気では無い。けれどスプーニーの前でそれを言う訳にはいかなかった。

 アンジェリカ・スプーニー、またの名を<アンジェリカ・スピーカー>。

 彼女は20年以上活動しているジャーナリストで有名人だ。若かりし頃はその美貌で多くのファンを集め、年齢を重ねるごとに鋭い指摘と視聴者を揺さぶる巧みな言葉遣いで広い支持者を集めている。

 …と彼女の多くの関係者はそう語るが、実際のところはどうなのかケインズも知らない。鋭い指摘だとか巧みな言葉遣いとは言うがその殆んどが過激な論調で周囲を巻き込もうとしているだけのものだ。しかし多くの支持者がいるのもまた事実。

 そう言った残念な支持者が軍内にも居た様でケインズは非常に面倒な事に巻き込まれていた。

「正直、お勧めできませんね。最前線への取材なんて」

「危険なのは承知の上です。ですが私たちには世界の真実を広める使命があります」

 スプーニーは真摯な表情でケインズに訴える。その瞳には一切の迷いが無い。

「閣下でしたらご存じでしょうが今、最前線と呼ばれる星系の殆んどが開拓惑星です。この先、100年や200年先の星間連合発展に大きく関わる場所なのです。数々の資源が眠る各惑星は日夜、帝国の魔の手が迫る非常に危険な地帯であります。その地を守る軍人や開拓に命をかけて下さっている多くの移民者の方々…多くの星間連合の市民がその実態を知る機会がありません」

 スプーニーは悲しげに首を横に振る。

「私たちはその事に非常に心を痛めております。過酷な環境に身を置く彼の人々が知られていない……悲しい事ではありませんか」

 同意を求められても困る。首を縦に振れば最前線への取材に同意した事に繋がり、横に振れば冷血漢と罵るつもりだろう。ケインズは曖昧な表情をした。

「きっと最前線の環境がいかに苛酷であるかと市民の皆さま方が知れば私たちと同じ思いを抱くに違いありません」

「はぁ」

「危険を承知でお願いしたいのです。閣下、何卒ご協力を」

 ケインズは直感的に理解した。多分、この人を説得するのは無理だ。出来れば危険地帯である事を説明して向こうから行くのを断念してもらおうと考えていた。しかし立て続けに喋るスプーニーを前にしてケインズは自分の言葉にどれだけ耳を傾けてくれるか、

(望み薄だろうなぁ…)

 そんな事をぼんやり考えながらもまだ喋り続けるスプーニーを前にケインズは仕方なく頷きを返して、

「……分かりました。スプーニー女史のその熱意に応じさせて頂きましょう」

「ありがとうございます閣下」

「しかし1つだけ約束して頂きたい」

 ケインズはこれだけは譲れないと額に縦ジワを入れる。

「現場では我々の指示に従ってもらいたい。取材を行う際には必ず我々の許諾を得てからにして頂きます」

「…それは取材を制限すると言う事でしょうか?」

 スプーニーの眼が細まる。何か言う前にケインズは首を横に振り、

「制限させていただく場合は存在するでしょう。例えば戦闘が始まったりしたら」

「……」

「最前線と言う言葉の通り、彼の星系は常日頃から戦闘が勃発する危機を抱える地帯です。それは何も宇宙空間に限らず惑星内でも起こりうる事です」

「それは…私たちも理解しております」

「その時に、貴女方の身の安全を守る為に我々は最善の手段を取らなければなりません。それが取材の妨げになるかもしれませんがその際はご協力いただきたい」

「具体的にどういった場合で?」

「断言は出来かねますね。何せ最前線です。予想だにしない事態も起きるでしょう」

 ケインズとスプーニーの視線がぶつかる。しかしここだけは譲れない。状況によっては彼女たちの取材を止めなければならない場合がある。尤もスプーニーにも言わんとする処は分かっている。

「承知しました閣下。確かに戦闘に関して私たちは素人、閣下たちにご協力いただくのもその為ですもの。えぇ大丈夫です。現場では閣下の指示に従います」

「ご理解いただけて恐縮です」

「ではスケジュールなどを調整させて頂きたいのですが……」

「それに関しては少し時間をいただけますかな?何分、戦艦一隻を動かすのにも本部の許可が必要な以外にも物資など準備があります。その物資を集めるのにもまた本部の許可が必要と…まぁ本部と色々、話し合わなければならないのです」

 本部を通してスケジュールの調整は致しましょうとケインズが言うとスプーニーも頷き、

「分かりました。では今日は顔合わせと言う事でこのまま失礼させて頂きます」

「えぇでは」

 最後に握手を交わし、スプーニーを案内役の軍人に預ける。ケインズは作り笑いを捨てさると何時になく気だるい表情で椅子に深く腰掛けた。そして目頭を押さえながら部屋の一角に置かれた棚を指さす。

「マイカ君。そこの棚の中にハヤカワ中将から貰った大吟醸があるんだけど持ってきてもらえる?」

「勤務中の飲酒は控えて下さい」

 マイカは口ではそう言いながら同情する視線をケインズに向けていた。

 余談ではあるがロイがアルコールを口にしているのは待機中であり、且つ<戦意の高揚または緊張の緩和>という目的で操縦者には認められているからだ。

「こんな時くらい、お酒で慰めさせて貰えないとやってられないよ。マイカ君が慰めてくれるって言うのなら別だけど」

「しかし大丈夫でしょうか」

 マイカはケインズの言葉を無視して溜息をつく。

 そんなマイカにケインズはちょっぴり傷つきながらも苦い物を噛んだ顔になり、

「流石に向こうも命の危機に瀕して馬鹿な事はしない…と思いたいね。その程度の良識はあるだろう」

「良識ある人間が最前線へ取材なんて口にしますか?」

 何時になく厳しい口調のマイカ。しかしケインズにもマイカの気持ちが分からないでは無い。

スプーニーは分かっていない。最前線がどれほど危険なのか。

 最前線と呼ばれている星系は今、2つある。そのどちらも共通して言えるのはダーナ帝国と支配領域を二分しているという点だ。

 元々は星間連合が2つの星系の全てを支配していた。しかしそこへダーナ帝国が侵攻を開始し半分を占拠した。その後は取り返しては取られ、そしてまた取り戻すの繰り返し。

 その戦いを80年に渡って行っている。それほどまでに重要な星系なのだ。

 理由としては2つある。1つは両星系がそれぞれ星間連合とダーナ帝国を結ぶクロス・ディメンジョンが、それも首都惑星がある星系へと繋がっている物が存在すると言う事。つまりどちらかの星系を押さえれば相手側の心臓部へ直接乗り込む事が出来る。逆に取られればこちらの心臓を曝け出す事になる。

 第2にその豊富な資源だ。未開拓な惑星が多い最前線の星系では思いもよらない量の資源を発掘する事がある。その資源を巡り星間連合もダーナ帝国も侵攻を諦めきれないでいるのだ。

 ここ4年ばかし戦線は膠着しているが頻繁に小競り合いは発生している。1つの惑星を奪取し制圧すると言うのも時間がかかる事なので膠着するのも当然のことだが、

「スプーニー女史がそこで何をするか…何が引き金で大きな戦闘が起きるとも分かりません」

「下手に帝国を挑発するような事や逆にこちらに不利になる様な事を公共の電波に乗せられても困るからね」

 ケインズは日頃から最前線と言う短い言葉がいけないと思っている。短く纏められた言葉が実際の混沌具合を曖昧にしてしまっているのだ。ケインズはあの場所を指し示すもっと正確な言葉を知っている。

「あそこは強力な感染力を持つウィルスで満ちた場所だ」

「ウィルス…?」

「そう。一度、感染が起きれば瞬く間に広がり続ける。特効薬はない上に感染が起きる度に症状が変わるからこちらとしては対処療法しか出来ない」

「成程。まだ対処療法を知っている我々ならともかくそれも知らない免疫の低い人間を私たちは連れて行かなければならないのですね」

 ケインズの言葉にマイカは深く頷いた。

「ウィルスである以上、眼には見えないし誰が何時、感染するか分からない」

「出来るのは可能な限り、ウィルスがあるかもしれない場所に近づけない事ですか?」

 その通りとケインズは頷いた。本当ならばそんな所に向かわせないのが最善なのだが、

「白兵戦隊隊長に連絡とって。白兵戦隊の中で一番、融通が利かなくて口数が少なく余計な言質を与えなそうな人物を探させるんだ。常時彼らに張り付かせる」

「了解しました。しかし一体、何でこんな事に…」

「広報課から回ってきた連絡書だけど…なんか変だなぁ」

 送られてきた連絡書に眼を通しながらケインズは首を傾げる。

 広報活動の為に取材を受けるのは特におかしい事では無い。問題は何故、スプーニーが送られてきたかだ。

「この手の取材は問題にならなそうな人物が送られてくる。敢えて火種を起こす記者を寄こして来るとは思えないんだよなぁ」

 ケインズは腕を組み考え込む。

「…マイカ君。ベンを呼んで貰っていいかな?」

「は?キーストン曹長、ですか?」

「うん。確か彼には広報課に個人的な知り合いがいた筈だからちょっと探ってもらおう」

 了解しましたとマイカは答える。

 ケインズは深く頷くと、

「それとマイカ君。やっぱり慰めてくれない?」

 両手を何かを鷲掴みするような動作をしてみせる。前々から思っていたのだがマイカは東洋人にしてはメリハリのある身体つきだ。特に腰から下のラインはケインズ御用達の写真集のモデルにも引けを取らない。尤もそんな事を云ってもマイカが喜ぶ筈もなく、マイカは冷たい視線を投げつけ、

「次言ったら父に言いつけます」

 ケインズは両手を降ろして後ろに回し口を噤んだ。

 身内に告げると言う言葉が実に生々しかった。

 

 車内で口紅を引き直しながらスプーニーは隣に座る自身のマネージャーに声をかけた。

「ケイ、この後の予定は?」

「14時半から雑誌の取材が1件入っています」

「まだ時間に余裕があるわね。広報課のアシッド曹長に連絡をして。あのマクシミリアン大佐って言う人の事、もう少し詳しく聞いておく必要があるわね」

 スプーニーは眉を顰める。どうにも協力を拒んでいる様に思える。スプーニーは物憂げに溜息をついた。

「困ったものね。戦場の真実を世間に広めるいい機会だって言うのに、あんな非協力的な態度とられてしまうと」

「抗議しますか?」

 マネージャーの言葉にスプーニーは首を横に振った。

「まだ必要以上に波を立てなくていいわ。ただ事前にあの艦長さんの性格を把握しておく必要はあるわね」

 場合によっては取材を制限させてもらうと言った。そんな事を自分の前で言えばどうなるか分かっているだろう。スプーニーとて自分が<アンジェリカ・スピーカー>(世間で何)と呼ばれて事くらい知っている。そしてその自覚もある。それを分かった上であの男は言い切ったのだ。

 勿論、スプーニーとて鉄火場で余計な手を出そうとは思わない。自分の使命はただ1つ。

 真実を伝える事だ。

「私は…私たちはあの星系に隠された真実を世界に知らしめなければならないわ」

 スプーニーがそう言うとマネージャーは真剣な表情で頷いた。長い年月一緒に仕事をしてきた彼女は自分の理解者の1人だ。

 この取材には多くの理解者が協力してくれている。彼らの善意を無駄にしない為にもスプーニーには万に一つも失敗は許されない。

「例の準備も忘れないでおいて。必ずあの惑星―パルムで真実を暴くわよ」



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