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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第2章 命と覚悟
37/95

エピローグ―少女が手に取ったのは―

※2017年10月30日

 ディーン・カノータス伯爵から侯爵に変更しました。最新話で侯爵と書きましたが前に伯爵と書いていてこっちの方が修正する手間が少ないので侯爵に変更。すっかり忘れていました。


 リリアは双腕肢乗機小隊の着艦と共に艦橋から飛び出していっていた。一応、軍規違反ではあるが事情が事情なだけに咎めるつもりはなかった。

「艦長、エインワース大佐から海賊船の制圧が完了したと連絡が入りました」

 オペレータからの報告を受けてケインズは頷いた。

「了解、帝国に関する情報が出てきたら回してもらうように返信しておいて」

「了解しま…」

 オペレータは言葉を切ると目を見張った。

「こちらに接近する戦艦を確認!!識別コードは星間連合軍の物ですが、これは…」

「んー?どうかしたかい?」

「通信がその、来ているのですが……」

「通信、ですか?相手は誰ですか?」

 ケインズの横に立っていたマイカが訊く。オペレータは自分の見ている物が信じられないと言った顔でチラリとマイカの方を見ると、

「その…情報部の方です」

「情、報部……?」

 何となく嫌な予感がした。ケインズもマイカもそう思った。

 そしてその予感は当たった。

「情報部の、ハヤカワ中将からです」

 ケインズとマイカは思わず顔を見合わせた。


 殺風景な艦長室でケインズはかつての上官に灰皿を出した。以前からの付き合いで茶やコーヒーなどよりもコチラの方を好むのは知っている。

 カイトは懐から煙草を取り出すとケインズに火を強請るが、

「生憎ともう禁煙していまして」

「そうか」

 カイトは残念そうな顔をしてポケットから純銀のジッポを取り出して火を点けた。持っているじゃないかとケインズは眉を顰める。

 紫煙を一つ吸い込むとカイトは持ってきた書類の束をケインズの前に置くとその上にジッポを乗せた。合点がいった。

「はいはい。読み終わったらすぐに灰にしますから大丈夫ですよ」

 そう言ってジッポだけカイトに返した。

 即刻破棄。つまりはそれくらい重要度が高い資料と言う訳だ。

 ケインズは資料に目を通している内にその手を止めた。

「……情報部は既に掴んでいたという訳ですか。これを」

「まぁな。しかし捉えられたのはその数枚だけでな。だからこそ驚いたよ、お前から同じ物が報告書に上げられてきた時にはな」

 カイトが持ってきた資料にはある戦艦の画像が載せられていた。

 艦首から揺らぐ青い光を放つ何か、そして戦艦の横に備えられたリング状の装置。

 それは海賊たちとの最初の戦闘でロイ達が遭遇したという謎の戦艦だった。ケインズも初め聞いた時は半信半疑だった存在。

「現状、我々はこの艦を<幽霊船(ゴースト・シップ)>と呼んでいる」

「それはつまり?」

「一切の電子機器に反応しないばかりかその姿さえも目視するのが困難。何故ならば」

「…やはり光学迷彩ですか」

「あぁ。信じられない事にな」

 光の屈折を利用し姿を隠す―光学迷彩と言う技術はあるにはある。しかしまだ実戦で使えるほどには精度は高くなく、使用条件も厳しい。その上、僅かな環境の変化で光の屈折にぶれが生じ姿を隠す事が出来なくなってしまう。

 少なくとも、戦艦に使える程に高度な光学迷彩が開発されたなどと言う話は聞いた事がない。星間連合でもダーナ帝国においてもだ。

「そうなると残りは宗教惑星系と言う事になりますが」

「自分でも違うと分かっている事を態々口に出す必要はないぞ。中立を謳い食料自給を一切持たない星系なんだ。下手に両国を刺激する様な事をすれば格安で市場から回されている食糧流通を失う事になる」

 この銀河で随一の信者の数を誇る宗教がある。

名を十字星教と言う。この世の全ては惑星の恵みによって成り立ち、その恩恵に感謝の意を表し星を敬い給え―5000年以上昔からあると言われる宗教で星間連合だけでなくダーナ帝国にもその信徒はいる。その十字星教の聖地があるのが宗教惑星系と呼ばれる星系でそこは中立地帯とされている。宗教惑星系もどちらに組するという事も無く全ての信徒が聖地を訪れる事を願い、星間連合とダーナ帝国の戦争に一切関わらない事を宣言している。その誓いの為に宗教惑星系では食糧の一切を両者からの輸入に頼る事にしている。どちらか片方に組する事があればもう片方が食糧の流通を止める、ライフラインを両者に委ねる事で宗教惑星系は中立の立場を表明したのだ。

 それ以外にも宗教惑星系が中立を保ち、そして星間連合とダーナ帝国もそれを望む理由があるのだが割愛する。

「ふむ…情報部でもこの艦の所属が何処の物なのか一切掴めていないと」

「あぁ。だが帝国の関与があるとされる今回の海賊騒ぎ。そこに<幽霊船>が現れたという事は立場としては帝国側に近いのかもしれない。戦艦を完全に覆い隠してしまえる光学迷彩、もしそれが量産され帝国の手に渡れば……」

「恐ろしい脅威になりますね」

 ケインズはつまらなそうに答えた。逆に言えばそれは星間連合がそれを手に入れる事が出来ればダーナ帝国に対して大きな脅威となる。上層部が望んでいるのはそちらだろうと分かっていたからだ。

「それで?ハヤカワ中将がこちらに来られた理由は?」

 わざとらしく聞いてみる。カイトは苦笑し、

「<幽霊船>を探す手伝いをして欲しい。あわよくばその正体を知りたい」

「探し事専門の情報部ですら捉えられていない<幽霊船>を私がどうこう出来るとは思えませんがねぇ」

 ケインズは軽い感じで肩を竦める。言外に断ってみるとカイトは紫煙を吐き出しその表情を変えた。マイカの前では決して見せないだろう薄暗く鋭い眼。情報部の長として、そして長きに渡り軍人として駆け引きを繰り返してきた本物の眼だ。

「……ケインズ、本当はこれをお前に伝えるつもりは無かった」

 カイトはもう1つ別の資料を取りだした。最初の<幽霊船>とは全く異なる資料、第2級機密情報の制限が掛けられた物だ。こうして紙媒体に印刷して持ち出せるのは将官とは言え限られている。

 ケインズはその資料を一目見て、

「……どういう意味ですかハヤカワ中将。わざわざ私の目の前にコレを持ってくるというのは」

「気を害するだろうというのは分かっている。だがケインズ」

 カイトは資料をケインズの方へと差し出す。内容なんて見なくても分かる。その資料を書いたのは他でもない自分なのだから。

 ケインズは苦い物を噛んだ表情でカイトが差し出してきた資料を睨む。

 そこに書かれているのは18年前のとある事件。

 世間では<カルゴニアの惨劇>と呼ばれる事件に関しても資料だった。

「これと無関係ではないと言ったらお前はどうする?」

「どう、言う事ですか」

 ケインズは一瞬言葉に詰まった。しかし疑問を口にして置きながらケインズの頭はある推測に至っていた。

 <カルゴニアの惨劇>、もしくは<カルゴニア撤退戦>。そして第7白虎艦隊。

 目まぐるしくケインズの脳裏に浮かんでいく当時の情景の中から今尚、忘れられない敵の姿が思い浮かんだ。

「あの時…あの時、現れた戦艦は<幽霊船>とは別の……違うそうじゃない。そうではないんですね。別の艦ではあるがあの時の戦艦とこの<幽霊船>は」

「そうだ。同型艦ではない。しかし情報部と技術開発局の有力者が検証した結果、この2つの艦には共通点がある事が判明した」

 ビームの光が奔るのを今でも覚えている。

 冗談の様に備え付けられた数多の艦砲から放たれるビームが次々と味方の艦を薙いでいった。ケインズは気付いた。あの火力過剰である戦艦と<幽霊船>の共通点。それは、

「一定方向への特化性、ですね」

「あぁ。便宜的に特化型艦と呼んでいる」

 艦の造形に類似性は無い。だがその設計思考、艦の機能を一定方向へと徹底的に高めるという方向性があった。

「18年前のあの戦艦は差し詰め火力特化型で<幽霊船>は電子戦特化型と言う事ですか」

「そうだ。なぁケインズ、お前にも関係が無い話ではないだろう?」

 酷い男だとケインズは思った。こちらの古傷を抉り利用しようとする。マイカが知ればどう思うだろうか。きっとそれでもこの男は曲がらないだろうとケインズは考え顔を覆った。暫くして顔を上げた時にはケインズは何時ものふてぶてしい笑顔を見せていた。

「いいでしょう。そこまで煽られては協力しない訳にもいきませんからね」

「何とでも言うと良いさ」

 カイトは煙草を揉み消すと寂しそうに笑って見せた。

 ケインズのそれがただの空元気だなんて事は長年の付き合いで分かっていた。

「この特化型艦に関してはまだ重要な機密事項だ。今回、私がこうして出向いてきたのも公にする事が出来ないからでな」

「成程、正式な辞令や任務と言う訳ではないって事ですね」

「言うなれば個人的なお願いと言う奴だな」

「面倒な立場でいらっしゃるのは分かりますが…タダ働きというのも」

「はっきり言え。何が欲しい」

「彼に関して情報を」

 そう言ってケインズは空間ウィンドウを開いた。そこに映し出された男を見てカイトはピクリと眉を動かした。

「ディーン・カノータス…帝国の精鋭騎士の1人か」

「えぇあの<灰翼>殿です」

「急にどうした。2か月前だかに遭遇したという<黒翼>に関してならともかくどうして<灰翼>のカノータス中佐の情報を欲しがる」

「今回の海賊騒ぎ、これに関係している可能性があります」

 <灰翼>ことディーン・カノータスを星間連合軍では知る者は少ない。何故なら彼が表だって出てくるのが少ないからだ。

その一方で彼の名前を非常に忌み嫌っている軍人もいる。

 艦隊戦の実力もさることながらその張り巡らされた謀略の数々。誤報によって連合艦隊を分断し、補給ルートに罠を張って補給線を断つなど彼の謀に嵌められた者は多い。

 ケインズも何度か彼とは謀略の数々を凌ぎ合ってきた。

「情報部なら彼の動向を気に掛けていると思いまして。今までも何度も邪魔されてきたでしょ?」

「耳が痛いな。だがお前の言う通りでもあるし、そしてお前が想っている以上に我々はこの男に関しては重要視しているぞ」

「ははぁ…それは初耳ですね」

 カイトはケインズを一瞥すると溜息をついた。

「今日は機密事項の暴露、そのオンパレードだな」

「何かまた、してやられましたか?それとも何かしてしまいましたか?」

 ケインズが意地悪くそう聞くとカイトは遠くを見つめ、

「<アスクレピオス>計画。薬物投与や外科手術、催眠療法を応用して優秀な軍人、特に指揮能力に優れた士官を造り出す計画でカノータス中佐はその被験者である可能性が高い」

 ケインズは表情を造り損ねた。後にこの日ほど驚くべき秘密を立て続けに知った日はそう少なくないと思った。

「懐かしい名前ですね。でもそれはあり得ないのでは?」

「どうしてそう思う」

「その計画は星間連合軍内で行われた物だからですよ」

 すでに20年以上前の話だ。ダーナ帝国との大戦により多くの士官を失った星間連合軍は指揮官の補充に追われていた。そんな中、一部の将官と技術開発局の高官がこの計画を企てた。

無論、非人道的な<アスクレピオス>計画は表立っては勧められなかった。

士官の補充を理由に当時、幾つもの士官学校が新設され、その中にアスクレペイオン士官学校と言う物が建てられた。<アスクレピオス>は神話に登場する医神、その聖地の名前がつけられた士官学校は計画の隠れ蓑だった。各地より有望な士官候補生を集め、薬物や外科手術などを施し、更には催眠療法までも試みて能力の向上を試みようとしたのだが、

「しかし計画は失敗。非人道的である上にその成功例は極端に少なく、当時の技術開発局の高官が匙を投げた事で計画が露見。軍内の汚点は速やかに内密にと処理された」

「その通りだよ<アスクレピオス>計画の唯一の成功例―<白蛇>」

 ケインズの眼が、否、瞳孔がスッと文字通り細くなる。まるでそれは蛇の眼の様だ。マイカに語った様な生まれつきの種族的な特徴では無く、それは度重なる薬物投与によって変異してしまった結果だった。

「関係者は内々に処理された。だがその内の何人かは処理される前に雲隠れをしてしまった。勿論、それを逃すほど甘くはないが、未だに行方の知れない者もいる。8年ほど前にその内の1人が帝国に亡命していたことが判明して行方を追っていたところ、ある貴族に辿り着いた」

「もしかして…カノータス家ですか?確かカノータス中佐は帝国侯爵の地位を持っていると聞いた事がありますが」

「その通りだ。カノータス家は帝国でも古くから続く家系だったが30年ほど前に領地経営に失敗して没落しかけている。それが10年前より持ち直してきた」

「……」

 ケインズの頭にこの時思い浮かんだのは2つ。まず1つは帝国に亡命したというその関係者が帝国内で<アスクレピオス>計画をカノータス家の協力を得て成功させたという事。それによりカノータス家が重宝されるようになったというものだがケインズは瞬時に否定した。<アスクレピオス>計画の成功の低さはケインズがよく知っている。それが帝国で実行したからと言って成功率が上がる訳ではない。仮に成功を収め、当初の計画通りに優秀な軍人を量産できるようになっていれば話はもっと大きくなっていた筈だ。

 もう1つは成功例がケインズ同様にディーン・カノータス1人だった場合。それを考えケインズはこめかみを押さえた。

「<アスクレピオス>計画の功績を認められて…と言うのは成功率の低さからあり得ませんから残るのは1つ…考えたくありませんがディーン・カノータス中佐が何某かの功績を立てたという事ですか?」

「らしいな」

「確かディーン・カノータス中佐はまだ20代の前半だったと記憶しているのですが」

「24歳だそうだ。10年前だと14歳だな」

 簡単な引き算だが14歳だとアリアやエルム達と変わりない年齢だ。

 その年齢で侯爵家を立て直すほどの功績を艦隊戦で立てたという事かとケインズは溜息をついた。

「ウチの推薦制度も大概な物だと思っていましたが帝国でもそう変わらないという事ですかね」

「その制度を悪用したお前が言うかね」

 フィオの事はバレているらしい。ケインズは素知らぬ顔でそれを聞き流した。

「厄介な後輩ですね。向こうはそれを知っているのでしょうか」

「亡命した関係者が口を滑らしている可能性はあるな。念のために言っておくが現在、帝国で計画が続行されている気配はない。やはり成功率の低さが原因だろうな。話を大分逸らしておいて何だがケインズ、1つ聞きたい」

 カイトは腕を組んで首を傾げる。

「今回の海賊騒ぎの一連にカノータス中佐が関わっているとしてその目的はなんだ?」

「カノータス中佐、もしくはダーナ帝国と件の<幽霊船>がどう言った関係にあるのかは分かりません。しかしこれ程までの海賊に対する支援や情報の隠蔽、確実に何か意図がある筈です。恐らく一番の目的は騒ぎを起こす事にあったのでしょう」

「……と言う事は?」

「陽動ですね。首都惑星バルバスの近くで騒ぎを起こしておいて別の場所で何かしでかすつもりです」


 時間は約2か月前に戻る。

 カラスは新型機が別の艦に移し替えられ、その艦が去っていくのを見送りながら溜息をついた。

「帝国の新型機に続いてまさか新型の戦艦まで目にする事になるとはな」

「どうでしょうか?あの戦艦に関しては全く情報が入ってきませんでした。どうも帝国騎士団に登録されている戦艦ではないようです」

「だったら何処の所属だって言うんだ?まさか星間連合軍の艦だとでも?」

「それは無いかを思いますが…」

 ドーラは眉を顰める。カラスとて星間連合軍の艦などとは思っていない。ただの冗談だ。

「ドーラ、あの新型の双腕肢乗機だがどう見る?」

「隊長のお考え通りかと」

 そう言って静かに頭を下げた。カラスは腕を組み戦艦が去っていって方向をジッと見つめ、

「新型の双腕肢乗機…陸戦用双腕肢乗機だ。これまでも似た様な物は造られていたがデュランダルが重力下でも活動が可能になって以来、汎用性に優れるデュランダルが惑星内でも使用されるようになった」

「敵国の惑星制圧、およびその治安維持を目的に陸戦型は考えられていましたがあの機体は違ったものに見えました」

「いや一緒だよ。惑星内の制圧に治安維持、目的は一緒だ。だが従来のものとは設計思考が明らかに違う」

 これまでもダーナ帝国における陸戦用双腕肢乗機と言えば装甲を重視し、制圧よりもその後の治安維持に重きを置いた機体だった。

 どちらかと言えば拠点防衛とも呼べる機体、だが新型機はそれとは反対の設計思考。

 つまりは圧倒的な攻めの機体。

「高速戦闘を目的とした機体なのだろうな。それに見たか?1機だけ色が違っただろう?」

「えぇ緑色の機体の中で1機だけいましたね。青い機体が」

「そして機体の横に施されたパーソナル・マーク」

「雷を模した鳥、該当するのはただ1人でしょう」

「あぁ…<青翼(サンダーバード)>だ」

 自分と同じく精鋭騎士の名を冠する男。電撃戦を得意としこれまで多くの奇襲作戦で成果を挙げてきた。彼が率いる<青翼>中隊もどうやら他の艦に乗っていったらしく先程去っていった謎の戦艦に連れられていった。

「新型機の導入に<青翼>中隊。これは間違いなく」

「えぇ、近いうちに何処かの惑星を落とす気でいるという事ですね」

「問題はそれが何処かだな。侵攻作戦に関係しているにしても今のところ大規模な部隊の進行はないようだし」

 カラスは無意識に胸元の十字架に手を伸ばしていた。ドーラはそれに気付きながらも何も言わなかった。カラスのその癖が不安を表す物だと知っていたからだ。

「仕方ない。これ以上考えても情報がそもそも少な過ぎるし無駄だろう。大人しく本国へ向かうのを待つか」

「しかし隊長、今回の作戦の失敗は隊長の責任だけでは…」

「言わなくても大丈夫だドーラ。それにどんな事であれ最終的に責任を取らなければならないのは現場の責任者である俺さ。それにこの里帰り、意味はある」

「と言いますと?」

「まず俺の愛機を準備できる」

「…まさか隊長」

「おいおい説明するよ。それともう一つ、こっちの方が重要だぞ」

 そう言ってカラスは口角を上げ笑って見せる。

「この侵攻作戦の目的と侵攻ルートだ」

「確かに本国へ戻れば今よりも情報は多いかもしれませんね」

「いや断言するけど、本国に戻っても俺に降りてくる情報は少ないぞ。ホラ俺、嫌われているし」

「そんな事断言しないでください」

「だが少なくとも帰還するには帰還するルートを通らなければならないよな」

「っ!そう言う事ですか」

 ディーンは侵攻ルートを知らないと言った。だがいくらディーンでもダーナ帝国から通常航行で星間連合まで来たとは考えられない。必ず何処かしらのクロス・ディメンジョンを幾つか使用して空間転移して来た筈だ。そして星間連合の奥深くまで侵入できるそのルートが侵攻作戦で使われないとは考えにくい。

「恐らく同じように奥深くまで侵入できるルートがあるのだろう。カノータス中佐はその侵攻ルートの存在に気付きながらもそれが幾つあるのかまでは分からないでいる。だから明言は避けたんだ」

「しかし侵攻ルートの一本でも分かればそのルートから目的も割り出す事は不可能ではありません」

「あぁとにかく俺たちはこの帰還を利用して情報を探ろう」

「了解しました。本国に戻るまでにこの艦の航路情報を確保しておきます」

 ドーラはそう言って敬礼し去っていった。カラスはふぅと溜息をつき、自分が十字架を握り締めている事に気付いた。

「すまないドーラ…」

 尤もらしく本国へ帰還するメリットを語って見せたがそうではなかった。本当はカラスには本国に帰還したい理由があった。

 それを口にするのはとても女々しく軍人として騎士として、何より自分自身が許せなかった。

 窓ガラスに額を当てカラスは声を押し殺すように呟いた。

「エミリア様……」

 その想いが絶対に届かないものだと知りながら。


 医務室で糸番を明かし、問題なしと診断を受けてからアリアは食堂へと向かっていた。

けれどその足取りは何時もより重たく後ろめたかった。

 何故なら食堂に行けば彼女と顔を合わせなければならないからだ。冷静になって色々考えてそして何と言えば良いのか分からなく困った。

 一晩で随分と気弱になったものだとアリアは自嘲しため息をついた。

 食堂に行くのはやめよう。部屋で菓子でも食べながらもう一度考えるのが一番、そう自分に言い聞かせて回れ右をしたところで、

「アリアさん!!」

 出会ってしまった。今はまだ会いたくない人に。

 銀髪の少女、エルム。

「よかった、医務室に行ったらもう出て行かれたと聞いて探していたんです」

 そう言ってエルムは手にしていたバスケットを持ち上げた。

「それは…?」

「特製サンドです。焼き立てのフランスパンにソーセージとか色々挟んでみました」

 漂う焼き立てのパンの匂いと香ばしい肉の匂いにアリアの胃が補給を求めてきた。

 直ぐにでも齧りつきたい、しかしアリアには、

「その…私…」

 言い辛かった。昨日の食堂での言い争いが頭の中に浮かんで踏み出す事が出来なかった。

 それなのに、

「これを持って、私…アリアさんと仲直りしようと思っていました」

「え…?」

 エルムは微笑みを崩さない。とても優しげで暖かい、そんな微笑だ。

「昨日は色々、一方的に言って御免なさい。でも私、間違っていたとは思いません」

 口に出されたのはそんな真摯な謝罪と固い決意だった。

 そしてアリアは理解した。彼女は決して自分を否定したり傷つける為に言ったのではないのだと。彼女の中にある想いと彼女の信じる人の為に、彼女はあの時、自分の前に立ったのだ。アリアにはそれがとてもうらやましくてそして彼女にそんなにも想われる誰かに少し嫉妬した。

 エルムは謝った。次はアリアの番だ。

「記憶が無いくせにとか酷い事言って御免なさい。けど」

 一晩考えた。死に瀕して改めて考え直された。

 自分がこれからどうしていくべきか。どんな風に生きていくべきか。

 軍人とは何なのかと。

 そして、

「けど…やっぱり私は考えを変えるつもりはない」

 アリアはそう断言した。死に恐怖して泣いて震えた。生に縋って声を上げた。自分の考えが未熟だったのも良く分かった。けれどこれまでの自分を否定する気にはなれなかった。これからもきっと。

「一緒ですね」

「うん」

「でも…いえアリアさん」

「何?」

「お願いがあります」

 エルムは片手を差し出した。

「アリアさん、お友達になってくれませんか?」

「私たち、きっと昨日言った考えは変わらないよ」

「それでもお友達にはなれます。喧嘩しても仲直りできればきっと」

「……」

 アリアは思う。考えはお互い変わらない。

 けれど1つだけ違っていた事には気付いた。

 ずっと人形だと思っていた自分。そうであるべきだと考えていた自分はきっと死に瀕したあの時の様にただ眼を逸らしていただけなのだ。

 本当に人形ならばコーヒーに好みなんて無い。必要以上に沢山食べようとしない。変化していく自分にアリアが気付こうとせず眼を逸らしていただけなのだ。

 そうでなければエルムの前に立ってこんな気持ちを抱く筈がない。

 だから、

「アリアさん」

「……ん」

「ありがとうございます」

「よろしくエルム」

 握った手は暖かくて思わず笑みが零れた。


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