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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第2章 命と覚悟
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第17話 手を伸ばせ!!

 墜ちる。

 アリアはそっと息を吐いた。分かっていた事だから心は落ち着いている。命の遣り取りをする戦場に立ち自分だけが常に奪う側に立っていられる訳が無い。何時かは奪われる側に回る。戦場とはそういう場で今日、その時が来ただけだ。

 こう言った時、よく走馬燈が走ると聞く。それはそこで終わってしまう人生に人が過去へと未練を向けるからなのかそれとも充実した人生だったと過去を振り返り満足する為なのか。どちらなのか分からないけど目を瞑ってみてもアリアには何も思い浮かぶ物は無かった。

 思い返す物が無いのは未練も無ければ充実感も無い13年間だったからか。人形として生を受け捨てられるのが自分と言う存在。そこに一片の狂いは無く、一切の後悔は無い。その様に造られたのだからそれに対して疑問を持つ事は無い。

 そしてそんな日々に充実感など覚える筈も無い。

『―ア』

 操縦席に響く警告音(アラート)を聞く限り、もう打つ手は無いなと肩の力を抜いて操縦桿から手を離した。力無く離した手が膝の上に落ちる。

 そして気付いた。自分の手がこんなにも軽い事に。

『―リ―ア』

 この手で幾つの命を奪った?幾つの生を摘み取った?何度引き金を引いた?

 そんな事を考えてアリアは自嘲した。人形の癖に後悔でもしているのか?

 まさか。

 だって私は何時だって与えられた任務をこなす只の人形で―

『アリアっ!!』

 ハッと目を開けて顔を上げた。操縦席を警告画面(アラート・サイン)が埋め尽くし通信は音声のみに制限されていた。その中から聞こえてきたのは忘れる筈もない声。

 自分の半身。

 サポーター。

 同じ遺伝子を持つ複製人間。

 自分と同じく人形として生まれてきた、

『アリア!!アリア!?』

「…リリア…」

 妹。人形として生まれてきた自分の妹が声を荒げ、感情を剥き出しにして叫んでいる。

 自分の名前を。その声がアリアを暗い思考から意識を引き上げた。アリアは開いた眼で自分の手を見つめる。

 小さく軽い手。

 その手は震えていた。

「あ―」

 その震えの訳を考えてはいけない。アリアの人形としての部分がそう訴えかけてくる。

 けれど事実に変わりは無い。

 吐く息の冷たさと高鳴る心臓が、その震えの理由に名前をつけてしまった。

 否定できないその言葉がアリアの脳裏に刻みつけられる。

「あ、あ…」

 分かってしまった。気付いてしまった。知ってしまった。理解してしまった。

 自分が―恐怖している事に。

「そん、な…だって……」

 分かっていた筈だ。引き金を引く時も操縦桿を握る時も、スコープを覗く時も何時だってそうだ。奪うか奪われるかの中で何時かは自分も命を落とす。分かり切っていた事だ。

 それがどうだ。自分は今、死を目の前にして眼を瞑り現実から目を背けようとしていただけではないか。

 死を前にして手は震えて顔は青褪めている。

 吐く息は冷たいのに心臓はバクバク音を立てて熱い。なのに身体は冷え切っている。

 目を開いて見てしまった以上、もう認めるしかない。

 自分は死ぬのが怖い。

「あ―あぁ…っ」

『アリア!!ねぇアリア聞こえている!?聞こえていたら返事をして!!お願い!!アリアぁ!!』

 妹の悲痛な叫び声が聞こえる。けれど死への恐怖に苛まれたアリアは上手く声を出す事が出来ない。

 必死なリリアの声に答えたくとも身体が動かない。

『アリア!!』

『―でもいい!!とにかく出せる機体を―!!』

 音声通信に別の声が混じる。誰かがリリアが繋いだ回線に気付いて捻じ込んできた様だ。その声はノイズに混じって聞きとりにくいが知っている声だった。

『―リップ少尉?!聞こ―てい―チューリップ―!?』

「キー、ストン曹長…?」

 かつてまだアリアがただの<詠唱>だった頃。互いに銃口を向け合った相手。

 そして自分たち姉妹を陽のあたる場所まで連れてきた人たち。

 この艦に配属された日、その内の1人―もう最後の1人になってしまった彼がアリアたちを出迎えてくれた。本当はアリアたちが銃を手に取る事を望んでいない事は知っていた。けれどベンは「これからよろしく」と笑って言ってくれた。

『緊急脱出装置―使―うかっ!!何で―から応え―れ!!姉さ―?作業乗機―で―免許―?持ってねぇよ!!何とか動かすから黙って―!!いいからさっさと用意してくれ!!―少尉っ!!いいか、助けるからな!!必ず助けるから諦めないでくれ!!』

 ノイズ混じりでも分かるベンの必死な声、あんなに荒げた声は初めて聞いた。

 ベンだけでは無い。リリアとベンの通信、その向こうにいる人たちの声も微かに聞こえてくる。遠隔操作を試みるオペレータ達、作業乗機の準備を急ぐ整備班。式を取りながらもこちらの様子を気に掛ける艦長と副艦長の声。

 皆が。皆が自分を助けようと手を伸ばしてくれている。

 不意に自分の視界がぼやけてきた。

 何故かなんて考えるまでも無い。

 泣いているからだ。皆の声への嬉しさと、そして、

「……け…」

 零れる声はか細く途切れ途切れで、

「……す…て」

 警告音にかき消されながらも、

「助けて…っ!!」

 悲痛の涙は叫びとなって皆の声に応えた。



『だったら手を伸ばせっ!!』

 目を前に向けた先。そこにも1人、自分に救いの手を伸ばす人がいた。

 神話では戦士の死に際に現れるという戦乙女。

 それと同じ名を持つ鋼鉄の手がアリアを救おうと手を伸ばしてきていた。


 操縦席では警告音が引っ切り無しに鳴り響いていた。

「マズイ…このままじゃあ俺まで重力に捕まって墜落しちまう!!」

 今はまだギリギリ引き返せなくもない距離。だがこれ以上、アリアを追って小惑星ラブロに近づけばフィオまで墜落してしまう危険性がある。

『ランスター!!無茶はやめなさい!!』

 通信機からフランの怒声が聞こえる。

「けど…!!」

『アンタまで墜ちたらどうするのよ!!それに追いつけたとしても、いくらヴァルキリーでもS2-27を抱えてその位置から重力より逃げ切るのは不可能よ!!』

「……」

『聞いているの!?』

「…緊急脱出装置…」

『遠隔起動できないかもう試したわよ!!でも無理だった!!多分、射出口のハッチが歪んでいるか何かで正しく起動出来ないからよ!!』

「……がす」

『あぁ?何言っているのか聞こえないわよ!!』

 荒くなるフランの言葉にフィオは、歯をむき出して吠える。

「引っぺがす!!射出口のハッチを外からヴァルキリーで引き剥がす!!緊急脱出用のハッチが壊れる程の損害が発生すれば安全装置が反応して自動的に緊急脱出装置が働く筈だ!!」

『確かにそのとおりね!!でもね、仮に緊急脱出装置が発動したとしてもその後は?!操縦席を丸ごと包んだ脱出カプセルには最低限の推進装置しか付いていない!!重力を振り切るのは不可能、射出された勢いそのままラブロに落ちて大気摩擦で霧散するのがオチよ!!』

「だったら!!」

 ヴァルキリーの腕がS2-27に届いた。片腕一本でS2-27をヴァルキリーで引き上げる事は出来ない。

 だからフィオはアリアのS2-27が伸ばした腕をしっかりと掴むと腕の関節を使ってヴァルキリーをS2-27へと引き寄せる。

「掴む!!」

『はぁ?!』

「射出された脱出カプセルを掴み取る!!」

『馬鹿言ってんじゃないわよ!!どんだけ器用な事しようとしているのか分かっているの?!バッティングマシーンの豪速球を足の指で掴むより難しいわよ!!』

「やれる!!やれるんだろ俺なら!!」

『あぁ?!何の根拠があってそんな事言っているのよ!!ヒーローにでもなったつもり!?』

「反射速度!!あと動体視力!!」

『っ!!』

「流石にもう気付いたよ!!自分がこの2つに関しては他人より良過ぎるってのはさ!!だから!!」

 フィオは脱出カプセルの射出口、そのハッチを確認する。フランの言う通りハッチは歪んでいた。その歪みが射出口の開放を妨げており、緊急脱出装置を使えなくしていた。

「脱出カプセルが射出された瞬間を眼で捉える!!そんでそれに反応してみせる!!」

 通信の向こうでフランが黙った。だがそれも一瞬の事、

『タイミングはシビアよ。安全装置が発動して脱出カプセルが射出されるまで3秒半くらいのはず。それに射出された脱出カプセルを掴むとなると握り潰さない様にパワーを調節する必要があるわ』

「何とか調節してみる」

『馬鹿言いなさい。勘や経験だけで安全が確保できたら苦労は無いのよ…出たわ。この数値に設定しなさい』

 そう言ってフランはヴァルキリーにデータを送ってきた。それは脱出カプセルの射出後の軌道予測とそれを捉えるのに確実と考えられる握力の数値。沈黙した一瞬の間にデータの入力と計算を行ったのだろう。

「早すぎだろ」

『既存のプログラムとその応用、数値を正確に入力すれば機械が間違い無く計算してくれる。誰にだって出来る事よ』

「長年の経験と勘があればな…よしっ!!」

 S2-27を掴んでいるのとは反対の手が射出口のハッチに届いた。

 息を吸い、心を落ち着かせる。そして、

「いいか!!今からハッチを開放する!!脱出カプセルで射出されるからしっかりと体を固定させておけ!!」

『で、でも!!』

 弱々しい声が聞こえる。アリアにはフランとの会話は届いていない。射出された後の事は分からず、虚空に放り出されることを懸念している。だがそれを一々説明する時間はもう無い。

 フィオは一言で纏める事にした。

「信じてくれ」

 万全の思いを込め、フィオは告げた。沈黙の後、アリアは通信の向こうで分かったとだけ答えてくれた。

 誰かに信じてもらうその重み。それは2か月前に知った。

 その重みに応えようと湧き上がる心の力も知っている。

 それを今一度、本当の力に変える。

「いくぞ…!!」

 フィオは操縦桿を引いた。


 そこからは刹那の連続だった。たった一瞬もフィオには気を抜くことは許されずましてや眼を逸らす事はもっての他だ。

 ヴァルキリーの右手と左手がほぼ同時に異なる動きをした。

 ハッチをこじ開けるとS2-27の腕を掴んでいた手を離す。その手をフランが導き出した射出予想地点へとフィオは動かした。

 S2-27からアリアを乗せた脱出カプセルが射出された。射出の軌道は予測とほぼ同一。誤差は許容範囲内、伸ばされた腕の角度も問題は無かった。

「く…」

 しかし予想範囲内の誤差と僅か0.1秒伸ばすのに遅れた腕が、2つの要因が、僅かに脱出カプセルに触れる事を許さなかった。

 その僅かが今度は更なるずれを呼び、フィオの眼には脱出カプセルが手の中から零れ落ちる姿が―

「おぉ…」

 イメージだ。今フィオの眼に映ったこれはまだ確定された現実では無く自分の良過ぎる眼が映し出した次の瞬間の光景と言う物でただの幻なのだ現実にまだヴァルキリーの腕は伸び切っていないがこのままでは失敗するのは文字通り目に見えてしまったけれど事態はまだ何も終わっていないし後少し手を伸ばせば届くのは分かっているから腕を伸ばせばいいだけなのだからそうすればいいのだから実行しろ動け働け何も考えるないや考えろ手を伸ばせば掴め何としてでも掴めばいいんだ掴め掴め掴め―!!

 身体全体に電流が走った様だった。思い浮かんだその不幸なイメージを現実としない為にフィオの身体は即座に動いた。

 驚異的な反射神経。優れたる動体視力が導き出した失敗の結果を覆すべくフィオは反射的に数値を即興で入力した。

 フランが先程言っていた通り基本的なプログラムとその応用、しかしそれは技術屋として生きてきたフィオにしか出来ない蓄えられた知識だからこそ出来た事だった。

「うぉおぉぉぉぉぉぉー!!」

 双腕肢乗機の関節に使われているのは伸縮ケーブルという代物だ。これは電気を流す事で伸び縮みするケーブルで流す電流の強さで伸縮の幅を自在にコントロールできる。尤も普段はプログラムされた動きをこなす為に予め決められた強さの電流が流れる様に設定されている。戦闘中に細かな電流の大きさを入力している暇は無い。

 けれどもそれは決して手入力で電流の大きさを変えられない訳ではない。フィオは片手で素早く電流の大きさを入力した。

 ヴァルキリーの関節、伸縮ケーブルは速やかに動いた。

 伸ばした片腕の肘と手首、そして指の一本一本の関節に至るまで。

 ヴァルキリーはその伸縮ケーブルを最大限にまで伸ばし切った。

 届かなければ届く様に腕を長くすれば。文字通りそのままの意味で。

 一瞬とも言える時間の中でフィオは性格にそれを実行させてみせた。

 僅かに届かなかった筈の腕は脱出カプセルを広がった大きな手で包み込み捕らえた。

「っ!!」

 掴んだ腕をすぐさま引き寄せ胸の前で脱出カプセルを両手で包み込む。そして全身のスラスターを全開にしてその場から一気に遠ざかった。重力に囚われて墜ちていくS2-27を見ながらフィオは胸元に引き寄せた脱出カプセルを見てホッと息をついた。

『…え?今、何々?何が起きたの?』

 通信越しに見ていたフランは目をキョトンとさせている。あまりに早過ぎる一瞬の出来事であった為、フランや他の面々にはヴァルキリーの腕が突然長くなって見えて困惑している。そんな中、ベンだけがおずおずと尋ねてきた。

『チューリップ少尉は…?』

「あー…っと。アリア?」

 恐る恐るフィオは手元の脱出カプセルに通信を繋げる。暫くして音声通信が繋がった。

『……生きてる』

「…だってさ」

 何処か呆然とした声にフィオも気の抜けた声を出した。実際、フィオ達に現実感は無かった。あまりに早過ぎる一瞬の出来事に意識が追いついていなかった。

 しかし直ぐに現実へと意識は戻される。操縦席に響く警告音にフィオはハッと顔を向ける。片腕を壊され黒煙を上げながらもロイを振り切りフィオ達へ襲いかかるロブスター。最後に残った帝国騎士がその威信に掛け高振動ブレードの鋏を振りかざした。

 フィオは応戦しようと構えるがその手に脆い脱出カプセルを抱えているのを思い出して息を呑んだ。万事休すかと思ったその時、

『あぁぁぁぁー!!』

 雄叫びと共にフレデリックのS2-27が飛び出してきた。手からビームブレードを展開して腰だめにしてロブスターの横っ腹を貫く。強烈な突進を受けてロブスターの身体が一瞬、九の字に曲がる。フレデリックがすぐさま飛び退くとロブスターは爆散して宙の藻屑と消えた。

『お、おい!!大丈夫か!!』

「いや、お前こそ大丈夫かよ」

 突然飛び込んできたから分からなかったがフレデリックのS2-27は結構、ボロボロだった。突き出した腕は衝撃で破損したらしく伸縮ケーブルが半分切れてぶら下がった状態だ。M・I・Sが詰まった機首も壊れかけ中が見えてしまっている。無茶をしてきたのは明白だった。

 それが何のためで誰の為かだなんて言葉にするのは野暮だった。

「…ありがとな」

 素直に礼を言ったにも関わらずフレデリックはそっぽを向いて答えなかった。

 ただ頬が赤くなっていたので照れているのは誰の目にも明らかだった。

『青春っぽいことしているじゃないかお前ら』

 フレデリック程ではないがやはり損傷の見られるロイのS2-27が合流してきた。

『敵の双腕肢乗機はこれで全部倒したし今、第9艦隊の連中が海賊たちの母艦に突入したと連絡を受けた。俺たちはシルバー・ファング号に戻るぞ。このままじゃあアイザーまで脱出カプセルで運ぶ羽目になりかねないからな』

 半分切れていた状態だった腕は遂に切れ落ちて流れて行ってしまった。ノーランド中尉に何言われるか分かったもんじゃねぇと呟くフレデリックを見てフィオは苦笑した。

 戻るぞとロイはフレデリックのS2-27を牽引しながら言い、フィオもヴァルキリーを動かした。

 そしてアリアはヴァルキリーの腕に包まれたまま、脱出カプセルの中でそっと自分の心臓の上に手を置いた。鼓動する心臓を肌で感じてアリアは自分が生きている事を漸く信じられた。途切れ途切れの音声通信の中でフィオとフレデリックが何かを喋っているのが聞こえる。リリアやベンがアリアを早く収容する様に急かす声も聞こえる。

 その声を聞いてアリアは「あぁ」と声を漏らした。

 そしてフィオに聞こえるか聞こえない、そんな小さな声で呟いた。

「……ありがとう、皆」

 フィオは何も答えなかった。

 けれど静かに操縦席で笑みを浮かべたのであった。


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