第16話 接戦に次ぐ接戦
久しぶりになり過ぎた戦闘シーンです。
<スラスターユニット>はどう言ったものか。フィオはフランに聞いた。出撃前で時間が無い中、フランは簡潔にこう答えた。一言で言えばスピードが違う、と。
それをフィオは今、実感していた。
脚部のC2機関を守る為の<ブーツシステム>は機体の重量を増やし、速度を落とす要因になると考えていた。しかし実際には増設された大型スラスターが増えた機体重量をより上回る推進力を生みだしている。
「こいつはすげぇな…っと!!」
ロイ達との距離が離れ過ぎない様にスラスターの出力を抑える必要があった。スラスターの出力を全開にすればあのロブスターたちにも引けを取らないかもしれない。しかしそれだけで勝てるかどうかは別問題だ。
『俺とアリア、アイザーとランスターで編成を組め。大口叩いたんだ、俺より多く倒してみろよアイザー!!』
『了解!!』
ロイの激励とフレデリックの緊張が篭った声を合図に迫りくるフィオ達は2手に分かれる。ここですんなりと迫りくるロブスターたちが2手に分かれて追ってきてくれればそれぞれで4機ずつ相手にする事になるが、
「このっ!!素通りしやがって!!」
海賊たちにしてみれば無理に全機でフィオ達を相手する必要は無い。3つの群れに分かれ2つがフィオ達を追い、3つ目の群れが真っ直ぐとシルバー・ファング号へ向かう。シルバー・ファング号に向かうのは2機。たった2機で戦艦が落とされるとは思わない。しかしロブスターたちが持つ高振動ブレードは戦艦の装甲に対しても脅威だ。
「行かせるか!!」
フィオは<ブーツシステム>である<スラスターユニット>、その兵装を解除する。膝に備え付けられた電磁投射砲が磁力を帯び弾丸を放つ。短砲身から放たれた弾丸はアリアの狙撃に特化した射撃と違い命中度は落ちる。しかし速度と威力に関しては同水準であった。亜光速で放たれた弾丸はロブスターの高振動ブレードを叩き割り敵機を驚愕させた。その隙をついてアリアが正確無比な狙撃で胴体を撃ち貫く。瞬く間に撃墜された僚機を見て慌てて引き返したところを再び放たれたフィオの電磁投射砲によって撃墜される。
速度がそのまま威力となり牙を剥く電磁投射砲は摩擦による速度の減衰が無い宇宙空間では強力な兵器だ。ロブスターたちの動きが慎重な物になる。尤も注意を必要とし警戒に値する、電磁投射砲を持つフィオとアリアに対する敵意が強まった。
慎重にけれど確実にフィオとアリアを仕留めようと迫りくるロブスターたち。
自分に注意が向いた事を確信するフィオ。
『敵は3機!!分断するぞ!!』
「あぁ!!分かっている!!」
フレデリックの通信にフィオは答える。フィオを追う3機のロブスターに向けてフレデリックのS2-27はマシンガンを放って動きを乱してみせた。そこへ更にフィオは<ガンド>を構え、光弾を連発する。
鉄と光の弾丸が入り乱れ溜まらずロブスターは散開する。そのうち1機がフレデリックへ狙いを定め、突き進む。釣れたと確信したフレデリックは叫んだ。
『釣れたぞ!!』
「分かっているよ!!大丈夫なんだろうな!?」
『舐めんな!!―1対1なら勝算がある!!』
フレデリックは常道である2機編成のメリットを捨て1対1の戦いに挑んだ。
フレデリックは機体を反転させる。双の鋏を振りかざして迫るロブスターを画面越しに見てフレデリックの背に緊張が走る。驚異的な速度を誇る敵機、ロブスターに対して背を向ける愚行。それでもフレデリックは覚悟を決めた。
「大口叩いた分はやらなきゃな!!」
アクセルを最大に、S2-27はスラスターを全開にして飛ぶ。その後ろをロブスターが追いかける。両者の距離は徐々に縮まっていく。
それでもフレデリックは焦らなかった。冷静に機を見計らい、急旋回を行う。
ロブスターも当然、後を追い旋回を行う。
だがここで両者の速度が動きを大きく変えた。
フレデリックのS2-27よりも速度の出ていたロブスターはS2-27よりも旋回半径が大きくなった。S2-27が旋回したコースよりも外側をロブスターは旋回した事でほんの一瞬だがフレデリックのS2-27の姿を見失う事になる。元よりロブスターの視覚は狭い。凸型の形をした機体の先端に複合情報処理システムが取りつけられている為、前方に対する視野が狭くなってしまっている。
フレデリックは機体を再び反転させる。耐衝撃構造を通り越し伝わる加重に歯を食いしばりながらマシンガンを構えた。ロブスターがこちらに気付いた時にはもう引き金を引いた後、放たれた弾丸がロブスターの身体を貫き幾つもの風穴を穿つ。
直後、ロブスターはダメージに耐えきれず爆散して消えた。
「速い事が仇になったんだよ!!」
フレデリックは後方からの接近警報にすぐさまアクセルを全開にして加速、仲間がやられた事で逆上してきた敵機を同じように引きつけて旋回した。
マシンガンに穿たれ同じ末路を辿ったロブスターは宇宙の藻屑となって消える。
フレデリック・アイザーはロイ・スタッグやアリア・チューリップと比べれば凡才だ。突出した技能がある訳でもなく、歴戦の勇士と呼ぶには若すぎる。けれども、曲がりなりにも士官学校を出てから2年もの間を戦場で生き延びた。且つエースであるロイからの手ほどきを受け、フレデリックは凡才なれど確かな実力を身に付けた1人の戦士であった。
フレデリックの奮闘を見てアリアはそれなりに使えるようにはなってきたと心の中で呟いた。ロブスターの長所を敢えて利用し弱点とする、中々に良いアイディアだ。同様の手法でフィオも敵機を撃墜している。
アリアとロイで撃墜した数を入れて既に2個小隊を潰した計算になる。
「このペースなら問題ない」
そう呟きながらアリアはスコープを除く。瞬く間に2個小隊を失った海賊たちが更にこちらへ向けて残りのロブスターたちを向かわせてきた。どうやら自分たちを最大の障害と見なしたようだ。
「……」
どうとも思わなかった。既にアリアはロブスターの動きを完全に覚えていた。その脳裏にはロブスターが次にどういった動きをするか、その軌跡が浮かび上がっていた。後はその軌跡に沿って銃口を向け引き金を引く。放たれた亜光速の弾丸がその速度を威力に変えて敵機を貫く。
その筈だった。
「…っ!?」
スコープ越しにアリアは息を呑む。放たれた弾丸は軌道を急に変えたロブスターによって回避され彼方へと消え去る。もう一度銃口を向けようとしてアリアは気付いた。
「動きが他のと違う…2機、違う1個小隊」
『何か言ったかアリア?』
ロイからの通信にアリアは目を向けない。ただ目の前の事実を、自分が気付いた事実のみを語る。
「動きが誓う敵機が1個小隊、海賊じゃない。恐らくプロ…軍人」
味方で無いのら言わずもがな、帝国騎士である。
電磁投射砲の弾丸を回避したダーナ帝国の操縦者は舌舐めずりした。いける、この機体ならやれる。そうした確信が今、生まれたのだ。狙撃の正確さからさぞ腕の立つ相手である事は肌で感じていた。その相手の技をこの機体は避けてみせた。名も聞かされていないこの試作機への期待が高まる。
この帝国騎士は奇しくもフィオと同じく試作機を実験するテスト・パイロットであった。しかし技術面と資源面からダーナ帝国では新型機は勿論、試作機の開発は滅多に行われない。テスト・パイロットと言ってもその役目が回って来る事は稀なのだ。
故に裏にどんな事情があろうともこの試作機を駆れる自分はテスト・パイロットとして運が向いていると彼は考えていた。それが例え一時的にとは言え海賊に身をやつす事になり、また星間連合軍と不利な戦いに巻き込まれる事になってもだ。
ここで屍となり試作機と運命を共にする事になっても、この戦いのデータが本国に持ち込まれさえすればいいのだ。次世代への糧となりダーナ帝国への勝利に繋がればそれは彼にとって名誉の極みである。
しかし、
「各個撃破だ!!1機ずつ仕留めて行くぞ!!」
だからと言って無条件でやられる訳にはいかない。折角の高性能機、活かさずして何とする。同じくテスト・パイロットとして派遣された帝国騎士たちと通信を繋ぎ彼は機体を奔らせる。
「まずは貴様だ!!長筒の!!」
長距離専用機と思わしき機体へ向け4機が一斉に襲い掛かった。
敵の狙いが各個撃破で自分がその最初の一機に定められたと察するとアリアはS2-27のアクセルを全開にして急速離脱を試みた。近接戦闘も行えない事も無いのだがアリアの機体では分が悪い。まずは逃げの一手。隙を見て電磁投射砲を構えようとするが閃く刃がそれを許さない。
『アリア!!』
ロイが駆けつけようとするが、別のロブスターがその進路を塞ぎ援護に回れない。フィオやフレデリックは更にそれどころでは無かった。海賊たちはあっという間に半壊した双腕肢乗機小隊に危機を募らせ少ない護衛艦をこちらに差し向けてきた。違法改造の出力が安定しないビーム・カノンとは言え双腕肢乗機では直撃すれば無事では済まない。
アリアは冷静に状況を分析する。味方からの援護は期待できない。相対する敵機は4機。電磁投射砲の残弾は3発、予備マガジンが1つ。
「…」
焦燥は無い。心拍数も平常。問題は何1つない。
アリアは息を1つ吐いた。そしてアクセルを全開にしたまま、銃口を後ろへと向けた。
『なっ…』
ロブスターを駆る帝国騎士は驚きの声を上げた。まさかあの長筒の機体は高速機動をしながら狙撃を行おうと言うのか。不可能だ、帝国騎士はすぐさま否定の文字を思い浮かべた。狙撃は点から点への直線攻撃、相手の動きを読み目標を撃ち抜くのに最適な位置から静止した状態で攻撃するのが常だ。自分も相手も動き続ける中で最適な射撃線を結べるはずがない。
そう帝国騎士の理性は訴えた。しかし本能が警鐘を鳴らす。あおの銃口は危険だと。照準をこちらに合わせるべく細かに動く銃口を見て帝国騎士はその動きが止まった瞬間に本能に任せて機体を急上昇させた。他の3機も似た様な危機感を察知してか回避行動に移った。
直後、亜光速で放たれた弾丸は帝国騎士が急上昇させる前の位置を寸分の狂いもなく奔り去っていった。ゾっと背筋が震えた。不可能ともし断定していたらあの弾丸は間違いなく自分を撃ち貫いていた。
只者では無い。気を引き締めなければそう考えたその時、
『あ―』
銃口が、後ろ向きのまま、こちらを離す事無く捉えていた。照準をこちらに合わせる様な細かい動きは無く、こちらの動きに合わせて銃口はまるで1本の糸で結ばれているかのように乱れ無く離さない。
この時、帝国騎士はある事に気付いた。S2-27はシールドを兼ね備えたメイン・スラスター、その裏側に予備のマガジンを備えている。
それが今、無くなっている。理由は考えるまでも無い、付け替えたのだ。長距離専用のS2-27、その右腕は電磁投射砲になっておりマガジンは肘よりも後ろの位置に付けられている。弾丸が着きかけていた電磁投射砲のマガジンを交換する為に相手は電磁投射砲の向きを変えたのだ。帝国騎士は理解した。先程の弾丸は只の牽制、マガジンを交換する為の時間稼ぎだ。当てようと思えば当てられたがそれでは他の機体が向かってくる可能性がある。だから敢えて牽制に留めこちらの動きを抑制したのだ。
圧倒的な技量差と手を抜かれたという辱めからカッと帝国騎士の頭に血が昇る。
『ふ、ふざけるなぁ!!』
双の鋏を構えた次の瞬間、雄叫びと共に帝国騎士は弾丸に貫かれ機体は爆散して消えた。
例え後ろ向きの高速機動状態での狙撃だったとしても適切な情報とそれを実行するだけの技量があれば何の問題も無い。アリアにはそれだけの技量があるし情報は自身の半身であるリリアが補ってくれる。
シルバー・ファング号から送られてくるロブスターの動きとその傾向。それは優れたメインOSの<アトラスⅢ>によって何千というパータンが分析されリリアの情報処理によって幾つもの予測機動として立てられる。アリアはその情報から狙撃するのに最適な位置とタイミングを見計らい引き金を引くだけ。
言うだけなら容易いがそれを実行するのに一体どれだけの修練が必要となるのか。ただの兵士ではおよそ見当もつかないだろう。しかしそれを可能とするのが模造人間であり、その傑作と称されるアリアなのだ。後ろ向きのまま更にもう1機撃墜する。
このままの状態であればあと2分39秒後にもう1機、撃墜可能だ。アリアは電磁投射砲を構える。銃口を向けられた機体がその射線から逃れようと機体を振るがアリアは動じない。動きは分かり切っている、自然に銃口を向け続ける事でアリアはそれを敵機に伝えた。そして引き金を引こうとしたその瞬間、
「っ!!」
アリアは引き金から指を離し操縦に専念する。
ロブスターの動きが変わったのだ。先程まではこちらの銃口から逃れる為に縦横無尽に動き回っていたのが直線一本の動きになった。自滅覚悟の特攻、あるいは帝国騎士が得意とする突撃と呼ばれる戦法か。後者であれば突き出す為のチャージとして腕を大きく退く筈である。アリアは相手の動きを見極めるべく逃げる事に専念したのだ。
そして2機が同時に右腕を引く。突撃の構え、アリアはそう判断した。それも同時にこちらへと仕掛けてくる気だ。
1機を撃墜出来たとしても残りのもう1機がこちらに刃を突き立てに来る。取る事が出来る手段は限られている。2機を同時に撃ち貫くかもしくは、
『そうぉぉぉりゃあぁ!!』
分断させる。ロブスターの1機が頭上から突進してきたS2-27の刺突により双の鋏の1つを貫かれ突撃を中断させられた。進路阻んでいたロブスターを撃墜したロイが援護に駆けつけてきたのだ。
今が好機とアリアは操縦桿を動かした。アリアのS2-27は右腕の電磁投射砲、その関節部分を軸に反転しロブスターの突撃に対し正面から対峙した。互いに最大速度による対面、両者の距離は一瞬にして縮まる。しかしロブスターの鋏よりもアリアの電磁投射砲の方が得物としての長さがあった。鋏がアリアの機体を断ち切るよりも先に銃口は至近距離でロブスターの頭を捉えた。回避は不可能なその距離、アリアはその瞬間を逃す事無く引き金を引いた。
完璧なタイミングだった。他の誰が見てもそう言うだろう。アリアの脳裏にも亜光速の弾丸によって貫かれるロブスターの姿しか描かれる事は無かった。
僅かに、ほんの僅かにロブスターの動きが早かった以外にはだ。
まるで巨大な尾を思わせるメイン・スラスター、それをロブスターは大きく右に振った。ロブスターは巨大な質量に振り回される形になりその反動で機体は左に傾く。頭を捉えていた銃口は逸れて、引いていた片腕が同時に突き出される。打ち出された電磁投射砲の弾丸はロブスターの肩を貫くが同時に電磁投射砲の砲身を半ばから断ち切った。刹那の攻防である。資源と双腕肢乗機の性能では星間連合が勝り、操縦者の技量では帝国が勝るとされる帝国騎士はその威信に掛け渾身の一撃を繰り出したのだ。そして残された左の刃にてS2-27の胴体を狙う。
全ての動きが刹那とも呼べる早さで行われていく。アリアはその一瞬の技に目を見開く。
けれど動じはしなかった。
シールドを兼ねるメイン・スラスター、その前面装甲が展開する。そこに隠されていたのはビーム砲だ。S2-27の標準武装の1つ、エネルギー消費が激しいことから連射は効かないが高威力を誇る武装だ。シールド内部に隠されていたビーム砲が姿を現すと同時に光弾を放つ。狙いをつける必要はない。至近距離で放たれたビームの一撃はロブスターを貫き焼いた。
勝利を確信していた帝国騎士は何が起きたか理解する間もなくロブスターと共に焼け死んだ。しかし渾身の、否、魂身の一撃は確かにアリアへと届いた。
突き刺さる刃がメイン・スラスターを破壊した。ロブスターが爆散した衝撃でアリアのS2-27は吹き飛ばされ機体の制御が間に合わない。また至近距離で爆散したロブスターの破片を受けM・I・Sもダメージを受けた。警告音が鳴り響く中、アリアはM・I・Sの回復に努める。同時に損傷の大きい電磁投射砲とメイン・スラスターを諦め切り離し重量を少しでも軽くして機体制御の負担を減らそうとした。
だが機体は突如、真後ろへと強く引かれた。アリアも経験した事の無い強烈な力、とても大きな何かに引っ張られているのが感じられる。全身をその何かに引っ張られる中、僅かに回復したM・I・Sがそれが何かを告げた。
「重力…小惑星ラブロに引かれている…っ!!」
アリアのS2-27は引き寄せられていた。
誰も住む事の出来ぬ星とされる小惑星ラブロへと。