第15話 トラバサミ
第9艦隊の旗艦である弓弩級巡洋艦からの連絡を受け、艦橋は慌しく動き始めた。
「では作戦の進行状況は順調と言う事でよろしいのですね?エインワース大佐」
『あぁ順調だ。順調に敵から攻撃を受けている』
「何よりです。ではこのまま作戦をフェイズ2へと移行しましょう」
『了解した』
向こうも向こうで慌しいのだろう。短いやり取りだけで通信は切れてしまった。
無理もない。何せ向こうは今まさに戦闘の真っただ中なのだから。
「マイカ君、別働隊の弓弩級巡洋艦2隻が無事に戦闘へ突入したと他の艦にも伝えておいて」
もう少し別の表現の仕方は無いのかとマイカは嘆息した。ケインズの台詞をそのまま伝える事なく作戦がフェイズ2に移行したとだけ他の艦には連絡を入れた。
「リリア・チューリップ少尉は?」
「仮眠中でしたが先程、緊急招集の信号受諾を確認しました」
リリアの代わりにメイン・オペレータを担当していた女性は次々に表示されていく空間ウィンドウに目を回しながら答えた。
シルバー・ファング号の情報処理システムは複雑かつ膨大だ。凄まじい速度で情報が次々に処理されていき、それを確認し時にこちらで修正や新たな処理を行わせるのは並大抵のことではない。現状、艦の情報処理システムを完璧に使いこなせているのはリリアだけだ。今後の大きな課題を頭の片隅にメモしながらマイカはふと気付いた。
艦長席に座っていたはずのケインズがいない。周囲を見渡す。すぐに見付けた。
「艦長…?どちらへ?」
「あー…気にしないで気にしないで」
艦橋から出て行こうとするケインズは片手をひらひらと振りマイカに答える。
「ちょっと部下とコミュニケーション取りに行くだけだから」
5分以内に戻って来なければコロスと、とてもではないが仲間、ましてや上官に向かって言うような台詞を吐いたフランの眼はどす黒い殺意に染まっていた。
あれ?この人、仲間の命を守りたいんじゃなかったけ?フィオは微妙に心配になった。
尤も出撃前のこの忙しい時に飄々と乗り込んできたケインズが「ちょっとランスター君借りるよー。え、理由?まぁまぁちょっとだけだから」とニヤニヤと笑っているのが一番悪いのだが。
直ぐに戻らないといけないので格納庫を出て廊下でフィオとケインズは話す事にした。
「さてとランスター君。聞いたよ。なにやら色々、聞きまわっているそうじゃないか」
「悪いかよ」
憮然とした表情でフィオが言うとケインズは笑って応えてみせる。
「いやいや。悪いとかじゃなくてね。なんと言うか新鮮な感じがして実に興味深いよ」
「そうかい…こっちとしちゃあ軍人に勝手にされてまだ心の整理ってのがついていないんだよ」
半ば八つ当たりのように言うとケインズはそうそうと言わんばかりに手を叩き、
「だったらどうして君はその元凶のところに話を聞きにこないんだい?」
「え?」
「ほら、目の前にいるだろ。君を悩ますことになったその元凶が」
ニヤニヤと笑うケインズ。だが気付いた。その瞳の奥に何か真剣に問いかけるものがある事に。その何かに応えるべくフィオは唾を飲み込みケインズに向き合った。
「だったら聞くけど…戦場で命を奪うって、殺すって…どう考えてるんだ?」
「責務。ただそれだけだ」
ケインズはニヤニヤと笑ったままそう答えた。だがその答えはとても簡略でアリアが語ったものと近かった。思わず息を呑むフィオにケインズは首を横に振り、
「私はね、そのことに関しては重くも軽くも考えていないんだよ。私の立ち位置がそうさせているんだろうね」
「立ち位置?」
「あぁ。ランスターくん。君はこの前の戦闘で4機の敵機を撃墜した…それは言い換えれば4人の命を奪ったことになる。けどね私は同じ戦闘の中で百近い命を奪ったよ」
ケインズの顔つきは変わらない。ニヤけたまま、けれどその眼は真剣。
フィオは息を呑み押し黙った。
「当然だろ?戦艦1隻あたりにどれくらいの人が乗っているか理解しているかい?私が号令を出し、ビーム・カノンで艦を1隻沈める度に数十人から百人以上の命を一瞬でかき消すんだ。私には…と言うより艦長にはね、それが出来るだけの権限と力があるんだよ」
フィオはケインズの言葉をじっと聞く。
ケインズも目を逸らさない。それがこの世界(軍人)に巻き込んだ自分の責任だからだ。
「一度に奪う命の数が多すぎてね、その1つ1つに向き合うのは不可能だしかといって命の価値を軽視する気は毛頭もない。だからね私は重くも軽くも考えず、戦場では責務としてそれを実行するんだ。責務とはね、背負うと言うことなのだよ。悪名であれ何であれ、恨まれようが感謝されようが私はそれを同価値として背負い込む義務があるのさ。それが艦長の役割なんだよ」
そう。背負い続けてきた。背負い続けることを誓ったのだ。
両手で抱えて守り抜こうとしたものが自分の手の平から零れ落ちたあの日。
遺族から向けられた憎悪の視線を受けたあの時。
命尽きるまで軍人であると誓ったあの瞬間。
ケインズは決めたのだ。その背にいかなる業を背負うことになっても軍人であり続け平和を守ると。今でも忘れる事の出来ない、あの艦のクルーたち全員に誓ったのだ。
「私はもう数え切れないくらいの業を背負っているだからね。ランスター君」
ケインズはぽんとフィオの頭を軽く叩くと、
「もし君がその業に耐え切れないと言うのなら遠慮なく私に預けるといい。君をこの世界に引き込んだのは私なんだから君もまた私を恨むに十分な理由がある。気にすることは無い。それが私の在り方だ」
話は終わりだと言ってケインズは肩をすくめフィオに背を向けて去っていく。フィオはそっと息を吐いた。よく分かった、ケインズがどう考えそしてどう軍人であろうとしているのかも。普段の飄々とした姿からは考えもつかない程に彼はこの仕事に対して真剣に向き合っているのだ。
フィオは去っていくケインズの背中に感謝した。新米な自分にも真摯に向き合ってくれた事に。
そして、とても大きな業を背負っていると自称する背に向けて叫んだ。
「ふ、ふざけんなっ!!」
「うぉ?!」
突然の大声にケインズは思わず驚いて振り向いた。
「誰がアンタに俺の責任をくれてやるもんか!!もう俺は逃げ出さないで向き合うって決めたんだ、業だとか責任だとかそんなの関係ない!!全部、俺の問題だ、他の奴になんかに預けたりしない!!」
フィオは肩で息をしながら真っ直ぐケインズを見据えた。真っ直ぐすぎるフィオの言葉にケインズは驚きを隠せないでいた。だがケインズは半開きになった口を徐々に震え、そして爆笑した。
「君は、君は本当に真っ直ぐだなぁ!!面倒ごとなんて抱え込まずに回りの人間に放ってしまえば楽になるのにそれを拒否するか!!かと言って自分で解決する術をまだ見出しているわけでもないんだろ?君はこれからどうするんだい?一生、命の遣り取りに対して悩み続けるつもりなのか?」
そうだよとフィオは返した。
「答えも解決策も分からねぇよ。でも考えることは出来る。行動することは出来る。何よりもう知ってしまったから見ぬ振りは出来ない。でも」
フィオは思い出す。
鉄の義手を撫でる男の姿を。
「でも、何より一番嫌なのは逃げることなんだ。後ろに向かって逃げたらずっと追われる立場になっちまう。追うと追われるって言う一本の線を断ち切るには自分も迫る側になればいいって。裏切るとか相手側に立つとかじゃなくて追われる立場から追る立場に自分を変えて追ってくる相手と向き合う。向き合えばきっと何かが変えられるしそれに空いた背中に誰かを庇えるかもしれない」
それがロンドにとってアンナであり、他の大切な仲間たちだったのかもしれない。
そして今のフィオにはその背に庇いたい人物はこの艦にいる。
ケインズはフィオのそんな心情を知ってか知らずか、フッと笑ってみせ、
「分かった。そういう事なら君の思うように抱え込んでおくといい。願わくばその悩みにいつか答えが出ると良いね」
頬を流れる涙が乾く間もなくアリアは頭の中は切り替えた。
何処へ向かうともなく動かしていた脚が自然と格納庫へ方向を変え、ミーティングで説明された作戦内容を思い返す。同時に先日、交戦した敵機の事を思い出した。双つの鋏と後部の巨大なスラスター。まだ敵機には正式な名称は付けられていなかった。
ロイが冗談交じりに「ロブスターとかでいいんじゃないですかね?それっぽいし」と言ってそれに乗ったケインズまでもが「じゃ、それで」とシルバー・ファング号内でのあの敵機の呼び方はロブスターになってしまった。言わんとしようとしている事も分かるがそんなに安直な名前で良いのだろうかと2人を除く全員は思ったが正式な呼び方も無かったので決まってしまった。
そんな事を考えていると曲がり角から見知った顔が覗かせた。
「アリア…?」
双子の妹のリリアはアリアの顔を見て表情を曇らせた。スッと伸ばした手でアリアの頬を撫ぜるとリリアは不安げに尋ねた。
「泣いて、いたの?」
「……」
リリアの言葉にアリアは首を横に振った。それは涙を流したことへの否定ではなく、
「分からない。なんで涙が流れたのか…人形の筈の私たちにそんな機能いらない筈なのに」
頬を撫でる手の平に顔を擦り寄せながらアリアは俯く。
リリアはベンとの会話を思い返していた。
自分たちは命令を遂行する人形である。それはアリアがそう考えているからだとあの時リリアは言った。アリアを補佐する為に生まれ、造り出されたリリアは彼女の意志に沿って行動する。それがリリアにとって全てであり存在の理由だった。
けれど、
「ねぇアリア」
俯いていたアリアが顔を上げる。そこには何時も通り無表情で感情の揺れを感じさせない瞳があった。それを見てリリアは静かに首を横に振り、
「ゴメン…何でも無い」
「そう…?」
首を傾けるアリアの頬をもう一度撫でて、もう行かなくちゃと別れを告げる。アリアもまた格納庫へと駆けだした。その背に向けてリリアはそっと呟いた。
「私たちは……本当に人形なのアリア」
意外な申し出にロイは下手な口笛を吹いて見せた。
「どういう風の吹き回しだよアイザー。急に先任みたいな事、やりたくなったのか?」
『そうじゃなくて…あー、例の敵機で』
「ロブスターざ。折角俺が命名したんだからちゃんと使ってくれよ」
『…そのロブスター対策でちょっとやってみたい事があるんです』
アイツと一緒にとフレデリックは言った。ロイはふーんと頷き、
「それでランスターと2機編成を組みたいと。役回りは?お前がアシストか」
『あいつの方がアタッカーに向いていますよ。本人、気付いていないみたいですがあれは…』
「あぁ天賦の才ってやつだよ。あそこまで高い反射神経や動体視力の持ち主にはそうそういないな」
ロイの言葉にフレデリックは頷く。
悔しい事にフィオの操縦技術はフレデリックの上を行く。そしてそれを認められる程度にはフレデリックも器が小さい人間ではなかった。
「けどなぁ、お前とランスターじゃあまだまだ半人前だからなぁ」
『ぐっ…』
実力不足と真正面から言われフレデリックは口を閉ざす。
「お前とランスターで組むと俺は必然的にアリアと組む事になるよな。そうするとお前らのフォローまで出来るか微妙だな」
『フォローが必要かどうかは…』
フレデリックは画面越しにロイを見据え言う。
『この戦闘で見極めてくれればいいっすよ。賭け、しましょうよ隊長』
「へぇ…アイザーから賭けを持ちこんでくるなんて初めてだな」
内容はとロイが尋ねる。
『奇を衒わずに撃墜数で競いましょうよ。何時も通り負けたら奢りって事で』
「これでも俺、エースなんだがいいのか?」
『構わないっすよ』
「強気だな」
『負けて死んでもしたら奢りたくても奢れなくなりますからね。だから勝ちに行きます。勝って半人前じゃないって見せつけてやりますよ』
挑発ともとれるフレデリックの言葉にロイは景気良く笑って見せた。
「成程なぁ、確かにその通りだ!!負けたら奢って貰いたくても奢ってもらえないか。ま、そんだけ気迫あるんだったら……任せてやる。お前ら2人で半人前じゃないって証明して見せろ」
無論ですよと言ってフレデリックは通信を切った。意外にもフィオの存在はフレデリックにとっていい刺激になったのかもしれない。先任としての意地とかフィオの真っ直ぐな言葉や行動がフレデリックの心を揺さぶったのだろう。
「若いってのは良いねぇ。ちょっとした事で直ぐに成長してみせる」
嬉しそうにロイは呟いて、
「…もう1人の若い奴も、成長してくれると良いんだがな」
格納庫に遅れてやってきた金髪の少女の姿を見つけてロイは嘆息した。
ドマーズが乗船する母艦を含め8隻に及ぶ足止め部隊は2隻の巡洋艦を何とか抑えていた。単純に兵力差は4倍だと考えてはいけない。ドマーズ達の艦は全て民間の宇宙船を違法改造した物。ビーム・カノンと言っても正規軍が使う様な精密に設計されたものではないから威力はまばらだ。それを何とか数を集めて撃ち続ける事で対抗しているだけだ。
そして何とか抑えられているだけであって全く被害が無い訳ではない。
護衛艦の1隻が火を吹いているのを見てドマーズは舌打ちをした。
「おい、4番艦の奴らを脱出させろ。艦は自動航行に設定して前進だ」
爆発した余波で他の艦が損傷を被るのは避けたい。戦闘不能になった艦でも爆散するまでは壁の代わりに出来るし上手くいけば相手の艦を撒きこんでダメージを与えてくれる。
尤もそこまで上手くいく事は本当に稀なのだが。船員が脱出した護衛艦は50メートルと進まずダメージに耐えかね爆散してしまった。
「何隻やられた?」
「へい、今ので2隻目です」
「輸送艦を狙っている方はどうだ?」
「被害は出ていないそうですがまだ仕留め切れていない様です。1隻はさっき動きを止めて制圧に入ったとの事ですが」
「もう1隻はまだ逃げているのか?」
ドマーズは副官の男へ尋ねた。もしそうならとても奇妙な事だ。
「そう、なんですよ。1隻のエンジン部に攻撃を当てて動きを止めたのは良いんですが、もう1隻がそのまま逃げているんです」
副官も流石に気になっているらしい。味方の艦に何かあった際、周りの艦が何をするかと言えばそれはその艦からの脱出者の回収だ。人的な損失は抑えられるだけ抑えるべきである。それは宇宙で関わる者にしてみれば不文律であり、それが例え海賊の様な無法者でも同じだ。
味方の艦が敵に制圧されそうになっている時に、ましてや動きを止めてしまった艦からの脱出者を待つ事もせずに逃げ出したという話を聞いてドマーズは違和感を覚えた。
「随分と薄情な奴等……」
だけならいいがとドマーズは呟いた。そしてふと空間ウィンドウの1つに目をやった。ドマーズと星間連合軍の間には1つの小惑星があった。名前は小惑星ラブロ。大気中に有毒なガスが含まれており惑星開拓のメリットも少ないことから放置されている小惑星だ。
「どうかしやしたか親分」
「いや、今あの小惑星に何か見た気が……」
「ラブロですかい?アレは生物が住めない惑星だって有名じゃないですか」
何もありはしませんよと副官の男は言った。
しかしドマーズはそんな副官の男の言葉に耳を傾けていなかった。小惑星ラブロに見た何か、それが何なのかに気付いてドマーズは副官を押しのけて叫んだ。
「双腕肢乗機を半分こちらに戻せ!!大至急だ!!」
「どう、どうしたんで…!!」
副官の男がドマーズに問いかけた瞬間、1隻の護衛艦が火を噴いた。目の前の巡洋艦から一番離れていて且つ損害の無かった船。それが突如、宇宙の藻屑となって消えた。
「な、何が一体!?」
「知るか!!だが良く見ろ!!」
ドマーズが指さすのは小惑星ラブロ。そこで副官の男もようやくい気付いた。
質の悪いカメラの映像が捉えた1隻の艦の姿を。
「あ、ありゃあこの間の戦艦じゃないですか!!なんでラブロに!?」
「待ち伏せ…?いやなんでこんな所で、囮の輸送艦の方ではなくこっちに現れる?!」
ドマーズはそこである考えに至った。
それは信じ難い事だった。そんな馬鹿な事があって堪るかとドマーズは心の中で吐き捨てた。
しかし目の前の現実がドマーズの考えを立証している。それは揺るがない。
「輸送艦は…輸送艦は囮じゃねぇ!!囮はこっちの巡洋艦だったのか!!」
ドマーズの叫びに小惑星ラブロから現れた白い戦艦は光の砲撃を持って答えた。
ビームの光が宙を裂き海賊船を沈める。数は多いが所詮は民間船を改造した物だ。
むしろ警戒しなければならないのは例の双腕肢乗機。
「敵艦6隻。件の双腕肢乗機、ロブスターの数は16機、4個小隊」
リリアが淡々と情報を告げる中、ケインズは囮であった第9艦隊の被害状況を確認する。
「弓弩級巡洋艦の損傷は軽微、双腕肢乗機の損害が2機…善戦してくれたみたいだね」
「突出し過ぎず守勢を保った結果ですね。しかし懸念はやはり敵の双腕肢乗機にあります。この短時間で2機も撃墜されているとなるとやはり性能差が大きい……」
「セオリー通り、2機編成で当たるのが一番だね。ロイ達にも言っておいて」
「了解しました。それにしても見事にかかりましたね」
マイカの言葉に艦橋のクルーたちも頷いた。まさかこうも上手くいくとは思いもしなかった。そんなクルーたちの表情を見てケインズはひょいと肩を竦めてみせ、
「言っただろう?<餌とトラバサミ>作戦だって。彼らは見事に撒き餌である輸送艦に食らいついてくれた。そして本命の餌にもね」
「考えもしないでしょう。囮である輸送艦、そこに奇襲をかけるであろう巡洋艦。けれど実際は……」
「巡洋艦も囮、つまりは餌。そしてトラバサミは私たちだ」
ケインズが立てた作戦。それは囮による敵戦力の分断であった。
まず海賊たちにわざと輸送艦の情報を流した。単純にこれに飛びついてくれるのであればそれでも構わないのだが先日、奇襲を受け大きな被害を被った海賊たちは警戒心が高くなっている。その警戒心を逆手に取り、ケインズは弓弩級巡洋艦をまるで奇襲をしようとしている様に見せかけ、海賊たちに見つけさせた。
巡洋艦が輸送艦の後をつけているのを見て海賊たちは当然、警戒する。しかし目の前の大きな獲物を見過ごすことも出来ない。
そこで考えられるのが艦隊を2つに分ける事だ。一方が奇襲を阻止し、その間にもう一方が輸送艦を襲う。戦力の無い輸送艦ならすぐに落とせると海賊たちも思うだろう。
実際にその通りだ。輸送艦にはほとんど武器と呼べるものは搭載されておらず、それどころか人すら乗っていない。自動航行と呼ばれる、定められたルートを自動で進むようにプログラムされ人員を配置せずに輸送艦は航海していた。自動制御による航行は途中で何があるか分からないのであまり推奨されていない。しかし人員がいない為、安全性に考慮する必要はなく、巻き餌と使う為なら十分だ。
ケインズの目論見通り、海賊たちは艦隊を2つに分けてきた。しかし兵力の分断とは言い換えれば戦力の半減だ。戦う側にしてみれば全力の敵を相手するよりも力半分の敵を相手にした方が勝率の高さは言うまでもない。
ケインズは巡洋艦が襲われるだろうポイントを2か所に絞った。それは海賊たちの規模と動きの速さを計算した上での事で、その場所に先んじてシルバー・ファング号と第9艦隊の戦艦2隻を潜伏させていた。特にシルバー・ファング号は都合のいい事に潜伏するポイントに小惑星ラブロがあった。惑星の大気圏外ギリギリに隠れていれば敵の粗雑なレーダーには掛からないとケインズは踏んでいた。
その策は見事に的中しケインズたちは奇襲に成功したのであった。
「さてこの間の借りを返させてもらうとしますか。マイカ君」
「はい。双腕肢乗機小隊、全機出撃!!接近する敵機、ロブスターを迎撃しなさい!!」
マイカの号令の下、シルバー・ファング号より双腕肢乗機小隊が出撃する。
その中にはフィオが駆るヴァルキリーも当然いる。以前と異なるのはその両足に装備した鋼鉄の靴。
『ヴァルキリー、リニア・カタパルトへ移行。発進どうぞ』
「了解、フィオ・ランスター出撃します!!」
リニア・カタパルトから射出された白の戦乙女は黒鋼の脚甲を帯び、戦場へと駆けだした。眼前の戦場へ向かうフィオは自分の迷いを心の奥底に眠らせた。忘れてはいけない。けれど戦場では出してはいけない。
フィオはその決意を瞳に宿し操縦桿を握る手に力を込めた。