第13話 少年が決めた事
戦力を増強させたドマーズ海賊団にその首魁であるドマーズは頭を抱えていた。
単に戦力が増えた事を喜んでいるだけではトップは務まらない。
親分と部下から、慕われて呼ばれている訳ではないが曲がりなりにも部下から<親>扱いされている身としては部下とは自分の子に等しい。だから親の責務として子を飢えさせるのはドマーズの信条に反する。しかし無い袖は振れないのと同じで寂しい懐具合では部下たちの腹を満たしてやるのは難しいのだ。
要するに物資が足りない。それも急を要するほどにだ。
件の協力者は多くの戦艦と人員を持ってきてくれた。物資もそれなりに積んではあったが増えた人員に見合う量では無かった。
協力者が馬鹿でない限りこれは只単に物資を集める事が出来なかったからだとドマーズは分かっていた。元々、裏社会で生きていた人員たちが急にいなくなっても姿を眩ませたか死んだかのどちらかだと思われる。だが物資を集めようとすればその分だけ対価が必要になりその額が大きければ大きい程、表社会でも大きな動きが出る。動きが出てしまえば容易に星間連合軍に勘付かれてしまう。それを恐れて物資は集めきれなかったのだろうとドマーズは考えた。尤も理屈は分かるが心情的には納得はいかない。現に部下からは物資不足により不満の声も上がっている。
そんなドマーズの元に副官の男は吉報ですと言って乗り込んできた。
「親分、コレ見て下さい」
そう言って副官が見せてきた空間ウィンドウには2隻の輸送艦が映っていた。星間連合で多く使われているタートル級と呼ばれる宇宙輸送艦だ。
「こいつがどうした?」
「さっき入ってきた情報っす。首都惑星バルバスからトルセアに向けてエビリンス貿易会社の輸送艦が今日出ると馴染みの情報屋から連絡が入りやした」
トルセアはバルバス星系にある惑星の一つだ。人口は40億人ほどの中規模な惑星だがクロス・ディメンジョンが惑星の周りに多くあり、貿易の中間地点として利用されている。
「積み荷は?エビリンス貿易会社なんて聞いた事ねぇが」
「なんでも新参の会社らしいです。だから情報管理も甘い所があってこうして俺たちにバレちまっている訳ですが…積み荷に関しては穀物だそうです。それと食肉やら野菜やら」
「食い物って事か」
「そうです」
絶好の獲物でしょと得意げに語る副官にドマーズは半眼で応えた。副官の男は殴られると思ってか途端にビクッと肩を震わせる。そんな副官にドマーズは溜息をつき、
「あのなぁ。お前、少しでも怪しいと思わなかったのか?」
「な、何がですかい?」
「この前の戦闘からまだ3日しか経っちゃいねぇ。それも痛み分けと言え、俺たちは星間連合軍の奴らを退けたんだ。そんな危険な宙域を誰が通りたがる」
しかもお誂え向きに食料と来た。
そこでやっと副官も勘付いたのかハッと息を呑み、
「まさか、罠ですか?」
「その可能性が高いだろうよ。大方、こっちの戦力が増強したのを見越して、物資が不足するだろうと気付いたんだろう。だから敢えて食料を乗せた輸送艦が通るって情報を流して俺たちを誘い出すつもりだ」
「け、けど親分!星間連合軍に今のところ動きはありやせんぜ!!俺らを嵌めようっていうのならアイツ等だって何か動きが……」
「お前は星間連合軍の動きを知れるほど確かな情報筋でも持っているのか?」
「い、いやそうじゃありやせんが…」
言葉が尻すぼみになって行く副官を見てドマーズは再度ため息をついた。
そしてもう一度、副官が持ってきた情報に目を通し、
「護衛艦は無しか。こりゃアレだな、俺らがこの獲物にかかった所で近くに待機している星間連合軍の奴らが奇襲するって寸法だな」
「また奇襲ですか。この間とほとんど変わりやせんね」
「あぁ。だがこの間みたいに3方面から攻撃を仕掛けてくる事は無いな。奴さんもまた増援でもあったらと気にかけている筈だ」
ドマーズは顎に手を当てて考える。実際にはこの間の増援はドマーズたちも与り知らぬイレギュラーだったのが一度起きた事に警戒する事は当然の心理だ。それを警戒しつつどう奇襲を仕掛けてくるか。ドマーズは頭を働かせ、そして、
「おい、星間連合軍に動きは無いって言ってたな。それは確かめろ」
「斥候を出しやすか?」
「あぁ。エビリンス貿易会社だったか、そこを見張っていれば分かるだろう。恐らくだがコイツ等は」
ドマーズは鋭い眼光を空間ウィンドウに投げかける
「俺らに意趣返しするつもりだ」
ロイは作戦内容をケインズから聞いて顔を引き攣らせた。
そして改めて目の前の男が味方で良かったと痛感した。
敵だったらこんな面倒な相手、死んでも御免だ。
「おや?スタッグ大尉、何か言いたそうだね」
「いや艦長殿?前々から思っていたんですが」
「何だい?」
「ホント、嫌な奴ですよね」
どストレートにそう言うとケインズは意味深に笑って見せた。
ロイはそれ以上何も言わず肩を竦めた。
「……正気の沙汰じゃねぇよ」
誰にも聞こえない小さな声でフィオは呟いた。
ただ誰もフィオの様に口にはしないが思っている事は一緒だった。
それを知ってか知らずかケインズはニヤニヤと笑って見せ、
「ま、そう言う訳なんで各員はこれから準戦闘待機で戦いに備えること。今日中に何かしらのアクションは起こすだろうからね」
「了解しました…と、そうだ。そういや作戦名を聞いていませんでしたね」
「作戦名?あぁ一応、なんだか正式な作戦番号が振られていたような気がするけど忘れた。まぁそうだね、言うなれば」
ケインズはピンと人差し指を立てて嗤って見せ、
「<餌とトラバサミ>作戦だね」
正式な作戦名をさっぱり忘れてしまう艦長のいる艦では規則も緩い。
準戦闘待機と言われたが双腕肢乗機小隊の面々は何時も通り食堂に集まり各々食事をしていた。
ウォッカを一瓶頼もうとしたロイは「仕事前だってのにいい加減にしな!」と厨房の責任者であるハリオン曹長に拳骨で叩かれていた。階級的にはロイの方が上だが軍歴的かつ年齢的には艦内で一番上なハリオンに食堂で逆らえる者はいない。
「酒が飲めないなら部屋で写真鑑賞でもするかぁ」
落胆した表情でロイは溜息をついて席を立とうとしたところに別の席から声が掛かった。
「ちょっと。そこの珍しく素面な隊長さん」
「何ですかいな。技術中尉殿」
「次の戦闘からヴァルキリーに装着する追加兵装に関して説明するからこっち来なさい。素面の時じゃないと碌に人の話聞かないんだから」
「あぁ例の<ブーツシステム>とか言う奴?使うの渋っていたんじゃないのか?」
軽口を叩きながらロイはフランの方へ向かう。
その様子をチラリとフレデリックは横目で見て、話しこむ2人の姿からそうすぐには戻ってこないだろうと考えた。
「なぁおい」
目の前に座るフィオに声をかけた。エルムに紅茶と煎餅という良く分からない組み合わせの注文をしていたフィオは立ち去るエルムを横目で見ながら「なんだよ」と聞き返す。
「お前、戦場に出れるのかよ?」
「出れるも何も……出るしかないだろ?あっちはその気だぞ」
とフィオがロイとフランを指さす。フランは空間ウィンドウを開いてロイに何やら説明している。だがロイの反応はあまり芳しくない。やがてフランは空間ウィンドウを消して手振り身振りで「こう目の前に引っ張って来てズババーンと電磁投射砲で…」とロイに説明し「いやもっとデデーンと引きつけてぶっ放して」とロイが返答する。具体的なスペックの話は無く擬音ばかりが続く台詞がロイとフランの間を行き来する。恐らくロイの残念な知能に合わせてああ言った言葉で説明しているのだろうけどそれでいいのだろうか技術中尉。そしてそんなんでいいのか隊長。
いや、そうではなく、
「お前が出れるかどうかって事だよ。この前の事忘れたとは言わせねぇぞ」
フレデリックの言葉にフィオは顔を顰めた。忘れる訳もないし忘れる事も出来ない。
「次は死ぬかも」
フレデリックの隣に座って携帯端末を弄っていたアリアが呟いた。あの狂乱の一端を担っているのは誰だとフィオは思ったが口に出さなかった。この前のアレは自分も悪い。
フレデリックもフィオと同じ事を考えたが口に出したのは、
「あぁ、そうだな。確かにチューリップの言う通りだ」
アリアの言葉を肯定する物だった。少し意外そうにアリアはフレデリックを見た。けれどすぐに興味を失ったのか携帯端末に目を戻した。
そんなアリアに何も言わずにフレデリックは真っ直ぐフィオを見据えた。何時に無く真剣な眼差しにフィオの意識は捉われた。
「はっきり言ってこの前のは偶々、運が良かっただけだ。どれだけ機体性能が良かろうとパイロットとして優れていようとそんなの関係無しに戦場じゃあ誰だって簡単に死んじまう。逆に何で生き残れたのか不思議な場合だってあるさ。正にこの前のお前の事だけどな」
フレデリックはそう言いながら、嫌な言い方だと自己嫌悪に陥る。別に偉そうに説教をするつもりでもなければフィオの為だと言うつもりもない。
ただ誰かが言わなければならない事だとそう思っただけだ。嫌われようと疎ましがられようと、伝えなければならない事は伝えなければならない。
だから説教を出来るほど自分が偉い人間じゃないと分かっていても、誰かの為だと嫌われる理由を人に押し付ける事もせずにフレデリックは語る。
「お前がさ、色々悩んでいるのは知っている。と言うか言いたくない事、喋らされたわけだし。けどそのせいで死んじまったら無意味だぞ。別に星間連合軍はお前の悩みごとに付き合わされて動いている訳じゃないしお前がそのせいでさっさと死んじまったら戦力のマイナスだ。分かるか?」
「分かってるよ」
フィオがこうして今、食事を取れているのは星間連合軍が給料を支払っているからだ。戦場に迎えるのも戦場に出て戦えるのも星間連合軍が戦艦や双腕肢乗機を揃えているからだ。ましてやフィオが乗るのは試作機、コストはそれなり以上にかけている代物だ。
動いている客観的な数値としての費用を考えればフィオの勝手な理由でどうこうして言い物では無い。フレデリックの言いたい事を理解してフィオは静かに頷いた。
フレデリックはフンと鼻を鳴らして問いかけた。
「腹は据わったのか?」
フレデリックの言葉が耳にささる。だがそれ以上にフィオは鋭い視線に貫かれていた。誰かなんて確認するつもりはない。その人物は真正面からフィオを見て視線を投げかけていたのだから。
アリア。戦場でもその鋭い視線に射抜かれた。
けれどもうフィオはその視線に恐怖を感じるのをやめた。
息を一つ吐き、呼吸を整える。
けれど気休め程度でしかなかった。
アリアの視線はやっぱり怖いしこれから口にする事は相当な覚悟がいる。
それでも、もう逃げたくは無かった。
フィオは意を決して口を開いた。
「覚悟は、した」
フィオは強い瞳でそう答えた。不思議な事に声は震えて、言葉は途切れてしまったというのにその言葉に込められた決意だけは感じ取れた。
「けどお前…」
その決意に圧されてかフレデリックは視線を少しそらしながら尋ねる。
「悩んでいた事はもういいのかよ」
昨日の話を思い出してフレデリックは気まずそうに目を細めた。正直、あの練習機の中でぶつけ合った言葉は思い返してみると少々、うすら寒い物がある。歳甲斐も無く青々しい言葉を口にした気もするので同じ会話をしたいとは思わない。
だがフィオにとっては譲れない大切なものだった。だからあの時だけはフレデリックもそれに真剣に答えたのだが。
「いや全然」
「は?」
随分と軽く首を横に振った。というか全然とはどういう意味だ。まさか昨日のあの話は全部無駄だったとでも言うのか。一瞬、フレデリックは怒りに支配されそうになった。
けれどフィオの瞳は覚悟の言葉を口にした時と同じく、いやそれ以上に決意に満ちた何かを感じた。
「全然、答えは出なかった。だから決めたんだ。悩み続けるって」
「悩み続けるってお前」
「簡単に答えなんて出るなんて思ってなかったさ。けど色んな人から話を聞く度に思ったんだ。やっぱり悩まないっていう選択肢は取れないって」
ロイとフランは仲間を生かす為に敵を殺すと言った。
ベンは銃を握る子供たちを少しでも減らしたい、だから引き金を引くと言った。
砲撃班班長のガーナ・ガラ少尉とボルドは仕事だから引き金を引くと言った。アリアと似た意見だったが少し寂しそうな顔をしていた。
航海班班長のジン・ハラカワ中尉は奪われた自分の故郷を取り戻す為と語った。
そしてロンドは愛する人を守りたい一心で敵を撃ち、右腕を失った。
「戦って、命をかけて相手を殺してでも守れない事もあるだって知っちまった。それが正しいのかなんて分からないけど、現実にあるだって知ってしまってそこから目を逸らすのはもう無理なんだ。だから悩み続けてでも戦って、俺は」
フィオは後ろを振り向きたい衝動に駆られた。後ろの厨房にいる少女の姿が脳裏に浮かぶ。
けれど今は。今はこの自分の思いと言葉を向けなければならない相手が別にいる。
「大切な人を守りたいんだ」