第12話 鉄の靴
第9バルバス防衛艦隊提督のロナルド・エインワース大佐は眉を顰めて目の前の作戦立案書を睨みつけていた。その目が最後の行まで行きつくと今度はその作戦立案書を持ってきた人物に鋭い視線を投げかけた。
「マクシミリアン大佐、これは本気か?」
「勿論です」
突き刺すような視線を受けても尚、余裕の表情を変えない相手にエインワースは嘆息した。この男がそもそも取り乱す様な姿は想像も出来ないのだが。
鋭い視線を投げかけられた人物ことケインズは涼しい顔で作戦立案書の細部を語った。
「大型輸送艦の手配に関してはノーストン中将に依頼してあります。民間に払い下げる予定だったタートル級輸送艦を2隻抑えて頂いてあります。タートル級は既に何年も前から型落ち級として民間に出回っているものですから海賊たちも騙されてくれることでしょう。使用する航路に関しても問題ありません」
そう断言するケインズにエインワースは質問を重ねる。
「餌にかかる確率は?」
「コレを見て下さい。ハヤカワ中佐、例のファイルを」
ケインズは傍に居たマイカに命じて空間ウィンドウを開く。
そこに示されたのは最近3カ月ばかしの海賊の発生件数だ。
「ご覧いただけます通り、ここ3ヶ月ばかし海賊が発生しているのはここバルバスがほとんどです」
「そうだ。故に今回、我々は討伐作戦を実行したのだ」
それがどうしたとエインワースが言うとケインズは空間ウィンドウに指を当てバルバスの名前の所をなぞる。指でなぞった跡は黒い線になりバルバスの名前と海賊の発生件数を隠してしまった。
「ですが首都惑星バルバス以外の発生件数をご覧ください。ここ3ヶ月に渡ってむしろ減少傾向にあります。その間の討伐記録は無く、あるのは首都惑星バルバスにおけるものだけです」
「む…」
エインワースもその事に関しては気付いていた。
当初は工場惑星でのテロとシャルロット殿下の暗殺未遂事件から警戒態勢が高くなった事により海賊たちの動きも鈍ったのではないかと言う希望的観測に囚われていた。
だが、
「先日の増援は、これか」
「えぇそうでしょうね。他の縄張りで動いていた海賊が…どう言う理由かは分かりませんがこのバルバスに集合しているのでしょう」
「だがここ首都惑星バルバスに海賊たちが集まっているというのならどうしてその動きに察知できなかった。流石にこの数が動いたとなると何かしらの形跡が残るだろう」
「……こちらから提出した報告書はお読みになりましたでしょうか?」
「あぁ」
「では戦闘中の電波妨害に関しても御存じですね?」
「……しかしアレは貴官の推測にすぎないのではないか?確かに我々は一度、自軍の双腕肢乗機小隊の位置情報を見失った。そこで貴官の部下が見た事もない戦艦を目撃したと言っているが…」
エインワースは信じ難いと言って首を横に振った。
「ですが実際に存在するとしたら海賊たちの動きを察知できなかった理由になります」
「実証が物語っているという訳か」
ケインズは静かに頷く。エインワースは背もたれに体重を乗せると嘆息した。
「よかろう。海賊たちが首都惑星バルバスに集結しているという前提は認めよう。しかしそれが今回のこの作戦案とどう結びつく?」
「単純に数が増えればその分、物資の消費量も増えます。その物資を海賊たちがまともな手段で補給する事は無い、それは当然ですね」
「だから餌を撒くと言っているが、向こうも警戒するのではないか?」
「警戒するからこそです」
「成程…警戒するのを見込んでの作戦か」
その通りですとケインズは頷く。エインワースはこめかみを押さえ考え込む。
一体、どうしたらそこまで読んでこんな作戦を思いついて来るというのだ。しかもこの短期間でだ。まだ先の敗走から2日しか経っていないのだ。その間にここまで綿密な作戦案と手回しをとしたというのだから恐れ入る。色々と不名誉な噂の多い目の前の男にエインワースは溜息をつき、
「全く…噂通りの人物だなマクシミリアン大佐」
「お褒めに預かり光栄です」
両手を肩の高さまで上げておどけて見せるケインズにマイカは諌めるべきか否か迷う。だがエインワースは大して気にすることなく最初に渡された作戦立案書に直筆のサインを書きこむとケインズに渡した。
「いいだろう。貴官の作戦に私も乗らせてもらう」
「ありがとうございますエインワース大佐」
ケインズはレポートを受け取ると敬礼をする。
その口元には不敵な笑みが浮かんでいるがそれは喜の感情から来るものではない。
獲物に対して牙をむく、そんな笑みだ。
「では反撃と参りましょうか」
フィオがその話を耳にしたのはロンドと会った次の日。ヴァルキリーの格納庫で難しい顔をしながら空間ウィンドウを睨んでいるフランから聞き及んだ事だ。
「今、なんて言った?」
「だから」
フランは咥えた煙草を上下に揺らしながら空間ウィンドウに眼を向けながら答える。
「海賊の掃討作戦。またやるって今日」
「いや、早すぎだろ。まだ3日前のことだろ失敗したの。もう別の作戦立てて実行するのかよ」
「そんなもんよ。むしろ時間を掛けるよりかはそう急に対処すべきと判断したのでしょうね…でも問題はそこじゃないのよねぇ」
物憂げな表情でフランは空間ウィンドウを消した。眼の下には隈が出来ている。
明らかに徹夜顔だ。昨日、最後にあった時には一眠りするとか言っていたと思うのだが、
「私も聞かされたのが昨日の晩だから、結局ろくに寝れずにこうしている訳だけど…あぁもう。ちょっと誰かぁー!伸縮ケーブルの稼働条件をもう一度チェックして!!なんか変!!」
なんかって何だよと言う声が聞こえてくるが整備員たちは渋々、言われた通り動いている。
その様子をフィオは横目で見ながらふと気付いた。
何時もならヴァルキリーに付きっきりで整備している面々が今日はそうではなかった。
無論、出撃に備えてヴァルキリーの整備をしている人たちもいるが大半が別の機械に群がっていた。
その機械を見てフィオは初めて組み上がったヴァルキリーを見た時よりも更に怪訝な顔をして呟いた。
「……なにあれ?」
それは形容しがたい機械だった。数は二つ。色は黒を基調とし、双腕肢乗機用の巨大な追加ブースターの様に見える。しかし横たわったそれらには空洞があった。何かをはめるかのように開いたその空洞を見て、フィオははたと気づいた。
「もしかして……脚に付けるのか?あれ」
「そうよ。脚部のC2機関の保護と同時にヴァルキリーの戦闘能力を高める追加兵装……私たちは<ブーツユニット>って呼んでるわ」
「まんまだなぁ……」
フィオが呆れたように呟く。しかし同時に納得のいく名前でもあった。
「あの空洞に脚を入れるのか?」
「えぇ。脚に嵌めて固定し、ヴァルキリーの機動力と火力を上昇させる<ブーツユニット>の一つ、<スラスターユニット>」
フランは説明しながらもう一つ空間ディスプレイを呼び出す。ディスプレイには黒い追加兵装、<スラスターユニット>が映し出されていた。
「コレ結構デカイよな。ヴァルキリーに履かせると脚部と比べて2割増しくらいはありそうじゃないか?」
「装甲が分厚いからそう見えるのよ。C2機関の保護も兼ねているからね。でもただ装甲が厚いだけじゃないわよ」
そう言ってフランは<スラスターユニット>の詳細なスペックを表示する。
「名前の通りスラスター…機動力向上のための大型スラスターが両足に備えられているわ。あと両膝には電磁投射砲」
「電磁投射砲?マジで?」
「マジよ」
射程に応じてエネルギーの減衰が生じるビーム兵器に比べ宇宙では運動エネルギーをそのまま相手にぶつける電磁投射砲は威力と言う面で考えればビーム兵器よりもはるかに高い。尤も電力を大きく消費するという問題点やビーム兵器と違い応用性が無いという点もある。
「電力の問題は全くないわ。なにせその電力を作り出す装置を積んでいるんだから。双腕肢乗機で電磁投射砲を運用しようものなら普通だったら専用のバッテリーが必要な所だけどヴァルキリーは自身でそれを補える」
「とんでもない火力だな」
「元々それがヴァルキリーのコンセプトだからね。稼働時間を向上させ且つ強力な兵装を使用する…小型化に成功したC2機関でなければ出来ない計画だったけどね」
フランが説明している間に<スラスターユニット>はヴァルキリーの両脚へと装着されていく。両膝の電磁投射砲の稼働を確認しているのを見てフィオはその砲身が以外と短い事に気付いた。
「あの長さでも十分にフレミングの力を応用できる磁力―もとい電力は確保できるのよ」
「ヴァルキリーなら、か」
「そうよ。ただ問題が一つ」
フランは真剣な顔つきでフィオへ顔を向ける。
「この装備、まだほとんどテストした事がないの。理論上、問題は無い。けど」
「実際に使ってみない事には絶対は無い…?」
技術屋の端くれとして働いていたフィオは何となくフランが言いたい事に気付いた。
フランはフィオの言葉に肯定して頷く。
そして煙草の火を乱暴に消すと苛立たしげに机を指で叩く。
「ランスター、私の機動実験はしつこいって思っているでしょ」
「えっ?!」
ぎくりと身を竦ませる。勿論思っている。だがそれを直接言った事は無かった筈。
尤も普段の態度を見ればそんな事は一目瞭然なのだがフランは手をひらひらと振り、
「別にいいわよ。これまでのテスト・パイロット達からも似た様な事は言われているし、上からも注意を受けた事もある。でもね、それでも私は止めるつもりはないわ」
何でだと思うとフランはフィオに尋ねた。フィオは少し考え込んだ。
ややあってフィオは先程と同じく技術屋の端くれとして答えた。
「実際に使ってみない事にはどんなトラブルが起きるか分からない…だから可能な限り情報を収集したいから、か?」
「おめでとう。100点よ」
そう言ってフランは下手な拍手を送った。
「私が、いえ私たちが作っているのは兵器よ。敵の命を奪う道具であり且つ、仲間の命を守るための道具なの。私たちの作った兵器で何かがあれば使った仲間の命だけじゃない、倒せなかった敵によって他の仲間の命にまで危険が及ぶかもしれない。私たちの失敗が、多くの仲間の命を奪う事になるかもしれないの。だから」
フランは強い視線でヴァルキリーを見つめる。
言葉にした事は無かったが何時も不安だった。自分たちが生み出したこの愛しい子(兵器)たちは絶対だったのか。耐久度は?関節部の消耗度はいくつか?本当に戦闘に耐えうるのか?
フランにだって分かっていた。どんなに万全を尽くしたとしてもトラブルは起きる時は起きる。実際に戦闘に出てみなければ分からない問題点だってある。
それでも自分たちが生み出した兵器に命を預けてくれた仲間の為に自分たちは問題の数を0にして万全へと近づけなければならない。
「だから…私は自分が生み出した兵器たちを自分の子供だと思って自分の全てを注いで育てるの。そして愛しい子と呼んであの子たちを信じるの」
「アンタ…」
「けど…正直、今回はこの子を愛しい子と呼べるか不安だわ」
機動実験のデータは不十分。まだテスト段階で使用していない機能もある。
そんな状態でこの兵器を出してしまって大丈夫なのか。フランの胸に不安がよぎる。
フィオは同じ技術屋の端くれとしてその想いが痛いほどに分かった。
「そうね。前にアンタが私に聞こうとしていた事。その答えがこれね」
フランはそう言ってヴァルキリーを見つめた。
「戦場で命を奪う事…それをどう捉えているかアンタは知りたかったのよね」
「あぁ」
「だったら私の答えはこれよ。戦場で仲間を守る。その為に多くの敵を倒せる兵器を生み出す。それが私の答えよ」
フランはそう言ってフィオを見つめた。
真っ直ぐな眼でフィオを見据える。
「アンタは…アンタの答えは見つかった?」
「俺は…」
フランの問いかけにフィオは戸惑う様にして口を開いた。
その言葉を聞いてフランは眼を見開いてそして次に苦笑した。
「アンタは本当に…面倒事が好きみたいね」
「なんか、それ。俺が何時も面倒事を引き起こしているみたいに聞こえるんだけど」
フィオがジトっとフランを睨みつけるとフランはフンと鼻を鳴らし、
「自覚が足りてないわね。ま、艦長みたいに分かっていて面倒事を引き越すよりかはマシかもしれないわね」
「流石にあの人と比べられるのは困るぞ」
意図的に引き起こす面倒事のレベルが違い過ぎる。
「でも、それで良いの?辛いのはアンタだと思うわよ」
「…良いんだよ。正直さ、軍人になってここまで来るまで俺の意志での決定ってほとんど無かっただろ」
推薦状へのサインですらアレはケインズの脅迫によるものに違いないので確かにフィオの意志決定に基づくものはほとんど無いと言える。
「だから、せめてこれからは軍人でいる理由を俺なりに決めようと思ったんだ。それが俺に辛い事だったとしても俺が俺で決めた事で後悔をしたくない」
フランはフィオの顔を見つめる。
初めて会ってから日は長くない。
けれど少しだけ少年の顔は成長したように見えた。
「だから俺は…覚悟を決めるよ」
そうフィオは言った。その瞳に強い決意の意志を込めて。
取り逃がした獲物を今度こそ狩る。ケインズは誰に言うでもなく一人心の中でそう決意した。思ったよりも感情が昂った様で瞳孔がスッと細まった。
「…おっと」
小さく呟いて眼を軽くこする。すぐに瞳孔は元に戻った。
いけない。歳甲斐も無く感情が揺さぶられていた。
「どうかされましたか艦長?」
「何でも無いよ。マイカ君」
マイカが気遣わしげに尋ねてくるのをケインズは片手を振ってこたえて見せる。
「むしろどうかしているのは君の方じゃないかな?」
「は?」
「どうも先日から心ここにあらずって感じだよ。ちょうど、アレだ。殿下がおいでになられた次の日くらいか」
マイカは口を噤み視線を逸らす。仕事ぶりには問題は無いが立場上、お互いに顔を合わせる時間は長い。些細な問題もあまり放置するのは宜しくない。
「女性特有の月一の悩みごとかな?」
「遠回しな言い方されなくても良いですよ。ちなみに生理痛ではありません」
マイカはハァと嘆息してから意を決してケインズを見据える。
その瞳には微かな迷いがあった。
「マクシミリアン大佐」
珍しく名前を呼ばれた。
何だろうとケインズが首を傾げると、
「<カルゴニア撤退戦>いえ、<カルゴニアの惨劇>にて第7白虎艦隊を率いていたというのは本当なのでしょうか?」
「……」
息が止まった。心臓がドクンと大きく鳴るとまた意識せずして瞳孔が細まった。
それを見てマイカは悲しげに呟いた。
「聞いた事があります。当時、第7白虎艦隊を率いていた提督は蛇の様な眼をしていたと…ついた名前が<白蛇>」
「詳しくは話せないが…種族的な特徴と思ってくれていいよ。感情が昂ったりするとね、こうして瞳孔が爬虫類の様に細くなるんだ」
気持ち悪いだろとケインズは自嘲する。
そっと眼を閉じてケインズは背もたれに体重をかける。
久しく聞かなかったかつての所属艦隊の名前を聞いてケインズはそっと息をついた。
忘れた事は無かった。いや、忘れる筈がない。
あの艦隊には、あそこの艦には自分が今、軍人であると決めた大切なものがあるのだから。
「ハヤカワ中将から教えられたのかな」
「はい。もう知っていても良いだろうと、そう言われました」
酷な事をする。ケインズはかつての上官に微かな怒りを覚えた。
「転属を考えているようなら私から口添えしよう。マイカ君の経歴に傷をつけない、その保証はする」
「……」
マイカは暫く俯きそして首を横に振った。
ケインズは溜息をつき再度尋ねた。
「後悔しないかい?私の様な上官の下に就いた事に」
「ありません」
マイカは顔を上げて真っ直ぐケインズを見据えた。その瞳には嘘も偽りも無い。
「<カルゴニアの惨劇>に関しては第2級機密情報につき詳細は私も知りません。ですが断片的に…教本に載る程度の事でしたら私も知っています」
「そうかい。では私が何と呼ばれているかは知っているかな?」
「それは…」
ケインズがそう尋ねるとマイカは言い淀んだ。
だからケインズは代わりにその答えを口にした。
「私はね、<味方殺し>の<白蛇>なんだよ」