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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第2章 命と覚悟
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第11話 少女と大人の過去

 思い出すのはどこまでも白い白い記憶。

 これは自分が経験した過去の記憶なのだと今でもはっきりと思い出せる。真っ白な小さな部屋を埋め尽くす空間ウィンドウの光だけを私は見つめてきた。

 そこに移される数字にも自分たちを造り出した人間たちにも興味を持たず、ただ私は空間ウィンドウを見つめてきた。その先に繋がっている彼女を見つめる為に。


 リリア・チューリップは過去の記憶を想起する。

 この世に誕生したのは今から13年前。場所は何処とも分からない雪山に立てられた研究所だった。そこで彼女たちは造り出された。

 文字通りの意味だ。彼女たちは人の腹からこの世に生を祝福され誕生したのではない。

 冷たい硝子の中で偽物の羊水に育まれ造り出された。旧時代から存在する遺伝子を操作する技術は現代では禁忌とされる研究となった。

 何故なら人は人の手でヒト以上のモノを生み出せるようになってしまったからだ。

 優れた体躯に秀でた頭脳。万人が認める美貌に欠点の無い人格。

 そんな天性を持ち合わせたヒトを科学は造り出す事に成功してしまった。

 そして同時にそれは禁じられた。

 優れた体躯や秀でた頭脳に限らず美貌に人格も、それは全て軍事利用に転用できるからだった。

 巨躯で高度な作戦内容を理解し実行できる歩兵。諜報活動や潜入捜査に活躍できる特徴を与えない平凡な顔、もしくはその逆にハニー・トラップを仕掛けるのに相応しき美貌。

 それを労せず、時間をかけず生産する技術。

 大量に高スペックの軍人を量産できる技術は戦争のバランスを崩しやがては世界そのものを崩壊させかねない。その判断から遺伝子操作による人間の生成は禁止され一部の例外を除き研究そのものも違法とされた。

 しかし禁じられたからと言ってその技術が廃れてしまったわけではない。

 むしろ時を重ねるごとにその技術は高まっている。そして禁じられた物ほど、人の目が届かない所で行われてきた。

 例えばそう、雪山の研究所などで。


 リリアはゆっくりと目を開けた。それが夢であると分かっているのに夢の中で眼を開けると言う行為に疑問は感じなかった。

 生まれてから一度も出た事のない真っ白な部屋はリリアが眼を開けると一瞬の内で無数の空間ウィンドウで埋め尽くされた。滝の様に流れていく数字を横目にリリアは1つの空間ウィンドウを手元に寄せた。そこに映し出されているのはリリアと全く同じ顔をした少女だった。

「アリア」

 リリアは小さく呟いた。彼女の名前を。

 本当は彼女は姉でもなければ自分は妹でもない。もう1人の自分の名前。

 自分の複製元(オリジナル)となった少女の名前。

 自分と同じく人の手によって遺伝子を書き換えられフラスコの中で人工授精により造り出されたヒト。

 模造人間(ホムンクルス)。人の姿をした超人と言えるヒト。彼女が引き金を引くたびにその弾丸は彼女の意志が宿ったかのように標的に吸い寄せられていく。

 600メートル離れた標的を照準装置も使わずしてだ。肉眼で捉えている訳ではなく、ただアリアは放たれる弾丸が当たるイメージが分かる。どのタイミングでどのようにして撃てば当たるか。それをアリアは感覚として捉える事が出来る。

 異常とも言える才覚。人の姿をしているだけで別の何か(バケモノ)としか思えないと陰では言われている。それをアリアは気にした事は無くリリアもまた気にかけた事は無かった。

 アリアが気にしないから自分も気にしない。ただそれだけ。そうでなければいけない。

 自分と彼女は同一の存在で自分は彼女の一部。

 彼女の遺伝子から作られたもう1人の彼女。

 そう。私は。

複製人間(クローン)…」

 そう呟いて夢の中でそっと目を瞑った。


 夢の中で瞑った目を現実で開いた。

「……」

 そしてまた目を瞑った。

 すると目の前に居た人物が慌てて叫んだ。

「待て待て。それはどう言う意味だい」

「……」

 渋々と目を開けるとそこには呆れた表情の男がいた。短い茶色の髪をガシガシと掻くと男―ベンは口を開いた。

「いくら艦内とは言え、こんな所で無防備に寝るのはやめなよ」

「…こんな所?」

 そう言われたリリアは初めて自分が何処に居るのか気付いた。

 シルバー・ファング号の公共スペースの一角。ベンチに座っていつの間にか転寝をしていたようだ。年頃の女の子がこんな所で寝ているんじゃないよとベンはくどくどと説教を続けているのを聞き流しリリアは小さく欠伸をする。それから空間ディスプレイを呼び出し何某かをチェックし始めた。

「って聞いてる?」

「…聞いてる。寝ているのをいいことに何かされていないか確認しているだけ」

「するかっ!!」

 歳甲斐もなく思わず突っ込んでしまった。そんなベンをリリアはぼやけた目で見つめ、

「一応、私の方が階級は上」

「あーはいはい。そうでしたね、申し訳ありませんでした少尉殿」

 ベンはやさぐれた敬礼をした。リリアはそれを見て小さく頷いて見せてそのまま空間ウィンドウに目を戻した。

「こんな所でどうしたの?眠いんなら部屋に戻りなよ」

 リリアがまた小さく欠伸を噛みしめたのを見てベンはそう言った。

 だがリリアは首を横に振り、

「アリアがまだ」

「まだ?あぁ…この間の戦闘に関して始末書を書かされているんだっけ」

 ベンは眉を顰めて言った。詳細はそれとなく聞いている。聞いて思わず額を抑えてしまった。どうしてこの姉妹はこうも他人とのコミュニケーションというか意志疎通と言うのが下手なのだろう。いやそれ以前の問題か。

「彼女はもう少し周りと信頼関係を築くべきだな」

「…アリアは必要ないと思っている」

「必要か不要かどう考えるかは本人の自由だから良いけどね。でも集団で行動しなきゃいけなくなると自分だけの考えで動く訳にはいかなくなるんだよ。余程、自分以外の周りの人間が人形でもない限りね」

 長い事、人を纏めて動くと言う事をしてきたベンの台詞には実感が篭っている。

 けれど、

「違う」

「ん?」

「人形は私たち」

 リリアの言葉にベンは息をのむ。

 そして怒りを覚えた。彼女たちへでは無い。彼女たちをこうしてしまった要因にだ。

「人形は与えられた役割をこなす以外に意味は無い。私もアリアもそう思って…」

「そうやって考えて思う事が出来るのは人間だからだ。それが出来る君たちは人形じゃあない」

 ベンは断言する。リリアの緑色の目を正面から見据え逸らさない。

 微かにリリアの瞳が揺れた。その瞳の揺れにベンは感情の片鱗を感じた。

 そうだ。彼女たちは人形などでは無いのだ。

 初めて相対したあの雪山で見た光の映らない瞳では無い。

 確かな感情を持つ人間なのだ。

「…それでも私たちはまだ人形」

 けれどリリアは顔を伏せてそう呟いた。スッと再び顔を上げた時にはもう瞳の揺れはどこにも見えなかった。その視線の先にはアリアがリリアを探している姿があった。

「私とアリアは一心同体。アリアが人形なら私も人形」

「リリア…君は……」

 ベンの言葉を遮る様にリリアは首を横に振る。

「アリアが来たから帰る」

 そうとだけ告げてリリアは立ち上がり去って行った。その後ろ姿をベンは辛そうに見つめながら嘆息した。

「人形か。まだそう思っているのか…」

 そんな予感はあった。この艦で再会してから、いや初めて出会ったあの時から今まで心の中にあった不安。

 生まれた時から引き金を引く事しか教えられてこなかった少女は、それ以外で生きる事は出来るのかと。その不安は的中してしまっていた。

 ベンは壁に背を預けてアリアたちと出会った時の事を回想した。

 

 4年前、ある研究機関による遺伝子違法研究が発覚した。それは違法な遺伝子研究の中でも特に罪の重い、模造人間の研究だった。模造人間は単に人を生成するのと違い、遺伝子そのものを組み替えて目的を持て造られる。

 容姿も性格も何もかも自由自在にだ。見目麗しく従順な愛玩動物の様に人間も淡々と危険地帯で己の命を無視して作業できる人間も、そして優れたる軍人も造り出す事が可能なのだ。違法研究が発覚してすぐに星間連合の最高裁判所より星間連合軍へ強制調査の命令が下った。これは軍隊を導入してでも調査する、抵抗があれば暴力も辞さないと言う意味だった。それほどまでに今日において人の遺伝子を使った違法な研究や実験は禁忌とされた物なのだ。研究機関はこれに反発し私設兵団を用いて抵抗を行った。

 星間連合軍は即時に特殊白兵戦部隊を派遣、僅か2ヶ月で惑星全土にある研究機関の全てを制圧した。初めから穏便に、発覚した時点で諦めて降伏していれば特殊部隊の派遣など無かったのにとは星間連合軍の軍人なら誰しも思う所だった。

 当時、特殊白兵戦部隊に所属していたベンも同じ気持ちだった。そして早く降伏してくれないかとあの雪山でずっと思っていた。

 殆んどの施設を制圧し残ったのは雪山の奥深くに建設された研究施設のみ。だがその研究施設を制圧するのに特殊部隊は1ヶ月もの時間を要した。

 軍事目的に造られた最高の兵隊。星間連合軍が誇る最大の特殊白兵戦部隊とはいえその相手には苦戦した。

 中でも特に針の穴を通す様な超精密狙撃。誰もがあの時恐れた研究機関の狙撃手。

 その正体を知った時、誰もが怒りと悲しみを覚えた幼き少女。

 アリアだった。

 ファミリー・ネームも無くただ<詠唱(アリア)>と単語だけで呼ばれていた少女。

 ベンは今でもあの時の光景を思い出す事がある。

 真っ白な雪の上で身の丈をはるかに超える狙撃銃を抱えた小さな少女。その目はまるでガラス玉の様な無機質な光しか宿っていなかった。その額にベンが銃口を突き付けた時でさえガラス玉の瞳は揺らぐ事は無かった。

 多分、あの時の彼女は死ぬ意味も殺される理由も分かっていなかった。

 考える事も疑問を持つ事もなく引き金を引いていただけ。

 模造人間がどうして禁じられているのかベンはその時理解した。

 人が人の手でここまで悲しい生き物を作れてしまうからだと。

 ベンはアリアの額を撃ち抜く事は出来なかった。

 アリアが研究所に居たリリアと共にどこかへ連れて行かれた後、ベンは彼女たちが史上最年少の推薦制度による兵士になったのを知った。

 初めから軍の上層部は違法とは言え、最高峰の兵士たちを手に入れるために強制手段に至ったのだろうかそんな疑念が過った。

 史上最年少の狙撃手の話題は何処に行っても耳に入った。

 入隊して1年も経たずして彼女の弾丸によって撃ち落とされた帝国兵の数は3桁に近いと言う。その中には帝国の精鋭騎士もいる。そのうちに専用の双腕肢乗機が用意され、彼女は戦場を転々とした。


 ベンは彼女の戦績を聞くたびに物憂げに溜息をついた。

 引き金を引くためだけに生み出された少女。出来る事ならその運命から解放されて欲しかった。単なる自分のエゴだという事は分かっている。けれど幼い子が銃を持っている姿を見ると軍人として居た堪れない気持ちになる。

 昔、内戦の続く惑星の写真を見た。当時、幼年学校(エレメンタリースクール)にまだ通う年頃だったベンはその写真に写る自分と変わらない年頃、もしくは自分よりも年下の子供たちが銃を持っている姿に衝撃を受けた。いやそれ以上に彼らの目に驚いた。

 幼いながらにも分かった。

 彼らの瞳には光は無い。だが絶望に染まっているわけでもない。

 虚ろでもない。だが希望に輝いているわけでもない。

 銃を持って戦う事が当り前の事だとも何とも思っていない。自らの境遇に悲嘆しているわけでもなければ何か使命を帯びているわけでもない。

 銃を持つ事、それは写真に写る少年兵たちにとって生活の一部だった。

 息をするのと同じく、食事をするのと同じく、眠るのと同じくらい彼らにとって戦う事は日常生活の一部だった。

「僕たちは不幸な子なの?」

 撮影者の質問に対して彼らは答えた。

 ベンはその言葉に胸が刺されるという感情を生まれて初めて抱いた。

「だったらアンタに何が出来るか考えなさいよ」

 4つ年上の姉はその頃から口調がシビアで幼い弟の悩みを一刀両断で片付けた。

 ベンは考えた。しかし子供のベンが大人でも解決できない事を解決する方法を思い浮かべる事が出来るはずもなかった。

 だからベンは取り敢えず大人になる事を決めた。

 しっかり食べて運動し、苦手な勉強も頑張った。

 そして進学する際に決めた。

「子供が銃を持って戦う世界なんてあって欲しくない。世界がずっと平和だったらそれが一番かもしれないけど、それは無理だと思う。でも平和になる為に、彼らの代わりに俺が銃を持つ事は出来ると思うんだ」

「だから軍人になるのか?」

「本当にそれで解決になるかなんて俺には分からないよ。でもやってみなきゃ分からないし…もうこう言う世界があるんだって知っちゃうと見ない振りをしている事は出来ないんだ」

 姉のフランが軍事関連の研究機関に入り更には長男までもが軍人になると言いだして両親は最初、渋ったがベンの固い決意に折れてベンの進路を承諾した。

 ベンはその後、近隣の軍学校に入り歩兵科を選択、そこそこの成績で卒業すると前線任務に当たる様になった。

 決意を胸に軍人になったまでは良いがやはりそう簡単には現実は変わらない。

 彼1人が奮闘したからと言って銃を握る少年兵の数が減った訳ではない。何年も軍人をやり現実を見て十分に分かりはした。けれど軍人を辞めるつもりは無かった。

「確かに君1人がどうこうしようと現実はそう簡単には動かないね。だからと言って何もしなければそれこそ変わりはしない。君が少年兵を少しでも減らしたいと1歩踏み出した事は途轍もなく大きな世界の中のほんの小さな<1>でしかないかもしれないけど、思いはして動かなければそれは世界の中でただの<0>でしかない。<1>と<0>とじゃあ大きさは全然違う。無駄な努力だろうとやるのとやらないとでは周りに当てる影響ってのは違う。私はね、そんな僅かな<1>の可能性でも価値はあると考えている」

 ベンの思いを無駄ではないと言ってくれた士官がいた。ベンはその言葉に感謝したし、自分の決意を無駄だと思う事がなくなった。


 アリアの活躍を聞くたびに物憂げになってもベンの決意は変わることなく、あの日の雪原から数年が過ぎた後にベンとアリアはシルバー・ファング号で再会する事になった。

 記憶の彼女たちよりも背が伸び成長していたが、瞳の色はまだ何処かガラス玉のように見えた。

 ベンの決意。それでも現実が変わらなかった結果。

 けれどベンは自分の決意を否定する事は無かった。

 いつの日か、写真で見た少年兵が1人でも銃を降ろしてくれる事を願って。


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