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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第2章 命と覚悟
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第9話 終わらない葛藤

「了解しました。我々はこのままバルバスに戻ります。後の事はよろしくお願いいたします。えぇそのように伝えておきます。では」

 ケインズは形式通りの敬礼を通信の向こうに返し椅子に座りなおした。何時もの様に飄々と、とはいかず渋い顔で通信に臨まざるをえなかった。そして通信を終えて尚、表情は戻らず、けれど力だけが抜けた。その途端に疲労感がこみ上げてきてケインズはそれを吐き出すように溜息をついた。

 そんなケインズの前にそっとカップが差しだされる。

「お疲れ様です、艦長」

「おや?珍しい事もある物だねぇマイカ君」

 何でも無い様に無理をしてニヤニヤと笑ってみせるとマイカはこれまた珍しい事に困った様な笑みを浮かべて肩をすくめてみせた。

「気のきかない堅物なだけではありませんから」

「大変結構。肩の力は抜いておくのが一番だよ」

「艦長は力を抜き過ぎです」

 ケインズは聞こえない振りをしてカップを手に取った。コーヒーの苦みが口に広がり疲れた頭を少し覚ました。

 ケインズもマイカも何も喋らない。時間にしてみれば3分にも満たない間だがその沈黙は重く感じられた。

「艦長。第9艦隊は?」

大斧槍(ハルバード)級宇宙戦艦1隻が中破、航行も修理も不能でクルーを退避させた後で爆破したそうだ。後の2隻も損傷はあるが問題はないらしい。むしろ短剣(ダガー)級駆逐艦2隻を失ったのが痛いだろうね。脱出できたクルーは…少ないだろう。双腕肢乗機小隊に至っては1機を残して壊滅」

「……」

 沈痛な面持ちでマイカは俯く。入念な準備をして挑んでおきながらこの有り様。海賊が出ても大丈夫だろうなどと考えていた昨日の自分を殴りつけたいくらいだ。

 ケインズも似た様な表情だ。決して油断していた訳でも気を抜いていたわけでもない。何であれ絶対と言う物は存在しないのは分かっている。想定外と言うのは存在しないと以前に口走っておきながら予想もしていなかった事に驚いてしまった。

「いや…帝国が関わっているだろうと分かった時点で考えておくべきだったか」

「しかし相手は海賊です。何某かの関わりがあったとしてもこれほどまでとは思いません」

 ケインズの自責をマイカは首を振って否定する。

「常に最悪の状況を考えておくのも艦長の務めだよ。とは言え、驚かされたけどね」

 ケインズはコーヒーを飲み干すと背もたれに体重をかけた。

「まさか援軍が出てくるとはねぇ」

 

 当初の情報では海賊側の戦力は母艦1隻に護衛艦が3隻、民間の宇宙船を改造しているだけなので戦闘能力で言えばこちらとは比較にならないほどに乏しい。問題となっていた海賊の双腕肢乗機も3個小隊で、その戦闘力に見通しの甘さはあった。しかしこれもほぼ撃破。そのまま母艦へ奇襲をかけようとケインズはシルバー・ファング号を前進させた。

 その時だった。シルバー・ファング号とは逆の、敵右翼側から奇襲を仕掛けていた駆逐艦が撃沈したとの報告が上がってきたのだ。更に後方から3隻の海賊の護衛艦が出現。

 事前までレーダーなどには反応せず突如現れたように見えた。これにより一時的に味方側に混乱が起き、もう1隻の駆逐艦も沈められた。ケインズは体勢を立て直すべくロイ達を呼び戻そうとしたがロイ達の周囲に通信妨害が施されそれも出来なかった。

 この時点でケインズはこの作戦の失敗を悟った。ケインズはシルバー・ファング号を第9艦隊と合流させまずは艦隊の体勢を立て直した。第9艦隊も作戦の続行を不可能と判断し如何に撤退するかと言う話になった。ケインズはすぐに案を提示した。艦のクルーたちからは反対意見も出たがケインズはそれを実行した。

 結果的にはそれは成功し、海賊たちを退かせる事になったが、

「艦首の様子は?」

「冷却は終了したそうです。ただ破損個所が多く、もう使えないだろうと」

「またドッグ入りだねぇ。ま、事情が事情なだけに仕方ないか」

 むしろ艦に無茶をさせた事でこの艦の設計者であるフランと機関室のガルド・ヴァハクのこの後の反応が怖い。先程から2人のメールが引っ切り無しにケインズの所に届いているが怖くてまだ開けていない。

「さて…今回の作戦、何が問題だったかおさらいしてみようか」

「情報不足だったとしか言えません」

 その通りとケインズは頷いた。当初、ケインズたちにもたらされた情報によると敵の戦力は母艦1隻に護衛艦3隻、双腕肢乗機が3個小隊だった。それが最終的にはほぼ倍の数となり奇襲をかけるはずのこちらが逆に奇襲を受ける形になってしまった。

「しかし数を考えると海賊が所有するにしては大規模だ」

「はい。これほどの数を所有している海賊がバルバス近辺にいるとは思いませんでした。もっと早期に発見し討伐を実行されていてもおかしくないのですが」

 敵の数が多くなればその分だけ危険度も上がるが、行動を隠すのは難しくなる。また事前に情報は分かっていたけどケインズたちに伝えられなかったとも考えられない。そんなもの自殺行為に他ならないのだから。

「これほど数を揃えられていたのに気付けなかった。隠ぺい工作をされてその情報が掴めなかったという事は…」

「隠ぺい工作をしたのが余程、腕の立つ専門家だったか。例えば帝国の騎士団とか」

 ケインズはその心当たりにざっと10名ばかし名のある帝国軍人を思い浮かべた。確証には至らなかったが脳裏にチラリと銀色の髪が浮かんだ。

「証拠は出ないだろうね。首都惑星バルバスの懐でこれだけの戦力を整えて見せたんだ。帝国の仕業ですとは言わせないだろう」

「しかし例の<路>の事も考えますと近辺に帝国の艦がいないとも断言できません。上層部に知らせた方が良いのでは?」

「<路>の事も?」

「それは…」

 マイカは口ごもって視線をそらす。第1級の守秘義務が課せられた件の<王家の路>、仮に近辺に帝国の艦がいる可能性を伝えなければならないとしたらその<路>に関しても言わなければならなくなるだろう。

「上層部には私から抗議しておくよ」

「抗議ですか?」

「あぁ。情報不足とその原因の私的考えをね」

「…成程」

 マイカは頷いた。公的には<路>の存在を知らしめる訳にはいかない。だがあくまで私見として<こんな隠ぺい工作ができるのは帝国騎士団くらいでは?>と言う分には<路>の存在を公にすることなく、帝国の艦が近くに居るかもしれない程度には思ってもらえる。尤も証拠はないのでただの私見だと切り捨てられかねないが。

「報告してからの上層部の動きに合わせてこの後は行動するしかないね。マイカ君は他に何か気になる事はあるかい?」

 ケインズが尋ねるとマイカは少し眉を下げた。

「気になる報告が1つと……困った事が」

「1つずつ聞こうか。前者から」

 マイカは空間ウィンドウを開きロイから上げられてきた報告書をケインズに渡す。それに目を通してケインズは顔を顰めた。

「ふーん…謎の戦艦ねぇ。ロイっぽくないなぁ。こんな感じで報告書だけ上げてくるなんて」

 普段だったら自分の所に乗り込んで来て身振り手振りでその脅威を語っただろう。報告書に書かれている内容が事実ならば。

「姿を突然表した戦艦ですがシルバー・ファング号では一切その情報を察知できていません。詳しい説明をスタッグ大尉に聞かなければなりませんが…」

 マイカはそこで言葉を濁してもう1つ報告書をケインズに回した。

 報告書を上げてきたのは同じくロイだ。戦闘内容の報告書なら1つにまとめて送ってくればいいのにとケインズは思ったがその中身を読んで、

「…あー」

 これは纏めては送れないなと思った。前者は今後の調査のために星間連合軍の本部にも提出しなければならない。だが後者のこれは、

「何やっているんだあの子は」

「艦長、これは明らかに問題行為です。本部に提出すれば軍法会議も」

「ありえるね。けど彼女の経緯からすると有耶無耶になる可能性もある」

 能ある者に貴賎を問わず出自を問わず。実力主義を重んじる星間連合軍において彼女は一定以上の戦果を上げている。その力を惜しいと思われてしまえば、

「余計な火種を生みかねないね。マイカ君、この件に関しては内々に処理するからそのつもりで」

「……分かりました」

 マイカもうっすらそう思っていたので不承不承といった感じで頷いた。

 彼女の方はそれでいいとしてケインズは思わずこめかみを押さえた。

「彼の方はどうするかだね」

 巻き込んだ手前、無視するのも情が許さなかった。ケインズは積み上げられた問題に溜息をついた。


 平手打ちなんて生易しいものでは無かった。

 握った拳で割かし本気な一発。普通だったら自分の息子とそう歳が変わらない少女に振るう様なものでは無かった。

 けれどロイには振るわなければならない理由があった。

「どう言うつもりだアリア?」

 殴られて横を向いた顔をアリアは前に戻し逆に問う。

「どう、とは?」

「とぼけなさんな。戦闘中にお前が少年にした振る舞いだよ」

 頬が若干赤くなっているにも拘らず倒れるどころかよろめく事もしなかったアリアを見てロイは獰猛な笑みを浮かべる。

「お前、少年を焚き付けたな?言葉じゃなく銃口で。そうじゃなきゃあの時の少年が自発的に前に出てくるとは考えられないよ」

「……」

 アリアは何も言わない。だがその目が証拠はあるのかと問いかけている。

 ロイは無いだろうなと心中で呟いた。通信を使った形跡はない。恐らく狙撃の邪魔になるからと言った理由で敵味方識別装置(IFF)や自動照準機能はカットしているだろう。狙撃銃の動きは全てアリアによるもの。その動きの中で偶然にも射線上に少し味方が入ってしまっただけで撃つつもりはない。機械では無いのだから狙いを点ける時に誤差が出てしまっただけだ。そう彼女は主張するだろう。現にアリアの弾丸はヴァルキリーには被弾していない。そのギリギリを飛んでいったとしても戦場での事だ。よくある事で片付けられてしまう可能性もある。

 きっとそうだろうなと思いロイは嘆息した。

「少年のフォローは確かに任せた。けどなそれはこんな無茶をさせるためじゃないぞ」

「……何を言っているのか分からない。無茶とは?」

 アリアは小首を傾げる。その表情には一切の色も見えない。全く気にしていないと言う事だ。ロイはぐしゃぐしゃと頭を掻き毟り、

「ど新兵を脅しつけて前線に追い込むのが無茶じゃないとお前は言うのかよ」

「……それはおかしい。前にも似た様な事はしている」

 まぁなとロイは頷いた。

 ダーナ帝国軍から襲撃を受けた際、確かにフィオを前線へ囮として出した事はあった。

 だが、

「この前までは…この前までとは事情が違うんだよ」


 マイカは2杯目のコーヒーをケインズに差し出しながら尋ねた。

「違うとは具体的にどう言う事でしょうか?」

「んー…ランスター君はさ、前に都合2回ヴァルキリーに乗っているよね」

「はい」

「1度目は工場惑星でダーナ帝国に襲われた時。自分を命の危険から守るためにヴァルキリーを動かした。まだこの時は戦闘と言う考えなんて微塵も無かっただろうね」

 あくまで自分の為で自分が生き残るため。その時のフィオにしてみればあそこで生き残れればその後はヴァルキリーとの縁は無いと思っていただろう。

「2回目。これも逃げるだけだったからランスター君も囮役を受けた。まぁ結局、ちょっと戦闘になってしまったけど」

 マイカは精鋭騎士(エース)との戦闘がちょっとした戦闘だとは思わなかったが野暮な事だと思い口に出さなかった。

「そのどちらでも彼の目的は逃げる事だった。戦闘を望んでいなかった。考える余裕も無かっただろうしね、戦うと言う意味すら」

「それは…」

 マイカは言葉を濁す。

「だけど意識しなかった訳ではないだろう。1度目よりも2度目、回数を重ねて命のやり取りを感じて思う所も出来て…けどそれを割り切る前に戦場に出なければならなくなって今日、初めて人を殺した」

 カップを持ち上げ口を点けるでもなくただ中を覗き込むケインズ。黒い液体にボンヤリと自分の姿が映る。その顔は少し自嘲気味に歪んでいた。気付かないうちに表情が動いていたようだ。理由は考えるまでも無い。

 フィオを星間連合軍に引きいれたのは自分の策略で彼に人を殺すという苦悩を味あわせた原因を造ったのも自分に一因があると言える。

 そんな自分がまさか、人並みに彼の事を気にかけ心配しているとでも言うのか。

 ありえない。彼を軍属(このせかい)に引きいれた事を後悔する事は無いし彼がどんな苦悩をしようとも手放すつもりはない。フィオの才能はそれだけ魅力的であり戦力だ。

 だからケインズは思う。

 その苦悩も何もかも全て自分に擦り付けてしまえば良いのにと。

 それだけの事をしたつもりだしその位の覚悟はケインズにはあった。

「本当に…どうしたものかねぇ」

 明確な解決案を出せないままケインズは苦いコーヒーと飲み干した。


 耳に残る断末魔。

 それはただの叫び声では無い。最後の瞬間、その時の感情をそのままに全て語らいかける叫びだ。まるでフィオの耳に住みついたかのように何時までも何時までもその断末魔はフィオに語らいかける。

苦しみと絶望を。後悔と無念を。痛みと息苦しさを。

そしてその叫びが否応なしにフィオに教える。

嘘ではないのだと。事実なのだと。

「う、うぅ……」

 この手で人を殺めたのだと叫び声が告げる。

 その語りから逃れる様にフィオは頭を抱え小さく蹲る。

「誰か…」

 心の中で黒い何かが蠢く。

「どうしたら……」

 それに名前を付けるとしたら1つしかない。

恐怖、そのたった一言だ。


 罪悪感に押し潰される。耐えきれない。

 当然だ。彼はまだ少年。子供だ。

 たった15年の生の中でこの世の全ての事に対して割り切ったり答えを出せるほど、世の中は甘くない。目の前の壁をすぐに越えられるほど強くは無いのだ。

 けれどそれをどうして責められる。誰がそれを虐げる事が出来る。

けして誰もが戦場で戦える訳ではない。誰もが戦場だからという理由で割り切って人を殺められる訳ではない。人には感情がある。その感情から生まれる思いや意志は人の数だけ存在する。

 それをたった一括りの言葉で従わせ納得させるのは傲慢だ。たとえそれがどんなに正しい事だろうとどんなに理の通った話だろうと人はそれだけでは生きられない。

 それをエゴだ感情論だと罵る人もいるだろう。だが人は感情を捨て去る事は出来ず、それと向き合うことを忘れてしまっては最早、人は機械と同じだ。

「……」

 感情。それは人の心の内にでしか生成されずその本当の形は他人の目には見えない、ましてや触れる事は出来ない。感情も感情から生まれた何もかも結局はその個人が向き合って解決を導かなければならない。


「―フィオさん?」

 けれども答えを導くだけが全ての方法とは限らない。

 解決を導く方法、その助けと言うのも必要とされる。それは助けを求める側である個人では為し得られない。為し得るのはたった一つ。自分以外の誰かだ。


 暗い部屋の中に光が差す。扉が開かれそこには1人の少女が立っていた。

 銀髪の少女、エルム。

 開かれた扉はすぐに閉まり光がまた遮られる。そんな暗い部屋の中でも彼女の髪の色は目立ち、よく映える。

「フィオさん」

 暗闇の中、エルムは静かにフィオへと近づいて来る。

 エルムの気配に気付いているにも拘らずフィオは身じろぎ一つしない。

 今の自分の姿を見られたくなかった。悩み、落ち込み、沈んだ様子の自分はとても惨めだった。同時に助けられたいと言う思いもあった。今の自分から救い出してほしいと勝手な願いを持ってしまった。

 矛盾する思い。それがフィオの動きを止めていた。

「フィオさん」

 動けないフィオに逆にエルムは少しずつ近づいて来る。

 それでもフィオは応えない。

「フィオさん」

 応えないフィオに代わりエルムはフィオの名前を呼び続ける。

 助けて欲しい。けれど身体が動かない。

 身体が一つも言う事を聞かない。

「フィオさん」

 エルムはそっとフィオの頭に手を置いた。

 フィオの手よりずっと小さくて華奢な手。けれど確かな温もりがそこにはあった。

「フィオさん」

 温もりに触れようやくフィオは顔を上げる事が出来た。目の前に居る、少女の顔を見たくて身体がやっと言う事を聞いてくれた。

顔を上げた先でエルムは優しく微笑んでいた。

「フィオさん」

 フィオの身体がゆっくり傾く。背中にまわされたエルムの手がフィオの身体を抱き寄せた。そしてエルムはフィオの耳元でそっと囁く。

「私はここに居ます。フィオさんが辛い時や苦しい時、私が側に居ます。だから私が側に居る時は我慢しないで下さい。我慢して我慢して耐えるだけじゃなくて、本当に我慢できる時だけ我慢して後は外に捨てちゃって下さい。捨ててしまう分は、私が支えます」

 フィオの内側に生じる悩みや葛藤は外側に居るエルムには見る事も触れることも出来ない。けれど助ける事は出来る。助けられたいと願われるなら手を差し出す事は出来る。身体が震えると言うのならその震えが止まるまで抱きしめる事は出来る。立ち向かって倒れそうになったら背中を支えてあげる事も出来る。

「あ…うぁ……」

 フィオの中で黒い靄が晴れていく。

 青くなっていた頬に血の気が戻り、同時に視界が少し歪んだ。

 それが自分の涙だと気付くのに時間はかからなかった。


 泣いた。初めてではないかと言うくらいに全力で泣いた。

 その涙の訳が何だったのかフィオにも分からない。

 初めて人を殺してしまったことへの恐怖だったのか。それともエルムの優しさに感化されたからなのか。

 どれとも言えるしどれだと断言は出来なかった。人の感情はそう単純には出来ていなくてとても脆い。

 簡単に割り切って考えられるもので無くて、だからこそ簡単に割り切ってしまってはいけない、もっと考え悩まなければ到底、答えなど出ないものなのだと。

 泣き疲れて薄れていく意識の中でフィオはそんな風に思った。


 目を覚ますとそこはまだエルムの腕の中だった。優しく抱きしめられるがまま、眠りについてしまったようだ。

 微かに聞こえる寝息を耳にし、顔を少しずらしてみればそこにはエルムの寝顔があった。

 長い睫毛が静かに閉じられ、吐息が聞こえるたびに小さく胸が上下する。

 寝息が髪にかかる度にむず痒い感覚に苛まれるがそれが嫌だとは思えなかった。ただ流石に何時までもこの体勢でいるのは恥ずかしい。エルムの腕の中から出ようと身体を捻るが服を掴まれていてどうにもならない。フィオは諦めて彼女が目覚めるまで待つ事にした。

「……」

 フィオは眠りに着く前の事を思い出した。

 悩みは消えない。葛藤も消えていない。

 けれど一つだけフィオの中で変わったものがあった。きっとそれがまだ未熟な自分が決められるたった一つの事なんだとフィオは拳を握りしめた。自然と体が緊張し強張る。その変化に反応してかエルムが身動ぎする。起こしてしまったかと顔を窺えば変わりなく安らかな寝顔だ。その事にホッとしながらもフィオはエルムの顔をじっと見つめる。

 大切なことを決めさせてくれた彼女。

 温かく包んでくれた彼女。

 彼女との出会いから色んな事があった。全ての始まりだと言っても過言ではない。

 初めは戸惑った。何せ記憶喪失で身元が分からない謎の少女。お人よしなロンド夫婦に拾われてなし崩し的にフィオも世話を焼くようになった。情が移ったのか他人とは思えなくなってきた頃、彼女をステーションへ連れていく事になった。

 そしてあのテロ事件。巻き込まれてヴァルキリーを狙われたあの時。操縦席の後ろに居た彼女をフィオは守らなければと思った。

 何とか乗り切ったと思えば今度は連合軍に連れていかれる始末。転げ落ちる様にしてフィオの人生が変わっていく。それでも気付けば彼女はそこに居て何時も笑っていた。

 大事な時にはしっかりと自分の意思を言葉にしていた。自分とそう変わらない年であるのにその言葉は心に残った。

 大事な作戦を任された時、彼女から貰った言葉。信じている。その言葉はとても重かった。けれどなにより嬉しかった。あの時は気付けなかったけど、今思い返せば確かに嬉しかったのだ。それが如何してかなんて考えるまでも無い事だ。

「あぁ…畜生……」

 15年生きて来てこんなにも悩みが多いのは初めての事だ。

 けどたった今、一つ増えた悩みは気付いてしまったら答えは簡単に出てしまった。

 気付いていなかっただけで本当はずっと前から分かっていた事だろうに。

「……」

 エルムが寝ていて本当に良かった。今の自分の顔は到底、見せられない。

 先程とはまた違って意味で見せられない。

 こんな真っ赤に染まった顔なんて。


 あぁ気付けば簡単だった。

 フィオ・ランスターはエルム・リュンネに恋をしている。



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