第8話 海賊退治③
黒い宇宙の中を4つの機影が走る。まず白い光はフィオが駆るヴァルキリー、そしてその前を走る3本の光はロイ達が乗るS2-27だ。
『よぉーし。そんじゃあ割り振り確認するぞ』
通信越しにロイはそう言った。
『前衛は俺とアイザー、アリアは後方から援護な』
『了解』
『…ん』
フレデリックとアリアがロイの言葉に頷き同意を示す。
『そんで少年。お前さんは後方で待機だ』
「え…?待機って……」
『はっきり言って少年の様なペーペーの新兵をいきなり前線に突っ込んで役に立つとは思っていないよ。今日の所は…ま、戦場の空気でも感じてくれればそれでいいさ』
気軽な調子でロイは肩を竦めてみせる。
『勿論、後方だからって安全って訳じゃない。そこだけは勘違いしないでくれよ』
「……分かった」
フィオはとりあえずそう答えて頷いて見せた。
その様子にロイは少し眉を顰めながらも眼窩に迫りくる戦場に意識を置き、
『アイザー!!蹴散らすからついて来いよ!!』
『了解!!』
2人はアクティブ・スラスターを一気に吹かせる。
既に戦闘は開始されており、横合いから現れたロイ達に海賊たちは浮足立つ。
その隙を逃さずロイはマシンガンを撃ち放った。
直撃すれば装甲の厚いダーナ帝国の双腕肢乗機、デュランダルですら穴をあける事の出来る弾丸は、
『おいおい!!マジかよっ!!』
かわされてしまった。照準がずれていた訳ではない。むしろ何時もの手応え通りなら捉えていたとロイは感じていた。それがかわされてしまったのはつまり―
『こいつら…!!速い!!』
フレデリックが叫ぶ。
そう速いのだ。その速さに味方の第9艦隊も戸惑っている。攻めあぐねている様で戦線は膠着していた。
『撃ち続けろ!!接近されては敵わんぞ!!』
通信越しに第9艦隊の双腕肢乗機―形状から見て隊長機だ―から怒鳴り声が響く。事前の情報通りなら3個小隊投入されている筈だが、
『おいおいおい……もう1個小隊足りないぞ』
『言うな!!分かっている!!我々の落ち度だ!!だから敢えて言う!!接近されるな!!あの鋏は予想以上に厄介だ!!』
無数に放たれる弾丸をすり抜けて海賊たちの双腕肢乗機が1機のS2-27に狙いを定めその鋏を繰り出してきた。回避しきれないと判断して操縦者はシールドを兼ねているアクティブ・スラスターで防御しようとしたが、
『バカ野郎!!防ぐな!!』
隊長機の男が警告を発した。
だがその言葉は遅かった。堅固な装甲を誇るはずのアクティブ・スラスターは双つの刃に挟まれた途端に火花を上げて切り裂かれた。
辛うじて直前でアクティブ・スラスターを切り離したそのS2-27は本体まで切り裂かれると言う事態は避けられたが機動力は大きく削がれた。
そこへ迫るもう片方の鋏。それがS2-27を捕らえようとした次の瞬間、
『――っ』
海賊の双腕肢乗機はビクンと機体を震わして動きを止めた。その腕にはピックの付いたワイヤーが突き刺さっている。
『今の内に下がりな。サブスラスターでならまだ動けるだろ?』
『恩に着ます!!』
アクティブ・スラスターを失ったS2-27は後退していく。ロイはヤレヤレと呟き、
『コイツは思ったより厄介だな!!』
ワイヤーガンを切り離し自分に迫りくる敵機に対して弾丸を見舞う。敵はそれを回避して大きく旋回する。ロイもそれに合わせて敵機を追うが、その後ろを取る様にして別の敵機が急襲する。そしてロイを切り裂こうとして―
次の瞬間には爆散した。
動揺が敵に走る。無理も無い。全く攻撃の瞬間を予期できなかったのだから。排出された薬莢を見てロイは口笛を吹く。
『流石……この短時間でもう動きを見切ったか』
電磁投射砲の冷却を行いながらアリアはじっと敵を見つめていた。
敵の動きは確かに速い。しかし人がその機体を動かす以上、そこに癖や動きの一連性が生じる。<狙撃の天才>であるアリアはそれらを読み取り、そこから相手の動きを脳内でシミュレートする。
結果、当たるとは本人談。言うだけなら簡単、しかしそんなこと出来る人間は限られている。大したこと無い様に語る彼女にロイは何時も乾いた笑みしか浮かべられない。
アリアは引き金を引いた。高圧電流によって磁力を帯びた砲身が弾丸を放つ。摩擦抵抗の無い宇宙空間では実体弾の威力は大きい。ビーム兵器には劣るが電磁投射砲は光速に近い速さで弾丸を放つ。そして込められた速度はそのまま凶暴な牙となって敵を穿つ。
また1機、アリアの手によって敵機が仕留められた。
それを傍らで見ていたフィオは思わず唾を飲み込み、
「すげぇ……」
そうとしか言えなかった。
「辛うじて眼で動きが追えるけど、あんな速さで動く奴等に当てるとか絶対無理だ……」
それが且つ長距離射撃となれば。フィオは改めてアリアが狙撃の天才であると言う事を思い知った。
しかし何気なく呟いたがもしもフィオの言葉を誰かが聞いていたらそっちの方が驚くだろう。
目で追える。それは言葉にするのは簡単だがそれが出来るかと言えば、この場ではフィオ以外には皆無だった。
星間連合軍の主力機であるS2-27を大きく上回る速さを持ち、マシンガンの弾丸をもかわす事の出来る海賊たちの双腕肢乗機。
ロイやフレデリック、アリアだって動きそのものが見えている訳ではない。レーダーやメインOSによる軌道予測、その他諸々のシステムを駆使して動きを追っているのだ。
だがフィオは違う。フィオは機械に頼らずその目で確かに敵の動きを掴んでいた。
それを可能にしているのが動体視力。相手がどんなに素早くそして複雑な機動を行ったとしてもフィオの目から逃れることはできない。
先の<黒翼>ことカラスとの戦いでも見せたその能力。双腕肢乗機乗りとして必要な要素を兼ね備えた彼はまだ自分の能力に気付いていない。
驕らない事は良い事だ。しかし自分の能力を把握できていないのも問題だ。
現にフィオは自分の異常なまでの動体視力に気付いておらずそれが誰でも当り前だと思っている節がある。
『これで』
ロイとフレデリックが囲むようにしてマシンガンを放ち退路を塞ぐとアリアはすかさず電磁投射砲でその敵を射抜く。
『終わりだっ!!』
最後の一機となった敵は背を向け後退しようとするがそこを第9艦隊のS2-27が集中砲火で撃墜する。
『このまま敵の母艦まで行って暴れまわって来るつもりだが……着いて来れそうか?』
『……こちらは6機中4機が行動に支障をきたす損害を受けている。4機を離脱させ残りの私ともう1機、この2機でそちらの指揮下に入ろうと思う』
ロイは軽く目を見張った。
『……了解。よけいな見栄を張る様なタイプで無くて助かるよ』
『一言余計だ』
ロイと通信をしていた隊長機の男は鼻を一つ鳴らし損傷している部下たちに退避を命じる。
踵を返して退避する4機のS2-27。その姿はすぐに見えなくなった。
降り注いだ幾つものビームの残光によって。
『何っ!!』
隊長機がセンサーを攻撃が来た方向に向ける。しかし彼もまたその目で確かめる間もなくビームの光に呑まれ爆散した。
『何処からだ!!』
ビームの雨を免れたロイが叫ぶ。その言葉にアリアは静かに右腕の電磁投射砲を動かし、
『あっち』
そう言って指示した方向、そこには1隻の戦艦がいた。
その光景にロイは息を呑んだ。味方が爆散した事よりも思わぬ伏兵がいた事より、ロイの背筋を凍らせる事実がそこにはあった。
『た、隊長』
『どうやら俺だけじゃないようだな』
計器の故障であって欲しかった。だが戸惑うフレデリックの声を聞いてロイは確信と共に恐怖した。
『誰か…あの戦艦に気付いていた奴いるか?』
『…私の眼の錯覚でなければ』
アリアは静かに答える。良く観察すればその表情が何時もより心なしか険しいのに気付いただろう。けれど誰もそんな余裕はなかった。
『攻撃が来る直前まで知覚できる範囲内にあんな戦艦の姿はなかった』
センサーにも映らず、そして人の目にも映らなかった。攻撃後、初めて視線を向けてその存在に気付いた―否、姿を現したのだ。
『ウソだろ…?センサーに引っ掛からない上に姿も見えないってどんだけ高い電子迷彩機能を持っているんだよ!!』
「と言うか何だあの戦艦!!あんな形のなんて見た事無いぞ!?」
突然姿を現したその戦艦の姿にフィオは息を呑んだ。
フィオが言うようにその戦艦の姿はこれまで一度も見た事のない、形容し辛い形をしていた。
尖形の艦首から揺らぐ青い飾り布の様な物。本物の布とは考えられないがその用途は不明。空気の流れが無い宇宙で漂うそれは不気味で不安をあおる。艦の胴体部分には左右にリング状の何か、それが3つずつ縦に並んでいる。
そして不気味故に逆に最後のそれはフィオの眼には浮いて映った。
無骨な四角いコンテナ。それは良く見る一般的な―双腕肢乗機の輸送用コンテナだ。
コンテナが開き中から海賊たちの双腕肢乗機が出てくる。ロイは舌打ちをし、
『考えるのは後だ!!迎撃するぞ!!』
『畜生!!』
フレデリックはそう叫びながらマシンガンを連射する。襲い来る敵機の群れにロイは飛び込みビームブレードでの斬撃を繰り出す。敵機の速度に翻弄されながらもフレデリックの追い込みとロイによる一撃で打ち倒す。
しかし如何せん、数が違った。現れた敵機の数は3個小隊に近い。1機、2機と減らすが次第にロイは押され始めた。その姿にフィオは息を呑み、
「やば…っ!!」
フィオは操縦桿を握りしめる。だが途中で指が止まった。
脳裏に走る葛藤、自分に何ができる、何かをする覚悟があるのか。
叫ぶフィオの悩みが先程の会話を思い出させた。
(怖いなら、怖くても良い。誰しも皆、英雄とかヒーローになれるわけじゃないから。誰しも皆、割り切って生きていける訳じゃないから)
リリアの言葉。
(悩みを抱えた兵士と共には戦えない。その悩みが隙となって味方の命を危険に晒すかもしれない。そんな兵士、邪魔なだけ)
そしてアリアの言葉。
反芻する2人の言葉がフィオの中で混沌と蠢く。
その時、フィオは不意に視線を感じた。宇宙空間ではありえない、ましてや双腕肢乗機の操縦席には自分以外に誰もいないのに。
フィオは視線を感じた方へヴァルキリーのカメラを向けた。
何時の間にだろう。そこにはアリアのS2-27がいた。
アリアの顔は見えないけど、いつも通りの顔で、何を考えているのか分からない顔で、
「……」
黒い銃口が、アリアの電磁投射砲が真っ直ぐと。
「…え」
フィオを捉えていた。
フィオの思考が停止した。目の前の現実を直視できず。
瞬間、フィオを襲う色も音も無い透明な殺意。工場惑星の時に初めて感じたあれとは違う。およそ人が発しているとは思えないまでに感情を感じさせない意志。
矛盾を孕んだその殺意にフィオは声を発せない。
閃光が奔った。光速の弾丸がヴァルキリーを掠める様にして飛んでいく。
それでも尚、フィオは声を発しない。代わりに身体が全身に警戒を促し操縦桿を動かした。少しでもアリアから離れる為に後衛から前衛へと移動する。突然前に出てきたフィオにロイは叫ぶ。
『何してるんだ!!下がってろ!!』
ロイの攻撃をかわし敵の1機がフィオへ接近する。
無防備に前へと出てきたフィオに鋏を突きつけようとした寸前で敵機は軌道を変えた。
亜光速の弾丸がフィオのすぐ傍を奔った。アリアが放った電磁投射砲の弾丸が牽制となり敵機は回避を余儀なくされる。急な回避に敵機の動きが乱れた。ほんの僅かな隙だ。フィオは距離を取ろうとした。だが再び背筋に悪寒が走る。確認するまでも無い。アリアの銃口が自分に向いている。アリアの言葉が思い浮かんだ。
(……邪魔になるようなら私は誰であろうと容赦なく消す)
あの時突き付けられた指先が今、銃口となってフィオに向いている。
それは一瞬の出来事だった。一瞬の中でフィオは、否、フィオの身体は突きつけられた殺意に反応し指先を動かしていた。
ヴァルキリーの右大腿部の収納箇所から短銃身拳銃型光学砲を抜きだしトリガーを引く。連続で打ち出される光弾が隙を見せた敵機の腹を食い破り歪む。
敵機はその自慢の鋏をフィオに向ける間もなく爆散して消えた。
背中の悪寒が消えた。だがフィオにはその事を考える余裕はなかった。
フィオに向けられる敵機の視線。幾つもの敵機がフィオを射抜いた。
その視線にはアリアの物よりも分かり易い、明確な殺意が込められていた。
迫る敵機。ロイとフレデリックが抑え込む。しかしそれをすり抜けて来る。アリアの弾丸が1機を撃墜させた。それでもまだ1機残っている。フィオは左手からビームブレードを展開する。ヴァルキリーの左手で斬り上げ、敵機を正面から両断した。
尚も健在の敵機の群れ。
フィオは肺を大きく震わせた。
「あぁぁぁあああぁぁぁぁー!!」
アクティブ・スラスターを全開、白い機体が一閃となり敵機に向かう。
短銃身拳銃型光学砲から光弾を放つ。光の刃で裂く。
短銃身拳銃型光学砲から光弾を放つ。光の刃で裂く。
短銃身拳銃型光学砲から光弾を放つ。光の刃で裂く。
短銃身拳銃型光学砲から光弾を放つ。光の刃で裂く。
短銃身拳銃型光学砲から光弾を放つ。光の刃で裂く。
幾度繰り返したかフィオは覚えていない。
気付いた時には最後の1機にビームブレードを突き刺していた。胴体を貫いていた。しかし致命傷にはならなかったらしい。最後の力を振り絞ってか敵機は鋏を振り上げた。
『て、テメェだけは…』
機器の故障かそれとも最後の執念をフィオに聞かせる為か、オープンチャンネルで敵機から男の声が聞こえてきた。
『テメェだけはコリョ、』
何かが潰れる音。
真上からアリアの電磁投射砲が操縦席を貫いて止めを刺した。鋏を振り上げたまま敵機は爆散して藻屑となって消えた。
けれど1秒にも満たないそれは確かにフィオの耳へ届いていた。
『いぎゃぁぁぁ…っ!』
紛れも無い断末魔。
鼓膜を突き抜け脳みそに直接刻まれた様な感覚にフィオは悲鳴を上げた。
今更ながらせり上がってきた恐怖と自責の念と迷いがグチャグチャに混じって断末魔がそれを色濃くした。訳の分からない事を叫びながらフィオは操縦席で胃の中の物を戻して喉を掻き毟った。
後の事は良く覚えていない。
ロイ達に引きずられるようにしてシルバー・ファング号に戻されて操縦席から引き下ろされた。そこでフィオの記憶は途切れた。