第6話 海賊退治①
ロンドの襲来。最初はそれに怯えていたがよくよく考えてみれば杞憂だった。
何故ならフィオは星間連合軍の軍人。
正式にシルバー・ファング号に着任してからというもの任務に明け暮れ艦を降りる暇はなく、民間人であるロンドが軍艦であるシルバー・ファング号に乗り込んでくる事は出来ない。
つまりバルバスにたとえやって来たとしてもフィオがシルバー・ファング号に乗り込んでいる限り会う事は出来ない。
「軍人になって良かった……っ!!」
「動機が不純ね」
パイロット・スーツに着替えたフィオの呟きにフランは呆れた顔を見せる。
「ほらさっさと機動実験に移るわよ」
「了解っと……なぁ気になっていたんだけどいいか?」
上官に対してなんだその口は等とフランは言わない。
何せ艦長からしてあんな性格だしそう言ったうるさい事をいうのは副艦長くらいだ。
「なに?」
「確かさこの機体―ヴァルキリーの本当のテストパイロットってバルバスにいるんじゃなかったけか?なんで俺が今もテストパイロットやっているの?」
「あぁその事?」
フランは煙草を咥えて火を点ける。
確かに当初はバルバスに着いたらテストパイロットがいるからそれまでその振りをしてくれと言う事だった。
「それだけどね…本局……あぁ技術開発局って言って兵器関係の開発をしている部署なんだけどそこでヴァルキリーの2号機開発計画が上がってね。そっちに持って行かれちゃったわ」
「は?2号機?」
フランは肩をすくめてみせ、
「予想以上に試験結果が良くてね。予備パーツなんかを使ってもう1機作ってみようかって話になったのよ」
「…で?テストパイロットは?」
「そっちの2号機に持って行かれちゃったって訳。本局からは『もう既にそちらにはパイロットがいるのだからいいだろ』と言うお言葉つきでね」
技術開発局の上層部はフィオが本当にテストパイロットであると信じている。
ケインズが用意した嘘の証言もだが何よりシャルロットの推薦状が上層部を納得させる大きな後押しになった。
「と言う事は俺は今後もこの機体のテストパイロットって事か」
そう言う事とフランは紫煙を吹き出しながら頷いた。
「ま、2号機の開発をするくらいにはヴァルキリーに期待がかけられているって事を意識しなさいよ」
「はいよ」
「と言う訳でさっさと機動事件に入るわよ」
「だから首根っこを掴むな!!」
フィオはフランに首根っこを掴まれヴァルキリーの操縦席に放り込まれる。ブツブツとフィオは文句を言いつつも操縦桿を握り機体を起動させる。
「で?何すればいいんだ?」
『アンタねぇ…スケジュール表は渡したでしょうが。模擬戦よ模擬戦』
「模擬戦……」
フィオの顔が曇る。フランはあえて気付かない振りをして話を進める。
『安心しなさい。本当にただの模擬戦だから』
「相手は?」
『態々聞かなくても分かるでしょ?ウチの小隊メンバーよ』
ヴァルキリーは電磁カタパルトに乗せられるとそのまま射出された。
カタパルトから射出されればそこは真っ暗な宇宙空間。
そこに3機の機影が浮かんでいる。
「………まさかの3対1?」
『そこまで少年を過大評価していないさ。1対1を3セット。負けたら当然、罰ゲームだ』
通信越しにそう答えたのは双腕肢乗機小隊隊長のロイだ。指揮官機用のS2-27は器用な事に腕を組んでいる。
『………』
無言で右腕の電磁投射砲の銃身を畳んだり伸ばしたりしているのはアリア。この前の戦闘でチラリと見たが射撃の腕は確かに一流だった。
『悪いが負けられねぇからな』
「というか負けたら恥ずかしいだろ。お前、先任少尉。俺、新任少尉」
やたらやる気に満ちているフレデリックにフィオは呆れた声で言い返す。
『分かってねぇな……こっちはもう限界なんだよ主に財布の中身が……!!』
「余計恥ずかしいわ」
どうやら罰ゲームの内容は以前と同じく食堂での奢りらしい。血涙を流しかねんばかりのフレデリックの声を聞いてフィオは頬を引き攣らせる。
しかし分からなないでもない。
ロイがどれだけ飲み散らかしアリアがどれだけ食い散らすかはもう知っている。
成程。これは確かに負けられない。
フィオは気合を入れてグッと操縦桿を握りしめる。その指先が少し震えているのにロイは気付いたが無視した。
『そんじゃあ最初はアイザーと少年、な。制限時間は10分で…まぁ制限時間内に決着がつかなかったらそこはアイザーの負けでいいだろう。仮にも先任少尉なんだし?実力を見せてやらなくちゃな?』
「……」
『……』
「……?あ、逃げ回っていれば自然に俺の勝ちになるのか」
『難易度が上がりやがった…!!』
フィオはクルリとフレデリックに背を向けて逃げ出した。その後ろをフレデリックは追いかけるが如何せん、速度が違う。追いつけず模擬弾を撃ち回るが掠りもせず『給料がぁぁー……っ』と叫んでいる。全くもって哀れである。
『遊んでいないで真面目にやって欲しいのだけど』
不満げな顔でロイにそう苦言するフランに肩をすくめる。
『これでも真面目に考えてやっているんですけどね。兵士の錬度を上げるには訓練あるのみ。それも出来るだけ実戦を想定したキツイものが一番良い』
『私にはただの追いかけっこにしか見えないけど?』
ひたすら逃げ回るフィオをフレデリックは追い続けているが一向に距離は縮まらず模擬弾も撃ち尽くしてしまった。
戦闘に関してフランは素人だが双腕肢乗機に関してはプロフェッショナル。その目から見て正直に言って2人の動きはただ追いかけっこをしているようにしか見えない。そんなフランの意見にロイは苦笑し、
『言いたい事も分からんでもないがね。ありゃあ少年が一枚上手なだけですよ』
『ランスターが?』
『えぇ。良く見て下さい。ただ逃げるだけじゃなくて左右に旋回したり上昇、下降を織り交ぜているでしょ?』
『そうね。でも当り前じゃない?ただ真っ直ぐ逃げれば逃げ切れるものじゃないでしょ』
『その通り。でもそれは只、旋回したりしているだけじゃ結局は一緒なんですよ』
そう言ってロイは2人の動きをゆっくりと指でなぞりながら説明する。
『旋回している時は如何しても速度が落ちてしまう。本来なら其処を突けば追いつけなくも無いが…少年がそれを許さない。アイザーが少年の動きに反応して旋回に対して急接近出来るだろうというギリギリのタイミング……それを外させるタイミングで旋回を行っている』
『……』
説明されフランはマジマジと2人の動きを見入る。技術者としてS2-27のスペックも知っているフランの目から見て、フィオが旋回するタイミング、その隙をついて急接近できなくも無いと判断は出来た。しかし実際の所、2人の距離は縮まらない。それはスペック以外の何か。フレデリックの技量によるものだった。
『それを見極めて動いていると?』
『中々な腕前ですよ?本人の技量云々ではなく相手の力を見極めると言った点でね。ただ…それだけに惜しい』
ロイは皮肉げに笑う。眼前では相も変わらず追いかけっこが続いている。フランもハァと溜息をついた。戦闘に関しては素人のフランでも気付いていた事だ。ロイが気付いていない筈がない。それだけにこれは由々しき問題である。
フランは手元に資料を呼び出す。そこにはここ数日のフィオの試験記録が表示されていた。高速機動や機体の精密操作に関する結果は上々と言える。むしろ新兵としては破格だ。問題はただ1つ。シミュレータと実機を使った模擬戦を含めた戦闘試験の記録。そこに表示されていたものを見てフランは顔を顰める。
「戦闘能力評価…C-(マイナス)」
ほぼ最低評価。だがそれもその筈だ。
何せフィオはこれまでの戦闘試験で1機も撃墜できていないのだから。
そして今日もまたフィオは白星も黒星も上げられずに終わる。
今日もまたブザーが来客を告げる。ケインズは『ヨーロピアンスペシャル』と書かれた写真集から目を離すことなく扉のロックを外す。
「どうぞー」
「失礼します」
聞こえてきた声にケインズはふと顔を上げた。
来客は予想通り、副艦長のマイカだ。手には報告書、きっちりと着こなした軍服に些かの乱れも感じさせない。顔色も特に悪そうには見えない。
ならば何故だとケインズは眉を顰めた。
何故、自分の手元の写真集に彼女は突っ込みを入れてくれないのか。
歴戦の軍人であるケインズの脳を持ってしてもマイカの何時もと異なる反応に明確な答えは分かりかねた。
「おや?マイカ君、君も写真鑑賞もしないかね?」
反応を見る為に軽くジャブを入れてみる。手にして写真集の表紙を軽く振って見せるとマイカはチラリとそちらを見た後ですぐに目をそらした。
ますますおかしい。何時もだったらここで眉を立てて爆発する寸前の顔をする筈なのに。
マイカの顔は何と言うかケインズの事を探っている様な、そんな印象を与えた。
何か聞きたい事でもあるのだろうか、しかし聞き難い何か。ケインズはそんな風に考えた。
「艦長、本部より連絡が来ました」
マイカは内心の思いを抑え、手にした報告書をケインズに差し出す。既に内容はマイカも確認済みでケインズはそれを流し読みする。
「ふーん……マイカ君」
「はい。既に第9艦隊には連絡を取ってあります。作戦開始は予定時間通りで問題ないとの事です。艦内の主だった幹部にも連絡はしてあります。ただスタッグ大尉、双腕肢乗機小隊が現在、模擬戦の為に外へ出ていますのですぐに帰還するように指示を出しております。彼らにはミーティングの時に纏めて知らせた方がいいかと思いまして」
「そうだね。全員纏めて説明した方が面倒はなさそうだ」
仕事のできる副艦長殿はすでにケインズが指示を出そうと持っていた事をこなしてくれていた。ケインズは先ほど見ていた写真集と一緒に報告書を引き出しの中に仕舞った。
「報告書、ミーティングの時に使わないんですか?」
「大体、中身は理解したから良いよ。それに作戦の細かいところはマイカ君がもう覚えているだろ?だったら私まで細かく覚えておく必要はないさ」
年取るとモノを覚えるのにも苦労するからねぇと肩をすくめてみせる。
普段だったらもっとまじめに働いて下さい、とそんな言葉がマイカから飛び出てくるはずなのだがそんな気配も感じられない。
茶化して反応が返ってこないと言うのも調子が狂うなとケインズは残念な気持ちになった。
『艦長。双腕肢乗機小隊、帰還』
空間ディスプレイが開きリリアが言葉短くロイ達の帰還を報告した。
「了解した。ロイ達にはミーティング・ルームに集合するように伝えておいて」
『了解』
空間ディスプレイが消えるとケインズは椅子から立ち上がり首を回す。
「やれやれ…面倒な事になりそうだ」
ミーティング・ルームに全員が揃うとケインズは軽い調子で話し始めた。
「それじゃあこれからミーティングを始めるけど……ま、楽にして聞いてくれればいいよ」
適当な調子で話すケインズを普段ならマイカは即座に睨みつけるのだが、
「………」
「……?」
マイカの何とも形容し辛い顔にロイは首を傾げる。
マイカはすぐにハッと顔を引き締め、
「あ。も、申し訳ありません。これよりミーティングを開始します。資料を開けて下さい」
慌てて空間ディスプレイに表示された資料を開くがその手つきも少しぎこちない。
「一一〇〇時に星間連合軍本部より入電。首都惑星バルバスの付近を根城にしている海賊の母艦と同行する複数の艦を発見。本艦は第9バルバス防衛艦隊と協力し直ちにこれを捕縛、不可能な場合は撃沈させよとの命令です」
「質問。何で俺たちが出撃る必要が?」
ロイは片手を上げて質問する。
バルバス防衛艦隊も手が足りていない訳ではないし海賊相手に梃子摺るほどでもない。
「それに関してはまず資料の12番を見て下さい」
「12番、12番っと……」
「……え、これって」
12番の番号が振られた資料を見て見るとそこには半壊した双腕肢乗機の写真が載っていた。内容をざっと見るとどうやら件の海賊が使用していた機体であるとの事だったが、
「なんだ……?こんな機体見た事無いぞ。民間機の改造…でも何処かに基になった機体の特徴とかが見えてもおかしくないのにこの機体には全然それが見えない」
この中では恐らく一番、双腕肢乗機に詳しいだろうフィオが目を丸くして驚く。
若いながらも技術者として多くの双腕肢乗機などを見てきたフィオの目にも写真に写っている機体が一体何なのか全く分からなかった。
ロイは顎に手を当て、
「確かに見ない機体だな。卵を横に倒したような胴体はアズレッド重工のEgg-11にも見えなくないが」
「前面の方が凸型になっている。Egg-11は視野の確保と各種センサー類を前面に集中させる為に前面の面積が大きい。これはその逆」
「アクティブ・スラスターもスゲェな。機体の真後ろに着いているから上下左右の機動力はありそうだ。デカ過ぎてデッドウェイトになっている気もするけど。あとこの腕、明らかに民間機の物じゃないだろ。鋏かこれ?」
フレデリックの疑問に答えたのはフィオだった。おぼろげな自分の記憶の中から該当しそうな工具を思い出した。
「多分、高振動切断ブレードだ。船外活動の時なんかに使う奴を改造しているんだろうけどそれを上下に備えているんだ。戦艦の装甲なんかも切れるからこれに挟まれたら双腕肢乗機の装甲なんて一発だぞ」
「…それで?この謎の機体と我々との関係性は?」
資料を見て各々意見を飛ばす小隊の中からロイは改めて最初の質問を繰り返す。
「皆さんの言う通りこの機体は海賊が改造したにしては不自然な部分が多い機体です。この機体は先日、海賊と交戦した際に鹵獲した物を技術局が解析……結果、この機体はどこのメーカーの物でも無いとの事でした」
そこで一端、言葉を切ったマイカは手元の資料を拡大し全員に見える様にする。
「機体のフレームや電子機器に至るまで、製造番号と製造元を特定できるような記号は全て消されています」
「それはまた……自分から『怪しい者です』と言っている様なもんですな」
ロイは苦笑する。実際は笑いごとではない。こうした海賊などが違法な改造を施された機体のパーツの製造番号などを消すこと自体は珍しい話ではない。
問題はそれが徹底され過ぎている事だ。どんなに慎重に製造番号などを隠そうとしても見逃しと言うのは起きてしまう。それも数が増えれば増えるほど精度は下がる。
「もし全部消せるとしたらそれは最初から無かった場合だね」
ケインズはクルクルと意味も無く空間ディスプレイを回して手遊びをしている。チラリと横目でマイカを見るが気付いていないようだ。資料を見ながら何か別の事に頭を悩ましている様な、そんな印象を抱く。
「けど伸縮ケーブルの収縮率と強度から類似するパーツを使っている機体の特定が出来たんだ…マイカ君、資料を」
「はい」
マイカは別の資料を開き拡大して表示する。
そこに写っていたのは、
「……デュランダルです」
「成程、帝国製って訳ですか」
フレデリックは慌てて声を上げる。
「ちょ、待って下さいてって!!なんで帝国製の、それも軍用機に使われているようなパーツを海賊が?」
「……どこかの戦場で拾った?」
アリアの言葉にマイカは首を横に振る。
「無理があります。仮に戦場で放棄されたデュランダルを海賊が手に入れたとして使用しているにしても数が多すぎます」
少なくともこの謎の双腕肢乗機は戦場で3個小隊近く目撃されている。その数を聞いてロイは顔を顰める
「ただの海賊がそこまでの戦力を持っているのは不自然だな……提供者がいるって事ですかね」
ロイの言葉にマイカは深く頷く。
「見当も理由も全く分かりませんが提供者は十中八九ダーナ帝国でしょう。何らかの形でダーナ帝国がこの海賊たちと関わっている可能性があります。ともなれば3か月前の工場惑星でのテロ、およびシャルロット殿下への2度の襲撃……どれとも全く関係ないとは考えられません」
「私たちが交戦したあの<黒翼>が今回も関係しているってのは流石に偶然が過ぎるかもしれないけど海賊の後ろに居るのがダーナ帝国である可能性は高い。となれば問題は帝国がどうやってここまで手を伸ばす事が出来たのか?問題はそこだ」
バルバスに直接つながるクロス・ディメンジョン、そのいずれも突破されたという報告はどこにも上がっていない。
しかし例外があるのは既に暗黙の了解だ。
ケインズも先日の出来事に関しては事の顛末を既に聞いており、シャルロットの思惑にも気付いている。
「それを調べるのが役目って事ですか」
件の<王家の路>が使われただろうと言うのは王族と近衛隊を除けば知っている者は少なく、調べるとなると限られてくる。この海賊たちの詳しい情報を何処でシャルロットが気付いたかは分からないがシルバー・ファング号に作戦参加の命令が下ったのは恐らくシャルロットの差し金だろう。
「そう言う事。直近で帝国と交戦した私たちが調べた方が何か気付くだろうって事でね」
了解しましたとロイは片手を振る。
「次に作戦について説明します。海賊の艦隊は現在、惑星バルバスより3万キロ離れた場所に居ます。第9艦隊は先行部隊と後詰めの部隊に分かれ行動を開始。先行部隊が敵の注意を引き付けている間に私たちと第9艦隊の残りで左右より同時に攻め込みます」
「シルバー・ファング号の売りはその速度だ。相手の密集が薄い所から一気に攻め込み陣形を乱す。そうすれば後は第9艦隊がどうにかしてくれるさ」
「……ようは撹乱役って訳か?」
「囮役で無い分、まだマシだと考えて欲しいね」
フィオの言葉にケインズは肩を竦めてみせる。
「何にせよ、作戦は以上だ。あとは各自の武運を祈るよ」
こうしてミーティングは終わり各々立ち上がり準備に入るのだが、
「……」
1人、フィオだけが浮かない顔をしていた。