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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第2章 命と覚悟
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第4話 一日の終わり

 机に突っ伏した2人を見て誰もが憐憫の目を向けていた。

 1人はシルバー・ファング号の副艦長であるマイカ。彼女はつい20分前までアーヴィングを護衛していたアースガルド王国近衛隊の面々に拘束され、延々と誓約書やら何やらにサインをし続けていた。

 何枚も書かされたがそれらを要約すれば「今日、見た物は決して口外しません秘密は守ります何があっても口を割りません墓まで秘密を持って行きます絶対に絶対ですからもうサインは勘弁して下さい」と言った感じだ。秘密を守る事を守りますと言った誓約書に何の意味があるんだとお役所仕事的な書面にマイカは怒りたい気持ちを抑えサインを続けた。

 それがやっと終わったと思った時に届いたのは書面の山。文字通り山だった。目を丸くし持ってきた近衛隊の隊員に聞くと、

「艦内に居た全員分の誓約書だ。貴官には彼らの上官として彼らがこの誓約書を遵守するように管理する義務があり、それを約束する義務がある」

「つまり…あの…その……」

「これらの誓約書にも貴官のサインが必要になる」

 艦内に何人いたかなんて思い出したくなかった。しかし少なくとも100人以上はいたなとマイカは乾いた笑みを浮かべた。人間、本気で辛くなると悲しくても笑い出してしまうらしい。

 机に突っ伏しているもう1人の人物、それはフィオだ。

 ヴァルキリーに搭乗して待機していたフィオは当然、外の騒ぎの事情など知ろうにも知る方法は無い。只、何かが起きている事には薄々感づいていた。故に何時でも動かせるように操縦桿を握りしめ臨戦態勢で構えていた。

 結果としてそれがいけなかった。乗り込んでくる近衛隊に対し艦内の他の仲間はすぐさま両手を上げ大人しく拘束されていったのだが1人フィオだけが双腕肢乗機に乗って出撃準備を整えていた。それは言いかえれば武装して待機していたのも同じ。抵抗の意思ありと判断されても仕方なく、フィオは外側から強制解放されたハッチから乗り込んできた近衛隊に殴り倒され訳の分からないまま両手に手錠をかけられ牢屋に入れられた。

 そのまま誤解が解けるまで延々と牢獄で1人、取り乱した。やっとマイカが解放の手続きをしてくれた頃には精根尽きて放心状態だった。

 こうして2人は食堂の机の上で仲良く突っ伏しているのだが何時までもそうしていては正直邪魔だと言うのが皆の偽らぬ本心だった。

「アンタ達…心中は察してあげるからもうさっさと帰りなさいよ」

 見かねてフランが2人に声をかける。

「……無理です。私、少なくともあと71時間40分は監視付きでこの艦内に拘束されていなければならないんです」

 そう言ってマイカは力無い手で扉の方を指すとそこには憲兵が2人直立不動で立っていた。

「……よくよく考えたら俺ってバルバス(こっち)に住む家とか部屋ってないや」

 工場惑星から半ば無理やり連れてこられてからずっと訓練の日々だったフィオに惑星バルバスで住む場所を探す余裕などなかった。むしろ気にも留めていなかった。

「知らないの?アンタ、戸籍弄って最初からバルバスに居た事になっているわよ。予備パイロットとしてバルバスで訓練を秘密裏に受けていてついこの前、シャルロット殿下から推薦入隊の許可を頂いたって筋書きで」

「…そう言えばそうでした。だからランスター君が最初からバルバスに居た事にするために部屋の用意とかあと、私物とかも工場惑星から運んできてあって……」

「待て。何で俺がいない所でそんな話が進んでいると言うか何で勝手に人の戸籍とか弄くり回したり引っ越しさせられていたりするわけ?」

 フィオは顔を上げ抗議するがマイカはまだ放心状態で応えず、フランは紫煙を口から吐き出しながら、

「そんなの艦長の仕業に決まっているでしょ」

「くそぉ……納得してしまう自分が悔しい……」

 まだ短い付き合いながらもしっかりとケインズの事が分かって来ているなとフランは思った。がっくりと肩を落としているフィオの前にそっと紅茶が置かれる。

「大変そうですねフィオさん」

「他人事みたいに言いやがって……というか疑問だったんだが何でお前まだ軍服来ている訳?」

エルムの姿を見てフィオはげんなりとした表情を見せる。

「ケインズさんが雇ってくれたんです。正式にこの艦の補給班の一員として」

 記憶を戻す為にも生活費は必要ですしとエルムは苦笑した。

 言わんとする所は分かる。

 エルムは記憶喪失だ。工場惑星で出会い成り行きでこのバルバスまでやって来る事になった。エルムを最初に見つけた手前、フィオは可能な限り彼女を助ける気ではいた。

 尤もそうする前にベンたちに捕まり3カ月ばかし地獄の訓練に連れていかれたのだが。

「ちゃんとステーションに行って身元の照会はしたのか?」

「それが手続きに時間がかかると言われて……」

 困りましたと眉を顰めるエルム。

 その言葉にフィオは首を傾げる。事情が事情なだけに早期に対応してくれる物だと思っていたがどうやら違うらしい。何か情報を明かせない訳でもあるのかと顎に手を当て考える。

「………まさか記憶を失う前は極悪人だったとか言うんじゃあ」

「フィオさん。それは酷いです」

 そう言ってポカリとフィオの頭をお盆で叩く。力も込められていないので大して痛くなかった。

 エルムの身元照会が遅れているのは偏にシャルロットの手引きだった。

 本来であれば王族やそれに準ずるくらいの大貴族で無ければ持っているはずの無い最高ランクの恒星間入港許可書、それを携えていたエルムは一体何者なのか?

 シャルロットの命により本人には内密で調査が進められていた。

「でも仕方が無いので気長に待つ事にします」

 事情を知らぬエルムはそう言って笑い、フィオも本人が納得しているならいいかと頷いた。

 エルムがフィオ達のテーブルから離れようとした時、不意にエルムのポケットから軽快なメロディが流れ出した。

「あ。ちょっとゴメンなさい」

 そう断ってからエルムはポケットから携帯端末を取り出して耳に当てた。

 どうやら電話が来たようだが仕事中にそれはどうなのだろうかとフィオはぼんやりと考えていると、エルムがチラリとフィオの方を見やり、

「分かりました。今から代わりますね」

 そう言って携帯端末をフィオに差し出した。フィオは首を傾げ、

「え?俺?相手、誰だよ」

 至極まっとうな質問をするとエルムは満面の笑みで、

「ロンドさんからです」

 一瞬の硬直の後、フィオは頭を抱え立ち上がり、

「ヤベェェェェェェェ!!良く考えたらあの後、何にも連絡してねぇぇぇぇ!?」

 フィオの叫びが食堂に響く。

 ロンド・ゴルヴァーン。フィオが工場惑星にてヴァルキリーの組み立て作業に携わっていた時の雇い主だ。フィオは彼からヴァルキリーの運搬とエルムをステーションに連れていく事を任されていたがその折にあのテロ事件に巻き込まれた。

 そして工場惑星でのテロの後は怒涛のように事態が進み連絡を入れる暇すら見つけられなかった。しまいには訓練に明け暮れ連絡を入れる事さえ忘れていた。

「ロンド・ゴルヴァーン……?確か工場惑星で組み立てに携わった……」

 マイカは顔を上げフランの方を見る。フランは頷き、

「そこの工房主ね。そう言えば契約金は振り込んだけどその後、一切連絡していなかったわ」

 そんな外野の話も耳には入っては来ずフィオは恐る恐る携帯端末を受け取る。

「は、はい…もしもし」

『……フィオか』

 一言聞いて一発で分かった。怒っている。それも途方も無く。かつて類を見ないほどに。静かなのが逆に怖い。かすかに聞こえる義椀のモーター音が余計に怖い。

『事情はエルムから聞いた。星間連合軍に入隊したそうだな』

「あぁ、うん。何と言うか成り行きで」

『成り行き…?まぁ良い。事情はどうでもいい』

「いや良くないだろう普通」

 思わず電話越しに突っ込みを入れると電話の向こうで何かが潰れた音がした。音からすると金属製の何かだろうが『壁がぁ!!壁がぁ!!』とか聞こえてくる声は気のせいだと信じたい。

『フィオ。俺がお前に言いたいのは何故、連絡を寄こさなかったかって事だ』

「それは……」

 忙しさにかまけて連絡を忘れていた。その辺りの事情を説明しようと思ったが何かがちぎれる音がしてフィオは口を噤んだ。電話の向こうから聞こえてくる『強化プラスチックの机が紙切れの様にちぎられ…っ』とか言う台詞はただの幻聴だろう。そう信じたい。

『全部話してもらうから待っていろよフィオ』

「ま、待つ?」

 その言葉にフィオは嫌な予感を覚えた。

 そしてその予感は的中する。

『4日後だ。4日後には恒星間移動シャトルでバルバスに着くからその時じっくり話を聞かせてもらう』

 今はそれだけだと言い残してロンドは通信を切った。後に残されたのは顔を青ざめるフィオだけだ。

「や、やばい……」

「…?」

 フィオの口から洩れた言葉にマイカは顔を上げて眉を顰める。フランも似た様な顔だ。

「どうかしたんですかランスター君?」

「……う…」

「ん?」

 フランが首を傾げる。フィオの顔は相変わらず青ざめたまま。しまいには視線もあやふや。頭がぐるりと回った所でフランは思った。

 あ、こいつ倒れるなと。

 案の定、フィオは倒れた。今日一日の疲労に付け加えトドメとも言える親方からの通信。心労が限界まで達したフィオの意識は呆気なく根を上げて飛んでいった。

 ちなみにこんな風に冷静にフィオが倒れるところを見ていられたのは普段からテスト・パイロットを酷使し過ぎてぶっ倒れるのに見慣れているフランくらいであとの面子は概ね普通の反応を見せた。

「フ、フィオさん?!」

「ちょっ!!衛生兵ぇ!!衛生兵!!」

 途端に騒がしくなる食堂を他所にフランはフゥと紫煙を吹き出し、

「明日の機動実験の話しようと思っていたのに」

 と呟いた。


 食堂から聞こえる声にケインズはヤレヤレと首を振り、

「まったく……うちの連中ときたら皆、暢気でいいねぇ」

「それをよりによっても貴方が言いますか」

 ケインズの台詞にボルドは呆れる。

 シルバー・ファング号が無断で出航したと聞いて戻って事情を聞いてみればなんて事は無い。また例の殿下が無茶をしただけだった。

「普通だったら大問題なんですけどね」

「それがあの方の面白い所でね。道理に反しているのに何故か結果的には上手く行ってしまうんだ。あんな風に搦め手の使えない相手…私は苦手だよ」

 とケインズは苦笑する。

「仮にも殿下に対して苦手とは…それこそあんまり公言しないでくださいよ」

「肝に銘じておくよ」

 ボルドからの言葉に手をひらひらと振る。

 絶対に聞いてないなこの人と付き合いの長い兵はすぐに分かった。

「それにしても殿下もこんな面白い事をするなら私を誘ってくれても……」

「何言っているんですか貴方は」

 顎に手を当ててそんな事を呟くケインズにボルドはそろそろ無防備な後頭部を叩いてやろうかと思った。

「相変わらず、真面目なのかそうでないのか分からない奴だなお前は」

不意に後ろから声をかけられケインズたちは脚を止めた。振り返ってみて見ればそこには初老の男性が柔和な笑みを浮かべて立っていた。

 ケインズよりも少し背が低く、顔に刻まれた皺の数は年齢の厚みを感じさせる。

 何より特徴的なのは白髪が混じり始めたその黒髪。

 そして黒い瞳、彼がマイカと同じ東洋人である事は目に見えて分かった。

 否、それは当然だろう。

 何故ならケインズの目の前に居る彼は、

「……お久しぶりですね。ハヤカワ中将」

 彼女の父なのだから。


 星間連合軍の軍服に袖を通して6年ほどになる。

 その中でも今日と言う日ほど仕事に忙殺された日は無かった。

 まだ最前線にいた頃の方が、気が楽だったかもしれない。

 マイカは今日一日の事を思い出し重いため息をついた。

「どうやら随分、苦労しているみたいだね」

「え、あ。ご、ゴメンなさい…お父さん」

 運転席でハンドルを握る父、カイト・ハヤカワは笑う。

「ハハ…まぁ無理も無い。シャルロット殿下は色々と有名なお方だからね。今日も会議で散々な意見が飛んだよ」

「は、はぁ」

「そうでなくてもマクシミリアンの部下を務めるのは苦労するだろ?」

 それは勿論と声に出し掛けマイカは口を噤んだ。

 いくらプライベートとは言え上官の陰口を叩くのはどうかと思う。

 それに今横に居る父も階級で言えば上官だ。

 早川海人。星間連合軍情報部長官、階級は中将だ。

 その名の通り、星間連合軍の中で情報を主に収集する部で最高位の地位に就いている。

 収集する情報は様々である。内部情勢や外部の情勢は勿論、経済の動きや天候、果ては流行の曲まで収集していると噂で聞く。

 多忙の父がこうして態々、自分で車を運転してまで娘に会いに来た理由はただ一つ。

 いわゆる身元引受人。本来であればあと71時間くらいは艦内に拘束されていなければならなかったが、それをカイトが中将という立場と権限を使い、その拘束時間を取り消した。それでも一応、自宅にて待機している様にとの通達があり、マイカは何年振りかになる父の運転で自宅へと向かっていた。

「マイカから見てマクシミリアンはどんな人間だ?」

「その……中々個性的な上官かと」

 お世辞にも上官に対して付ける形容詞ではない。

「苦労をかけるな。あいつは昔からマクシミリアンは人を使うのは上手いのだがその分、自分が楽をしようとするのが玉に瑕でな」

 サボりの達人だよとカイトは言った。そんな達人がいてたまるかとマイカは脳内で苦虫を潰していた。

 そこでふと気付いた。

「あれ…?あのお父さん、艦長とは……」

「ん?あぁ…かなり長い付き合いになるね。15年くらいになるか」

「そんなに……」

 ケインズの事を昔からよく知っている様な口ぶりだったので知己かと思えば想像以上に長い付き合いだった。

「丁度…そうダーナ帝国の現皇帝ジェガス17世が最後に出陣した年だ。あの一戦の後、部隊の再編成を余儀なくされてね。そこに送り込まれてきたのがマクシミリアンだった。当時から色々と噂を聞いていたから期待していたのだが…これが噂以上でね。正直驚いた」

「は、はぁ……」

 色々、噂。確かにマイカも着任前に色々と噂は聞いていた。

 曰く、働かない事に関しては一流だが働く事に関しては新兵にも劣る。

 曰く、何もしないでいる事が一番無害。働かれるといらない仕事が増える。

 曰く、色ボケ野郎。

 全てとは言わないが概ね噂通りの人物だったとマイカは肩を落とした。

「今も噂は良く聞くよ」

「ご、ごめんさない……」

 艦長がアレなのだからそれを支えるのは副艦長である自分の勤め。

 自分の力量不足と艦長の不始末にマイカ萎縮してしまう。

「謝る事は無いだろ?」

「でも…」

「今も昔もケインズはよくやってくれている」

「……はい?」

 予想外なお褒めの言葉。

 キョトンとした表情が顔に出てしまう。丁度、信号機が赤に変わり娘の気の抜けた表情に気付いたカイトは首をひねり、あぁと納得したように頷いた。

「そうか、お前くらいの年の軍人だとマクシミリアンの事はよく知らないのか」

「あの…艦長がなにか……?」

 マイカはカイトに尋ねる。

 カイトは懐かしむ様に目を細め語る。

「マクシミリアン、あいつは――」


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