第3話 隠された路
ちょくちょく第1章を手直ししながら第2章を書いています。
仕事が大ピンチ……。体調を崩して凡ミスをやらかして自分の首を自分で絞めている。そんな日常。
……はやく風邪治さないと。
惑星バルバスより1000キロ離れた場所。
その艦はゆっくりと進んでいた。
白銀の戦艦、シルバー・ファング号。
宇宙の窓口であるステーション、その管制官の静止の声も「妾の命である。行け」の一言でリリアが管制室にハッキングしてステーションの入口を無理やり開いて出航した。
こうしてシャルロットの指示によりバルバスより少し離れたこの場所を先程から航行しているが何ら目的が分からない。
「あの…シャルロット殿下。そろそろ何処に向かっているのか教えて頂いても……?」
「まぁしばし待て」
そう言ってシャルロットは空間ディスプレイで落ちものゲーに興じている。その横でエルムも同じゲームで対戦しているが、
「くっ!!まさか妾が3連敗を許すとは…!!エルム、もう一度だ!!」
「はい!!負けませんからねシャルロットさん」
マイカは段々、もうどうでもいいかなと投げやりな気分になってきた。ひたすらゲームに興じるシャルロットを置いておいて艦をバルバスに戻してしまおうかとも考えたが何かシャルロットにも考えがあるらしい。その証拠にフィオはこの場にはおらず、双腕肢乗機にて待機している。
間の悪い事に現在、この艦にはフィオしか双腕肢乗機に乗れる人間はいない。ロイとフレデリックは自分の機体のオーバーホールの為に星間連合軍専門の工房を訪れている。アリアは休暇を取っている。妹のリリアだけが午後からやって来て今も…
「もぐもぐ……」
「……リリア少尉、間食は控えなさい」
口いっぱいにクッキーを頬張っていた。
正直、今襲われたら一巻の終わりだ。
尤もその心配は杞憂に過ぎない事はマイカ自身、分かってはいたが。
バルバス星系はアースガルド王国の首都がある星系でダーナ帝国からの侵攻も届かない場所だ。その上、常駐艦隊の数も前線と比類ない程に充実しており治安の高さは星間連合内でもトップクラスだ。稀に海賊などが出没するがそれとて長続きはしない。
マイカは仮に今、海賊に襲われたとしてもすぐに味方へ連絡を入れれば対処できると考えている。気が緩んでいると思われるかもしれないが、恐らく10人いたら10人がマイカと同じ事を考えたに違いない。
「ふむ。のどが渇いたな。エルム」
「はい。紅茶で良いですか?」
うむとシャルロットが頷く。エルムはすぐに準備しますねと言って席を立ち艦橋を出ていった。食堂に連絡を一つ入れれば良いだけなのにとマイカは思ったが、どうやらシャルロットはエルムが淹れた紅茶が飲みたくてそしてエルムも自分が淹れた紅茶をシャルロットに飲んで貰いたいようだ。短い間に随分と仲良くなったものだとマイカは感心した。
そしてシャルロット殿下に気に入られるほどの紅茶と言う物にマイカは興味が湧き今度教えてもらおうか等と考えていると、突然艦橋に警報が鳴り響いた。
「何事です!!報告を!!」
頭を瞬時に切り替えリリアに指示を飛ばす。滅多な事は起きないと思っていたがどうやらその滅多な事が起きたとマイカに緊張が走る。
リリアは淡々とパネルを操作し空間ディスプレイに映像を映し出す。そこに映し出された映像にマイカは目を疑った。
「前方に大型戦艦、出現」
「そんな…!!ここ一帯にはクロス・ディメンジョンは無いはずです!!リリア少尉!!」
マイカの叫びにリリアは頷き、
「確認済み。星間連合軍の公式データベース上には周囲、200キロ圏内にクロス・ディメンジョンは存在しない。また周囲に第2重力子反応も無い」
「あ、ありえません…」
第2重力子とはクロス・ディメンジョンを作る重力子の一種だ。空間跳躍を可能にするクロス・ディメンジョン、その原理は不明な部分が多い。
しかし真理に近い仮説は存在する。
それは新暦に変わる前より提唱されている論文でクロス・ディメンジョンが遠くの空間と空間を繋げるのはそこに重力が集中し空間を歪めているからだと言う。異常なまでに強い重力―それはブラックホールと似ている。重力の異常発生により空間を歪めて飲み込むブラックホールの内部は今現在も解明されておらず、黒い穴を抜けた先には白い出口が待っているとも言われているがそれを証明出来た者はいない。同じように重力によって空間を歪めたゲートとブラックホール。両者の違いは何処から生じるのか。それは重力子の種類によるものだとその論文は主張している。
全てを飲み込み無にする第1重力子、空間と空間を繋ぐ第2重力子…後に擬似重力場を発生させる装置から発せられる重力子を第3重力子と名づけた。
「アシモス・ラナイザー著<重力子による諸影響>によればクロス・ディメンジョンを構成しうるのは第2重力子だけとある」
シャルロットはマイカの戸惑い振りを楽しむかのように笑う。
「だが厳密には違うのだ。今から200年ほど前…アースガルド王国建国より暫くして第4の重力子が発見された。通例通りこれを第4重力子と名づけられたが公表される事は無かった。何故か?それは観測が出来ないからだ」
「……観測が出来なければそれが重力子の影響によるものだとは分かりねる筈です」
リリアがそう静かに反論するとシャルロットも尤もだと頷き、
「だが現にクロス・ディメンジョンは構成されている。例え原理が分からなくても其処にあるものを否定するのは我々の歴史においてそれは難しいことだ。故に我々はこのクロス・ディメンジョンを第4重力子によるものだと推測し―隠蔽した」
「隠蔽…?」
「そうだ。考えてもみよ。出鱈目に通った場所に偶々この第4重力子があってそこに突入してどこか見知らぬ場所に飛ばされた……そんな事が知れ渡ったら大変な混乱が起きると思わんか?」
「た、確かに仰るとおりですが…」
「第4重力子は観測できない以上、公表することも出来ないと判断され王族のみが知る秘密の抜け道として使うことにしたのだ」
もしもの時はこの見えざるクロス・ディメンジョンを使い民を導く様に古い家訓に残っているが体の良い王家専用脱出路だとシャルロットは笑う。それを聞きマイカは曖昧な表情を見せながらもシャルロットに尋ねる。
「あの……シャルロット殿下?王家のみに語り継がれる秘密の通路という事はそれを私たちが見てしまうのは不味いのでは……」
「当然であろうな。見つからぬように使う際はその宙域に他の艦船が居らぬか念入りに確認してから使うのが決まりになっている。万が一見つかった場合は…」
シャルロットは手で首を横に薙ぐ仕草をする。それを見てマイカは顔を青ざめる。
「呆けている場合ではないぞ。見ろ、前方の戦艦から双腕肢乗機が出撃されたぞ」
「え、えぇぇ!!」
「双腕肢乗機、数12。前方の大型戦艦よりロックオン警報、主砲の発射体制を確認」
「えぇぇぇぇぇ!!」
大いに取り乱すマイカの様子を見てシャルロットは大笑いをし、リリアは相変わらず無表情だ。そんな艦橋の大混乱をよそにエルムは紅茶のセットを手に入室すると首をかしげ、
「お忙しかったですか?」
「……」
リリアは首を横に振り、シャルロットをこっそりと指差し小声で言う。
「お願いだからあの暴走しているお姫様止めてきて」
全面降伏を示す白旗の信号弾を打つことで撃沈を免れたシルバー・ファング号は12機の双腕肢乗機に囲まれ厳重警戒態勢で首都惑星バルバスまで連行されることになった。
これが公式記録におけるシルバー・ファング号初めての黒星である。
ちなみに被害はエルムに叩かれたシャルロットの頭1つである。
アースガルド王国城はその名の通りアースガルド王国を治める国王とその直系の王族が住まう城だ。
久方ぶりの遠征で疲れはしていたがそれでも顔には出さずにアーヴィング・ユグドラシアはその城の自室で末の妹、シャルロットに向かい合っていた。
「いやはや……驚いたよ。帰国してそうそう君と対面する事になるとは思わなかった」
と苦笑混じりにアーヴィングが言う。
シャルロットはフンと鼻を一つ鳴らし、
「可愛い妹が敬愛する兄君に会いに来るのが驚く事ですか?」
「驚くよ。態々、戦艦でやってくるとは思わないからね。それも門外不出の<王家の路>、そこで待ち構えているとは思わないさ」
公開されていないクロス・ディメンジョン。その情報を外部に漏らすのは例え直系の王族と言えども掟に逆らう事になる。現国王を良しとしない傍系の王族に知られればこぞって責め立ててくるだろう。現国王の治世を揺るがさない為にも場合によってはこの場でアーヴィングは自らの手でその罰を執行しなければならない。その相手が末の妹、王位継承権第一位の彼女でもだ。
シャルロットは形の良い顎に手を当て天井を仰ぎ見る。
「門外不出ですか……それも最早、昔の話ではないかと」
「……どう言う意味だい?」
アーヴィングの問いかけにシャルロットはニヤリと笑うだけで返した。悪戯好きな子供を思わせる笑みだ。困惑で歪んでいる顔を見て明らかに反応を楽しんでいる。長兄としてそれは沽券にかかわる、と言うよりも面白くない。
アーヴィングも顎に手を当て天井を仰ぎ見る。別に意味はない。そこに広がっているのは何の変哲も無いただの天井なのだから。
逆に何も無いからこそ良いのだ。余計な情報をこれ以上詰め込むことなく、頭の中を空にして情報を整理できる。そうして纏まった考えをアーヴィングはポツポツと語り出す。
「うん……発端は工場惑星での例のテロ騒ぎ、そして君への暗殺事件だね。侵入経路がいまだ不明でここ数カ月の戦闘記録やクロス・ディメンジョンの使用履歴を確認しているみたいだけど…成程、君はその侵入経路にこの<王家の路>が使われたと踏んでいるんだね。いや……それなら部外者をここに連れてきた意味が……あぁそう言う事か。気付いたのは君では無く別の人物、ケインズ・マクシミリアン大佐だね。彼の事だ、都市伝説や噂の程度である王家の抜け道に勘付いていて実際にあると確信している、だから今回のこのテロ事件もこの<王家の路>が使われたと気付いた。君、マクシミリアン大佐に今回の事件に関して意見を求めただろう?恐らくその時にマクシミリアン大佐は<王家の路>に関して言及したのだろうけど君はその存在に対して肯定も否定もしなかった。事実であるが故に否定はしない、されど話せばそれは王家の掟に背く事になる」
アーヴィングの言葉にシャルロットは内心で舌を巻いた。まさか見てもいないシルバー・ファング号でのケインズとの会話まで的中させるとは、やはり侮れない。
アーヴィング・ユグドラシア。現アースガルド王国国王の長兄であるが王位継承権は第3位にいる。本人曰く<玉座から最も遠い人物>。本人がそう自らを称するのには訳がある。
それは病だ。月に一度か二度、彼は意識が昏迷し動けなくなる。短ければ半日ほどで回復するがこれまでに1週間近くその症状が続いた事もある。原因は分からず治療法も確定されていないこの病は未だ病名さえつけられていない。はたしてこれが本当に病によるものなのか。それさえも分かっていないのだから。
その病弱さを自覚しているからこそ本人は自らを<玉座から最も遠い人物>と呼ぶ。この病さえなければ彼は間違いなく自分が今座っている地位に居たはずだとシャルロットは確信している。
アーヴィングは病の為、長い時間動く事は出来ない。しかし一方で彼は王族にしては時間に恵まれている。その病弱さから王家の主な役職につく事無く、祭典や催しに顔を出すくらい。3年先の予定まで埋まっていると言う次兄のロベルトや四男のアンドレアに比べれば半年先まで予定が入っているくらい少なく思える。余談だが三男のイドラスは6年先の予定まで埋まっているらしい。
閑話休題。とにかくアーヴィングは他の王族と比べれば使える時間が多くそれ故に見聞を広める時間も多い。様々な書物などから知識を吸収した下地を論理的思考で鍛え上げ、ただの一瞬も無駄には出来る時間が無い命の炎で焼き、卓越した観察眼と言う形に作り上げた。
それは全て病弱故に果たせない王族としての義務を自分なりに果たす為に。
一つの事象から物事の全体を見抜く賢者の如き頭脳。その類稀なる観察眼はシャルロットでは遠く及ばない。
故にシャルロットはもう諦めていた。全てこちらの思惑はバレてしまっているだろうと。
「だが君は肯定も否定もしない代わりに真実を見せる事にした。偶然と言う事にして。君は国王や他の王族にこう説明するつもりだね?<アーヴィング・ユグドラシアに会いに行くのに偶然、彼らは乗り合わせただけだ>と。私を護衛している近衛艦隊と同じく第1級軍事機密として口外する事は絶対に無い様に緘口令も含め言い渡されるだろうけど人の記憶には残る。それを持って君は<王家の路>の存在を暗意に肯定するんだね」
「流石です。アーヴィング兄様」
「全く…無茶をするね相変わらず」
アーヴィングは苦笑する。突拍子も無い行動が実のところプラスに活きる―そんな末の妹の天性の感覚にそしてまたその行動力はアーヴィングには無い物だった。
故に彼は納得していた。彼女が王位継承権第一位の地位にいるに相応しい人物なのだと。その天性は人を惹きつけ導きそして最善の結果をもたらす。彼女のこれまでの行動がそれを証明しており誰もがそれを認めざるを得ない。
それは幾度となく国王とも他の兄弟たちとも話し合った事で全員の総意だ。実力主義で陸軍の元帥まで上り詰めた次男もそれを補佐する理性の塊である三男、国家間均衡のために暗躍する四男もそれぞれの考えは違ってもシャルロットを次代の王とする事に何も反対は無かった。無論、<玉座から最も遠い人物>であるアーヴィングもだ。
そして彼女が突拍子も無い行動を起こしても可能な限り支援し彼女に道を造る事を自分たちは選んだ。
だからと言って心配をしていない訳ではない。むしろ継承権第一位であるからこそ心配するし、それより何より彼女は自分たちの末の妹だ。
「あまり無茶をしては駄目だよシャルロット。君はこの王国にとって必要不可欠な存在だ。故に君は継承権第一位の地位が与えられているのだからね」
「…自分の立ち位置は十分分かっております」
諭される様な口ぶりにシャルロットは思わずムッと眉をひそめてしまう。
そんなシャルロットにアーヴィングは柔らかく微笑み、
「それと家族としても君の事を心配しているからね。これは私だけでは無い。ロベルトもジャスミン姉さんもイドラスもアンドレアも……君の事を大切に想っている」
シャルロットはずるいと思った。
そんな温かい眼差しで見つめられてはどうする事も、反論する事も出来ない。
アーヴィングの眼には表裏なくただ家族を想う優しさしか映っていない。その想いを無碍に出来るはずも無くシャルロットは小さく頷き、
「分かってます……ありがとう、ございます。兄様」
何時もより少し素直に感謝の言葉を述べた。