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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第2章 命と覚悟
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第2話 副艦長の憂鬱

 シルバー・ファング号は先日の処女航海から戻り今はドッグに入っている。処女航海に加え初戦闘も行ったが故に艦に何か大きな問題は起きていないか細かくチェックする為だ。

 整備員だけでなく砲撃手や操舵手からも報告を受けたりしないといけないので何かと忙しい。そしてそう言った時に限って上司とはいない物である。

 尤も今回は連合艦隊本部からの呼び出しとの事なので上司を責めることはできないが、

「これ以上、厄介事はヤメテ……っ」

 これがマイカの偽らざる本音だった。約10分ごとに送られてくる電子報告書に目を通して時に指示を出し時に認可印を押しと書類仕事をこなしている所にお偉いさんのご登場。

 佐官用の私室兼執務室で仕事をしていたマイカは思わず机に突っ伏した。その様子を偶々部屋に来ていたフランは見て苦笑し、

「ご愁傷さま、としか言えないわね。今回ばかしは艦長も本部からの正式な呼び出しで出て行っちゃっている訳だし……あなたが如何にかするしかないわね」

「分かっています……分かっていますよ……」

 マイカはハァとため息をつきながら顔を上げ通信を繋げる。

「リリア少尉。シャルロット殿下がご視察のためいらっしゃいました。現時点を持って警備体制を1段階上げ、キーストン曹長とその班員は殿下の警護に当たる様に指示を出して置いて下さい。それと殿下は先日の戦闘データをご覧になりたいそうなので準備の方をお願いします」

『了解』

 眠たげな金髪の少女、リリアはそう言って通信を切った。短いやり取りではあったが彼女なら優秀なので問題は無いだろう。

「ノーランド中尉、先日のヴァルキリーの戦闘データは?」

「もう纏めて報告済みよ。尤もあれを戦闘データを呼んでいいのか分からないけどね」

 何せほとんど逃げてばかりなのだ。まぁ多少は剣を交えたみたいだがあれくらいで戦闘データと言っていいのかどうか。

「結構…しかしシャルロット殿下より更に詳しい説明を求められる可能性もありますので技術中尉にはご同行願いますよ」

「……私ごと道連れにする気か」

 ジト眼を向けてやるとマイカはそっぽを向いて立ち上がり身なりを整える。

 その様子を見てフランはボソリと呟く。

「…だんだん、ケインズに毒されてきたわねぇ」

「聞こえなかった振りをさせて頂きます」

 そう言った言動がケインズに毒されてきている証拠だと言うのに気付かないのだろうか。


 艦橋に向かうと目を見開いた。

「随分と閑散としているな?」

 以前、この艦橋に足を踏み入れた時には十数人はオペレータがいて作業していた。ドッグ入りと言う訳でオペレータ達も休みを取っているようだ

 しかしたった1人、艦橋にはオペレータがいて作業をしていた。

「ふむ。リリア・チューリップ少尉か」

 シャルロットがそう呟くとリリアは顔だけフィオ達の方へ向けて砕けた敬礼を見せたらそのまま作業に戻った。

 軍隊のイロハをみっちりと叩きこまれてきたばかりのフィオから見て完全にアウトな敬礼だった。

「今更だけどな。この緩さは」

「うむ、何せケインズが率いる隊だからな」

 フィオとシャルロットが同時に頷くと後から入ってきたマイカがげんなりとした表情で呟く。

「お願いですからこれが普通だと思わないでください……違うんです、本当はこんな軍隊じゃなくてですね……」

「大丈夫です。マイカさん。フィオさんもシャルロットさんも分かっていて仰っていますから」

「段々とあなた、言葉に容赦が無くなってきたわよね?」

 何のフォローにもならない言葉をかけるエルムにマイカと一緒に入室してきたフランは苦笑する。

「では早速で悪いが先日の戦闘データを見せてもらおうか」

「…了解」

 リリアは軽く頷き空間ディスプレイに映像を映し出す。

 そのシルエットはフィオも良く知る物だった。

「ヴァルキリー…」

 汎用型双腕肢乗機、通称ヴァルキリー。

5本の指を持つ双腕と1対の脚部。これまでの軍用機が旧暦の時代より存在する戦闘機から派生した物と異なり、完全な人の形をしたロボットだ。非効率的と言う理由でこれまで作られてこなかった人型の兵器だが特異性はそれだけではない。

動力源とも言える両足、それは縮小化が困難と言われてきたC2粒子を利用した半永久エネルギー発生装置―C2機関を装備し双腕肢乗機史上初の半永久稼働を可能にした機体なのだ。

「そういや前々から疑問だったんだが何でこの外見でヴァルキリーなんだ?」

 今でこそ白く染められたこの機体だが以前は全く乙女を感じさせない鈍い灰色だった。その上、どちらかと言うと角ばった外見をしているので雅やかさよりも堅い重装甲の騎士を思わせる。

「あまり深い理由は無いぞ……この新型機を設計するに当たり計画―ヴァルキリー・プロジェクトの最高責任者として妾、機体全体の設計をフラン・ノーランド技術中尉、C2機関の縮小化に技術連合の女性技師の協力、そして機体のOSの設計はそこのリリア・チューリップ少尉」

「あのC2機関の縮小化に技術連合が噛んでいたのか……っていうかOSの設計?!」

 フィオが驚いてリリアの方を見るとVサインで返された。

「うむ。つまりこのヴァルキリー・プロジェクトの主要な所には皆、女性が関わっていてな。それに因んで機体の名前も戦の乙女…つまりはヴァルキリーと名付けたのだ」

「ふーん…だったらパイロットも女だったら完璧だな。ほらアリア、だっけ?」

 フィオはリリアの顔を見ながら言った。その言葉にシャルロットは首を横に振る。

「その話もあったのだがな。生憎と適性がなくてな」

「適正?」

「お主、当り前の様にあの戦乙女を操っているがそれが異常な事だと気付いていないだろう?従来の双腕肢乗機とは設計が根本的に事なり、脚がある。それが今までの双腕肢乗機に慣れてきた操縦者達には大きな違和感となって扱い辛い物にしているのだ」

「そんな言うほどの事かなぁ……」

「その認識が既に異常なのだ」

 フィオの言葉に呆れた表情を見せるのはシャルロットだけでなくマイカやフラン、更にはリリアまで変な物を見る目でフィオを見つめる。

「まぁ簡潔に言えばアリア・チューリップ少尉にはこの機体との適正は無くテスト・パイロットは不可能だったと言う事だ…尤も今後、戦乙女の戦闘データが十分に取れれば現行の問題も解決し搭乗することも可能になるかも知れんがな」

 シャルロットはそう言って締めくくり空間ディスプレイに映し出された戦闘データに目を移す。

「ノーランド技術中尉、ここの数値だが……」

「それは……」

 話が高度な専門用語になり始めフィオの頭では追いつかなくなる。

 戦闘データの検分とやらがいつまで続くか分からない以上、暇をもてあそぶのは確かだ。どうしたものかと辺りを見回してみると何やらポリポリと言う音が聞こえてくる。音のする方を見れば案の定と言うかリリアが煎餅を口にしながら片手でパネルを操作していた。

「…なんであいつ等は毎度毎度、何か食べながら仕事しているんだ?」

 ここで言うあいつ等とはチューリップ姉妹の事だ。

「育ち盛りだからって言ってましたけど?」

 それは嘘だ。と言うかそんな嘘に引っ掛かるなよとフィオはエルムの天然さに呆れる。

 等と話をしている姿をリリアは視界の隅に捉えるとタタンと軽快にパネルを叩く。

 次の瞬間にはフィオの目の前に空間ディスプレイが表示され、膨大なメールリストが表示される。

「うぉっ?!」

 驚くフィオを他所にもう一枚、空間ディスプレイが表示されそこにメッセージが浮かび上がる。

『暇なら仕事手伝って』

「手伝えって何を……」

『メールの仕分け。艦橋に送られてきた報告をフォルダごとに分類しておいて』

 話はそれで終わりだと言わんばかりにメッセージを表示していた空間ディスプレイは閉じられメールリストが表示された空間ディスプレイが一回り大きくなる。

 早くやれと言う事か。強引なその態度に呆れつつも、暇を持て余していたのも事実なのでフィオは言われたがままメールの仕分けを始める。

「なになに…?<警備シフト>に<機関室の臨時メンテナンス>…?あと何だコレ。<燃えるゴミの日変更>とか<今週の献立>って……」

 分類されず雑多に並べられていたメールリストは見ていて飽きさせない件名だ。

 親切にも分かり易くフォルダには<シフト>とか<機関室>と言った具合に丁寧に分類分けされているから仕分けるのも楽そうだ。

 複数の光線で構築された空間ウィンドウに指を触れてメールをフォルダごとに仕分けていく。横からエルムも顔を覗かせながら時折、「それはこっちのフォルダでは?」とかフォローしてくれる。

 流れ作業的に進めているとふと気になる件名を見つけた。

「なんだこれ…?」

「<海賊の目撃情報>…ですか?」

 エルムは首を傾げ、

「フィオさん、海賊ってなんですか?」

「旧世紀では海に出没する犯罪集団の事を指していたんだけど……今は宇宙で出没するならず者たちを指す言葉だな」

「ようは悪い人たちって事ですか?」

「簡潔に言えば。ま、噂によると海賊たちの間でも正統派とそうでないのとに分かれるそうだけど……迷惑なのは変わらないよ」

 そう言ってフィオは肩をすくめてみせる。

 そんなフィオ達の横から手を伸ばして<海賊の目撃情報>のメールを開く。

「フン…目撃情報はバルバスのすぐ近くか……妾の眼と鼻の先でこのような不埒者どもを放置する訳にはいかないな」

「シャルロット殿下…こう言った事は軍の治安維持部隊にお任せいただければ大丈夫ですので……」

 メールを見たシャルロットの物言いに何かを感じたのかマイカが具申する。シャルロットはムッと顔を顰め、

「まだ何も言っていないだろう。決してこの艦を使って威力偵察をしようとか考えている訳ではないぞ」

「考えている事、口に出しているぞ」

 呆れ顔のフィオを他所にシャルロットはそっぽを向く。

 そもそもドッグ入りしているシルバー・ファング号を出撃させるのは無理ではないのだろうかと思い聞いてみると、

「航行ならもう可能よ。今は最終点検と報告書を仕上げるためにここに居るだけだしね」

「もう直ったのか?」

「直す所も少なかったのよ。ま、あんたのヴァルキリーを除いてね」

 含みのある言い方にフィオは思わず呻き声を上げる。

「蹴りあげたと聞いて私たちがどれだけ肝を冷やしたと思っているのよ。整備員総出で昨日までオーバーホールしていたのよ」

 ジロリと睨むフランの眼の下には確かに隈の様な物が見える。

 流石に悪いと感じ、

「あーその……以後気を付けます」

 と頭を下げて見たが物の見事にその無防備な後頭部に向けてフランの拳骨が振り下ろされた。以前の説教だけでは気が収まらなかったらしい。

 悶絶しているフィオを他所にシャルロットは思案顔で、

「ふむ……ところでハヤカワ中佐」

「……何でしょうか」

 嫌な予感がする。マイカは直感的にそう思った。

 悪い上司に散々振り回されてきたのだ。その手の直感は磨かれている。

 あまり嬉しくないが。

「シルバー・ファング号のメンテナンスはほぼ完了しているそうだな」

「はい」

「では航行には一切問題は無いと?」

「……殿下。先程も申しましたが」

「あぁ安心しろ。別に海賊共のねぐらを強襲するわけではない」

 マイカが疑問に首を傾げて見せるとシャルロットは鷹揚に頷いてみせ、

「ちょっとしたお披露目式、だ」


 お偉いさんからの呼び出しなど十中八九、面倒事に決まっている。ケインズはそう認識していた。そもそも用がなければ呼びだす必要はないのだし呼びだす側だって暇ではないはずなのだ。と言う事は暇で無い上司が態々、時間を作ってまで呼び出すと言う用事とは余程の事で、結論―面倒事なのだ。

「そう思わないかい?」

「艦長…お願いですからそんな事、そのお偉いさんの前で言わないでくださいよ」

 護衛役で付いてきたボルドが呆れて呟く。フィオの強化合宿にはついて行かずに艦に残った彼は不運な事にケインズの護衛役に選ばれてしまった。シルバー・ファング号にはケインズとの付き合いが長い者が多い。故にケインズの性格も熟知しているし余計なひと言を漏らしかねない事も知っている。その時、気まずい思いをするのは一体誰か。キーストン班を含め、白兵戦隊の全員が同じ事を考えた。結果、護衛役は公正かつ平等にくじ引きで選出される事になりボルドはそれに選ばれてしまった。

 苦言を呈してきたボルドに向かってケインズはひらひらと手を振る。

「大丈夫大丈夫。さすがにもう良い大人なんだし、それくらい分別は付いているよ」

「その割には誰が耳を立てているか分からないエントランスでそんな危ない台詞よく吐き出しますよね」

 嘆息するボルドを他所にケインズはゆったりとした表情でエントランスを眺める。忙しなく動き回っている人たちばかりでケインズに気付くような人はいない。精々、「さっきからあそこで突っ立っているのは誰だ?」くらいだ。

 故に何を言った所で聞き咎められる可能性は低い。ケインズはそう考えていた。

「そう言えば艦長。今日はどなた様に呼び出しをくらったんですか?」

「んー?ノーストン中将だよ。この前の工場惑星でのテロ事件について口頭での報告を要求された」

「ノーストン中将って…確か第3連合補給大隊の指揮官ですよね。何でそんな人があのテロ事件について聞いて来るんです?」

「建前としては工場惑星からの物資輸送に問題が生じるため…とか言ってたけど本音は違うだろうね」

「と言いますと?」

「ただの嫌がらせ」

 だからそう言った危険な台詞を堂々と吐くなよとボルドは思う一方で件のノーストン中将に対しても呆れ溜息をつき、

「<上>同士の利権争いって奴ですか」

「そう言う事」

 面倒だろとケインズは肩を竦めてみせる。

 今ケインズは星間連合軍の新型双腕肢乗機の試作機、その機体を預かる身だ。

 試作機となると様々な利権が絡む。例えば兵装1つ取ってもどこのメーカーのどの武器を選ぶか。採用されるかどうかはともかく推薦するくらいならケインズにだって出来る。それを知って近づいてきている輩がいる一方でそれをよく思わない輩もいる。

 今回のノーストン中将は後者だ。

 あの中年特有の丸顔で張り出た腹の姿が脳裏に浮かんでケインズは更にやる気を落とした。せめて中将付きの補佐官が美人の女性である事に期待しよう。しかし目に浮かぶのは中年太りした男の姿のみ。しかもゆでダコみたいに顔を真っ赤にしている。

「あぁ…駄目だ。余計な事を考えたら目の前に幻影が」

「艦長。多分、それ幻影じゃないと思います。こっちに顔を真っ赤にして向かってきているのってノーストン中将ですよね」

「あ、やっぱり本物だったんだ」

 あっけらかんと言うケインズにボルドはため息をつくしかない。

「マクシミリアン大佐っ!!どういう事だこれは!!」

「開口一番そんな事を言われましても小官には分かりかねますなぁ中将」

 正確には心当たりが多すぎてなのだが。

「とぼけるな!!何が目的で勝手に艦を動かしている!!」

「………ん?」

 本格的に見当がつかなくなってきた。

 同時に嫌な予感がする。

「申し訳ないのですが中将……何のお話でしょうか?」

「何の話だとぉ……」

 ノーストンは真っ赤だった顔から湯気が出んばかりに歯をむき出し、

「先程、貴様が指揮するシルバー・ファング号がドッグの管制官を無視して勝手に出航したと連絡がきた!!貴様、今度は一体何を企んでいる!」

 ノーストンの言葉にケインズは口を噤んだ。

 まず何を企んでいるんだと言われ「特にこれと言って何を企んでもいません」とは口が裂けても言えない事は普段の自分を省みればよく分かる事だった。

 そして何故勝手に出航したのか、その真意を掴むことは出来なくとも理由は分かる。

「……あのお方にも困ったもんだなぁ。そう思わないかい」

「………黙秘します」

 そっぽを向くボルドにケインズはヤレヤレと首を振り天井を仰ぎ見る。

 その脳裏には不敵な笑みを浮かべるあのお姫様の姿が浮かんでいた。


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