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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第2章 命と覚悟
20/95

第1話 続・王女からは逃げられない

第2章、始まりました。

前話から更新が1カ月近く開きましたが……


今後はもっと開くかもしれませんね!!


いや、頑張って更新速度は上げたいです。ハイ……

序章

 思い出すのはどこまでも暗い暗い記憶。

 それは夢ではなく実際に自分が経験した過去の記憶なのだと今でもはっきりと思い出せる。薄暗いあの世界で自分はずっと引き金を引き続けていた。

 クロスサイドから覗いていた標的は次第に遠のき、スコープに代わった後もそれは続いた。標的が肉眼では見えずスコープの最大倍率でようやく補足できる距離になった頃、自分の存在意義を悟った。

 私は引き金を引く機械ではない。

 私は命を奪う人形なのだと。


 アリアは緩やかな微睡みから目を覚ました。窓から差し込む光がアリアの体を照らす。寝る時は服を着ない主義のアリアは薄いキャミソールと下着だけの姿で起き上がる。光が薄いキャミソールを透かしているがそれをアリアが気にする事は無い。誰かに見られるとしてもそれはこの部屋で一緒に暮らしている妹のリリアくらいなのでどうとも思わない。

 殺風景な寝室に1つだけ鎮座するキングサイズのベッド。大の大人が3人並んで寝っ転がんでも尚、余裕のあるそれはリリアが拘った代物だ。2人には広過ぎるこの世界で唯一、このキングサイズのベッドだけが2人のためだけの世界だった。

 その何時も隣に居るリリアが今朝はいない。ぐるりと部屋を見渡してみれば扉が開いていた。先に起きているのだと分かるとアリアは小さく欠伸をすると共に右手に握っていた拳銃を迷った挙句、下着の紐に挟む事にした。

 寝室を出るとすぐにダイニングだ。ダイニングと言ってもテーブルが1つと椅子が2脚あるだけで先程の寝室よりもさらに生活臭は薄く感じる。

 リリアは椅子に腰かけ携帯端末でニュースを見ていた。

「おはようアリア」

「おはようリリア」

 たったそれだけの挨拶。

 しかし2人にはそれで良かった。

 それだけで互いの存在を確認し合えたのだから。

「コーヒーは?」

「いつも通り」

 それだけ言うとリリアは立ち上がりコーヒーメーカーのポッドを手に取るとマグカップに注ぐ。アリアは砂糖多め、リリアはミルクを多めに入れる。

 休暇の度に交代で行ってきた習慣なので互いの好みは把握し合っている。

「アリア、今日の予定は?」

「何も無い」

 アリアは首を横に振り「リリアは?」と問い返すとリリアは「午後から出勤」と答える。

 そのまま特に会話らしい会話も無く時間だけが過ぎていく。それが日常なのだと言わんばかりにただ時間だけが流れていく。

 2人の間にあるのは静かな沈黙ではなく穏やかな空気だった。生まれた時から一緒だった2人の間にはもう余計な言葉はいらない。アリアにはリリアの心が、リリアにはアリアの心が通じ合っている。

 当然だ。何故なら自分たちはそうとして生まれたのだから。

 否、生まれたのではなくそういう風に造られ――

「そう言えば」

 物思いにふけっていたアリアにリリアは今思い出したと言わんばかりに携帯端末から顔を上げ呟く。

「確か今日」

「……?あぁ帰って来るんだっけ?」

 アリアの脳裏に浮かんだのは2か月前に出会ったとある少年の事だ。

 無事に首都惑星バルバスに到着した瞬間に白兵戦部隊の面々に連れていかれる彼の様子はまるで屠畜場に運ばれる子牛の様だった。

 果たして無事だろうか。正直に言って彼には同情するしかないがあの毒蛇の牙に掛かってしまった以上、諦めてもらうしかない。

 そう自分の中で結論を付けるとアリアはコーヒーを啜った。


 囚人の気持ちが良く分かった。

 娑婆に出るとはこういう事を言うのだ。2か月ぶりに見る普通の町並みはささくれたフィオの心を温かく癒してくれた。

「帰ってきた……っ!!帰ってこれたんだなぁ俺……っ!!」

「そこまで感動する事かい?」

 目頭を押さえて涙を堪えるフィオの姿を見てベンは苦笑する。

 首都惑星バルバスに着いたその日にドナドナよろしくベン率いる白兵戦部隊に連れていかれたフィオに待ち受けていたのは軍人になるための基礎訓練だった。

 それも生徒がフィオ1人に対して教官はベンと他2名。訓練の密度は半端ではなく最初の1週間は毎日の様に気絶した。それも1日に1回や2回ではなく、4回とか5回くらいは気を失っていた。教官3人が生徒1人に付きっきりで訓練を施すなどまず普通ではありえない事なのだが、その代わり成果は上がった。

 基礎体力の向上や銃器の使い方、軍の規則、戦術と戦略。詰められるものは詰められるだけ詰めさせた。成長期あって身体の成長も素晴らしくまた生来の器用貧乏のおかげか知識面でも問題は無い。

 少なくともベンにしてみれば其処らの新兵よりも出来は良いと確信している。

 ただ問題は本人のやる気なのだが、

「畜生…いつか絶対こんな仕事辞めてやる……辞めてやるぅ……」

「いやまだ着任もしていないのに辞める話をするのもどうかと思うけど……まぁ君の場合仕方ないよねぇ……」

 さめざめと涙を流すフィオを見てベンは同情する。

 フィオの首根っこを押さえている借用書と言う名の枷。

 星間連合軍の新型機、ヴァルキリーに訳あって乗り込む事になってしまったフィオはダーナ帝国軍との戦闘でこれを損壊させてしまう。尤も戦闘なのだから全くの無傷である事の方がおかしいので余程の事が無い限り普通であればそれが問題になる事はない。

 だがそれを普通で余程の無い事にした男がいた。ベンの上司でもあるケインズ・マクシミリアン。彼はフィオが軍人で無い事を理由に作戦行動中に損壊させたヴァルキリーの修理費やその他諸々をフィオに請求してきた。身寄りのない少年のフィオにはとてもではないが払いきれない額、それをフィオが星間連合軍に入隊する事で必要経費だったと言う事で処理してくれる事するとケインズは持ちかけフィオは泣く泣くそれを了承した。

(正直、詭弁も良い所だけど)

 あまりにも強引すぎるので大丈夫なのかとケインズに1度尋ねてみたのだが、

「あぁ大丈夫大丈夫。最初にね、結構脅かしたからアッサリ信じてくれたよ」

 と予想以上に外道な事を言うので呆れた。

 尤も今更なので驚きはしなかったが。

「ま、今日1日くらい羽を伸ばしてもいいかな?着任は明日からなんだしね」

「……そうだ、まだ1日。1日残っているんだ。だったら」

 フィオは顔を上げ右腕を高々と上げる。

「今日1日はまだ一般人!!徹底的に羽伸ばして娑婆を満喫してやるぅ!!」

「………あぁでも」

 フィオが決意を露わに叫んでいるとベンは何か残念な物を見たかのように顔を歪めていた。その声には心底同情する色が込められている。

「1人で満喫するって言うのは無理みたいだよ」

「は?」

 そう言ってベンはついっと指さす。

 その指先に居る人物を見てフィオは驚きで目を丸くする。

 仲良く腕を組んでこちらを見ている2人組。

 1人は眩いばかりの金髪。変装のつもりなのか長い髪をポニーテールに纏め野球帽を被っている。目元を隠す黒いサングラスのせいで男女の区別が顔では判別でき無くなっている。しかしTシャツとジーンズという飾り気のない格好がその見事なまでのプロポーションを惜しみなく形に表している。

 一体誰がこの少女がアースガルド王国第一王女(シャルロット・イグドラシア)だと思うだろうか。加えて言うのならフィオが入隊しなければならない要因を、とういうより陰謀に加担していた1人である。

 そして腕を組んでいるもう1人の少女。こちらは美しい銀髪の少女だ。腰まである長い髪はサラサラと風に靡いて、水色のワンピースとカーディガンが清楚なイメージを醸し出している。

 思えばこの少女、エルム・リュンネと出会った時から自分の周りで何かが変わり始めた様な気がしてならない。

 自分を数奇な運命へと誘った2人。その2人が目の前に現れた事でフィオの最後の休日は否応なしに終了を迎えた。


「まったく……一体何が不満だと言うのだ?こんな美女2人と共が出来るなど世の男どもなら泣いて喜ぶだろうに」

「勝手に決め付けるな」

 フィオは不機嫌な顔を隠すことなく睨みつける。

 野球帽を被った少女、シャルロットはヤレヤレと首を横に振り、

「どうするエルム?どうやら妾たちと連れ合って歩くのが嫌らしい」

「困りました…」

 シャルロットに意見を求められた銀髪の少女、エルムは可愛らしく首を傾ける。

 こうして無自覚に可愛らしいポーズを取れるのはエルムくらいだろう。

 天然無垢で自分の容姿が優れている事にも無頓着だからちょっとした仕草が不意に心を揺らす。逆に隣に居るお姫様は自分の容姿が優れている事に確信的だ。

 だから態と前屈みになりほんのり瞳をわざとらしく揺らして、

「そんなに嫌なの…?フィオくぅん……?」

「やめろ。マジでやめろ。鳥肌が立つから」

 フィオの本気の拒絶の声に流石のシャルロットもげんなりとした表情で、

「お主、仮にも王族である妾に対してその口のきき方はどうなのだ?第一継承権者だぞ?」

「かと言って今更、口のきき方改めて接したら、アンタ打ち首にでもするんだろ?」

「よく分かったな!!」

「頼むからマジな顔をして驚かないでくれ……マジだったのかよ」

 この国の法律はどうなっているのだろう。ケインズと言いこのお姫様といい何故こんな人物たちに権力を与えてしまっているのだ。

「ところでフィオさん。フィオさんはこの後何か予定があるんですか?」

「いや無いよ…適当に街をブラブラしようかなって…」

 そう言うとエルムはニッコリと笑い、

「じゃあ一緒に行っても問題ないですよね」

「……まぁいいけど」

 何となく押し切られてしまった。相変わらず卑怯臭い笑顔だと思う。

 フィオはハァとため息をついて、

「最後の余暇だと思ったんだけどなぁ」

「なんだまだ軍に入った事、納得していないのか」

「当り前だろ。あんな汚い手、使ってきやがって…訴訟起こしたら相討ち覚悟で如何にかなると思うか?」

「難しいと思うぞ。何せ妾が公的にお主の存在を認めてしまっているからな」

「…?あ、推薦入隊制度か?」

 フィオは自分がどうやって入隊したのか思い出した。

 推薦入隊制度。特定階級以上の将官が才覚を認めた人間を星間連合軍に無条件で入隊させる制度。聞くところによるとアースガルド王国第一継承権者には将官とある程度同じくらいの権限があるらしい。その権限を使い、シャルロットはフィオの推薦状を書いた。一応その後、他の将官たちによる審議があるのだがシャルロットの直筆と言う事で形骸的に終わってしまったとのこと。ますますこの国の法律が心配になって来るフィオだが、

「妾とてそうそう前言を撤回する訳にはいかないからな……仮にどうしてもお主が訴訟に乗り出すと言うのなら全力で裏工作をしなければならないな」

「堂々と裏工作しますなんて言うなよ」

「何を言う。ケインズなど四六時中しておるぞ」

「もうヤダこの国」

 がっくりと肩を落とすフィオ。そんなフィオの肩をエルムは優しく叩く。

 慈愛に満ちた笑みでエルムはそっとフィオを慰める。

「フィオさん。諦めが肝心ですよ」

「お前、意外と酷いよな」


 王族との買い物、そう聞いてどれだけ高額なやり取りが行われるのかと思っていたら案外普通でブラブラとウィンドウショッピングをしている時間の方が長かった。

 時折、服屋に入っては女子2人でアレが似合うコレが良いとワイワイと話しているのを見ていると普通の少女たちにしか見えないのだから不思議だ。

 ちなみに男2人は微妙な距離を保ちながら女子2人の近くで立っており、時折聞こえてくる「どっちがどっちの彼氏かな」といった言葉を全力で無視している。

 仮にもシャルロットの相方などと思われた日にはシャルロットに何をされるか分かったものではない。

 2人の共通の認識だと思ってフィオはベンにそれとなく伝えてみた所、苦笑され、

「リュンネさんだったらそういう風に見られても良いの?」

 返事に窮した。ベンは若いなぁと内心で呟き視線をあちらこちらに泳がせているフィオの肩を叩いた。

 暫くしてエルムが腕時計を見て、

「あ、そろそろお昼ですね」

「うむ。まだあの店が空いていそうだから行くとしよう」

 そう言ってシャルロットが指さしたのは何処の町にもありそうなファーストフード店だった。勿論、一流のとか3つ星のとかそういった枕詞がつく所では無く、ごく普通の庶民向けのお店だ。思わずベンと顔を見合わせてしまうがシャルロットはエルムを連れさっさと行ってしまう。

 もしかして何も知らないでファーストフード店に入ろうとしているのではないだろうか、料理を運ぶのがセルフサービスだと知ったら逆上しないかとか考えてしまったがどうやら杞憂だった。

「Lサイズバーガーのセットを4つ。携帯クーポンはここで良いか?」

「………」

 しっかり割引サービスまで利用するお姫様はやたら注文慣れしていた。良く来るのだろうか。そうだとしたらフィオは自分の中にある王族のイメージと言う物を大きく下方修正しなければならなくなる。その横でベンも顔を押さえていた。

 

「さてそろそろ行くか」

「何処にだよ?」

 食べ終わった紙袋などを丁寧にゴミ箱に捨てるとシャルロットは言う。

 その台詞にフィオは首を傾げる。

「視察だ」

「だから何処にだよ」

 フィオの言葉にシャルロットはヤレヤレと首を振る。

「決まっておろう?貴様の職場だ」


「……で?」

「うむ。シルバー・ファング号に視察に行くと言った途端に逃げだそうとしたのでな、そこの兵士に命じて拘束させたのだ」

 そう言ったシャルロットにケインズはハァと曖昧な感じに頷いた。その視線の先にはガッシリとベンに腕を拘束されたフィオが項垂れていた。ブツブツと「まだ半日残っているのに……」と繰り返しつぶやいている。

 その様子に憐みを覚えたケインズは思わず「不憫な…」と言って目頭を押さえる。

「いや。その不憫な状況を作った貴様がなにを言うか」

「ま、それは置いておいてですね」

 あっさりと目頭を押さえる振りを止めてケインズは肩をすくめてみせる。

 その変わり身の早さにシャルロットは苦笑する。

「ご視察だと仰っていましたけど…どうします?誰か人付けて艦内を案内いたしましょうか?私はこの後、連合艦隊本部に行かなければならないのですが」

「艦内は先日、見て回ったから問題は無い。それよりもこの間の戦闘データを検分したいからブリッジへと連れて行け。案内はこ奴でよい」

「また俺か!!」

 ベンに拘束されたままだったフィオが叫ぶ。

 そんなフィオの叫び声を無視してケインズはサッサとその場から立ち去ろうとする。

 シャルロットとは短い付き合いでもないし嫌いと言う訳でもない。しかし苦手意識はある。何せこの殿下の前では得意の口八丁が通じないのだ。直球で物事を問いただし、直球で核心をついて来るのでケインズとしてはやりづらい。

 ただの視察だとか言っているが十中八九、何か面倒事に巻き込まれる可能性の方が高い。

 なので戦略的撤回を試みたのだが、

「ケインズ、あとで土産話を持ってこいよ?」

 あっさりとケインズの考えなど読まれてしまい、こうやって後で呼び出されてしまう約束をされてしまうのだった。


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