エピローグ―<星砕き>―
工場惑星。先日のダーナ帝国の突然の襲撃に惑星全土が混乱の只中にいた。
そんな中、ロンドは一人、工房の裏手で瓦礫の山を前にして煙草をふかしていた。
「……フィオ……エルム……」
ロンドは行方知らずになった2人の子供たちの名前を呟く。
心の底から悔やむ。どうして自分が付いて行ってやらなかったのだと。緊急事態宣言の後、街中に帝国の双腕肢乗機が出たと聞いた時、真っ先に思い浮かんだのは2人とそして2人が運んでいた例の新型だ。
帝国の狙いはあの新型かとロンドは血の気が引いた。あの新型に積まれていた脚―恐らくは小型化されたC2機関は狙われるのに十分値する代物だ。
すぐに2人に連絡を取ろうとしたが回線が込んでいて駄目で雇用主の方とも繋がらない。焦燥に駆られている間に事態は収まり、そして破壊された街中で工房のトレーラーは見つかった。積み荷は無く、また2人の姿も無かった。
工房の男たちは泣いた。どいつもこいつも涙腺が緩いやつらばかりで悲嘆の言葉しか吐かなかった。そんな中、アンナは気丈に振舞い、
「まだ亡き骸が見つかった訳じゃないのに泣いているんじゃありません!!これから復興作業があるっていうのにそんなんじゃあエルムちゃんに笑われますよ!!フィオ君にだって情けないって言われちゃいますよ!!」
アンナは皆を鼓舞して手分けして崩壊した町の瓦礫の撤去作業や救助活動の手伝いを治安機構と協力しながら男たちに指示した。情けない事にロンドも指示される側だった。
「……アンナの言う通りだな、まだ死んだって決まった訳じゃねぇ」
ロンドはそう呟いて煙草を揉み消すと瓦礫の山に捨てた。皆の前では強がっていたアンナ。けれど彼女だって別に平気な訳ではないのだ。長年夫婦をやっていればそんな事は分かる。ロンドはアンナが待つ居間へと向かった。
ロンドの捨てた煙草は壊れた救命ポッドの中に落ちた。機能を完全に停止した救命ポッドは何も反応を示さない。中に居た彼女をここまで連れてきた時点で役割を終えているのだから。役割を終えた機械は静かに眠るだけ。
任務を終えた報告をただ静かに送って。
煙草の煙が漂う。有害な紫煙は空気清浄機によってすぐさま換気されるが体内に吸収される分はどうしようもない。
煙草をふかしている女はただぼんやりと天井を眺めていた。そんな女にどこからともなく機械的な声が語りかけてくる。
『提案。その煙は無意味である。貴方の思考回路に何ら影響与えることなくまた空気を汚染するだけである。即刻、停止するべきである』
「思考に何も影響を与えないなら良いでしょ。空気が汚れるって言っても微々たるものよ」
『一般的にその煙は体に有害とされる』
「生憎とこんな程度じゃあ身体を壊しようも無いわ」
煙草をふかしていた女は自嘲的に笑う。そう、こんな程度の毒素では到底、身体を壊しようも無い。
機械的な声も何も言わない。全く持ってその通りだったからだ。
仮に彼女が煙草の代わりに麻薬を吸おうと酒に溺れようと―それこそ本物の毒でも仰いだ処で体調を崩す事すらしないだろう。
彼女はそう言った存在だ。
「……遂に、来てしまったのね。ここまで」
女は目を細めて呟く。長かった。長過ぎたと言っても過言ではない。
けれど決して待ち望んでいた訳では無かった。
「可哀相な子ね…こんな世界で目覚めてしまうなんて……いっそ目覚めなければ、永遠に宇宙を漂っていた方が何も知らずに幸せだったでしょう」
女は火が点いたままの煙草を放り投げる。小さな放物線を描いて落ちていくその赤い火はまるで小さな流れ星で―無残に床へと転がった。
「連中の動きは?」
『報告。不明』
「簡潔で素敵ね」
女は苦笑して新しい煙草に火を点ける。
そして紫煙を吸うと、
「何としても彼女を知られてはならないわ。あらゆる手段を持って守りなさい」
『了解』
機械的な声はそう答えた。それっきり反応は示さす女も天井を眺めたままだ。
「今度こそ……今度こそ為してみせるわ。この戦いの終焉、全ての始まりを終わらせる為の戦いを」
女は天井を見つめる。
そこには太陽を中心に回る8つの天体が描かれている。それを強く、とても強く憎しみを込めて女は睨みつける。
「必ず為してみせる。<星砕き>をね」
追記 活動報告にあとがきモドキを載せました。お時間のある方は見て頂けると幸いです。
………いや、特に見て頂かなくても大丈夫なんですけどね?