第17話 終わりで無く始まり
やっと第1章も終りを迎えました。初投稿で色々、慣れない事ばかりでしたがここまで来れました。
第2章も成るべく早く、投稿できると…いいなぁ……
3個小隊のうち1個小隊を撃墜し、もう1個小隊の半数を戦略的に割く事に成功はしたが数の不利は未だ覆った訳ではない。
双腕肢乗機の数では1.5倍、戦艦の数では2倍の数で不利な状況に追い込まれているのだから。
シルバー・ファング号の両脇を固める様にして敵艦は布陣し、こちらの横っ腹を左舷の敵が1隻が攻め、もう1隻の方へと押しやろうとしている。右舷の敵艦はシルバー・ファング号と並走する壁のようにして砲撃を行い、シルバー・ファング号の退路を塞ぐ。距離を取ろうにも攻撃の手が激しく迂闊に動けない。加えて徐々に3隻の距離は縮まり、砲撃の密度も濃くなっていく。
「左舷ビームカノン撃てっ!!」
マイカの号令のもと三連砲が斉射される。しかしそれは直撃に至らず別の方向から砲撃を受け衝撃で艦が激しく揺れる。
最新鋭艦であるシルバー・ファング号には光学兵器の威力を大きく減衰させるリフレクト・シールドがある。
それでもダメージは蓄積し艦の動きは鈍くなる。マイカは激しい揺れの中、倒れないように足に力を入れる。
「くっ!……」
「マイカ君、座った方が良いよ?」
「大丈夫ですっ!!……双腕肢乗機小隊へ通達!!2機編成にて敵を牽制、交代で補給を行いなさい!!」
『けどよぉ副艦長ぅ?補給に行っちまうと手薄になるぜ?』
「弾薬もエネルギーもギリギリでしょうが……!!」
すでに予備のマガジンも残り少ないにもかかわらずロイの様子は普段とまるで変わらない。星間連合のエース、<雀蜂>の名は伊達ではないのだと改めてマイカは痛感していた。
「マイカ君」
「何ですかっ!!艦長っ!!」
敵からの砲撃を受けまた激しく揺れる艦内でマイカはケインズの方を見ずモニターばかりに集中している。
だから気付かなかった。ケインズの眼に。何時ものようにどこか人をからかっている様なそんな不真面目な眼で無く、獲物を狙うまるでそう―蛇の様な眼。をしている事に
「右舷2時の方向に斉射後、左舷へ回頭して」
「え…っ?!」
「ほらほら、早くしないと次の砲撃が来るよ?」
「は、はいっ!!右舷2時っ!!ビームカノン撃てっ!!」
ケインズに急かされマイカは砲撃の合図を出す。ここにきて初めてケインズが戦闘に関して命令を出してきた。その事に軽い驚きを感じてよく確認もせずに砲撃の号令を出したがよくよく見ると敵艦の居る位置とずれている。見当違いかと思った矢先、敵艦は動きを止め、回頭を始める。
「なん……」
「なんでって……自分の進行方向に突然、ビーム飛ばされたら驚いて進路くらい変えてくると思うよ?」
ただそれだけの事さとケインズは嘯く。そして敵艦の動きに合わせこちらも艦首を左舷へと変える。右舷の敵に艦の後方を向ける形になるがケインズの威嚇砲撃に驚いて回頭している敵にこちらを攻撃してくる余裕はないようだ。
それが一瞬の好機となる。
「次いで急速下降」
「っ!!急速下降開始っ!!」
ケインズの意図を察知しマイカは叫ぶようにして指示を出す。
シルバー・ファング号は斜め下へと下降しながら左舷への回頭を続ける。
左舷と右舷の敵艦が向かい合う。そして同時にビームが放つがそこには既にシルバー・ファング号の姿は無く、それどころか向かい合った敵艦同士の位置は互いに真正面を捉えていて、外れたビームは互いの船体を傷つける結果になった。
「回頭止め、前進して敵艦の真下に潜り込むよ」
「り、了解っ!!」
更に追撃を駆けるべくシルバー・ファング号は戦艦同士の誤射によって混乱に浸っている敵艦の真下を狙う。敵の意識が最も薄くしかし実際にそこを狙うのは難しい位置。相手の混乱とシルバー・ファング号の機動性能を最大限に生かして初めて成功するチャンスと言えよう。させじとデュランダル達がシルバー・ファング号を狙い、迫りくる。だがロイのワイヤー・ガンとアリアの電磁投射砲によって宇宙の藻屑と消える。
「それじゃあ……まずは散々追いかけまわしてくれた方から片を付けるとしますかね」
飄々とした言い方のままケインズはスッと右腕を上げ、
「目標、上方のガウェイン級敵戦艦……ってーっ!!」
ブリッジを震わすケインズの号令にシルバー・ファング号の両舷に備えられた3門の砲、計6門のビームカノンが光の束を放つ。
まるで天に昇る白き蛇のようにしてその牙は無骨な敵艦の腹を食い破り、暴力的な輝きを放つ。
そして爆散。マイカは呆気にとられケインズを見る。
ケインズは肩を竦め、
「ま、こんなところかな?これで1対1に持ち込めたんだ。あとはじっくりやろう」
「………け……」
「ん?なんだい?マイカく……」
小首を傾げ尋ねよとした所で呆然と口を開いていたマイカは眉を跳ね上げ、
「これだけ的確な指揮が出来るのなら初めからちゃんとして下さい!!!!」
「うぉっ?!」
マイカの怒声にケインズは椅子から転がり落ちた。
リリアはハァとため息をつき、
「何やってんだか」
と呟いた時、リリアは敵の動きに気付いた。
「艦長、敵艦後退している」
「そ。逃げるのならそのまま捨て置いておこうか」
「な…っ!!よろしいのですか?」
「よろしいも何もたった1隻じゃあ深追いするのは危険に決まっているだろう?」
確かにそうですがとマイカは渋い顔で頷く。
「ま、適当に砲撃しながら敵が逃げ出しやすい状況作ってよ。そっちの方がこちらの損耗も少なくて済む」
「……了解しました」
マイカは敬礼を返し砲撃の命令を出す。
ケインズは椅子にもたれかかるように身を沈め暢気に欠伸をする。それからふと思い出したかのようにリリアに尋ねる。
「そう言えばフィオ君はどうしたんだい?」
「え…?あっ!!」
マイカはしまったと言った顔つきで血相を変える。囮となって敵を引き付けた彼は果たして無事なのだろうか。
ケインズは逃げ続けて敵のエネルギー切れを狙うと言っていたがそう上手くいくものだろうか。そう言った不安がマイカの中に再び鎌首を持ち上げてきたが、
「……」
リリアは無言で1つの空間ディスプレイを表示する。シルバー・ファング号の後ろから近づいてくる機影、人型のそれは所々傷を追っているが真っ直ぐこちらへと向かってくる。
「どうやら無事みたいだね」
「えぇ……本当に」
ホッと胸を撫で下ろすマイカ。しかしケインズは得意のニヤけた笑いを見せながら、
「しかし…損傷が目立つね。ノーランド中尉、今大丈夫かい?」
『…何?』
気だるそうな声で通信に出たフランは怪訝な眼をケインズに向ける。
何せケインズが例の仕草を見せているからだ。警戒するのはもはや致し方ない。
「いやいや、そんな警戒しなくても大丈夫だよ。うん。ただね?ちょっとヴァルキリーの損傷具合を見て教えて欲しいんだよ。映像を見る限り肩部装甲をまた壊されている様だし修理がまた必要だよね?」
『………』
眉を顰めて何が言いたいんだと口を開こうとして……何となく言いたい事が気付いてしまいフランは閉口する。どうしてこう…考えが陰湿と言うか…何とも形容しがたい思いに駆られながらもフランはため息をつく。
『……見積書でも作ればいいのね?』
「そうしてもらえると助かるよ。あぁそろそろそっちに着艦するみたいだからよろしくね」
了解とフランは短く答えて通信を切った。その様子をマイカは不安そうな顔つきで見つめる。
「艦長……一つお伺いしても?」
「何かな?マイカ君?」
「前髪かき上げて今度は何をお考えなのですか?」
その問いにケインズはニヤリと心底邪悪な笑みを見せたのだった。
項垂れたまま格納庫を後にしたフィオの背中には疲れが滲みついていた。
理由は簡単。フランを怒らせた。
あれ程、口を酸っぱく注意したにも拘らずヴァルキリーの弱点部分を敢えて使用すると言う暴挙。動力機関が壊れなかっただけマシだと思え、最後にはそう脅迫されフランの説教は終わった。
格納庫を出る前にブツブツと「修理代……水増し……」とか何とか呟いていたのは気のせいだと思いたい。
「やぁやぁ!!素晴らしい活躍だったねフィオ・ランスター君!!」
「アンタ……」
親しげに声をかけてくるのはなんとよりにもよって今、フィオが一番会いたくない人物だった。無茶苦茶な作戦を立ててそれを実行する。一見理がかなっているように見えて実はとんでもなく綱渡りな作戦だったのだと全部が終わった後に改めて感じた。
けれどそれももうお終いだ。
「もう少しで……もう少しでバルバスまで着くんだよな」
「そうだねぇ……そうしたら」
この茶番ともお別れだ。口には出さなかったがフィオはようやく荷が下りたと言わんばかりに嘆息する。
「ところでランスター君」
「………なんだよ。もう何が起きても俺は首を縦に振らないからな」
警戒心バリバリでケインズをフィオは睨む。そんなフィオを他所にケインズはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて1枚の用紙を取り出す。
「これ何だと思う?」
「何だと言われても……分かる訳無いじゃん」
「実はこれ……ランスター君の給与明細なのだよ」
「……は?」
目を大きく開けてフィオは呆然とケインズが持つ用紙を見つめる。
ケインズは手にした用紙をひらひらと振って見せ、
「まずアレだね……殿下の捜索の時に言った80100クレジッタ。あとその後の戦闘での危険手当とか成功報酬なんか諸々込みで150000クレジッタ」
「マジでっ!!」
合計で230100クレジッタ、予想外の額にフィオが驚くのも無理はない。
「ま、でも最初に言った通りここから昼食代とか支給品でマイナスさせてもらうけどね」
「あ……そっか、そう言えばそうだった」
よくよく思い出してみれば80100クレジッタと言う中途半端な額は宙勅題や酸素代と言うフィオの借金を鑑みてケインズが色を付けてくれたからだ。
「さて…ランスター君の控除額だけど……昼食代880クレジッタ、制服代12000クレジッタ、部屋代4000クレジッタ、酸素代61200クレジッタ、練習機使用代3200クレジッタ…」
「う…」
意外とある。特に酸素代が痛いかもしれないが使うなと言うのが無理なので目を瞑るしかない。それにまだ148820クレジッタも手元に残る計算だ。そうフィオがほくそ笑んでいるとケインズはそれを更に上に行く邪悪な笑みを見せて、
「……塗装代120000クレジッタ」
「………え?」
残り28820クレジッタ。
「頭部アンテナ修理代120000クレジッタ、肩部装甲交換代300000クレジッタ、<短銃身拳銃型光学砲>代3000000クレジッタ、動力機関装甲修理代200000クレジッタ、王家専用脱出艇20000000クレジッタ……」
「ちょっと待っ………!!」
あっという間に差額はマイナスになり、
「というか王家専用脱出艇ってそんなに高いのかよ!!」
「しめてなんとマイナス20891180クレジッタだってさ!!」
グッとサムズアップしてくるケインズに向けて本日何度目になるか分からない顔面を殴り飛ばした衝動を抑えフィオは抗議する。
「お、おかしいだろ!!なんで俺がそれ支払わなきゃいけないんだ!!」
「え?だってランスター君、軍人じゃないでしょ?と言う事は作戦で消費したエネルギーとか物はウチの予算で出す訳にはいかないなぁ」
とんでもない事を言いだすケインズにフィオは唖然とする。
軍人であれば作戦で使用した経費として認められるがフィオは軍人では無いのでフィオが消費した物は経費で支払う事は出来ない。
故にフィオ本人に請求する。
こんな無茶な話があるかと思う一方でケインズならやりかねないと言う確信がフィオの中にあった。
「じ、自己はさ……」
「請求者の1人は王族だしなぁ。民事裁判所で取り上げてもらえるかなぁ」
「なんだその権力の横暴は!!!!」
打つ手なし逃げ道なし。フィオがダラダラと脂汗を流しているとケインズは懐からもう1枚別の用紙を取り出す。
「ところでランスター君。ここに1枚用紙があるんだけど何だと思う?」
「し、知らない。これ以上は何も知らないぞ………」
これ以上借金を増やされてもどうしようもない。ジリジリとケインズから距離を取る。
ケインズはその用紙を広げてヒラヒラと振って見せる。
「実はこれ、シャルロット殿下直筆の推薦入隊の申請書なんだ」
「す、推薦入隊?」
確か艦橋でマイカが説明していた特別な入隊制度の事か。
「普通は将官クラスの人が書く物なんだけどね…これはアースガルド王国第1継承者のシャルロット殿下直筆の物だ。申請を出せば一発で入隊できるね」
嫌な予感がする。むしろこの場で嫌な予感をしない方が変だ。
チロチロと舌を覗かせる蛇を近付けられている幻想が頭をよぎるがフィオにはその蛇を掴まなければならない気がしてきた。
「入隊さえしちゃえば……あとは必要経費でどうとでも通せるんだけどなぁ………」
「ぐぉぉ……」
案の定、蛇が魅力的に見えて実際には地獄に叩き落とさんが為に脅しをかけてきた。
ケインズは2枚の用紙をフィオの前に晒す。
1枚はもはや借用書になってしまった給与明細。
もう1枚は推薦入隊の申請書。
首を縦に振るべきか横に振るべきか。
悩んだ挙句、フィオは前言を撤回し首を縦に振るしかなかった。
格納庫を出た時よりも更に項垂れながら通路を歩くフィオの姿は哀愁が漂っていた。
フィオは乾いた笑みを浮かべそれを見た他の兵たちが気味悪く引いている。
そんなフィオに声をかける人物が1人いた。
「フィオさん」
「……あぁエルムか」
顔を上げればそこに居たのは銀髪の少女。
エルムはやわらかな笑みを浮かべフィオの手をそっと握る。突然の行動にフィオはドキリと心臓を鳴らす。
「お、おい!」
触れられて嬉しい思いとまさかまたさっきみたいな事するんじゃないだろうなと言う警戒心が心の中でせめぎ合う。
ただ振り払うにはやっぱりためらいを感じてしまう。
「お疲れさまでした、フィオさん」
「お、おう」
ただの労いの言葉にフィオは顔を赤くする。もう見慣れたと思った彼女の笑顔に心を動かせてしまう自分に少し不安に思う。
「怪我……ないよな?」
戦艦の中に居たのだから当たり前である。それでも何か聞かなくては心が落ち着かなくて思わず聞いてしまった。
「はい。大丈夫ですよ」
フィオのそんな変な問いにもエルムは笑って答えてくれた。何でもない会話なのに先程までの陰鬱した気持ちが少しずつ晴れていく。本当に不思議だ。彼女と一緒に居ると自分の中の何かが自分を突き動かして仕方がない。
「あー…ところで、さ。お前この後どうすんの?」
「?どうする…ですか?」
「そ。この後、この艦はバルバス……えっとアースガルド王国の首都惑星に行くんだ。そこまで行ってその後、どうするのかなって…ほら記憶喪失とか」
「えっと…シュウ先生が専門家の方を紹介して下さるそうです。後の身の振り方は……実はまだよく決めていないんです」
困りましたと眦を下げて微笑む。フィオはハァとため息をつく。
このままバルバスに着いてステーションで身元の照会、そして記憶喪失の原因を探すのは良い。問題は彼女がそれまで1人で良いかと言う事だ。エルムなら1人でも乗り越えてしまいそうだけれど工場惑星での別れ際、ロンドからエルムの事を任された。
あれはきっと今も有効だろう。
何より自分自身、彼女のために何かしたい。そう思っている。
「……とりあえず、さ。バルバスに着いたらロンドさんたちに連絡取ろうぜ」
「はい、それは私も考えていました」
「で…その後なんだけど……俺も暫くバルバスに居る事になるから……その間は俺も協力するよ」
「え……?」
キョトンとしたエルムの表情にフィオは苦笑しながら話を続ける。
「記憶を戻す手伝い。1人じゃ大変だろ?俺もなんか予想外な職に就く事になっちまってきっと慌しいけど……でも、さ」
フィオはそこで言葉を一端切り、握られた手を逆に握り返す。
「エルムの事も何とかしてやりたい……そう思っているから」
エルムは眼を少し見開いてそして、
「………ありがとうございます。私、やっぱりフィオさんの事信じて良かったです」
綺麗な微笑みでそうフィオに応えた。
こうして長い長い戦いの物語は始まった。
その戦いの裏に多くの秘密を抱えながら少年と少女は戦いの中で真実に至れるのか。
それはまだ誰も知らない。
ただ世界と歴史はこの時、確実に回り始めた。
遥かな先、終焉へと。