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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第1章 Boy and Girl engage Valkyrie
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第16話 逃げるだけの簡単なお仕事…?

 突如現れたターゲットがこちらに目もくれず何処かへ逃げていった。普通だったら追いかけるべきなのだがここは例外だ。

 惑星の影すらない宇宙空間、そこで無闇やたらに動けば自分の現在地を見失うばかりか遭難と言うことだってありうる。だからカラスは追いかける事を一瞬躊躇した。

 しかしその一瞬のためらいを打ち破るかのように旗艦から連絡が入る。

『ザーノス少佐!!すぐに今の機体を追え!!』

「…何事ですかダグラス艦長?」

『いいから早く追うんだ!!でないとまた逃げ切られるてしまう!!』

 顔を真っ赤にしてどなり散らすダグラスの表情には余裕がない。よほど緊迫した状況なのが見て取れる。カラスは努めて冷静に尋ねる。

「逃げ切られると言うのは…あの新型の事ですか?」

『……それだけではない……』

 ダグラスは歯をギリギリと鳴らしながら呻く。

『内通者から連絡があった。シャルロット・ユグドラシアが新型と共に脱出したと……このままでは星間連合軍の新型機破壊もシャルロット・ユグドラシアの暗殺もどちらも失敗に終わる!! 分かったらさっさと追え!!!!』

 怒り心頭と言わんばかりに口から泡を吐きながら姿にカラスは内心ため息をつきながらも覚悟を決める。

「了解しました。敵機を追撃します…ラウルは俺について来い!!ドーラ、それにフローラ!!ここは任せたぞ!!」

 ダグラスとの通信を切り部下に指示を出す。名指しされたドーラは渋い顔をしながらカラスと通信を繋げる。

『隊長、危険だ。宇宙空間…ましてや星間連合の領域内で遭難する可能性も否めない。全員で追った方がリスクも少ない』

「ここで我々が全員で追い掛けたらここの戦線は崩壊するさ……こっちはこっちで何とか片を付けてくる。すまないがドーラ、この場はお前に任せる」

『……了解』

『隊長!!ご武運を!!あとラウルっ!!アンタ、隊長の足を引っ張るんじゃないわよ!!』

『うるせぇ!!貧乳っ!!言われるまでもないってんだ!!』

『アンタ……返ってきたらぶちのめす』

 何時も通り無部下たちの掛け合いに苦笑しながらカラスは機体のスラスターを全開に吹かせる。

「遅れるなよラウル!!」

『うっす!!了解!!』

敵機が飛んでいった方へとカラスはデュランダルを走らせる。敵の新型のスペックは工場惑星で見た。この距離ならまだ追いつくことも出来る。

「悪いが逃がしはしないぞ…!!」

 カラスは前方を見据え低く呟いた。


 戦場から離れていく2機のデュランダルを見てケインズは満足そうに頷く。

「うんうん。まぁ上等かな」

「上等って……わずか2機ではありませんか」

 横で険しい表情をしているマイカがケインズに言う。しかしケインズは首を横に振り、

「いや、上等さ。1個小隊の内、その半分を失ったに等しいんだからね。しかも追って行ってくれたのは機体の動きからすると例の黒翼小隊だ。敵の主力がいなくなってくれたんだ。上等といって過言は無いよ」

「はぁ………しかし……」

 マイカは呆れ半分、驚き半分でヴァルキリーが飛んでいった方を見る。

 その胸中にある想いは恐らくここにいる大半のクルーも感じている事だろう。

「……意外と上手くいくものですね。囮作戦というのは」


 ケインズの立てた作戦は至極簡単なものだ。

 ヴァルキリーを囮に使って戦力を割く、只それだけだ。

「敵の新型が何もせずに戦場から飛び去っていけば誰だって注目する。何かあるんじゃないかと疑ってかかるに違いないよ」

「確かにそうかもしれませんが……それで相手が釣れますかね?」

 ロイは口では疑問を投げかけているがその目は完全にもう笑っている。

 ケインズが言った作戦が面白くて仕方ないようだがそれを理解できる人間は少なかった。

「いいや?それだけでは不十分だろうな……だから理由を付けさせる。相手が思わず追ってしまいたいような奴をね。と、言う訳でシャルロット殿下」

「ん?なんだケインズ?」

「殿下も囮になって逃げて下さい」

 あっけらかんと言うので最初誰も何を言っているのか反応できなかった。

 次いでミーティング・ルームに起きたのは驚きの声と大きな笑い声だ。

「何を言っているんですか艦長っ!!殿下を囮にするなど正気の沙汰ですか!!スタッグ大尉も笑いごとではありません!!」

「まぁまぁ落ち着いてよマイカくん。囮を頼んでいる殿下自身が笑っているんだから何も問題はないよ」

「あるに決まっているでしょ!!」

「ま、冗談はさておき」

「はっ?!冗談?!」

 混乱するマイカを他所にケインズは話を進める。

「確か連れてきた家臣団の中に内通者がいるんでしたよね?取り敢えずその家臣団全員に今からヴァルキリーと共に脱出しますって伝えて来てもらっていいですか?」

 あっさりと艦内に敵のスパイがいる事を暴露したケインズに口がふさがらない者が3人、無関心が1人に苦笑する者が2人。

「成程…偽の情報を渡す事で敵の目を引き付ける訳だな?」

 シャルロットの言葉にケインズはニヤニヤと笑いながら頷く。

「そんな……上手くいくんですか?」

 オズオズとフレデリックが尋ねる。ケインズは大きく頷くと、

「こう言った囮作戦は分かり易い方がいいんだよ。下手に小細工打ち過ぎて何で逃げ出したのか分からなくなるかよりはね。大事なのは相手に気付いてもらって追いかけてもらう事さ」

「はぁ……」

 分かった様な分からないようなそんな微妙な顔つきでフレデリックは頷く。しかし上官からの命令だしと納得する事にしたようだ。

 マイカも未だ半信半疑な顔をしているが他に代案がある訳でもましてや時間がある訳でもない。行動を速やかに起こさなければと軍人としての意識を優先する事にした。

 ロイやアリア、シャルロットたちは最初から反対する気はない。面白うそうだと面倒だからという意見に分かれるだけで。

 この作戦に参加する訳ではないエルムには賛成も反対も無い。

 そして最後の一人はと言うと―

「絶対無理っ!!何言ってんだよ!!」

 無論、断固反対だった。フィオは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。当然と言えば当然だった。何せ囮となるのはフィオ本人。本当は戦場に出るのも断りたい所なのにその上更に危険な役目まで回されようとしている。

「大丈夫、大丈夫。ランスター君には逃げ回っていてくれているだけで良いから」

「逃げ切れる訳ねぇ!!こんな宇宙のど真ん中でどうやって逃げ切れって言うんだ!!」

「適当に真っ直ぐに飛ぶ。本当にそれだけで良いよ」

 何でもない事の言うケインズ。

「はぁ…っ?」

「それともう一つ」

 ケインズはピッと人差し指を立ててこう言った。

「別に逃げ切る必要はないよ」


 ケインズの立てた作戦通りに戦場を離れたフィオはセンサーで後ろを確認する。どうやらついてきているのは2機だけのようだ。

 ケインズは必要ないと言っていたがこれなら逃げ切れるかもしれない。

「距離も開いているしこれなら…って、うぉっ?!」

 フィオがホッと安堵したのもつかの間、突如響いたアラーム音に驚く。見れば前方にはデブリが漂っている。どうやら小惑星帯に出くわしてしまったようだ。フィオは舌打ちをしながらもスラスターの制動で小惑星帯を巧みにかわす。

 偶然にもシミュレータでの特訓が活きる形になった。この小惑星帯を上手く障害物にして逃げれば逃げ切れる確率もあがるだろう。

 そう思ったのだが、

「っ!!ウソだろ!!おいっ!!」

 自分を追ってくる2機のデュランダルは速度を全く緩めることなく小惑星帯に飛び込みデブリを悉く回避していく。敵の技量はそれだけで計り知れた。

 ただの民間人である自分とでは技術と経験に圧倒的なまでな差がある。

「うぉっ!!」

 更にその上こちらに対して攻撃まで加えてきた。デブリを楯にやり過ごしたが間違いなく直撃コースだった。これだけ距離がまだ離れているのにもかかわらず正確にこちらを攻撃してくるなんてとフィオは動揺していた。

「逃げ切るのは楽そうじゃないな……」

 フィオはハァと溜息をつく。飛び出して間もないがもう辞めたくなってきた。

 しかしそうもいかない。ここで諦めてしまっては囮作戦は水の泡、ここまで引き付けた意味が無くなってしまう。

 フィオはチラリと時計を見る。

 作戦開始前に告げられたケインズの言葉。

 逃げ切る必要はない。

「逃げ続けていればそれでいい、ねぇ……」

 未だ半信半疑ながフィオは迫りくる追跡者から逃れるべくスロットルを高めた。


「だぁ!!早く落ちやがれ!!」

 ラウルは苛立った表情で照準を合わせる。センサーに目標を入れ引き金を絞る。直撃するはずだったそれは飛び跳ねる様に上昇した目標に当たらず虚空の彼方に飛んでいく。

 しかし避けたは良いが飛び上がり過ぎて背中をデブリに衝突させてしまっている。間抜けな敵の動作にラウルは舌打ちをする。

 未だ敵を仕留められないこと、本来の作戦が進行していないことへの苛立ち、そして何より彼を苛立たせているのが、

「こんな素人然とした奴に梃子摺っているなんて……っ!!」

 先程の様にデブリには衝突するわ直線的な動きしかしないわ、何処からどう見て素人にしか見えない相手だ。工場惑星での襲撃のときから感じているのだが搭乗者は本当に軍人として訓練を受けた人間なのだろうか。ぎこちない動きに加え戦闘機動も定石とは言い難い。

 にも拘らず敵は寸での所でこちらの攻撃をを回避している。フラフラと飛んでいるようにしか見えないが、こちらの攻撃にだけは人が変わったかのようにかわしてくる。

 ラウルは敵をキッと睨みつける。このままじゃあ埒が明かない一気に接近して格闘戦に持ち込むか、とラウルが兵装を入れ替えるべく操縦桿を操作しようとした所で待ったがかかった。

『落ち着けラウル。無暗に突っかかって行っても勝てる相手とは限らないぞ』

「た、隊長っ!!けど……!!」

 誰よりも尊敬する上官からの待ったにラウルは唇をかむ。もどかしいこの状況、何より信じられないのがこの場に帝国の精鋭騎士であるカラス・ザーノスがいるにも拘らず敵を未だに仕留め切れていない事だ。

 もしや自分が知らぬうちに彼の足を引っ張っているのではそんな不安が胸をよぎる。

 そんなラウルの後ろ向きな考えを他所にカラスはジッと敵の動きを見る。

『しかし…これはもしかすると……』

 カラスはそう静かに呟き、ガトリング砲を構える。放たれた弾丸を敵の新型は危うげにかわし、デブリの影に隠れる。カラスは油断なく敵機に近づき、ビームブレードを即座に展開、脚付きの新型が気付いた時には既に光の刃は振るわれていた。

『うぉぉぉぉ!!』

 裂迫とともに振るわれる刃は一切の躊躇が無かった。

 追跡を始めてからそれまでカラスたちは新型を捕獲するために攻撃は最低限に抑えていた。しかしカラスはその躊躇を一切捨てて、敵を撃墜する気迫で刃を振り下ろした。会心の一撃と言っても良かった。並みのパイロットだったら今の一撃で機体を真っ二つにされていてもおかしくは無い。

 しかしその強烈な殺意はどうやら敵のパイロットに敏感に察知されたらしく。機体を傷つけるには至らなかった。

 急加速を行い上昇すると敵機は再びデブリの裏側へと隠れる。

「た、隊長!!今の一撃は流石にまずくなかったですかね?!直撃していたらアレ、真っ二つでしたよ!!」

『いいんだよラウル。これではっきりした…こいつは囮だ』

「……はい?何ですって?」

『囮だよ。確かに逃げに一徹している様に見えるが、こちらを振り切ろうとはしていない。付かず離れず、最適な距離を保っているな……大方、こちらの戦力を割くためだろうな……見事に引っ掛かってしまったな』

「っ!隊長、戻りましょう!!フローラたちが!!」

『駄目だ。今ここでアレに背を向ければ撃たれかねない』

囮とは言え背後を見せれば撃たれてもおかしくは無い。新型機はデブリの裏に隠れ、動いていないのを見ると何かを狙っているとしか思えない。

「…ならさっさとアイツを潰せばいいだけですっ!!」

『よせ!!ラウル!!』

 カラスの制止を振り切りラウルはビームブレードを展開、岩陰に隠れた脚付きの新型を狙う。

 武装は特にしていなかった。固定兵装は工場惑星でも見たあの手首から伸びるビームブレードだけだろう。接近戦で素人然した星間連合の兵士に後れを取るとはラウルは考えていなかった。機体を大きく上昇させ、敵機の頭上から奇襲をかける。光の刃を振り上げて飛びかかったラウルが見たもの、それは――

「なっ!!……」

『ラウルっ?!』

 通信が乱れたかと思えば次の瞬間、ラウルの乗るデュランダルに無数の光弾が叩き込まれる。カラスは最初、それが何なのか分からなかった。だがラウルのデュランダルが両腕を振り上げたままその腕を吹き飛ばされたのを見てようやく敵のビーム攻撃だと分かった。

 岩陰から姿を現した脚付きの両腕にはいつの間にか武器が握られていた。それは今まで見たことも無い形をした武器―例えるならそうハンドガンだった。

 どこにそれを隠し持っていたのか――それよりもカラスが驚いた事があった。

『バカな……連射可能なビーム砲だと?!』


 ビーム兵器は双腕肢乗機の主兵装とも言える。威力・速度共に高く汎用性も大きい。しかしその一方で問題点が1つあった。

 連射性である。高熱エネルギーを打ち出すビーム兵器は砲身に負荷をかけ無理をすれば戦闘中に融解しかねない。火薬式の弾丸が火を付けるだけで放たれるのに対し、ビーム兵器にはエネルギーの再チャージと言う時間的ロスも存在する。この2点からビーム兵器の連射性は無いに等しいとされてきた。

 しかしフランに言わせればその2点さえクリアすればビーム兵器は連射可能だと言う。

「砲身の役割はビームを真っ直ぐ、一直線に飛ばしやすくするためにあるわ。ライフルの溝の様なものね。真っ直ぐ飛ばない事には遠くの敵に当てるのは無理……でもある程度近ければどうかしら?」

「近く……?」

「そ。真っ直ぐ飛ばなくてもある程度、前に飛べば当たる距離……つまり近距離、もしくは中距離での射撃ね。別に珍しい話ではないわよ?そういった銃も存在するし戦い方も存在する。その場合、銃に求められるのは連射性なんだけどビーム兵器にはそれは不可能とされてきた」

「再チャージの時間的ロスだろ?」

「えぇ。ビーム兵器はどうしてもチャージと言う時間を消せずにいる。でも消せないだけで縮める事は不可能ではないわ。そこで私が考えたのが威力を落とす事よ」

 そう言ってフランは空間ディスプレイに<ガント>の設計図を映し出す。

「威力を落とす事でチャージするのに必要なエネルギーを減らす。1発1発の威力が落ちたと言っても砲身への負荷はある。でもそれは砲身を切り詰めて冷却個所を小さくする事で効率を上げる事が出来るわ。そうして出来たのが短い砲身で連射可能な近距離・中距離用のビーム兵器、<ガント>よ」

 遠くの敵を撃ち落とすのは難しいが目標が近ければその連射性で複数の敵を相手取ることも出来ると言う。尤も今のフィオの腕前では当てるのだけで精一杯なのだが。

 しかし連射可能なビーム兵器という存在は少なくとも相手に警戒心を与えたらしく敵との距離を稼ぐ事が出来た。フィオは岩陰に隠れ相手の出方を見る。両腕を破壊されたデュランダルはもう一体のデュランダルに庇われながら後退している。フィオと同じく岩陰に隠れ身を守る様だ。

 だがこれで終わりではない。もう一体のデュランダルは隙なくビームブレードとビーム砲を構えフィオを警戒している。

 確かに連射性能ではフィオの方が上手だが一撃の威力に関しては敵の方が大きい。

 一手でもフィオに決める事が出来れば向こうの勝ちなのだ。それに対してフィオの勝利条件は厳しい。

「どうしたもんな……」

 緊張のあまりふるえる指先は今にも引き金を引いてしまいそうだ。そんなフィオの心情を知ってか知らずか敵のデュランダルが動きを見せた。

 嫌でも自分の表情が強張るのを感じる。

 デュランダルの動きに合わせフィオも岩陰から飛び出し2丁のハンドガンを構える。

 しかし、

「ウソだろ…っ!!」

 敵の思いもよらぬ行動にフィオは引き金を引く事が出来なかった。


 連射可能な光学兵器、その是非を問うまでも無く目の前で実際に無数に飛び交う光弾が部下の機体の両腕を吹き飛ばしたのだから認めるしかない。

 今重要なのはそれをどのようにして対処するかだ。たった1度の攻撃だけでは情報が少なすぎる。余裕があればもう少し、相手にあのハンドガンを撃たせて情報の収集をしたいところだが今は時間が無い。

 カラスは1つの賭けに出る事にした。

 最速の手段で敵の動きを止める。この際、出来るだけ無傷に鹵獲などと甘い事も言ってられない。

「仕留める…っ!!」

 カラスはデュランダルのスロットルを全開にする。

 同時に驚愕の手段に出た。

「うぉぉぉぉぉ!!」

 カラスの雄たけびが操縦席に響く。

 次の瞬間、デュランダルの肩部装甲がパージされた。

 次いでガトリング砲、下部シールド―ビームブレードを展開するのに必要でない装備と余分な装甲を片っ端からパージしていく。

 機体の重量を少しでも軽くする事で速度を上げる。

 武器はたった1つ、ビームブレードがあればいい。

 先程よりも早く動くデュランダルを見てフィオは慌てる。後退を試みるがそれよりも早く間合いを詰め、デュランダルは光の刃を振るう。咄嗟に突き出してしまった『ガント』は瞬く間に切り裂かれ使い物にならなくなる。

「畜生っ!!」

 フィオは<ガント>を投げ捨てスロットルを全開にし、デブリの間を駆け巡る。だがカラスの操るデュランダルも負けてはいない。即座にフィオへと追いつき右腕だけになったビームブレードで何度も斬りかかる。どうにかしてその斬撃の嵐をかわし、デブリを楯にし、ギリギリのところで致命傷をかわす。

「うぉぉぉ!!脚に掠りかけたぁぁぁ!!」

 むき出しの動力源に光の刃が触れかけた時には口から心臓が飛び出るかと思った。

 それでもフィオはしのぎ切って見せた。

 本人にしてみれば命綱なしで綱渡りをしている様な気分だった。

 見る者が見てもそれは危ない、白刃の上で踊るダンスの様だった。

 だが、

「……おかしいだろ………」

 両腕を破壊され満足に追撃も出来なくなったラウルはポツリと漏らす。

 年若いがそれなりに修羅場をくぐり抜けてきたから分かる。

 帝国の精鋭騎士であるあのカラス・ザーノスが振るう剣が如何に鋭いのかを。

 近くで見続けてきたからこそカラスが一閃一閃に殺気を乗せ、敵を叩き潰さんばかりに振るっているのが分かる。

 対してどうかあの新型の動き。まるで精錬されていない素人の様な動きだ。

 無駄は多いし今にもデブリに頭をぶつけそうだ。現にもう何度もデブリと衝突している。避け続けるばかりで反撃すらできない状況、相手の技量の低さが眼に見てとれる。

 それにも関わらずだ。

 それにも関わらず――まだあの新型は生き残っている。

 カラスの剣を無様な格好で避け続けている。

 その光景にラウルは信じられないと眼を見張る。

「なんで……なんで避けられるんだよ!?あんな動きで!!なんであの状況から回避行動に移れるんだよ!!」

 カラスが一閃にフェイントをかける。まんまとそれにフィオは引っ掛かり体勢を崩す。そこを狙ってカラスは必殺の一閃を放つ。

 誰の目にも次の瞬間、真っ二つにされたヴァルキリーの姿を想像させただろう。

 だが実際にはそうはならなかった。迫りくる刃と同じ方向に機体を強引に回転させてかわす。刃は機体を捉えず滑るようにしてすり抜ける。だがすぐさま返す刃でヴァルキリーへと襲いかかるが大きく後退してフィオはそれをかわす。カラスは刃を振り上げたままスロットルを吹かしヴァルキリーを追う。

 フィオは両腕のビームブレードを展開、交差するようにして構える。そこへデュランダルの刃が振り下ろされる。光の刃と光の刃がぶつかり合いエネルギーが散る。2秒も持たない間に両者は大きく後退し距離を取る。

 一連の攻防の中、カラスは漸く相手の動きの違和感に気付いた。

 素人じみた動き、なのに未だ仕留め切れていないこの現実。

 機体性能か―否、機体性能は既に大まかに把握している。

 では何故、一閃で敵を沈める事が出来ていないのか。

「やれやれ…っ!!認めたくないが、これは………っ!!」

 スロットルを全開にし急接近、フェイントにフェイントを重ね敵の注意を引く。

 案の定、2つとも反応して見せた。そこへ本命に一撃。しかしそれにも反応して見せ、かわされてしまう。

 もう確信が言った。このパイロットは精錬されたプロとは言い難い。

 しかし並はずれて強い物を持っている。

 それはそう―反射神経と動態視力だ。並みのパイロットだったら気付かないだろう2つ目のフェイントにまで反応して見せ、その上で本命にも反応してかわした。

 思い返してみればこのパイロットは工場惑星でも降り注ぐ瓦礫を行動規定とは言え掴んで見せた。あの高速の世界でどうしてそんなものが見えると言うのだ。

 それに今の今まで偶然だと思っていたあの時の光景。あれも今となっては納得がいく。

 全ては偶然ではなく必然だったのだと。

 機体が半壊した状況で最後の一撃を放った工場惑星での戦い。瓦礫の下に埋もれていたデュランダルに気付いたとは思えなかった。半壊した腕でビームが放たれた時、終わりだと感じた。機体の中心、胸部に向かって放たれた光弾がコクピットを貫く―とカラスが想ったその瞬間、ヴァルキリーは両腕を交差させていた。

 ちょうど先程、カラスの斬撃を防ぎきったような構えでビームブレードを胸部の前で交差させたのだ。その動きにカラスは全く気付いていなかった。

 気付いたた時には光弾はヴァルキリーを貫く事無く、交差させた刃の前にぶつかり弾けていた。それを見てカラスは呆然とし次に偶然だと思った。まさか光の弾丸に反応して見せた訳でもあるまいし偶然以外に刃で弾丸が防げるとは考えられなかった。

 だが恐らくあれも偶然ではなかったのだろう。無意識か本能の内か、自身を狙う砲口に気付き防御の構えを取ったのだ。

 そう考えるとカラスの背に戦慄が走る。

 パイロットと双腕肢乗機の関係は例えるなら脳と体だ。パイロットの入力、言わば脳からの指示に対し体である双腕肢乗機が指示を実行に移すまでの時間は0.01秒。しかし実際に双腕肢乗機同士の戦いが0.01秒の世界で行われているかと言えばそうではない。何故ならパイロットである人がその速度に追いつけないからである。人が脳からの指示を受けて行動するのにかかる時間は平均で0.2秒。これは鍛える事でさらに早くする事が出来るがそれでも0.1秒を切るのは不可能だと言われている。つまりパイロットが何か入力するまでの0.1秒から0.2秒の時間、この時間が実の所、双腕肢乗機が行動を行う時にかかる時間に加味されている。

 つまり、パイロットを含めた双腕肢乗機全体のワン・アクションの行動は最短でも0.11秒であると言う事だ。だがそれとてパイロットが人間の出せる最大のスペック、言い換えれば限界値だ。その値に近づけることは出来たとしても超える事は出来ない。反応速度に多少の自信があるカラスとて0.11秒でワン・アクションを行えるかと聞かれれば無理だと答えるだろう。非常識だとさえ思うに違いない。

 しかし、だ。目の前に居る相手はそんな非常識に近い存在な様だ。

 試しとばかりに計ってみたタイムは十分にカラスを戦慄させるものだった。

「0.14秒…っ!機体が反応する時間を差し引けば、僅か0.13秒でこちらの攻撃に反応していると言う事か!!」

 カラスの驚愕を裏付ける様にフィオが駆るヴァルキリーは数多の攻撃に対し俊敏な反応を見せる。尤もフィオは特に自分の反応速度に対して何も気付いていない。

「うわぁぁぁッ!!死ぬ!!絶対死ぬからこれ!?」

 フィオはただ無我夢中で操縦しているだけだ。

 フィオ自身は自分の才能に気付かず操縦しているのだ。全ては無意識の内に反応して起こしていた行動。実戦経験がまだ無いに等しいフィオにはまだ自分の才能に気付けるほどの余裕はない。

「もう無理!!絶対無理だ!!これ以上こんなおっかない連中を引き付けていられるか!!」

 フィオはデュランダルの袈裟がけを寸での所でかわしデュランダルの頭上を取る。

「っ!!やらせん!!」

 カラスは真上を取った敵が攻撃してくるものだと考え振り下ろした腕を軸にして機体を縦回転させる。上下逆さまになり、機体下部に備え付けられたシールドで防御、すぐさま反撃に撃つ構えを取る。

 だが、

「…?!撃って来ない!?」

「…?!何やってんだ?!あの兜野郎!?」

 フィオとしては頭上を取ったつもりで無く、頭上を通過したかっただけだった。

 カラスは戦場での定石で頭上を取れば攻撃するだろうと考えたが、そもそも軍人もどきである今のフィオにそんな定石など知る由も無い。

 互いの行動に虚を突かれつつもフィオは漸く相手が見せてくれた隙をついてスロットルを全開にする。

「逃げるが勝ちってなぁぁ!!」

 もう十分囮の役割は果たしたのだから後は元の場所まで戻ろう、フィオはそう考えていた。尤も、普通の軍人は態々相手に背中を見せて且つ殿も無しに撤退を考えはしない。

「くっ…!!待て!!」

 故にまた考えにすれ違いが起きる。

 フィオはただ逃げたかっただけだが、

「しまった…っ!!敵の狙いはラウルかっ!!」

 中破して動きが取れないラウルに向かって飛んで行っている様に見える敵に対しカラスは焦りを見せる。

 無論、フィオはそんなこと考えていない。むしろ先に中破させたデュランダルの存在そのものを忘れていたのだから。

「やらせるかぁぁ!!」

 カラスは機体のスロットルを全開にし右腕を大きく引く。

 『突撃』と呼ばれるデュランダル、帝国騎士団の戦法の1つだ。その名の通り敵に向かって一直線に進み右腕のビームブレードを突きだすという技なのだがそれ故に扱いが難しい。タイミングを見誤れば無防備な瞬間を晒す事になる。

 逆にタイミングさえ外さなければ必殺の一撃になる。全身駆動によって突き出される突きは機体の加速も加わりまず避けるのは困難、加えてデュランダルのビームブレードは星間連合で一般的に使用されている双腕肢乗機よりも高い出力を持っている。

 高速戦闘を軸に置いている星間連合の双腕肢乗機の装甲などデュランダルの刃の前では無力だ。カラスは眼前に無防備な背中を見せる敵に対して確信を持って告げる。

「終わりだっ!!」

 鋭く放たれる一撃。その殺気にフィオはゾクリと背筋を震わせる。

 デュランダルはもうかなりの距離まで接近している。いくらフィオが並はずれた反応速度を持っていても今から振り返っては間に合わない。かと言ってこのまま逃げ切れるかと言われれば確実に否。迫りくる刃はもうどうしようもなく機体を貫く。

「う……」

 背中から一気に串刺し。その光景を幻視した。

 迫る刃。あと僅かにでも踏み込まれればその切っ先はヴァルキリーの背に触れる。

 動け。何でもいいから動け。フィオはその直感とも生存本能とも思える単純な思考に飲み込まれる。即ち動く。状況を打破するために動く。

 動け動けと念じる脳はようやっと形をなした。

 アクティブ・スラスターの角度を調整、全身のスラスターを決められた方向へと向ける。

 行動規定に組み込まれた1つの動き、先程カラスも見せた縦回転だ。

 しかし、

「振り返った所で…もう遅い!!」

 そうカラスは叫び最後の一突きを繰り出す。

 そのはずだった。

「……なっ!!」

 繰り出したはずの1撃は大きく外れヴァルキリーを刺し穿つに至らない。考えもしなかった事態にカラスは驚愕を隠せなかった。

「嘘だろ…おいっ!!あの野郎、蹴りあげやがった!!」

 遠くで見ていたラウルだけが何が起きたのか全て把握していた。

 前方に倒れ込む様にして縦回転をしたヴァルキリーはその回転する勢いのまま振り上げる事になった足でデュランダルの右腕を弾き飛ばしたのだ。

 ようは後ろ蹴りでデュランダルの右腕を跳ね上げただけなのだが、カラスがそれに反応できなかった理由はただ1つ。足を使った戦闘など考慮していないからだ。そもそも無用な長物と考えられてきた双腕肢乗機の脚、カラスとて例外でなく気にも留めていなかった。故にこの奇襲が成功する。

 大きく蹴り上げられたデュランダルに隙が生まれる。ボディが大きく空いたデュランダルに対してフィオは大きくヴァルキリーの腕を引き、単眼のカメラアイに向け拳を振るう。

「うぉぉぉぉぉぉっ!!」

 上下逆さまの状態から繰り出された拳は正確にデュランダルの単眼を捉え潰す。メイン・カメラを破壊されたカラスは動きを止めざる負えなかった。

「今だぁぁぁ!!」

 相手は視界を奪われ行動は出来ない。正に一隅のチャンス。これを逃せば本当に後が無い。フィオは全身全霊を駆け行動に出る。

「…っ!!ここまで………っ!!」

 か、と最後まで呟きかけてカラスはふと眉を顰めた。

 タイミング的にもう来てもおかしくない衝撃。敵が自分のデュランダルに止めを刺さんとし何かしらの攻撃を加えるだろうと予測した未来は一向に訪れない。

『…あー……隊長?』

「ラウ…ル…か?一体何が?」

『いや俺にも良く分かりませんが……その』

 通信越しにラウルはとても言い辛そうに言葉を選んでそして簡潔にまとめてきた。

『……逃げられました』

「……何?」

『いえ……だからその……逃げられたんです。あの新型に。そりゃもうすごいスピードでこっから離脱して行って……』

 呆然と語るラウルの様子にカラスはようやく事態を呑みこめてきた。

 同時に不可解な行動の理由も。

「まさか……最初から逃げるつもりだったのか?」

 呆れるカラスにラウルはハッと我に返り、

『た、隊長!!まだ間に合うかもしれません!!追いかけましょう!!』

「……いや、無理だ。俺もお前の機体も損傷が大きすぎる。それに……」

 カラスは機体のコンディションを確認する。先程蹴られた右腕のダメージは少ないがメイン・カメラを壊されたのは痛い。

 加えてもう一つ。

「………しまったな。少しはしゃぎすぎたか」

『え?』

「機体のエネルギーゲージを見るんだ。少し心もとないだろ」

『…あっ!!』

 機体の残エネルギーを見てラウルは悲鳴を上げる。

 カラスは苦笑してパネルを叩く。

「やられたよ…まんまと誘き出されたよ。予想以上に飛ばされたし予想以上に戦闘にエネルギーを使いすぎた」

 ただの囮作戦では無かった。何もない宇宙空間、そこを延々と真っ直ぐ飛び続ける事で距離感を狂わせる。適度な距離を保ちながら追いつけそうな状況を作り引き寄せてエネルギーを消費させる。更に適度に戦闘を行わせさらにエネルギーを消費させる事で、

「行動不能に持ちこむのが目的……か。エネルギーの残りが2割程度じゃあ流石に追いかけるのは危険だな」

 追いかけられなくもないが追いかけた先で伏兵がいるかもしれない。その時戦闘になって残りのエネルギーでは戦うのは困難だろう。

「やれやれ誰が考えたか知らないが奇想天外としか言いようがないな」

『で、でも!!それはあの新型だって……!!』

「でも逃げたんだろ?恐らくあの新型はこれまでの機体よりもエネルギーを多く蓄えているか……もしかしたらエネルギー機関そのものを積んでいるのかもな」

『……駆逐艦並みの戦闘力があるとでも?』

 まさかなとカラスは自分で言っておいて笑い飛ばす。尤もこの時のカラスの冗談は正鵠を射ていたのだが。

「残念ながら今回はここまでだな……情けないがあとはドーラ達に任せるしかないな」


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