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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第1章 Boy and Girl engage Valkyrie
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第13話 そして平穏は走り去る

 お伴を仰せつかったフィオはげっそりとした顔でシャルロットの前を歩く。

 王女様がフィオに所望したのは艦内の案内だった。そうは言ってもフィオとてこの艦に来てまだ1日も経っていない。案内しろと言われても出来る訳がない。そうシャルロットに言ったのだが、シャルロットは聞く耳を待たず、無言のプレッシャーをフィオにかける。フィオはそのプレッシャーに押し負けて、ぶつぶつと文句を言いながら、フランから渡された携帯端末を使い艦内の情報を引き出す。詳細な艦内の地図を基にフィオは不慣れなガイドを務める。

「えーっと。ここが艦橋(ブリッジ)で……艦の指揮なんかを取る場所でいいのか?」

「ふむ…ま、及第点といったところだな。士官学校初級科の教科書くらいの内容だが」

 シャルロットの世知辛い評価にフィオはそりゃどうもとだけ答え、ブリッジの扉をあける。

「失礼しま……」

「入室するなら所属と階級を述べなさいと何度言えば分かるのですかっ!!」

 いきなりの怒声にフィオはビクリと肩をすくませる。

 黒い髪が逆立つのではないかと思うほどの怒鳴った方、マイカもあっと気まずい顔になり、

「あ、ランスター君でしたか……スイマセン、またスタッグ大尉かチューリップ少尉かと……ってシャルロット殿下っ!!」

 視界に金髪の女性を捉えマイカは慌てて最敬礼の姿勢を取る。

「し、失礼いたしましたっ!シャルロット殿下がご一緒だとは気付かずにお見苦しい所を…っ!!」

「ほぅ……東洋人の中佐、ということは貴官が副艦長のハヤカワ中佐か」

「はっ!そうであります!!」

 マイカは姿勢をビシッと伸ばし直立不動の体勢を取る。まさに軍人の鏡と言ったところだ。ブリッジには他にも軍人がいるが皆、緊張のあまり動けずにいる。

 そんな中、またもや例外が2人いる。

 クッキーを口にくわえながら黙々と作業を続けるリリアと軽く手を上げてシャルロットに答えるケインズだ。

「これはこれは…早速ですか殿下?」

「うむ」

 何やら目と目で頷き合う2人の顔には意地の悪い笑みが交差している。

 あまりに不気味なアイ・コンタクト、マイカは不敬だと思いながらも瞬間的にそう思ってしまった。フィオも今日と言う1日の中で十分と言っていいほどその笑みの被害にあっているので思わず身を引いてしまう。

 マイカは眉と眉の間に縦線を入れながらゆっくりとケインズに視線を向ける。

「艦長?早速とは……?」

「んー…きっと平気だから、気にしないでいいよ。うん、多分」

「…っ!また勝手におひとりでお決めになって……っ!!今度は一体何をするつもりなのですか!!」

「まぁ、待てハヤカワ中佐。妾はただここに居るランスター少尉に艦内を案内させるようケインズに言っただけだ」

 シャルロットはそう言って笑い、マイカを宥める。その笑みにマイカは強く出る事が出来ずたたらを踏んでしまう。

 そんなマイカを他所にシャルロットはぐるりとブリッジの中を見渡す。

 ブリッジには空間ディスプレイがそこら中に展開されている。一見しただけではフィオには何が映し出されているのかは全く分からない。

 シャルロットは一通り目を通すとふむと頷き、

「流石に最新鋭艦だな…日常的にこの数の情報を処理するとは……」

重騎士槍(へヴィーランス)級を製造するに当たり新たに構築された新OSの<アトラスⅢ>と本艦のメイン・オペレータであるチューリップ少尉の技量あっての事です殿下」

 ご丁寧な事にマイカが説明をし始める。

「量子通信システムにより艦全ての情報を一斉操作、文字通りブリッジを本艦の司令塔とすべく各部署の状況を常に把握しています。普通であれば10人がかりで管理・操作するシステムなのですが、チューリップ少尉はそれを1人でこなす事が出来るだけの才覚を持っています」

「有名だからよく知っている。なにせ姉妹同じくして推薦制度で入隊したのだからな」

「推薦制度?」

 言葉自体は何処にでもありそうな制度だがそれが軍隊となるとどこか違和感のあるそれにフィオは首を傾げる。

「才能ある人を採用するための制度です。星間連合軍では入隊に特定の訓練を終える事等を入隊条件にしていますが、それ以外にも将官クラスの方々がこの人はという才能ある人材に無条件で入隊してもらうための制度もあるのです」

 説明をしたのはやはりマイカだった。その言葉を引き継ぎケインズが補足を入れる。

「審査基準はとても厳しい訳だが……通ればかなり優遇措置されるよ。ちなみにだ、アリア君は狙撃の才覚、リリア君は情報処理関連の才覚が認められ恐らく星間連合軍史上初となる姉妹同時推薦入隊と最年少記録を更新したね」

 2人ともまだ13歳とケインズが言うとフィオは俺より年下なのかよと驚いた表情を見せる。そんな話も無視してリリアはクッキーの箱に時々手をやりながらずっとパネルを操作している。幾つもの空間ディスプレイが閉じたり開いたりを繰り返して、更にはグルグルと彼女の周囲をディプレイが回っている。これを全て1人で処理しているのかとフィオは感嘆する。見ているこっちが混乱してしまいそうな光景だ。

 シャルロットはぐるりとブリッジ内を見渡し、ふむと頷いてから、

「ここはもう良い。行くぞランスター少尉、エルム」

「はいはい……」

 さっさとブリッジから出ていってしまうシャルロットを追うためにフィオは軽くマイカ達に頭を下げてから後を追う。エルムは逆にしっかりと「失礼しました」と断ってから急ぎ足で前の2人を追いかけていった。

 その後ろ姿を見ながらマイカは渋い顔をして、

「艦長、今からでも誰か別の案内役をつけるべきではないでしょうか?そのランスター君は……」

「当然、殿下ももうご存じだよ」

「いえ、それ以外にも警備上の問題も……」

「それも平気」

 ケインズは生欠伸を噛みしめながら答える。

「既にベンたちが行動に移っているし、それに監視の目もリリア君がやってくれている」

「!い、何時の間にそこまで手を回されていたのですか!!」

「ん?シャルロット殿下から要求されてからかなぁ…艦内を見て回られたいと言うから各部署の責任者たちにはもう話は通してある。加えて艦内の主要な場所には交代で白兵戦隊のメンバーを設置している。こことは別室のモニタールームではベンたちが24時間体制で殿下たちの動きを追っているから心配いらないよ」

 飄々と言うケインズにマイカは愕然とする。

 手回しや対応の速さシャルロットがこの艦に来てからまだ2時間と経っていないのに一体いつの間に連絡を取っていたのだろうか、いやそれよりも、

「………それだけ早く対応できるなら普段からそうして下さい!!」

 改めてこのグウタラ上官に腹が立ったマイカだった。


 ブリッジを出た後、フィオ達は再び艦内巡りを始める。

 砲撃室ではクールクイス人の砲撃班班長が歓迎してくれた。「主砲でも撃ってみますか?」という提案に「動く的が欲しい所だが……」と何故かフィオを見るシャルロットの視線に背筋が凍り強引に砲撃室から退出する。操舵室では寡黙な航海班班長が静かに頭を下げてそのまま作業に戻った。東洋人の血が混じっているらしく黒髪が印象的で黒いサングラスをしていた。もっとも3人の目は何故か壁に飾られている反りのある細身の刀剣、俗に言う日本刀に釘付けにされていた。1本や2本ではない。ざっと見て20本はある。鑑賞用なのかと思ったが明らかに使い込まれている跡がある。それもつい最近のもの。「何か赤い物が……」とエルムが不吉な事を言いきる前にフィオは2人を連れ強引に操舵室から出る。行く先々で驚いたり苦笑したりする人は多いが、マイカの様に非常に畏まった様子を見せる人は少ない。フィオはその差をケインズの考え方に染まっているのかそうでないのかの違いであると踏んでいる。

 しばらく歩いている内に次は機関室に行こうと言う話になった。

「ん…?なんだあれ?」

「ちっ…予想外に早かったな……」

 前方からこちらに駆け足で近付いてくる集団、来ている服装が軍服と違い装飾などが多く施された礼服に近い。

「ここにいらっしゃいましたか!殿下!!」

 先頭に立つ老人が焦燥した様子でシャルロットに近づく。

 皆一様に包帯を巻いたりガーゼで止血していたりと血色の悪いものが多い。

「騒々しい奴らめ……」

「殿下!?」

「言わんでも分かる。襲撃にあったのだから大人しくしていろと言いたいのだろ?心配しすぎだぞ、爺」

 どうやらシャルロットの口ぶりからするに彼女の御供らしい。怪我をしているのも先程の戦闘に巻き込まれたからであろう。

「殿下…?そのものたちは?」

 爺と呼ばれた老人が訝しげな表情でフィオに視線をやる。他の従者たちも似たような目をしている。ふとフィオはその視線に違和感を覚えたが、それが何なのかまではフィオにも分からなかった。横目で様子を見るとシャルロットやエルムは何も気づいていないようだ。シャルロットはふふんと鼻を鳴らし、

「そこの男はフィオ・ランスター、戦乙女の操縦者だ」

「なんと……!!」

 老人を始め全員が目を見開き驚く。

「この者は極秘に用意されていた予備パイロットでな。偶然にもヴァルキリーを運ぶ途中で合流したそうだ」

シャルロットがそう言うを先頭に居た老人が深々と頭を下げ、

「失礼いたしましたランスター殿。我らはシャルロット殿下にお仕えする者たち、専属従官でございます。私はその長であるユーリ・カインエノスと申します。ランスター殿におかれましては、殿下と我らの窮地を御救い頂いた事、感謝の言葉もございません」

「そ、そんな改めて礼を言われると……」

 フィオは照れた表情を浮かべ頭を掻く。シャルロットはニヤニヤと笑いながら、

「よいか?この者はあくまで予備パイロットだ。それも極秘に育成されていたと言う事をよく理解せよ」

「それはつまり…この者の素性に関して深く詮索すると?」

「そう言う事だ」

 ユーリは深く頷き、

「畏まりました殿下…ところで殿下は今、何を?」

「なに、この艦が気にいってな。今この者たちに案内をさせている」

 シャルロットがフィオとエルムを指さす。

するとエルムは深々とお辞儀をし、

「エルム・リュンネ二等兵です。よろしくお願いします」

「この者の淹れる紅茶が気に入った。この艦に居る間はこの者を私の専任給仕係とする。よいな」

「殿下の仰せのままに」

 ユーリを始め専属従官たちが同時に頭を下げる。シャルロットは満足そうに頷くと、

「では妾は散策を続ける。その間、ユーリお前がその者たちに指示を出せ」

「御意」

 そう言うとシャルロットは頭を下げたままのユーリ達の横をそのまま通り過ぎる。フィオ達もその横を気にしながらも通りシャルロットの後を追う。

「なんか…ホント、お姫様なんだな」

 フィオがボソリとそう呟くと、シャルロットはふふんと鼻を鳴らして胸を張る。

「当然だ。妾の血には誇り高き王家の遺伝子が受け継がれている。敬意と畏怖は我が一族の義務だ」

「よくわからねぇや」

「無理もない事だ。王家であるか否か、そこには互いに理解がしがたい壁が存在し合うのだ」

「ふーん」

 フィオは眉を軽く寄せよく分からないと言った表情をする。

 するとシャルロットは「それとだ」と一端前置きしてからフィオの頬に手を伸ばしてそっと撫でる。フィオはドキッと心臓が高ぶる音を聞く。が、それもほんの一瞬だった。

「次に妾の事を姫などと呼称したら張り手3発だ」

「なふぇ!!」

 何故と言いたかったが頬を振れていた手が突如ぎゅっと頬を抓り痛みで上手くしゃべられなくなる。そのままギュッと抓っていた頬をシャルロットは限界まで伸ばしてやるとそこで開放する。

「妾の気分を害したからだ」

「あんた結構横暴だよな!!」

「先程もいったであろう?妾は偉いのだ。まぁそれはさておき、妾は姫と呼ばれるほど気性は大人しくないからな。あまりそう見られたくないという点もある」

 そう言って何が誇らしいのかよく分からないが胸を張って見せるシャルロット。するとたわわな双丘が強調される。フィオは無意識のうちに喉を鳴らしてしまい、慌ててシャルロットから視線を逸らす。無論、フィオの行動などシャルロットにはバレバレでフッと鼻で笑うと、更に胸を張る。エルムは「うわぁ」と顔を赤らめ、

「シャルロットさん、大きいですねぇ」

「ちょっ!お前何言ってんだ!!」

「お主こそ何を想像しているんだ?ん?」

 慌てふためくフィオをからかう視線を寄こしながらシャルロットは笑う。

 と、エルムはキョトンとした表情で、

「おっぱいの事ですよ?」

 あっけらかんと言いきってしまう。これには思わずフィオとシャルロットは顔を合わせて呆れてしまう。

「お前…羞恥心とかないのかよ……」

 フィオがあきれ顔で言うとシャルロットもうんうんと頷き同意する。

 肝心のエルムはと言うとやはりキョトンとした表情で首を傾げている。どうやら本当に羞恥心と言うものがよく分かっていないようだ。よくよく考えてみると最初に出会った時もフィオを気にすることなく着替えを続けていた。

 記憶喪失で羞恥心を忘れてしまったという話は聞いた事がないから恐らくこれが性分なのだろう。

「ところで、何のお話をしていたんでしたっけ?シャルロットさん?」

「そこの男をどう裁くかという相談だ」

「違う!!姫と呼ばれるが嫌だって話だ!!」

 エルムが話を蒸し返そうとしてシャルロットがそれを面白おかしくひっくり返そうとしたのでフィオはそれを阻止する。

「ふむ。覚えていたか」

「当り前だ。数分前の会話を忘れるほど鳥頭じゃねぇよ」

 フィオはバカにしているのかと露骨に嫌な顔をする。にも関わらずシャルロットはそんなフィオの様子が可笑しくて堪らないと言った表情で笑う。

「本当に、愉快な奴らだな……お主たちは」

 今度はフィオとエルムが顔を見合わせる。互いに首を傾け合い、シャルロットが何をそんなに面白がっているか見当がつかないという顔だ。シャルロットは軽く手を振って、

「よいよい。妾の事情だ。気にすることはない。それよりもフィオ、早く機関室へと向かおうぞ」

「へいへい……」

 フィオは面倒くさそうに言うと、シャルロットはフィオとエルムを連れ機関室へと向かおうとし気付いた。

「あ」

「あ…っ!」

 角から曲がってきた人物はフィオの顔を見るなり顔を顰めそしてすぐに青ざめた。

 それは食堂に居たはずのフレデリックとアリアだった。何かロイに仕事でも頼まれたのか手に書類の束を持っている。フレデリックが慌ててシャルロットに対して敬礼をし続いてアリアもやる気のない敬礼を見せた。

シャルロットはそんな2人の敬礼に見向きもせず横を通り過ぎ、そして唐突に、

「そこの2人付いて来るがよい」

 そう言うと自分はさっさと先に進んでしまう。あまりに傍若無人な物言いに呆気にとられるフィオを他所にフレデリックとアリアは反論するどころか間髪いれずにシャルロットに付いていく。フレデリックは思わずと言った表情で、アリアは無表情のまま命令に従っていた所を見ると、シャルロットがどれだけ人に命令し慣れていてまた命令できる立場に居るのかがよく分かった。

「何で……こんなことに………」

「その台詞は俺が一番言いたいんだ」

 とフィオは不平ばかり唱えるフレデリックを睨みつける。フレデリックも眉を立てて、

「もとはと言えばお前があの肩を招き入れたのが原因だろ!?お前一人でお相手しろよ!!」

「ふざけんな。あの状況で見捨てておけとでも言うのかよ」

 フレデリックはグッと押し黙り視線を泳がす。

 フィオは苛々を更にぶつけるかのように言葉を続ける。

「そもそもこんな事態に巻き込んだのはそっち側なんだからな。あのオッサンだって言ってたじゃないか。ばれちまったら一蓮托生だって」

「それとこれとでは話が違うんだよ!!」

 互いに激論、と言うよりは不毛な言い争いを続けているが、その声がひそひそとシャルロットに聞こえないようにやっている辺り、二人の肝っ玉というのが知れるというものだ。

「おい。どうした。遅れているぞ?」

「は、はっ!!申し訳ありません!!」

 そう言ってフレデリックはがちがちに緊張した敬礼を返す。それからドタバタと走りながらシャルロットの後を追いかける。フィオは普通に歩いて追いかけるがそれで十分フレデリックを追い抜く事が出来た。フィオは呆れた表情を見せ、

「お前、軍人だろ?普通、もっと運動神経がいいんじゃないのか?」

「う、うるせぇ…」

 事実なだけに強く反論できないフレデリックは恨めしげな視線をフィオに向ける。

「やれやれ。お主らは本当に妾を無視して話すのが好きなようだな」

 ハッと顔を向けるとシャルロットが意地の悪い笑みを見せながらフィオ達の反応を楽しんでいた。

「いえ、あの…決して楽しいでいた訳ではなく……」

 慌てふためきながら視線を左右に泳がして弁明するフレデリックと異なりフィオはあっけらかんと答える。

「別に何か面白おかしく話していた訳じゃないぞ」

 シャルロットに対して口答えするフィオにフレデリックは何か信じられないものでも見るかのようにぐるんと顎の肉を揺らしながらフィオの方へと首を向ける。

「駄目ですよフィオさん。おしゃべりはみんなで楽しまないと」

「そう言う問題でもない……」

 エルムの少しずれた発言にアリアは少し半眼になって言う。眠たげな表情が更に眠たそうに見える。それでも口にマシュマロを運ぶ手は止まらないが。

「全くどいつもこいつも……」

 とぼやくもののシャルロットの顔には笑みが浮かんだままで別段、怒っている様には見えない。なのにフレデリックはまるで神の怒りを恐れるかのようにガタガタ、ブルブルと震えている。そのいような怖がり方にフィオは怪訝な顔をする。

「なんだよ。お前は。さっきからビクビクしっぱなしで。ちょっと変だぞ」

「そ、それは……っ!」

「いやいや。アレが正しい反応だフィオ」

 フレデリックが何か言う前に当のシャルロットが先を制す。意外な所から出た助け船は残念ながらフレデリックの顔を更に青くさせ、口をパクパクと開閉させてしまう。

 尤もそんなことお見通しだっただろうしそれが狙いだったのかもしれないが。

「よいか?妾はアースガルド王国第一王女にして次期国王候補のトップだ。妾の破天荒振りは少々有名でな、色々とまぁ因縁のある相手が多い。しかしどんなに内心気に食わなかったり不満を持とうとも次の国王になる人物の敵にまわろうなどと―そうそう想いはせんよ。誰もが妾を恐れ遠慮する……実際の所、フィオとエルム、お主らはかなり稀有な存在だぞ?何せ妾の事をまったく畏れようとせんのだからな」

 シャルロットの言葉にフィオとエルムは首を傾げる。やはり実感が湧かないらしい。シャルロットはククッと笑い、

「よいよい。それでよい。それこそが妾がお主らを気に言っている理由なのだから。こうも同世代の者と会話する事が出来るとは思わんだな」

「同世代?」

「妾は16だが?」

「いや、その成熟振りは20代後……イテぇ!」

 ポカリとシャルロットに頭を叩かれたフィオが叫ぶ。

「痴れ者め」

「今のはフィオさんが悪いですよ」

「おっぱいとか言ってた奴が何か言ってやがるぞ!?」

 やいのやいの騒ぐその光景を見てフレデリックは愕然とする。

「あ、あ、あ、あ、アイ、いいいいツら殿下になんて口のきき方うぉ……っ!」

「……アイザーの反応も過剰」

「な!普通だろ!!で、殿下だぞ!!畏れ多く感じるものだろ!!」

「アイザーのはただのビビり」

 アリアは最後のマシュマロを口に放り込むと口の周りをハンカチで拭く。

 それから少し表情を変え、片眉をちょっぴり上げて小馬鹿にしたような表情を作る。

「アースガルド王国の出身者ほどアイザーみたいな過剰反応する。アースガルド王国の出身者ってみんなそうなの?」

「そうって……」

「ビビりなのかと」

「それは……っ!」

「それだけは否定させてもらうぞ。アリア・チューリップ少尉」

 フィオ達と騒いでいたシャルロットがアリアの言葉を聞き咎め、視線をアリアの方へと向ける。不意に声をかけられたアリアもシャルロットの方へと視線を変える。その表情にはもう先程までの嘲りはない。

 それを向ける事が出来ない状況だった。

 笑みを浮かべたシャルロットは先程と何も変わらない様に見える。しかし明らかに目が笑っていない。そこに込められた意志の強さにアリアは何を思ったのか。それは分からない。フレデリックは自身に向けられた訳ではないのにその笑わない瞳を見て気が遠のきそうになる。

「我が国民には多くの勇敢なる戦士がいる。その多くと一部の例外を一緒くたに否定される謂れはない。貴官が我が国をどう思っていようがな」

「……申し訳ありません。失言でした」

 意外な事にアリアは素直に頭を下げた。

 あまりにすんなりと頭を下げるものだから誰もその時の顔を見た者はいなかった。この時、アリアの表情には僅かな動揺と言いようのない何かが含まれていた。

 それは謝罪の声にも全く反映されることなく、その何かに気付いたのは予め知っていただろうシャルロットだけだった。

 シャルロットは鷹揚に頷くと、

「分かればよい。貴官も国籍で言えば我が国の一員であろう?妾は自分の国の民の事は大切に思っているからな」

「なんだかやたら偉そうな言い方だな」

「ククッと聞こえているぞフィオ」

 フィオの小さな悪態にシャルロットは不敬罪と言いながらその頬をひねる。

 フィオは心底鬱陶しそうにその手を払うと、

「ほら、さっさと次の場所へ行こうぜ」

「……そう言えばどこに向かっていたんだ?」

 首を傾げるフレデリックにフィオはこれまでの経緯を大雑把に説明する。そして次に機関室へと向かっていると告げると、

「…ヴァハク曹長の所か……」

 とフレデリックは難しそうな顔をする。

「あの人、気難しいからな……下手に見物に行っても追い返される可能性の方が高いぞ」

「……別に俺が行きたい訳じゃないんだ。行きたがっているのはそっちの人」

 そう言ってフィオはシャルロットを指さす。

 一方、フレデリックはその指さす方へと視線を向けるどころか意図的に見ようともしない。これ以上厄介事に巻き込まれるのはごめんだと言わんばかりにシャルロットに視線を向けない。

 アリアがフレデリックを臆病者だと言うのも尤もだとフィオは呆れていた。

「それでもさ、来るのが仮にも殿下さまだろ?無碍には出来ないんじゃないのか、お前らの中だと」

「別に俺たちの中だけでないと思うがな……とにかく機関室だけはやめとけ。ヴァハク曹長の邪魔をするのはマズイ」

 確かに邪魔をするのはマズイ……というより危険だ。何せ機関室と言えばエネルギー炉を制御する艦の心臓部だ。そこでトラブルが起きたら艦に致命的な損害を与えかねない。故意にやらないにしても原因になりかねない要素は持って行かない方がいいなとフィオはシャルロットを横目で見ながら考えていた。

「じゃあそう言う訳みたいだから機関室は諦め……?」

とフィオが言いかけた次の瞬間、すさまじい横揺れにその場居た全員が倒れ込む。それはフィオがこれまで経験した事のない腹の底から揺らされる様な大きな揺れとそして壁から伝わる低い轟音だった。次いで当たりに鳴り響く警戒音にアリアとフレデリックは身を強張らせる。

「緊急警戒態勢…っ!!しかも今の衝撃はっ!!」

「な、何がどうなっているんだよ!!」

 倒れ込んだフィオはぶつけた頭を押さえながら尋ねる。だがその声も再び揺れる大きな横揺れにかき消される。低い轟音は一発に留まらず2回3回と続く。

 フレデリックたちはフィオの言葉など聞こえないのかそれぞれが端末などを取り出し何か確認している。その表情がだんだんと険しくなっていく。

「……ってだから一体何が起きてんだよ!!」

 状況に完全に置いてけぼりを食らったフィオが強引に話に入り込む。

「緊急警戒態勢って?!」

「直ぐに戦闘態勢に入れるようにしろという意味だ」

 フィオの質問にシャルロットが答える。

「さっきの衝撃は?!」

「攻撃」

 端的に答えたのはアリアだ。

「どこから?!誰の?!」

「……そんなもん、外からの攻撃で!!敵からに決まっているだろうが!!」

 あまりに酷い錯乱ぶりにフレデリックはフィオに掴みかからんばかりに怒鳴りつける。

 ようやくこの時点でフィオにも状況が飲み込めた。

 つまりこの艦は今まさに攻撃を受けているのだ。

「う、嘘だろっ!!おい!!」

 フィオの狼狽え振りは先程のシャルロットに対面したフレデリック並みだった。腰は引け、顔は真っ青だ。

 もっともこれまで戦闘とは無縁な星に居た民間人がこの短期間で2度も戦闘に巻き込まれもすればフィオのように錯乱するのも無理はない。

 逆に本職の2人は落ち着き払った様子で話しあっている。

「おい…どうするよ?隊長を探すか?」

「どうせすぐに召集がかかるから探す必要はない」

 フレデリックの意見をアリアは一蹴する。

「艦橋に向かうぞ。そこでなら何がしかの情報も得られよう」

 シャルロットはそう言うとさっさと歩き始めてしまう。慌ててフレデリックが追いかけアリアは特に意見は無いのか黙ってついていく。フィオもこの状況でどうしたらいいのか全く分からず後についていくことにした。

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