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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第1章 Boy and Girl engage Valkyrie
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第11話 金の少女

 しばらくデータによって導き出された方角へと飛んでいるとフィオはある信号をキャッチした。

「救難信号だ…っ!」

 フィオは慌ててセンサーを走らせる。いつもはからかいに満ちているロイの声にも真剣みが含まれ、

『何処から来ている?』

『8時の方向。脱出艇が見える』

 アリアの声に一斉に皆がそちらに機体を向ける。狙撃仕様に作られている分、アリアのS2-27のセンサーはこの中の誰よりも優れている。

 ロイもその姿を確認したのか1つ頷き、

『よし、脱出艇だな……ならきっと遭難時のための酒があるはずだ』

「あんたこんな時まで酒かよ!」

 フィオの声など聞こえていないのかロイはさっさと信号が発信されている方向へと向かう。ロイだけに任せていては酒だけしか回収してこないかもしれない。フィオはスラスターの出力を上げ、ロイの前に躍り出る。

『おぉ…元気だなぁ』

 相手にする気もなくフィオはさっさと進む。しばらくすると、アリアの言った通り、そこには脱出艇があった。

「おい!聞こえるか!?」

 フィオはオープンチャンネルに通信機の周波数を合わせ語りかける。ややあって通信機から聞こえてきたのは女の声だった。

『聞こえ……いや……かし……』

 ノイズ混じりでよく聞こえない。どうするべきかフィオが悩んでいると、遅れてロイ達が到着する。

『少年、両手でそいつを運ぶんだ。どうやらエンジンが故障なされているみたいだ』

 ロイの指摘通りだった。機関が故障しているらしく火花が散っている。爆発する気配はないが、動く気気配もない。フィオはそっと機体の両手で脱出艇を抱え込む。

『慎重にな。さっきみたいにスピードは出すなよ…お前の機体の馬力にそのボロボロの脱出艇が耐えきれる保証はどこにもないからな』

「わ、分かった」

 ロイの指示通りフィオは速度に注意しながら艦へと戻るコースを選択する。時折、手元の脱出艇の様子を気にしながら艦へと向かう。程なくして白銀の戦艦が見えてきた。ブリッジのマイカから通信が繋がり、空間ディスプレイに映し出される。

『シルバー・ファング号からランスター少尉。そのまま脱出艇を抱えてハッチに戻ってください』

「了解」

 マイカからの指示に従いフィオは脱出艇を抱えたままハッチへと戻る。ゆっくりと機体を進め、ハッチに侵入すると作業用アームが伸びてきてヴァルキリーを固定する。ヴァルキリーはそのまま奥まで運ばれ、格納庫に収納される。

 格納庫には整備班を含めベンたち歩兵も待機していた。整備班の何人かが金属を焼き切るトーチなどを持っているのを見て、彼らが脱出艇の救済に待機しているのだと分かった。

『ランスター、そっと脱出艇を降ろすのよ』

「おぅ」

 足元近くでフランが携帯端末を使ってフィオに言う。フィオはそっと腕を動かし慎重に脱出艇を床の上に置く。すぐさま整備班員が機器を使って脱出艇の異常をチェックする。数分後、班員の一人が大きく丸印を出し別の班員がトーチを持って近づく。フィオはヴァルキリーから降りて作業の進行を心配そうに見つめる。そんなフィオの隣でフランは懐から煙草を取り出すと口に咥え火をつける。

「大丈夫でしょ。簡易スキャンだけど特に異常は見られなかったみたいだから船内で有毒ガスが充満しているとかそういった危機的状態ではないと思うわよ」

「ならいいんだけど……」

 なお不安顔のままフィオが事態を見守っていると、整備員がトーチで船体の壁に大きな穴をあける。それを数人がかりで運ぶと、今度はベンたち白兵戦隊の出番だ。生身での戦闘を生業にしている彼らはこうした非常時での活動も任務の内の一つだ。助けた相手が万が一にも素行の悪い職の人間だったりした場合に備え、銃器を構えながら脱出艇へと足を踏み入れる。

 と、脱出艇の奥から人影が近づいてきた。体にぴったりとフィットしたパイロット・スーツの胸元が膨らんでいる。どうやら女の様だ。パイロット・スーツの色はオレンジで星間連合軍の黒を基調としたものではなく、腰には剣を提げている。見慣れぬその装いに周囲の緊張が一気に高まる。ベンたちが一斉に銃口を女に向け警戒心を露わにする。その視線にも銃口にも女は微塵も動揺を見せない。

 皆が固唾を見守る中、女はゆっくりとした動作でヘルメットを脱ぐ。

 直後、現れたのは光り輝く金色の髪だ。

 まるで太陽のような輝きを持つその髪は腰の位置にまであり、どうやってヘルメットの中に仕舞い込んでいたのか不思議になるくらいの量だ。きらきらと光る黄金の髪を翻しながら、女は赤い瞳で周囲を見渡す。

 フィオは場違いなまでに美しいその女に思わず見とれてしまう。いつの間にか周囲の空気も変わっている。

 だがそれはフィオが感じた女の美しさへの驚きや簡単などとは違い、代わりに尋常ではない緊張感が辺りを包んでいる。不審に思ってフィオは辺りを見回す。格納庫に居た人間は皆一様に、目と口を大きく開けている。まるで何か信じられないものを見ているかのようであった。

 女は不敵な笑みを浮かべると脱出艇の縁から飛び降りる。誰もがその行動を妨げる事が出来ないでいる。女はカツカツと高らかに足音を立てながらまっすぐに歩く。女が歩くとその前に居た兵士たちは自然と道を譲っていた。顔は驚きのまま、条件反射かの様に道を譲る兵士たちにフィオは首を傾げる。

 颯爽と歩みを進める女の前には自然と道ができ、その向かう先には、

「え?」

 フィオの目の前だった。こうして目の前に立たれると女の方がフィオよりわずかに背が高い事に気付く。女は態々腰を曲げ、背を低くしフィオを下から覗き込む。正面から赤い瞳に見つめられフィオはたじろぐ。

 しかし女は何も言わず、じっと不敵な笑みを浮かべながらフィオの事を見るだけだ。その視線に耐えきれずフィオはぐっと顔を強張らせ、

「な、何だよっ!」

 と叫んだ。

 次の瞬間、格納庫に沈黙が走った。主だった行動パターンは2つ。

 1つは格納庫に居るシルバー・ファング号の人員、皆がフィオを凝視している。中には顔を青ざめた者までいる。気圧されフィオは思わず身を引いてしまう。

 もう1つは女、金色の髪と美しい美貌を持つ彼女は何とも形容しがたいキョトンとした表情をしていた。それから口端を震わせ、

「ワハハハっ!」

 と大笑いをし始めた。女は胸を大きく反らし、目の端には涙まで浮かべている。フィオは訳が分からず困惑するばかりだ。

 一しきり笑った所で女は大きく反らしていた胸を、背筋を使って勢いよく戻し、

「フンっ!」

 そのままの勢いでフィオの脳天に額を叩きつけた。

「イテぇ!!」

 フィオの目から星が飛び出んばかりに叩きつけられた女の額も少し赤くなっている。グワングワンと響く頭を抱えながら蹲るフィオ。それでもキッと女を睨みつけ、

「何すんだよっ!」

 と吠えかかる。

 女はフィオの視線などモノともせず、不敵な笑みを浮かべ、

「無礼者め。これは罰であるぞ」

「は?」

 尊大な口ぶりの女にフィオは痛みを忘れて呆気にとられる。

 そんなフィオを無視して女はフィオの横を通り過ぎていく。フィオが蹲って退かなかった為、女は格納庫に現れて初めて自分から横にずれて歩き出した。周囲の視線を無視して女は格納庫の入口に居た兵士に何某か話しかけると、兵士は直立不動のまま敬礼を返して女に率いられ何処かへと行ってしまう。

 あとに残されたのは頭を抱えて蹲るフィオと女が去って言った方を茫然と眺める数多くの兵士たちだった。

 ややあってフィオの隣に居たフランがぎこちない笑みを浮かべ、フィオに言う。

「アンタ…本当に厄介事の中心になるのが好きみたいね」

「どういう意味だよそれ」

 フィオの疑問に答えることなくフランはもはや諦めに似た表情を浮かべていた。

「ホント、厄介な事になりそうね」

 自嘲気味に言うとヤレヤレと首を振る。

 数分後、フィオは事態の真相を知る。それを聞いてフィオは物理的に頭が痛いだけでなく頭も悩ませる事になった。


 報告を受けまず最初に思った事は誰の悪戯だという事だ。それから流石に艦長である自分相手にこんなくだらない虚偽の報告をしてくる奴なんていないかと思いなおし、では事実なのかと考えると、どうしても首をひねざるをえない。

 何せその報告が正しいのならその人物はこんな宇宙の片隅で出会うはずがない。

 などと色々考えていると部屋の主であるケインズに断りを入れることなくその件の人物は堂々と室内に入ってきた。その様を見てケインズはそのいっそふてぶてしいとまで言えるその行動に本人であると納得がいった。

「は!相変わらず殺風景な部屋だな、ケインズ」 

 2周りは年上であるだろうケインズに向け、金色の髪をなびかせながら女はなれなれしい口をきく。ケインズは女に苦笑を返し、

「相変わらずでいらっしゃいますねぇ。やる事なす事ぶっ飛んでいると思いますよ、姫様?」

「たわけ。貴様ほどではないわ。それと妾のことは姫などと呼ぶでない。貴様も無礼者か?」

「これは失礼いたしました…シャルロット殿下」

 ケインズは女、シャルロットに恭しく頭を下げる。シャルロットは満足そうにうなずき来客用のソファーに腰掛ける。ケインズは報告をしてきた兵士を下げさせると食堂に連絡を入れて飲み物を持ってくるように頼む。

「何だ、貴様が淹れてくれるのではないのか?」

「御冗談を。この殺風景な部屋にはアースガルド王国第一王女のシャルロット・イグドラシア様に出せる様な茶葉はありませんよ」

 ケインズがそう言うとシャルロットはつまらん奴めと言い笑う。

 そう彼女の名前はシャルロット・イグドラシア。アースガルド王国の第一王女であり同時に次期国王候補ナンバーワン、継承権第一位の持ち主なのだ。其処らの大佐よりはるかに偉く少尉など塵芥に等しい。その顔を知らないものはアースガルド王国内にはいないし、銀河連邦内でも顔は知られている。政治や社会に疎い青少年が増えていると言っても一国の君主やその後継者の顔までまったく知らないという事はありえない…筈だった。

 筈だったのだが。シャルロットはククッと笑うとケインズは軽く眉を寄せ困惑の表情を作る。訝しげなケインズの視線にシャルロットはニヤニヤと笑い、

「ケインズ。貴様、また愉快な事を企んでいるな?」

「…さて、何の事だが分かりかねますなぁ」

 ケインズはとぼけた表情を見せ、首を傾けて見せる。あまりにわざとらしいその仕草にシャルロットは鼻で笑う。

「戦乙女のパイロット、あれは何者だ?」

 シャルロットは直球を投げかける。ケインズの様に煙に巻くような話し方とは対照的にシャルロットは回りくどい言い方をしない。

 物事の真意だけを聞き、必要な事だけを問いただす。王家の人間として日々多くの人間と謁見する彼女に無用な言葉遊びに費やす時間はない。ケインズは肩をすくめて見せて、

「予備パイロットです。この計画は極秘の物です。秘密裏に予備パイロットが用意されていても不思議ではありませんよね?」

「ククッ…成程なぁあくまで言えない、いや言わないという事か。つまり、察しろという事だな」

 ケインズは何も言わず意味ありげな笑みを浮かべるばかりだ。

 ちょうど頃合いを見計らってか艦長室に御茶のセットを持ってエルムが現れる。

「失礼します」

「おぅおぅ!綺麗な女子(おなご)ではないか。貴様の部下にこんな美しい兵士はいたかなぁ…?」

「あー……その子、はですね…」

 シャルロットの興味しんしんと言った表情を見てケインズは珍しく歯切れの悪い言い方をする。そんなケインズが何か言う前にエルムはニッコリと笑い、

「ありがとうございます。お姉さんの髪もお日様の光みたいで綺麗ですよ」

シャルロットはポカンと口を開ける。その直後、腹を抱えて笑いだす。

「ワハハハッ!おい、ケインズっ!世の中はまだまだ広いなぁ!!私の顔を知らないものがまだこの艦だけでも2人もいるとは思わなかったぞ!!」

「最初の1人が誰だったかあえて聞きませんが、彼女には少し事情がありまして……何も覚えていないというが正解です」

 記憶喪失ですとケインズが付け加えるとシャルロットは大きく頷き、

「なるほど。しかし関係ないな。記憶を失おうとも妾の名前まで忘れさせてたまるものか。おい、お主。妾の名前はシャルロット・イグドラシアと言う…よぉーく、覚えておくのだぞ?いずれ銀河全土を掌握した者の名として歴史に刻まれる」

「はい、覚えておきます。私はエルム・リュンネと言います。よろしくお願いしますね、シャルロットさん」

 第一王女に向けて知人感覚で話しかけるエルム。もしここにごく普通の感性の持ち主がいれば顔を青くする所だが、生憎と室内に居るのは一癖も二癖もある面子ばかりだった。

 ケインズは苦笑するばかりだし、言われたシャルロットも愉快そうに笑っているだけだ。2人分の紅茶を入れるとエルムは艦長室を退出する。

 シャルロットは紅茶の代わりを楽しむとカップに口をつける。

「美味いな…葉だけでなく、淹れ方が良い」

「お世辞…を言う方ではありませんしね。確かに彼女は料理上手のようで、マリオンさんも絶賛していましたよ」

「ふむ?ならば間違いはないな」

 暫し紅茶に舌鼓を打ちながらシャルロットは静かに目を閉じる。ややあって目を開け、

「実地試験に関しては貴様に全て委任している。成果を出すのなら多少の事なら妾も目を瞑るさ」

「ありがとうございます…しかし無理に目を逸らしていただかなくてもよろしいですよ」

「ん?」

 今度はシャルロットが訝しげな表情をする。ケインズは紅茶のカップをそっとテーブルに戻すと、

「ま、その話は後にしましょう……それよりも何があったんです?」

「ふむ?何がとは?」

「何故、あんな所で遭難していたかと言う事です。艦内の者が皆、突然の殿下来迎に驚いています。出来ればそう急に事実を確認しておきたいのです」

「うむ…それがだな」

 シャルロットは紅茶を一口すすり、その美味に満面の笑顔を浮かべ、

「賊に襲われた。流石に艦内と艦外から同時に責められては兵力が足りんかった」

 この場合、シャルロットの言う賊とはアースガルド王国に弓引く大敵―ダーナ帝国の事を指す。

 また帝国かとケインズは眉を顰める。

「そのまま妾が乗っていた戦艦は撃沈されてしまったな…バスターソード級、おぬしも知っていよう?」

「そりゃそうでしょ……星間連合軍の主力戦艦なのですから。しかも殿下が乗っていられたと言う事は王族用の特別仕様なのでしょうね」

「うむ。装甲だけでなく対ビーム装置が通常の3倍近くまで出力を高めている」

「護衛艦もいたのでしょ?それも沈めたとなると相当な手誰ですね」

「艦内が制圧されかけた時点ですでに護衛艦たちには後退の指令を出している。このような所で兵力を消耗するよりも本国に情報を持って帰させることの方が重要だ」

「相変わらず思いっきりの良い……とは言いましてもそれで殿下がこうして脱出艇を使って宇宙を漂流しなければならなくなってしまうような状態では本国も冷や汗ものですよ」

「かかせておけばよい」

 シャルロットはそう断言してフンと鼻を鳴らす。

「只でさえここ最近、前線で怪しい動きが続いていると言うのに本国では権謀に勤しむ者ばかりでな。少しは仕事をしてもらわねば困る」

 シャルロットはさも当然とばかりに胸を張る。ケインズは上層部の人間が聞いたらきっと頭を抱え込むだろうなぁと他人事に感じていた。

「しかし部下共々命からがら逃げてきたのだが…いやはや最近の賊共も良くやる。どうやら内通者がいたようでな。貨物にまぎれて侵入しておったわ」

 ハハッっと笑うシャルロットにケインズは苦笑して、

「……いやいや、一大事ですよね?それって」

 内通者、つまりシャルロットの近辺に裏切り者がいたと言う事だ。

 仮にも次期国王のシャルロットを狙うと言う事は事と次第によっては国家転覆を謀る人物または組織である可能性が高い。そんな状況でこうも笑って居られていてもケインズとしては困る。

「その上、帝国ですか…」

「何か心当たりがある顔だな、ケインズ」

「偶然にも工場惑星でも帝国の工作員によるテロがありましてね。リュンネくんを保護したりなど色々あったのですよ」

「ふむ……」

 シャルロットはあえて追求せず紅茶を飲み干す。既にシャルロットの中ではそのテロ事件とあの格納庫であった自分を見知らぬ少年が繋がっている事を見抜いていた。

「内通者の目星は経っていないのですか?」

「全く立っていない。そもそも心当たりが多すぎてな、どれなのか特定も出来ん」

「……近辺に置く人間の選別くらいちゃんとしませんか、殿下?」

「なに…有能であればそれで良い」

 シャルロットはそう断言し空になったカップを振って見せる。彼女の世話を何時もしている給仕係などが見たら卒倒しかねない品の無い行動だったが、ケインズが気にすることではないので黙ってカップを受け取りテーブルに置いてあったポットから2杯目の紅茶を注ぐ。

「ま、内通者のあぶり出しは妾の方でするさ…それよりもケインズ、帝国が侵入してきているとはどういう事だ?帝国との国境線とも言えるルベルス星系が抜かれたとは報告を受けていないのだが」

「私も聞いておりません」

 ケインズはカップをシャルロットの前に置く。そして静かに座り直し、

「ですが殿下も見当は付いているのではないのですか?」

「ほぅ…」

 シャルロットの口角が上がる。その瞳は何処か挑戦的だ。

 ケインズは静かに見つめ返す。互いに何も言わない。

 しかしその視線は鋭すぎるほどに鋭い。互いに相手の腹を読み合おうと極僅かな視線の揺れや表情からそれを推測し合う。真っ向からぶつかり合う赤と青の視線は互いに隙を窺い合う獣の様だ。

 太陽の光を思わせるシャルロットの金色の髪も、圧倒的な存在感で他を圧倒する百獣の王の様に見えた。対するケインズは全くその威圧感に動じない。狩人のごとき静かなる瞳、そこには先程までのケインズは居なかった。フラフラと相手を煙に巻くような話し方をする掴みどころのない中年男性というケインズからどうして今の表情を想像できようか。しかしシャルロットはその静かな視線の裏にある更にもう一つのケインズをよく知っていた。

「殿下の近くに内通者がいると言う事は恐らく王族専用の秘密の抜け道を使われたのでしょう。尤も小さすぎて戦艦が1隻、通れるか通れないかくらいの大きさしかないクロス・ディメンションですが。侵入経路もルベルス星系ではないかもしれませんね。テ・クラマナン星系では暴動が起きている惑星もあります。それにダーナ帝国が関与していると噂がありますから……ま、そんな所ですかね」

 シャルロットはフッと笑い、

「腑抜けてはいないようだなケインズ」

「腑抜ける以前に不真面目なだけですよ」

 ケインズは視線を和らげフニャリと笑った。そして自分のカップにも2杯目の紅茶を注ぐと、

「ま、大体事情は分かりました。未だ危険が完全に去った訳ではありません…しかし幸いにもこの艦はちょうどバルバス星系に向かって航海中です。殿下には聊か狭いかもしれませんがしばらくこの艦にご滞在していただいて、我々が首都惑星バルバスまでお送りしましょう」

「うむ。それが最善だろうな」

 シャルロットは頷く。

「さて…話は変わりますがリュンネくんの事です」

「ん?脈絡がないな、ケインズ。彼女もこの件に何か深くかかわっているのか?」

「この件に関して言えば彼女は巻き込まれただけでしょうね……」

 ケインズは工場惑星でのテロ事件のあらましをシャルロットに説明する。勿論、フィオがただの民間人だった事は伏せて、テロに巻き込まれたエルムを予備パイロットであるフィオが救出した事にした。

 シャルロットはケインズの作り話に気付きながらも苦笑し話を合わせる事にした。

「成程、難儀だな彼女も」

「えぇ…加えて彼女は記憶喪失で自分の名前以外何も覚えていないと言うのです。そんな彼女が唯一所持していたのがこれ何ですけどね」

 そう言ってケインズは一枚のカードを取り出す。それはエルムの恒星間入港許可書だった。黒地に金でしっかりと彼女の名が刻まれている。恒星間入港許可書自体はそう珍しいものではない。それは一般的に広まっている者であり、身分証明にも使われている。

それにも関わらず、エルムの恒星間入港許可書を見た途端シャルロットの目に険しい光が宿る。

「これは…本人の持ち物か?いや、それ以前に本物か?」

「はい。静脈認証システム、色彩チェッカー何れもエルムくんのものと一致しました。そして恒星間入港許可書に刻まれていたIDと電子チップも有効なものと、つまり本物であると確認済みです。間違いなく本物の『S+ランク』の恒星間入港許可書です」

 恒星間入港許可書にはランクが存在する。ランクの値は例えば地位の高い人や特定の職業についている人にはランクの高い恒星間入港許可書が発行される。ランクの高さに応じて恒星間移動に関して優遇措置が生まれる。免税措置や優先的に入港できる権限、危険物等の持ち込みに関してもランクによって制限があったりそれが解除されていたりする。

 逆にランクが低いと恒星間移動に制限が掛かるのだが、例えば重犯罪者などがそれに当たる。

 通常、恒星間入港許可書は申請すれば誰にでも発行されその人の地位や職業応じてランクが決定される。通常の申請で決定される最高ランクは『Sランク』まで、そして更にその上にあるのが、

「『S+ランク』、特定の貴族または王族のみに発行される恒星間移動および入港許可無制限のカード……それを持っていたあの娘は何か?何処かの大貴族か王族だと言いたいのか?」

「だとしたらきっと殿下がお気づきになるでしょうね」

「当り前だ。これを持っている者は極少数。諳んじてみろと言うのならしてもよいぞ。その中にエルム・リュンネの名はないがな」

「ですが現にここに彼女の恒星間入港許可書がある。偽物で無い事は既に確認済みです。これがもし、あと2ランクくらい下の物なら私の権限でPP管理機構に情報開示の申請が出来たのですけどね」

「ふん。大体分かったわ…ようはケインズ、お主は妾に調べろと言いたいのだろ?」

 ケインズが言った様にもしも2ランク、『Aランク』の恒星間入港許可書であったら星間連合軍の大佐という権限を使ってPP管理機構に持ち主の個人情報の開示を申請できた。その一つ上の『Sランク』でも本部に連絡して幾つもの申請を通せば出来ない事もない。

 しかし『S+ランク』となると話が別だ。所有者が国王であったりその直系者ばかりなので徒に情報を開示することは出来ない。もしもPP管理機構にある敵国の重要人物の情報を手にする事が出来ればどれだけ有利な事か。しかし逆もまた然りだ。重要人物の情報が敵国に渡ればそれだけで深刻な被害が出る可能性だってある。

 これらの事から『S+ランク』の所持者の個人情報の開示は原則として認められていない。これは中立を保つPP管理機構とその大本である宗教惑星系が各国と恒星間入港許可書を発行する際に取りきめている条約に含まれている。

 但しこれには例外がある。それは同じ『S+ランク』の所持者が自身の情報を相手にも開示し相手がそれを了承した場合のみPP管理機構に個人情報の開示を申請できる。

「どうしようかと考えてきましたが…いやはや殿下はお越しいただいて助かりました」

「まだ申請してやるとは言っていない…が、こればかりは妾も気になる所だな」

 シャルロットはフンと鼻を鳴らして腕を組む。ケインズは素直に頭を下げて感謝する。

「ありがとうございます…これで彼女の記憶に繋がる手がかりがつかめるかもしれません」

「ふん、それは二の次で目的は別の所にあるのではないのか?」

 シャルロットがニヤリと笑ってみせるとケインズはとぼけたような笑みを見せ、何も言わない。

「ところで殿下、実地試験に関して多少の事は目を瞑っていただけると言うお話でしたが……」

「…なんだまだ何かあるのか?」

「いえ。実は目を瞑るのとは逆の事をお願いしたいのです」

 ケインズの言葉にシャルロットは首を傾げた。


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