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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第1章 Boy and Girl engage Valkyrie
10/95

第9話 常識人と非常識人の区別

色々仕事に追い詰められ過ぎてキツイですよ…!!


そんなこんなで第9話です。

 どれくらい時間がったのだろう。フィオは意識が眠りの淵からゆっくりと這いあがる感覚の中でそんな事を考えた。立て続けに起こった出来事に身体は相当な負担を感じていたのだろう、時間の感覚が分からなくなるほどに深い眠りについていた。

 そもそも負担に感じない方がおかしい。双腕肢乗機に乗って戦闘に巻き込まれるわ、偽装工作に巻き込まれるわ、挙句の果てに良く分からない訓練に付き合わされる。無意識のうちに眉が寄ってしまう。

 と、不意に額に温かい何かが触れる。その温かさに寄ってしまった眉がゆっくりと解れる。何だろうと考える間もなく、フィオの意識は額の温かさに誘われ再び眠りの淵へと沈もうとする。

 しかし直に額の温かさは失われてしまう。残念に思う一方でフィオの意識は既に眠りへと落ちかけていた。そして額にあった温かさは、別の場所に移る。

「うっ……」

 キュッと鼻を抓まれる。その時になってようやく額の温かさの正体が手の平であった事に気付いた。息苦しくなったフィオは渋々目を開ける。

 目を開けてまず最初に飛び込んできたのはこちらを覗き込んでくるエメラルドのような瞳だった。次いで薄暗い部屋の中でも良く見える銀の色。

 あぁ、無事だとは聞いていたけどその後色々あったせいで忘れていた。フィオは鼻をつまむ手を除けて、

「……あー、うん。無事みたいだな」

「はい。フィオさんのおかげで怪我はありません」

 ニッコリと笑う少女、エルムの笑顔を見てフィオは気恥ずかしさに駆られ顔をそむけてしまう。ゆっくりとベッドから起き上がり枕元のパネルを操作して部屋の明かりをつける。

「ん?お前、その服…」

「えっと…あのままじゃあ駄目だからって貸してくれました」

 エルムが着ているのは女性用の軍服だ。上着は男性用とデザインは一緒で、下はタイト・スカートだ。

 しかし何故こんな都合よく自分たちと同じサイズの軍服があったりするのだろう。そんな疑問をフィオが感じているとエルムが話しかけてくる。

「フィオさん、お腹すきませんか?」

「そういや…そうだな」

 身体は睡眠で疲れは言えたが今度は空腹を訴えてきた。最初にケインズにつれていかれた食堂に向かえば何か食べられるのだろうか。

「けど、俺部屋で待機って言われたんだよなぁ」

「あ、それだったら平気ですよ。フランさんから言伝を預かっています」

「は?」

 何でエルムがとフィオが首を傾けるとエルムは微笑んだまま、

「『何時までも寝ていないで食事をすませろ。2時間後にテスト再スタートだ』だそうです」

「……まだ、やるのかよ」

 正直言ってこのままベッドの中で丸くなっていたい。けれどフランに無理やり毛布を剥がされ先程の練習機の中に放り込まれるビジョンがフィオには鮮明に見えた。

 フィオはため息をつきながらベッドから降りて大きく伸びをする。ふと時計を見ると時刻は午後7時過ぎだった。正確な時間は覚えていないが練習機から解放されたのは午後4時前だった気がする。

「フィオさん、前閉じないとだらしないですよ」

 そう言ってエルムはフィオの上着を指さす。フィオはバツが悪そうな顔をして、

「…ボタンの止め方が分からないんだよ」

「?説明とかしてもらわなかったんですか?」

「説明もほとんどなくさっさと行っちゃたよ」

 そう言うとエルムはそうなんですかと頷き、フィオの前に立つと、

「じゃあ私が教えてあげます」

「え?あ…」

 エルムの手がフィオの襟へと伸びる。皺が少し寄ってしまった上着をエルムは丁寧に直してから、ボタンの付いていない右前身頃を下に、ボタンの付いている左前身頃を上に重ねる。

「えっとですね、このボタン、ボタンなんですけど普通のボタンじゃないんです」

「ふ、普通じゃないって?」

 近すぎる距離にフィオはドギマギしながら尋ねる。エルムは片手でフィオの重ねた前身頃を抑えながらもう片方の手をボタンに当てる。

「右前身頃の生地の一部に形状記憶合金、ボタンには小型電磁石が組み込まれています。ボタンの上の方を押すとその電磁石が作動して……」

 エルムの指が触れるとボタンは半回転してカチンという音と共に動かなくなる。同様にエルムがボタンを触れて行くとボタンは次々と固定されていく。

 無駄に高性能だとフィオは思った。が、これなら着脱も楽そうで恐らく<パイロットがいち早く臨戦態勢になれる>事を考慮して設計されたのだろう。

「はい、これで大丈夫です。外す時は一番左上のボタンを回すと全部のボタンが解除されるそうです」

「便利な事で……」

 そう言ってフィオは一歩後ろに下がる。着替えも終わりエルムとの距離を少し離したかったからだ。油断すると顔が赤くなってしまいそうだった。

 そんなフィオの様子にエルムは首を傾げるがフィオは慌てて話を進める。

「そ、それであれだよな……食堂に行って良いんだよな?」

「?はい、そう言ってましたよ」

「そっか、じゃあ行こうかなぁ」

 フィオはそう言うとエルムの横を通りそそくさと部屋の外へと出る。が、ふと脚を止めて考える。

「……あれ?」

 格納庫からこの部屋までの道は覚えている。けれど食堂から格納庫へと連れてこられた時、突然の事態に慌てふためき何処をどう通ってきたのか全く分からない。

 つまり簡単に言うと、

「…なぁエルム」

「はい、なんですか?」

 部屋の外で立ち止まったフィオの様子を見てエルムは不思議そうな眼をする。

「……食堂ってどこ?」

「……知らないで行こうとしたんですか?」

 ぐぅの音も出ない。エルムは少し呆れ気味にフィオの手を取り、

「こっちです」

「ま、待ったっ!手を取る必要はないだろっ!」

「道を知らないフィオさんは迷子になっちゃうかもしれませんよ?」

 そんなエルムの言葉にフィオは項垂れ結局食堂まで手を繋いでいく羽目になった。


 フィオの中にあった軍隊のイメージがどんどん壊れていく音が聞こえる。食堂に着くなりフィオはげんなりとした表情を浮かべた。

 そこに居たのはまたもや双腕肢乗機小隊のメンバーだった。

 酒を呑み散らかすロイに大盛りラーメンを啜るアリア、2人の間に挟まれたフレデリックは何故か肩を落として落ち込んでいる。

「おっ!少年じゃあないかっ!こっち来いって!」

 食堂に入るなりすぐにロイに見つかり無視するわけにもいかず渋々そのテーブルへと近づく。エルムは食堂に入るなり、「ちょっと待っていてください」と言って何処かへ行ったままだ。

「どうも…」

「ん?元気ねぇなぁ……酒でも飲むか?」

「いや、いらない…ってかアンタら食うか飲むしかしてないのか」

 フィオが半眼になって聞くとロイはがははと豪快に笑い、

「安心しろって!ちゃーんと仕事はしているっ!さっきも訓練でアイザーの奴を3回ほどボコッてきたし!」

 その言葉にフレデリックはピクリと肩を震わせる。

「アリアなんか、4回もボコボコにしてたからなっ!」

 ピクピクと肩を震わせるフレデリック。アリアは食べ終わったラーメンの器をテーブルの隅に避け、今度は大盛りのチャーハンに手をつける。

「少年も早く、アイザーに勝てる様になるんだぞっ!そうすりゃあアイザーが俺たちみたいに食事やら酒やらおごってくれるからな!」

「2度と奢るかぁ!そもそもそんなルール、初めからねぇよ!」

 俯いていたフレデリックが顔を上げ吠える。その様を見てフィオは何となく小隊内での力関係とフレデリックは案外、小者っぽいなと感じていた。

「で?食堂に何しに…って食事以外ないよな……じゃあアイザーにでも奢ってもらうか?」

「奢らねぇよ」

 ギロリと睨んでくるフレデリックの視線は先程の小者感もあってかフィオには安っぽく見えた。

 そんな事を考えているとガシッと襟首を掴まれる。その感触にフィオは眉を軽く跳ね上げ、

「またかっ!?またのか!!でもまだ、食事済んでないぞっ!!」

「残念だけど、訓練じゃあないから」

「だったら安心だけど、襟首を掴むなっ!持ち上げるなぁ!」

 猫か何かと勘違いしているんじゃないかと思いながら抵抗を試みてみるがまったくの無駄だった。幾らフィオが小柄だからと言っても、15歳に人間を片手で持ち上げるその腕力は驚きだ。技術中尉とか言っていたが、本来は設計図を引くような人ではなくて現場で組み立てる技術屋の出身じゃあないのかとフィオは勘ぐっていた。

 余談だがフランと初めて会ったあの時、握手を交わしたロンドが怪訝な顔をしたのは握ったフランの手が固くマメだらけなのに気付いたからだ。とても図面を引いている様な人間の手では無い。むしろ自分たちよりの技術者ではないのかとロンドは思いそれが顔に出たのだ。

 閑話休題。フィオが連れて行かれたテーブルには1人の女性が座っていた。

 落ち着いたイメージがある黒髪の女性だった。こちらに気付くと立ち上がり、軽く会釈をする。女性の前に突き出されたフィオもそれに応じるように軽く頭を下げてみた。

「フィオ・ランスター……少尉ですね?私はこの艦の副艦長を務めるハヤカワ・マイカ中佐です」

「どうも…えっと、フィオ・ランスターです……」

 どうにも自分から少尉と名乗るのに気が引けると言うか慣れない。無理もないが。

 それよりもフィオが驚いたのは目の前の女性、マイカの名前だ。名前の感じからすると十中八九、東洋人種だろう。ファミリーネームが前につき、後にファーストネームが来るのは地球人の中でもごく限られた人種のみだ。かつて地球では様々な髪の色や肌の色で人種が分かれていて、人種で差別も起きていたと聞くが今はもうその名残さえない。それほどまでに今は人種の壁が取り外され、様々な人種間で血を交わしていった事から肌の色や髪の色で人種を分けることは困難になっている。

 ところが目の前の女性は見事なまでに黒髪と黒い瞳をしている。所謂東洋人と言う人種の特徴らしい特徴で、東洋人は特に同じ人種間で子孫を残すことにこだわる傾向が強いと聞く。そのため、今でも地球人の中には黒髪と黒い瞳をした純粋な東洋人と言うのは多いらしい。最も、フィオも実際に見たのはこれが初めてだ。

 マイカはフィオに座るように促す。

「まずはその……艦長が無理難題を言って申し訳ありません」

「はぁ……」

 マイカはフィオに向けて頭を下げる。これも東洋人らしい謙虚な性格なんだなぁとフィオは思った。同時にやっぱり無理難題なんだと改めてケインズの提案を呑んだ事を後悔した。

「多分、この先も困難な出来事が多発するかと思いますが……その、こうなったら最後まで協力をしていただきたいと思うのです」

「それは……まぁ、ここまで来たら仕方ないかなって」

 そもそも軍用機に勝手に乗った自分にも原因はある訳だしとフィオが考えていると横からフランは面倒くさそうな表情で呟く。

「だから言ったじゃない…副艦長が気にするようなことじゃあないって。全部、言い始めの艦長に任せておけばいいのよ」

「そう言う訳にもいきません。私は艦長をサポートするためにいるのですから、こうした不測の事態が起きた時にも艦長が本来の責務を果たせるよう努めるのが……」

「あぁ、はいはい。分かったから」

 そう言ってフランは煙草を咥えて火を点ける。さり気なくマイカは座る位置を直す。どうやら煙草の煙が嫌いの様だ。

 真面目で責任感が強い性格、けれど自分が煙草を嫌いだからと言ってそれを相手にも無理強いしたりあからさまに嫌な顔をしないあたり、いわゆる『大人な対応』が出来る女性の様だ。

 マイカとフランの会話の途切れを狙ってか、別のテーブルに居たロイがガシッとフィオの方に腕を回し、アルコール臭い息を吐く

「副艦長ぅー殿ぉ。お話は済みましたでしょうかね?もし宜しかったら、この新入隊員とのコミュニケーションを取るためにお返し願いたいのですがぁ?」

「ぐわぁ!酒臭ぇっ!」

 フィオの叫びを無視し、ロイは豪快に笑う。マイカは額を抑え、ため息をつき、

「どうぞ、スタッグ大尉……それと、その子はまだ未成年ですのでくれぐれもアルコールを飲ませないように」

「了解っ!腹一杯に食わせる分にはいいんですねっ!?」

「一滴たりとも摂取させないようにっ!!いいですねっ!?」

「了解ぃ……」

 あからさまにつまらないという顔をするロイ。階級はマイカの方が上だが年齢はロイの方が一回りか上に見える。しかし2人の態度を見ていると、明らかにどちらの方が『大人な対応』が出来ているかは明白である。

 ロイはフィオの方に腕を回したままスゴスゴと初めに座っていたテーブルに戻ると、テーブルに置いてあったグラスの中身を一気に煽り、

「いよぉうぅしぃっ!!今日はとことん飲むぞっ!!あ、ウォッカお代りっ!!」

「気分の浮き沈み早すぎだろっ!!」

 肩を落としていた中年の姿はもう既にそこにはなく、ガハハと笑い続ける酔っ払いへとなり果てていた。

 いや、最初から酔っ払いかとフィオはため息をついた。そんなフィオの横にウェイトレス、というより給仕係が料理や酒を運んできた。軍服の上から簡素なエプロンを身に付け、長い銀髪を一まとめに……

「……いや、もうさ。驚きっぱなしで疲れているし、ホント脈絡もなく何でか分からないんだけど、多分ここで何か言わないとそのままスルーされそうだから聞くよ?なんで、お前がここで給仕やっているわけ?」

「?言いませんでしたっけ?」

 銀髪の給仕係、エルムは首を傾ける。その仕草にフィオは首を横に振り、

「全く何も。ここに着いた途端、どっか行っちゃっただろ、お前」

「あ、そうでした。えっとですね、艦長さんに『働かざる者食うべからずっ!ってわけで食堂の手伝いしてくれない?』って言われたんです」

「また、あのオッサンかよ……」

 フィオはテーブルに突っ伏す。何を考えているのだろう、あのオッサンは。フィオは睡眠で癒えたはずの疲れがまた襲いかかってくる感覚に駆られため息をつく。

 ロイ達の前に料理を並べ終わるとエルムは突っ伏しているフィオの顔を覗き込むようにして身をかがめ、

「フィオさん、何にしますか?」

「え?何……あぁ食事か。えっと……」

 フィオはエルムから食堂のメニューが表示された端末を受け取る。「サンキュ」と軽く礼を言いながらフィオはタッチスクリーンを操作してメニューをスクロールしていくがその顔はだんだんと眉を顰めていく。

「……なにこのラインナップ。その辺の外食チェーン店とかより多いぞ」

「そうか?こんくらい普通だろ思うが」

 フレデリックが首を傾げる。ロイは軽く肩をすくめると、

「文化の違いだな。少年は工場惑星、つまり銀河連邦の出身だろ?銀河連邦は基本的に一つの惑星に1つの種族しか居ないからな……地球人なら地球人、トライア星人ならトライア星人と言った具合にな」

 そう言ってロイはウォッカに口をつける。

「しかし、だ。少年、星間連合軍は多種多人種な集まりだ。種族によっては特定の食べ物を摂取出来なかったり逆に特定の物しか摂取出来ない種族もいる。だから必然的にそういった連中に合わせるためにも食事のラインナップは増えてくるってわけだ。そんでこの艦と言えど例外ではない。ほら、向こうに居るの見えるか?」

「耳が…長い?」

 ロイの指さすテーブルにはソバカスの跡が見える青年が焼きトウモロコシを頬張っている。その青年の耳は髪に隠れることなく長い耳が見えている。それだけではない。良く見れば頭の横からは鳥の羽のようなものが生えているではないか。

「あそこに居るのはクールクイス人…星間連合でも結構、姿を見る種族で先天的に視力や聴力に優れた能力を持つ。彼らは生活習慣上、1日に一定量の穀物を取らければ体調を崩してしまうんだ。クールクイス人の視力の良さは敵を探し出すのにとてつもなく役に立っている。彼らが居るのと居ないのとでは戦場の優劣で大きく違ってくる」

「なるほどね…」

 フィオは感心する。確かに工場惑星、といより銀河連邦では1つの惑星に複数の種族が居ることは珍しい方だ。フィオもこれまで他の種族と言うのを片手で数えるくらいにしか見ていない。銀河連邦では珍しい事でもここ、星間連合軍ではそうではないらしい。

「ま、メニューが多い理由は分かったので……じゃあこのサンマ定食で」

「……渋いとこいくなぁ少年」

 ロイの言葉に続いて和食かよとフレデリックが呟く。これは銀河連邦の文化……ではなく、ただ単にヴァーナントがこのんで和食を食べてしたのでその癖が移っただけだ。

 エルムが注文を調理場に持って行って十数分の間、ロイは延々とフィオに絡み続けた。

 やれエルムとはどこで知り合ったのだとか、どういう仲なのか、何が切欠で記憶喪失なんかになったのか。それこそフィオも知らない、むしろ知っていたら教えてほしいくらいだと思いながら、分かる範囲で答える。

 話し終わった後でフレデリックは怪訝な顔をし、

「よくもまぁ……そんな怪しい奴の面倒を見る気になったよな」

 と言うのに対し、フィオは少し居心地が悪そうにして言う。

「……成り行きみたいなもんだよ」

 むしろそうとしか言いようがないのだ。フィオがエルムを助けなければならない理由はない。ただ単に彼女を見つけたのが自分だと言うのなら、その後は公的な機関にでも任せれば本当は良いのだ。なのにエルムに手を貸すのは何故か。

 それは単に放っておくのがフィオの中で出来なかったからだ。

 だから成り行き。そうとしか言いようがない。

 そこへ丁度、話題の人物であるエルムがやって来る。フィオの前にサンマ定食の膳を置くと、次にアリアの横に立ち、

「はい、お待たせしましたっ!麻婆茄子と酢豚とシュウマイ、あとラーメンの追加ですね。全部大盛りで」

「…うん」

 エルムがワゴンを押して運んできた山盛りの料理を見てアリアは頷く。次々とテーブルを占拠していく大皿を前にフィオは少し顔を引き攣らせる。

「…どんだけ食うんだよ」

「育ち盛りだから」

「いや、育ち盛りでもそんなには食わないだろ」

 そもそも食堂に居た時点で大盛りのラーメンを食べ終え、大盛りのチャーハンに手を伸ばしていたはず。更に思い返してみれば昼も大盛りのカレーライスを少なくとも4皿は食べていなかったか?フィオが驚愕の視線を送るがアリアは全く気にせず次々と箸を伸ばしていく。おかしい、大食い選手の様にがつがつと食べているわけでもないのに運ばれてきた料理はどんどんとアリアの口に運ばれては消えていく。

 明らかに異常な光景に周りの人間は誰も何も言わない。隣に座っているロイはお酒のお代りを頼んでいるし、フレデリックは……

「…?なんか、浮かない顔だな。あんた」

「う…っ」

 フレデリックは視線を逸らす。

 ふと、フィオは食堂に来た時の会話を思い出す。

(「少年も早く、アイザーに勝てる様になるんだぞっ!そうすりゃあアイザーが俺たちみたいに食事やら酒やらおごってくれるからな!」)

 合点がいった。そしてテーブルの惨状を見てフィオは、

「え……これ、全部アンタが払うの?」

「……ここの、食堂はな…月末の給料から食った分だけ天引きされるんだ。どこまでもツケが出来るけど、その分は強制的に支払わされる……」

 つまりフレデリックの給料はここで使い果たされる可能性があると、フィオは急にフレデリックが哀れに感じ、思わず同情の視線を送ってしまう。そんなフィオの視線にも気付かないくらいにフレデリックは落ち込んでいた。

 そんなフレデリックの落ち込み様をよそにロイは運ばれてきた酒を一気に半分飲み、

「そう、悲観しなくてもいいだろ。お前が今度、俺に勝ったらこの飲み分は支払ってやるって言っているんだから」

「出来るわけねぇだろっ!『雀蜂』相手にっ!」

「なにそれ?また双腕肢乗機の名前かなんか?」

「違うよ」

 とフィオの疑問をアリアは料理から目を離さず否定する。

「『雀蜂』はロイのこと」

「…?通り名みたいなもん?」

「ま、そうだなぁ」

 ロイはニヤニヤと笑いながら言う。ケインズ同様、嫌らしい笑い方だが2人の違いは頬の色の違いくらいか。

「蜂のごとく俊敏に飛び敵を突き刺すっ!!ってな感じでカッコいいだろ?」

「………むしろ蜂を襲う側なんじゃないのか?」

「?なんでだ?」

「いや、蜂みたいな小さい生き物より熊の方が言われてしっくりくるんだが」

 ロイの逞しく体つきに小さな目。

 これでもし赤茶ではなく焦げ茶色の髪の毛だったらさぞかし似ていただろう。

 それを聞いてロイは大爆笑し、

「ガハハハハっ!!良いなそれ!!面白いぞぉ少年っ!!」

「ってかなんで蜂なんだよ。この体格見てどこに蜂の要素があるんだ?」

 笑いっぱなしのロイにこれ以上聞いても無駄だと悟りフィオはフレデリックの方を見て尋ねるがフレデリックは疲れたように突っ伏したまま何も答えない。アリアも食べる事ばかりに夢中でフィオの方を見ようともしない。フィオは首を傾げながらもあまり興味もない話題だったのでサンマ定食に手をつける事にした。

 フィオはふと、自分はここで食事した食費は何処から天引きされるんだと疑問に思ったが、そこまで気にする必要はないかとあっさり考える事を止めサンマの身を解して口に運んだ。季節ではないので脂はそんなに乗っていないがさっぱりとした塩味が味を引き立てている。フィオがサンマに舌鼓を打っていると食堂にアリアによく似た少女が入ってくる。

 よく似たと言うより、単に双子であるだけなのだが。

 リリアは食堂に入って開いている席を探す。と、アリアと視線が合う。アリアとリリアは軽く手を振り合ってそのまま何も言葉を交わさない。

「一緒に食事したりしないのか?」

 姉妹の間でさえこんなにドライなのかと思いフィオは尋ねる。するとアリアは首を横に振り、

「する時もあるけど、仕事の付き合いも大事」

「へぇ……」

 意外だなとフィオは思った。もっと冷めていて同じ隊の仲間なんてどうでもいいと考えているものとばかり思っていた。

 アリアは麻婆茄子を食べ終えると口元をハンカチで拭き、

「相手の性格や癖を把握していれば、戦場でどう利用すれば有効か分かる」

「あっそ……」

 前言撤回。やはり冷めている。そんなアリアの物言いにもかかわらずロイもフレデリックも何も言わない。慣れているからだろうか。それとも実はこの言葉の裏には仲間の行動をどう有効に働かせるためにはと言う意味で………

「特にフレデリックは分かりやすいから囮にも盾にもしやすい」

「額面通りの意味なのかよ」

「そんな事したらお前、殴るからな。本気で戦場でやったらマジで殴るからな」

 フィオとフレデリックはげっそりとした表情で言う。変な所で気があうなぁとフィオは思った。あまり嬉しくはないが。

 そんな会話をしている間にも、ちらりとエルムの方を見るとあちらこちらに行ったり来たりと忙しそうに働いている。けれどその表情は生き生きとしていて楽しそうだ。

 エルムはリリアのもとにも注文を取りに行き、アリアと同じ顔をしたリリアを見てちょっと驚く。しかし直に双子であると言う事を理解したのかニッコリと笑い、

「何にしますか?」

「竜田揚げ定食にカツ丼、肉じゃが、湯豆腐、串揚げの盛り合わせ……締めにうどんで」

「姉妹揃ってどんだけ食うんだよっ!しかも、その組み合わせの何処に締めの必要があるんだ!?」

 周りの誰もが何も言わないのでフィオは思わず突っ込みを入れてしまった。

 つくづく変な軍隊だ、フィオはため息交じりに思い、白いご飯の上にサンマを乗せて口に運ぼうとしたその時、

『緊急事態発生、緊急事態発生っ!総員、準戦闘待機に移行!繰り返すっ!総員、準戦闘待機へ移行!』

「ぶッ!!」

 いきなりのアナウンスにフィオは白米と白身をのどに詰まらせる。しかし周囲の状況はそんな事お構いなしに進んでいく。

 1番早く行動に出たのはマイカだ。椅子から立ち上がると携帯端末を取り出しどこかと連絡を取りながら食堂を出ていく。飲んだくれていたはずのロイもアルコール分解剤を口に含み、「ミーティング・ルームで10分後に集合だ。遅れるなよ?」と言って早足で立ち去る。フレデリックやアリアたちも立ち上がり食堂を離れる。周りに居た他の兵士たちもさっと蜘蛛の子を散らすかのように食堂から出ていき、3分と経たない間に食堂でテーブルに座っているのはフィオだけになった。

 ポカンとしていると不意に後ろからぽんと肩を叩かれる。振り返るとフランが立っており、携帯端末をこちらに突き出してくる。

「え?な、何?」

「アンタの端末よ。支給品のね」

 そう言ってフランは端末を振って見せる。早く取れと言う事なのだろう。フィオは突き出された端末を手にする。よく見ると裏側に星間連合軍のマークが刻まれている。

「軍用の携帯端末には色々使い道はあるけど、今教えちゃって悪用されると困るからとりあえず通信用だけにしておきなさい」

「そんなもん渡すなよ……」

「だから通信用よ」

 通信用と言う言葉を強調するフラン。もしかしてと端末のスクリーン部分を見るとどうやら誰かと繋がっているようだ。

「……もしもし?」

『おぅ。ようやく出てくれたか』

 端末越しに聞こえてきたのは中年の声、ケインズだった。

『さて…急で悪いんだけど、ランスター君。今の放送は聞いていたよね?』

「なんか…準戦闘待機がどうのこうのって言ってたな」

『そ…あぁ準戦闘待機ってのが分からないか。まぁザックリ言うと戦闘が始まりそうですよーって事だから』

「あぁ…成程………って、戦闘っ!?」

『慌てなくていいよ。その辺の事情も説明するからさ、君もミーティング・ルームに来てくれない?場所は端末を見れば分かるから』

「ちょっ、え?何?ミーティング・ルーム?何しに行くのさ俺!?」

『はっはっは、決まっているだろ?』

 端末越しのケインズは本当に愉快そうに笑い声を上げる。

『作戦会議だよ。戦場に行かなければならないんだから当然さ。ちなみに君にも行ってもらうからね?』



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