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ベクトルマン  作者: 連打
99/189

〔ハル編〕3者3様(姉サイド)



「どうだった新木さん?」


会社帰りのサラリーマンや大きなバッグを抱えた学生が家路を急ぐ午後7時、私は梶君とファミリーレストランの一席でアイスコーヒーを飲んでいた。


「ほんとみたいねコレ。まあ冗談にしては手が込みすぎてるとは思ってたけど」


私は一冊の雑誌をテーブルの上に置く。日向秋さんから貰ったものだ。あの……春さんが校庭に現れたあの日に。


「……んじゃ、なにか?あいつのアネキは病院の中で夜な夜な患者にトドメ刺して回ってるてのか」


「そう書いてあるわね」


乱暴な要約ではあるが大筋は捉えている。そしてこの雑誌の意図するところは正にソコなんだろう。表紙のおどろおどろしい扇情的な赤い文字、悪意が滲むイニシャルトーク、いくら三流ゴシップ雑誌だってここまで書けば追求の矛先は間違いなく向かう。

それでもこれを発売する、ということは内容に自信があるということだろう。


「ソレ、いつ売り出されるんだ?」


「明後日。でもコンビニなんかでは並んじゃってるかもね。早いところあるから」


梶君はアイスコーヒーに刺してあったストローを抜き氷ごと喉に流し込む。眉間には深いシワ、ガリゴリと氷を噛み砕く。


「で、なんで周蔵がそんなイカレた病人と関わってんだよ。だいたいあいつこの事知ってんのか?そりゃ知らねえよな、いくらあいつがバカでもそこまでじゃねえだろ」


「そうは思いたいんだけどね」


「なんだかよ。ちょっと超えちまってねえか?こりゃ警察の仕事だろうが。こんなもんに首突っ込んだってロクな事にならねえよ」


「……そうね」


一介の高校生に出来ることなんてここには無い。

私達は、もちろん周蔵も含め眺めるしかないのだ。遥か頭上を流れる川を見上げるだけ、手は届かない、なにも干渉は出来ない、ほとんど外国の出来事のように身を屈め口をつむぐしかないハズなのだ。


火事に自ら手を突っ込んでみたって結果はヤケド位が関の山、ヘタをすれば巻き込まれて。


「おまたせ」


音も無く現れた日向秋さんは静かにテーブルにつく。


「で?何の用だよ」


梶君は不機嫌な表情を隠さなかった。相当に迫力のある仏頂面だったのだが秋さんは動じない。


「ひとつ質問いいかしら」


聞いておかなければ。コレだけは。

私は私と梶君を呼びつけておいて何も語ろうとしない秋さんに問いかける。


「はい」


「周蔵とあなたのお姉さんの接点ってなに?あいつ病院には縁が無いはずなんだけど」


「私が紹介したの」


「……でしょうね」


「姉さんは一見社交的に見えるけど実は人嫌いなの。新木さんの弟さんはたまたま気が合ったみたいで助かるわ」


「あなたのイカレたお姉さんが誰を嫌おうと知ったことじゃないの」


私は少しイラついている。

どうも初対面からこのコは好きになれないのだ。話しぶりが独善的でひとりよがりで要領をはぐらかしている。

わざとやっているのなら対処も出来るのだが、どうやら天然モノのようなので始末に負えない。


「確かにイカレてるのは認めるし異論はない、です。でもね。あなたの弟も相当よ。あれじゃ姉さん懺悔には程遠いっていうのに。あなたを呼んだのはあなたから弟さんに進言しといて欲しいの」


「懺悔?」


ああ、そういうこと。

私は妙に納得する。


「姉さんが増長するのを止めてほしいのよ。『普通な、一般的な高校生』として『まともな意見』をちゃんと伝えてほしいの。姉さんは人殺しだってちゃんと伝えたのに、まったく何やってるのかしら」


周蔵は知ってたのか。

……そっか。


「一般的ねえ。そりゃムリだろ」


梶君は面倒そうに呟く。顎なんかシャクレて、背もたれにふんぞり返っている。やはりこういう人種は梶君も嫌いだったようだ。


「別に難しいことじゃないわ。ただ姉さんにまともな」


「あいつにゃムリだっつってんだろ?俺はなんだかあんたのイカレた姉さんと話してみたくなってきたぜ。ま、あんたよりはよっぽど『マトモ』なんだろうな」


「どういう意味?私が姉さんより劣っているって言いたいの?言っておきますけど私は姉さんより周りを考えて行動できるししようと努力してるわ。自由奔放なだけで周りの事なんかお構いナシの姉さんと比べられるものじゃない。もちろん身体のことは気の毒には思ってる。でもそれとこれは別でしょ」


口調はどんどん速度を増していく。どうやら口論において沢山言葉を並べたほうが勝ち、そういうルールを自ら科しているようだ。


「あんたはな、人選ミスをしたんだよ。あいつはあんたが思うようになんて動きゃしねえ。結論は変わるし結果は別物だ。あんたのミスだ。よく覚えとけ」


梶君は楽しそうに、余裕たっぷりにそう告げる。

でもなあ。

私の弟が『よりイカレてる』と公言されているようで……なんだか複雑な気分である。あいつだってひとつやふたつ、探せばいいとこ位あるのになあ。コンビニとか買い物行ってくれるし。

あ、私が風邪引いた時なんか……


「おい新木さん。どうした?」


あ!あ!

まだあった!

いつか私がお父さんとの関係をやり直すって決めたとき。優しかったような気がする!『みんなは間違っていなかった』って言ってくれたし!あーよかった。いいとこあるじゃんもー。


「……彼女はどうしたの?」


「さあな」


まだ!あるはずよねいいとこ!

きっとあるってば!もうちょっと、もうちょっと待って!

今思い出すから!


うーーーーーん




うーーーーーーーーーーーん。




「……ちょっと」


「……おーい新木さーん」



ちょっと待ってってば!!

絶対あるから!!

あるはずだから!!

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