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ベクトルマン  作者: 連打
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〔ハル編〕ワケガワカラナイヨー



ハルが校庭に現れた日から3日間が過ぎ、僕は放課後毎日病院に来ていた。特にこれといった用事がある訳じゃないし元気付けてあげられる訳でもない。単に僕が来たいから来てる、ただそんだけ。


「シショー、クッキーアンドクリームがないようぅ。ハーゲンダッツ4個も買ってきといて、なんでバニラと抹茶2個づつなんだようぅ。ワケガワカラナイヨー」


人のお土産にケチを付ける事に余念の無いハルは僕の買ってきたハーゲンダッツ入りのコンビニの袋をガサガサ弄っている。

しかもカタコトで、だ。そんなに悲しかったのか?


「おお、おいしいって。店員のお姉さん言ってたし」


生まれてこの方そんなもの買ったことないし。

僕は確かに肉団子と呼ばれてはいたが、僕のはアブラ太りであり(造語)スィーツ太り(造語)では無い。

ここは油デブの矜持をしっかりと持たなければ。全ての『衣』におけるロマンの体現者として。


「む」


「……え?」


「ソコ、お姉さんいらなくね?」


そんなに眉間にシワ寄せるなら食べなきゃいいのに。意外と義理堅いんだなあ。


「その『お姉さん』のおすすめがこのバニラと抹茶?」


「う、うんって……だだ出すなよ!シーツにたた垂れてんじゃん!」


ハルは乱暴に2種類のアイスを自分の口に放り込むと、ダラーリとリバースしてやがった。自分のベッドの上なのに何考えてんだ?後々困るのは自分だろうに。


「ウブゼーブァーカ(うるせーばーか)」


「うわわわ!お、おいハル!口の中一杯にしてしゃしゃ喋るなよ!こここんなんしたら」


僕はこの病院に来るようになってから日は浅い。しかし。

ある種の不文律というか、キマリみたいなものは厳然とあるのだ。破ったものはしかるべき天罰が速やかに下る。たとえこの病棟で絶大な人気を誇るハルであろうと例外ではない。


そのひとつに

『食べ物で遊ばない』というルールが。


「ウジハラー見・参」


「ひゅが!?」


立ち上る陽炎のように音も無く出現したウジハラー(氏原さん)はハルの背後から口元を押さえつつ更にアイスを放り込む。


「ひゅふゆ、ひゅめたー(つめたー)!!ぐひゃー!?」


「成・敗」


うーむ、いつもながら見事な手際。

反撃する暇を与えず、ただ一方的に下されるまさに天罰。

両手をじたばたしてはみるものの、ハルは結局口の中のアイスがなくなるまで完全にロックされていた。


「では新木君、いつもの通り頼んだよ」


きらりと眼光を光らせ僕に指示するウジハラー。って何で僕があんたの仕事手伝わなきゃ


「よろしくね」


「……らじゃ」


看護師って……押し強いよね。


シショードコイクンダヨー!!というハルの外人風の叫びもウジハラーに遮られたハルはくるんと布団にくるまって不貞腐れ寝を敢行。


汚れたハルのシーツを預かった僕はランドリーのコーナーで洗濯機をぐるぐる回す。しかしこれだけデカイ病院だとこんなものまで完備されてるんだなあ。雑誌の充実ぶりも物凄いし、床も壁も変質的なくらいいつもピカピカだし。


「新木君」


「え?」


氏原さんは他の患者さんの洗濯物を抱えながらのしのしと歩いてきた。むー。やっぱ今日もその膨大な洗濯物タタムの手伝わされるんだろうなあ。


「ありがとね」


「……い、いいですよ」


「洗濯物の件じゃなくてさ。ヒナタのこと」


「?」


「あのコわがままって気持ち悪いくらい言わなかったんだけど、新木君には甘えられるみたいだから、ありがと」


確かにハルは傍若無人でスットンキョーでアウトロー(?)だが、わがままってのは確かに覚えが無い。むしろ遠慮がちな所さえ時折垣間見える。


「家庭環境かなぁ。あのコの家は割りと裕福なんだけど……ちょっとぎくしゃくしてんのよね。お見舞いもほとんど来ないし」


「……」


「あ!個人情報話したらまずいね、ごめんごめん」


わっさわっさとドラム型の業務用洗濯機に洗濯物を放り込みつつ同時に洗剤を投入する。一連の動作によどみは無く、そつがない。身に染み付いた業務に身体を任せながらも氏原さんは囁くように僕に問いかける。


「新木君、……鬼頭って記者知ってる?」


「……め名刺を渡されました」


そっか、と洗濯機の丸いドアを閉じスイッチを押す氏原さん。


「今後どうなるか分かんないけど……新木君は新木君の思うようにして」


「へ?」


「お願い」


「……」


頭を下げる氏原さん。

ごぅんごぅんと勢い良く回る洗濯機。

はめ殺しの小さな窓からは夕日が差し込んで、僕と氏原さんの横顔を照らしていた。

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