〔ハル編〕正しいだけの者には魅力はないよ(姉サイド)
「聞いてるのか梶、新木」
「へいへい」
「……」
梶君と私は現在不本意ながら職員室の一角で指導を受けていた。
悩み相談の行き過ぎで梶君が担当していた生徒が先生に助けを求めたらしいが……一体どう解決したら教師に生徒が泣きつく事態を招くのか?
生徒の自治、という観点からしても由々しき事態である。ここは今私達の前に座って苦渋の表情を晒している古賀先生にビシッと言ってもらわなければ。
「でもようジイ、俺は別に間違っちゃねえだろ」
通称『ジイ』と古賀先生は呼ばれている。
実際の年は40そこそこだというのに妙に落ち着いた物腰、声を荒げることも無く、少々薄くなった頭髪も相まって皆に愛情を持ってそう呼ばれている。
ま、面と向かって呼ぶのは梶君だけだけど。
「正しいだけの者には魅力はないよ。梶なら分かるだろ」
私は古賀先生のこういう達観した物の見方に常々感心していた。
バランスが良いだけじゃなく相手が納得するように言葉を選ぶセンス。さすが暴走しがちな特進クラスの担任である。
「……新木も、人事じゃないぞ」
「え?」
私?
「むしろお前のほうが問題アリなんだよ。お前の説教喰らった2年の男子生徒、学校休んでるって。その生徒の担任に文句言われたよ。『どうかお手柔らかに』ってな」
……あのストーカー寸前だった男子か。
なんと脆弱に出来てるコト。人の迷惑は関心無いのに自分に対する矛先には敏感に反応するのね。つまらないオトコだ。
「新木さん最近機嫌悪いからなあ。そいつもご愁傷様だ」
「ちょっとキツめに注意しただけよ。被害者の女の子なんかストレスで不眠症一歩手前だったんだから」
悩み相談というのは中々一筋縄ではない。
一般的な正解がそうは成らない事が往々にしてあるのだ。『誰かに話したかっただけ』なんていう解決も多々経験した、とカナがぼやいてたっけ。
「お前ら二人とも影響力が強すぎるから。相談する側の生徒もファクターが散らばってしまってるんじゃないか?『純粋な悩み』ほどお前らには言えないだろうな」
「どういうこった?よくわからねえ」
「こんなこと言ったら呆れられるんじゃないか、こんなくだらない悩みシカトされるんじゃ、ってな。優秀な人間にする相談ってのは実は難しいものなのさ。人格のサイズを測られるようでな」
「そりゃ考えすぎだろジイ」
「自覚も無い、か。前途は多難だぞ新木」
「……」
私は黙って頷いておいた。
というのも……その辺の意見は私だって梶君と大差ないのだ。正直そんなこと思ってもみなかった、ってのが本音である。
程ほどにな、という古賀先生の助言をアリガタク拝聴した私達は恭しく職員室を後にする。梶君は両手を頭の後ろで組み廊下の真ん中で伸びをしながら私のほうを向いた。
「見に行くか?」
「そうね」
職員室の運動場側の窓からずっと見えていたのだ。
車椅子に乗ったピンクのパジャマの女の子、とそこに駆け寄っていく周蔵の後姿が。
またあのバカを暴走させるわけにはいかない。
今度はどんな騒ぎを引っ張り込んできたのか気が気じゃなかったりする。
「まったくあいつはいつも退屈しねえなあ」
と漏らす梶君は少し楽しそうに見える。
「同感。困ったものね」
ひょっとしたら私も……楽しそうに見えているのだろうか?